死灰より甦り屍にて帰する

作者:黒塚婁

●竜性破滅願望者
 鍾乳洞の奥で女がひとり、ぶつぶつと何かを呟いている。
 手には何かしらの端末。宙に浮かび上がる無数のモニター、彼女は絶えず指を動かし、計算を続けている。
 彼女の周囲には鋭い角とドラゴンの翼をもつ――怪物じみた外見をしたものたちが集い、無言の儘、じっと立ち尽くしている。
 ――不意に、女の手が止まる。そして徐に顔をあげると、さぁ、見つけたわよと零し、にやりと笑う。
「お前達……この場所に向かいドラゴンの封印を解きなさい……そして、封印から解かれたドラゴンに喰われ、その身のグラビティ・チェインを捧げるのよ……」
 女――中村・裕美なるドラグナーは、周囲でその命令を待っていた怪物――否、ケイオス・ウロボロスにそう告げた。
「全ては、ドラゴン種族の未来の為に……」
 裕美の低い囁きが消える頃、彼らは誰一人異論を唱えることなく――静かに姿を消していたのだった。

●覚醒
 山奥のいずこか。ケイオス・ウロボロス達は迷いの無い足取りで、そこへと辿り着く。
 濃密な植物の香りに包まれる場所でありながら、不自然に木々が避けるように拓かれた空間があり、中心には大きな泥沼があった。
 その前で、四体のケイオス・ウロボロス達はそれぞれに耳障りな声をあげる。金切り声とも悲鳴ともつかぬ声――何を唱えているかは、理解できぬ。
 不気味な儀式に呼応したのは、沼だ。ぶくぶくと泡立ったかと思うと、中より這い出たのは、ドラゴンの頭蓋骨――。
 一気に浮かび上がったそれの全貌を、そのケイオス・ウロボロスは認識できたか。
 大きく開いた顎にぐしゃりと一噛み、咀嚼もなく、首をあげて腹に収める。
 黒い鱗、ところどころ骨の覗いた容貌、広げた羽も半ば朽ち――されど、このドラゴンは元よりこの姿。力の証。しかし、甦ったそれの目には、理性は宿らず――無我に、用意された供物を次々と喰らう。
 そして、四体のケイオス・ウロボロスを瞬く間に平らげ――尚満ち足りぬと。不快を吼えた屍竜の名は、闇黒竜ゴモラ。

●討伐依頼
 信田・御幸(真白の葛の葉・e43055)ら幾人かが危惧していたドラゴンの活動が確認された――雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達に、そう切り出す。
 奴らは大侵略期に封印されていたドラゴンの居場所を探し当て、そのドラゴンの封印を破って戦力化しようとしている。
 この作戦を行っているのは、不気味で禍々しい姿のドラグナーだ。だが、奴らは戦闘前に復活したドラゴンに喰われてコギトエルゴスム化してしまう。
 つまり、戦う相手は――復活したドラゴンである、辰砂は厳かにそう告げた。
「ドラゴンはかなりの飢餓状態であり、意思疎通も難しい状態にある――更には定命化も始まっているらしい……が、だからといって力を落としているわけではない」
 逆に力を持ちながら、理性を持たぬ。いずれにせよ、危険な存在だが、この状態であることが勝機にも繋がる――このドラゴンは戦闘が長引いた分、消耗し弱体化していくのだ。
 そうだな、十分以上耐えきることができれば、勝機は見えよう――辰砂は重い口調でそう言った。だが、逆にそれだけ耐えて凌がねば、倒せる相手ではないという意味でもある。
「万が一、貴様らが敗北すれば……グラビティ・チェインを求めてドラゴンは地に降りるだろう……その被害は多大なものとなろう。心してかかれ」
 常以上に、彼の声音は厳しく、視線も鋭いものであった。
 さて、標的となるドラゴン――闇黒竜ゴモラはとある山中にて蘇る。周囲は木々に覆われた場所で、人も立ち入らぬため僅かな獣道しかないのだが、ヘリオンで直行可能だと辰砂は請け負う。
 ゴモラは全長十五メートルもの巨大なドラゴンだ。頭部は殆ど骨と化し、肉も何処か腐り爛れたような状態の屍竜――ゆえに、機敏に動き回るのではなく、瘴気や魔術で敵を屠る事を得意としている。
 機敏な動きを不得手としているといっても、敵は強大だ。蚊が刺した程度で騒がぬだけに過ぎぬ。
 その性格は――理性を失っているため、何処まで当てになるかは解らぬが――残忍で、相手をいたぶりながら死へと導く、非道なドラゴンであるという。扱う術にもその名残があるようだ。
 戦場であるが、足元は泥沼――直径二十メートルほどの円形――で周囲は森に囲まれている。森は泥沼を避けるように穴が空いている。
「正直に悪い足場で戦うことはない――敵は巨大だ。木々を足場に、上から仕掛けることも可能だろう……まあ、その辺りは作戦に応じ、貴様らが判断することだが」
 ただし木々に目眩ましなどの効果はあるまい、彼は断言した。
 ゴモラの能力の前では森に身を隠す意味はあまりなく、何より本気になれば、森そのものを一掃すればいいのだ。
「繰り返すが……本来ならば貴様らだけで挑むには危険な相手だ。同時に、敗北すれば多大なる犠牲を伴う事になる――あらゆる手を尽くし、ゴモラを討伐しろ」
 強い口調で彼はそう言い――残る判断を、ケルベロス達へ委ねるのであった。


