●はじめての
とある日の午後。
光の翼を持つ少女は、鱗の翼を持つ青年に訊いた。
「なにか、企んでる」
語尾は上がらないけれど、それは彼女にとって確かな疑問文。
ヘリポートで羽を休める彼の相棒・ハガネにもたれかかりながら、ぱらぱらガイドブックを繰っていた青年は悪戯っぽい表情で顔を上げた。
「Dearは最近、なにか初めて知った、とか、初めてやった、とか、ありました?」
「……揚げたてのカレーパンが、すっ……ごく美味しいことを初めて知ったよ。あ、あと、昔の日本の女生徒さんの服を着てみたりした。袴、ひらひらで可愛かった」
「そうですか、それは少し見てみたいものですね。俺もね、Liveでサイリウムを振ったり、綿あめでジュースを作ったり……実際にこの目でラテアートを見たのも、初めてでした」
きらきら、瞳を輝かせる少女に、青年も宵色の三白眼を和ませる。
そして「実は、未経験のことって、結構あるのかもしれません」と言うなりぱたんと手にした雑誌を閉じ、立ち上がった。
●お泊りに行こう
「なにをするわけでもありません。Dear達と旅行がしてみたい、ただそれだけです」
遊び先を探していたケルベロス達へ、暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)はあっさりとそう言った。
彼の後ろでは既にユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)も無表情の中でペリドットの瞳を輝かせて鞄を抱えている。
「宿は旅館のような和風の建物です。裏手には少しくらいなら散策できる浜辺もあります。夕食は美味しい海鮮を出してもらえるそうですよ。……まあ、それくらいなんですが」
つまりなにか大きなイベントをみんなで楽しむのではなく、のんびりと過ごす、それだけが目的の旅行らしい。
「夜は男女それぞれの大部屋か、希望があれば個室を取ることもできます。どうぞ、お好きにお過ごしください。俺の望みは、それだけですよ」
そう言って、チロルは幻想を帯びた拡声器をひと撫で。そのマイクを口許に添えた。
「では、目的輸送地、静かな旅館。以上。……どうぞ、のんびり過ごす一日を」
●
指先を浸してみれば、まだ海は冷たくて。
探して拾った薄い桃色の貝殻には、海での思い出がきっといっぱい詰まってるから。
「滉君も拾った?」
「ああ。でもメイには敵わないな」
拾われた貝殻さえ、その思い出を君に伝えられて嬉しそうだと笑う滉の柔らかな視線に、メイも嬉しそうに微笑んで。
じゃあ、旅行という特別な時間の中で誕生日迎える特別なひとへ、新しい思い出をプレゼントしに行こう。
「おれは空を飛べないから、ずっと遠い空を見上げてたんすよね」
ユノと共にヘリの機体をせっせと拭うベーゼは「でも」目を細めた。
「チロルとハガネのお陰でおれも飛べてたんだなあって」
だからおめでとうと同じだけの『いつもありがとう』を!
笑った彼に、チロルも礼を述べて微笑んだ。
「では、空の散歩にご招待しよう──と、ハガネが」
ねえ、聴こえる?
光る色を見付けて飛び出したうるるに手を引かれてついてきた花鳥へ、乳白色の巻き貝を押し付け、彼女は笑う。
「目を閉じれば、夏の海が思い浮かぶでしょう?」
瞼を伏せて嬉しそうに自らの耳にも当てる彼女に、それはただの反響音に過ぎないと告げるのも憚られ、大人しく再び耳許に添えた貝から響くのは煩いくらいの、
「……」
それがいつの夏の音なのか。判る頃に、もう一度。
裸足で踏んだ砂は冷えて、けれど沈んだ指先を包む感覚は優しくて。
落ち着くと零すキースの横顔に、イェロは小さく告げる。
「俺の知る砂とは違うけど、風に乗って旅してきたのなら──どっかしらで行き逢ってるのかも」
……ロマンチストだって笑う?
