女の子はイイ匂いがするものだから

作者:遠藤にんし

●女子トイレにて
「……なんか、香水とか……つけてる?」
 クラスメイトの遠慮がちな質問に、「分かる?」と食い気味に彼女は答える。
「私髪長いでしょ? だからすれ違ったときにフワッて感じでイイ匂いとかすれば、絶対告白してもらえると思うの。どう思う?」
「うーん……そうだね、存在感はある……かもね」
 ぐっと顔を寄せられてクラスメイトは歯切れ悪く言い、むせてからそそくさとトイレを去る。
 彼女――匂坂かおるは満足そうにうなずくと、膝まである真っ黒な髪に触れる。
 好きな相手は隣のクラス。放課後は大体教室で友達とダラダラしているということは調べがついていたから、教室の前の廊下を十往復くらいすればきっと気付いてもらえる、匂いを感じてもらえる、告白してもらえる、そして――。
 ふふふ、と声を漏らす彼女は、あまりの匂いにトイレに誰も入ってこれなくなっている現状には気付かない。
「初恋の思いを感じるわ」
 かおるのほかは誰もいないはずの女子トイレ、そこに姿を見せたのはドリームイーター・ファーストキス。
「私があなたの初恋、実らせてあげよっか」
 かおるが何か言うよりも、ファーストキスの口付けが早い。
 恍惚とした表情のまま倒れこむかおる――現れたドリームイーターへ、ファーストキスは笑みを向けて。
「あなたの初恋、解き放ちなさい」


「あちこちの高校でドリームイーターが出始めているようだね」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は集まったケルベロスたちへ、そう告げた。
 高校生たちの持つ強い夢を奪うドリームイーターが今回狙ったのは、初恋をこじらせた女子生徒。
 匂坂かおるという名前の彼女から生み出されたドリームイーターは強力な力を持っている……だが、『初恋』を弱めるような言葉があれば、弱体化も不可能ではないだろう、と冴。
「もちろん、弱体化させずとも頑張れば倒すことは可能だ。相手への気持ちを薄れさせるような、あるいは初恋へのこだわりを減らすようなことが言えたら、ドリームイーターの力は弱まるだろう」
 ドリームイーターが現れるのは放課後の女子トイレ。
 テストが近いこと、匂坂かおるが放つ香水の臭気の強烈なことが原因で、トイレやそこに繋がる廊下、近辺の教室には人はいない状態だ。
 ケルベロスを見つけるとその撃破を最優先に動くドリームイーターのため、人払いは必要ないだろう。
「ドリームイーターの外見は、被害者の女子生徒とほとんど同じだ。長い髪の毛と、そこから発せられるにおいで攻撃してくるらしい」
「説得の中で、彼女の間違ったアプローチも正せると良さそうだね」
 言って、冴はケルベロスたちを見送るのだった。


参加者
陶・流石(撃鉄歯・e00001)
夜乃崎・也太(ガンズアンドフェイク・e01418)
エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)
ミツキ・キサラギ(剣客殺し・e02213)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
碓氷・凪(比丘尼の系譜・e56592)
クリス・リロード(レプリカントの鎧装騎兵・e61727)