参加者
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)
ジェノバイド・ドラグロア(忌まわしき狂血と紫焔・e06599)
除・神月(猛拳・e16846)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
キーア・フラム(憎悪の黒炎竜・e27514)
月岡・ユア(孤月抱影・e33389)

■リプレイ

●闇黒竜ゴモラ
 死が口を開いて待っている――首筋にひたと刃を当てられたような、否、既に圧し斬られたような感覚に総毛立つ。途端、あらゆる感覚を失い、息を忘れ、視界が暗転する――全て刹那のことだった。
 天より来たるケルベロス達を、ゴモラはにたりと嗤い、迎えた。その身が発する、死の幻影で以て。
 これが純然たる力の差――知井宮・信乃(特別保線係・e23899)は青ざめた顔で敵を見た。
 それは泥沼の中心で悠然と構えていた。肉の殆ど削げた頭部、腐肉混じりの肉体――しかし存在そのものから叩きつけられる力は、歴戦のケルベロスであっても及ばぬ高みにあった。
「私達の力は遠くドラゴンに及ばない……それでも力を束ねた私達ケルベロスの牙は届くのは証明されているわ。ならば今回も皆で成し遂げましょう」
 マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)は乱れた息を整え、長い銀髪を翻し立ち上がると、皆を鼓舞するように声をかけた。
「死にかけ腐りかけのドラゴンかヨ。でもマァ、肉は腐りかけが一番美味いって言うしナ!」
 激戦への期待に、強気の笑みを浮かべた除・神月(猛拳・e16846)は愉快そうに悪態を吐き、足場を蹴る。殺意をこれ以上無く高め拳に纏わせ、魂を喰らう一撃を放つ。
 対しゴモラは山のように動かぬ――だが、その周囲を漂う瘴気が濃くなり、彼女の接近を阻む。
 むっと眉根を顰め退いた神月と入れ替わり、仕掛けるはガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)――鋭い金眼で敵を睨め付け、勝ち筋を探る。
 跳躍と共に流星の煌めきを纏いて、上から強襲する。重力によって加速した彼の蹴撃は、やはり瘴気に阻まれ届かない。
 更にもうひとつ、煌めきが宙に軌跡を描く。
「死へと導くドラゴン……ボクと同じ『死』を扱う奴。どんな力を魅せてくれるかな」
 銀の髪を揺らし、月岡・ユア(孤月抱影・e33389)が軽やかに謳う。竜の背を浅く滑るように瘴気を斬りつけて、対岸の樹まで跳躍する。
 ――瘴気が僅かに揺れただけ、か。
 本来であればこれ以上も無い精度をもつ攻撃がふたつ、当たらぬとは。冷静に考えつつ、ばっと振り返ったユアは、
「皆、落ちないように気をつけてね~」
 よく通る声で、注意を促す。
 精度の高い自分達の一撃ですら空を掻くとなれば、何が命取りになるか解らない、と。
「カッカッカッ!」
 面白い、ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)は天を仰ぎ豪快に笑う。
「相手にとって不足なし!」
 いざ――哮り、竜へと迫る。まずは小手調べ――彼は笑みを湛えたまま、掌に生み出した螺旋を解き放つ。
 しかし、螺旋は瘴気をその場で撹拌しただけで消え去ることはなかった。それすら面白いと笑うドルフィンの様子を横目に――信乃が黄金の果実を掲げ、その輝きで前衛を呪いから解き放つ。
「Code A.I.D.S…,start up. Crystal generate.…Ready,Go ahead」
 朗と唱え、マキナはグラビティを練り上げると、蒼い菱形のクリスタルを生成し――蒼い守りを更に重ね、展開する。
 しかし、まだ先制で追った傷は癒えきっていない。信乃は小さく息を吐く。
(「こんな強敵を相手にするからには、私も普段のスタイルにこだわっていられません」)
 そして強く息を吸い、顔を上げれば――閻魔村雨に炎を纏わせ、ジェノバイド・ドラグロア(忌まわしき狂血と紫焔・e06599)が竜の懐へ飛び込んでいた。
「ここがアンタの墓場、今日がアンタの命日、紫色の焔で火葬してやるぜ」
 相手は身じろぎすらしなかった。炎は瘴気を灼いたが、すかさず新たな瘴気が吹き上げ、僅かな煙すら呑み込んで掻き消した。
 それがどうしたと、キーア・フラム(憎悪の黒炎竜・e27514)は漆黒の瞳の奥、強い憎悪を燃やす。
「行くわよ、キキョウ……ヤツ等は全て焼き尽くす!!」
 相棒へ声をかけ、彼女はゴモラへと腕を向けた。彼方まで伸びた蔓が、巨大な相手の首元に巻きつこうと、弧を描く。
 それが首に掛かるかかからないかというところで――竜は彼女へ視線を向けた。
 睨むでも無い――ただ、見た。
 途端、ぞっとするような殺気が全身を包む。怯むキーアではないが、今すぐ此処を離れねばという衝動が湧く。
 ゴモラは植物を断ち切るように首を回し、僅かに下を向くに合わせ、光が走る――宝石から放たれた純粋な力、咄嗟にジェノバイドがゴモラの身体を蹴り、射線を遮るように彼女の前に出る。
 ひゅ、と音がした。光は肩口を抉って、肉を消し飛ばす――その威力に、彼はひゅうと囃す余裕はあったが――背に冷たい汗が伝った。