窺う果実色の瞳に、曇り空色の瞳の竜は知ってると返す。
「それにそういう考え方、すきですよ」
悪戯帯びた視線に、拾った貝殻押し付けるのは、照れ隠し。
宝探しをしようと言い出したのは、誰からだったろう。
幼い頃の記憶に重ね、気付いたときには空は橙に色を変えていた。再び集い、レスターが見せたのはカニにヒトデ、なにかの骨。
梵も長い髪を振り振り「こっちは散々だ」と示すのは海藻に硝子瓶。
「何だよおっさんもダメじゃねえか。こりゃティアンの勝ちだな」
「こういうのじゃなかったか? ……どうした、ティアン」
水平線へ吸い込まれていたティアンの視線がゆるりと戻り、彼女は首を振る。
「……なんでもない。ティアンの勝ちでいいなら、はい、景品」
押し付けたのは見付けた宝物。まるくなった海硝子に、桜貝。
こんな時間も、悪くはない。
砂を踏み締め色移りの空に想いを馳せるのは、月の名の少女と歩いた祖国の浜辺。
「俺さ、この景色が大好きなんだ」
けれど大切な人を喪ってからは遠のいてしまっていたと告げるラウルの瞳が、ひたとシズネを見据える。
「……シズネと出逢うまでは」
じっと見つめ返す。この身と共にいることで、彼の景色に、また彩りが燈せるのならば。
に、と笑う。
「イタリアの海も、おめぇと一緒に見てみたいなあ」
ぅん、とひとつ伸びをして。
緩やかな浴衣の袖に通した腕を、テラスの涼風が撫でる。
「いつもよりずっとのんびりした気分だ」
告げる眠堂に、友たちの笑みが返る。
ゼレフとシィラの浴衣姿は目新しくも様になり、景臣と眠堂のそれは旅先かつ仲間とのゆるりとした時間のお蔭か、普段よりも寛いだよう。
「それにしても、海鮮料理、だってさ」
沈む夕焼けに瞳奪われる景臣を引き戻す、ゼレフの悪戯っぽい声音。とっても楽しみ、とシィラが両手を合わせるのにつられて、目の前に並ぶに違いないご馳走へと想いを馳せては言葉を交わし──、
……きゅう、
「「「「……」」」」
楽しい歓談のさ中に小さく訴える、腹の虫。「ぁ、と」湯上りの頬にも判る朱が僅か差したのを己でも感じただろうか。瞳泳がせるゼレフに、ふ、と小さく眠堂が堪えきれず笑って。
「そ、そうそう、食後は皆で枕投げはどう?」
それは無理やりな進路変更。けれど。
「枕投げ、是非やりましょ!」
「いいな、俺もやりてえ!」
「ふふ、枕投げなんていつ振りでしょう」
怒られないよう、こっそりと──大人達で秘密の遊戯を、めいいっぱい。
●
予定の倍以上の人数が殺到した旅館は大わらわ。
それでも部屋へ運び込まれた大きな皿は、
「きゃあ……!」
未だ尾を跳ねさせる活け造り──思わずリリーナとラリーが可愛らしい悲鳴を上げた。
「まるで生きているかのようだけれど……実際は筋肉の反射なのだとか……」
ふたりの様子にふふり笑い千里は説明をするが、ラリーの瞬きは治まらない。
「ここの料理人さんはわたし達よりもずっと刃物を極めてるんじゃないでしょうか……!」
リリーナはアーサーへ供された皿にも、
「おもてなしの精神とは果てがないのですね……」
驚きと共に大切な命に感謝して、皆で手を合わせた。
「──いただきます」
まぐろに鮭に、いくらに鰤にいかに海老に──カニ。
「随分と賑やかな食卓だ」
亮の言葉の通り、添えられた大葉の緑も手伝って見目にも鮮やかな食卓に、ジェミとエトヴァが瞳を静かに輝かせ、アウレリアは食卓の中央を陣取るカニの姿に紅紫の双眸を丸くする。
いただきますと声を揃えてまず手を伸ばすのは取り皿。
鮭の炙り焼きに海鮮ちらし、刺身。せっかく親愛なる仲間達との食事だ、分け合わなくては勿体無い!
