●恋は盲目、世は酷薄
東京都北区の昼休み、体育館裏での出来事だった。
「……ごめんね。もう付き合ってる人がいるの」
勇気を出して呼び出した辻・市之丞へ告げられた返事は『NO』だった。
「市之丞くんが私の事、好いてくれるのは嬉しいよ。だからこれからも仲良くしてね」
告白された結奈の断り方は、かなり言葉を選んでいる――しかし告白した張本人にとって『振られた現実』は変わりない。
走り去る結奈の背を、呆然として見送る市之丞は、思考を整理するように独り言ちた。
「好きな人って、野球部の鏑木だろ……野球バカの四股男に騙されてるって、結奈ちゃんはなんで気付かないの!? あいつが結奈ちゃんを幸せに出来るかよ、結奈ちゃんを幸せに出来るのは僕のほうなのに……!!」
血が滲むほど唇を噛み締める少年の背後から、クスクスと小さな笑い声。勢いよく振り返ると、赤みがかった茶髪の少女が蠱惑的な微笑を浮かべていた。
「初恋の人が誑かされてると知って、勇気を出して告白……心が強いのね」
今どき面と向かって告白する勇気のある人間は早々いない。その心根は魅力的――称賛の言葉を並べる少女は、吐息が触れ合うほど間近に迫る。
「いいわ、私があなたのお手伝いしてあげる」
途端、唇に柔らかな感触が押しつけられた……飴玉味のファーストキスに、市之丞は目を見開いた。
官能的な味わい。ときめくほど激しくなる動悸。意識は恍惚としていき……胸に突き刺す衝撃が走る。
心の扉は開かれた――崩れ落ちるように倒れる少年の傍らには、女の仮面をいくつも張り付けた怪人の姿。
「さあ、邪魔者を消して……初恋を成就しちゃいなさい」
夢喰らう少女・ファーストキスの言葉を受けて、少年の恋心は狂気に突き動かされようとしていた。
「ウチの見立て通りだったね。ドリームイーターの活動が全国各地なら、東京都内も例外じゃないって!」
輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)の言葉に、オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は同意を示す。
「お陰様で『ファーストキス』というドリームイーターの動向を予知できましたわ。今回もまた、初恋を拗らせた高校生の強い夢を狙っていたようですわね」
思春期と言えば、甘酸っぱい恋の経験があってもおかしくはない……が、若さ故の過ちも少なくない。
「被害者は『辻・市之丞』という男子高校生です。初恋の少女が四股男に引っかかっていると知り、告白したものの、フラれた為に恋心が浮気男への憎しみに転じてしまったようですわ」
「うわぁ……それ、すごい修羅場だね」
オリヴィアの解説にさすがの形兎も頬が引き攣らせた。
「生み出されたドリームイーターは強敵ですわ。しかし、力の源である『初恋への想い』を弱めるよう説得ができれば、弱体化させられましてよ。『ひとつの恋に焦がれても辛いだろう』と新たな恋路を示したり、『浮気男に騙される程度の女でいいのか』と初恋の幻想を打ち砕くも良しでしょう……実らぬ恋は心の重荷にしかなりませんわ」
ドリームイーターを弱体化させて討伐し、事件を収束させて欲しいとオリヴィアは任務を要請する。
「事件は東京都北区の高校で発生。ドリームイーターは屋上で授業をサボる結奈様と、四股男こと鏑木様の元に現れるようですわね。ドリームイーターは特に『交際相手の鏑木様』を狙いますわ。思うところはあるでしょうが……個人的な問題へ介入するのは任務対象外です」
その代わり「事後処理は皆様に一任しますので」とオリヴィアは付け加える。
「出現するドリームイーターは1体のみですわ。女性の顔を模した仮面を身体中に着けた黒い怪人姿で、不貞を働く鏑木様への報復を表したような容姿です。攻撃方法も仮面の発する罵声、悲鳴、嘲笑と精神的苦痛に特化したものです。特に罵声を浴びると、強化効果を解除される恐れがあります。油断なさいませんように」
初恋の人を守りたい、だから傷つける男を許せない――その感情に悪意がなくとも害を成すなら話は変わる。
