萌発スプラウト

作者:天枷由良

●大阪市内にて
 攻性植物による事件が、また一つ。
 舞台は、特に珍しいものがあるわけでもない国道の一角。
 これまた何処にでもあるようなケヤキが、街路樹として立ち並ぶところ。
 其処に、ふわり漂って落ちてきたのは花粉か胞子か、ともかく謎の物体。
 それは綺麗に並んだケヤキの五本に取り付き、穏やかに街を見守るばかりだった木々を怪物に変えてしまった。
 忽然と現れた異形に人々は慌てふためき、四輪二輪自らの足と各々使えるものを使って逃げようとする。だがケヤキ達は妙な連帯感を醸して、互いの枝を絡ませ合いながら国道の一方を塞いだ。
 脱出を阻まれ、進路を反転した者達には鋭い枝や嵐のような葉が容赦なく襲いかかる。
 ごく単純で簡潔で、異形達にはそれ以外の目的がないらしい。
 そして他を顧みることなく行われる虐殺が、抗う力を持たない人々を淘汰するのにそれほど時間を要さないであろうことは、考えるまでもなく明白であった。

●ヘリポートにて
「大阪市内で、また攻性植物の活動が予知されたわ」
 事件が頻発しているためか、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は淡々と事務的に切り出す。
「一年半ほど前の爆殖核爆砕戦にて、皆が大阪城周辺に抑え込んだ攻性植物達が動き出した理由は、大阪で暮らす人々の排除と支配領域拡大で間違いないでしょう。この侵攻を食い止めなければゲートの破壊確率にも悪い影響が及ぶでしょうし、何より我慢強く大阪で暮らしていた人々が日常を失うことになってしまうわ。皆で力を合わせて攻性植物達の目論見を阻み、反攻に転じられるよう、一つずつ事件を解決していきましょう」

 今回現れる敵は、ケヤキの攻性植物が五体。
「元は、街路樹としてあちこちで見られる普通のケヤキだったようなの。だけど、謎の胞子が取り付くことで異形と化し、国道を塞いで人々を虐殺しようとするわ」
「……ケヤキも、まさかそのようなことをさせられるとは思わんかったじゃろうな」
 植物による事件であるからか、ファルマコ・ファーマシー(ドワーフの心霊治療士・en0272)が神妙な顔で相槌を打った。
 それを見やり、ミィルは謎の胞子についてはひとまず置いておくとして、現場の状況とケヤキの戦闘能力に話を移す。
「国道は片側二車線で、ケヤキ達は歩道の両側から車道を塞ぐよう動き出すわ」
 現場に到着するのは攻性植物の出現後になってしまうため、警察や消防などに連絡を取って、ケルベロス到着後すぐに居合わせた人々を避難させるよう伝えてある。攻性植物は一般市民の殺害を目的としているものの、戦闘を始めれば逃走や単独行動には出ないと予知されているので、ケルベロス達はケヤキ五体の排除に集中するべきだろう。
「敵は一体一体が特筆するほど強力なわけではないけれど、同じ植物であるからかケルベロスの皆にも劣らない連携で攻めてくるでしょう。皆も個々の役割を明確にしつつ、息を合わせて立ち向かうことが肝心よ」
「なに、人々の危機とあれば一致団結など容易くできるじゃろうて。ケヤキも可哀想じゃが、しかし異形となってしまったからには、血を吸う前にどうにかしてやらねばな」
 皆の力を見せてほしいと、ファルマコは期待を込めた眼差しで一同を見回した。


参加者
ミライ・トリカラード(夜明けを告げる色・e00193)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)

