めろめろと燃えた愛の果てに

作者:ほむらもやし

●山形県某所
 暗い空、雨の打ち付ける音が響く。
 勢いを増した川のほとりに長年にわたって放置された空き家があった。
 空き家は二階建てで、遠目には原型を留めているものの、締め切られたままの窓から覗くカーテンは色あせて黄ばみ、伸び放題の庭木の枝が掛かった壁面の周囲から腐食が始まり、最期の時が近づいているように見える。
 もう三十年も使われることも無かった家の中に小さな光のようなものが灯る、光は寝室、リビング、キッチンと、ドアが開け放たれたままの家の中を跳ね回る。
 家の中は数年前の巨大地震の影響か、家具や家電が散乱していた。
 やがて家中を巡っていた光は、そこが気に入ったのか、キッチンに留まるようになる。
 キッチンは対面式で、恐らくは奥さんの強い要望だったのだろう。使う人のことを考えて作り込まれたキッチンを見れば、本来なら三十余年も放置されずに、幸せな家庭生活があるはずだったのだろう……。
 一体この家で何が起こり、家財道具を残したまま放置されたのかは、知る術も無い。
 小さな光には短い手足のようなものがついていて、やがて、扉が開いたままのパン製造器の中に入り込んだ。
 次の瞬間、周囲に青白い枝状の光が煌めかせながら、パン製造機は命を得たように変形を始め、程なくして緑のマントを纏った巨大なダモクレスと変わる。
「ティーン! めろんめろんパンパンチッ!!」
 良い香りともに放たれたパンチが壁を打ち破った。
 傾いた家から這い出た、ダモクレスの目には、降りしきる雨を集めて、流れを早める最上川が映っている。

●ダモクレス撃破のお願い
「最上川のほとりにある空き家に、ダモクレスが出現することが分かった。今から、出動と対応をお願いする」
 あなた方の姿を認めた、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、丁寧に頭を下げると、予知した事件について語りはじめた。
「ダモクレスが現れるのは、山形県、最上川のほとりにある空き家。この屋内に三十年ほど放置されていたパン製造機が、ダモクレスになる」
 判明しているのは、ダモクレスの出現のみ。
 現在の所、売りにも出されずに放置された空き家が半壊する以上の被害は発生していないが、ダモクレスがグラビティ・チェインを求めて虐殺事件を起こすことは分かりきったことなので、早期の撃破が必要だ。
「敵ダモクレスは1体。見た目は全長3メートルぐらい。パン焼き機のようなメカから手足が生えている感じかな、攻撃は短い言葉では形容しがたいけれど、こんな可愛いパンチを食らったらめろめろにされそうだみたいな感じ。それから、アンパンのような飛びパンチ。あとフランスパンをバットのように振り回して殴打してくる感じだ」
 到着時間は、朝の6時頃。
「偶々、大雨続きで、近くを流れる最上川が氾濫警戒水位を超えていて、避難指示が出ている。だから追加で人払いをする必要は無い。あと、水位を警戒している、役場と水防団には僕のほうから連絡を入れておくから、気にしなくて良いよ」
 今から現地に向かえば、ダモクレスが家を壊して外に這い出て来るのと、同じくらいのタイミングに到着できると、告げるケンジに、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は首を傾げる。
「……にしても、めろめろめろんパンなんて、使い古されたネタで攻めてくるのですね」
「たしかに、そんな風に感じる面もあるね」
 思うことは多々あるが、時間も無いので、それを飲み込むと、ケンジは話を終えた。
 そして、あなた方の方を見て、さあ出発しよう。と、呼びかけた。


参加者
マイ・カスタム(一般的な形状のロボ・e00399)
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)
クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)
夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)