「アリアは海鮮好物だよな」
「ええ、海の幸はだいすき。……けど、お肉もすきよ?」
「……カニって、どこから食べるのが正しいの?」
「ええト、甲羅を外してから、足ヲ……?」
戸惑うジェミに、エトヴァも困惑顔。思わず笑みを零して、亮の指南が入り、アウレリアも手伝うと手を伸ばした。
共に頂く海の幸に、感謝して。
四月に結ばれたばかりの安曇夫婦はふたり、部屋で穏やかに杯を交わす。
彼女に合わせ軽めの酒をと選んだ柊の気遣いに、紫緒の瞳もうっとりと柔い光を帯びる。
新婚旅行はまた別にきちんと機会を設けるからと囁く彼が彼女の肩を抱き寄せる。と。
ん、と睫毛を伏せた紫緒が顎を上げおねだりをすれば、愛しい困り眉が浮かぶよう。
「……ほんとに、もう」
小さな声と共に、そっと影が重なった。
美味しい料理に舌鼓を打ち、鬼人とヴィヴィアンは部屋で寄り添ってひと息。
歌手活動、順調か? 今は新曲の準備中なの。鬼人も古物商のお仕事はどう? ま、順調って奴だな。
そんな、他愛無くも大切な互いの近況をひと通り語り合って。
触れた彼女の細い肩に、皆の期待を負っていると思えば、優しく力を籠めて。
「……お疲れさん」
「ふふ。……ありがとうね」
君の存在が、支えになる。
「いい湯だったねぇ、陽治」
テラスへと出れば夜風が肌を撫でる。
「ああ」と伸びた陽治の掌がテーブルの上の穣のそれへと重なり、
「……まだ温かいや」
笑う相手に穣は目だけで周囲を窺いながらも、こそりと指を絡め返す。胸に広がる温かさと頬に昇る熱は──きっと。
どうぞと志苑が差し出すのは、ゲームで白熱した気分を鎮める冷たいお茶と軽いお菓子。礼の傍ら「シオンが居てくれると華があるね」と斑鳩が悪戯めかして笑えば、切ない男二人旅を想像した蓮が「……まあ、そうですね」と瞼を伏せた。
「こうやって少し遠くの非日常に友達と旅するのは、何度経験しても楽しいね」
「ああ、以前の旅行では枕投げをしたな」
「まあ、枕投げですか」
未体験の遊戯に瞳を瞬く志苑に、壮絶だったと蓮は目を細め、今度は皆で一緒にやろうねと斑鳩は小指を突き出した。
「──約束」
絡める代わり、ふたつの小指が合わさった。
●
乾杯、と缶を合わせたのは夜の海風吹く砂浜。
ふるり肩を震わせた千歳がつゆを膝に呼びふかふかの毛並を抱き締める──のを横目に、市松ははしゃぐ鈴とカニを追って砂を指先で弾く。
「あらあら、大変」
相方がヤキモチ焼いてるわよ? とつゆへ囁く悪戯気な声に彼は缶を煽って顔を逸らす。
「はー、ビールがうめぇなあ!」
なら次の約束は、きっと太陽の咲く海に。
ぱぁん、と。
夜の静かな浜辺を賑わせた光が描く、『Happy birthday』の文字。
「あぽろちゃん、お誕生日おめでとう!」
紅の瞳が瞬いて──でもらんちゃーを後ろ手に、ロゼが茶目っ気たっぷりに微笑むから。
「……っはは! 最高だ、ロゼ!」
こんな祝われ方は初めてだと飛びつくように親友を抱き締めて、ああ、足りない!
そのまま君と空を飛んで、──どこまでも!
その鮮やかな光を眺め、ふふと清嗣は口許を緩ませ、隣の青年を見遣る。
「星見にお付き合い、ありがとうございます、暮洲さん」
「俺も星が好きなので。こちらこそ、お誘いをありがとうございます」
星と海の狭間で羽ばたきの音だけが鼓膜を打つ。だから、もう一度。
「誕生日、おめでとうございます」
夜の波打ち際はまるで──攫われてしまいそう。
繋いだ手に力を籠めれば、ふ、とジエロの夜闇色の瞳が和らいで、指先に力が返される。大丈夫だよと心を読む言葉。クィルの欲しい台詞をくれる、彼。
頭上は満天の星々。
それが美しくいとおしいのは、きっと。
「ねぇ、ジエロ。これからも隣で、一緒に」
肯いた彼は、当然のように微笑んで──同じ台詞を返した。
「もちろんこれからも、隣で。一緒に」
浴衣姿に夜風は少し冷えるから。
慎ましく寄り添ったアイヴォリーをちらと見遣り焦がれる胸の衝動のまま。
「君の初めての全てを頂戴と宣言した宵を覚えて居る?」
勝負の行方。憶えている。初めて恋に落ちた貴方に、心のぜんぶを奪われる予感がしたから。怖くて、けれど心臓が甘く震えたから。
「……あなたが、すき」
何度目でも初めてのように鼓動が奔る魔法の言葉。夜は囁く。
──もっと聴かせて。
●
「んあー! この和室の真新しい畳の匂い良いねー!」
敷かれた布団にダイブしてマサムネが相好を崩せば、浴衣姿のシャルフィンが瞳を瞬いてから薄く笑う。