■リプレイ


「……久々の帰郷がこんな用事になるとはな」
 急行するヘリオンから眼下を眺めた左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)が、大きな白衣の裾を暴れないように押さえながら、少し落胆したように呟く。
 思い入れが強いわけではないが、大阪は十郎の育った土地。
「緑の少ない街にとっちゃ、街路樹だって貴重な潤いなんだぞ、全く」
「今時期は葉の緑が鮮やかで、歩道に涼しい木陰が出来てとっても有難いんですよね」
 筐・恭志郎(白鞘・e19690)が同調して頷く。
「此処のケヤキ並木も、親しまれてきたでしょうに……」
「せっかくここまで育って、街に彩りを添えてくれてたケヤキさんたちなのにね」
「遺憾なことでありますな。健やかに育ちし樹木が、悪意によって尖兵の如くなるとは」
 悲しげな恭志郎の視線に、月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)が寂しい声色を重ねて、尾神・秋津彦(走狗・e18742)も淡々とではあるが虚しさを滲ませる。
「これで、無事なケヤキまで怖がられなきゃいいが」
 木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)も相棒のボクスドラゴン・ポヨンを傍らに従わせたまま、神妙な面持ちで言った。その呟きは幾人かの仲間達に、身近な植物が異形化するという事態の恐ろしさを改めて知らしめる。
「……木々も草花も無ければ、そもそもこんな事は起こり得ぬ、と」
「ああ、そういう極端な話をする奴も……」
 ファルマコ・ファーマシーの言葉に答えようとして、ケイは頭を振った。
「いや、これ以上はやめておこう」
 考えるより先に為すべきことがある。
 そして為すべきを為せば、考えかけた未来には至らないはずだ。
「何だかやるせないけど、ケヤキ達のためにも、取り返しがつかなくなる前に止めてあげようね」
 仄かに重苦しい空気が漂う中、ミライ・トリカラード(夜明けを告げる色・e00193)が明るく素直な声で全員に呼び掛けた。
「それで、今までありがとう、お疲れ様って弔ってあげよう!」
「……そうですね。何より、犠牲者を出すわけにはいきません」
 玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)が、少し柔弱さの伺えた表情を引き締めて言う。
 同時に、流れていた景色がピタリと止まった。
「全力を尽くしましょう……!」
 巨剣“エリミネーター”を担ぎ上げたユウマに続き、ケルベロス達は次々と戦場へ飛び出していく。


 背に高く上がった太陽の光。肌を撫でるは街の風。
 ケヤキ並木を育んだものを感じつつ、八人一匹が舗装路へと降り立てば、息を合わせるように警察や消防なども現れて避難誘導を始めた。
 その中には武装を最終決戦モードに変えた相馬・泰地の姿もあり、力強い振る舞いで事態の収拾を図っている。
「そっちは任せたぜ!」
 一瞥して呼びかけるケイ。
 それを横目にギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)は斬霊刀を抜き放ち、刃と心を重ねて、自らの有り様を示すように一言。
「怯懦を切り捨て、慢心を殺す」
 呟き、壁のように並んだケヤキへと駆ける。
 しかし機先を制したのは、ギルフォードの刃でなくケヤキの枝葉。
「抜かせませんぞ」
 秋津彦が軽やかな身のこなしでギルフォードを跳び越えると、真っ直ぐに進んでくる枝を見据えて言った。
 片腕の縛霊手を盾に、太刀から持ち替えてきた長筒を構えて牽制に一射。砲撃は枝に打ち当たり――猛然と伸ばされたそれの勢いは留まらず、秋津彦の手足を絡め取って縛る。
「尾神さん!」
 さらに向かってくる枝から庇おうと、ユウマが声を上げて前に出た。
 大剣を右へ左へ軽々と振るって、迫る枝木を切り払う。だが抵抗を上回る速度で広がる触手のようなケヤキの一部は、ユウマも捕らえて身動きを封じる。
 そこで忽然と足元から湧き上がったのは、視界を埋め尽くすほどの緑色。恭志郎が言う通りに鮮やかな色の葉は、捕縛された二人だけでなく最前に立とうとする全てのケルベロスを巻き込んで、とかく凄まじい嵐の如く吹き荒れた。
 進むに進めず、退くに退けず。鬱蒼と生い茂る森のような行き詰まりから、五人の前衛陣はどうにか抜け出そうと藻掻く。
 そして秋津彦とユウマが、己を縛る枝に抗いながら僅かに開いた隙間へと腕を差し込んだ――その瞬間。
「――!」
 二人の身体は強烈な光と熱に包まれ、微かな呻きと焦げるような臭いが辺りに漂った。
「っ……く……」
 咄嗟に地に突き立てた大剣の陰で、ユウマは片膝をつきながらオウガメタルを放つ。
 秋津彦も縛霊手を横薙ぎにして、霊力を帯びた紙兵を大量に散りばめた。しかしケヤキ達の連携攻撃で受けたダメージは盾役の二人でも看過できないほど大きく、それを埋めるに輝く粒子と紙兵だけでは到底足りない。
「いきなり好き勝手やってくれたな……ファルマコ!」
「うむ!」
 後衛にて治癒を受け持つ十郎が、同じ役目のファルマコに声掛けて回復に動いた。
 用いるのは細い組紐を編み込んだ鎖。大地に守護陣を描くべく振るえば、連なる木の鈴が“からりころり”と鳴って、ざわざわと葉の擦れる音に苛まれていた者達を癒やす。
 ファルマコは古木の杖を翳して祈り、エクトプラズムの疑似肉体で仲間達の外傷を塞いでいく。力そのものは十郎に遠く及ばないが、治癒に付随する効果は研鑽を積んだ者達と変わらない。
「その調子で頼むな」
「任されよ!」
 ちらりと視線を交えて、治癒役二人はそれぞれの術に意識を集中させる。すると盾役二人の身体に残っていた、身を焦がすような熱さもすうっと引いていった。
「今度は此方の番です!」
 葉の嵐で傷んだ肌が癒えていくのを感じつつ、反攻の号令を掛けたのは恭志郎。
 九尾の扇を手に、仲間達の並びから陣形を見出して破魔の力を授ければ、いの一番に反応した縒が大地を蹴り上げて高く跳ぶ。
 狙いは嵐を起こしたジャマーのケヤキ。黄色の小花を付けた蔦草が絡み付くショートブーツに重力を込めて、幹を蹴り倒そうと彗星の如く落ちていく――が、蹴撃は同族を庇いに出てきた別のケヤキに阻まれる。
「そんなに木っ端微塵にされてぇか!」」
 相棒から水の力を注がれていたケイが抜刀、縒と競るケヤキを挑発して斬りかかる――と見せかけて脇をすり抜け、もう一度ジャマーを狙う。
 しかし、桜吹雪を伴って繰り出されるこの一太刀も、別のケヤキに庇われた。
 攻撃だけでなく、防御面においても攻性植物達の連携力は侮りがたいらしい。
 だが、ケイは納刀と共に燃え上がる桜を見ながらニィと笑う。もし攻性植物達に口があったなら、その態度に何某か疑問を呈しただろう。
 そして問うまでもなく、答えはすぐに示された。
「たあっー!」
 威勢よく叫び、跳び上がったミライが太陽を背に蹴りを放つ。
 それは星型のオーラを生み、二本のケヤキを抜けて最優先の標的、ジャマーのケヤキへと打ち当たる。防御や強化は肩を並べる仲間達に任せて、攻めに全霊を注ぐミライの一撃は、漂うオウガ粒子で覚醒した超感覚にも頼って凄まじい威力を直撃させた。


