作者:沙羅衝

「おっと、少し降ってきたようだね……。急ごう……」
 ライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)は、曇天からぽたりと落ちてきた雫を手で確認し、少し空を見た。手には買い物袋。きっと我侭な家族達が待っていることだろう。
 ライゼルはそのまま街の寺の階段を登っていった。寺を抜け、近道を行こうと決めた彼は小走りのまま階段を登りきった。
 その寺はどうやら廃棄された寺のようで、薄暗く、雲の影響もあってか、ひっそりとしていた。人の気配はない。
「にゃーん……」
 すると、その寺の境内の下に、一匹の全身真っ白な子猫が鳴いているのが見えた。
「おや? どうしたんだい?」
 ライゼルは立ち止まり、掌ほどの大きさの子猫をさっと抱き上げる。
 軽い。
 相当お腹をすかせていることは、簡単に想像できた。しかし、この子の母猫はどうしたのか。辺りを見回しても、気配すら感じない。
「ああ……」
 そう思いながら子猫をよく見ると、片目が塞がっていた。汚れなのか病気なのかは分からない。
 自然界に生きる動物にはよくあることだ。そう、母猫は諦めたのだ。
「家族……。か……」
 その体温を感じながらライゼルは、少し昔の事を思い出した。忘れる事の無い、記憶。
 地面に落ちる雨が、ぽつりぽつり大きくなり始めた。その音が竹林に反響し、辺りの音を掻き消していく。
「!?」
 ちろり……地獄とからだのつなぎめが疼く。
 うっそうと茂った林の奥から、人影が現れていたのだ。その人影は既に20メートル程先に存在した。何故気がつかなかったのかという考えと、ざわりとした悪寒。その人影は白地に真っ赤な染色を着物を纏い、右腕に槍のような柄の先に巨大な鉈とも言える刃を携えていた。
 はだけた着物から見えるふくらみから女性という事が分かる。
「……」
 その女は、割れた般若の面でその顔の半分を隠していた。ライゼルを確認し、にやりと笑う。
 面の半分はよく知っている顔。それは、ライゼルによく似ていた。
「見つけたえ……」
 女はそう発し、その無骨な武器を肩に担ぎ上げた。
 知っている声、知りたくも無い言葉遣い。
 ライゼル子猫を地面に優しく下ろした後、少し目をつぶり、開く。鎖鍵を取りだし、腰のベルトに近づける。
「……変身」
 ライゼルの身を、グラビティが包んだ。

「皆大変や! ライゼルくんが一人でいる所を、デウスエクスが襲撃することが分かったんや!」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)は、リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)と共に、ケルベロス達の前に飛び込んできた。
 絹の話では、予知できた時にはライゼルに連絡を取ることが出来なかったという事だった。
「そんなわけで、ちょっと急ぎで悪いねんけど、救援に向かって欲しい!」
 その言葉に力強く頷くケルベロス。
「そいじゃ、そのデウスエクスやけど、分かってる事だけ説明するで。まず敵は螺旋忍軍一人。女性の姿をしてて、一振りの槍状の武器を使って攻撃してくるで。その攻撃は重くて、半端な防御じゃ、ちょっときついかもしれん。ライゼルくんの安全を確保したら、すぐに対応するのが鍵や」
 絹はそこで言葉を切った。少しばつの悪そうな表情が見て取れる。
「絹、すまないが、情報はそれだけなのか?」
 リコスは遠慮なく、疑問に思った事を尋ねた。
「……ごめんやねんけど、情報はこれだけや。敵の使ってくるグラビティとか分かったら良かってんけど。なんせ謎が多いみたいや。でも、はっきりしてるのは、ライゼルくんだけやったら、あかんっちゅうことや」
 ライゼルも歴戦のケルベロスである。その彼が危ないという程の敵。それだけで事態は一刻も争うという事が分かる。
「場所については、うちが必ず連れて行く。せやから……!」
「分かっている。皆、行こう。助けるぞ」
 リコスの声に、ケルベロス達は急ぎヘリポートに向かったのだった。


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
ライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)
天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)
久遠・薫(信賞必罰・e04925)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875)
四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)

