ミッション破壊作戦～死の海の水際を押し返せ

■リプレイ

●ミッション２４－４「大鳴門橋奪還戦」
　初夏の陽射しを浴びて、ヘリオンが往く。菩薩累乗会以降、青謐のヘリオライダーが久々にアナウンスしたミッション破壊作戦の目的地は、鳴門海峡――死神の一派が吊り橋を占拠したのは、今年に入って早々の事だ。
「鳴門海峡を、冥府の海に、ね。悪趣味もここまでくると、笑えねぇな」
　水無月・鬼人（重力の鬼・e00414）は、帽子の下で荒っぽく吐き捨てる。その視線は、地図から戦線離脱ルートの確認に余念が無い。平時はどちらかと言えば無気力な方だが、やるべき時と事柄は心得ている。
（「十余年……探してきた、待ってきた。唯一つの約束を抱えて」）
　ヘリオンの窓から外を眺める、霧島・奏多（鍛銀屋・e00122）の表情は一見、常と変わらず冷静だ。いっそ気怠げでさえある。
（「いつものかなくんじゃない、よね……」）
　だが、時折、懐の何かを確かめるように抑える彼の仕草に、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ（彩壇メテオール・e03755）は常ならぬ波立ちを感じ取る。
　詳しい話は知らない。今回の目標に、因縁がいるらしい事ぐらいしか判らないけれど。
「かなくん、私も傍にいるのよ」
　必要だったら話してくれると思っているから、問い質す真似は絶対にしない。ただ、頼って、頼らせて欲しい――心配そうな眼差しを伏せて、アリシスフェイルは静かに奏多に寄り添っている。
（「奏多さん、思いを遂げられたらいいなぁ」）
　そんな恋人達の背中を見詰める空野・紀美（ソラノキミ・e35685）の藍の瞳は、キラキラと夢見るような眼差しだ。
　奏多はかっこいいおにいさん、アリシスフェイルは優しいおねえさん。同じ旅団の頼もしい先輩達は、紀美にとって憧れの存在。少しでも２人の力になれるように頑張ろう、と改めて決心している。
「ギャウッ！」
「目を回さないようにね、フレア」
　やがて、眼下に見えてくるのは、鳴門の渦潮――早速、円らな眼をクルクルさせるボクスドラゴンに優しく声を掛けて、夜陣・碧人（影灯篭・e05022）は一転、表情を引き締める。
　時にヘリオン内を飛び回っていた真白の小鳥が、ロッドに変わった。同時に、古めかしいマスケット銃のような拵えのバスターライフルを携え、巡命・癒乃（白皙の癒竜・e33829）は粛々と仕度を整える。白竜の少女は最年少の見た目に違う、いっそ浮世離れした風情だ。
　作戦開始の合図のようにヘリオンのハッチが開けば、吹き込む空気にも潮の香りが入り混じっているよう。
「各自、グラディウスは落とさぬようにな」
　レーグル・ノルベルト（ダーヴィド・e00079）の言葉に否やは無い。
（「容赦はしない……死神達の狙いがなんであろうとも、な」）
　マーコールのそれにも似た竜角を傾げ、見下ろしたレーグルの視界にて泡立つ海面が幾つも渦を巻く。
「これは又、壮観だな。大勝負を賭けるルーレット盤のようだぜ」
　鎖でグラディウスを自らに繋ぎ、鳴門海峡の光景をいっそ楽しげに眺めやる卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）。ゴウと唸る風が、青年の前髪を弄った。

●死の海の水際を押し返せ
「先に行かせて貰うぜ！」
　逸早く、ヘリオンから飛び出したのは鬼人。常の怠惰な風情が一転、活気滾るままにグラディウスを振り被る。
（「ここはよ、海難事故で死んだ命が静かに眠る場所だ……そんな場所に、余所の星の化け物が土足でズケズケ入り込んで、ましてや！　その眠りを妨げてんじゃねぇ！」）
「この地に眠る魂よ！　この不届き者に裁きを与えるぞ！　砕け散れぇ！」