■リプレイ

●作戦開始
 バケツを返したような雨が降り続いていた。
 夜は明けている筈なのに、風景は夜のような暗さだ。
 しかしヘリオンの中は修学旅行のバスの中のような和やかな雰囲気で満ちていた。
「ちなみに、おねーさんはホイップクリーム入りあんパンが好きですけど、フランスパン生地のあんパンも好きです。あんパンといえば、季節限定のさくらあんパンとかもおいしいですよね」
 まるで中学生のように、クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)が語り続ける横で、うんうんと頷きを返しているのは、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)である。
「なんだか聞いているだけで、お腹が空いてきますね」
「朝6時に最上川に集合……遠足なのだ……ねむぃのだ。焼きたてパン、これはメシテロなのだ?! むにゃむにゃ」
 そんなタイミングで、降下を催促するような、ブザー音が鳴り響いて、四辻・樒(黒の背反・e03880)の肩に体重を預け、夢見心地だった、月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)が、ぴくりと身体を震わせるようにして目を醒す。
 ヘリオン胴体の扉が開くと同時、滝のような水が樒の顔を叩きつける。
 川幅いっぱいに嵩を増した濁流は堤防の法面を越えんばかりの勢いで、巻き込まれれば命は無いと感じさせる程。
「芭蕉は命の危険を感じながら、五月雨を集めて早し最上川、と詠ったそうだが、本当に凄い迫力だな。戦いに影響無いとは、言っていたけれど、気を付けないとな、灯」
 一見何気ないやり取りに見えるが、幾多の苦難を乗り越えてきた2人の間には、他とは違う特別な絆がある。
「ん……、まだちょっと、眠いのだ。わかったのだ、樒」
 眠さの残る自分の頬を両手で打ってから、気合いを入れると、樒に続くようにして外に飛び出した。

 凄まじい雨が降り続く中、一瞬、風景が明るくなり、少し遅れて雷鳴が轟く。
 予知で指定された付近に着地した、あなた方は、目標の家屋、周囲の建造物の密度、人の気配……手際よく現況確認を行う。誤解が無いように言えば、それらが戦闘に影響を及ぼすことはまず無い。しかし咄嗟の閃きが戦いの流れを変えることもあると考えれば、多くの情報に関心を向けることは重要だろう。
「特別警報発令か。まったく、人類の脅威はデウスエクスだけでは無いな」
 マイ・カスタム(一般的な形状のロボ・e00399)は念のために、防水、防寒対策に不備が無いかをチェックする。戦いに慣れると、大抵のことは気に止めなくなるのだが、時に新米の頃と同じようにひとつひとつを丁寧に確かめてみると、新米の頃には気づけなかったことに気がつくようになっている。
(「……ポンコツなんて言わせない」)
 灯りのついた家はひとつも無く、モノトーンの風景の中では、どの家も同じように見える。
 だが、倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)は見間違えない。
「あの家ですね。この雨で皆、避難しているというのは幸運だったと言うべきでしょうか?」
 うっそうと茂る雑草、伸びるに任された庭木を見れば、適切に管理されていないことは一目で分かる。
「幸運だったと考えたいですね。この状況なら心置きなく戦えますし」
「考えるまでもありませんでしたね。ならば私も、戦闘に集中しましょう」
 応じる、バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)に柚子が言った瞬間、雷とは違う変な音と共に、とても可愛らしい声が響き渡った。
「めろんめろんパンパーンチッ!!」

