鬼火は今も燃えているか

作者:あき缶

●火の紳士
 ザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)はオウガである。
 しかし、この地球に来る前のこと……つまり、プラブータに居た頃のことをほぼ覚えていない。
 だから、目の前の彼と何か因縁があったのか、どうなのか……それすらザベウコにはよくわからない。
 唯一つ、確かなことがあるとすれば。
 眼の前にボヤリと光って出現した、炎の異形頭デウスエクスは、ザベウコにあからさまに殺意を抱いているということだけだ。
 夜の街に、ザベウコとこの炎男の二人きり。異様な状況はきっと、この炎男が作っている。
「ああん? 喧嘩売ってんのか、あんた?」
 デウスエクスは慇懃に腰を折った。
「私、バーニン・ディシンフェクタと申します。アナタ様の短絡的な思考に心より感謝申し上げます。凡愚らしきアナタ様のために言い換えますれば……話が早くて助かりますよ」
「はー? もしかしてバカにしてんな? まぁよく言われるけどよォ~……実際そうだと思うぜェェエエーー!」
「あぁ、その程度の理解力はあったとは。想定よりはご聡明と見ました」
 顔は炎だから、バーニンとやらの表情は全く変わっていないのだが、声音が明らかに嘲笑のそれだった。
「…………もう限界だ。喧嘩なら買うぜ」
 キレてしまったらしく、ザベウコは先程までのうるささとは打って変わって静かに言うと、アスファルトを蹴ってバーニンに飛びかかる。
 力量差は歴然で、ザベウコの拳は無謀の一言なのだが、雑に言ってしまえば脳筋な彼にもうブレーキは掛けられなかった。
 飛びかかってくるザベウコこそ、文字通りの飛んで火に入る夏の虫――バーニンはしたり、とばかりに焔を自身の身に巻いて戦闘態勢をとる。

●踏みとどまれ、ザベウコ
 香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)が、最近多いデウスエクスのケルベロス襲撃事件の一つをまた予知したという。
 ザベウコが、バーニン・ディシンフェクタという死神に命を狙われそうだというのだ。
「予知が実現する時間までマジで時間がないんやけど、ザベウコさんには例のごとく連絡つかんし!」
 苛立たしげに、いかるはスマホをポケットに放り込む。
「せやから、手遅れになる前に援軍に早うむかってやらなあかんねん。たのんます!」
 ヘリオンがすでにドアを開けてケルベロスを待っている。コトは想像以上に一刻を争う状況のようだ。
 ザベウコを襲った死神は、炎を操る。炎で相手の生命力を奪い、自身の炎を活性化することで一切の障害を燃やし尽くす。また体を取り巻く炎を相手に取り憑かせることもできるようだ。
「場所は夜の道路やし、デウスエクスの力で人払いは済んどる。君らはただザベウコさんを助けてデウスエクスを倒すことだけに集中してくれればええから」
 ヘリオンの操縦席に座りながら、いかるは説明を続ける。
「すごい火力の持ち主らしい。あと、ちょっと物言いが腹立つ感じやから、挑発に乗らんようにな」
 口調に底意地の悪さがにじみ出ているという。自分の命を永らえさせる術が豊富で、おそらくポジションはディフェンダーだそうだ。これは倒すまで長丁場になりそうだ。
「ザベウコさん、結構挑発に簡単に引っかかってそうやから、とりあえず落ち着かせんとあかんかもな……」
 いかるはそうひとりごち、ヘリオンを予知の場所へと急がせるのであった。


参加者
天谷・砂太郎(は日々を生きている・e00661)
宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)
空舟・法華(回向・e25433)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
ザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)
天霧・裏鶴(戦の鬼姫・e56637)
ライスリ・ワイバーン(自爆猟師・e61408)