　我流剣術「鬼砕き」――左切り上げ・右薙ぎ・袈裟、特技の型を光撃に重ね、三撃の刃筋を以って魔空回廊のバリアをぶち抜かんと。
「古より海の難所でもあった場所ではあるが、汝が呼びかけで再び目覚めさせてはならぬ。汝が企み、阻止してみせようぞ」
　１度では厳しくとも、必ずや――鬼人と対照的に、レーグルは静かに闘志を燃やす。
「心ならず蒼海に散った魂の収奪者、即ち死の冒涜者よ。生命の営みの循環を徒に歪み、哄笑し、穢す。許されざる冒涜者よ、立ち去れ！」
　苛烈に言い放ち、グラディウスを手に白皙の竜翼を広げる癒乃。
（「嘗て、その暴虐に抗い戦った者がいる……これは１人の人間の抵抗ではない。この地を生きる者、海に生きた者、遍く声なき声の叫びの代弁者として」）
　渦巻く海峡を渡る橋にに降り立ち、暴虐と冒涜に終焉を与えんと。
「行きましょう、フレア！」
「ギャウッ！」
　愛し仔と揃って、思い切りよく飛び降りる碧人。眼下で渦巻く大海原に刹那、伊達眼鏡越しの碧眼を細める。山育ちの彼にとって、海は憧憬の的でもある。
（「海で死ぬという事で念ある霊も多いでしょうけども、このような形で利用されるのは気に食わないでしょうね」）
　碧人はシャドウエルフ。その司に忠実な一族の流れを汲む。暗殺のモットーは「救済ある死」。苦しめずに、周りも苦しませずに。
「死神の行いは救いになりません。死は救いでなければいけないのです――故に、止めさせてもらうッ！」
「ああ、オレもサルベージは、気に入らねぇ」
　泰孝曰く――生きているモノは、命というチップを使って切った張った、その上で他のチップを増減させている。
「命亡くしてゲームセット、退場した連中をもう１度動かしたり、その姿を貰い受けるって行為はブレイクスルー、看過できねーイカサマ行為さ」
　バレバレのサマなんざ認めねぇ――軽妙な口調に違う鋭い眼光で眼下を睨め付け、泰孝はグラディウスをバリアに叩き付ける。
「コイツでゲームセットだ、他人使う舞台からとっとと降りて、テメー自身が命をチップに勝負しな！」
「ホント！　勝手にねー、サルベージとかしないで欲しいな！　そんなことしてほしいなんてみんな、言ってないでしょ！？」
　ふわふわのストロベリーブラウンヘアを靡かせ、紀美は初のミッション破壊に挑む。その言葉は、年頃の少女らしく明快だ。
「それにねぇ、奏多さんはいっつも優しくて頼もしくって。今日はわたしも力になりにきたんだから！」
　素直な好意に、思わず微笑ましげに目尻を和ませるアリシスフェイル。人懐こい快活さは可愛いと思いながら、一転、金色の眼差しに強気を滲ませ、光刃を手に空を翔ける。
　死者を眠らせず、利用するというだけでも、アリシスフェイルは許せない。けれど、それ以上に胸に灯る熱意は――。
「かなくんの向かう先、彼が倒すと定めた敵なら私も全力で倒すわ」
　飛び出す間際、一瞥した彼の色味の薄い容貌は、表情も淡白だった。ヘリオン搭乗以降、沈思黙考を貫く彼は、その実、己を表に出すのが苦手なだけと、アリシスフェイルは知っている。だから、構わず叫ぶ。
「今度は私が、かなくんの助けになるわ！」
「……ああ」
　互いに大切と想う彼女の決意は、勿論、奏多の耳にも届く。アイスブルーの双眸を瞬くのも束の間。徐に、空に身を躍らせる。
（「――十余年。やっと、見付けた」）
　今、焦がれるように思うのは、追い続けた宿敵の影だ。
　させない、いかさない、逃がさない――。
　その企ての全てを棄却する。
　その行いの全てを否定する。
「……待ち侘びたんだ。だんまりは無しだぜ」
　搾り出すように呟き、奏多はグラディウスを握り締める。
　今度は、今度こそ。この意志で、この力で――風圧も構わず、声を張る。
「引導を渡して遣るよ、死神の――！」

●冥海の娘レテ
　８度、閃光が走り、爆煙が立ち込める。