■リプレイ


 香り、という言葉から連想されるものよりもきつい臭気が辺りに充満していた。
「うぷっ、ココからかよ……流石にコレはぁ……きつすぎるなぁ……」
 廊下を歩いているうちから漂うにおいに碓氷・凪(比丘尼の系譜・e56592)の眼鏡の奥の顔が歪む。
 ほかの面々も同じ気持ちなのか、現場へ向かう足取りは重い。それでもようやく辿り着くと、南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)はドリームイーターへ向き直る。
 同性、ロングヘアということもあって、夢姫には彼女の髪の荒れ方がよく分かった。
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)も同じ気持ちなのか、持参していたメモ帳に追加で何かを細かく書き始める。
「恋ができるだけいいんじゃないか?」
 恋の経験がないクリス・リロード(レプリカントの鎧装騎兵・e61727)の言葉に、ドリームイーターの顔がぱあっと明るくなる――においも強くなった気がして、大きくむせるクリス。
「だが、根本的に香水の付け方が間違ってるぞ」
 ミツキ・キサラギ(剣客殺し・e02213)の指摘に、ドリームイーターは不思議そうに首を傾げ。
「付け……方? こんなに香りがするのに?」
 どうやら、彼女の知識はそこまでだったらしい。
「あれは手首とかうなじに少しだけ付けるものだ。スカートならふとももの内側とかもいいな」
 どんな芳香でも、強くなれば不快感が勝る。
 だが、薄い香りは好奇心を掻き立て、魅力的に見え――。
「……たぶん見える。おそらく。だからまあそんな風に髪にべったり付けると逆効果だぜ。うん」
 女装の経験も交えてミツキは言い、夢姫は続けて語り掛ける。
「女の子から香るいい匂いというのは香水で作るものじゃないんですっ!」
 香水をつけていない女の子でも、いい匂いがする時はある。
 その子の汗の匂いだったり、シャンプーの匂いだったり……そういった自然な香りだって、女の子の魅力だ。
「貴女ならその長い髪をしっかり洗って手入れすれば意中の相手もすれ違った時に香るいい匂いでイチコロですよ!」
「男の意見からするとさ、正直モノに頼るじゃなくてさ、素で勝負するべきだと思うんだよなぁ」
 微笑と共に隣人力を発動、凪も香水の力に頼るだけではいけないと諭す。
「自分を良く見せようとする努力は認めるんだけどね」
 ヴィヴィアンもまたうなずいて、若いうちはそう飾ることはないと熱弁。
「それにロングヘアの魅力は、ケアしてサラサラであってこそ発揮されるの!」
 被害者である匂坂かおるとほぼ同じ外見を持つこのドリームイーターの長髪はところどころ絡まり、艶がないこともあって野暮ったい印象。
 だが、この長髪がサラサラになれば見違えるようだろう……そこからシャンプーの香りが漂えば、きっと彼にも魅力的に映るはず、とヴィヴィアンは夢想する。
「彼の前に立つなら綺麗でいたいでしょ? 今の迷走した状態じゃダメ!」
 恋をしているなら、恋にふさわしい姿で――ヴィヴィアンはそう語り、ドリームイーターを激励する。


「必要なのは香水じゃなくてヘアケア……」
 クリス、ミツキ、夢姫、凪、ヴィヴィアンの言葉を反芻するように、ドリームイーターは小さく呟き。
「分かったわ……つまり、私の髪さえ綺麗なら、あの人は私を好きになってくれるのね!!」
 飛び出る叫びに、エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)の眠たげな微笑に困惑が入り混じる。
「いい香りは、気になっている人とお話する助けになると思う」
 でも、それはあくまで『助け』でしかない、とエリヤ。
「気になるかどうかは振り向いた後のお話次第で。頼りすぎるといけないかなって」
 実際に、匂いだけで一目惚れのようになる人の話は聞いたことがない。
「告白するには、香り『さえあれば』良い……だと、なんだか違う気がするよ」
 恋愛に『これさえあれば』というものはない……お菓子が香りだけでなく味も大切なのと同じだ、と思うエリヤ。
「でも、匂いだって大事なものだから、私髪長いし、それを長所にしていきたいの」
 自分のチャームポイントは髪、そしてその香りだと信じてやまないドリームイーター。
 その思い込みを打破すべく、夜乃崎・也太(ガンズアンドフェイク・e01418)はドリームイーターへと歩み寄り。
「俺はこの匂い、嫌いじゃあないけどね。いやむしろ好きかな」
 にこりと笑いかけて、髪をすくい上げてあらわになった耳へと囁きかける。
「俺じゃ、ダメかな?」
 沈黙はどれほどの長さだったか――也太が彼女の顔を見下ろせば、そこには赤い顔があった。
 也太と目が合うと慌てて逸らし、かと思えば遠慮がちに視線を送る。好意に不慣れな様子は微笑ましいものだったが、也太はドリームイーターから体を離し。
「結局はその匂いを、自分を気に入ってくれる相手だったら誰でもいいわけ。君の初恋ってのはその程度てことさ」
 先ほどまでの熱い言葉とは対照的な冷たい言葉。
 突然突き放されたことにドリームイーターは動揺しているようだったが、也太の指摘に反論する術はない。
「恋も自転車と一緒で初めてでなんもかんもうまくいくヤツなんざいねぇ」
 陶・流石(撃鉄歯・e00001)の言葉は優しさに満ちているわけではなく、それでも彼女の気持ちに添うもの。
「そこは周りから教わったり、怪我ながら覚えていくもんさ」
 のんびりと周囲の景色を見ながら行く、がむしゃらに急行することを目標とする人、様々なのと同じ。
「香りなんかも一緒だと思うぜ」
 初恋が実るに越したことはない、という思いは流石にもある。
 しかし、恋と愛の、理想と現実の違いの厳しさは実感しないと分からないもの。それはこれから、匂坂かおる自身が体感していくことだろう。