市之丞の行き過ぎた独善的な感情は、なんとしても止めなければならない。
「ケルベロスが乱入すれば狙いをケルベロスへ変えますわよ。 皆様が引きつけている間にお二人は逃げるでしょうし、授業中の校内関係者も騒動に気付けば避難訓練の要領で退避することが予想されます。 戦闘に集中することが侵攻阻止に繋がるため、避難経路となる校内へ侵入されることがないようにお願いします」
最後にオリヴィアは「恋多き者としての助言ですが」と前置きする。
「説得のポイントは『市之丞様の感情を理解すること』でしょう。初恋の人を傷つける相手を許せない心情は理解できますが、結奈様へ向けている想いも忘れてはいけません……説得次第で『恋愛なんてこりごりだ』と思ってしまうかもしれませんわよ」
せめて報われない恋から立ち直れる程度に、暴走する少年の恋心を鎮めてやって欲しい。
参加者 | |
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ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185) |
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749) |
ヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676) |
ベルベット・フロー(電心のコンダクター・e29652) |
天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503) |
輝夜・形兎(月下の刑人・e37149) |
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840) |
九十九・九十九(ドラゴニアンの零式忍者・e44473) |
●二律背反の愛憎
――人は此を『因果応報』、あるいは『自業自得』と呼ぶだろう。
「な、なんだよ……アレ……」
恐れ戦く鏑木と顔色を蒼くする結奈の前に、全身を女性の仮面で覆った黒い人影。
『屑野郎!』『私を弄んだゲス野郎め!』『外道! 畜生以下のド畜生!!』『死ね!』『死ネ!』『シね!』『オマエなんか、死ンデシマエェェェェ!!!!』
安全柵代わりのフェンスが女の罵声で大きく歪む。
「ひぃぃぃ……!!?」
鏑木の数センチ脇を衝撃波が走り、余波が頬に傷をつける。微かな痛みに鏑木は完全に竦み上がっていた。
「――……っっとまったぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」
ズルズルと詰め寄る愛憎の化身に、綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)の銅貉、虚蒼月の刃が迫る。
剣閃を避けようと素早く後退するドリームイーターとの間に、次々とケルベロスが降り立つ。
「剛・花・剣・乱!」
屈強な美女の残霊と共にベルベット・フロー(電心のコンダクター・e29652)の爆炎がロケットの如き超推進力で飛び蹴りを食らわせ、雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)は呆然とする少年少女を見下ろす。
「そちらの、鏑木でしたか……女の子の心を弄ぶ悪い人は、いつかどこかで酷い目に遭うんですよ」
ドリームイーターの源泉が辻・市之丞という少年の『恋心』であろうと、あの憎悪を生み出す要因は鏑木の不貞にもある。
冷たく言い放ったしずくはすぐに視線を正面に、得物を前に向けて突撃をかけた。
「か、鏑木くん、早く逃げないと……っ」
「この状況に女の子のほうがしっかり者とはね。ちょっと失礼!」
みっともなく結奈に引き摺られる鏑木を、永喜多・エイジ(お気楽ガンスリンガー・en0105)が担いで校内へと連れて行く。
『邪魔をしないで』『なんで庇うの?』『生かす価値もないでしょ!』『コイツらも敵だ!』『殺せ!』『コロセ!』『消エ失セロッ!!』