■リプレイ

●念願
 ドゴッ!!
 女の強烈な一撃を受け、境内から階段へと伸びる石畳に叩きつけられるライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)。
「ほう……。私の一撃を受けて、まだ生きているか……」
 女、顔のない鬼は手に持った鉈のような重厚な刃物をぶんと振りまわし、また肩に担ぎながらゆっくりとライゼルに近づいていた。
「当たり前だ。これくらいでくたばると思うな!」
 ライゼルはそう咆えながら、気力を振り絞って起き上がり、ケルベロスチェイン『ヴュルゲンクローネ』を活性化させてその鎖を自らの周囲に張り巡らせる。
 雨音と鎖の音が混ざる音を聞きながら、ライゼルは敵を凝視する。
「この顔で居れば、いつかは会えると信じていた。……母さんの顔を奪ったお前に!」
 そして再び咆え、今度は地獄化した左腕から炎を全身に張り巡らせる。
「せいぜい咆えていろ……!」
 顔のない鬼はそう言うと、一気に距離を詰めて上段から一気に武器を振り下ろす。
 ガィン!!
 張り巡らせた鎖を両手で持ち、その刃を受け止める。激しい火花が散り、両者の眼光が交錯する。その火花のたびに、雨の雫が衝撃でしたたり落ちていく。
 だが……。
「ぐっ……!」
 顔のない鬼の力は、ライゼルの想像を上回る。ジリジリとその刃が顔面を覆う仮面に触れる程に近づいていく。
「この程度か?」
 女が仮面の端から覗く笑みを隠そうともせず、煽る。だが、ライゼルは答えない。いや、答える事を堪えているのだ。
 眼前に迫る顔。それを見るたびに復讐の日が思い出され、我を忘れそうになる。
 起こった出来事に憎しみをあらわにし、空に向かって咆えたあの日を。
 その気持ちを懸命に押さえ込み、ただ己の力を最大限に発揮する為だけに、集中する。我を忘れてしまっては、勝ち目は無くなる事を知っているからだ。
 少しの動揺も悟られない為の仮面。自らが生み出したシステムと、仲間達と共に研ぎ澄ませた力。
 訪れたチャンス、念願であったはずの時。この時のために、力を付けたはずだ。
 だが、強くなったが故にハッキリと解ってしまう差。
(「まだこれ程までに、差があるというのか……!」)
 ライゼルは仮面の下で奥歯を噛み締める。
 ドグッ!!!
 女の力が強くなった時、ライゼルのそれを容易く上回り、その刃の一撃が胸に深い傷を刻み込んだ。
 そこから鮮血が噴き出し、膝が落ちる。
「死ね!」
 その隙を付き、女が追撃の刃を振り下ろす。
 ガギギ!!
 しかし、その刃は空を切り、石畳に激しく打ちつけただけだった。
 ライゼルが危険を察知し、その落ちた膝に気合を入れ、即座にバックステップで距離を取ったのだ。そして、再びチェインを張り巡らせる。
「どうした? 私はまだ、戦えるぞ!」
 虚勢でも良い。怖気づいた時に敗北はやってくる。この敵を殺す手段を考えろ。
 まだ倒れるわけには行かない。私が死ぬ時に、お前が生きている事は許さない。その気持ちだけだった。
「……威勢の良いことだ。まあ良い。どうせお前は死ぬのだ……」
 顔のない鬼が口を開き、もう一度柄を振り上げようとした時、彼女はそのまま言葉を切り、即座に身を翻して後ろに飛び退いた。
「らああああああああ!!」
 ゴッ!!!
 一つの影が女の存在した場所に鉄塊剣を振り下ろしたのだ。その剣は石畳を割り、その勢いが風圧となり周囲の竹をしならせた。
「させません!!」
 そしてもう一人が特徴のある鉄塊剣で、顔のない鬼を追撃する。その攻撃はまたも避けられるが、ライゼルとの一定の距離を空ける事に成功する。
「ノアール! 無事か!?」
「シドー!! ユウマ!!」
 志藤・巌(壊し屋・e10136)が石畳に叩き付けた剣をゆっくりと持ち上げながら、ライゼルを確認し、そしてまた敵を見る。
 玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)は、これ以上近づけさせまいと、睨みつける。
「ノアールを襲うなんて、どんな奴かと思えば……」
 すると巌は何かを悟ったように、口角をあげて言う。
「……成る程な。ちょっと、俺にもブン殴らせろよ」
 そして、複数のケルベロスが続々と集結する。
『『この身が朽ち果てようとも彼の者達を守りなさい!ひゃっかおうりゃん!!』あぁごめんなさい 噛んじゃったわ♪』
 琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)がテレビウムの『アップル』を前に進ませ、噛みながらもピンク色の桜を前を行く者に、降り注がせる。
「やれやれ、世話のかかるダチだぜ全く」
 その隣で、天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)がクロスチェイン・『ウロボロス』を張り巡らせた。
「淡雪!! こーちゃん!!」
 その声を聞き、いつものライゼルである事を確認しながら、光太郎が口を開く。
「ったく、こういう時位真面目に呼んでくれませんかねえっ!?
 まあ半分位は諦めはしてたけど、さ!」
 そう言いながら笑う。
「やれやれ、ひとりで闘うだなんて、いけない義兄さんも居たものですね」
 金と緑の星剣を無数に増やして、地面に突き刺して天秤座を描く八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875)。
『星々の加護を、此処に』
 すると発生した星々が降り注ぐ。
「……ちょっとまって。鎮紅がそれを言う?」
「キオクニゴザイマセン」
 鎮紅の言葉を聞きながら突っ込みを行うのは四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)。
「鎮紅、幽梨……!」
 そして、久遠・薫(信賞必罰・e04925)が、幽梨に魔法の木の葉を纏わせながらライゼルの顔を見る。
「らいにーさんは、何とか無事みたいですね? 家族のピンチに家族が駆けつけましたよー、なんて」
「……くおーん。それに、みんな……」
 ライゼルが後ろを向くと、リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)と共に、燈家・陽葉、夏音・陽、リーズレット・ヴィッセンシャフト、アシュリー・ハービンジャーが姿を現す。
 少し遠くには玉榮・陣内が「よ」と手を上げながら、赤い髪をした小さな妖精を呼び出し、さらに後方にはラズェ・ストラングと黒住・舞彩が見えた。
 決して一人ではない。ライゼルの心に、熱い気持ちがこみ上げてくる。全員が蒼鴉師団の仲間達。
 それが示すものは、絆。
「みんな……恩にきるよ!」
 ライゼルは礼を言い、力強く立ち上がったのだった。

