アイ・ラブ・白米

作者:砂浦俊一


「諸君らに問おう、白米は好きかっ」
 全身に羽毛の生えた異形のビルシャナが、10人ほどの信者へ問いかけた。
「大好きです!」
 と、信者たちが一斉に答えを返す。
「日本の白米こそが最高の主食、我らは米をおかずに米を食う! 主食が炊き立てご飯なら、おかずも炊き立てご飯! 味噌汁の代わりにお粥をすする! これぞ白米を愛する我が教え! パン食などは認めない!」
 ビルシャナの教えを信者たちは疑いもせず、うっとりとした眼差しで聞いている。
「さあ唱えよう! アイ・ラブ・白米っ」
「アイ・ラブ・白米!」
「ウィー・ラブ・白米っ」
「ウィー・ラブ・白米!」
 自らの言葉に続いて信者たちが声を揃えて叫ぶ様子に、ビルシャナも満足げな顔だ。
「諸君、世界に白米の素晴らしさを広めるためにも、まずは腹ごしらえだ!」
 ビルシャナの背後にはずらりと並んだ無数の炊飯器。
 全て美味しくご飯が炊き上がり、保温状態になっている。
「白米バンザーイ! 『白米大好き教』バンザーイ!」
 信者たちが炊飯器へと一斉に駆け出す。
『白米大好き教』、それがビルシャナ率いる教団の名だった。


「……本当に、白米だけ?」
「はい、本当に白米だけです」
 ケルベロスの問いに、シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールは予知したビルシャナたちの食事の内容を答える。
「主食がコシヒカリ、前菜にゆめぴりか、主菜はひとめぼれ、味噌汁代わりのお粥はあきたこまち、デザートには――」
 セリカの口から出てくるのは米の品種ばかり。よくも米をおかずに米が喰えるものだと、ケルベロスたちは思わずにいられない。
「白米大好きな人間がビルシャナ化して『白米大好き教』を興し、一般人を洗脳して信者を増やしています。今回は皆さんにこれを解決して欲しいのです」
 続いてセリカはビルシャナたちの拠点と戦力の説明に入る。
「この教団は千葉県浦安市にある倉庫を不法占拠しています。ビルシャナの攻撃手段はビルシャナ閃光、ビルシャナ経文、清めの光です。信者の数は10人、戦闘時はビルシャナの配下となります。とはいえ信者は一般人、攻撃手段も食器を投げつけてくる程度なので敵としては弱いでしょう。なお戦闘時は信者たちが前衛でディフェンダ―役、ビルシャナは後衛でスナイパー役になります」
 つまり信者たちを盾にして自分は安全な場所から攻撃する、それがビルシャナの戦術のようだ。
「信者たちは一応はビルシャナの教えを信じています。ビルシャナの姿に『まともじゃないぞ?』と思った人間はそもそも信者にはなりませんしね。戦闘前にビルシャナの教えを覆すようなインパクトのある主張をすれば、信者の目も覚めて敵戦力が減る可能性もあります。もし効果がなくても、ビルシャナさえ倒せば配下の信者たちは元に戻るので救出可能です。配下の生死は問いませんので、救出できたら良いかな程度に考えてください」
 信者たちはビルシャナの影響下にある。理屈だけでの説得では難しいだろう。
 重要なのはインパクト、そのための演出を考えてみるのも良いかもしれない。
「これを放置すればやがて信者の数も増えて、その危険度も増すでしょう。ビルシャナ化した人間は救えませんが、混乱が拡大する前に討伐をお願いいたします」
 おかしな事件は早々に終わらせよう。
 セリカに見送られ、ケルベロスたちはヘリオンに搭乗する。


参加者
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
絡・丁(天蓋花・e21729)
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)
藍井・よひら(八仙花・e44501)

