初恋マッドネス

作者:天枷由良

●恋は盲目
 夕暮れ時。高校の図書室に、人影二つ。
「先輩、付き合ってください!」
 小柄な少年が、にこやかに言う。
 相手はすらりとした長身の、メガネをかけた知的な美少女。
 少女の胸元にある赤い名札には『神里』と刻まれていて――。
「……あの、ね?」
 その神里は、表情に僅かな恐怖を滲ませながら少年を見やった。
「何度も言ってるけれど。私は君の気持ちには応えられないし、私の心に君が入る隙間もないの。面倒事にはしたくなかったから、こうして図書委員の仕事は一緒に続けていたけど……もう吾妻君とか先生方に相談することも考えるから。……それじゃあね」
 少年に口を挟む間も与えず、神里は逃げ出すように図書室を出ていく。
 しかし少年――左胸を見る限り『宮元』というらしき彼は、こっぴどくフラれたにも関わらず笑顔のまま。
「恥ずかしがっちゃって可愛いなあ。でも、まだ認めてくれないってことはやっぱり先輩に纏わりついてるあの吾妻とかいう男が色々と吹き込んでるのかな。うんそうだよね。人の恋路を邪魔する奴って本当にいるんだな。あはは。……じゃあそろそろ痛い目に――」
「あなたからは、初恋の強い思いを感じるわ」
 少年が抑えきれない感情を吐き出す最中、それは現れた。
「私の力で、あなたの初恋実らせてあげよっか」
 ドリームイーター・ファーストキスはそう言って、少年の唇を奪う。
 嫌悪感と衝撃で顔をしかめたのは一瞬。少年は瞳をとろんとさせて、力なく立ち尽くす。その隙にファーストキスは鍵を突き刺して、少年の『初恋』からドリームイーターを誕生させた。
「さぁ、あなたの初恋の邪魔者、消しちゃいなさい」
 ファーストキスの命令に従って、ドリームイーターは図書室を飛び出す。
 標的は邪魔者――つまり神里でなく“あの吾妻とかいう男”の方であった。

●ヘリポートにて
「恋心を狙うドリームイーターが出たらしいっす!」
 コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は溌剌と言ってみたものの、すぐに微妙な表情を作った。恋というものが事件の発端であることや、どうにも青春の一ページとは言い難い状況に思うところがあるのかもしれない。
「ドリームイーターに狙われたのは、宮元・新くんという高校二年生。初恋を相当拗らせていたようで、一つ先輩の神里・芽衣さんという女の子に、何度も何度も迫っていたみたい」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は手帳に目を落としながら、ケルベロス達に予知で得られた情報を告げていく。
「宮元くんから生み出されたドリームイーターは侮れない力を持っているようなのだけれど、その存在の源たる『初恋』を萎えさせるような説得ができれば、弱体化すると見られているわ」
 説得は対象への恋心を弱めるという形でも、初恋に抱いている幻想を打ち砕くような方法でもいいだろう。ただし宮元・新が神里・芽衣に対して並々ならぬ感情を抱いていたことは紛れもない事実であるから、例えば芽衣への評価を落とす嘘などは通じないはずだ。
「説得できなれけば倒せない、というほどまでではないから、何も言わずにドリームイーターと戦うのも一つの手よ。でも、上手く説得して弱体化できたなら、それは宮元くんの歪んだ恋心を落ち着かせることにも繋がるわ」
「なるべくなら、弱っちくしてから倒したほうがいいってことっすね」
 コンスタンツァの言葉に、ミィルは頷く。

