花水木に詠う

作者:皆川皐月

 青空へ手を伸ばす様に伸びた枝の先、ひらり花弁が舞う。
 行き交う人々の頭上に咲くのは花水木。
 雲よりも鮮やかな白花水木は一色ながらも目一杯陽光を受ければ艶やかに。
 花弁の先を桃に染めた花水木は萌ゆる緑葉が差し色に、鮮やかに花を引き立てられて。
「綺麗だね」
「ほら、見て……なんだかこの花びらハートみたいじゃない?」
「こっちの白いのは、ゆずのお手てに似ているね」
 ほんとね!と笑いあう二人が、穏やかな寝息を立てる我が子の髪に花弁を飾る。
 木陰のベンチから見上げるのは木陰の隙間僅かに夏めいてきた日差し。
 流れる川からの風が心地よいここは、川沿いに花水木美しい散歩道。
「ちょっとお父さん、あんまり早いと疲れない?」
「このくらい大丈夫だって。大体な、若い頃はもっと早く―……」
 いくつだと思ってるんです!ジョギングに精を出しながら突きあう老夫婦が前を過ぎれば、ついつい二人は笑いだしていた。
 酷く賑やかで和やかな日常。昨日の続きの今日は、穏やかに。
 ――目の前に、真っ赤な水が飛び散るまでは。
「……え?」
 砂利を飛ばし巨大な何かが地面を抉る。
 見慣れぬ乳白色の牙のようなものが展開し、現れたのは異形。
『オマエたちのグラビティ・チェインをヨコセ』
『オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル』
 けたけたかたかたと嘲笑のような含みの言葉が、二人の最期の記憶。
 悲鳴。怒号。肉を切る音。子を探す声。親を探す声。倒れる音。
 瞬く間に塗り替えられる日常から、生きる者の音が全て消えた時――。
『ヒヒ……グァァァハハハハハハハ!!!』
 血濡れの竜牙兵が生命を嘲笑う。

●返礼を
 白いカーテンが揺れる、いつもの部屋。
 空気に僅かな季節の境を感じるのは五月ゆえか。
「皆さん、お集まりくださりありがとうございます」
 髪飾りを揺らし漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)が礼をした隣、ふるりと耳を揺らしたココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)が小さな礼、そしてココの相棒たるライドキャリバーのバレもライトを明滅させる。
「ココさんが危惧された通り、竜牙兵の観光地襲撃及び人々の殺戮が予知されました」
「ここは、もしかして、花筏の……?」
 資料の写真と名に瞳を見開いたココが問えば、潤は頷いて返す。
 皆が視線を落とす紙には“花筏の名所”の文字。河川敷沿いに花水木が並ぶこの時期人気のエリアだと綴られていた。
「そちらに記載の通り人の多い場所ですが、事前の避難勧告は出来ません」
 すれば予知はずれ、全く違う場所で凶行が行われ阻止出来ず被害が拡大してしまう。
「皆さんが現場に到着次第、戦闘に集中を。避難誘導は警察へ任されば問題ないでしょう」
 では、と資料が捲られる。
 記載の竜牙兵は全5体と多い。特筆すべきは全て簒奪者の鎌を装備していること。
「竜牙兵は5体。全て簒奪者の鎌を装備し、内3体がクラッシャー、2体がスナイパーです」
 非常に攻撃的な布陣。
 回復の持ち合わせは無いと述べながら、注意すべきはドレインですと潤は告げる。
「攻撃の手を緩めることなく傷を癒す算段なのでしょう。厄介かと思われます」
 周囲は土手と河川敷で障害物は無いに等しい。
 高低差も気にするほどではなく、川は広く浅いとも付け加えられて。
 最後に、竜牙兵に撤退の意思は無いことが告げられれば全ての説明が終わる。
「これは決して許されるものではありません。どうか撃破を、お願い致します」
 お願いしますと潤が顔を上げた時、同じく資料から顔を上げたココが微笑んでいた。
 優しい琥珀色の瞳を瞬かせ、そっと撫でたのは相棒の背。
「優しい時間は、邪魔させない、よ。ね、バレ」
 ウォンと唸ったエンジンが、二人の想いを滲ませた。


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
落内・眠堂(指括り・e01178)
アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
ココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)