●輪
『……どけよ。雑魚共』
 ガィン!!
 巌が再び鉄塊剣を振り上げ、降ろす。その巨大な塊を、無骨な刃で受ける顔のない鬼。巌の声が女の精神に響いたのか、あからさまな敵意を巌に向ける。
「目障りだ……。オマエがどけ!」
 両者は更に力を籠める。巌の腕で光る『灼炎の篭手』がその時を待ちわびたように赤く燃え上がる。
 グラビティが弾け、更なる熱が渦巻いた。
 ブン!!
 そこへ、ユウマがエリミネーターを力任せに薙ぐ。
「ち!!」
 ユウマの攻撃を避けるべく、巌の剣を弾いて下がる女。その隙を幽梨は見逃さない。バランスを崩した所を日本刀『黒鈴蘭』で、女の脚を弧を描きながら切りつける。そして静かに鎮紅が『Euphoria』で、幽梨の傷を更に深いものにする。
「っは! こっちは! 全然まだまだ行けるぜ、ってなぁ!」
 そう言いながら光太郎は、空をゾディアックソード『フォイオルディア』に載せ、追い討ちをかける。
「さあ、もっとギアをアゲげていこうぜ! 道はこっちでこじ開けてやらぁ!」
 さらにアップルがビカビカと顔を光らせた。それらの攻撃の連携は見事であり、敵に息をつく暇も与えなかった。
 ライゼルはその様子を見て、冷静さを取り戻していく。
 目の前には、因縁の相手。
 先程までは、一人だけの自分では、恐らくもうこの時を生きていなかっただろう。
 憎しみに視野を狭くし、怒りに身を踊らせ、立ち向かうだけの自分では。
「リコス様、薫様、御一緒に……」
 淡雪がそう言い紙兵を振り撒いていくと、薫はライゼルに分身の幻影を纏わせ、リコスが歌い魂を呼び寄せる。
 そして、後方からのグラビティが敵を切り裂いた。