「ドリームイーターは紺色のブレザーを着た宮元くんそっくりの姿で、神里さんの交際相手である少年がバレー部の居残り練習をしている体育館に現れるわ」
「“私の心に君が入る隙間もない“ってのは、やっぱりそういうことだったっすね」
「ええ。恋敵がいなくなれば……ということなのかしら。この少年はかなり遅くまで残っていて、下校する頃には高校は殆ど誰も居なくなっているから、人払いをする必要はないわ」
 ミィルは一度言葉を区切って、さらに語る。
「敵はケルベロスを見つけると戦闘を優先するから、標的にされた少年が逃げるのは難しくないはず。それから武器は大きな鍵で、小柄な体躯を活かしたヒット&アウェイで攻めてくるわ。その動きを封じることが、戦いにあたって肝要な点でしょうね」
 あとは……と、手帳に目を走らせたミィルは最後に一言。
「恋心を叩き潰すような説得をしてしまうと、宮元くんは一気に変転して恋愛感情を失くしてしまうかもしれないわ。なかなか難儀な話だけれど、説得もある程度加減してあげてね」
 そう言って、説明を終えた。


参加者
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)
キアラ・エスタリン(導く光の胡蝶・e36085)
アンナマリア・ナイトウィンド(月花の楽師・e41774)

■リプレイ


 広い体育館に少年が一人。ゴム底のシューズをきゅきゅっと鳴らして、バレーボールの練習に励んでいた。
 名前は吾妻・達弘。飛び抜けた容姿や雰囲気の持ち主とまでは言えないが、汗を流しつつ何度も繰り返しボールを打つ様が、朝露で濡れた新緑のように瑞々しい。眼差しも愚直なまでに真剣で、同じ学び舎で過ごす女の子が一人くらい惹かれたとしても、何ら不思議ではないように思える。
「――いやぁ、精が出ますね」
 少し高めの声が聞こえたのは、使い古されてくすんだ青色の籠から球が無くなった頃だった。
 達弘が振り向いてみれば、そこには見慣れた制服と見慣れない顔。
「君は……?」
 小柄な相手から恐ろしい気迫を感じつつも、達弘は努めて落ち着いた素振りで尋ねる。
「聞いてどうするんですかね? 此処で死ぬ人が」
 男子生徒の形をしたドリームイーターは答えて、己の内より武器を取り出す。
 それは未来を切り開く鍵。
 たった一挿しで、いや一刺しで。初恋を実らせる、魔法の鍵だ。