■リプレイ

●この手を
 咄嗟に赤子を抱きしめた夫婦の手は震えていた。
 強く目を瞑る二人に、ソプラノが囁く。
「大丈夫、ですよ」
 微笑むココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)の声に二人が恐る恐る目を開けた時、見えたのはライドキャリバーのバレが零す温かい輝き。
 柔らかく微笑えんでいたココの琥珀が、竜牙兵に向き直れば冴えた色へ。
「バレ!」
『ガッ……!』
 アクセルを全開にしたバレの躊躇いの無い突進が骨を焼き轢く。
 ココは思う。恐ろしいことは様々あって、上げれば山ほどキリがない。
 しかし今何よりも怖いのは、背に庇う二人と、二人が命を賭して守ろうとした小さな命が傷つくこと。
「一撃たりとも漏らしは、しません」
『オノレ、ケルベロス!!』
 竜牙兵の悍ましい声にぴくりとココの耳が震える。
 しかし冷静に伸ばしたチェーンで描く守護法陣の上、紺の麻地に風孕ませた藍染・夜(蒼風聲・e20064)が前へ。
「爽風に花の景観――そして月の軌跡の雅なるかな、なんてね?」
 素敵だろう、と弧を描く鋼の月を描くのは似た名を持つ一刀 葬月。
 バレの炎に焼かれ未だ燃える竜牙兵へ、穏やかな声と裏腹の仄青い銀眼は冷えた色。
 刃閃いた通り鮮やかに斬り落とされた肋骨が川岸の石を打つ。
『オグッ、ガガガ……!』
『殺セ!逃ガスナ!』
「こんなにのどかで気持ちのいい日なのに、随分と物騒なひとたちのお出ましね?」
 小さな溜息をついた繰空・千歳(すずあめ・e00639)。
 白い掌の上、飴の様に変化するオウガメタルが具現したのは黒き太陽。
「心配しなくっても、あなたたちの相手もちゃあんとしてあげるわよ。ね、鈴」
 川面撫でる風が朝焼けのような千歳の髪を梳く。
 絶望の黒光が照らしたのは、逃げる人々を狙おうとした二体の竜牙兵。
 色濃く影濃く足を取る光にもがく竜牙兵へ見向きもせず、呼ばれたミミックの鈴がぴょんと近付いたのは満身創痍の一体。芳醇な色のエクストプラズムが織ったのは大斧。
 小さな足で大きな跳躍。言葉はなくとも容赦なく、竜牙兵を兜割りに処した。
 電光石火。
 容赦の無い連撃。
 瞬く間に潰えた一体。
『オ、オォォォォオオオオオ!!!』
『囲メッ!斬リ捨テロォォ!!』
 威圧するような竜牙兵の咆哮。春の川に似合わぬ恐ろしい言葉の羅列。
 全て一蹴するように、アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)の三対の夜が羽搏く。
「私達はケルベロス。ここは任せて。すぐ安全にするから」
 歌うようなアウィスの声は何にも遮られない。
 逃げ惑う人の背を優しく押して、春の水のような瞳が竜牙兵を見据える。
 風に棚引く銀の髪は水面の輝きより艶やかに。細い指先を弦へ。
「―――微睡みの中で、そっと手を伸ばして―……」
 澄んだ声に乗る“前に進む者の歌”が竜牙兵の信念を揺るがした。
 続く様に深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)が駆け出そうとした時、視界の端に見えたのは避難しようと四苦八苦する老夫婦の姿。
「いいからっ、俺はいいから。お前だけは先に行けっ」
「やめてくださいお父さん……!ほら、一緒に――」
 腰が抜けたか上手く立ち上がれない夫の腕を、妻が一生懸命に引くが上手くいかず。
 必死な妻へ逃げろと言う夫の背を、駆け寄ったルティエがしっかりと支えてやる。
「大丈夫です、心配無いですよ」