●雨中の決戦
「何なのこいつ……冗談じゃ無い。こんなふざけた敵に遅れを取ったら末代までの恥だ」
 爆発、続けて自重に耐えきれずに傾く家の中から出てくる、3メートルほどの大きさのパン製造機のダモクレスを目にした、夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)の表情が不機嫌に歪む。
「破棄されたパン焼き機型のダモクレスですよね? まだ使えるのでしたら、破棄されるのは何とも悲しいですよね」
 対照的に美味しいパンを作る道具が人々に危害をもたらす凶器に変えられた悲しい事実に向き合うのはバジル。罪剱の前に出ると、敵との間合いを詰める意志を示しつつも、後方からの射線を意識して弧を描くように動く。
「バジルの言うとおりだ、見た目に惑わされるなど、俺らしくも無い、もう、手加減はしない。覚悟しろ」
 ダモクレスの元となった家電が、高性能コンピューターだろうが、子どもの玩具だろうが危険度に変わりは無い。
 感情こそ結んではいなかったが、罪剱はバジルの肩に手を触れて意志を告げ、泥濘んだ地面を踏み込んで、空に跳び上がる。瀑布の如き雨に打たれて足先に付着した泥は瞬く間に洗い流され、同時に火が点いたかのように輝きが溢れ出す。
 次の瞬間、落下の勢いを加えた、流星の如き光の筋を曳く蹴りがダモクレスに衝突する。巨体はよろよろと後ろに身体を揺らめかせる。その一瞬の隙を予期していた、バジルのスターゲイザーが決まる。
「ありがとうございます。おかげさまで上手く行きました」
「さて、良い流れがきておるの。所詮鉄屑風情じゃ、さくっと潰してやろうかの」
 幸運に背中を押された初撃で、足止めを重ねた勢いに乗って、ヴァルキュリアブラストを発動した、彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)は泥濘を駆ける。
「心配するな。もちろん、油断するつもりはないぞ? やるからには徹底的にじゃな」
 まるで下僕に言い放つが如くに声が響いた直後、エネルギーはダモクレスに吸い寄せられるようにして、衝突して、刹那、衝突によって生み出された可視光は戦場を真白の光で埋め尽くした。
 上下感覚を失いそうになる光の中で、激しい雨音だけが響いている。光が薄まり、風景の輪郭が見えた、正にその時、衝撃に吹き飛んだ、ダモクレスは半壊した家に衝突して、瓦礫の山と変えてしまう。
 その刹那に、樒と灯音は動き出していた。
「パン焼き機としての務めを果たせなかったのは無念だろう。だが、ダモクレスとして動き出したとなれば、倒さなければならない」
 雨で霞む巨体に狙いを定め、樒が撃ち放った氷結の螺旋が、雨水を氷結させながら飛び行き、灯音は機を合わせる様にして、得物を振り上げる。
「わが呼び声に応じよ、白」
 声に応じる様に、地面を這うような白焔が立ち上がり、後衛の者たちに加護を与えた。
 一方、雨水を巻き込んだ巨大な氷の塊にダモクレスは閉じ込められていたが、身震いひとつでそれを打ち砕くと、ボクサーのようなファイティングポーズを取り、巨体には不似合いな軽快なステップを見せる。
「来るぞ! 散れっ!!」
「あんあん、あんパーンチ!!」
 マイの警告が飛ぶとほぼ同時、ダモクレスは拳を突き出し、緑のマントを靡かせながら、突っ込んで来る。
「?!」
 避けられないと覚悟した、灯音が衝撃に備えた瞬間、迫るパンチの前に猛スピードで躍り出た、マイが両腕の甲でそれを受け止めようとする。想像以上に衝撃に、腕の外装がメリメリと砕けて行く、刹那に両腕はあり得ない方向に折れ曲がり、余勢を残したパンチは鎖骨の辺りにめり込み、雨に濡れても消えない炎を噴き上げる。
「わわっ、大丈夫でしょうか?」
「この程度なら問題無い。——まだ戦える」
 痛覚を切っているのか、それとも耐えているのかは、マイにしか分からないが、クリームヒルデが繰り出す、心暖まるエピ—ソードの投稿内容に、笑顔で応じながら、自身でも癒術を発動して曲がった腕を元に戻す。
「助かったの。——この借りはきっと返すの」
 もし自分が喰らっていれば、間違いなく一撃で落とされていたと直感して、灯音は背筋が寒くなる。
「まさかと思うけど。自分の為に庇われたとか、勘違いしてない?」
「え?」
「人助けだの、正義だの、動機としてはアリだけど、戦いの中ですべきは全力で役割を果たすことだよ」
「手厳しいな、だが、いつ死ぬか分からない、ご時世だからな。開き直って素直になっても良いのではないかな?」
 どこか投げやりな気配を漂わせる樒に、肝心な所で言い返せなくなるマイ、頭の中に浮かび上がるポンコツのイメージを、全力で打ち消した。
「今は戦闘に集中しましょう」
 癒力を含んだ桃色の霧をマイに向かって放出し、続けてウイングキャット『カイロ』の羽ばたきから生み出される清らかな気配が広がる中、ケルベロスは包囲の輪を閉じて、必勝の態勢を整える。

