そらいろのはな

作者:朱乃天

 見上げた空は雲一つなく。澄み渡った蒼穹がどこまでも果てしなく広がっていて。
 丘の上には、空を映したような青色の花が満ち溢れ。空と大地が重なり合えば、見渡す限りの青い世界が、地平線の遥か先まで続いているようだ。
 そこはネモフィラの花が一面に咲く丘の園。
 空と花とが織り成すこの幻想的な風景を、一目見ようと家族連れや恋人達など、多くの人がこの地に足を運んで賑わっていた。
 人々が心和ませる、麗らかな休日のよく晴れた日の昼下がり。
 この日もいつもと変わらない、平穏な日常が営まれていたのだが――突然、空から巨大な牙が飛来して、憩いの時を楽しむ人々の前に突き刺さる。
「グラビティ・チェインを、ワレらにヨコセ」
「オマエたちがムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマへのカテとナルのだ」
 地面に刺さった三本の牙が、鎧兜を纏った竜牙兵へと姿を変えて、人々に刃を振り翳して襲い掛かる。
 丘を彩るネモフィラの花は無残に散らされ、恐怖に慄く人々を嘲笑い、一人、また一人と禍々しい鎌で命を瞬く間に刈り取っていく。
 罪無き人の命を蹂躙し、花散る丘は肉片と臓物で溢れ返って、青く澄んだ世界は真っ赤な血の海の地獄絵図へと変貌してしまう。
 そして静まり返った血染めの花園に、竜牙兵達の卑しい哄笑だけが響くのであった――。

 ネモフィラの花咲く丘に、竜牙兵が現れ襲撃される事件が予知される。
 輝島・華(夢見花・e11960)は嫌な予感を感じていたが、それが現実のものとなってしまい、険しい顔をする。
「花だけでなく、花を楽しみに来た人達の命も刈り取ってしまうなんて……許せませんの」
 華が憤りを露わに言葉を震わせる。しかしそのおかげで事前に予知することができたと、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はお礼を述べて事件に関する説明をする。
「竜牙兵が出現するのは、丘に通じる道の入り口辺りだよ。現場には来園客も多く集まっていて、竜牙兵は彼等の命を奪ってしまうんだ」
 だから急いで現場に駆け付けて、凶行を止めてほしいとシュリは願う。
 だが竜牙兵が現れるより前に避難勧告を出してしまうと、敵は出現場所を変えてしまう。そこで襲撃されるタイミングを見計らい、竜牙兵の出現直後に突入すれば、そのまま戦闘へと移行できる。
 また、ケルベロス達が到着すれば、一般人の避難誘導は警察達が行ってくれるので、後は戦って竜牙兵を撃破することだけに集中すれば良い。
「今回戦う竜牙兵は計三体で、三体とも簒奪者の鎌を持って攻撃してくるよ」
 戦闘が始まれば、敵はケルベロス達との戦闘を優先して攻めてくる。また、途中で撤退する意思はなく、例え不利になっても玉砕覚悟で戦い抜くつもりらしい。
 まるで空の果てまで続いているような、全てが青に彩られた世界。それが人々の赤い血で塗り替えられてしまうような事態だけは阻止しなければならない。
「でも、キミ達の力だったらきっと大丈夫だと思うから。無事に解決できたなら、お花畑でゆっくり過ごしていくのもいいかもね」
 丘に敷き詰められた瑠璃色の花の絨毯に、心惹かれるようにその一歩を踏み出せば。空の上を歩いているかのような、不思議な気分に囚われて。もし天国があるとするなら、こんな光景なのだろうかと想像させられる程の美しさがそこにある。
「お花畑と空が繋がっているような青い世界……考えただけでもワクワクしちゃうよねっ。だったら尚の事、花が散らされないよう、さっさと竜牙兵を倒しちゃおう!」
 シュリの提案に、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が大きな瞳をキラキラ輝かせ、ネモフィラの丘に心ときめかせながら思いを馳せる。
 全てが優しい青に包まれて、人々の笑顔の花が咲き溢れるように、と――。


