醜いものほど美しい

作者:鏡水面

●選ばれた醜さ
 映画館のスクリーンには、仲睦まじい男女が映し出されている。映画最大の見せ場といってもいい、舞踏会で踊るシーンを眺めながら、隣に座る女が「素敵ね」と呟いた。
 だが、彼にとってはどうでもいいことだ。隣に座る女との『この後』の方が大切だった。映画館を出て、食事に行って、それから……。
 彼の思考は館内に響き渡った轟音に掻き消された。危険を察知する間もなく天井が、まるで映画のワンシーンのように落下してくる。
「な、なんだ!?」
 巻き起こる粉塵に思わず閉じてしまった目を開く。見れば、隣の席……女がいた場所が落下物によって塞がっている。女は命こそ無事だが、崩れた天井が邪魔をして動けないようだ。館内は相変わらず衝撃に揺れている。このままでは命が危ない。
 男はよろよろと立ち上がると、女に背を向けて走り出した。
「待ってえ、置いてかないでぇ!!!」
「知るかよっ、はやく、早く外に出るんだっ……!!!」
 人々の悲鳴の中を、非常口の灯りを目指して駆ける。あと数メートルで外へと出られる……。
 男の頭部に衝撃が走った。瓦礫が彼の体へと容赦なく降り注ぎ、その重さに彼は床へと倒れ伏す。出口にはあと数歩、届かない。激痛に彼は叫び声を上げる。誰か、誰か助けてくれ。
「よォ、お前、なかなかイかしてるじゃねェか」
 どれくらい時間が経っただろうか。すぐ傍で、粘着質な声がした。
「あ……は、っ……?」
 痛みに思考を支配されて、言葉を発することができない。粘着質な声は彼へと語りかける。
「女なんかどうせお飾りなんだろう? 飾りより自分の命の方が何百倍も大事だもんなァ」
「はっ、はっ……」
「犬みてェに喘いじゃって……でも、オレはそういう自分第一なヤツ、嫌いじゃないぜ」
 非常灯にうっすらと照らされて、黒く粘着いた液体が目の前で揺れた。そこでようやく、自分に語りかけてくるそれが人ではないことを理解する。
「だ……れ……」
 誰だ、お前。痛みに焼け付く喉では、短い言葉すら言うことは叶わない。
「オレはシャイターン。シャイターンの『ナール』。その醜悪な本質を、さらに羽ばたかせてやるよ」
 何かが風を切る音がすると同時、男の意識は真っ赤に染まり、急速に闇へと落ちる。
「チッ……ハズレか。せっかくイイ素材を見つけたと思ったのによォ」
 ナイフから滴る血をつまらなそうに振り落としたあと、ナールと名乗ったシャイターンは崩壊させた映画館を見渡す。
「他に目ぼしい奴がいないか探すかァ……めんどくせェなあ」

●崩壊する映画館
「せっかくの映画がぶち壊しっすね。こんな暴挙、許すわけにはいかないっす!」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、眉を吊り上げながら言う。ヴァルキュリアに代わって死の導き手となった、『ナール』と名乗るシャイターンが、エインヘリアルを生み出すため、事件を起こそうとしているらしい。ナールは、多くの一般人が中にいる建物を崩壊させ、その事故で死にかけた人間を殺す事で、エインヘリアルに導こうとしているようだ。
「襲撃する建物は予知できてるっす。けれど、先に中の人たちを避難させるとナールが感付いて別の建物を襲撃してしまうっす。そうなると被害が止められなくなるから、皆さんに動いてもらうのは襲撃が発生したあとになるっす!」
 襲撃の発生後に、ナールが選定しようとする被害者以外の避難誘導を行ったり、崩壊しそうな建物をヒールして崩壊を止めるといった対処を行う必要がある。そしてその後、ナールが選定対象を襲撃する場所に向かい、撃破する流れになる。
「ナールのポジションはクラッシャーっす。彼は惨殺ナイフと、シャイターン特有のグラビティを使ってくるっす。十分に気を付けて欲しいっす!」