●苦戦
「優勢だが、簡単に倒れてくれる敵でもなさそうだな」
 空の霊力を操り、敵の傷を正確に斬り広げた、罪剱に続けて、入れ替わるように前に出たバジルが柄に薔薇の彫刻があしらわれたナイフを突き出す。
「このナイフをご覧なさい、貴方のトラウマを映してあげます!」
 次の瞬間、蔓薔薇の茨が纏ったかが如き刀刃に映し出されるのは、ダモクレスが忘却を望んでいたトラウマ。それを視界に捉えたダモクレスが自身のトラウマであると認めた瞬間、具現化したトラウマは実体と化してダモクレスに襲いかかった。
「メロンパン、アンパン、フランスパン……どれも美味しいパンじゃな。しかしの、鉄屑の分際でそれらを語るのは100年早いわ。感情と味覚を獲得してから出直すことじゃな」
 全身を覆うオウガメタルを『鋼の鬼』と変え、その肥大した拳で指し示すと、戀は言い放った。
 その言葉に反応したように、ダモクレスは直線的な動きで戀に向かって来る。
「……まて。こっちに来るな。 お主と直接殴り合う気は無いのじゃ」
「めろめろめろんパンパーンチ!!」
 戀が迫り来る無数のメロンパンチの幻覚に囚われそうになったのは刹那のこと、眼前に割り入って来たバジルがそれを食い止める。
「くっ……なんですか、このふわふわとした感触は、それにこの甘くて香ばしい匂い」
 自身の分と、戀の分、普通に受けても強烈な催眠を2人分引き受けてしまった、バジルの視界が、キラキラと輝くお花畑と変わる。
(「あれ。僕は何をしていたのでしょうか?」)
 お花に混じって、美味しそうなパンが踊り、現実の辛いことも苦しいことも嫌なことも全て忘れ果てて、頭の中が白い光が勢いを増して行く中、誰かを助けなければという気持ちに駆られて、バジルは敵に向かって癒しの雨を降らせてしまう。
 程度の差こそあれ、マイと柚子も同様の状況に陥り、そんな中、一体のウイングキャットが顧みられること無く落ちて動かなくなる。
「大丈夫です、ただの催眠ですよ。負けるものですか!」
 クリームヒルデの腕の一振りに導かれて、オーロラの如き赤い光が天から降りてくる。
 催眠を伴う強大なグラビティ攻撃も、影響範囲外から見れば、打つべき手も瞬時に判断出来る。メディックの持つポジション効果とオラトリオヴェール、2つのキュアが発動し、大部分の催眠を消し去った。
「僕はいったいなにをしたのですか?」
「あと一回ぐらいは、してあげた方がよさそうですね」
「再び戦場を駆け抜ける力を」
 未だ催眠の影響を残すバジルと柚子に向けて、樒は即効性のある呪符を以て回復措置を施す。そして灯音が厳しい表情を浮かべたまま前衛に向けてライトニングウォールを展開する。
「もう、同じ轍は踏まないのだ」
 確かにブレイクで大半を打ち消されるリスクもあるが、再び戦場が混乱をきたすリスクを考えれば、攻撃よりも優先度の高い一手だと灯音は理解する。
「催眠で此方のキュアが炸裂させるとは……まさかそこまで読んだ訳じゃないよね?」
 戦いは明らかに優勢で、勝ちつつある。
 それは揺るがない事実だ。しかし、マイはこのダモクレスにしてやられているような不吉さを感じていた。
「悪いな。私は白米派なんだ」
 言い放つ刹那に、高速演算を実施、それにより見破った構造的弱点を、針穴を狙うが如き一撃で、マイ破壊する。
 最上川流域にある山形県の庄内地方は米所で有名だ。なぜここにパン製造機のダモクレスが出現したのか、謎は次々と違う謎を出現させていた。