　エアライドの賜物で華麗に着地した鬼人は、仲間が集まるまで、牽制も兼ねて周囲に睨みを利かせる。
「……駄目か」
　爆煙が晴れた先、魔空回廊は健在。微かに眉根を寄せる奏多。流石に、初撃で破壊は厳しかったか。
「グラディウス、預かる方が良い人はお気軽に！」
「準備が整い次第、撤退を」
　アイテムポケットにグラディウスを収納した紀美の明るい声音に、レーグルの重厚な声が重なる。
　攻撃は確かに成った。次に繋げる為にも、速やかに撤収しなければ。
「こっちだ」
　鬼人の先導で、駆け出すケルベロス達。周囲はまだ混乱の最中だが、このままで済まない事は、誰しも心得ている。
「っ！」
　ゆらり、と前方に人影が浮かぶや渦巻く黒き水。その先手を取れたのは、宿縁故か。対デウスエクス用のウイルスカプセルを投射する奏多。
「十余年、探してきた……やっと」
　一閃。事も無げに、鎌刃で殺神ウイルスを払った死神――冥海の娘レテを前に、青年は顔を顰める。
「かなくん？」
　思わず声を掛けるアリシスフェイル。彼の背中は、いつもと変わらず頼もしい。だが、平静な筈の佇まいから陽炎うそれは、彼女も知らない――激情。
　それでも、アリシスフェイルは彼を援ける為に来たから。
「……これって？」
　アリシスフェイルが初動を定めるに先んじて、死神が動く。牙剥くように迸った黒水が、前衛を席巻する。
「フレア！」
　碧人が叫ぶと同時、ボクスドラゴンが奏多の前に飛び出し黒水の軌道を遮った。
「く……」
　内から壊さんと浸透する水が齎す不快感に、顔を顰めるレーグル。
「――奏でよ、奪われしものの声を」
　竜人の両の腕がゴウと燃える。奪われ喪われた形が呪詛に変わるや、黒衣目掛けて――。
「キャスター、だな」
　白銀をゆうらり揺らし、死神は獄炎をかわしてのけた。その薄紅の眼は情も無く、ケルベロスを淡々と映す。
　ミッション地域の敵は、ある程度、その技も判明している。列を巻き込む水撃は「忘却の黒水」、理力の技だ。防具耐性そぐわぬケルベロスのみならず、理力に硬いボクスドラゴンまでも巻き込んだならば。
「そうね、違いないと思うわ」
　常ならばジャマーの身でも当てられただろう、スターゲイザー。だが、アリシスフェイルの眼力は、相当に低下した命中率を報せた。攻防共に優位となるポジションは、レーグルの見立て通り、１つしかない。
「フレア、無理しないで下さい。陽光だから死に特効、という訳でもありませんし」
「ギャウッ」
　ボクスドラゴンが自らに属性インストールする間に、冬刃精を召喚する碧人。続いて、鬼人も斬撃に空の霊力を乗せる。辛うじて妖精の氷刃が朱を凍らせるも、絶空斬は黒衣を幾許か切り飛ばしたのみ。
「……」
「声すらなし、か……」
　『彼女』に対面したとして、奏多はかつての事を……『あの人』がどうなったのかを、聞こうとは思わなかった。聞いた所で答えは返るまい。その予想は、敵の様相からして当っているだろう。だが――。
「今は、前を向いて、かなくん。私も――」
　アリシスフェイルより撒かれたオウガ粒子が、前衛に、奏多に降り注ぐ。優しい抱擁にも似て、仲間の超感覚を覚醒させんと。
「くれてやる、拾いな」
　ジャマーの蹴撃に代わり、泰孝が虚空に放り投げたのは黄鉄鉱の偽貨。
　チャリーン――。
　地面に落ちて広がる音は死神をも蝕み、偽の金貨はその華奢の動きを阻害する。
「ただ相手のスタイルを知るだけじゃ意味がねぇ。そこに合わせた対策を組んで、初めて効果が出るもんさ」
「同意します」
　泰孝の不敵に頷く癒乃の水晶龍角が雷起する。光は紫電と成りて集い、雷電は遍く翔ける天雷と成り、地を慄す震電と化す――後方より狙い付けた龍角の雷衝は、死神を貫き穿つ。
　如何なる攻撃もまず命中してこそ。基本格上のデウスエクスのキャスターは短期決戦を阻む脅威だ。だが、ケルベロス達に焦りは無い。相次ぐスナイパーの足止めの技は、反撃の狼煙。