 腰を支えて立たせてやれば、夫の方は予想よりしっかりと立ち上がって。
 揃って驚いた顔をした夫婦の背を、気持ちを伝える様にそっと叩く。
「私達ケルベロスがいますから……さあ、お二人はあちらの安全な場所へ」
 “ありがとう!”再び竜牙兵へ向かって駆け出すルティエの背に夫婦の声。
 あの二人はきっと大丈夫。返事は出来なかったけれど、深く深く息を吸い込んで。
「皆さんの日常を、奪わせはしない!」
 吐き出す勢いを拳に乗せ、打つ。
 グラビティチェイン絡む銀狼の拳が竜牙兵の背骨を砕いた。
『ア゛ッッグ、グ、ケルベロス!!!』
 抵抗するように虚の力纏わせた鎌がルティエを襲う。
 しかしルティエは一人ではない。ルティエの相棒、ボクスドラゴンの紅蓮が即座に属性をインストール。
 温かくやわらかな炎が綺麗に傷を塞いでいく。
「ありがとう、紅蓮」
「がうっ」
 花運ぶ風の音を聞くカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)の耳が震える。
 起こった戦火の中でも変わらず美しい花水木を横目に、深呼吸。
「人々の命も花水木の美しさも奪うなど、許されていい筈がありませんね」
 竜牙兵を見る静かな声は冷えていた。だが思考は冷静に、最後衛で見るのは皆の背。
 忙しなく視線を動かし、随時的確に状況を把握して。
 紅蓮がルティエの傷を癒したならばと、ゾディアックソードの先で描くのはうさぎ座。
 前衛陣の足下で星の様に瞬いた仔ウサギがぴょんと跳ね施すのは異常への耐性。
「キミも、頼んだよ」
 とカロンが一瞥した右隣。大きな口を開いたフォーマルハウトが地を蹴る。
 小さな足とは思えぬ早さでテンポよく迫ったのは、背骨拉げさせた一体。
『ッ、コシャクナ!』
 有無を言わさず容赦無く。
 フォーマルハウトの大口が下がろうとした足を噛み砕いて。
『ウアアアア!!!』
「失礼、タップダンスはお好きですか?」
 苛烈な中で恐ろしいほど上品な声。
 春陽に白銀躍らせたシィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)が軽やかに一歩。
 距離は遠いと竜牙兵が悠長に構え直そうとした、その時。
 一瞬。
 竜牙兵が目を開けた時既に、その身を剣抜が蹴散らしていた。
 ぽかりと空いた眼孔が見たのは凛然と微笑むシィラの姿。
「貴方方に触れさせるものなど、何もありません」
『ナッ、ニィ……!?』
「そうだな。花も人の営む風景も、お前らには侵させねえよ」
 シィラの言葉に頷いたのは、冷静な落内・眠堂(指括り・e01178)の声。
 淡々と、まるで何か一節を読み上げる様に呟く。
「舞え」
 武骨な掌から飛び立つ黒にも見える深色の夢見鳥。
 ふわふわりと舞い飛んで、前衛陣へ祝福と鼓舞。そうして最期に贈る蝶の盾ひらり。
『フ、フザケルナ!』
『オノレオノレッ、殺シテヤル!』
 叫ぶ竜牙兵が威嚇するように吼えた。
 川岸の石を踏み荒らし、隙を突いて振り上げた二振りの鎌を勢いよく投げる。
 狙いは、夜とルティエ。
『死ネェェェェェ!!!』
「あぶ、ない!」
 虚纏う刃が身を挺したココとバレを深く裂き、その命を啜る。
 ぶわりと立つ血臭と飛び散る破片。
「ココさん!バレさん!」
 飛び散る赤にカロンが声を上げて。
 眠堂が贈った蝶の盾が鎌の勢いを削ぐも、虚ろの力纏う刃の威力は変わらず。
 身を裂く痛みにココは歯を食いしばる。
 それでも落ち着こうと深く息を吐いて前を見た。
 バレは大丈夫。なら、まだいける。

