カーマイン・レッド

作者:ふじもりみきや

 指を伸ばす。長い影が落ちる。黄昏は平等に世界を色で染め遠く遠くに影を落としていく。
 その時刻、夜とも昼とも付かぬ不思議な世界。都会というほどではないがそれなりに人の多い駅前。学校帰りの子供たち。仕事中、あるいは仕事帰りの大人たち。
 昼と夜の間の雑多なその世界は、本来なら昼から夜へと切り替わる一瞬の蜃気楼のようなものであったが、
 今日だけは夜ではなく。別の色へと変わっていこうとしていた。
 壁にたたきつけられて最早男とも女とも判別付かぬ死体があった。
 逃げようとして背後から首を落とされた女子高校生の死体があった。
 この子だけはと命乞いした母親の目の前で、頭を握り潰されて死んだ子供の死体があった。
 そして、二つに裂かれた母親の死体があった。
 黄昏は平等に影を落とす。したいにも、逃げる人々にも、それを追うエインヘリアルの背中にも。
 しかしこの日世界を染めるのは緩やかな橙色ではなく、
 あふれんばかりの赤の色であった。


「急ぎの用事だ。準備は良いか」
 浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)が簡潔にそう言った。いつもよりも冷徹な、感情の伺えぬ声音は彼女をよく知るものでなくとも、その事案が厳しいものであると知れただろう。
 萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)もまたそれを感じ取り、かすかに目を伏せる。一呼吸の後、
「……大丈夫です」
 その一言で。様々な覚悟を決めて先を促した。月子は頷く。
「では、はじめるぞ。……エインヘリアルによる人々の惨殺事件が予知された。このエインヘリアルは過去、アスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者……つまり仲間内からも、手がおえないと判断された輩だ。……そんな輩が、とある駅前に現れた」
 駅前。と雪継がいい、月子は頷く。
「放置すれば数々の犠牲者が出る。そして人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせると予想されている。……急いでくれ。時間はあまりないぞ」
「…………、解りました。駅前ということは、人は多い、ということですね?」
「ああ。時間が悪いな。それなりに人はいる。そして出現するエインヘリアルは一体だが、武器も所持しており、油断のならない相手だ」
「では……」
 月子が写真を差し出した。雪継はそれを白い手袋を嵌めた手で受け取る。別の日の同時刻頃に撮られた現場の写真だろう。お店と会社のビルが立ち並び、下校時間の高校生たちが行き交ういかにも平和な黄昏時の写真であった。
「敵の戦闘能力にもよりますが、完璧に介護をしての避難誘導は難しい……かな」
「そうだろうな。敵を前に一般人の救助をどれだけ優先するか。その他戦場での取捨選択は諸君らに一任する」
「取捨選択と来ましたか」
「そうだな。わたしは、ただ……」
 月子は言いかけてやめる。それから口の端をわずかにあげて不敵な笑みを浮かべた。
「無論、すべてを救おうと努力するのも良いだろう。その辺のさじ加減は諸君らに任せるよ、といっているんだ。ともあれ敵は使い捨て。死にそうになっても逃げはしないので、その辺も留意して作戦に望んでいただきたい」
 なあに、信じているさと。そんな一見すると気楽な口調で月子は言う。
「ただ、相手は凶悪な殺戮者だ。諸君らがどのように戦うのかはさておき、これを放置はしておけない。必ず倒してくれ」
「……」
 雪継は即答を避ける。敵が強力であること、想定される現場での困難を計算しているようであった。しかしそれも少しの間。
「承りました。がんばりましょう。どうか、よろしくお願いします」
 そういって、小さく頭を下げた。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
朔望・月(桜月・e03199)
森光・緋織(薄明の星・e05336)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
アトリ・セトリ(スカーファーント・e21602)
巽・清士朗(町長・e22683)