「ああ、日本人の血が流れていなくても俺も好きだぞ、この独特な匂い」
良かったと笑って、共に過ごす穏やかな時間は掛け替えのないもので。
だからふたりでめいっぱい枕投げに興じたあとで、
「隙ありー!」
愛するきみにくちづけを。
布団の上でゲームに勤しむのも何度目だろう。
此度はなにを賭けようか。
あかりの『タマちゃんと猫さんを一日独り占めする権利』などの希望を軽くあしらい陣内は賽を転げ落とす。
「じゃあ、何日かサーヴァントになってもらおうかな」
どこでも一緒、そう旅行先も、例えば沖縄とか。
「……今年は、一緒に来る?」
「……!」
ずるいずるい、そんな、あなたの──。
思い掛けないふたり旅は、夜になっても緊張が解れることもなく。
固唾を飲んで旭は彼女の前へ跪いた。
「俺、ずっと前からカンナの事が好きだ……カンナ、俺と付き合って下さい」
まっすぐな視線と台詞。三輪の薔薇がデザインされたリング。瞳が震え、涙が滲む。
「私で……良ければ、喜んで……!」
衝動のまま飛びついた彼女を抱き止め、ありがとうを繰り返して。
重なる唇は、初めての我儘。
家とは違う場所で過ごす時間も悪くないのに、会話に出るのは変わらぬ日常、李夏の進路。
「僕は大学まで出させて貰ったから。望むなら李夏にもとは思うんだ。経済的に問題ないし、勉強も多少なら僕が」
生真面目な柊夜の言葉に、小さい頃からの夢を李夏も告げる。
「笑わないでね? ……お嫁さん、兄貴の」
その夢にさしもの彼も動揺を隠せず──結局大切なことは、ふたりの家で。
猫を探した出会いからふたりでした尾行、年明けの花絵馬に。
たくさんの思い出を共にしたことに感謝して。
だからこそ「優菜ちゃん、」告げる。
「この一年ずっと好きでした。今すぐ答えは求めないけれど……俺と付き合ってくれないか?」
誠実な堅和の言葉に、優菜も瞬いて──そして破顔した。
「え、えっと……私なんかでよけれぱ……」
これからも、ふたり一緒に……今度は、恋人として。
「ね、ね、萌花ちゃん見て見て、思ったよりお星さま凄いわ……♪」
普段は『お姉ちゃん』な少女が窓から身を乗り出してはしゃぐ姿は、微笑ましく。うっとりと目を細めて「うん、綺麗だね」と告げる『妹分』。
──きっと今、萌花ちゃんの横顔見ちゃったら……魅了の魔法にかかっちゃいそう。
だって絶対綺麗だから、と盗み見たはずの如月の瞳が、萌花の視線に絡め取られて。
「ホント、素敵な夜だよね」
潮騒の通る広縁でお疲れさまと微笑み交わす。
ジゼルは思う。酷く臆病だった自分の、隣に居てくれた彼女の存在は大きくて。
「キミのことを、聞きたいな」
片眉を上げたイブも「僕かい?」考える。生来の病のため『輪』に入れなかった自分に、こんな親友ができるなんて。
「僕だけなんてずるいぜ、ジゼルちゃん。今日は語り明かそう」
「……同感だ」
企みのいろ帯びた視線は、共にあたたかく。
部屋に集まり広げたお菓子──チップスにチョコ、グミにマシュマロ、煎餅、クッキーやビスケット。
「浴衣いいよね。本当はお人形用も持ってきたかったんだけど、我慢して――」
「人形の話は無しね?」「アンちゃんそこまでです」
「えっ……」
「酷だとは思いますが、お人形の話はアンセルムさんの独壇場になってしまうので」
うきうき告げたアンセルムへぴしゃりとわかなと環が言い、追い討ちにやんわり告げる和希の最後通告。遥は周囲の面々を見渡す。
──見事に封殺してらっしゃる……凄い。
彼らの中心は、容赦のない扱いを受けているアンセルムなのだが。
いつしか話題は彼と知り合ったきっかけに。知り合いの繋がり、バレンタインの神田古書店、とあるカフェに、ミッション破壊。
夜通し話をするつもりだった面々も、夜が更けるにつれてうつら、うつら。
「……あれ? みんな寝てる?」
今なら。アンセルムがお人形語りを始めた三秒後。
跳び起きた遥が見たのは「うるさい!」と繰り出されたわかなの鉄鍋と、環の鋭い蹴撃がアンセルムを叩きのめす瞬間だった。
我儘を聞いてくれる? とふたりだけの部屋で見上げれば彼の優しい眼差しが促すから、メロゥはそっと梅太の袖を抓む。
「今晩は手を繋いで眠りたいの」
愛しい我儘に、いくらでもと絡めた指先。交わす笑顔。
「これなら同じ夢が見れそう。……ね、朝目が覚めたら夢の答え合わせをしよう?」
お揃いの浴衣に弾む気持ちに、加速するワクワクとドキドキの正体は──寝ても覚めても君といっしょの『明日』のせい!
