みらいのわたし

作者:犬塚ひなこ

●憧れのひと
 学校裏の花壇の前で少女は俯いていた。
 目の前には枯れかけた花があり、少女は心あらずといった様子で手にした如雨露で花に水をやっている。ふと顔をあげると渡り廊下に生徒の姿が見えた。
「あれは生徒会長……いいなぁ、今日も素敵」
 長く真っ直ぐな黒髪に凛とした佇まい。
 良家のお嬢様で成績優秀、生徒からの信頼も厚い生徒会長。彼女の発言はいつもしっかりしていて何も恐れないような雰囲気が感じられ、皆の憧れの的だった。
 生徒会長の後姿を見つめる少女はただの園芸委員。誰もやりたがらない委員を受け持っているだけで自身が植物が好きなわけではない。しかも強く言えない性格の所為で園芸委員の仕事を殆ど押し付けられてしまっている。
 生徒会長が美しく咲く花なら、自分はきっと目の前にある枯れかけた花だ。
「はぁ………」
「どうしたの、何か悩んでいるの?」
 少女が溜息を吐いたそのとき、不意に隣に白い髪の女生徒が現れた。
 この学校のものではない制服を着ている相手が急に現れたので驚いてしまった少女だが、これも何かの縁だと思って悩みごとを口にする。
「わたしって臆病なんです。嫌われたくなくて言いたいことも上手く言えないし、ちゃんとした友達だっていない。それに勉強も運動も苦手で、髪だって癖っ毛で……」
 少女が語る言葉を聞く女生徒、もといドリームイーター・フューチャーは問いかける。
「身近な人では、どんな人になりたいの?」
「せ、生徒会長みたいな人に……」
 彼女が答えるとフューチャーは薄く笑み、そして――。
「そう、だったら……理想の自分になるためには、その理想を奪えばいいだけ」
 簡単でしょと口にした夢喰いは双眸を細める。その瞬間、少女の胸に魔鍵が深く挿し込まれ、新たなドリームイーターが生み出された。

●自分と他人
 現在、日本各地の高校にドリームイーターが出現する事件が多発している。
 夢喰い達は高校生が持つ強い夢を奪って強力な仲間を生み出そうと画策しているらしく、今回も新たな犠牲者が生まれることが予知された、と雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は語った。
「リカが予知したのは園芸委員の高校一年生の女の子が狙われる事件でございます」
 どうやら彼女は理想の自分と現実のギャップに苦しんでおり、生徒会長に強い憧れを持っていたようだ。
 夢主の少女は学校裏の花壇傍に倒れている。其処から生み出されたドリームイーターは顔こそ少女に似ているのだが、生徒会長のような黒く美しい長髪になっている。
 夢喰いは生徒会長の座を奪おうと狙い、渡り廊下の奥へ向かおうとしているようだ。
「皆さまは渡り廊下で待ち伏せてドリームイーターと戦うことが出来ますです。ですが、そのままだと敵はとっても強いので太刀打ちできないかもしれません」
 そこで戦いながら説得を行うことで弱体化を狙う作戦が推奨される。
 この夢の源泉は『理想の自分への夢』だ。それが弱まるような説得ができれば敵の力を弱体化させることも可能だ。
 たとえば『理想の自分になっても良いことはない』、或いは『あなたは今のままでも魅力がある』といった説得などが有効だろう。
「でもでも、あまり説得をやり過ぎると『自分は自分で良いから理想をもって頑張ったりしない』という意識を持ってしまう危険性もあるみたいなのです」
 憧れの感情を消してしまい、少女の理想を潰す結果になるのはあまりよくない。説得を行わないで戦う選択肢を取れば少女の意識を歪めることはないのだが、強力な敵に敗北する可能性も出てくる。
 難しいですね、と困ったような表情を浮かべたリルリカは肩を落とす。
「理想の自分って誰にでもありますよね。憧れは力になって、良い未来への導きになります。だから、それを利用するドリームイーターは許せませんです!」
 説得を行うか否かは実際に現場に向かう者達に委ねられた。
 手強い相手ではあるがきっとケルベロスならば成し遂げてくれる。強く信じたリルリカは仲間達に応援の思いが籠った眼差しを送った。