■リプレイ


 足元に転がっているのはハンバーガーショップの椅子だろうか。それとも、隣の眼鏡屋のものだろうか。
 立ち上る煙と埃のにおい。それはやがてもっと生臭い色に変わるだろう。
 遠くで悲鳴が聞こえてきていた。
 ……ああ。
 ここでも、悲鳴が聞こえるのならばまだよかったのにと。巽・清士朗(町長・e22683)は口にはせずにその瓦礫を踏みしめて周囲を見回した。
「目は合った。確かに気付いてはいた。そしてその上でこれを選んだ……」
 独り言は真実を確かめるようであった。今回の敵の性質上、敵の頭上までヘリオンを移動させることには撃墜される危険があり、苦渋の選択ではあったが少し離れたところから降下せざるを得なかった。そしてケルベロスたちの降下に気付いて最初にはなった敵の一撃は、無辜の民を奪う一撃だった。
 徐々に煙が晴れていく。瓦礫の向こうに人影が見える。
「……最初からそれが、目的だったから。……面倒なやつですね」
 そしてきっと最後まで。その先を受け取るように、エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)が呟く。鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)が同じ答えに至り、瓦礫の中へと突っ込んだ。
「くそっ、そんな風に……。そんな風に、日常を容易く壊せるなんて思わないことだなっ!」
 目的は虐殺だ。一般人に恐怖と憎悪を抱かせることだ。己の生存を考えなければ、ケルベロスの対処は最優先事項ではない。
 だからその銃口はケルベロスを狙わない。その場から逃げようとした女子高校生の背中に向かってそれは武器を構え……、
「……っ、ユキ!」
 その一撃が以下に重いか。一瞬で鷹野・慶(蝙蝠・e08354)は理解した。ケルベロスが来てなお助からないのだと刻み付けるべき一撃だ。……だから。名を呼んだのは自分のサーヴァント。ウイングキャットのユキだった。
 了解したと白い体が少女との間に滑り込む。銃声がひとつ。その一撃でしなやかな体は跡形もなく吹き飛んだ。
 慶は唇を噛む。わかっていて頼んだのだからそれ以上は何も言わない。
 それに一度視線をやって、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)は駆ける。猶予はない。
「大丈夫だ。私たちが必ず守る……!」
 だから任せろと敵に背を向ける彼女に、
「ええ。押し通せるものならやってみなよ。そう易々と許すつもりはないけどね……!」
 応えるようにアトリ・セトリ(スカーファーント・e21602)が全身の装甲から光輝くオウガ粒子を放出する。
「ひとまずここは任せて! 街の人は頼んだよ!」
「はいっ、微力ですけど、一般人の犠牲を少しでも無くすため全力を尽くします!」
 朔望・月(桜月・e03199)が真剣な顔で駆け出すと、森光・緋織(薄明の星・e05336)がひら、と軽く手を振った。
「だいじょーぶダイジョウブ。強敵相手だからこそ、出来る限り冷静に。一人でも多く、可能なら全員を助けられるよう頑張ろう。その為になるなら、オレの命くらい幾らでも懸けるよ。ね?」
「命は、かけんでください」
「ええ」
「え?」
 あくまで明るく肩を竦める緋織に、真剣に振り返る月。その二人に萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)は軽く溜息をついた。
「健康第一でお願いします」
「いや、それは……」
 走りながら、無理だと言いかけるアンゼリカ。その背後に銃声が響く。アンゼリカを狙ったのではない。彼女の向かう先の子供に狙いは定まっていた。ヒノトがとっさに駆け込む。
「……っ、大丈夫だ、みんなの健康は俺たちに任せろ! だから……頼んだぜ!」
 肩と腹に灼けるような痛みを感じながら、ヒノトは赤水晶を戴くロッドを構えた。
「お前も。頼むぞ、アカ!」
「……わかりました! すぐに……、すぐに戻ります!」
 月の返答と、仲間たちの足音が遠ざかっていく。それに気付いて、瓦礫の陰から影が飛び出した。