 ケヤキの幹から、悲鳴のように軋む音が立つ。
「どうだ!」
 くるりと反転して着地、ミライは大きな声で気炎を吐く。
 ジャマーのケヤキは――さすがに一撃必殺とはならなかったようだ。曲がった幹を起こすと、自らの枝を仲間に突き刺した。
 途端、太陽光を熱線として放ったケヤキの片割れが大きく脈打つ。どくん、どくんと音が聞こえるほどに脈動するそれは、膨れ上がった枝をケルベロス達へと差し向ける。
「――っ!」
 狙いが主攻のミライであると悟るやいなや、恭志郎は躊躇いなく最前に立った。
 鎧袖一触。巨人の腕と見紛うほどの枝が細身の身体を吹き飛ばす。
「恭ちゃん!」
 兄のように慕う存在が蹂躙されたのを見て、ポヨンから状態異常対策の属性インストールを受けていた縒が思わず声を上げた。
 一方で恭志郎は歯を食いしばったまま、何とか態勢を整えようとするが――地に降り立つよりも早く、追撃の枝に下から殴りつけられて空へと返される。
「このっ……よくも恭ちゃんを!」
 ぎりりと歯噛みして怒りを露わに、縒は獅子にも負けぬ気魄で気弱さを吹き飛ばし、獣が狩りをするように猛然と攻勢に出た。
 標的は勿論、恭志郎を痛めつけるケヤキ。
「猫の牙だからって侮ったら後悔するよ!!」
 まだ遠い間合いから腕を振り、自らの意志を託して力を放つ。
 しかし腹立たしいところで邪魔をしてくるのが、ディフェンダーというもの。
「あっ、こら、お前じゃなーいっ!!」
 樹皮を強化しながら出てきたケヤキに庇われた瞬間、縒は叫んで地団駄を踏む。
 すると悔しがっている内に、狙っていたケヤキの足元で爆発が起きた。
「え、えっ……なに!?」
 驚く縒が見回して、目についたのは大剣を掲げたまま祈るようにしているユウマ。
「これなら……っ!」
 超集中力による爆発――サイコフォースには敵の強化を打ち砕く効果などないが、恭志郎によって破魔の力を授けられた今なら、それも叶う。
 ユウマはさらに意識を集中させて、木と木の繋ぎ目を爆ぜさせる。途端、風船から空気が抜けていくように強化されていたケヤキは萎み、元の太さへと戻ってしまった。
「皆さん、今のうちに! 佐潟さんとファーマシーさんは筐さんの回復を!」
「ああ、任せな」
 意外や頼もしく指揮をとるユウマに応じて、十郎が猛撃から解放された恭志郎に満月と似た光球を放る。
 次いでギルフォードが刀を振りかざし――繰り出した斬撃は、また己を強化していた盾役の片割れに阻まれる。
 が、牽制には十分。傷を癒やされた恭志郎が月の如き輝きで“らしからぬ”凶暴さを垣間見せて腕を伸ばし、鋭く変化させたブラックスライムでジャマーのケヤキを穿つ。
 そして続けざま、秋津彦が長筒で狙い定めて。
「砲術も昔の武芸の内でしてな……!」
 グラビティ中和弾を発射。邪なケヤキの攻撃力を削ぐ。
 そこにミライが、この世ならざる場所から呼び出した三色の炎纏う鎖で襲いかかると、雁字搦めになったケヤキに向かってケイが抜刀。雷の霊力を帯びた刀で突き抜けてから、目にも留まらぬ速さで納刀して構え直す。
「ポヨン!」
 一言呼べば、相棒はジャマーのケヤキが実らせようとしていた妖しげな果実を体当たりで吹っ飛ばして。
「二度は外さねえぜ!」
 再度の抜刀から一閃。
 飄々とした態度からは想像もつかないほど熟達した剣撃が幹を真っ二つに裂き、ジャマーのケヤキは折れて倒れながら桜色の炎に包まれ、瞬く間に燃え尽きた。


