ストリート・オブ・ハリアー

作者:土師三良

●破壊のビジョン
 大阪市某所。
 大小のビルに挟まれた裏通りに異形の花が浮揚していた。
 魔空回廊から現れた攻性植物である。
 そのフォルムはクラゲに似ていた。
 クラゲの傘に相当する部位は、肉厚の花弁の集合体。それらは半透明であり、胎児のようななにかを内包している。
 クラゲの触手に相当するのは無数の根。先端は刃のようになっている。
 形状だけでなく、大きさも尋常なものではなかった。全高は約七メートル。全幅は約五メートル……だったのだが、更に長くなった。触手めいた根が左右に広げられたことによって。
 根を広げた状態のまま、攻性植物は通りをなぞるように前進を始めた。
 スピードはさして速くないし、体の一部が地表に触れているわけでもないのに、単独行軍の後に土煙が濛々と巻き起こっていく。
 通りの両側のビルが次々と崩れ去っているのだ。触手の群れに叩き斬られ、あるいは叩き壊されて。
 自らの軌跡をビルの瓦礫で埋めながら、攻性植物はゆっくりと進み続けた。

●音々子かく語りき
「最近、『サキュレント・エンブリオ』なる巨大攻性植物たちが大坂で暴れまわっていることは御存知だと思いますが――」
 ヘリポートの一角でヘリオライダーの根占・音々子がケルベロスたちに語り始めた。
「――そいつがまた現れたんですよ。今度はビル街の裏通りです。裏通りと言ってもそこそこ広いんですけど、うすらでかいサキュレント・エンブリオにとっては狭苦しいんじゃないでしょうか。狭いところにわざわざ入りたがるなんて、ネコちゃんみたいですよねー」
 市街地を破壊し、そこに住む人々の命を奪い、あるいは退かせて、拠点を拡大すること。それが攻性植物たちの狙いなのだろう。
 となれば、サキュレント・エンブリオのような大型の攻性植物はうってつけだ。巨体を以て狭いエリアに侵攻すれば、最小の動きで大きな被害を生むことができるのだから。
「サキュレント・エンブリオの出現位置と時間は完全に把握できていますので、その周辺で待ち伏せをしてください」
 音々子は愛用のタブレットを皆に示し、そこに件のビル街の地図を表示した。
「市民の方々の避難誘導は警察や消防がおこなってくれますから、皆さんは戦闘に専念することができるはずです。サキュレント・エンブリオは空に浮かんでいますけど、地上からの攻撃も届きますよ。それに通りの両横のビル群からも届きます。ただし、相手はゆっくりとはいえ移動していますし、双方の攻撃の余波でビルがじゃんじゃか壊れていくでしょうから、一箇所にとどまって戦うことはできないと思われます」
 タブレットが何度もタップされ、現地のビルの写真が次々と画面に現れた。全体を包み込むように足場が仮設されて(改装工事の途中らしい)巨大なジャングルジムのようになったビルが何棟かあったし、窓拭き用のゴンドラが設置されたビルもあった。それらを利用すれば、飛行できない種族でも自分の望む高度を取ることができるだろう。
「これも御存知かもしれませんが、サキュレント・エンブリオは撃破された時に大量の胞子をばらまくことが確認されています。でも、現段階ではそれを阻止する手立てはありません。歯がゆいとは思いますが、胞子のことは一旦忘れて、サキュレント・エンブリオを倒すことだけを考えてください」
 音々子は『一旦』の部分に力を込めた。そう、忘れるのは一旦だけ。いつか、胞子を始末する日が来るだろう。
 その日を迎えるためにはサキュレント・エンブリオを倒さなくてはいけないが。


参加者
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
尖・舞香(尖斗兆竜・e22446)
常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)