「……って、そんなわけないでしょ!」
 敵が現れるなり体育館へ飛び込んだカッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)が、手近に転がっていたボールを力いっぱい投げつけた。
 相手はデウスエクスであるから、別に当たったところで痛くも痒くもない。だが予期せぬ襲撃に敵は攻撃でなく回避を選び、あと僅かで仕留められそうだった達弘から間合いを取ってしまった。
「今っす!」
 続いてコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)が、右手に召喚した天使の羽付きリボルバーをドリームイーターに向けて引き金を引く。
 弾は出ない。代わりに出るのは丸いダイナマイト。それも銃口でなく、敵の真上から。
「さっさと逃げるっすよ吾妻!」
 ぎりぎりで差し込んだ叫びが届くと同時に爆発が起きる。急襲は直撃こそしなかったが、敵と達弘の間をさらに広げるばかりか、他の仲間達の突入に十分な隙も作り出す。
 三番手になったのは、ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)だ。コンスタンツァの爆撃が及ぼすであろう影響を予め考慮しつつ、片腕の攻性植物をツルクサの茂みの如き姿に変えて放つ――が、これは惜しくも宙を掴む。
「カーテン・コールの時間だわ。黄昏の中でラスト・ダンスを踊りなさい」
 次に紫のカラードレスを華麗に翻して来たアンナマリア・ナイトウィンド(月花の楽師・e41774)は、光を纏う一揃えの護符を鍵盤のように展開。それを叩いて魔曲を奏で、強化した御業の腕から巨大な爪のついた鎖を伸ばして攻撃させる。
 だが、この一撃もドリームイーターは掻い潜った。侮れない力を持っているのだと、予知で言われるだけのことはあるようだ。
 すぐさま、カッツェと長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)が命中率を上昇させる為に前衛陣へオウガ粒子を振り撒く。一方で比良坂・陸也(化け狸・e28489)は後衛に向け、カラフルな爆発を起こすことで士気向上を図る。
 その爆風に煽られながらも、ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は余裕たっぷりの優雅な振る舞いを崩すことなく、色とりどりの花や蔓が巻付く鮮やかな儀式杖を振って網状の霊力を放つ。
 そして四撃目で、とうとうドリームイーターは捉えられた。
「さあ、早く外へ。後のことは私達に任せてください」
 今が好機と達弘の元へ駆け寄ったのは、キアラ・エスタリン(導く光の胡蝶・e36085)。
 一体何が、と聞きたくなるのを堪えて頷くと、達弘は館外へ走った。
 物分かりの良い、実に素直な少年だ。そうしたところも、神里・芽衣が好意を抱いた理由の一つかもしれない。
(「それにひきかえ……」)
 キアラは彼方に消えた背中から、討つべき敵へと視線を移した。
 絡まる網を鍵で裂きながら、態勢を整え直したドリームイーターは制服の左胸あたりを掴んで、ぎりりと歯噛みつつ睨み返してくる。
「……新さん。あなたは、何故芽衣さんが達弘さんに惹かれるかを考え、努力したことはありますか? 今のあなたは、芽衣さんに好きになってもらえると努力したこと、自信をもって言えますか……?」
「はあ?」
 藪から棒に何を、と目を剥くドリームイーターに少し気圧されながら、それでもキアラは語るのを止めない。
「両想いの二人の仲を応援してあげることもまた初恋、ですよ」
「――ッ!!」
 途端、殺気が膨れ上がるのをキアラだけでなく全員が感じ取った。
 最後の一言は、恋で病んだ者に対してまだ向けるべきではない失言だ。事件の一因たる宮元・新が、そして彼の歪んだ恋心から生まれたドリームイーターが、最大の好意を抱く相手と最大の敵意を抱く相手の仲をただ応援しろなどと言われて、怒りや憎悪以外に示すものがあるだろうか。
(「ああ、恋とは本当に尊くて……同時に恐ろしいものだね」)
 ニュニルは腰に括り付けたピンクのクマぐるみ・マルコを撫で擦りながら、ふと思う。
「そっか。うん。わかった。わかったよ。あの吾妻とかいう奴が君達を呼んだんだね?」
「そうではなくてっ――」
「黙れよ」
 煮え滾るあまり冷酷さが増す。まず説得からの弱体化を試みようとしたキアラの言動は、皮肉にも新の恋心から生まれたドリームイーターをより歪な怪物に変えてしまっていた。
 ただ幸いであったのは、その前に立ちはだかる者がキアラ一人でなかったこと。
「邪魔するな!」
「邪魔なのはお前だと思うなー」
 鍵を振りかざして襲い来る敵をカッツェが阻み、まだオブラートに包んだ台詞を食い気味で返す。
 その胸中は穏やかでない。思春期の恋心なんて可愛い言葉では済まされない、酷く拗らせた少年の一方的な好意の押しつけに、カッツェは苛立ちを抑えられずにいた。
 そして露骨な嫌悪感は、すぐに言葉から頼りない被膜を剥ぎ取る。
「芽衣はお前みたいなチビには興味ないと思うから他当たった方が良いよ。それに、はっきり言って好きどころか嫌われてるからね、お前」
 歯に衣着せぬ物言いに、仲間達の方が息を呑んだ。
 しかしカッツェの舌鋒は事実を含みながらも、分別がつかない状態にある敵にとっての真実とはなり得ない。
「……あはっ、ははは! いやだなぁ。“僕のことを好きな先輩”が僕を嫌うわけないじゃないですかッ!」
 ただの悪口程度にしか聞こえなかったことが、奇しくも怒りを鎮めるのに一役買ったか。ドリームイーターは取り戻した余裕の中に歪みの一面を垣間見せつつ、カッツェに鍵を振り下ろす。
 それは守勢に立つカッツェを深く傷つけはしなかったが、心を抉るような感覚が苛立ちを強くさせた。
「お前の恋の力はこんなもんか! カッツェすら抜けない様じゃ全然大したことないな! その程度の想いで、女の子が手に入ると思うなよ!」
 吼えるカッツェに、恋の障害を越えようとするドリームイーターも敵意を漲らせる。