参加者
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
深月・雨音(小熊猫・e00887)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
角行・刹助(モータル・e04304)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)
クラン・ベリー(赤の魂喰・e42584)

■リプレイ

●夢の向こう側
 憧憬は遠く、手を伸ばしても届かない。
 他の誰かに憧れて自分以外の誰かになりたい気持ち。もしかしたらそれは、人として誰もが一度は持つこころなのかもしれない。
 野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)は校内に続く扉を背にして、仲間と共に渡り廊下に陣取った。少し先には偽生徒会長の姿をした夢喰いが見える。
 来たよ、と皆に報せるイチカに頷きを返し、隠・キカ(輝る翳・e03014)は大切に抱えた玩具のロボにそっと語り掛ける。
「すごく不安だよ、キキ。あの子の夢、きぃはこわさずに守れるかな」
「大丈夫、全てを守る為にオレ達が来たんだ」
 ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)はキカの小さな声を聞き、自らにも言い聞かせるように言葉を返した。
 深月・雨音(小熊猫・e00887)は拳を握り、そうにゃ、と意気込む。
「人の夢を悪用するドリームイーターなんか、ぼっこぼこしてやるにゃ!」
 そして、番犬達の前に夢喰いが近付いた。
 立ち塞がる形で身構える此方を見渡した敵は冷たい眼差しを向け、静かに告げる。
「邪魔よ、退いて」
「残念、そのお願いは神様でも聞けないよ!」
 フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)は守りを固めるべく雷壁を張り巡らせ、少女に首を振った。イチカはフェクトと並び、仲間を守る布陣に付く。キカも戦闘態勢を取り、真っ直ぐに少女を見つめた。
「あなたの気持ち、きぃもわかるよ」
「誰かになりたいって思うこと、すごーく良くわかるよ! でも……」
 夢喰いがしようとしていることは憧れを叶えることに繋がらない。
 イチカがそう告げると、メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)もそっと頷き、目の前の歪んだ存在に語り掛けた。
「誰かと同じような生き方をするよりも、あなたらしく生きる方が、ずっと大切なことに思えるわ。あなたの大切なものを、失ってしまわないで」
「何よ、わたしの気持ちなんて誰にもわかりっこないわ!」
 真摯な言葉を向けたメロゥだが、敵は夢主が抱く思いを反映するように叫ぶ。
 角行・刹助(モータル・e04304)とクラン・ベリー(赤の魂喰・e42584)は目配せを交わしあい、これは手古摺るかもしれないと肩を竦めた。
 だが、この程度で諦めるのでは番犬など務まらない。やるぞ、と口にした刹助が地面を蹴り、重突で以て敵に攻撃を仕掛けた。其処に続いたルトが銃口を夢喰いに向け、鋭い光弾を撃ち放ってゆく。
 諦めの感情を肯定して、境遇の言い訳ばかりを考えてしまう少女の姿。それは弱さなどではなくある種の処世術なのかもしれない、と刹助は思う。
「気持ちひとつで世界は変えられると知って欲しい」
「ああ、変える切欠はオレ達が作る!」
「そのためにも全力でやるにゃ!」
 刹助の言葉にルトが静かに頷き、雨音も斬霊の一刀で敵に斬りかかった。
 クランはミミックのカジュに攻勢に入って欲しいと願い、自らもオウガメタルの力を発現させていった。光輝の粒子を指先に集めながらクランも願いを言葉に変えていく。
「理想の自分、を持つことは、良い事だと思うん、だ。だから――」
 憧れを目標に変えて、今の自分から一歩進むための力にして欲しい。
 クランの思いに呼応するように光は煌めき、同じ思いを抱く仲間達に広がっていった。