参加者
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
八千草・保(天心望花・e01190)
トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
輝島・華(夢見花・e11960)
レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)
ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)

■リプレイ


 空も地上も、見るもの全てが青に彩られた世界。
 天国を思わせるようなこのネモフィラの丘の花園に、突如として現れた謎の異形――ソレは死の御使いたる竜牙兵達だった。
 髑髏の尖兵達は、憩いの時を過ごす人々を、鮮やかに咲き誇る花を刈り取らんと刃を向けようとする――しかしその前に、立ち塞がる者達がいた。
「花も命も刈り取らせはしません! 私達が止めてみせますの!」
 花咲く箒のようなライドキャリバー、ブルームに跨った、輝島・華(夢見花・e11960)の姿はさながら小さな花の魔女のようであり。可憐な少女が勇ましく、邪悪な髑髏の尖兵達に立ち向かう。
「まるでヒメちゃんのようなネモフィラの花……それを刈り取るなんて……! いつだってデウスエクスの非道な行いは許せませんが、今回は特に許すまじ!」
 ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)の頭に浮かぶのは、この瑠璃色の花のように愛しい少女の顔だった。
 竜牙兵の蛮行は、その大切な彼女が傷付けられるような気さえして。だからギルボークは余計に憤りを露わにし、気迫溢れる闘気を滾らせながら身構える。
「私達はケルベロスです。ここは私達が引き受けますので、安心して避難して下さい」
 筋骨隆々とした精悍なる男、トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)が一般人を遮るように前に出て、落ち着いた口調で避難を呼び掛ける。
「さぁさ、竜牙兵の皆さん。しあいましょう、死合いましょう。骨のあるラインナップで、ケルベロス参上、ってね」
 鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)の甘やかに微笑む唇からは、挑発的な台詞が辛味を効かせて宣戦布告する。
 わたしの途に、あなたはいらない、と――。軽やかに跳躍しながら宙に舞い、重力載せた纏の蹴りが、華麗に決まって竜牙兵は体勢崩してよろめいた。
 この攻撃を皮切りに、竜牙兵と地獄の番犬達との戦いの幕が切って落とされる。
「随分とまぁ、場に似つかわしくないもんが乱入したもんだ。用もあるんでな……さっさとケリつけさせてもらおうかね」
 ぶっきらぼうに言葉を吐き捨てながら、アッシュ・ホールデン(無音・e03495)が巨大な槌を手にして猛突進。冷気を宿して振り被り、命を凍結させる超重力の一撃を打ち据える。
「見つけましたよ。あなた達の相手は、私たちがいたしましょう」
 レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)の青紫色の双眸が、竜牙兵の三体を視界に捉え、その全てを射程範囲に捕えて逃さない。
「レギオンレイドの黒太陽……この力で!」
 身に纏ったオウガメタルが黒く輝いて、絶望齎す暗黒光が、一気に放出されて竜牙兵達を怯ませる。
「みんなの笑顔もこの花も、あたし達が守ってみせるんだ!」
 猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が声に魔力を乗せて大きく叫び、音波が大気を震わせ相手の足を鈍らせる。
「綺麗なお花畑も、楽しみに見に来るお人らの、大切な時間も。守れるように、頑張るよ」
 八千草・保(天心望花・e01190)は後方からの支援役として、杖から発する雷による壁を構築し、敵の反撃への備えを怠らない。
「青空に花畑。見渡す限りの青、青、青で壮観だな。……これに臓物撒き散らすだなんて、ハイセンスが過ぎるんじゃないか?」
 ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)は瞳に映る空と丘とを見回しながら、竜牙兵に対して呆れたように言い放つ。
 この綺麗な花畑を踏み躙らせるような真似はさせまいと、ナクラは紙兵を展開させて仲間に加護の力を付与させる。
 ――全てが青いこの幻想的な花園で、ケルベロスと竜牙兵の激しい攻防が繰り広げられるのであった。