 仮面で表情を隠すことはできても、自らを制御するのは自分自身。でもどうやらまだ、完全に心を制御出来るものではないようだ。
 先ほどまでは、憎しみに囚われかけていた。しかし今は、何よりも頼もしい仲間達が駆けつけてくれた。仮面で隠そうとも、どうしようもなく溢れてきてしまう。それがまた、心地よかった。そして、それは制御しなくても良い物なのだ。
「皆……ボクの為に。これがボクが今まで繋いできた鎖……!」
 その仲間の輪をしっかりと繋ぎ止める事。その役割と想いを再認識する。その力は身に付けた力と同等、いや、それ以上かもしれない。
 すると淡雪が突然、疑問を口にする。
「そういえばライゼル様。ちょっとあの鬼私と似てません…? 胸とか髪の毛とか……ツノまで似てなくてよかったわ本当……」
 淡雪がそう言いながら、自らの胸を両手で持ち上げて、相手とそれを見比べる仕草をする。
「んー、確かにほんのりとこのみーちゃんにも似てるような……? でも、違いますね。性別雰囲気その他もろもろ」
 すると、薫がそう返し、一つの提案をする。
「これは、アレですね。特にないですが、日頃の恨みを込めて全力で縛っちゃいましょうか」
「特に無いのに、縛るのですの?」
「ええ……。鋼糸で武力介入を行使する! なんて」
 薫はそう言って『切断鋼糸』を伸ばし、女の胴体を締め上げた。
 ケルベロスの因縁は、誰でもあるものだ。それ以上詮索はしない。目の前に居るのは倒すべき敵なのだ。

●絆と因縁と
「にくにくきゅうきゅう巨猫プラスバージョンだー!」
「いけー! ハムハムにゃんにゃん!」
 陽とリーズレットが力を合わせ、スコティッシュフォールドの子猫とそれに乗ったハムスターがヒールの力を乱舞させる。
「ユウマ、行くぜ!」
「はい!」
 巌がユウマと息を合わせ、同時に飛び込む。
 体勢を低くして突っ込む巌の後ろを、ユウマが飛び越え、そのまま敵をも飛び越える。その瞬間180度のバックステップから、ユウマが背中目掛けて電光石火の蹴りを放つ。そして巌は縮めた身体を思い切り伸ばし、脚を下から上へと振り上げた。
 ドグッ!
 その二人の蹴りは、女を勢いよく跳ね上げる。
『たたみ掛けるっきゃないか……往こう、鎮紅』
 幽梨がそう言うと、鎮紅にグラビティが注がれる。頷いた鎮紅は、一対のナイフを構えて空中に向かって飛び込んだ。
 幽梨のフェイントの動きの逆に、鎮紅が切り付け、そして間髪いれずに幽梨も黒鈴蘭で切りつける。
『其の歪み、断ち切ります』
 最後に鎮紅が深紅の刃を振り下ろすと、女の武器を持つ右腕を容赦なく切りつけた。
 そして、その傷を舞彩のファミリアが号令をかけ、薫の『彩薫』、淡雪の『彩雪』、陽葉の『舞葉』を含め、多くのファミリアたちが切り刻んだ。
『薄く、一枚…』
 薫はそのファミリアの攻撃の中に、鋼糸を仕込み、更に傷を付ける。、
『Get Ready!Get Set!――Go!!』
 アシュリーがライドキャリバー『ラムレイ』に搭乗し、『砲槍ロンゴミニアド』で更に敵を弾くと、ラズェの光が貫く。
『重力刃複製、全弾射出!それ以上は進ませねえよ!』
 地面に叩きつけられる寸前に、光太郎グラビティの刃が容赦なく突き刺さった。
「……!?」
 女は既に、声にならなかった。だが、ぼろぼろになりながらも、顔のない鬼はその瞳に蓄えた光の強さを弱めようとはせず、ライゼルを見る。
「花道は作っといたぜ、決めてこいよヒーロー!」
「負けるんじゃねぇぞ、ライゼルーー!!」
 光太郎とラズェの言葉に、静かに頷くライゼル。陣内から満月の力が付与され、その力を感じながら一つ息を吐いた。
『内に秘められた獣を今、解放しよう』
 そう静かに言うと、地獄の炎と混沌の涙が合わさっていく。それは鎖となり、顔のない鬼に伸び、捉えた。
『鎖よ、猛き産声を上げよ』
 そして、あの日に自らを護ってくれた『ヴュルゲンクローネ』がその地獄と混沌に合わさり、己の敵を微塵も動けないようにと巻きついていく。
 ライゼルはゆっくりと、これまでの事を一歩一歩を確かめるべく、歩を進め、左腕をその顔に伸ばした。
「さようなら。 A la prochaine……」
 ライゼルの地獄化した腕が、その顔を燃やした時、螺旋忍軍『顔のない鬼』は彼が作り出した鎖の中で、静かに消滅したのだった。