●この足で
『グアハハハハ!!』
『ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ!』
 けたけたがたがた、髑髏を鳴らして竜牙兵が笑う。
『狙エ、狙エ!行クゾ!』
 グラビティチェインを引き摺って無理矢理走り出した竜牙兵に、アウィスは息を吸う。
 バイオレンスギター爪弾く指が選んだのは片翼のアルカディア。
 目で追わずとも幾度も引いた指は迷わない。
 詩を紡ぐ声は常と変わらずクリアに、乗せる想いは真っ直ぐに一つ。
 “絶対守るから”。
「さあ、舞い上がれ 片翼のアルカディア――!」
 見据えた竜牙兵達を圧倒するアウィスの歌声に背を押されたのはルティエ。
 たった一人のボーカルなれども、奏者は一人ではない。
「いくよ、紅蓮!」
「がううぁっ!」
 ルティエのステップが岸辺の石を打ち鳴らす。
 並走して飛んだ紅蓮の羽音が賑やかに先陣を切り。
「がうぁ!」
『死ネェェェイ!』
「いいや、死ぬのはお前達だ!」
 紅蓮がブレスで竜牙兵を穿つと同時に離脱。
 横薙ぎの刃を軽やかに躱し足場にしたルティエは舞う。
 纏う気配は遺伝子に眠る狼のそれ。引き抜いたのは深緋のナイフ。
「我牙、我刃となりて、悪しきモノを縛り、その罪を裁け――……!」
 紅月牙狼 雷梅香。
 春踏み躙るものを裁くは春の化身が如き春雷の大狼。
 柄の月より鮮烈な一閃が、梅の香の余韻残して竜牙兵一体を断ち切った。
『行ケェ!』
『殺セェ!』
 迫る死の恐怖。
 それに押し出されるように竜牙兵は鎌を振り回す。
 夜の前、腕を盾にしたのは千歳。散る火花に口角を上げ、艶やかに笑う。
「あらあら、このぐらいじゃあ痛くもかゆくも無いわよ?」
『生意気ナ!』
 しかし傷を生めど、命を啜れど、返す番犬の爪牙は確実に竜牙兵を追い詰める。
 代わる代わる身を挺す盾役。惜しみない癒しをもたらすカロンと紅蓮。
 更に後方から狙い撃つ一撃と夜とルティエの一撃一撃は重く身に響く。
「夜、シィラ、千歳」
 ふと眠堂の静かな声と、黒い瞳の細やかな目配せ。
 微笑み返す3人の顔は見ずとも分かる。既に足取りは揃っているのだから。
 まず狙うのは足元ふらつかせた一体。
「さて、と」
 ふうっと眠堂の吐息が符に吹き込むいのち。
 慣れた手が飛ばした符に浮かぶ蜘蛛に似た紋様。血が廻るように赤彩が流れ出て――。
「……己が欲望の為に、ひとの日常を踏み荒らすなんて許せねえ」
 一声。
 顕現した眠堂の御業が、身が軋むほど竜牙兵を握り締めた。
『ガ、グガガガガ!!』
 もがく竜牙兵に夜がそっと狙いを定める。
 視線鋭く、一足飛びに距離詰める様は鷹の狩りに似て。
「白鷹天惺、厳駆け散華」
 抜刀は一瞬。
 次の時には、鮮烈な幾重もの斬撃がその骨を断っていた。
「月に叢雲、花に風――命の散華もまた美しかりけり」
 ひゅう、と竜牙兵の口腔を空気が抜ける。
 息をしても軋む身に未だ細く燈る命の火。
 それを吹き消す様に、千歳の細い親指が蓋を押し上げたのはオイルライター。
「私ね、火を着けるのも……――消すのも得意なの」
 慣れた手でライターのフリントを引けばそれが引き金。
 一斉に起爆した見えない地雷が、這う這うの体の竜牙兵ごともう一体を爆破する。
 残るは一体。
『ウォオオオオ!!!』
「そんなに焦らないでください。さあ、鉛玉の味は如何?」
 ごり、とシィラの銃口が竜牙兵の後頭部を擦る。
『ア゛』
 乾いた音。
 演算で見出された最も骨薄い後頭部をシィラの破鎧衝が撃ち抜いた。
 次いで踏み出そうとしたココの肩にそっと手を重ねたのはカロン。
 小さな手が切り裂かれた腕を取り、熱を分け与える様に紡ぐ口伝の魔法。
「どうか今だけは、私の話を聞いて頂けますか」
 遠く、風に乗ったような鐘の音が二人の耳を震わせる。
 カロンの魔法は瞬く間にココの傷を塞ぎ、身を蝕む負荷を全て解いた。
 柔い毛に包まれた頬で微笑み、気を付けてと送り出すのが癒し手たるカロンの仕事。
 ならば盾役の――否、ケルベロスの仕事とは。
「ありがとう、ございます。――バレ!」
 もう命少ない竜牙兵が一体ならば、やるべきは一つ。
 ココの意に従うバレがエンジン唸らせ、砕く様に竜牙兵を引き潰す。
 密かに背に乗っていたフォーマルハウトはバレが竜牙兵に当たる直前飛び降りて。
 練り上げるのはエクストプラズム。生み出したるは星の斧。
 躊躇いなく振り下ろし、半ば竜牙兵の片腕を圧し折った。
『ア゛ア゛アアア!!!!オノレェッ!オノレェェェ!!』
 半ば潰えた身を引き摺り、竜牙兵が鎌を振り上げる。
 それはココの携えたドラゴニックハンマーが砲撃形態になるのと同時。
 だが幸運はココに微笑んだ。
「人々にも美しい景色、にも、血の色は、似合いませんから……さようなら」
 もがいた竜牙の兵は、奇しくも竜の咆哮の中に掻き消えた。