 戦闘場所は映画館の内部だ。照明も非常灯以外は破壊されているため、暗闇での戦闘となるだろう。時刻も夜間であるため、崩落により抜けた天井からの自然光には頼れない。別の光源を確保する必要がある。
 また、ナールが選定しようとする一般人は、避難時に問題行動をして一人で逃げ出した所を襲撃されるようだ。この一般人が一人で逃げ出した後ならば、既に襲撃は発生したあとであるし、他の一般人を救出したり建物をヒールしても、襲撃は予知どおりに行われる。
「状況もあるから絶対とは言えないっすけど、できるなら、誰も大怪我をしたり死亡したりしないように、事件を解決してほしいっす。よろしくお願いします!!!」
 一通り説明を終えたダンテは、ケルベロスたちに向かって勢いよく頭を下げた。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
芥川・辰乃(終われない物語・e00816)
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)
八上・真介(夜光・e09128)
レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)
イグノート・ニーロ(チベスナさん・e21366)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)

■リプレイ

●接触
 ケルベロスたちは襲撃される映画館へと訪れた。扉を隔てた向こう側では、映画が上映されている最中だ。スウ・ティー(爆弾魔・e01099)は壁に背を預けながら、ジュースの缶に口を付けた。
「前もこんなことしたなぁ……芸がないんだか、熱意があるんだか」
 レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)は、館内の音に耳を澄ませながら返す。
「映画館を襲うなんざ迷惑極まりねーな。熱意はあっても空気は読めねぇ奴だ」
 館内に轟音が響き渡るまでそう時間は掛からなかった。ケルベロスたちは扉を開き、中へと駆け込む。
「私たちはケルベロスです。皆さん、こちらの避難口から逃げてください!」
 芥川・辰乃(終われない物語・e00816)は一般人へと呼び掛けた。相棒の棗が、一般人たちを避難口へと導く。
「死にたくねえなら落ち着いて移動しろ、焦るとロクなことねえからな」
 レグルスの大きな声に従うように、一般人たちは順番に移動していく。衝撃に再び天井が落ちるが、ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)が、拳で崩れ落ちてくる瓦礫を退けた。
「瓦礫が降っても俺たちが守る。だから、決して立ち止まらずに進んで欲しい」
 崩れた瓦礫を修復し、イグノート・ニーロ(チベスナさん・e21366)は選定者の連れである女性を助け出す。
「お嬢さん、立てますかな?」
「ありがとうございます……!」
「当然のことをしたまでですよ」
 女性は礼を言った後、避難口から外へと出て行った。
 他方、女性を見捨てた男は瓦礫に埋もれたまま動けないでいる。その男の前に、ナールが現れると同時、待ち構えていたケルベロスたちが取り囲んだ。
「やぁお兄さん、そんな物騒なものを持ってどうしたのかな? 血の気が余ってるなら遊んでくかい?」
 スウの軽い誘いに、ナールは首を傾げる。
「あ? 何だお前ら、オレの仕事手伝ってくれんのォ?」
 葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)はナールの言葉に、ゆるりと首を横に振った。
「そのような価値のない仕事など、お手伝いする必要性は感じられませんが」
「邪魔が入るとはなァ。せっかくイイ素材を見つけたってのに」
 オルンの冷めた声音に、ナールは残念そうに呟いた。藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は僅かに瞳を細め、ナールを見つめる。