■リプレイ

●ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
 ビルの屋上の縁に立つ僕から見て、十一時の方向――裏通りの中空に裂け目が生じて、その向こう側からクラゲみたいなフォルムの巨大な花が現れた。
 サキュレント・エンブリオだ。
 クラゲの傘に相当する部分にびっしりと付いている半透明の花弁は綺麗といえば綺麗だが……でも、やっぱりグロテスクかな。
 綺麗かつグロテスクな花は裏通りに沿って前進を始めた。遠目にはふわふわと空を漂っているように見えるかもしれないが、近距離だと重爆撃機並みの迫力。
『戦闘開始だ』
『ウィルコ!』
 ヘッドセット型のインカム越しに人型ウェアライダーのリューディガーが宣言し、ロビネッタが元気よく答えた。しかし、ウィルコって……空を飛んでるもんだから、パイロット気分になってるな。
「包まれてゆくぅ~、夕日照らす街にぃ~♪」
 頭上から歌声が聞こえてきた。アリアデバイスを手にした鞠緒が空を舞いながら(彼女もロビネッタもオラトリオだ)、『想捧』を歌っているんだ。
 その歌声に三発の銃声が重なった。射手は、向かいのビルの屋上の広告看板(『デキる男のスタイリッシュな付け髭! 他のドワーフに差をつけろ!』と来たもんだ)の陰にいるリューディガー。別のビルの屋上で片膝立ちになって銃を構えているレプリカントのアウレリア。敵の後方を飛ぶロビネッタ。全弾、命中。
 じゃあ、僕も飛び道具で攻めようか。テレビウムのマギーをむんずと掴み――、
「これがサーヴァント・カタパルトだ!」
 ――敵めがけて放り投げる。
 一直線に飛んでいくマギー。液晶画面の顔文字が恨めしげに見えるのはきっと気のせいだ。
 マギーが敵にぶつかる寸前、僕はサイコフォースを発動させて傘の一角で小さな爆発を起こした。爆風をクッションにしてマギーは傘に着地。
 その間も敵は前進を続けている。触手めいた根で周囲のビルを破壊しながら。
 もちろん、こちらも一箇所にとどまっているわけにはいかない。敵に先行するように走り、横のビルに飛び移り、また屋上を駆け抜けて飛び移っ……あ、ダメだ、飛距離がちょっと足りなかった。でも、大丈夫。エクスカリバールの切っ先をビルの壁面に素早く突き立てることができたから。おっと! その壁面がいきなり崩れた!
 哀れ、僕は地面に真っ逆様……と、思いきや、救いの天使が現れた。
 天使といっても、オラトリオじゃなくて人派ドラゴニアンだけど。

●尖・舞香(尖斗兆竜・e22446)
「大丈夫ですか、ピジョンさん?」
「ありがとう。助かったよ」
 ピジョンさんの手首を掴んで引き上げて(……お、重い!)ビルの屋上に降ろした後、私は空に戻りました。
 眼下ではサキュレント・エンブリオがあいかわらず触手を振り回していますが、先程までのようにビルを壊すためではありません。私たちを攻撃するためです。
『あれぞ、ゴールデンパディー・パース! 近くで見ると、すっげー迫力だな、おい!』
 敵のグラビティの命名者のヴァオさんがインカムの向こうで叫んでいます。『近くで見ると』などと言いながら、翼飛行でけっこうな距離を取っていますね。あっちのビルのアウレリアさんに冷たい目で見られている(『ゴールデンなんとか』とかいう変な名前に呆れているのでしょう)ことにも気付いていないようです。
『ねえ、みんな! 今日のヘリオンはどことなく猫背に見えなかったー?』
『わけの判らないことをほざくな』
 はしゃぎまわるヴァオさんにぴしゃりと言い捨てて、神崎・晟さんがヒールドローンを展開。先程の触手攻撃を受けた仲間たちを癒していきます。
 地上では玉榮・陣内さんがハンマー投げの選手さながらに体をぐるぐると回しています。もっとも、その手にあるのはハンマーではなく、ケルベロス・チェイン。そして、チェインの先端を人型ウェアライダーのアガサが掴んでいます(たぶん、陣内さんは『怪力無双』を使っているのでしょう)。
 パワーが十二分に溜まったところでアガサはチェインを離し、空に舞い上がりました。ピジョンさんの技(?)が『サーヴァント・カタパルト』なら、こちらは『ウェアライダー・カタパルト』といったところでしょうか。
 空中で敵に肉薄し、捕食モードのブラックスライムを浴びせるアガサ。
 私も負けてられません。そう思って、武器を構えると――、
「貴方はサムライを目指していると聞いたが……」
 ――いつの間にか横に並んでいた同族の紗重が怪訝そうな目を向けてきました。私の武器がサムライに似合わぬバスターライフルだからでしょう。
「刀を使うだけがサムライではありません」
 私は敵に狙いを定め、トリガーを引きました。
 迸るバスタービームの閃光。それが消えぬうちに爆発が起きました。紗重の黄金のドラゴニックハンマーから竜砲弾が発射されたのです。