「あくまで相手は自分に惚れていて、結ばれないのは邪魔者がいるからに違いないと。君はそう言うんだな?」
 程なくファルケが問えば、敵は自信に満ち溢れた顔で頷く。
 恋は盲目、だなんて傍らのボール籠よりもくたびれた言葉だが、しかしそれ以上に的確な表現もあるまい。ファルケは日頃見せないであろう厳しい表情を作ってから、ブラックスライムをいつでも差し向けられるように意識しつつ、言葉を継ぐ。
「だとしても、だ。それで相手や周りの人間を傷つけようとするのは、それだけはダメだ。相手の苦痛を考えず、幸せを無視するそれは、恋じゃない。自己満足のための、一方的な支配だよ。もちろん、いくら考えたって相手のことが全てわかるわけじゃないけれど――」
 ちらりと向けられた視線に気づいて、コンスタンツァが目だけで応じてくる。
「僕とスタンだって、行き違うこともある。それでも相手を思いやれるかが大事なんじゃないかな」
「だから僕は先輩を思いやって、先輩が素直になれない原因を排除しようとしたんですけど?」
 長々とした説教の甲斐なく、ドリームイーターは悪びれもせずにそう言った。
「アンタ、ファルケの話ぜんっぜん聞いてないっすね!?」
 思わずコンスタンツァが怒鳴りつける一方、ニュニルは苦笑をこぼす。
「何がおかしい!」
「いや、想像していた以上の暴走っぷりだと思ってね」
 マルコを見ながら言うと、ニュニルは敵に目を移した。
「もしもだよ、全く興味のない女の子がキミに言い寄ってきて、その子が神里さんを“素直になれない原因”だって排除したら……キミは、その子を好きになるの?」
「は? そんなわけないでしょ?」
「それなら何故、キミが同じことをして神里さんが振り向くなんて思うのかな? 無茶苦茶だよ。そんな身勝手押し付けられても、彼女には迷惑でしかないよ」
「……せ、先輩が僕を迷惑に思うわけないだろ!」
 少し歯切れを悪くした代わりに、モザイクの塊が飛んでくる。
 それをコンスタンツァが受け止めて、銃でなく己の引き金を引く。
「宮元、アンタは神里が好きなんすよね?」
「当たり前じゃないか!」
「なのに神里の横顔ばっか見つめてたんすか? 先輩の視線の方向、辿った事はないんすか? 神里がアンタをまっすぐ見た事は? 好きな人が見てる方向すら気付かないなんて、そんなひとりよがり恋と呼べるんすか?」
 コンスタンツァは機関銃の如く言葉を浴びせながら、辺りを示す。
 ピンと張られたネットに、転がったままのボール。戦場と化した館内には、新が憎む相手の名残のようなものがまだ幾つも散らばっていた。
「神里はバレーに恋する吾妻に惚れたっす」
 自らも一つのものに夢中になる相手を――ファルケを好いたからこそ、コンスタンツァはそう確信して言い切る。
「アンタには、相手に惚れてもらえるような誇れる『何か』があるんすか?」
「……あるさ! 誰よりも先輩を好きだって気持ちが、僕には!」
「駄目ね。貴方の考えは、もうストーカーの考えなのだわ」
 あくまで自分本位で反論するドリームイーターに、いい加減辟易してきたアンナマリアがため息交じりで呟いた。
「貴方が本当に正しければ、彼女も振り向いてくれたかも知れないけれど、間違った自分の想いを押し付けようとしている貴方では、誰も受け入れてくれないのよ」
「だから押しつけなんかじゃない!!」
「ストーカーは皆そう言うわ。そして貴方がしようとしているのは、貴方が最初に持っていた一途な想いを汚しながら、貴方が好きな人の想いを踏みにじることなのよ!」
「頭ごなしに否定して犯罪者呼ばわりかよ! 踏みにじってるのはお前らと吾妻だろ!」
「なぁ、よう」
 応酬が混迷を深めていく中、凄まじく冷めた声を発したのは陸也。
「一つ聞きてえんだが。お前さんが惚れたのは、相談するほど仲の良い相手が死んで悲しまないような相手なのか?」
「先輩がそんな冷たい人なわけないじゃないか! そんなことも知らずにお前達は――!」
「だったらよう、お前が吾妻を“排除”したところで悲しむだけだって分かんだろうよ。好きな相手悲しませてどーするんだ」
「……違う。違う違う、違う!! 悲しませてるのは、苦しませてるのは僕じゃない! あいつだッ! だからあいつをどうにかすれば……先輩はッ!」
「振り向いてくれないって、本当はわかってるんでしょ?」
 陸也に寄り添うように立っていたわかなが、生来のお転婆な気質を潜めて言った。
「恋敵を排除しないと彼女の心を得られないと思ってる時点で、貴方はもう相手に完敗してるんじゃないかな」
「そんな……僕は負けてなんか……!」
「本当に魅力的な人なら、他人を排除なんてしなくてもいいはずだよ。敵を認めて、自分の魅力だけで相手を振り向かせられるような、そんな懐の深い格好いい男の子に頑張ってならなきゃ! ね?」
 年下ながら、わかなは諭すように言い聞かせる。
 それが意固地な態度を僅かに解して、必死に撥ね除けていたケルベロス達の様々な言葉を、ドリームイーターの奥底に染み込ませた。
 好いた相手はどのような人だったか。本当に想いを踏みにじってるのはどちらか。恋敵より誇れるものなどあるのか。身勝手を押し付けて迷惑をかけているのは誰か。
「違う……僕は、先輩に……!」
 声を絞り出して、ドリームイーターは鍵を握る。
 ただ、その振る舞いに当初の迫力はなかった。ドリームイーターは新の恋心から生まれた故に、己が既に敗北した存在なのではないかと疑念を植え付けられた瞬間から、大きく力を失い始めていた。
 そんな状態では、ニュニルのウイングキャット・クロノワですら倒すことなど出来ないだろう。それでもデウスエクスである以上は戦いを挑んでくる相手に、ケルベロスが苦もなく勝利を収めるまでは、然程時間を必要としなかった。