■リプレイ

●カームダウン
 すたん、とヘリオンから身軽に降り立ち、天谷・砂太郎(は日々を生きている・e00661)は戦場を見回す。
 最近流行りの因縁の相手との会敵。
「えーっと、今日は……っと」
 天谷・砂太郎(は日々を生きている・e00661)は、死神に延々とオウガメタルでの殴打を繰り返す、頭に血が上った様子の見知った顔を認め、頷いた。
「あぁザベウコか」
 砂太郎にとって、救援するザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)とは同じ旅団のよしみである。
 いや、砂太郎だけではない。今回、ヘリオンに乗り込んだ者は、宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)を筆頭に全て同じ旅団の所属者だ。
 天霧・裏鶴(戦の鬼姫・e56637)はザベウコに駆け寄り、
「ちょっ!? まずは落ち着いて!? ね? 落ち着きましょ? 落ち……」
 と声を掛けるが、ザベウコはこちらに目もくれず、とにかく死神を殴ろうとするので、
「えぇーい!! 落ち着けーーー!!」
 裏鶴は蹴った。容赦無用で飛び蹴りをかました。
「ってえ!」
 ずしゃあと地べたに滑っていくザベウコが足元にやってきたソールロッド・エギル(々・e45970)は、
「冷静になって貰いましょう」
 おもむろに取り出した水筒の栓を抜いて、だばだばとザベウコの頭にかける。
 かけながらも、ソールロッドは以前、ザベウコがエインヘリアルと戦ったときのことを『英雄の詩』……叙事詩として語った。
「ちべてっ……はッ!?」
 冷水に目を見開いたザベウコは自分を見下ろす裏鶴に気づいた。
「落ち着いた? 落ち着いたわね? ……よろしい」
 裏鶴は母のような厳しさを含む慈愛のこもった笑顔で、ゆっくりと頷いてみせた。
 ガバッと跳ね起き、ザベウコは周囲にいる仲間たちを見回す。
「村の仲間達と加勢に参上! しましたよ、ザベウコさん!」
 と空舟・法華(回向・e25433)が手を振ってみせ、ようやくザベウコは状況を飲み込めた。
「すまん皆、センキュー!」
 もう彼の目もはっきりしている。どうやら熱病のごとき憤怒からは戻ってこれたようだ。
「落ち着かれました? よかったよかった。ちゃんと周りを見ませんと、当たるものも当たりませんからねえ」
 オウガ粒子を矢型に変えてザベウコに射ってやりつつ、ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)は満足げに頷いている。
「おやおや……阿呆の拳は避けやすくて楽でいいと思っておりましたのに……残念無念の至極でございます」
 やれやれと肩をすくめるバーニン・ディシンフェクタはそんなことをうそぶいた。
「……はっ、俺らの攻撃を食らっといてよく言ってられるもんだな……」
 砂太郎はぼそっと呟く。ザベウコを落ち着かせる間、彼や日出武がバーニンを足止めしていたのだ。
「ヘ、本当に喋ってる、口はない、脳と脳みそもないくせに、喋ってる! 面白いな、倒したらこいつの体を地下に埋めて、その残された頭でバーベキューしましょう。何か賢くなる感じ……うん、でも、こいつは毒舌だな……その頭で焼いた肉は臭くなるかも……あ、そういえばこいつは炎なら、食べる物はもしかしてメタンガス? うあ、臭い! 何かこいつの頭から臭い気体が……うああ、何か臭い卵の匂いがするぞ!」
 長い口上でライスリ・ワイバーン(自爆猟師・e61408)は鼻を押さえて挑発し、組み付こうとするものの、バーニンはひょいと避け、挑発にも特に何も感じていない様子である。
「弱い者ほどよく吠える……雑音が増えたのはあまり喜ばしくはないですが……」
 ため息混じりにそう呟くなり、体に巻いた豪火をザベウコめがけて放った。
「ぐあっ」
 火達磨になるザベウコに顔(炎)を向けながら、バーニンは淡々と言い放つ。
「何人来ようが、私にとって用があるのはそこの直情猿ですもので」
「そもそもあんたは何故俺を――」
 ザベウコの問いを、バーニンは無視した。
 ザベウコのナノナノ『イェラスピニィ』とライスリのボクスドラゴン『タービン』がすかさずザベウコを回復し、彼を取り巻く炎を消す。