共に過ごすためだけに何もしない時間をわざわざ用意する贅沢をと。
告げたルースに肩を竦め、それならとリリが提示した月見酒。
「相変わらず硬いイスだこと」
顎を上げて選んだのは彼の膝の上。軽く笑みを返して、彼は彼女の杯を満たす。
他のもので満たされているなんて彼女が嘯くから。彼が瞳を覗き込み、絡んだ視線。上がる口角。
とん、と閉じた障子に差す影が静かに重なった。
ちりんと合わせたグラスを傾け、
「今日はお前のことが識りたいな」
染が点けぬ煙管に指先這わせれば、未だ浴衣の袖を引っ張るラカが顔を上げる。
「……俺の話、」
「ああ。色々な景色を見てきたお前の噺を聞かせてくれ」
悪戯が灯る視線を、躱すように交わし。
さて、では君の好きな冒険譚に準えようか。宿無し竜が大陸を渡り今に至るまで。
だから目が醒めたなら、新しい噺を君と綴らせてくれ。
●
「い、や、ですー!」
呑み慣れぬ酒の所為か胸衝く淋しさは普段より素直に過ぎ、繋いだ手すら離さないエルトベーレに、ドミニク否、ニコラスも困り顔。
「そらァ、ワシも寂しいけンど」と視線を合わせた一瞬。頬にぶつかる稚拙なキス。勝てンなァ、と瞳潤ませる彼女を抱き寄せ、その額に仕返しを。
「明日また会えらァな」
「……絶対、絶対ですよ? 置いてきぼりにしたら、駄目ですからね?」
「、あァ。約束じゃけェ」
──絶対に。
バーカウンターではいつもの顔。十一、否、真はグラス傾け、
「そういやお前ら、たまに『女子会』ってこっそり話してるが」
そもそも冥は男だろうと言えば、彼は「真さんってばセクハラ!」なんて喚き、夜道も瞼を伏せる。
「狭間さんだって冥さんとふたりで飲むでしょう」
「いやあれは」
恥の話やあれやこれや。到底外には出せないような。つまりそれは彼等が──心許す場所になっているのでは?
呻いて顔を伏せた真を柔い眼で見つめる夜道へ、冥は片目を瞑り、マルガリータを贈る。それは君に似合いの──『無言の愛』。
「私は貴女のことを異性として好きです。できるなら付き合いたい、貴女が欲しいっ」
清和の突然の告白に葵は咄嗟に俯き──困らせたかと「……とは、言っても」改めて『お友達』からと続けようとした彼を「多分、その……私、」彼女が遮った。
「すごいめんどうくさいです、よ。もしも、そういう風になったら、……」
嫌なわけじゃないと躊躇う彼女に、だから清和は笑った。
「そこは漢気の見せどころでしょ?」
顔を覗かせたヴェスタにふたりで軽く杯を掲げて応じ、初めての酒だというグレインは何度目かの祝辞を告げる。けれどそれほど強くないのはチロルも同じだ。
彼が好むというモヒートを傾け、爽やかな香りにグレインの尾もご機嫌に揺れた。
「こういうのも、悪くねぇな」
「……そうですね、たまには」
初めてを誰かと共にするのはきっとこのうえなく、幸せだから。
作者:朱凪 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年6月3日
難度:易しい
参加:75人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 5
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