疑問を自己完結させた妄執の怪人は、今度は鼓太郎達に罵声を浴びせ始めた。
(「これは、彼の本心ではなく……僅かな怒りを増幅させた『悪意』の塊」)
「だいふく、全力で彼を止めますよ!」
天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)の言葉に、ナノナノのだいふくも「ナノー!」と威勢良く返す。
飛び蹴りとハート光線の連携に続き、ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)の鉄塊剣が迫る。
燃え盛る炎を滑るようにかわすドリームイーターを、ジークリンデの鋭い視線が後を追う。
「想いの強さが反映されている、と思ったほうがよさそうね」
「青春だなァ……だが、今回ばかりはクールになってもらわねェと」
翡翠色の髪を揺らすヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676)は、弾丸同士の軌道を調整し、女の仮面に傷をつけ、
「――真血を吐け、血花を咲かせ!」
亀裂に向けて呪印を刻んだ弾丸を撃ち込んだ。
仮面のひとつが壊れるとケタケタと甲高い嗤い声をあげながら、新たな仮面が生まれる。
「愛ゆえに人は苦しみを伴う……どこかで聞いた台詞だが、歪みを生じさせたのは『貴様』だ」
鬼面の中で九十九・九十九(ドラゴニアンの零式忍者・e44473)は呟く。
若さ故に想いが止められない……そこにつけこまれたのは『己が責任だ』と。
「恋の夢喰らわれた者よ。一度(ひとたび)その慕情、地獄に堕とす」
ドラゴニックハンマーを変形させ、九十九が突進からの反動で砲弾を撃ち放つとフェンスの上に飛び乗る。
輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)もバイオレンスギターを掻き鳴らし、前衛の守りを固めていく。
「キミの情念はウチらが受け止めるよ! さあ、かかってこーーーーーーい!!」
一時の感情に流され、空振りしてしまうほど強い想い――形兎も覚えがない訳ではない。
だからこそ、少年の純情すぎる感情に対して真っ向から立ち向かうのだった。
――――戦闘音は既に校舎内にも響いていた。
突然の騒動に混乱極まった職員室にウイングキャットのバロンを連れた奈津美が飛び込む。
「わたし達はケルベロスです。こちらの屋上にデウスエクスが出現しています、すぐに生徒達の避難を!」
発生源が校舎上だと知ると慌てて緊急避難放送を開始する。
『現在、校舎屋上にデウスエクスが出現しています。生徒は職員、ケルベロスの指示に従い――』
襲撃の放送にざわつく教室へ雅也が勢いよく駆け込み、
「屋上はもうこっちで対応してる、落ち着いて校舎から離れるんだ!」
身振り手振りで脱出を促し、おろおろする教員に喝を入れつつ雅也と奈津美は迅速に避難誘導を進めていく。
そこに結奈と鏑木を連れたエイジが階段から駆け下りてきた。
「他に指示はあるか? 手ぇ貸すぜ」
「うーん。この担いでる子、どうすればいいかな?」
エイジはすっかり萎縮してしまった浮気男を肩で跳ねるように示す。
「…………先生方におまかせしましょ」
●恋の病は甘い毒
屋上では苛烈な想いを堰を切ったように溢れさせ、ドリームイーターが猛威を振るい続けていた。
砲撃やキックで動きを制限させていく内に、命中率も安定性をみせるが、ドリームイーターからの攻撃も同等。
形兎がかけた強化効果も罵声が飛び交うたびに打ち消されていく。
『『イイイィィィヤアアァァァァァァァアァァァーーーーーーーーーーーーッッ!!』』
鼓太郎は絹を裂くような悲鳴に、心臓が握り潰される錯覚を覚えた。
初恋すら経験していない身としては、単なる苦痛のようにしか思えず、胸を掴みながら言葉を引き出す。
「なんですか『幸せにする』って? 具体的にどうする御心算なんですか。ねえ、実はノープランでしょう?」
――そんな恋情に一人舞い上がった男にどうして相手が靡くというのか?