●憧れに向けて
「退いてくれないなら力尽くで!」
 夢喰いがケルベロス達を睨み付け、心を抉る鍵を振りかざす。
 すぐさまフェクトが前に飛び出して狙われたキカを庇い、痛みを肩代わりした。キカがありがとう、と仲間に告げる傍ら、クランが癒しの補助に入る。
 そして、ルトは更なる守りを固める為に紙兵を遣わせた。
「――なあ、態々奪ってまで理想を求める必要なんてないんじゃないか?」
 その最中にルトは疑問を投げかけた。
「駄目よ、生徒会長の存在を奪わないといけないの。そうしなきゃわたしは……」
 すると少女の姿をした夢喰いは何かを言いかけ、唇を噛み締める。雨音は敵の中に宿る根本的な少女の思いを感じ取り、尻尾をぶんぶんと激しく振るった。
「あのにゃ、貴女の理想って、本当にこれでいいかにゃ? 生徒会長ちゃんになって彼女の存在を奪って、本当にそんな悪い子になりたいかにゃ?」
 振り下ろされた尾が敵を穿ち、ふわりとした感触を残していく。
 理想を持つことは素敵だ。けれどそれは自分を磨き上げてなるものであり、決して他人のを奪うものではない。その間にメロゥは地に魔鎖の陣を描く。
 なりたい自分。理想の自分。
 それらは誰もが持ち合わせているもの。だからこそ、気持ちの根源はとても大事だ。
(「消してしまいたくない。どうか、彼女の夢と憧れが潰えぬように――」)
 メロゥの祈りにも似た思いが魔力となり、仲間達の盾となっていった。イチカは腕を振りあげ、敵を狙い打つ。
「ね、きいて。ずっと投げ出さず園芸委員をやってることって、きみの優しさとか、思いやりのひとつでもあるんじゃないかなあ」
 鋭い一撃を叩き込むと同時にイチカは少女の瞳を覗き込む。
 きっと、自分からは見えないことは多い。嫌であるはずのことをやっているのも、ただ言い返せなかったからとか、気が弱いからという理由だけではないはず。
 ルトはイチカの思いに同意を示し、少女に言葉を掛けていく。
「誰もやりたがらなかった事を受け持つのはすごく勇気のいることだし、続けるのって責任感がないとできないことだと思うんだ」
 自分は自分らしく、理想に囚われ過ぎてはいけない。
 オレも頑張りたいんだ、と語り掛けたルトの眸は真剣さが宿っている。
 その通り、とまるで自分が言ったことのように胸を張ったフェクトは杖を振るい、敵の力を削ろうと狙った。
「憧れるだけじゃなくて、君自身のいい所にも目を向けてみて。敵を知り、己を知れば百戦殆うからず、ってね!」
 ルトの紙兵による援護、そしてフェクトが放った雷撃が重なり合って夢喰いを貫く。すかさず刹助が追撃に入り、重い一撃を叩き込んだ。
「憧れに焦がれ願う気持ちが本物だからこそ君は選ばれた」
 おそらく、君には自分の世界を変革させようとする想いと意思が備わっていたはず。刹助の呼び掛けに続き、クランも思いと共に光の粒子を再び解き放つ。
「理想の、自分への夢よりも、憧れや夢を持つことの出来る『君』が大事、だから」
 夢のない人間にはなって欲しくない、というクランの願いは強い。カジュは主の思いを反映するかのように夢喰いの力を着実に削っていく。
「でも、わたしは生徒会長みたいになりたい……!」
 対する夢喰いは悲鳴にも似た声を紡いだ。それを聞いたイチカは首を振る。
 わたしだってただの人間になりたかった、とイチカは己の憧憬についての思いを巡らせる。とっくに人間だと言われてもどうしても納得できなくて、もどかしさのような感情が胸の奥に渦巻く。
 きっと、思うことは違えど少女もそんなきもちを抱いていたのだろう。
 其処へキカが夏空めいた青い瞳を幾度か瞬かせ、口をひらく。
「きぃもママみたいな大人になりたいよ。でも、なりたい人をこわしても、こわしただけで、その人にはなれないの」
 キカの少し悲しげな声に続き、雨音も懸命に告げていった。
「本当にそれをしたら、ただの、他人の影になっちゃうからにゃ。悪い事をしても他人になるより、元の、優しい貴女のほうがいいにゃ!」
 思い出してにゃ、という雨音の願いと共に気咬弾が放たれ、キカによる縛霊の一撃が見舞われていく。敵もメロゥに狙いを定め、魔力を放ち返した。
 しかしすぐにルトが防護に入り、メロゥへの攻撃を確りと受け止める。
 その隙にフェクトが天高く飛び上がり、虹を纏う一閃で敵を引き付けた。フェクトの何かに憧れる気持ちは人一倍。大切さも尊さも、よく分かるからこそ絶対に守ってあげたい気持ちが強い。
 続く多戦いの中でクランは回復に専念し、イチカや刹助達も攻撃の手を止めることはなかった。敵は手強いが、必ず勝つという意志が番犬達の裡に宿っている。
「行く方向を間違えただけ。君は、君自身の弱さを許してあげてくれ」
 自分だけの本当の強さと魅力を見付けられるように――。
 そう願った刹助が放つ一撃が、夢喰いを深く穿った。