●終わりの始まり
「メロンパン、アンパン、フランスパン。いずれも所謂ホームベーカリー単体では作れないパンですよね?」
 頭の中に浮かぶ疑問を口にしながら、柚子は手の内に黒色の魔力弾を作り出す。
 30年も前の家電製品にしては高機能すぎる、使っていた持ち主はどんな人だったのか、心の中に疑問が湧き起こる度、魔力弾の黒さは増し、それは掌の中で氷の様な冷たさを帯びてくる。
「あなたに、あげます」
 多くの疑問を孕ませた魔力弾は飛び行き、傷だらけのダモクレスの装甲を突き破って内部で爆ぜる。直後、爆ぜた黒から生み出された、敵にしか見えないトラウマが襲いかかる。
「何なのこいつ……、何を始めたんだ?」
 何もいない宙に向かって腕を振り回すダモクレスに罪剱が首を傾げた、次の瞬間、数え切れない程の、細長い直方体状のフランスパンのような物が、ダモクレスの中から飛び出して来る。
「させるか……」
 逡巡の後、重ねた足止めの数への不安から、罪剱は流星の輝きを帯びた蹴りを打ち込み、一方、バジルは青薔薇を咲かせる茨を飛ばす。
「青き薔薇よ、その神秘なる茨よ、辺りを取り巻き敵を拘束せよ」
 ダモクレスの周囲を覆う茨の茂みは、バジルの声に応じるように奔流と変わり、その巨体を飲み込む。
 巨体は抵抗しながら、細長いフランスパンのような物を吐き出し続け、体内に蓄えていたそれらを全て吐き出すと、折れそうな細い手で宙を掻いた。
「来ます!」
「フランスパンチフィナーレ!!」
 狙われたのは、クリームヒルデと罪剱、ナオミであった。
 宙高く上から落下してくるフランスパンにバジルは警告を飛ばすのが精一杯だった。それでも、マイと柚子が役割を果たんと駆ける。
 豪雨に混じって降り注ぐフランスパンの雨は、後衛の三人に容赦なく襲いかかり、その身を打ち据えた。
 だが、それだけだった。
「よーし、パパがんばっちゃうぞー」
 クリームヒルデは身の回りに表示させた、大量のヘッドアップウィンドウに指を踊らせて、できるベテラン事務職の如き早業でアンカーで結ばれた各機能を驚くべき早さ起動させて行く。
 どんな状況だろうが、仲間を癒す為に、全力を尽くす。それがクリームヒルデの矜持。願いによって集められた巨大なパワーは清らかな天使の如き幻影を降臨させて、巨大な癒力を発動させる。
「さて、いくのだ。樒」
 身体を覆うオウガメタルを『鋼の鬼』と化した、灯音の拳が強かにダモクレスを打ち据え、間髪を入れずに樒の繰り出す神速の突きが装甲を砕き、雷の霊力を体内に放出する。
 未だ速力で勝っているとは言え、急激に重ねられた服破りの効果に、ダモクレスは完全に追い詰められる。
「さて、そろそろ頃合いじゃな、往くぞ、妾の忠実な下僕共」
 そんなタイミングで前に躍り出たのは、戀であった。
「この身は世の為、人の為万物の為、万物の神々の為に捧ぐ者成り。星より出し命の灯火、此処に集いて、妾と共に撃ち抜かん。いざ参ろうぞ!」
 詠唱によって、利用可能な全てのエネルギー体を召還、最大最高の奥義を発動。そこに終盤を迎えたレクイエムが追い打ちの如くに響き渡ると、ダモクレスはボンッという音と共に黒煙を吐き出して、ビクリと動きを止める。
 そして、鈍い音を立てて横に倒れた。
 雨は相変わらず降り続いている。水面と化した地面を雨が打ち付ける音だけが静寂を支配する。
 直後、ダモクレスは二度目の爆発を起こして、砕け散ってしまった。
 それを以て、戀はダモクレスの撃破に成功したと確信して、笑顔を零した。

●戦い終わって
 30年も放置されていたとしても、何か大切な思い出があるのかも知れない。
 だから、可能な限り元に戻して置きたい。クリームヒルデは思っていた。
 果たして、全壊した家は、ヒールを掛けると、ダモクレスが出現する前、ぐらいには修復できた。
 ただ、誰もが抱いていた、懸念通りに、いろいろな妄想やイメージが混じり込んでしまったらしく、修復された家は、古ぼけたお菓子のパンの家みたいなひどい出来映えだった。
「……まあ、俺らは精一杯やった。後は、精々安らかに眠ってくれよ」
「厄介な仕事も終わったし、さっさとお風呂にでも入りたいね」
 疲れ顔をする、罪剱に、今回の依頼で一番痛い思いをした、マイがやれやれといった様子で肩を竦める。
「こんな形でも、家主が居なくなっていようとも……住むことは出来るであろう。本来の持ち主でなくとも、後世が来る可能性とて否定しきれん。故郷というものは、大事なのじゃからな」
 長い戦いで疲れているのか、それとも別に理由かは分からないが、戀が呟くと、クリームヒルデも無言で頷いた。
「美味しい朝ごはんがほしいのだ」
 一方、樒と灯音は帰ってからのことで頭がいっぱいのようだった。
「この雨じゃあやっているお店も無さそうだな、帰ってから何か作ろうか、それとも何かリクエストはあるか?」
「フレンチトーストがいいのだーっ」
 楽しげな二人の様子を見遣りながら、バジルは玄関の扉を閉めた。
 家の中は家財道具が散乱したままで、住むには多少の手入れは必要に感じたけれど、それは次に住む人の役割だと、思うことにした。
 川の水位はあと50センチほどで、越水を起こそうとしている。
 弱まることの無い雨の中、それでも少しでも早く雨が弱まることを祈り、あなた方は帰路に着くのだった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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