「グギギッ……ウルサい番犬共め。ならばコノ地を、キサマらの血で染めてヤロウ!」
 一般人への襲撃をケルベロス達に阻害され、竜牙兵達の標的はその番犬側に向けられる。
 鎌に虚ろな力を纏わせて、刃を振り回して斬りかかってくる。生命喰らう死の刃が迫り来る、が――盾役のトリスタンが身体を張ってこの攻撃を受け止める。
「この程度では、私は倒せませんよ」
 気迫の篭った形相で、淡々と語りながら竜牙兵を睨み付けるトリスタン。闘気を溜めた脚を撓らせ繰り出す蹴りの一閃は、鋭利な刃の如く敵の鎧を斬り裂いた。
「すぐ治しますの!」
 華がすかさず魔法の杖を振り翳し、トリスタンに癒しの力を注いで傷を瞬時に治療する。
「不届き者には天罰を――裁きの閃きを!」
 怒気を孕ませながらギルボークが吠え猛る。口から吐き出す息吹が稲光となって竜牙兵の群れを薙ぎ、身も痺れる程の雷撃で、敵の動きを封じ込む。
「かごめ、かごめ、其処は蒼く碧く染まった籠の中――」
 纏の両手に握られた、二本の喰霊刀。片手には、瑠璃色の花を映したかのような、艷なる青翠の乱れ刃小太刀。
「――通りゃんせ、通りゃんせ。其処は紅く赤く色付いた細道」
 もう片方の手にある細太刀は、彼女の昂る心を表すような紅色で。纏は無数の霊を口寄せしながら刃に憑かせ、呪いの力を宿した刀で斬り払う。
「早目に一体片付けたいからな。手始めに、お前から逝っとくか?」
 アッシュが素早く距離を詰め、稲妻状に変形させた惨殺ナイフを突き刺して、竜牙兵の傷を広げるように掻き抉る。
 まずは各個撃破で早期に数を減らすべく、ケルベロス達は竜牙兵の一体を集中的に狙う。その目論見通りに敵を追い込むと、後は止めを刺すべく、レイラが魔力を高めて解き放つ。
「――無慈悲なりし氷の精霊よ。その力で彼の者に手向けの抱擁と終焉を」
 水と氷の魔女たるレイラの『精霊魔法』。
 敵の真下に展開される巨大な魔法陣から、眩い光と共に水柱が噴き上がり。竜牙兵をそのまま包み込んだと思ったら、凍てる氷の檻と化し――竜牙兵を氷漬けにして命の刻を止め、最後は硝子細工のように脆く儚く砕けて散った。