「この様な者が優れた戦士になれるとお思いで? だとすれば、貴方の目は相当な節穴ですね……ああ、失礼。弱い者虐めしか出来ぬ弱虫に、これ以上の働きを望む方が酷でしたか」
「そりゃあねェ、強い奴を相手するなんて面倒だろ」
「単に面倒だからという理由で弱者を選びますか……手に負えませんね」
 ナールのやる気のない反応に、景臣はやれやれといった風に息を付いた。
 会話の最中にも、男の上にある瓦礫を取り除き、治療することで男を救出する。オルンは立ち上がる男へと、淡々と言葉を告げる。
「あなたと一緒に居た女性も外に避難していることでしょう。……きちんと謝った方がよろしいのでは」
「うっ……」
 息を詰まらせる男へと、八上・真介(夜光・e09128)は呆れたような視線を向けた。
「まあ、謝ったところで関係が修復できるとは思わないが。真っ当な人間であれば謝るのが道理だろうな」
「きっと見捨てようとして罰が当たったんだ……謝罪くらいはする」
 男はばつが悪そうに言った後、避難口へと駆けていった。
「なんだ、つまんねェな」
 ナールが面白くなさそうに男の背を眺めたが、後は追わないようだ。
 男と入れ違いで、避難誘導班が合流する。
「間に合ったようだな!」
 レグルスの言葉に、スウが頷いた。
「ああ、そっちも上手くいったみたいだね」
「彼は無事に逃げられたようですね……良かった」
 辰乃がほっとしたように表情を和らげる。棗も同意するように鳴声を上げた。イグノートは細く小さな瞳に眼光を宿しながら、ナールを見据える。
「一般市民の避難は終わりましたよ。あとはそちらの方のお相手をするだけで御座います」
 ヒエルは拳を握り締め、蒼い光を纏わせながら鋭くナールを睨み付けた。
「これ以上、お前の行いを許すわけにはいかない。ここで倒させてもらう」
「は~、本当に面倒くせェ。……まあ、やるしかないか」
 ドロリとした翼で宙に浮かび、ナールはナイフを構える。白銀の槍を構える真介の瞳の奥で、紫の炎が揺らめいた。
「……生きて逃れられると思うなよ、シャイターン。絶対にここで仕留める」

●開幕
 眼鏡を外した景臣の瞳が藤色の光を淡く帯びる。
「磐石であるに越したことはありません。敵の攻撃が及ぶ前に、強化しておきましょう」
 紅色の蝶が炎のように舞い上がり、仲間たちの肩へと下りる。
 辰乃も景臣の言葉に頷き、縛霊手を掲げる。
「そうですね。……紙兵よ、どうか皆さんを守ってください」
 祭壇から霊力を宿した紙兵が飛び出し、仲間たちを取り囲んでいく。
「守護が何だってんだ?」
 ナールがナイフを手に、辰乃へと接近した。彼女に攻撃が及ぶ前に、ヒエルが間に割り込んで斬撃を代わりに受ける。ヒエルを包んでいた蝶や紙幣が、衝撃と共に消滅した。
「ありがとうございます! ヒエルさん、お怪我は……」
「大丈夫だ。どうってことはない」
 ヒエルは力強く頷き、気合を込めて息を吐き出す。身体に青い光を纏わせ、敵の攻撃により受けたダメージを回復させた。
「なるほど、なかなかの威力です……神域を展開しておいて正解でしたね」
 攻撃の強度を観察しつつ、景臣は冷静に呟く。
「間に入るとか空気読めねェ奴だな」
 悪態を付くナールを、ヒエルは凛と見据える。
「何度だって入ってやる。仲間を守るのが、俺の役割だからな」
 刹那、銃声が鳴り響く。オルンの武器から放たれた高速の弾丸が、まっすぐにナールへと飛んだ。身体の一部を弾丸が貫き、ナールは眉を顰める。
「危ねェなァ、もっと穏便に楽しもうぜ」
「あいにく、あなたの遊びにお付き合いしている暇は僕たちにはありませんので」
 笑うナールに対し、オルンは冷めた声で返した。追い打ちを掛けるように、イグノートがエアシューズで駆け抜ける。
「少なくとも、今の状況で純粋に楽しむのは些か難儀でありますな」