●常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)
 思う存分に空を飛び回れるとあって、今日の私はいつもよりテンションが高めだ。
 発射直後のドラゴニックハンマー『鬼神太夫』を構えたままの状態でサキュレント・エンブリオめがけて一気に急降下。その『一気』が経過する間に仲間たちも猛攻を加えていく。ヤモリ型のファミリアロッドを投じるピジョン、屋上に伏せて轟竜砲を放つアウレリア、ビルからジャンプしてグラインドファイアを浴びせるリューディガー。
 そして、私と並んで急降下を始めた鞠緒。
「Those with gravity on their side♪」
 彼女の口から流れる歌は『深空』。ただし、アップテンポにアレンジされ、歌詞も変わっている。どうやら、私たちのことを歌ってくれているらしい。
 重力と慣性に従って、私は傘の中心部にスターゲイザーを食らわせた。
 一方、鞠緒はV字を描いて上昇し、敵を翻弄するかのように飛び回っている。『深空』のメロディで打ち据えながら。
「ぎゃおー!」
 弟分(向こうは兄貴分のつもりらしいが)の小鉄丸が歌声に合いの手を入れるかのように鳴いて、ボクスブレスを敵に浴びせた。
 他のサーヴァントたちも奮闘していた。傘の上のマギーは遠方のアウレリアに応援動画を見せて(アウレリアは触手攻撃を受けた面々の一人だった)、ビハインドのアルベルトはポルターガイストを用いて瓦礫を敵にぶつけ、ウイングキャットのヴェクサシオンは清浄の翼で皆を癒している。私がいる場所からは見えないが、オルトロスのイヌマルもパイロキネシスを使っているようだ。その証拠に敵の体に少しだけ火がついている。
 しかしながら、小さな仲間たちの活躍をじっくり見ている余裕はない。私は小鉄丸とともに飛び上がった。
 次の瞬間――、
『よーし、ここにサインを印そう!』
 ――ロビネッタの声がインカムから聞こえ、無数の弾丸が敵に撃ち込まれた。

●比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
 たぶん、ロビネッタが使ったのは『名探偵ロビィ、参上!(イニシャルシュート)』とかいうグラビティかな? 以前に何度か見たことがある。幾つもの弾痕で『R.H.』のサインを刻む技なんだけど――、
『おや? 可愛い猫さんだねぇ』
『猫のイラストじゃないよー! あれは私のイニシャル!』
 ――ピジョンとロビネッタのやりとりから判断する限り、上手く刻めなかったみたい。
 でも、サインの出来はどうであれ、ダメージを与えることはできたはず。敵は苦しげに身をよじっているし……いや、あれは痛みに苦しんでいるじゃない。攻撃の前兆だ。傘の一部に穴が開いて、そこから光が漏れ出ている。
『おおう!? アンノウンジャイアント・ブラスターが来るぅーっ!』
 うるさいよ、ヴァオ。
 光の攻撃を受ける誰かの盾になるべく、私は地を蹴ろうとしたけど、寸前で思いとどまった。ビルから身を乗り出していたアウレリアと目が合ったから。
 半秒にも満たないアイコンタクトの後、アウレリアは小さく頷いてビルが飛び出した。
 ほぼ同時に敵が光線を発射。おそらく、標的は後衛陣。でも、直撃を受けたのは、射線に割り込んだアウレリアだった。頼りになるね。誰かさんとは大違い。
 盾となったアウレリアが舞香に受け止められる様を視界の端に捉えつつ、私は誰かさん一号に駆け寄り、そいつが持ってるケルベロス・チェインの端を握った。
「陣! もっかい飛ばして!」
「人使いが荒いな。今に始まったことじゃないが……」
 ぶつぶつとこぶしながらも、ケルベロス・チェインを回し始める誰かさん一号。
 五回ほど回った後で(正直、吐きそう)私は鎖を離し、敵の懐めざして飛び出した。高度が上がったから、ロビネッタのサインがよく見えるようになったけど……ダメだ。ピジョンの言葉を聞いた後だと、もう猫にしか見えない。
 その猫の胴体のあたりに舞香のフロストレーザーが命中した。間を置かずに私も追撃……したいのに今回はちょっと高度が足りないな。このままでは敵に届かないかも。
 あ? ちょうど良い位置に誰かさん二号が滞空してる。

●ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)
 黄金と深紅の翼で空を翔け、『紅瞳覚醒』を弾きまくる俺! 我ながらカッチョいいー! あー、この雄姿を娘たちにも見せ……痛っ!? こら、アガサ! 人の頭を足蹴にすんじゃねぇーっ!

●遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
 ヴァオさんを踏み台にして、マインドソードの一太刀をサキュレント・エンブリオに浴びせるアガサさん。華麗ですね。ヴァオさんの頭に足跡がスタンプされちゃいましたけど。
 そして、当然のように敵が反撃してきました。棘のような形のミサイル(種子でしょうか?)がそこかしこから発射され、糸のような煙を引いて迫ってきます。舞香さん、小鉄丸さん、そして、わたしに向かって。
『出たぁーっ! ボードフィールド・サーカス!』
 ヴァオさんがまた敵のグラビティ名らしきものを叫んでます。
『今日はヴェクサシオンも猫背に見える気がするぅー!』
 ヴェクさんはウイングキャットなので、最初から猫背なんですが……などと返してる暇はありません。縦横無尽に飛び回るミサイルから逃れるべく、わたしもまた縦横無尽に飛び回ります。
 ヘリオライダーの音々子さんの操縦のように殺人的な……いえ、アクロバティックな動きで舞い、なんとか全弾を回避できました。命中率を低下させてくれたアガサさんと舞香さんに感謝です。
 とはいえ、被害を受けなかったのは人間だけ。目標を見失ったミサイル群は次々と周囲の建物にぶつかっていきます。あ! ビルの一部が崩れて、屋上を走っていたリューディガーさんが落下してしまいました。
 待っていてください。今すぐ助けに……行くまでもなかったですね。奥様のチェレスタ・ロスヴァイセさん(わたくしと同じくオラトリオです)が素早くキャッチしました。
 逆お姫様だっこですね。うふふ。

●アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
 サーカス風の煌びやかな衣装を着て飛翔する鞠緒の姿はなかなか見物。美しく舞う様がビルの窓ガラスに映されて、二倍の華やかさ。敵のミサイルが吐いている糸のような煙さえも演出効果に見えてくるわ。
 その艶姿を記録に残すべく、彼方・悠乃がデジタルカメラを構えている……と、思ったけど、被写体は鞠緒ではなく、サキュレント・エンブリオみたい。
 まあ、撮れるうちに撮っておくべきよね。相手はもうすぐこの世からいなくなる。私たちが息の根を止めるのだから。
 流れ弾ならぬ流れミサイルを受けて崩壊するビルから私は飛び出した。同時に銃声が響いた。リューディガーの銃撃(ただの銃撃ではなく、彼独自のグラビティみたい)。
 落下途中の瓦礫を擦るように蹴り、私はエアシューズに火を起こした。その間に別の炎が敵を焼いた。ピジョンのドラゴニックミラージュ。
 そして、私は空中でグラインドファイアを繰り出した。エアシューズから生じた炎の波を追うようにして白いハツカネズミが飛び、半透明の花弁の一つに食らいつく。鞠緒のファミリアシュート。
『当たれ!』
 インカムが咆哮を伝え、さしてタイムラグを置かずに傘の一角で爆発が起こった。紗重が真上から撃ち込んだ轟竜砲。
 その爆風とグラインドファイアの反動を利用して、私は後方に飛び、雑居ビルの壁面に取りすがった。すぐさま壁を蹴り上げ、空中で一回転して屋上に着地。
 我ながら激しい動きだけど、アルベルトはしっかりとついてきている(しかも金縛りで敵を攻めながら)。生前の彼なら、こうはいかなかったでしょうね。そそっかしい人だったから。
 かつて何度も口にした『足下に気を付けて』という忠告も今のアルベルトには無意味かつ無用。それがちょっと悲しい。

●姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
『今、解き放つぜ! 癒しのオーラを!』
 筋肉ムキムキの相馬・泰地さんがポージングを決めて、共鳴効果のあるヒールで皆を癒してくれてる。
 戦いが始まってからそこそこの時間が経過したけど、いろんな人のヒールのおかげでこっちは誰も脱落してない(でも、ヴァオさんの頭の足跡は増えてる。三つか四つくらい)。
 一方、サキュレント・エンブリオはもうフラフラ。よーし、ガンガン攻めちゃうぞー! ……でも、その前に愛用のリボルバー銃『シェリンフォード改』をかっこよく構え直して、インカムに叫んでみたりして。
『ホシは大通りに向かって逃走中!』
『いや、ホシじゃないだろう……』
 リューディガーさんが呆れてるみたいだけど、気にしない。せっかく無線を使ってるんだから、ケーサツっぽい台詞とかパイロットぽい台詞とか言ってみたいよね。
 あたしは敵の背後に飛び込んで、必殺の『名探偵ロビィ、参上!』を撃ち込みながら、前方に回り込んだ。うん、さっきより上手にできた!
『今度はなんのイラストだい?』
 違うってば、ピジョンさん! これはイニシャル!
『魚かしら?』
 アウレリアさんまで、なに言ってんの!
『……ここからだと横向きのイカに見える』
 アーガーサーさーん!
 でも、そんなことを言いながらも、全員がしっかり敵を攻撃してる。ピジョンさんは撲殺釘打法で。アウレリアさんはクイックドロウで。アガサさんはジグザグスラッシュで。
「輝く四季に、希望の歌を。風化雪月、奏でましょう!」
 鞠緒さんが三体の残霊と一緒に『華と笑と☆歌と恵と』(カトエト・カトエト)を歌い始めた。プロの歌声(しかも、残霊付きのカルテット)がこんなに間近で聴けるなんて、役得、役得ぅ。
 でも、敵にとっては役得どころじゃないみたい。触手で自分をバシバシと叩き始めた。『華と笑と☆歌と恵と』の催眠が効いたね。

●リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)
『刀を使うだけがサムライではありませんが――』
 自傷に励むサキュレント・エンブリオめがけて、舞香が猛スピードで降下した。
『――刀を使ってこそのサムライというのもまた事実!』
 すれ違いざまに斬撃が放たれた。それも一度ではない。俺の目が確かなら、舞香は瞬時に八度も見舞っている。さすが、サムライ。
 衝撃によって、敵の傘がわずかにひしゃげた。それが元の形に戻るより早く、俺はビルから飛び出した。
 傘の上に着地すると同時にゲシュタルトグレイブを花弁と花弁の間に突き立て、破鎧衝で抉り抜く。その直後に一瞬だけ体が浮いた。敵が力を失い、高度が少しばかり落ちたのだ。
 ゲシュタルトグレイブを突き刺したまま、俺は敵の体を蹴り、棒高跳びじみた動作で跳躍した。予定外の荷物のせいで重量が増したが(ずっと傘の上にいたマギーがちゃっかり足にしがみついてきたのだ)、なんとか隣のビルに飛び移ることができた。
 思わず安堵の溜息を漏らすと――、
「落ちても大丈夫だったのに」
 ――チェレスタが傍に降りてきて、笑顔を見せた。
「さっきと同じように私が受け止めましたから」
「勘弁してくれ」
 逆お姫様だっこは一度で充分だ。とくに人目のある場所では。
 息を整えつつ、背後を振り返る。
『とどめだ!』
 紗重がチェーンソー剣で敵に斬りつけていた。
 続けて、小鉄丸がボクスタックルで追撃したが、その渾身の攻撃は虚しく空を切った。サキュレント・エンブリオの巨体は無数の光の粒子となり、散っていたのだから。そう、紗重の宣言通り、彼女のチェーンソー剣がとどめとなったのだ。
 もっとも、光の粒子群の中には忌まわしき胞子も混じっているだろうが……。

 警察や消防がしっかりと避難誘導してくれたおかげで、一般人に死傷者は出なかった。
 十数棟のビルが半壊もしくは全壊したが、ヒール系グラビティを用意してきた者たちによって、ある程度は修復された。
 今回の任務は文句なしに成功と言えるだろう。
「ところで、お腹すかない?」
「うむ。帰る前に大阪の名物でも食べておこうか」
 ロビネッタと紗重が楽しげに言葉を交わしている。
 勝利に酔っているのは彼女たちばかりではない。
 しかし、全員でもない。
 アガサは少しばかり険しい顔をして、町の彼方に目を向けている。例の胞子のことを懸念しているのだろう。
 正直、俺も任務の成功を素直に喜びことができずにいたが――、
「帰りましょう」
 ――チェレスタに声をかけられると、自然と口許が綻んだ。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。