「髪は綺麗にして、香水はつけるとしても控えめに……初恋がうまくいくとは限らない……」
 ケルベロスたちから与えられた言葉を、ひとつひとつ噛みしめるドリームイーター。
 言葉のたびに、ドリームイーターから漂う臭気が和らいでいく。彼女の中に言葉は落とし込まれ、ようやく呼吸をするのが楽になった。
「――でも、私は初恋を叶えるために居るの」
 呟くのではなく、それは決然とした宣言。
 同時に長い髪が大きく膨れ上がる――それを戦いの合図と受け取って、ヴィヴィアンはドリームイーターの前へと躍り出る。
 煌めく流星は赤。飛び立つボクスドラゴン・アネリーから属性を得た流石はドリームイーターの側面へ回り込むと、神業とも呼べる迅速さでもって弾丸を撃ち込んだ。
 蹴りと銃撃、二つのダメージにドリームイーターの体は廊下まで吹き飛ばされる。壁に叩きつけられる格好となったドリームイーターの体を持ち上げたのは、彼女自身の髪の毛だった。
 髪を振り乱しながらドリームイーターが面を上げれば、一度は収まったはずの臭気がまた立ち上る。
 凝縮された臭気の向かう先には、蒼の炎を纏う夢姫。しかし割り込んだミツキがそれを受け止め、喰霊刀『今月今夜』の刺突によって生まれた風で臭気を散らす。
 ドリームイーターの体へと突き刺さる暗き刃。滲み出る呪詛がドリームイーターを蝕み、生命力を奪っていく。
「ミツキくん、ありがとう」
「気にすんな」
 刃を抜いて大きく距離を取るミツキ――瞬間、夢姫の腕の中から獄炎の不死鳥が飛び立った。
 羽ばたきが宿す火炎がドリームイーターを撫でる。羽根落ちるように舞う火の粉が髪の毛を焦がし、ドリームイーターは小さく悲鳴を上げた。
「《我が邪眼》《閃光の蜂》《其等の棘で影を穿て》」
 告げるエリヤの瞳に浮かぶのは蝶の姿。
 降り注ぐそれが、針持つ異形の蝶であることに、ドリームイーターは気付けただろうか。
 全身を打ち据えられたドリームイーターは、元いた場所へ戻るかのようによろよろとトイレへ入ろうとするが。
「そういや、あいつが呼んでたぜ」
「っ!」
 也太の言葉に息を弾ませ、廊下の向こうへ視線を向けた。
 その瞬間を狙いすまして也太は拳を叩き込む。隙をつかれたドリームイーターが地面を転がる中、薄紅の雨が降り注ぐ。
「おはよう、いい夢は見れた?」
 鈴の音にも似た優しい雨音がケルベロスたちの体を包み、守りの力を生み出す。
 金髪に雨の雫を滴らせたクリスはアームドフォートから斉射。激しく叩きつけられる弾丸の隙間を縫うように、ドリームイーターは長髪をケルベロスたちへと向けた。