●死線
 辺りに毒の瘴気が広がる――耐えるための装備を調えても尚、それはケルベロスの内を容赦なく蝕み、痛めつける。
「ドラゴンの攻撃を耐え忍ぶのは幾度かやってきているけれど。今回も今回で範囲攻撃でこの威力は厳しいわ……それでも。今までの経験、心のあらん限り、すべての力を尽くして立ち続けて見せるわ」
 決意を言葉に、マキナはヒールドローンを放つ。彼女は平静に務めているが、肩で息をするほど追い込まれている。
 ゴモラの操る力は戦場の隅々まで届く。生来の――未だ死してはおらぬが――狡獪さは本能のように刻まれているのだろうか、比較的体力の低い後衛が狙われた。
「信乃は前衛を! 私は大丈夫」
 言ってキーアは地獄の炎弾を放ち、竜から生命力を奪おうと計る。それだけでは追いつかぬだろうと、ユアがオーラを放って救援し、信乃は前衛へと果実を掲げた。
 それでも癒えぬ傷を、ジェノバイドは地獄の炎で覆い、神月は木々の隙間を軽々と移動しながら体勢を整える。
「ちっ、なかなか殴りにいけねーナ」
「……予想していたとはいえ、消耗が激しいな」
 歯噛みする神月に、ガイストは重く頷き、より鋭利な眼光で敵を見やる。攻撃に向かう余裕のあるドルフィンと共に、毎度何らかの呪いを付与しようと攻め込んだが、いずれも殆ど躱された。
 未だケルベロス達はゴモラには充分な手数を与えられず、攻撃されるが儘であった。
 敵を侮ったわけではない――ただ、想像を上回る力であったときの備えが足りなかった。
 たとい回復に終始しても、こちらの強化は消されぬということもあり、長期的に見れば好手である。しかし、それは最後まで立っていた時の話だ。実際は、敵の力に回復が追いつかず、瀬戸際の状況が続いている。
 戦術は間違っていない。準備は整えた。力不足というわけでもない――ただ、何処か噛み合わぬ。些細な食い違いが、ケルベロス達を苦しめていた。
 次なる備えをマキナが配すより先。ゴモラの頭部にある宝石が妖しく光る。
「来るぞ、構えよ!」
 ガイストが短く吼えた。
 目の前に文字通り光速の力が迫ってくる――間に合わない。覚悟を決めて構えた信乃は不意に、浮遊感を覚えた。横から押され、押しのけられ――割り込んだ蒼銀の射線が、禍々しい光と交差する。
「させないわ……!」
 マキナの躯を光が突き抜けていく――熱くも冷たくも無い光線は、無情に彼女を通過し地面へと線を結ぶ。
 腹を穿たれながら、彼女は最後にウイルスカプセルを投射する。
「小さな積み重ねだけれども。ケルベロスの場合はその積み重ねがドラゴンをも討ち果たす大きな力になると識りなさい」
 凛乎と言い放ち、落ちていく。
 その手を掴もうと信乃は手を伸ばすも、銀糸が指先を掠めただけ。完全に意識を失ったマキナが地に叩きつけられる前に、滑り込んだのは神月。やや俯いた前髪の下、表情は見えなかった。
 ひとり、それも守りの要である者が落ちた――それは決して楽観視できぬ自体であった。
 マキナを安全な場所に横たえ――そこから彼女は木々の間を跳躍し、ゴモラの前まで駆け上がる。敵を見るその表情は、変わらず戦意に満ちて、瞳は強い光を宿している。
「怖じ気づくナ! マキナの分まで、あたしが面倒みてやるヨ!」
 無造作に構えた銃から放たれた弾丸は竜の眉間へ、瘴気を突き抜け――自分を狙えといわんばかりに火花を散らした。
「ボクもフォローに回る! 攻撃を……!」
 ユアが声をかけ、消耗の激しいジェノバイドへ気弾を放つ。
 身体に幾分活力が戻った彼は燃やし高めた戦闘能力で、高々跳び上がる。
「喰らいな!」
 全身を使ったジェノバイドの跳躍は、ゴモラの頭上まで到達した――しなやかに反った姿勢から、戟を思い切り叩きつける。
 瘴気を掻くのではなく、骨を打つ鈍い音、手応えに彼はにやと笑みを浮かべる。
 ガイストとドルフィンが次々に続く――刻まれた重力の呪い、ドラゴンオーラを送り込み、加速的に増幅させる。
 空気を不気味に振るわせる、まるで遠くで雷が轟くような、低い音が響く。
 ゴモラの怒りの声だ――悟った直後、死の幻影がケルベロス達を襲った。
 こんなモン――罵りつつも、唇を血が出るほど噛みしめ、神月は耐える。この一撃は、内側を破壊してくる魔法。よって、目立った外傷はつかぬが、身を苛む苦痛は本物だ。
 崩れ落ちそうな身体を支えるため、キーアは木にキキョウを巻き付けている。
「一矢も報いず、倒れるわけにはいかない……!」
 絞り出すように零した言葉に、血が混じる――オウガ粒子を放出する。拡散していく銀色の向こうが、霞んで見える。
「大丈夫ですか……!」
 信乃に問われて、強気な微笑みを返す余裕はあった。何より案じてくる彼女こそ、顔色はよくない。精神力で踏みとどまっている証拠だ。
 研ぎ澄まされていく感覚にユアは金の瞳を細め――不意に、先程までは均一に見えていた瘴気に、濃淡があることに気が付く。
「そこかっ!」
 物質の時間を凍結する弾丸を精製すると、そこを目掛けて放つ。
 今まで阻まれていたのが不思議なほど、すっと弾丸は瘴気を突き抜け、ゴモラを貫いた。
「あと少し、行けるよっ」
 皆を励ますようにユアが声をかける。だが極めて危険な状態であることは、確かだった。