●火勢を削げ
 日出武のルーンアックスが光り輝く。ぶんっと風を切りながら、バーニンを縦真っ二つに割いたかと思うが、まるで火そのものを切ったかのようにバーニンはもとに戻った。
「おやおや乱暴なお方だ」
「わたしはすばらしい村長なのでな! 村民を助けるは当然だ!」
 バーニンが嘲笑混じりにいうのを、日出武は胸を張って払いのける――がこめかみがのたくっているので、あまり平静は保てていないようだ。
「これでも喰らっておねんねしてな!!」
 砂太郎の手のひらから放たれる眩いばかりの雷撃が、バーニンの火を吹き飛ばすも、ろうそくを吹き消すのを失敗したときのように、一瞬消えたがまた灯った。
「其の虫為るや、進むを知りて却くを知らず」
 法華の詠唱と同時に現れるのは、蟷螂ローカストの幻影。静かな殺気でバーニンの注意をザベウコから引き剥がそうとする。
 ザベウコのやけどをソールロッドは気力を分け与えることで緩和する。
 高みから蹴りつけてくるザベウコに、バーニンはチリリと火勢を僅かに強めた。
「おや、殴る一辺倒かと思いきや、蹴ることもお出来になったのですか」
「~~っ、もう挑発には乗らねェーぞッ!」
 ざわついた腹の中をなんとか収め、ザベウコは怒鳴る。
「ふふ、残念ですね」
 バーニンは特に残念そうでもなく首をすくめる。
「炎だろうと、斬れぬ道理はない!!」
 仲間を守らんとする裏鶴の刃の冴えは鋭い。二刀をもって遠間にて斬る――彼女の奥義はバーニンを半分に割るのだが、また合わさる。……しかし、切られてはもとに戻るたびにバーニンは小さく、頭の火の勢いが落ちていっているように見える。
「なるほど、彼の体力はその顔の火力でわかるのだな」
 日出武はしたりと頷く。
「さあ、其方が消えないように頑張ってくださいねえ」
 ラーヴァは前衛にみずがめ座の加護を与えた。ラーヴァも頭部全体を地獄化していて、バケツヘルムから火が溢れる体だ。見た目がバーニンと似ているといえばそうだが、敵は炎、ラーヴァは地獄……似て非なるものである。
 ライスリが尾を動かすことで発動した七色の爆煙が、ケルベロスを鼓舞する。
 バーニンがなにごとか唱えると、衰えていた顔の火勢が再び激しくなった。
「む、固い! つまり、いっぱい叩けるという事ですね!」
 法華はポジティブに捉え、大きく頷いた。
 死神の動き方を見た砂太郎は、そっと殺神ウイルスを散布した。自己修復に専念するなら、阻害してやるまでだ。

●火を消すには火をもって為せ
 ライスリの発動した爆発音が、夜の街に響く。これで何発目になるだろう。バーニンはしぶとく、ケルベロスに被害はほぼないものの、互いに決定打を与えられずにいる。
 法華がバーニンの火の手からザベウコを庇う。
 返す刀ならぬ返す惨殺ナイフ、切り開いたバーニンの体から法華は火の粉を全身に浴びる。
「おかげさまでTシャツのハートが真っ赤になるくらい心が燃え滾ってます!」
「炎は炎上させるだけじゃあない。ですよねえ? 貴方の炎は、我々の壁は越えられません」
 ぐいと引き絞る脚付き弓。ラーヴァが放つのは冷凍光線の矢である。
 ソールロッドがマインドリングから、水めいたエナジーの盾を法華の前に形成する。
「そこぉ!!」
 裏鶴が月影さやかに切り抜ける。
 じわじわと削られていく火勢。炎すら斬れぬならば、彼女が目指す『究極の一刀』などはるか遠い。手応えを感じ、裏鶴は頷く。
 日出武が突き出す指が、バーニンの気脈を突く。
 砂太郎はさきほどから密かに何度も対デウスエクス用のウイルスカプセルを放っている。
(「そろそろ効いてくれてもいいが……」)
 一切の障害を焼き尽くすバーニンの回復術に、上手くウイルスが仕事をしてくれないが、諦めずに重ねていれば――。
 そしてまた死神は嘲笑するように自身の火勢を増そうとし、そして不発に終わった。
「!?」
 砂太郎はしたりと笑う。
「おやおや、どうやらお疲れのご様子。どうかしたのかな?」
 ウイルスがバーニンの火を抑制したのだ。
 すかさず砂太郎が放った雷撃に狼狽するバーニンが、タービンの体当たりをまともに食らってよろける。
 じっとザベウコはバーニンを見つめる。やはり、執拗に自分を狙うあの死神が何者か思い出せない。
(「知らねェ顔……のはずだが。ま、今はいい。……あの野郎をぶっ飛ばす。それだけ今は考えるぜェーッ!」)
 その意気だとばかりに、イェラスピニィがザベウコに愛と闘魂を注入してくれた。
 その勢いのままにザベウコは、バーニンをマインドソードで切り込む。
 続けざまに、地獄の炎を纏う矢の雨がバーニンに降り注ぐ。
「我が名は熱源。余所見をしてはなりませんよ」
 大弓に矢をつがえ、ラーヴァが静かに告げる。
「ラーヴァさん、続きます!」
 とソールロッドが影の斬撃につなげた。
「畳み掛けましょう!」
 ライスリが尾部爆撃装置のスイッチを押して、爆炎をあげる。
「オッケーです! 燃えてるものを消火するには対象物を直接ぶっ叩く破壊消化が一番!!」
 鎌を振りかぶって、法華はそう応えるなり、得物をぶん投げた。
 死神めがけて飛ぶ鎌と平行に、日出武も跳んで、鎌と己で死神を挟むように、鎌より鋭い蹴りを浴びせる。
「今だ!! ……剣魔剛輪、桜花……大・天・衝ーーー!!」
 極光を思わせる光で出来た大刀を、裏鶴は大上段から振り落とす。桜の幻影を周囲に撒き散らし、バーニンを眩い光の中へと飲み込む剣気。
「我が剣は、悪を断つ剣なり!!」
 もはやほのかな火を首に掲げるだけのバーニンだが、彼を取り巻く火だけはメラメラと強く燃え始めた。
「もはやここまで、いや、アナタ様だけはっ……!」
 そしてデウスエクスは、火竜かとおもえるほどの巨大な劫火をザベウコめがけて放つ。
「うおおっ」
 夜なのにまるで昼間のように照らされ、ザベウコは自分よりも大きな炎が迫るのに、一瞬固まってしまった。
 それは見事な火だったのだ。あらゆる獣は怯え怯み、あらゆる知性体は見惚れるほどに。
(「でけェ……!?」)
「ザベウコさんっ! 火炎放射モヒカンにヒャッハーされるとか、ダメッ! ダメダメですからねっ!!」
 動けぬ彼と劫火の間に、怖じけぬ法華が飛び込む。眼前で燃え上がる少女に、ザベウコはハッと我に返った。
 ケルベロスたちが法華に次々とヒールをかけていく中、ザベウコは大きく舌を打ち、自分の頬をバンと叩くと、全身にオウガメタルを纏う。
「Disinfecting!」
 まっすぐにバーニンに走り、ぐぐっと引き絞る右腕へと銀の金属流体が伸びて包みこむ。
「これで終わりだァーッ!」
 鋼の鬼と化したザベウコの右拳が破壊槌のごとくバーニンを打ち砕いた!