 ケルベロスたちの攻撃を受けながらもドリームイーターは臭気を撒き散らし、髪を振り乱す。
「行っておいで」
 エリヤがファミリアロッドに言えば、アンゴラウサギの姿に戻ったファミリアがドリームイーターへ飛びかかる。
 ドリームイーターの耳にかじりつき、振り落とされてエリヤの元へと戻る。至近で嗅いだ悪臭がよほど堪えたのか、絶えず甲高い声を上げていた。
「符術―纏雷改! ……はい、ぺたっとな」
 戦いが始まってしばらくが経つ。ミツキは仲間の身に蓄積したダメージを少しでも軽くするためにと、雷の力を宿した符を貼り付ける。
 守りを固めるのはアネリーも同じ。属性を受け止めたヴィヴィアンはアネリーの柔らかな毛に指を埋めつつ、バラードを奏でる。
「届いて、声よ 雪の冷たさに消えないで 守って、花よ あなたが手を取るその時まで」
 幻影は吹雪と寒椿――季節外れのはずなのに、そこにあるかのように空気が変わる。
 心臓を掴むかのように響く声に身を固くするドリームイーター。そこへ夢姫は小太刀『櫻鏡』を手に迫り、月光を思わせる優美な斬撃を浴びせかけた。
 そんな中、ドリームイーターの髪の毛が蠢く。
 間断なく撃ち続けるクリスの猛攻に勢いを削がれてなお力強く、振り乱された髪の毛は凪の体を打ち、眼鏡が床に落ちる硬質な音を響かせた。
「いたた……」
 髪の毛はいまだ狂ったように暴れまわり、その勢いがやむ様子は見えない。
 眼鏡を拾い上げ、掛け直そうとしてから凪は思い直し、眼鏡を外した顔をドリームイーターの方へと向けた。
「少しは落ち着けよ……髪を乱して、元はかわいいのにマジ残念過ぎるぜ?」
 幸いにも意識は奪われていない。凪の顔を正面から見てしまったドリームイーターは射すくめられたように動きを止め、同時に髪の毛もぺたりと落ち着きを取り戻す。
 血が流れようともペインキラーがあるから問題にはならない。苦痛に歪むこともない、土蔵籠りの美貌は痛いほどのものだった。
「助かった!」
 大きな隙が出来た、と嬉々として肉薄するのは也太。
 迫られたことに身構えるドリームイーターだったが、也太は攻撃の素振りは見せず、闇色の瞳でドリームイーターを熱心に見つめる。
「あぁ、なんだこの匂い。とてもいい」
 うっとりとして聞こえる言葉――説得の時に最後は突き放されたのを忘れたのか、ドリームイーターの体から力が抜ける。
「惚れちゃいそうだ……なんちゃって!」
 ドリームイーターの全身が弛緩し、荒れていた呼吸が整った瞬間の銃撃。
 至近からだから避けることも出来ずにくずおれるドリームイーターへと、也太は銃を持つ手を振って。
「ごめんね、俺ハートは撃ち抜かれるより撃ち抜きたい派なんだよね」
「そういうことだ、諦めろ」
 流石が告げて、弾痕をえぐるように拳を叩きつけた――それで、全てが終わった。

 ドリームイーターの消滅を確認したケルベロスが真っ先にやったのは、窓を開けることだった。
「うええ……」
 体組成の分析のため、と興味を抱いて残されたものを口にしたクリスは大きくえづきながら窓の外に顔を出して深呼吸。
「シャワーを浴びたいですね」
 周囲のヒールをしながら夢姫が独りごちれば、ミツキも大きくうなずく。
「臭いが気になるな。あれば入りたいんだが……」
「部室棟の方にあるみてぇだな」
 答えたのは流石だ。
 流石は事前に校内の間取りを頭に叩き込んでいた。もしも使うことが出来るなら、汗を流しておきたいところだ。
「かおるちゃん……。大丈夫かな。倒れて、頭うってないかな」
 廊下から顔だけ出して心配そうなのはエリヤ。
 凪はトイレの中まで入っていって、匂坂かおるを抱き起す。
「怪我はなさそうだけど、保健室まで連れて行こう」
 お姫様抱っこで保健室まで運び込み、しばらくしてから匂坂かおるは目を覚ます。
「ここ……は……?」
「おはよ? 倒れていたんだよ? 身体は大丈夫かな?」
 優しく問いかける凪。
 その後ろでは、心配そうな顔の也太とエリヤもいる。
 お姫様抱っこで運ばれてイケメン三名に囲まれていた――という素晴らしいシチュエーションに気付いて赤くなる匂坂かおるへと、也太は眉を下げて謝罪する。
「かおるちゃん、ひどいこと言ってごめんね」
 説得の上で必要だったとはいえ、言ってしまった事実は消えない……そう謝罪したうえで、也太はかおるを励ます。
「魅力で引き付けるにしてもまずは相手と接点作らないと。初恋なんだから、まずはアタックアタック!」
 明るい言葉にかおるの顔にも笑顔が宿る。それを見て、エリヤも安心して微笑んだ。
 ぱたぱたと忙しない足音が近づいたかと思えば、姿を見せたのはヒールを終えたヴィヴィアン。
「髪が長いほどケアは大事なの。サラサラになったら絶対世界が変わるよ」
 綺麗に髪を伸ばしたヴィヴィアンが言えば説得力もある。
 ヴィヴィアンが差し出したのは言葉だけではなく、一枚のメモもだ。
「これあげるから、よかったら参考にしてね」
 ケアの仕方、おすすめのシャンプー、さりげない香水の付け方。説得の中で思い付いたことも盛り込んだ内容は、これからのかおるの恋の役に立つことだろう。
「あなたの恋、応援してるね。もっと綺麗になって、彼を振り向かせちゃおう!」
 かおるの体調も良くなった頃に、ヒールやシャワーといった後始末も全て済んだ。ケルベロスたちは校舎を出て、それぞれの場所へと帰ることにした。
 ――夕暮れの風は、どこか優しい匂いがした。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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