「俺達を倒すなら46体くらい揃えて来やがれ! ……待てよ、46体も居たらセンターポジションは誰になるんだ? やっぱりジャマーか!? って、いてぇ!」
 バッチリ決めると死んでしまうのか。戯言をのたまうケイのふくらはぎ辺りを、馬鹿言ってる場合じゃないでしょ、と言わんばかりにポヨンが叩く。
 そしてその通り、まだ敵は一体が滅んだだけ。
「気を緩めずに行くよ!」
 言って駆け出すミライに続き、ケルベロスは次の標的を盾役二枚と定めて攻め立てる。
 そのうち、より傷が多く見えた方に向かって、まずは秋津彦が凍結光線を撃つ。
 そこにもまた、破魔の力が宿っている。強化された幹は元の固さに戻り、同時に乾いてぽろぽろと破片をこぼす。脆くなったことを伺わせるそれにミライが星型オーラを蹴り込めば、白い拵から護身刀を抜いた恭志郎が斬りかかるのと合わせて、ユウマが巨剣を叩きつける。
 そして縒が止めを――刺そうとしたところで、また邪魔するのが盾の片割れ。
「だからお前じゃなーいー!!」
 憤懣やるかたないといった感じのまま、燃え上がる脚でどかどかと幹を蹴り、縒はやむなく引き下がる。
 そこでケルベロス達の攻め手も途切れて、攻性植物の反撃が始まった。
 後衛のケヤキ達が根っこで舗装路を揺らし、足止めされた前衛陣に盾役のケヤキ達が枝を乱舞させる。
(「っ……これが無辜の民を襲わずによかったと思うほかありませぬな」)
 身体のあちこちに刺さった枝が赤に染まり、血を吸い上げていく様を見つめて、秋津彦は痛みを堪えつつ思った。
 その時ふらりと、枝の間を男が抜けていく。
 ギルフォードだ。他の仲間とは攻めのリズムが半拍ほどずれていたことが、奇しくも幸いとなって彼に好機を与えていた。
 得物は刀でなく、十本一組の投げナイフ。それに毒を付加して、血を吸ったばかりのケヤキに至近距離から突き立てる。
 途端、赤の色をどす黒く変えたケヤキは、自らの重さにすら耐えられなくなったかのように崩れた。
 呆気に取られる仲間を余所に、ギルフォードは残る盾を鋭く睨めつけて呟く。
「次はお前か? もう少し楽しませてくれりゃいいんだが」