■リプレイ


「アイ・ラブ・白米っ、ウィー・ラブ・白米っ」
「アイ・ラブ・白米! ウィー・ラブ・白米!」
 ビルシャナ率いる『白米大好き教』によって不法占拠された倉庫。白米を愛する彼らの叫びは外まで聞こえてくる。
 と、その時。倉庫の扉が音を立てて開け放たれた。
「こんにちは! 入信希望者です!」
 中に入るなり元気な声を上げたのは不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)。その隣でシデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)は軽く咳払いした。
「オホン。葵さん?」
「あっ、間違えたっ! 正しい白米教の布教に来ました!」
 葵は小さな舌をペロッと出して訂正。仲間のケルベロスたちも続々と倉庫の中へと足を踏み入れる。
「なんだなんだ?」
「入信希望ではないのか?」
 信者たちはどよめくものの、ビルシャナは米俵の如くどっしりと構えている。その周囲には無数の炊飯器が並んでいた。各炊飯器の前には『コシヒカリ』『ゆめぴりか』『ひとめぼれ』『お粥』など、中身が判るように木の札が置かれている。
「正しい白米教だと? まるで我らが間違っているかのような物言いだな」
 ビルシャナはケルベロスたちへ品定めするような目を向ける。
「白飯、らぶ! しかぁし! それのみで食を終えるなどお米の持ち腐れであります!」
「炊きたての白米は最高に美味しいわね。でも、あたしたちとしては、そこにご飯のお供が加わることで、より素晴らしくなると思うわけよ」
 莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)と絡・丁(天蓋花・e21729)が前に出た。バンリはテンション高めに、クールな装いの丁はサングラスを外しながら、信者たちに問いかける。
「白米は単体でも美味しいのは基本で当たり前、そこに色々な物と合うから良いんですよ~? その良さを殺すなんて凄く勿体ないですっ」
「それに白米ばかりでは栄養の偏りとか気になりませんか? そもそも飽きませんか?」
 続けてセレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)と七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)が問うが、これにビルシャナは笑いとばした。
「ふははっ。品種による味の違いはもちろんのこと、同じ米でも炊き方次第でまた異なる。喰らっても喰らっても飽き足らぬ。皆の者、そうであろう!」
「その通りです教祖さま!」
「本日も最高の炊きあがりです!」
 信者たちはビルシャナの言葉に賛同し、そして並んだ炊飯器の蓋を開けていく。倉庫の中に、炊きたての白米の食欲をそそる香りが、瞬く間に立ち込めていく。
「さあ君たちも一緒に白米を食べよう!」
「食べればわかる、銀シャリがあればおかずは不要だ!」
 信者たちは食器や御椀に白米やお粥をよそってはテーブルに並べていく。テーブルの上にずらりと並ぶ見渡す限りの白米。もちろん、そこに玄米や雑穀米などは存在しない。
「ほ、本当に白米だけ、なんですね……」
 内気な女装少年の藍井・よひら(八仙花・e44501)は若干引き気味の声を漏らした。
 しかし相手はご飯を出してきた。それも、炊きたての。
「白米を食べる前に、先ずはこの梅干しを見ろ! 紀州産の梅を使った梅干しだ! 唾液が出た者は話を聞いてくれ!」
 アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が掲げたのは梅干しの入った壺。その中身を信者たちに見せる。
 壺の中の見るからにすっぱそうな梅干しと、その香り。
 信者たちの口の中が、唾液で溢れそうになる。