 宙に飛び上がり、流星と重力の力を宿した蹴りを叩き込んだ。衝撃がナールの体を激しく揺らす。
「まったくよォ、釣れない連中だぜ!」
 蹴り飛ばされながらも、ナールは幻砂蜃気楼を発動した。砂嵐がケルベロスたちを覆っていく。
「砂の嵐ですか……これで視界を遮るつもりですね」
 マインドシールドを展開させながらオルンが言う。スウはニヤリと口元を上げ、黒い起爆スイッチを手に取った。
「砂嵐なんて関係ない。爆風で吹き飛ばしてあげよう」
 スイッチを指で押した直後、轟音と爆炎がナールの体を吹き飛ばした。砂嵐が渦巻く中、ナールの体が地面に落下する。
「ほう、綺麗に吹き飛びましたな」
「体にコッソリ爆弾を仕掛けておいた甲斐があったよ」
 感心を示すイグノートに、スウは得意げに返した。地面に落ちたナールへと、真介が距離を詰める。白銀の槍に稲妻を纏わせ、ナールの腹部めがけて突き出した。ナイフで衝撃を緩和されるも、矛先はナールの横腹を抉る。
「面倒くさがりのくせに、往生際は悪いんだな。諦めてさっさと倒れてくれていいんだぞ。むしろさっさと倒れろ」
 刃のように尖った真介の言葉に、ナールは探るような目を向けた。
「お前、ヤケに殺気バリバリ過ぎねェ? オレ何かしたっけ」
「……お前に言ってやる筋合いはない」
「ふぅん、あっそ」
 ナールはナイフを振り上げ、真介を裂こうとする。その腕を、レグルスの放ったブラックスライムが呑み込んだ。
「いい加減、物騒なもの振り回す危ない輩は大人しくさせねえとな!」
「レグルス、すまない」
「いいってことよ!」
 ブラックスライムは生き物のように広がり、ナールをさらに喰らおうとする。
「ハハッ……本当に面倒くせェ!」
 ナールはそれを無理やり振り払い、再び飛び上がった。勢いを増す砂嵐に乱れる髪を押さえながら、レグルスはナールを睨み上げる。
「面倒だの何だの言っておきながら、あいつけっこう粘るじゃねえか」
 吹きすさぶ嵐を耐えるように、辰乃は足元にぐっと力を入れた。
「気を抜いたら、あっと言う間に体力を持っていかれてしまいそうです」
「キュウ!」
 棗が元気な声で鳴く。励ますような動きに、辰乃は微笑を浮かべた。
「そうですね。こんなところで負けてなんかいられませんよね……行きます」
 覚悟にも似た、願いなれば。辰乃から癒しの光が鳥のように放たれ、仲間たちの傷を癒した。棗も同時に翼を羽ばたかせ、癒しの力で援護する。
 イグノートは飛行するナールを見上げながら、ゆっくりと口を開いた。
「ここで一曲ご披露いたしましょう。……何、わらべ歌の様なものですよ」
 このこここのこのこここにここのこえ。このこえのこここにはおらず。このここのこどこのこにえのこ。不思議な歌を紡ぎ出す。大声で語っているわけではない。しかし、嵐の中にも関わらず、その歌はナールの耳にはっきりと届いた。
 瞬間、翼を引き攣らせてナールが地面へと落下する。
「っはは、なんだよソレ、頭ン中がぐるぐるするぜ……!」
「使い物にならなくなった翼は、さぞかし重いことでしょうな」
「チッ……」
 ナールは炎の球を掌から発生させ、イグノートへと放った。だが、球は射線上に滑り込んだ魂現拳によって弾かれる。攻撃を防いだ魂現拳は、ナールへと突進し体当たりを繰り出した。魂現拳がナールを撥ね飛ばした先で、ヒエルが待ち構える。
「お前のような、人の悪い部分ばかり見るような輩は、この拳で終わらせる」
 拳に降魔の力を宿し、ナールへと鋭いストレートを打ち込んだ。
「ぐはっ……いってェなあ、オイ!」
 ナールが反撃の斬撃を繰り出す。レグルスが精神を研ぎ澄ませながら、ヒエルへと叫んだ。
「大技キメるぜ! ちゃんと避けろよな!」
「ああ、任せておけ。魂現拳!」
 呼び声と共に駆け付けた魂現拳に跨り、ヒエルはナールから距離を取る。同時、レグルスは魔導書を開き、竜語で造られた呪文を紡ぎ始める。
『天を引き裂く光竜 其は人の恐れし天空の裁き、全てを散らす無情なる雷鳴、絶望と共に驟雨の如く打ち付けよ!』