 ケルベロス達は幸先良く最初の一体を撃破して、次の竜牙兵に攻撃の目を向ける。
「あまり我ラを見くびるナヨ! 死ネエエェェッッ!!」
 竜牙兵から発する殺意が、鎌に宿りし怨嗟の念を解放し、前衛陣に向けて死霊の群れを放って襲わせる。
 更にもう一体の竜牙兵の投擲した大鎌が、その間隙を縫うかのように前衛陣の守りを摺り抜けて、餓えた刃がレイラの身体を斬り付ける。
「おいで……咲き乱れて」
 保が祈りを捧げると、呼応するかのようにネモフィラの花から淡い光が浮かび上がって。光は保の身体に吸い込まれ、巻き付く蔓が花を咲かせて清浄なる気を満たす。そして周囲に漂う花の香が、楽園の幻想世界に導くように、前衛陣に纏わりつく邪気を打ち消していく。
「あなたに私の力を。しっかりなさって……!」
 華が魔力を集中させて念を込め、掌の中に光の花を作り出す。花は風に流れて空に舞い、花弁がレイラの周囲を覆って優しい癒しの光で包み込む。
「こいつはお返しだ。花を蹴散らすような無粋な連中に、俺達は絶対負けはしない」
 ナクラが魔力を歌に篭め、声高らかに勇壮なる音色を響かせる。
 如何なる困難にも挫けない、前に進む者達の強い意思――ナクラの思いを乗せた歌声は、竜牙兵達の戦意を揺るがし逡巡させる。
「お前達はやり過ぎた。この剣の露と消えなさい! ヒメちゃんとの素敵な時間の為に!」
 ギルボークが家系に代々伝わる刀を掲げて疾駆する。愛しい人への想いの丈を注ぎ込みながら、空の霊力帯びた刃を振り抜き、傷を重ねるように斬り刻む。
「手繰る糸は手繰る意図。抗うならば足掻いてみせな――」
 不敵に口を吊り上げながら、アッシュが紫煙を燻らせる。
 煙に仕込まれたのは死に至る毒。蛇が鎌首もたげて襲うが如く、毒の紫煙が竜牙兵に絡み付き。逃れることも赦されず、もがき苦しむ姿をアッシュは静かに黙って見届けて。
 全身に毒が廻った竜牙兵は地に崩れ落ち、物言わぬ骸となって朽ち果てる。
 ――これで残るは後一体。

 竜牙兵は最後の一体になろうとも、決して戦うことを止めはしない。しかしケルベロス達も手を緩めることなく攻め続け、一気に畳み掛けて追い詰める。
「これであなたも終わりです。耐えられるものなら、耐えてみて下さい」
 オウガメタルに身を包んだレイラが、漲る鬼迫を腕に宿し、突き出す鋼の拳で敵の鎧を打ち砕く。
「――Deprived force type Grendel」
 トリスタンが拳を握り締め、呪文を詠唱しながら眠れる力を呼び醒ます。
 忌まわしき沼の巨人から奪い取ったと云う力、荒ぶる覇気を纏って拳を振るい、渾身の力を込めた高火力の一撃を叩き込む。
 竜牙兵はその衝撃に耐えられず、勢いよく地面に叩きつけられる。そこへ纏が薄く微笑みながら歩み寄り、最期の別れを告げるように手を翳す。
「貴方の為の、貴方の為だけの物語の世界。迷い込んだら、出られると――思わないで?」
 吹き抜ける風は物語の芽の薫り。其れは黒いインクで描かれた頁の文字達が、羽搏くように綴る夢の世界。
 開かれた絵本が手招く世界は、行けども行けども果て無き青が広がって。しかしそこには出口がなくて、最後の白紙の頁が誘う場所は――完全なる静寂、感覚遮断。抗えない狂気に蝕まれ、竜牙兵は白き死の世界に囚われた儘――。
『――出口など夢のまた夢、引き返すなんて無粋な事、しないだろう?』
 彼女が物語を描き終え、本を閉じると竜牙兵の姿が幻のように消えて逝き――全てを無に帰して、この戦いに終止符を打ったのだった。


 三体の竜牙兵を撃破して、ネモフィラの花と人々の命を守り抜いたケルベロス達。
 ひと通りの無事を確認し、ヒールで修復作業を済ませると、それぞれに憩いの時を楽しむのであった。

「ルーチェ姉様、よろしければ一緒に散策しませんか?」
「うん、いいよっ! 一緒にお花畑を回ろうねっ♪」
 華はルーチェに声を掛け、二人は仲良く一緒に歩いて丘を廻る。
 瞳に映る景色は空も地上も全てが真っ青で、華はこの素敵な景色を守れたことが本当に良かったと、安堵の吐息が口から漏れて。ふと手首に嵌めた腕時計にもう片方の手を添える。
 淡い小さな花が彩る装飾に、可愛らしい針が刻むは幸せの音。華は今こうして過ごす時間に心満たされて、青い世界に目を細めて嬉しそうに笑む。
 そんな彼女の顔をルーチェは隣でニコニコしながら、微笑ましく見守るのであった。