矢継ぎ早に問い質し、銅貉の峰で亀裂の走った仮面を粉砕させる。
「それで一度に4人を相手取る男に太刀打ちできるもんですか! ――人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、ですよっ」
恨み辛みを叩き返すように一本の棒を具現化させ、鼓太郎の滅多打ちがさらに壊れかけの仮面を破砕していく。
『浮気を認めるの?信じらんない!』『子供ジャ解らないわよォ』『キャハハハハハ!!』『アァーッハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!』
仮面達は一斉に可笑しくって堪らないと嘲りの声を上げる。
不快極まりない嘲笑に辟易しながら、ジークリンデも黒弾を放ち、如意棒に持ち代える。
「恋をするのはいいけれど、今貴方はその恋で人を害そうとしているわ。殺そうとしているの」
市之丞の理性に訴えかけるように、ジークリンデは冷静な言葉を連ねる。
(「みどもだって今、そういうのを経験している。みどもこそ恋の焔で焼き尽くしてしまうかも知れない……けれど、だからこそ」)
「あの鏑木って男を殺してでも成就する価値は、『貴方の人生そのものを掛ける』だけの意義は、あるの?」
新芽のように顔を出しかけた仮面を突き潰し、再び浴びせられる罵声を一身に受けるべくジークリンデは果敢に飛び込む。
罵声の衝撃波を同時に食い止めるベルベットも口火を切った。
「結奈ちゃんを本当に幸せに出来るのは貴方……本当にそうかな?」
ジリジリと脳細胞が焼きつく感覚の中、不敵な笑みでベルベットは投げかける。
「もしかしたら本当に鏑木君に惚れてるかもしれないのに、君が勝手に『彼女を助けたいって思い上がってる』だけなんじゃないの?」
四股男を肯定する訳ではない――しかし、結奈が鏑木を選んだのも事実。
もしかしたら『四股かけてても構わない!』と想ったのかもしれない。そうなると、市之丞の救いたかった動機は崩れ去る。
フラれてしまって当然――しかし、強がるように反抗を続ける仮面の化生に、雨弓は憐憫を感じていた。
「好きな女性が、良い噂を聞かない男性とお付き合いされていることに怒り、好きな女性を守りたいというその気持ち……とてもよく分かります」
だからこそ憎いのだろう。怒りを覚えてしまうのだろう――反響する嘲り声を絶とうと、雨弓は右ストレートを叩き込む。
「ですが、その怒りをぶつけてしまった後、果たして彼女は貴方に振り向くのでしょうか?」
振り向かずとも、自身の好意を『嬉しい』と語った彼女の信への裏切りではないのか?
――仮面がひとつ、音を立てて地に落ちる。
「さっきの彼女、色恋のために授業もサボろうとしたようだけど、そういう所も含めて前と同じように『好きだ』って言えるのか?」
理想を夢見るあまり、現実を認められなくなってねェか? ――ヒスイの声色に心配が滲む。
「あとなァ、彼女を幸せにしたいと思うのも勇気出して行動すんのも立派だけど、四股男だろうが殺すのはアウトだぜ……あの娘の心に、あの男の事が『消えない傷』になって残り続けるなんて、お前も本意じゃないだろ?」
『ウゥゥ、グウゥゥ……ッ!』『知らないクセに、知らないクセに!』『エラそうな事ヲォォ……言ウナァ!!』
しかし反論する姿勢に対して、仮面はまたひとつ剥がれ落ちた。
両手の仮面を翳すようにヒスイへ向けると、放たれた痛烈な悲鳴をベルベットが受け止めていく。
「形兎!そのまま踏ん張ってろ!」
「任せてヒスイ兄ィ!」
生じた隙を突くように跳弾射撃を仕掛け、形兎も得物で軌道を変化させて狂月の光を鼓太郎に放つ。
「市之丞くん! キミの初恋が結奈ちゃんなら、彼女の初恋も鏑木くんなんだよ?」
初恋の相手が傷つく、その悲しみを誰よりも知っているのは――キミ自身ではないのか?
「『好きな子が傷付けられたくない』って思うのは、結奈ちゃんだって同じだよ!」
形兎の言葉に小さな仮面はカラカラと落ちていく。
「如何なる理由であろうと、拒絶された。それはもう終ったのだ」
――始まりがあれば終わりがある、蕾が開くことなく枯れる花もあるだろう。
そう語る九十九の鉄爪が仮面を引き剥がす。
「それに、『初』と付けどそれは特別なものでもないだろう。一人が全てでもない……世にある恋や愛などは、二度目三度目の方が結ばれるそう――――」
『ダァァァマレヨオオオオオオォォォォオオオオォォォォォッッ!!!』
強大な怒声が言葉を遮るように九十九達を吹き飛ばす。