 影が駆ける。目標はわからないが目的はわかりきっている。目指すは後方。はなから自分たちは相手にしていない。なら。アトリは古錆びた銀のリボルバーを構える。
「させない。この身を呈して一人でも多く救えるなら、倒れるまで何度でも立ち塞がってみせるよっ」
「加速。硬化。強化。……心根は立派だが……」
 男の足が動いた。立ち塞がるアトリを回り込むように見えた一瞬の動き。逃がさないと、アトリは体を動かそうとして、
「……心臓を引き抜いたつもりが外したか。俺もまだまだ腕が足りない」
 凶器と化した腕がアトリの腹を左脇腹貫通していた。
「……っ、ぁ……」
 痛みで視界が赤く染まる。それでも食いしばるように耐えるアトリに、
「この、離せ……っ!」
 ヒノトが走った。虹を纏うその見事な脚技を、しかし敵は素手で鷲掴みにする。そのまま流れを利用するようにぐるりと振り回して、そして壁へと叩きつけた。
「……!」
「やること為すこと無茶苦茶か。所詮は使い捨ての駒だな!」
 慶が敵を不格好にデフォルメ化させた化け物を描き出し、敵へと攻撃させる。どこか楽しげで子供っぽく。余裕のありそうな口ぶりを作り出しながら、内心では次は仲間の命中を支援することが得策だろうかと即座に次の行動の計算に入っている。
「俺としちゃ蹴りかまして煽るほうが楽しそうだけど……さっ」
「だが、攻撃が向けば一撃で落ちる可能性がある」
「……ぅぇ。面倒くせえな。さっさと蹴散らして終わらせるぞ」
 清士郎が動く。故に、と続ける。敵はアトリの腹から手を引き抜き。血まみれの腕で再び歩き出そうとしている。目的は変わらない、ならば……、
「そこなデカブツ! 貴様の相手はこちらだ!!」
 虹を纏った蹴りを繰り出す。今度こそ蹴りは敵の腕のあたりにぶち当たった。とはいえどこまでこの巨体に怒りを与えられるか。そしてどれだけ自分たちが耐えられるかは不明である。……だが、
「……さあ我慢比べと行こうか」
 やるしかない。惨劇の未来を現実にしないためにも。……もう随分と、初手から予定が狂ってしまったけれど。それでも、前へと進むしかない。
「任せていい、メディックの誇りにかけて、一人とて倒させないわ」
 エルスが呟くように言って、地面に守護星座を描き出す。アトリのウイングキャット、キヌサヤもどこか決意に満ちたような顔で翼を羽ばたかせた。


「大丈夫ですか? 立って……。いいえ、背負います」
「ああ、怪我人は任せてくれ!」
 月が優しく、アンゼリカが凛々しく声を上げる。駅前、逃げ惑う人々への避難は手慣れたものであった。
「あっちは道が塞がっています。こっちです。慌てずに冷静に避難してください」
 雪継が指をさす。時折銃弾や剣のようなものが飛んでくるけれど、それが人々に当たることだけは今のところ避けられている。それに少しだけ、雪継は不安を感じる。何かが違う気がして。振り返ると同じ事を感じていたのか。緋織が小さく頷いて口を開きかけた。……その時、
 泣き声がした。5歳ぐらいの女の子がどうしていいのか解らなくて立ち竦んでいた。
「大丈夫かな、怪我はない……ね?」
 緋織が声をかけると、少女は顔を上げる。
 だから、恐ろしいのは……、
「パパを……パパを助けて」
「パパ?」
「あっち。お前だけでも、行きなさいって」
「……!」
 二人の顔色が変わる。それに気づいて月とアンゼリカも振り返った。