 ナクラは燥ぐように擦り寄ってくるニーカの頬を撫でて愛でつつ、楽しそうに語らう少女二人を目で追っていた。
 そういえば、ルーチェの髪の色も綺麗な青色で。この景色とよく似合っているなと考えながら、今度は自分の髪を指で抓んで上げてみる。
 この赤毛も嫌いじゃないが、戦闘で血を見た後は、居心地が微妙に悪く感じる時もある。だからゆっくり深呼吸をして、この青い世界を肺に取り込むと。薄ら涙が零れ落ちそうな、心が洗われたような気分に入り浸る。

 こちらは一人で離れて黙々と、花や景色の写真を撮る赤毛の男。
 トリスタンがファインダー越しに花畑を覗き込む。その先に、一人の少女の姿を思い浮かべてこの風景に重ね見る。
「……走り回って、あまり花は見ないかもしれませんね」
 花を愛でるより、まだ遊ぶ方が楽しい年頃かもしれないと。無骨な男の口元が、微かに緩んで父親としての優しい顔を覗かせた。

「待たせちまって悪かったな、嬢ちゃん」
 ぼさぼさの髪を掻きながら、アッシュは待ち合わせていたキアラと合流し、青い花咲く丘を一緒に漫ろ歩きする。
 花を眺めている間、二人は互いに目を合わせることも、言葉を交わすこともなく。沈黙が暫く続くまま、時間だけがゆっくり流れ過ぎていく。
 いつかは話さなくてはならないことがある。彼女に隠し通していた話、それをそろそろ伝えなくてはならないと。アッシュは不意に足を止め、覚悟を決めて話を切り出した。
「……互いの事情もあるからな。もしあいつが望むなら……逢ってやってくれねぇか?」
 アッシュは自分の恋人に、彼女のことを紹介するつもりなのだという。
 キアラにとってのアッシュは、亡き父親の弟で、父を亡くした後もお世話になった大事な存在だ。そして何かをずっと話したかったと、薄々感じていたので心の準備は出来ていた。
 キアラは静かに耳を傾けながら、コクリと大きく頷いて。彼の方へと振り向き直し、笑顔を作って言葉を返す。
「私だってもう、大人なんですから。惚気てくださってもいいんですよ?」
 少女の放った健気な一言に、アッシュは逞しくなったと彼女の髪をふわりと撫でる。
 男の眼差しに映る瑠璃唐草の花言葉、彼女ならきっと『どこでも成功』するだろう。
 だからこれからも、今まで通り支援は惜しまない、最後にそれだけ伝えるのであった。

 保は青い空気を胸が膨らむくらい吸い込んで。一緒に散策を楽しもうと来たルヴィルも、保に倣って大きく息を吸い込んだ。
 二人の目に映るのは、丘の果てまで広がる青い花畑。それは澄んだ空の先まで続いているようで、空と地上の境界線が消えてしまっているような、幻想的な景色に二人は目も心も奪われてしまう。
「気持ちのええお天気やし……飛んでみたいな。ルヴィはんは?」
 そう言って手を差し出すオラトリオの少年に、ドラゴニアンの青年も、心得たとばかりにパシッと手を合わせ。二人は互いに翼を羽搏かせ、空に浮かんで舞い上がる。
 ――風に乗り、どこまでも広がる青い世界の只中へ。
 空中で身を翻して見る風景は、空と地上がひっくり返ったかのような、不思議な気分に錯覚させられて。まるで自分自身も青い世界の一部に染まっていくみたいだと。
 この自然が織り成す奇跡に保とルヴィルはただ溜め息し、言葉を失い心引き込まれ、時間を忘れるほどに魅了されていた。