●反撃
 既にゴモラの持つ呪いや毒の効力はケルベロスには届かない。
 再び、光が、戦場を奔る――それを待ち受けるは、紫焔。
「てめぇに明日は来ねぇ!真っ二つにブチ斬ってやらぁ!」
 一喝と共に、地獄と狂血で作り上げた紅紫色の長刀を、光に向けて撃ち込んだ――そのまま喰らって堪るかというジェノバイドの矜持。
 だが光の半ばまで逆流したところで、禍ツ光に呑み込まれた。疲弊した身体ではそれが限界であった。
 戟を手繰る右半身ごと光に穿たれ、彼は膝をつく。
「テメェ如きが……覇龍なんざ……認めねぇ……」
 最後まで敵を睨みそう零した彼を、ガイストが安全な場所へと運ぶ。
「案ずるな――奴は、我らが必ず討つ」
 厳かに告げた直後、目に見えてゴモラの纏う瘴気が弱まった――竜自身が、自らの重みに驚いたかのように、ぐんと体勢が低くなる。
「それじゃあ此処かラ、楽しい愉しい反撃の時間と行こうじゃねぇカ!」
 にっと笑うと、神月は蜜色のエネルギーを広げ、よりくっきりと自身の感覚が強く研ぎ澄ます――五感で敵の一挙一動を探り、対応する狩猟者として――力で充実した四肢を確かめるように、ガイストが立ち位置を変わるまで、竜の注意を引くようにその鼻先を移動する。
「キミはどんな絶望を見るのかな……」
 ユアが手首を返せば、白銀が瞬き――喰命鬼はゴモラに何をか見せつける。
 これほど強大なドラゴンが恐れるものは何か、しかし残念なことにそれをケルベロス達が見ることは敵わぬ――彼女の更に頭上を飛び越えるように、ドルフィンが駆ける。
「カッカッカッ! これぞドラゴンアーツの真骨頂じゃ!」
 哄笑と共に、その背の朽ちた鱗を一息に引き剥がし、傷よりも深い場所へドラゴンオーラを叩き込む。
 叩き込まれたオーラはゴモラの体内で、出口を探すように暴れ、弾ける。
 彼がさっと身を翻せば、間髪を容れずキーアが踏み込んだ。
「貴様達を滅ぼす為の私の切り札……!」
 艶やかな黒髪靡かせ、彼女は彗星の如く駆ける。力が入らぬ腕へキキョウ巻き付け、ドルフィンが穿った傷へ、槍を振るう。
「神をも滅ぼす尽きる事のない黒炎…魂の一片すら残さず燃え尽きろっ…!!!」
 傷口をより深く穿った矛先が、黒い炎に包まれる――他ならぬキーア自身も燃やし尽くすような勢いで黒炎はゴモラを包み、内側と外側から同時に苛む。
 泥を跳ね上げ、竜は暴れた。
 力任せに振りほどかれた彼女の前に、死の幻影が迫る。先んじて信乃が纏わせていた分身が消えたのを見つめつつ、指先がひどく冷たいと感じた。泥の中に沈み込んでしまいそうなほど重い身体を、誰かが支えてくれている。
「無理をなさらず……休んでください」
 ぼんやりとした視界の中、信乃が柔和な笑みを浮かべている。優しい声音に導かれ、キーアは暫し目を閉じることにした。
「さあ皆さん……一気に仕留めましょう!」
 撤退を考える損害だった。だが、倒せる――確信を持って彼女は声を上げた。