●未来への扉
 少女の憧れを形にした夢喰いは強く、未だしかと立っている。
「理想は奪うもの。あの人を殺して、わたしが生徒会長に……」
 ぶつぶつと呟く敵は鋭い視線を向けていた。刹助とルトがその眼差しを受け止める中、キカは、ちがうよと首を横に振る。
「たいせつなのは、自分が変わることだよ。きずつけたら、あなたもこわれちゃう」
 なりたい自分がいたら、絶対離しちゃだめ。
 でも、だれかをこわして叶える夢なんてどこにもない。
 そう語ったキカに続き、クランは憧れると心がとても素敵なものだと話す。
「夢を持てている君を、もっと大事にして欲しいよ」
 説得が上手くいかない可能性を考えたクランだが、雨音は諦めなければまだ道は開けると信じていた。そして、雨音は一瞬で敵の懐に踏み込む。
「無理やり他人になるより、自分のいい所を見てにゃ。優しい自分を捨てないでにゃ!」
「――!」
 そのとき、少女が息をのむ気配した。
 雨音が流麗なステップからの尻尾撃を叩き込んだ瞬間、手応えが変わった。敵が弱体化した、つまりは説得成功だと察したフェクトは一気に攻勢に出る為に駆け出す。
「憧れの気持ち、想い、絶対に消したりはしない!」
 行くよ、とフェクトが杖を振りあげた機に合わせてイチカとルトが左右から攻撃に入る。二人の連撃の一瞬後、魔力と強い想いを乗せたフェクトの祝撃が繰り出された。
 敵の体力は大幅に低下した。これはきっと今まで皆が重ねた言葉が彼女の心に伝わったからだろう。
「痛いのも、苦しいのもすぐに終わらせるから」
「あなたのことは、きぃ達がこわすよ」
 もう大丈夫、と囁いたメロゥが星のひかりを戦場に燈し、きらめきの波を起こす。キカも夢喰いに向けて言葉をかけ、相手の胸元にそっと触れた。
 壊塵の力が敵の力を削り、其処に好機を見出した刹助が地裂撃を見舞う。
「今は偽りの君を倒させてもらう」
 更にカジュによって具現化された武装具が宙を舞い、クランが最後になるであろう癒しの力を顕現させた。
「そう。理想の自分、という夢よりも、夢を持って生きる君が、いちばんだよ」
 鮮血よりも赤く、仄かな光を燈す果実の香りが癒しの光となって降り注ぐ。その癒しを受け、ルトは腰に携えたジャンビーアを構えて鍵のように回す。
「君は、決して臆病なんかじゃない」
 魔力によって開かれた異世界への扉の先にあるのは一面の白。それはまだ何色にも染まっていない少女の未来を示しているかのように目映い。
 その燐光に目を細め、イチカはルトと頷きを交わす。
 裡に抱くこの憧れのこころは、人らしくいたいと願う己が、人と歩むためのともしびだ。未来に繋がる扉の向こう、道標が必要なら自分達が導きとなろう。
「終わらせて、それからまたはじめよ」
 ゆれる心電図型の炎は過ぎし火。
 それでも、これは今だけは少女の未来を紡ぐ力になるのだとイチカは思う。そして、真白に輝く扉の向こうに燈火が宿った。