 結局のところ、叶わない想いだと一番理解していたのは新自身なのだ。
 だけど認められなかった。だから歪んでしまった。
 その歪みが形作った怪物をケルベロスが討ち果たしたことで、新の初恋は正されると共に、終わりを知った。
 体育館の修復を終えた後、図書室まで様子を伺いに来た何人かが相対した少年は、本当にあの怪物の元凶であったのかと思うほど、大人しかった。
「情熱的なのは良いことだよ。ただ、相手の都合も考えないと嫌われてしまうってだけでね」
 さすがに少し慰めてあげなければいけない気がして、ニュニルが発した言葉を、新はじっと聞く。
 その神妙な面持ちは不安を覚えるほどだったが、心を埋め尽くしていた感情に終焉が訪れた今、それ以外に示せる反応があるはずもない。
「人を呪わば穴二つだぜ? 貶すより男磨けよ。誰が見てるかわかんねーんだ」
 ついとわかなを見ながら言って、陸也が新の胸に拳を軽く打ち当てた。
「いざって時、胸張って生きれるようにな」
「……はい」
 返事は弱々しい。
 だが、その短い言葉に自責の念はあっても、恋愛に対する失望までは含まれていないように聞こえた。想い叶わず砕け散った辛さから立ち直るには暫くの時がかかるだろうが、恋について一つ学んだ彼は、いずれ新たな希望に巡り合うかもしれない。
 しかし残念ながら、そこまでは見守っていられない。
 陸也は居合わせた仲間達に退出を促すと、自らも図書室を出た。
「初恋は実らない、だから甘酸っぱい……のかもしれないわね」
 アンナマリアが独り言ち、夜闇の彼方に消えていく。
(「私のはちゃんと実ったけど、ね」)
 わかなは心の中で呟き、陸也の差し出してきた手に指を絡めながら頬を染めた。
 そうしていられるのは幸せなことだ。……もしも己の恋心が狙われてしまったら、なんて想像を掻き消してしまうくらいには。
「……帰るか」
「……うん」
 二人はそう言って、ゆっくりと帰路についた。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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