「皆！　ガンガン攻撃しちゃお！」
　紀美も勇んでメタリックバーストを放つ。メディックの癒しは、オウガ粒子の支援と共に毒の浄化を伴い行き渡る。

●連携の威
　地球の海で死んだ者達もまた、私達の力としましょう――さざめき鳴門海峡のサルベージを繰り返す冥海の娘達。
「……」
　だが、撤退を阻んだその１体は呼気すら漏らさず、機械的なまでに黒水と鎌刃を振るう。
「っ！」
　鬼人の首を刈らんとした斬撃を、レーグルのケルベロスチェインが火花散らして弾く。応酬に、縛霊手の獄炎が唸りを上げた。
「回復はぜーんぶおまかせ！　だよっ」
　すかさず、レーグルの前に光盾を具現化する紀美。時にケルベロスチェインで防御陣を描き、メディックの役目に専念する。敵はキャスターだ。強化を砕かれないのはありがたい。
「天石から金に至り、潔癖たる境界は堅固であれ」
　灰と黄の光が六芒星を描く。儚く見えて確固たる硝子壁を巡らせるアリシスフェイル。時に支援を、時に厄を、的確に動かんと戦況に目を凝らす。
「もう少し……」
　やはりじわりと傾く戦況の天秤を見据え、奏多はチェーンソー斬りを、鬼人は月光斬を奔らせる。手数は圧倒的にケルベロスが優位なのだ。命中率とてゼロでは無い。倦まず弛まず攻撃するのみ。
「いけるか？」
　愚か者の金貨と轟竜砲を重ねる事、数度。泰孝は漸く、絶空斬と遠隔爆破に切り替える。強化も厄も確実に発動する訳ではないが、癒乃も龍角の雷衝とファミリアシュートを重ね、アリシスフェイルと紀美のメタリックバーストも行き渡っている。その推移は、眼力が明確に報せていた。
　ケルベロスとて万能ではない。だが、各ポジションに於いてその役割を全うすれば、単純な足し算以上の威を発揮するのだ。
「……」
　ふと小首を傾げる死神。間断ない攻撃に晒され、黒衣のあちこちが裂かれ、凍りつき、髪も幾筋か焼け焦げている。次いで、振り撒かれた水は――濁りを知らぬ清水。
「圧倒せよ！」
　初めて、死神が回復に回った。レーグルの号令よりも先に飛び出した鬼人は、無名の斬霊刀を構える。
「トドメは譲ってやる……そら、お返しだ！」
　隣をチラと見やり、霊体のみを汚染破壊する斬を放つ鬼人。
「フレア、行きます！」
「ギャウッ！」
　碧人の黒影弾の軌道を、ボクスドラゴンのブレスが正確になぞった。
「生命は巡り、世界に繋ぎとめられるべきなのです」
　レーグルの地獄の炎弾が喰らい付けば、泰孝の絶空斬がその傷口を正確に斬り広げ、癒乃の杖が変じて真っ白い小鳥が天翔ける。
「つぎはわたしの番っ！　今日のネイルは自信作だよっ！」
　紀美の指鉄砲の先――射手座のモチーフネイルが受けるのは、無邪気な射手の加護。魔力の弓矢は、一直線に死神へと飛んでいく。
「かなくん！　今だよ！」
　僅かに届かなかった間合いを、もうワンステップ踏んで強引に縮めた。アリシスフェイルのスターゲイザーが死神の足を抉った次の瞬間。
　肩越しに頷き返し、奏多は静かに父より預かった銃を構える。
　唯一つの約束を抱えて生きてきた十余年――込み上げる万感と銀を媒介に、『一が多たり凡てが一たる』弾丸を生成する。
　――――！！
　顔色も変えず、引き金を引いた。数多の銀の幻花の中、真実は唯一――死神の額が爆ぜる。
「……」
　最期まで何１つ語らず、冥海の娘は霧散する。無に帰すまでを見送らず、ケルベロス達は再び駆け出した。

作者：柊透胡	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年5月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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