●行く先の標
 夢喰いは跡形もなく消滅し、ルト達は戦いが終わったと実感する。
 一行が夢主が倒れているであろう校舎裏の花壇に向かうと、其処には意識を取り戻している少女の姿が見えた。フェクトとイチカはほっとした気持ちを抱き、大丈夫かとクランが問いかけると少女は平気だと答える。
 雨音が簡単な事情を説明してやると彼女は酷く落ち込んだ様子で俯いてしまう。
「変わりたいことは決して悪い事じゃないにゃ。大事なのは、どうやって夢を叶えるかってことにゃ。もっと素敵な貴女を期待してるにゃ」
 にこりと笑った雨音の言葉は心からのものだが、少女は戸惑った様子でいる。
 キカはその心を察し、あのね、と少女を見上げた。
「こわがりな自分をゆるしてあげて」
 だいじょうぶ。それはあなたの大事な夢だから。
 俯かずに前を向いたら、あなたはちゃんと、なりたい未来のあなたになれるよ。
 キカのやさしい言葉にメロゥが双眸をゆるりと細め、その通りだと頷く。
 人に嫌われたくない気持ちは有るのかもしれない。それでもきっと、一歩を踏み出す勇気が必ず少女の魅力を引き出す切欠になるのだろう。
「一度の人生をどうか臆する事なく。自分自身の可能性を信じて、自信を持て」
 穏やかに、それでいて力強く伝えた後、刹助は明後日の方を向く。年寄りの説教臭くなったかと呟いた彼に対し、良いと思うぜ、とルトが笑んだ。
 クランもカジュと一緒に少女に歩み寄り、静かな眼差しを向ける。
「夢は、叶えるためにあるもの、だから。君であるために、夢を持って」
 そして、叶えていこう。
 偽りのない言葉を贈ったクランや、真摯な思いを伝える仲間達の傍ら、イチカは少しの間だけ遠くの空を眺めた。その鋼色の眸の奥、不意に浮かびあがった感情は敢えて言葉にせず、イチカは少女に向き直る。
「憧れを見つめて、走っていくきみのことを好きになるひとがいるかも!」
 がんばってる人はみんなかわいいんだ、と語りながら友人と呼べるひとたちを思い出したイチカは笑顔を向けた。
 そのとき何気なくルトは花壇を見遣り、ふとあることに気付く。
「自分が気づいていないだけで、誰かに誇れるものはもう持っているんだからさ」
 ほら、とルトが指差したのは片隅に咲いた綺麗な花。気付かれにくい場所にあるが、他の枯れかけた花と違ってそれはまだ美しく風に揺れている。
 いつか憧れの人と肩を並べられるような、そんな自分になれるように。ルトの中にも今、憧憬は確かに息衝いている。
 そして、ルトが示した先を見遣ったことで少女がやっと顔をあげた。
「……わたし、生徒会長みたいに凛々しくなれるでしょうか」
「理想があるのは、目標があるってことだわ。向上心を持つのはいいことよ」
 未来は必ず繋がっているの、とメロゥは淡く笑む。其処にフェクトが首を傾げ、そういえば、と少女に問いかける。
「ところで君の憧れの生徒会長さんってどんな人なのかな?」
「ええと、何でもはっきり言えて、それから他にも……」
「なるほど、神様ほどじゃあないけど、中々凄い人なんだね!」
 少女の答えにフェクトは楽しそうに耳を傾け、自分も神様を目指しているのだと元気よく話した。すると少女は一瞬呆気にとられたが、可笑しそうに双眸を緩めた。
 それに気付いたメロゥは、花壇と少女を交互に見遣ってから告げる。
「あなたは、枯れかけた花なんかじゃない。だって……ほら、素敵な花が咲いたわ」
 メロゥが示した先、其処には――。
 ちいさな笑顔の花を咲かせた、いつかの未来を信じる少女の姿があった。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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