「あ……!」
 ライゼルが何かに気が付き、消える女に手を伸ばした。何かを掴んでサッと握りこみ、隠すようにしながらその感触を確かめる。
「ふう、終わったぜ。無事でなにより、ってどうした?」
 敵が完全に消滅したのを確認した光太郎が、何かを握り締めたまま、俯いているライゼルに尋ねた。
「いや、どうもしないよ。皆、有難う。これは何か奢らなきゃならないかな」
 張り詰めた空気のライゼルが変身を解くと、いつもの穏やかな彼の顔が現れた。
 その様子にほっとした全員が、武装を解いていく。そして、ライゼルの奢りと聞き、何を食べましょうか! と、はしゃぎながら集まり、あれでもない、これでもない、と皆で真剣に話し合う。大きな輪になって、今夜の食事所を決める仲間達から一歩離れた場所で、ライゼルは彼等を見つめた。
 戦いの最中に感じた絆という名の繋がりが、ライゼルの冷え切った胸を暖めていく。
「ライゼル姉様、この子は?」
 すると一人離れていた陽が、にゃあと泣く白い子猫を抱いてライゼルに駆け寄って尋ねた。どうやら、境内に居た子猫を、彼女が保護をしていてくれていたようだ。
「母猫は居ないようだし、気にはしていた所だったんだ。有難う」
 白い子猫を見遣ると、塞がっていた片目は雨で綺麗に洗われた様で、澄んだ瞳がライゼルを見つめていた。
「そうか……良かったね」
 ライゼルがその子猫の喉をなでると、彼女の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らす。
「……」
 その子猫を見ながら、ライゼルは荒れ狂った心を鎮める為に、目を閉じた。
 しかし、もう片方の手の中にある物の感触が、心に突き刺さる。消え行く女から奪い返したそれは、昔、ライゼルが母へと贈ったヘアピンだったのだ。
 幸せだった頃の遠い思い出が走馬灯のように駆け巡り、戻れない過去に想いを馳せて、唇を噛んだ。
「……無理せず、たまには泣くこともお仕事よ?」
 ライゼルの憂いを滲ませた横顔から、何かを察した淡雪が、彼にそっと声をかける。
「大丈夫、さ。もう涙は混沌にしてしまったんだ。……それでいい」
 そっと心の傷に寄り添おうとしてくれる淡雪に、ライゼルは柔らかく微笑んだ。
 悲しみはワイルドの力と共に、封印した感情。
 ライゼルの瞳からは、涙の代わりにワイルドの力が溢れて、ふわりと風にのって飛んでいった。
 空を見上げると、既に雨は上がり、雲の切れ間から光が差し込んで、大きな虹がかかっていく。
 それはまるで、ワイルドの力が虹に変わったかの様だった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 4/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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