●終焉
 高い場所から一足にゴモラの鼻先へ――神月は閃光の如き蹴撃を放つ。
 骨の頭部に痛覚はあるのか否か、結果として竜は大きく仰け反り、隙だらけになった。
 そこまで追い詰めても、ケルベロス達は手を抜かぬ。奴の最後の牙を、発動させず倒す――彼らはそのために、一気に畳みかける。
「誘ってあげる。奈落の果てへ」
 身に宿した死の力を歌に乗せ、聴き手の魂を蝕み、死へと誘う。ユアの紡ぐ歌声は、死と絶望を招く。
 全ての命よ、等しく無に還れ――願いを込めて、滅びを謡う。
 美しくも不穏な旋律を背に、ガイストはすっと流れるように樹から跳び、ゴモラの背へと移る。
 ゆっくりと、極自然に。数歩その背を踏みしめて、彼は間合いを詰めていく。
「――推して参る」
 一息に振るったガイストの剣閃は交差し、凄まじき太刀風が翔龍を呼ぶ。
 儘、ゴモラの項から頤まで食らいつく龍の幻は瞬きの間に消え失せる。
 後にはガイストの剣筋に合わせた傷が大きく口を開く――ゴォオオ、それが必死に空気を求める音が周囲に響いた。
 更に、信乃が高めた集中を解き放ち、竜の足元を爆破する。
 腐肉と泥が高く弾け、雨のように降りしきる中――凶悪なまでの笑みを浮かべたドルフィンが潜り抜ける。
 無数の傷口、だがその中でも最もそれの心臓に近い位置目掛け、全身の力をもって爪を振るう――肩が沈むほど深く腐肉を掻き分け、彼は心臓を鷲掴みにする。
「如何に死のドラゴンといえども、これで仕舞じゃ!」
 カッカッカッ、いつも通りの哄笑と共に、握りしめた心臓に直接オーラを叩き込む。
 力を暴走させ、血流を乱す――同時に引き起こされる身を蝕む呪いの暴走。体内を暴れ回る嵐にのたうった後、最後にゴモラは大きく天を仰ぎ、戦慄いた。
 傷だらけのケルベロス達は暫し無言で――その勝利を、唯、見つめていた。

作者:黒塚婁 重傷:マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701) ジェノバイド・ドラグロア(忌まわしき狂血と紫焔・e06599) キーア・フラム(憎悪の黒炎竜・e27514) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月3日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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