しかし、剥がれだした仮面はひとつ、ひとつと落ちて煙となって消失する。
「悔しいのも悲しいのも、よく分かりますけど……失恋だって『立派な経験』です」
(「――この幻影、あなたにはどう映りますか?」)
長槍を突き立て余波を耐えたしずくは桃色の霧を放つ――そこに浮かぶ悍ましき異形は仮面の剥がれていく怪人をただじっと見つめる。
「これからもっと自分を磨いて格好良くなって、結奈を見返せばいい……ですが、鏑木がいなくなっても、結奈の気持ちがあなたに向くとは限りません。何より、暴力で何でも思い通りにするだなんて、人として酷すぎます!」
異形の眼が怪しく光る。刮目した異形の視線に、残る仮面は瞼の空洞から黒い涙を流していく。
『なんで?なんでなんでなんで?』『解らナイヨォ、ナンでワカッテくれないノよォ……?』『わかラナイ!ワカんナイ!?』
真っ黒い頭のような部分を掻き毟って、ドリームイーターが噎び泣き始めた直後。踊り場の扉が力強く押し開かれた。
「校内の人達の避難は無事完了したわ!」
「援護するぜ!」
奈津美と雅也、エイジも戦列に加わり、感嘆する無貌の怪物へ一斉攻撃を開始する。
(「『実がないモノ』に肉付けして、意図的に暴走させる……みどもはその行為を赦しはしない」)
『愛の墓標』と如意棒を手繰りながらジークリンデは仮面を崩し、ベルベットと九十九も仮面が脆くなった手応えを感じる。
「私たちの声、聞こえていますね!?」
「その『憑き物』にちょいとお灸を据えます!」
超光速の突撃を駆ける雨弓の一撃に間髪入れず、鼓太郎が二振りの衝撃波で影そのものを斬り裂いていく。
「ヒスイ兄ィ、ウチもいく!」
「外すなよォ!」
日輪を背負う形兎の刃がドリームイーターを袈裟斬りにする。
黒い靄のように噴き出す裂け目からは嘆き、呻き、僻み、数多の悪感情の声が吹きだしてきた。
「勝手に入り込んで文句言ってんじゃねェ、さっさと消えな!」
ミタマシロから放たれた弾丸が額を穿つ。
影に張りついていた仮面の全てが剥がれ落ちると、怪人は在るべき場所へと還っていく――。
●恋の路は長く険しく、花々しく
しずく達は屋上の修復を終えると体育館裏へと急ぎ訪れた。
九十九が倒れている男子学生を見つけ、揺さぶりをかけると呻き声を漏らし起き上がる。
「うわぁぁ!?」
「……その様子なら問題なさそうだな」
至近距離の鬼面に後退る市之丞に、呆れと安堵の混じった溜め息を吐いて九十九は歩き去って行く。
雨弓達の話を聞いて、市之丞はフラれた記憶も蘇ったのか肩を落とす。
「一方通行な恋、アタシは応援しちゃうな! 面と向かって思いを伝える勇気がある君なら大丈夫!気張れよ少年!」
ベルベットが『応援する』と断言したのはワケがある。
ただ、それは本人が一番解っていること――少年にも『思い続ける強さを持って欲しい』という現れだ。
「苦い初恋でも自分で経験して気づかなきゃ意味ないのは、あの娘にとっても同じなんだよな……心配なら見守っとくくらいは悪くないと思うぜ?」
「そうそう! ウチも初めての恋、結ばれたからさ!」
結奈との恋だろうと、次の新たな恋だろうと、いつかきっと成就させることが出来る。
ヒスイと腕を組みながら形兎は満面の笑みを浮かべる。
「一途で優しい貴方を好きになってくれる素敵な女の子、きっと現れますよ」
しずく達の励ましを受け、市之丞は神妙な面持ちで俯き、
「フラれたのは事実だし、気持ちの整理も出来てません……ただ、少し考えてみようと思います」
思い続けるか、新たな恋に思いを馳せるか。
投げやりになることなく、少年は新たな恋に立ち向かう決意を固めたようだ。
――その様子を見守っていた鼓太郎は、隣に立つエイジに問いかける。
「何故、人は斯くも色恋に惑うので御座いましょうか?」
どうしてあんなにも必死に、けれど真摯に向き合いながら苦悩するのか……俺にはまだ解りません、と。
「誰かを好きになるって『相手に好かれたい』でもある。だから『想いが通じ合えなかったとき』こそ、たくさん学ぶことがあるんだよ」
予想以上のまともな解答に驚く鼓太郎だが、見下ろすエイジはいつものゆるーい笑顔を浮かべるだけだった。
――『初恋は実らぬもの』と言うけれど、それは絶対ではない。
ただし周りを見えなくさせる、恋の病にはご用心を。
作者:木乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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