●誰そ彼
 まるで火種を失った炎のように消えた死神が居た場所をじっと見つめるザベウコの肩を、誰かがぽんと叩いた。
 振り向けば、砂太郎が穏やかな表情で立っている。
「お疲れさん」
 バーニン・ディシンフェクタとは何者だったのか、砂太郎とて気にはなるが、深く聞くつもりはなかった。
 すいとザベウコを通り越し、砂太郎はラーヴァと共に仲間達を治療し始める。
 ザベウコが決着を付けたことに、日出武は満足げに頷いた。彼に自覚がなくとも彼の因縁の相手ならば、彼が始末をつけなくてはならない――奇跡の村の村長はそう信じている。
「全員無事で終われてよかったです」
 ソールロッドはほっと胸をなでおろす。法華のやけどもそれほど深くはない。これくらいならすぐに治る範囲だ。
「無事で良かったわ」
 裏鶴がザベウコに話しかけると、ザベウコは静かにぽつりとこぼす。
「まず初対面じゃアねェのは思い出した」
 裏鶴が耳を傾けてくれるのを見て、ザベウコは続ける。
「ケルベロスになった俺は、無意識的にだがあいつの力を幾らか真似していた。もしかすると交戦もあったのかも」
 今もバーニンが何者か、自分とどのような関係だったのか、ザベウコにはわからない。
 しかしあのデウスエクスを倒したザベウコには、ぱちりと脳の奥のどこかが綺麗にハマったような感覚が走っていた。
 落ち着いた今なら、それを形にできる予感がする。ザベウコは、
「……閃いた!」
 と言うなり、しゅっと体の周りに焔を巻きつけ、まるで昇竜のように天へと放つ。
「ヒャッハー! 熱消毒の時間だァ~ッ!」
 燃魂放射。ザベウコが編み出した炎術は、バーニンの姿に似ていた。
(「……腹立つ奴だったが、これからもあんたの力の真似は続けるぜ」)
「帰ったら、バーベキューしよう。祝勝会だ!」
 ライスリはその火を見て挑発の言葉を思い出したらしい。仲間達を朗らかに誘った。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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