 魔導書のページがはためくと同時、上空に光が渦を巻いた。直後、天から裁きの如き雷が豪雨のように降り注いだ。雷はナールの体を貫き、激しく焼き焦がしていく。
「ぐう、ッ……!」
 ナールを眺めながら、スウは『見えない機雷』をナールの周囲に展開した。
「ようやっと弱ってきたね。だけど手加減はしないよ。さぁて悪戯のお時間♪」
「はは、こりゃ、効くわァ……」
「こんな状況でも笑えるんだ。もしかして、何も考えてないタイプ?」
 爆破スイッチを手元で遊ばせながら、スウは世間話でもするように問い掛ける。
「笑ってりゃ色々ラクだろ」
 そうかい、と答える代わりに、スウはスイッチを押した。ナールの片側で機雷が爆発し、体が傾く。動きを阻まれたナールの懐へと、真介が急接近する。
「その舐めきったような態度……本当に、虫唾が走る」
「マジになるとか、面倒くせぇだろ!」
 ナールがナイフを振り上げた。
「お前に何を言っても無駄か。それなら今すぐに逝け。……疾く往け」
 真介の槍とナールのナイフがぶつかり合うも、バランスを崩したナールに競り勝つのは容易い。槍と同じ白銀色の魔力が、至近距離からナールへと放たれる。鋭い斬撃がナールを斬り刻んだ。追い詰められるナールへと、オルンが言葉を紡ぐ。
「笑顔というものは良いものですが、あなたの笑顔は見ていて気持ちよくありませんね」
「ハハ、言ってくれるねェ」
「ともあれ、まだ余裕があるのであれば、相手をしてやってください。『恨み』の相手をね」
 獣の形をした影がオルンの足元から広がり、蒼い瞳を光らせてナールへと迫った。影はナールを縛るように纏わり付き、動きを封じていく。
 動けずにいるナールへと、景臣は刀を手に歩み寄る。
「そろそろお終いですよ。観念しなさい」
 銀色の軌跡が弧を描いた。
「誰がするかよ!」
 ナールがナイフで斬撃を防ぐ。だが、彼の心臓には防いだ刀とは別の、小刀が深々と突き刺さっていた。景臣はナールに刺さった小刀を、音もなく引き抜いた。
「武器は必ずしも一つとは限らないものです。……今更申し上げても、教訓にすらなりませんか」
 力尽き倒れ行くナールを、景臣は穏やかな表情で見下ろす。
「ッハ、ハ、ホント、面倒くせ……」
 掠れた声で諦めたように呟いて、ナールは泥のように溶けながら消滅した。

●終幕
 ナールを無事撃破し、建物の修繕も終えたケルベロスたちは一息付いた。
「これで明日からも通常どおり映画が上映されることでしょう」
 景臣の言葉に、レグルスが頷く。
「ああ、一般人にも被害は出なかったみてえだしよ。一件落着だな」
 元通りに戻った映画館の内装を、オルンは懐かしむように眺めた。
「こう見ると中々に風情のある映画館ですね。このような場所が破壊されるのは忍びない」
 スウが内装をじっくり観察しながら、感じたことを口にする。
「結構古い建物だね。古くて壊しやすいから、シャイターンもこの場所を選んだのかもね」
「しかし、エインヘリアルを増やそうとするシャイターンか。ああいう手合いの連中は嫌いだ」
 真介は忌々しげに眉を寄せた。真介の言葉に、ヒエルが言葉を返す。
「そうだな、逃さずに倒せて良かった。……人の悪い部分に付け込むような輩は好きじゃない」
 イグノートも同意するように頷く。
「醜さもひとの美しさとは言うものの、それを利用される理由も筋合いも御座いませんな」
 静まり返った映画館の中、辰乃は祈るように言葉を紡いだ。
「たとえ、人に醜悪な本質が眠っていようとも……真に醜悪なるは呼び覚まさんとするその心。染まり切らぬ、少しでも残された善良なる心を、私は信じます」

作者:鏡水面 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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