「私のオススメはお肉と一緒です~!」
 セレネテアルが持参したタッパーの中身は、生姜焼きの豚肉である。
「しっかりと焼いたお肉から滴る肉汁を吸わせても良し、お肉のタレを染み込ませても良し、当然お肉と一緒に頬張るのも良しですよ~!」
 テーブルのご飯の御椀へと彼女は箸で肉を乗せる。生姜焼きのタレもよく染みた肉の香りが、信者の胃袋を直撃する。
「では私は、新鮮たまごを割り入れ! 素材の味を壊さない程度に醤油を垂らす! そうこれぞたまごかけごはん! 略してTKG! 略称のついたご飯料理など、そうそうありません。これもご飯とたまごのマリアージュがあってこそ!」
 シデルが用意した今朝産みたての新鮮な卵は、ご飯の上で輝くかのよう。そこにたまごかけごはん専用の醤油がじんわり染みていく。
「純白の白米に乗る黒い海苔の佃煮、昆布の佃煮……牛肉の時雨煮はほんのり甘くも生姜が入ることで大人の味へ……そして朱色に輝く宝石のようなイクラの醤油漬け……全ては正しく美味しく白米を食べるためっ」
 葵もまた用意してきたそれらをご飯に乗せていく。
「彼らは白米様のほんのりとした甘さをより引き立て……美味しさを昇華させてくれる友なのです!」
 真っ白だったご飯が、次々と色彩豊かに変化していく。
「日本の心! お米! お米の国に生まれ落ちし己、幸せ! 乗せるだけでなく、中に入れるも良し! すなわちオニギリ!」
 自身が用意した小松菜と挽き肉、豚キムチ、ぶり大根。それらだけでなく、仲間が持参した梅干しや佃煮も具にしてバンリは次々とオニギリを握っていく。
「複数の具材で栄養バランスをとり、行楽の友にもイベントにもお役立ちなのであります!」
「これも使って頂戴な♪」
 と言って丁がバンリに差し出したのは漬け物に明太子、それと塩辛。
「お米は主役であり名脇役。他の食材と合わせてさらに輝くのよ。見たところ年配の信者もいるようだし、お酒のおつまみ系がご飯に合うのも知っているでしょう? もちろん、飲んだ〆に最高なのものといえば――」
「そ、そう、お茶漬け、です! 白めしが一般的になってきたのは江戸時代位から、それとほぼ同時に親しまれてきたそう、です!」
 よひらはテーブル上のご飯にお出汁を注いでお茶漬けを作っていく。お茶漬けの具は無数にある。もちろん扇いで信者たちに香りを届けることも忘れない。
「皆さんお忘れですか? ご飯に一番合うおかずと言えば、やはりこれです!」
 綴が取り出した魔法瓶の中身は――スパイスの香りも刺激的なカレーのルウ。
「肉も野菜も程よく入り、スパイスも健康にいい。最高のご飯のお供、カレーを食べてみませんか?」
 ダメ押しとばかりにカレーライスがテーブルの上に出現した。
「は、白米たちの純白の美しさになんということを……」
 ビルシャナは血の気の失せた顔でよろめくが、信者たちは今にも料理に喰いつかんばかりの目だ。喉を鳴らす者、涎を垂らす者も多い。
「白米をおかずに白米を食べることは否定しない。でも、これら様々な食材を相棒にしたお米たちを見てくれ。どうだ、最高のバディたちだろ? 食べてもいいんだぜ?」
 アラタが手招きした直後、多くの信者がご飯料理に群がった。ビルシャナに影響されて白米オンリーの食生活を送っていたためだろう、こうも様々な食材と料理の匂いを嗅がされて、彼らはもはや我慢できなかった。
「たわけが!」
 これに堪忍袋の緒が切れたのが、ビルシャナだった。


「私の白米に、私の炊きたてご飯に、余計な食材を混ぜて愚弄しおって!」
 ビルシャナは業務用炊飯器を持ち上げるや、テーブルへと力の限り叩きつけた。
 テーブルは真っ二つに割れ、様々な料理が一瞬で床にぶちまけられてしまう。
 刹那の間、倉庫の中はしんと静まり返る。
「見ましたか、皆さん」
 その静寂を破ったのはシデル。彼女は眼鏡の縁をツイっと上げる。
「白米様になんてことを……農家の娘として哀しいです……」
「本当にお米が好きならこんなことができて? あなたたち、まだこんな鳥人間に従うつもり?」
 床に落ち、無残な姿となった料理。葵は泣き出しそうな顔で潰れたオニギリを拾い上げ、丁はビルシャナに怒りの眼差しを向ける。
「お、お米を大事にしない人にはついていけない!」
「米農家さんに顔向けできない人間にはなりたくない!」
 ビルシャナの所業を目の当たりにした信者たちの多くが、倉庫の外へと駆けだした。
 だが、まだ2人ほど信者が残っている。彼らはビルシャナに従う様子だ。
「あやつらを殺して、私たちの白米パーティーをやり直すぞ! ゆけい!」
 ビルシャナの号令一下、配下となった信者たちは手近な食器を掴んだ。
 だが、敵に先手は取らせない。
「まだ白米だけを食べる気ですか~? 残念ですね~」
「人も米も向き不向きがある。皆がおかずを避けるようになったのは、何かの食材との不幸な出会いの結果なのかもな……」
 配下の信者たちが食器を投擲するよりも早く、綿毛が宙を舞うように駆け抜けたセレネテアルとアラタが彼らを当て身で気絶させる。無力化した配下はすぐさまシデルが縄で拘束、倉庫の隅へと無慈悲に蹴り飛ばした。
「私でも、やればできるのです!」
「この畜生鳥! 己が作ったオニギリたちに謝るであります!」
 配下を盾役にするつもりだったビルシャナの目論見は崩れた。綴とバンリの拳が胴にめりこみ、よろめくビルシャナは数歩後退。そこへ丁のスターゲイザーと葵の達人の一撃が追い討ちをかける。
「白いご飯だけでは、ビタミンが足りなくなって脚気になります。健康に、ご飯を食べ続けたい、なら、色んなものを一緒に食べるよう、人に勧めるべきです、ね?」
 よひらは攻性植物を鞭のようにしならせ、敵を捕縛しようとする。
「白米を愛する者全てが、私と同じ体になれば、脚気を怖がることもなくなる!」
 だがビルシャナは絡みつく攻性植物を引き千切って仁王立ち。その背後に、稲穂が黄金色に輝く田園の幻影が浮かび上がった。