 見渡す限りの青い花。咲き乱れるネモフィラに、ギルボークは思わず見惚れて息を呑む。
「すごいね、ヒメちゃん……。一面のネモフィラだぁ」
 彼は丘の上に咲く花と、隣に寄り添う少女の髪に咲く花とを見比べて。彼女はやはり可憐だと、うっとりしながら感嘆の息を漏らす。
 そんなギルボークが見せる愛情表現に、当のヒメノは少し照れ臭そうに戸惑うも、まんざらでもないといった様子で心の中で呟いた。
(「まぁ、確かに私が可憐なのは間違いではないですが……」)
 一方で、ギルボークの昂る気持ちは冷めやらず。この景色の中で一際輝く彼女は、まさに天使みたいだと。絵画のようなこの光景を、写真に撮って収めたい。そう言う彼に、折角だから二人で一緒に映りましょうと提案するヒメノ。
 そうして二人は肩を寄せ合って、今日という日の想い出を、一枚の写真に残すのだった。

「わあ……十郎さんっ! 辺り一面、空みたいですっ! とっても素敵……!」
 花と空の青が繋がっているような、幻想的な景色に胸躍らせて。
 レイラの口から感嘆の声が漏れ、彼女に名前を呼ばれた青年は、幸せそうに燥ぐ少女の姿に、この上ない喜びを感じるのであった。
 レイラがすっと手を差し出せば、あんまり燥ぎ過ぎると転ぶぞと、十郎はその手を掴んで彼女の顔を見る。
 視界に広がる青に溶けてしまいそうな、水色かかった白い髪。見つめる青紫と藍の瞳が重なり合ったその瞬間、彼女が溢れる気持ちを表すかのように、彼の頬へと口付けを――。
 自分の頬に伝わる彼女の唇の、その感触に十郎の顔がみるみるうちに赤くなり。慌てふためく反応が、レイラにとっては何だかやけに可笑しくて。
 クスリと笑う彼女に対し、青年ははにかみながらも、繋いだその手を離さぬよう、互いの指と指とを絡ませ合う。
「……ずっと一緒に、いるからな」
 大切な愛しい人に捧げる一言に、少女はきゅっと指先搦め、彼の温もり感じて囁き返す。
「――私も、ずっとあなたと一緒です」

 どこまでも続く青い空の色。纏は小高い丘に足運び、ダレンと一緒に過ごす花畑でのひと時を楽しんでいた。
 辺りを見渡せば、一面が突き抜けるような青、吸い込まれそうなまでの青、青に包まれたその世界はそう、まるで――。
「空の上にいる心地……っつーのはこんなカンジなのかね」
 何気なく呟くダレンの言葉に、纏は嗚呼、と小首を傾げ。花を撫でていた手を止めて、翼をはためかせて宙に浮いてみせ。そんな彼女をダレンは羨ましいとさえ。
 抱く思いを吐露する彼に、ならわたしが抱きかかえてあげると提案する纏。ダレンは流石にそれは無理があるだろうと苦笑して。残念そうに肩を落として俯く纏の顔を、心配そうに覗き込む。
 彼の気配に気付いた少女が、顔を見上げて振り向くと。思ったよりも二人の顔が近い距離にあり、恥ずかしそうに頬を染めつつも、目を逸らさずに彼の瞳をじっと見て。
 二人の視線が交差する、その時ダレンは、彼女の瞳の中に澄み渡った青い色を見る。
 それは少女を見つめる自分の瞳と同じ色。空は案外身近なところにあったと気付かされ、金色の髪の青年は、一人で満足そうに頷きながら笑みを零す。
「一体なぁに? わたしにも教えなさいよ!」
 片や纏は、彼の意味ありげな態度が気になったのか、不機嫌そうに口を尖らせて。じゃれ合うように彼を小突いてみたりして。けれども結局、想いは胸の奥へと仕舞われたまま。
 それは二人にとっての宝物。この日の想いは、褪せることなくいつまでも――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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