 少女が歩いてきた方向からは、人の声も、気配もしなかった。逃げてくる人も彼女だけ。敵もまた此方を執拗に狙ってきていた。……だから、
「くそ、あっちか……っ!」
 その角を右か左か。そして敵は右を選んで此方を攻撃してたわけじゃない。
 左は、もう既に最初の爆発で処理済みだったのだ。
 そこは写真によるとコンビニだったはずだ。けれどその面影は、もうどこにもなかった。
「あ……」
 月は勢いこんで何か踏みかけた。それが中年男性の死体だと気づくのに数秒かかった。
「うそ……」
 言いかけて、思わず喉をついて出たのはあの人の名前。命を救ってくれた大切な人の名前を飲み込んで、月は一呼吸置き。
(「あたしは、あなたみたいになりたい」)
 一歩踏み出した。
「ああ。覚えていないはずなのに……笑ってしまうぐらい懐かしい感情だ」
 声もない。音もない。地の匂いすらくすぶる炎のにおいで消されてしまっている。わずかに皮肉げに雪継は口の端を歪めて呟き、がれきの中に足を踏み入れた。
「ねえ、誰か! 誰かいないのかな!?」
 緋織が声を上げる。命に代えても守りたかったものの残骸が転がっている。その中で何かにすがるように。
「君……!」
 アンゼリカが見つけて声を上げた。瓦礫の影に女性がしゃがみこんでいた。女性の腹からは真っ赤な血が流れているが……生きているなら、助けることができるはずだ。
 けれど女性は顔を上げる。血塗れの手は誰かの手を握っていて、その人間は……、
「お願い、殺して」
 瓦礫の下でぺしゃんこになっていた。
「……!」
 誰もが息を呑む。それとともに衝撃音が周囲を揺るがした。思わず振り返る四人。しかし瓦礫を突き破って、壁に叩きつけられて転がったのはヒノトとアトリの体だった。
「二人とも、大丈夫!?」
「くそ、負けない……まだ、負けてない! 諦めない!」
「ヒノト……」
 立ち上がるヒノトの体は傷だらけで、もはやきちんと目が見えこの惨状を認識できているかどうか。起き上がり、駆け出していく。それに比べてアトリは幾分冷静だった。けど、
「ごめん、もう起き上がれないみたい。避難はどう?終わりそう?」
「それは……」
 その表情と、周囲の状況で。アトリはすべてを察した。なのに手に、足に、もう力が入らない。
「悔しいな。悔しいね……。……でも。まだ、救うべき命があるのなら……ね?」
 悔しい。人が苦しむことも、自分が立ち上がれないことも、仲間の苦しそうな顔も、全部。けれどももう、託すしかない。最後までは言葉にならず、アトリの意識は途絶えた。
「……たとえ恨まれることになっても彼女を助けましょう。俺は、そうしたいです」
 雪継が言って、緋織も小さく頷いた。
「そうだな。もしかしたらまだ、声は出せなくとも生きている人がいるかもしれないよね。探そう」
 そうであってほしいと、心の中で祈る。生きていてほしい。ただそれだけを切なく緋織は思い、月も同じような顔で頷いた。
「では、彼女は僕が連れていきますよ」
「ああ。………………急ごう」
 アンゼリカも頷く。血まみれの女性が握っていた手を無理やり解く。嫌だ嫌だと泣き叫ぶ彼女に、アンゼリカは唇を噛んだ。
「守るべき人と、……愛する女が、いる。私も、もし……。いや、それでも……」
 助けたい。助けたいんだ。けれどもそれを、自分なら迷惑と思うだろうか。
「その気持ちはきっと、間違いじゃない……!」