「くらえ! たわわに実った稲穂から放たれる金色の輝きを!」
 田園の幻影から放たれたのはビルシャナ閃光、強烈な光の圧力がケルベロスたちに襲いかかる。
「キサマらをブチ殺したらミンチ肉にして水田に撒いてくれる。美味しい白米を育むための土壌となれ!」
「水田に死体遺棄とは、言語道断でありますなあ!」
「みるにゃ、さあお仕事ですよっ」
 盾役として最前線に立つバンリは敵へと言い返すようにシャウト、セレネテアルは相棒の翼猫とともに回復役にひた走る。
「せっかくたくさん料理が集まって、賑やかになったのに!」
 駆け出た綴の指天殺がビルシャナの左脇を抉った。
 左半身に石のような重さを感じたビルシャナの攻撃が止まる。この機にケルベロスたちは畳みかける。
「白米とおかず、その無限の可能性。個性を活かした幸せなカップリングなら、白米の旨さは遥かな高みへ達する。どうしてそれがわからないっ」
 アラタの縛霊撃がビルシャナの左腕を捕縛した。
「私は誰よりも米を愛している。故に米以外に見向きするのは不純、米好きだからこそ米しか喰わぬ!」
「そ、そのお米に、さっきは、酷いことしたじゃないですかっ」
 動きを封じた敵めがけて。よひらが構えた巨大なパイルバンカーが射出された。
 長大な鉄杭がビルシャナの右肩を貫く。左腕は捕縛状態、右腕はもはや動かない。
「くっ、両手が使えなければ米も食べれぬっ」
「――げんげんばらばら、何事じゃ」
 血相を変えるビルシャナの姿に丁は微笑を浮かべ、顕現させた鷹の霊体を葵へと飛翔させた。
「白米様の真価もわからずに白米様愛を語り、あろうことか粗末にするっ。あなたに真の白米教を名乗る資格は……ないよ!」
 鷹の霊体からの霊的強化を受けた葵が繰り出すは、黒百合の呪縛。ビルシャナの全身に漆黒の花が咲き、それが散華する時――幾重もの呪術は発動する。
 嘴からドス黒い血を吐き、ビルシャナは仰向けに崩れた。
「こ、米を食いたい、米は私に力を与えてくれる、米さえ食えば、まだ戦える……」
 倒れたビルシャナの視線の先には、床に転がる炊飯器からこぼれた炊きたてのご飯。
「残念ですが、あなたの食べるご飯はありません」
 パンプスのヒールをコツコツと鳴らして、シデルがビルシャナに近づく。
「では、さようなら」
 彼女のストッキングを履いた脚が弧を描き、ヒールから突き出た刃がビルシャナの首を刎ねた。

 ビルシャナの死により『白米大好き教』も滅んだ。捕縛した配下の信者たちも、すぐに正気に戻るだろう。
 どうせなら、逃げ出した信者たちも呼び戻してご飯パーティーをしたいところだ。さっきはビルシャナに料理を台無しにされてしまったが、炊きたてご飯も持参した食材もまだまだたくさんある。
 米農家の人たちに感謝しつつ、炊いたご飯を残らず美味しく食べる。
 それこそ、きっと本当の白米教だろう。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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