 言うが早いかギルフォードは刀を手にして、ケヤキの幹を斬りつけた。
 すぐさまお返しとばかりに枝が伸びる。だがその頃には他のケルベロス達も態勢を整えていて、恭志郎が自らの身体を盾にしながらブラックスライムを放つと、縒が今度こそ何者にも遮られることなく飛び蹴りを浴びせる。
 ケイは相棒がブレスを吐きつけたのに合わせて神速の突きを打ち、ミライはぐっと幹の間近にまで迫ってから、痛烈な回し蹴りを薙ぐように叩き込む。
 攻性植物達のお株を奪う連撃に、幹は痛々しい音を響かせて。
「筑波の狗賓の牙が鋭さ、その身で思い知って頂きましょう」
 秋津彦が片腕を振り抜けば、音が止む代わりにケヤキは細切れになって散った。
「あと二本だ、後ろは任せて全力で攻めろ!」
 休む間もなく十郎が呼び掛けて、からりころりと鎖を振るう。
 描かれた陣は前衛の傷を癒やすと共に、防御力を向上させて――その強固になった守りごと、ケルベロスの布陣に穴を開けようと残るケヤキは太陽の光を集めだす。
 また熱線を撃つつもりだ。それを浴びたが故に脅威を知るユウマは、敢えて敵の前を横切るように駆け抜けた。
 それが目に付いた――で正しいかはさておき、引きつけたことは確か。二本分の太陽砲は一人に集中されて、巨大な光の中にユウマの姿が一時消える。
「玄梛っ」
 声を荒げこそしなかったものの、十郎は目を見張った。
 そして。
「まだまだ倒れるわけにはいきません!」
 不可視の防御膜で熱線を受けきって吼えるユウマを見やり、安堵しつつ光球を投げた。
「意気込むのはいいが、あまり無茶をするな」
「……すみません」
 実際のところ、瀕死とまではいかないが中々の痛手だった。癒し手の援護あっての盾役だと噛み締めつつ、ユウマは傷の治りを待つ。
 その間、他のケルベロスはケヤキを仕留めにかかる。
 ギルフォードの斬撃に、ミライの星型オーラ。桜吹雪を伴うケイの抜刀術とポヨンのタックルから、秋津彦の凍結光線に恭志郎の絶空斬と続き。
「ごめんね。でもケヤキさんだって、恭ちゃんに酷いことしたのは許さないんだから!」
 標的が兄貴分を痛めつけたそれとあって、一層気合を入れた一撃を縒が放つ。
 獅子にも負けぬ――とは決して誇張でないだろう。まさしく猛獣が獲物を仕留めるときのように、幹の最も傷ついていた部分へと突き立てられた力は、ケヤキに残されていた命を残さず刈り取って死に至らしめた。

「あと一本――っ!?」
 そのままの流れで攻撃を続けようとする縒に、鋭い枝が伸びる。
 だが、妹分の肌に触れることは恭志郎が許さない。血の滲んだ身体を惜しげもなく差し出して、暴挙を阻む。
 言うまでもなく痛いだろうに、苦悶一つ漏らさないのはやはり男の子だからか――なんて思ったのも束の間。
「チロちゃん!」
 縒は赤リボンを首に巻く青目の黒猫を、魔力と一緒に射ち出す。
 そこからまた始まった連撃と、戦いそのものの幕引き役を務めたのは、絶えず猛撃を繰り出してケヤキ達全てに大きな傷を負わせていたミライ。
 敵を殺すための、三本爪が付いた黒く無骨な鎖をケヤキに食らいつかせたまま、地獄の炎で魔法陣を描いて喚び出すのは――これまた大きな三本の鎖。
「ヘルズゲート、アンロック! コール・トリカラード!」
 声に応じて現れた赤、黄、青の炎を纏う鎖達は、枝も根も地に這わせて堪えるケヤキをじりじりと引き寄せ、やがて魔法陣の向こう側へと攫っていく。
「地獄に落ちろとは言わないよ。……ゆっくりお休み」
 ミライが呟けば陣は閉じ、荒れた国道には静寂だけが残った。


「きょ、恭ちゃん、うちやみんなを庇ってこんなに……」
 終わってみるとズタボロな恭志郎に敵を見た時より怖気づいて、あわあわと慌てる縒を宥めながら恭志郎が警察へと連絡を入れる。
 既に舗装路はヒールされて、辺り一面大体元通り。通行にも支障はないだろう。
「けれど、この木たちは帰って来ないのですな」
 ケヤキ並木にぽっかりと空いた不自然な空き地を見て、秋津彦が言う。
「虚しいものじゃのう」
 ファルマコが顎を撫で擦り、言葉を重ねる。
「……しかし戻ってこずとも、また新たな種を植えることは出来ましょう」
 それを育む土壌は守り通したのだ。
 何年後か、この地を訪れた時に爪痕を埋める若木の姿があることを願いつつ、秋津彦はケヤキ並木に背を向ける。
「それにしても、胞子ってやっぱりサキュレント・エンブリオが撒いたやつだよね。早く止める方法を見つけないと」
 ケヤキに祈りを捧げていたミライが、ふと思い立って語った言葉に一同は強く頷いた。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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