●一緒に
 ざぁっと風が流れ、花水木の枝葉がうたう。
 塵も残さず消えた竜牙兵。残ったのは、傷付いた河原と土手だけ。
 それも丁寧なヒールが行き渡れば瞬く間に修復完了。
「ん、これで良し!」
 完了すればぐうっとルティエが体を伸ばし、相棒と共に歩く散歩道。
 暫し進んで出会ったのは、あの時助けた老夫婦。手を振る二人に、紅蓮がご機嫌に飛び出していく。
「がうあ!」
「あっ、紅蓮」
 まぁ可愛らしい。元気だなぁ。と聞こえれば、ルティエも叱れる訳は無く。
 あの時はありがとうと微笑む老夫婦と花水木の下、ゆっくりするのも悪くない。
 何となし別れて一人。
 少し辺りを見回した千歳はこっそり靴を脱ぎ、爪先を川へ。
 ゆっくり水に通せば、ひやりと心地良い。
「ちょっとぐらい、遊んだっていいわよね……」
 春の小川で先取りの贅沢を。
 流れてきた花弁一枚を手に気分よく水を蹴ったところで、繰空さん!と声。
「あら」
「繰空さんも水遊びですか?ここは気持ちが良いですよね」
 ローブの裾を器用に上げて結んだカロンが笑う。
 川で跳ね遊んでいたフォーマルハウトは、今や鈴とじゃれ合っていた。
「いい天気ですね」
 何気ないカロンの一言は日常。
 明日も晴れが良いわね、と微笑みあう今日朗らかに。
 ひらり、シィラの手に着陸したのは花水木の桃色は鮮やかで。
「あー、あ、う!」
「こ、こらゆず!」
 あー、うー、と喃語を離す幼子と夫婦は先程助けた家族。
 風に揺れたシィラの裾を幼子が握った偶然から、一時を共にしていた。
「いえ、大丈夫ですよ」
 今もシィラのドレスに触れては、きゃあきゃあと笑う幼い笑顔。
 不思議な偶然。でも朧気な自意識の中、温かく息衝く何かがシィラの心を救いあげる。
 煌めく川面は美しく、競うように流れる花筏は愛らしくて。
 何となしに夜が足進めた先、ぽかりと開いた花水木の林。
 一際花を付けているのは此処で一番の老木と見て取れた。
 そっと触れた後、惹かれるように夜は静々と詠う。
「樹よ。森羅万象に宿る御魂よ。命が継がれ永続していく未来を、汝末永く見守り給え」
 枝揺らす風が、木々に祝詞を届けゆく。
 ぶらり、当てもなく眠堂は歩む。
 頬を擽る風は心地良く、差す日は燦々と鮮やか。
 花水木の木陰は存外涼しいもので、未だ夏は遠いのだと知る。
 川で遊ぶ子や楽し気な友と仲間の姿が、改めて今日を守れたのだと実感させて。
「今日くらい休むのも、悪くないか」
 休息もまた仕事の内。
 くるりと手で泳がせた花弁は、太陽に似た眩い白。
 気儘に足の向くまま歩み、ぶつかったのはきっと偶然。
 アウィスとココとバレ、二人と一機で歩む川岸は穏やかなもの。
 透明な澄んだ水ながらもどこか鮮やかな川面の上を流れる花弁はちぎり絵のよう。
 ココがバレのシートを撫でれば、ウォンと返った返事に頬が緩む。
 アウィスもまた、爽やかに流れる風と淡い日差しに気分よく鼻歌を紡ぐ。
 と、本当に何気ない事だった。二人が見つめた先、ひらりと落ちた一輪の花水木が流れたのだ。
「きれい、だね」
「きれい、ですね」
 言葉が重なれば、互いにきょとんと顔見合わせて。
 ふっと笑い出したのも同時。

 ひらりふわりと花筏。
 折角なら私たちも、と二人の声が重なるまでもう少し。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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