 敵が動く。ナイフを握った手は丁度アトリの意識が途絶えたと同時に、キヌサヤを解体した。そして同時に後方にいたエルスと慶も切り裂いていく。
「この……。やって、くれますね……っ」
「大丈夫か、エルス」
「はい、勿論。でも……!」
 言いかけて、エルスはぐっと堪えて守護星座を描き出す。声をかけた清士朗のほうがもはや満身創痍であった。もう何度、倒れかけては立ち上がっただろう。戻ってきたヒノトも既にぼろぼろで、慶はぐっと何かを押しとどめるような顔でフェアリーブーツの上からオウガメタルを纏わせ地を蹴った。
(「5人じゃこれが限界だぜ。もし全滅なんてしたら」)
 嫌な考えを慶は首を振って振り払う。一般人は大事だ。けれどもここで敵を倒せず、自分たちが全滅すれば結局は人は死ぬ。
 判断を誤っただろうか。思いは慶の頭を駆け巡った。
「……っ、まだまだ、支えられます。支えてみせる!」
 エルスが禁断の断章を紐解き詠唱を始める。大切な人が無理をするのが心配で、でもやめてくれとも言えなくて。冷静な動きの中に若干の苦味を混じらせて彼女も戦っている。
「嫌だ……。あんなのはごめんだ。絶対に嫌だ!」
「ああ。まだまだ折れんぞ、行かせはせんっ!」
 ヒノトは緊急手術で負傷を回復させ、清士朗は喰らった魂を己に憑依させ耐え続けていた。
 慶もその背中を見ている。仲間への心配や、町の被害や、作戦のことや。そんな気持ちがない交ぜになってしんどくて。それでもそれを感じさせぬ強さで声を上げる。
 手刀が走る。掠れた目でかろうじて清士朗はそれを捉えた。
「まったく……。いつになく熱くなってしまったな」
 もう何度目か解らない。心臓を貫く痛みを堪え、かろうじて立ち上がる。
「だが……目的は果たした。まだ、負けはしない」
「あぁ……」
 エルスが回復を行おうとして……そして唇を噛んだ。これ以上の回復は無意味だ。それに気付いて清士朗はかすかに肩越しに振り返る。
「大丈夫だ。ああ、大丈夫さ」
 そしてエルスの向こう側に、避難完了して走ってくる仲間の姿を見た。
 視線に気付いて、慶もわずかに振り返る。
 その顔を見た。皆明るい顔をしていなかった。
「……本当柄じゃない。面倒くせえな」
 毒づいて、慶は疲れて重くなっている足を動かす。聞いてあげる事がよい事なのか、悪いことなのか、慶にはさっぱり解らない。でも、
「さあ旦那、仲間が来たぜ! もうボロボロだろ、休んでな!」
 それでもこの鈍色に包まれた足は動いている。蹴技を繰り出すと敵もよろめく。相手だって傷は深い。血まみれの敵は本来の目的がこれ以上達成できないと知りながら、まるで修行僧のように闘いを続けていた。
 無理に気を張ったような軽口に、清士朗は笑む。
「いやなに、まだまだ、若い者には負けんよ」
 軽い冗談のように愛刀を杖代わりに身を起こす。起こそうとして武器を持つ手が滑った。どうやらついにガタが来たらしい。
 倒れ伏す。意識が沈む直前、辛うじて、
「どうやら策は成ったか? ……さあ、大詰めだ。あぁでもその前に」
 あの、泣きそうな顔で走ってくる仲間たちに声をかけなければ。それもまた大切な彼の仕事のはずだ。頑張ったなと、お疲れさまと、声を……、
「だ、大丈夫ですか!? 支援します。桜よ、さくら。この願いが、祈りが届くなら。大いなる理不尽に抗う力を、守る力を……!」
 月がうたをうたいだし、それをおいて守りと成す。状況はすぐに知れた。そして次にするべきことを月は見据える。
「……すまない、遅くなった」
 アンゼリカも小さく言って、敵へと突っ込んでいく。ほんの少しだけ、先ほど助けた女性のことを思い出して首を振る。今はそれどころではない。
「うん、終わったよ。……全部」
 緋織が、なんといえば良いのか。感情を殺すような声音で告げて戦場へと戻る。
 敵は刃を持つ手を振る。まっすぐに新たに現れた仲間たちへと向かう。血まみれの手を後方の仲間たちに伸ばした、時、
「……っ、馬鹿じゃん、お前も……」
「……すみません。なんだかこれ以上誰も傷つけたくなくて。俺の我侭を、押し通したくなってしまったんです」
 双方強がりはうまく隠せただろうか。慶のかわりに雪継の首筋を、刃は切り裂いていた。もう片方の手を敵は挙げる。なおも伸ばそうとしたところを、
「アカ、ごめん」
 小さく、ヒノトが詫びる。刃のごとく変化した手は、確実にヒノトの胸を抉り取った。ヒノトは武器を捨て、両手でその手を掴む。
「俺は弱くて、半人前で、まだまだ、ぜんぜん、力も足りないし息が上がるのも早いけれど……。それでも大切なこの世界と人を守るんだ」
 今はまだ両親のようにはなれなくとも。意識が落ちる瞬間まで。いいや落ちても、敵が倒れるまでこの手は絶対に離さない。
 両手を封じられた敵に緋織は目を開く。左目が紅く光る。魔力を籠められた夢現の瞳だった。
「……動かないで」
 なりふりは構っていられない。仲間たちが倒れていく様はまたつらくて、苦しくて。瞳の魔力で敵の動きを阻害する。
「こっちは大丈夫。だから、やってしまってください」
 エルスが新たに守護星座を描き出しながら声を上げた。敵は弱ってきている。後数撃で落ちるだろう。多少傷が増えてもそれが最善だ。
「……冷静ですね。こんなときまで」
 自分で言って、自嘲気味にエルスは笑う。けれどもそれが最適解だと知っている。知っているならばいくらでも冷静に作戦を遂行できる。
「そうだな。そろそろあの顔も見飽きた。了解だ。……命ず、眇たるものよ転変し敵手を排せ」
 慶の言葉と共に周囲に散乱していた瓦礫が生物の姿に変わって襲い掛かっていく。
「私にもまだ答えはわからないが……やれることを、するんだ。光剣よ! 今こそ最大に輝け……ッ!」
 トドメだと、アンゼリカが万感の思いで身の丈以上の巨大な光の剣を振り下ろした。剣はまっすぐに敵の体を切り下ろす。光り輝く攻撃を受けて、敵はよろめいた。
 倒れる。今の一撃は絶対だった。けれども辛うじて敵は踏みとどまる。そこに、
「僕も、強くなりたい……。強く、なりたいんです」
 月がドラゴニックハンマーを変形させ、竜砲弾を放った。守るための、そして殺すための一撃であった。それで敵はばさ、と倒れて。もう起き上がることはなかった。

 失ったものは多く、けれども救ったものも多い闘いであった。
 ただ夕焼けが静かに世界を染め上げていて、それはいつもと景色は違うけれど。多少違うものが混ざっているけれど……。まだ、いつもと同じ色をしていた。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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