湯けむりアイドル黄昏紀行

作者:秋月きり

 地方巡業は、アイドルにとって避ける事の出来ない営業活動である。
 とは言え、イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)にとってそれは嫌な仕事ではなかった。むしろ、普段の活動では起こり得ない交流は、良い刺激として彼女の益になっている。
(「それに、ご褒美もありますしね」)
 ホカホカと上がる湯気の残滓は、彼女が先程まで、温泉を堪能していた証拠だった。その効能だろうか。心なしか、肌がしっとりしている気がする。
 湯上りホカホカでの帰路の最中、行儀悪くアイスを買い食いしてみたが、近くの牧場から仕入れていると言う濃厚なクリームの味は絶品だった。
 温泉都市と銘打つ土地柄の為か硫黄の匂いが鼻に付くが、それもそれで一つのスパイス。そう思う事にした。
 浴衣姿で春の町を散策する彼女はしかし、違和感を感じて足を止める。
 時刻にして午後6時。如何に過疎の波が押し寄せる地方都市とは言え、この時間帯に人気が無くなる事などあろうか。
「ああ、腹、減った」
 否。人がいない訳ではなかった。西洋鎧姿の男が一人、ふらふらとイピナへと近付いてくる。鋭い眼光は彼が常人でない事を示していた。
「――デウスエクス!」
 星霊甲冑を纏うデウスエクスなど、エインヘリアルを措いて他にあるまい。
 身構えるイピナに、男はくっくっくと笑う。
「我が名は黄昏騎士クリープス。貴様のグラビティ・チェインを貰い受ける」
 口上は騎士である事を示す為か。明確な殺意と気高さの同居する言葉は騎士の二つ名に相応しい物であった。
 故に、イピナも同じ言葉で返す。戦いの狼煙の如く、可憐な声は路地裏に響いていく。
「イピナ・ウィンテール。ウィンテール家4代目当主。そして――」
 その言葉は自身の誉れと共に。
「地獄の番犬ケルベロス」

「イピナがエインヘリアルから襲撃を受けるわ」
 それが、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が告げる未来予知の内容だった。ヘリポートに集ったケルベロス達に先を促され、彼女は言葉を続ける。
「イピナに連絡を取ろうとしたのだけど、連絡をつける事は出来なかった。もはや一刻の猶予も無いわ。彼女が無事な内に何とか救援に向かって欲しいの」
 行く先は九州にある温泉都市だと言う。未来予知の通りだとすれば、ケルベロス達の到着と、イピナの襲撃はほぼ同じ時刻になる筈だ。
「エインヘリアルの名は『黄昏騎士クリープス』。際立った特徴は特にないわ。ただ、ひたすら、強い――」
 高い攻撃力と技巧を武器に、幾多の戦いを渡り歩いた戦闘狂らしい。得物はゾディアックソードだが、シャウトによる回復も行うので注意が必要だ。
「ただ、グラビティ・チェイン不足による飢餓で体力が落ちている様子だから、短期間で大きなダメージを与える事が出来れば、勝利の目はありそうなの」
 逆を言うと長期戦に持ち込めばケルベロス達の勝機は希薄のようだ。また、飢餓状態とは言え、戦闘中にグラビティ・チェイン枯渇に持ち込むのは難しそうであった。
 もしもグラビティ・チェイン枯渇による勝利を狙うのならば、相当な持久戦となるだろう。その上、敵はケルベロス一人でも仕留めればグラビティ・チェインを回復してしまうのだ。その戦いは負けの見えたチキンレースで、故に自殺行為だとリーシャは断言する。
「クリープスは配下などなく、単独行動。それと、純粋にイピナのグラビティ・チェインを狙ってきている為か、人払いの能力を使用している様ね。だから、周囲に人影は無し。周りの被害を気にせず戦う事が出来るわ」
 無論、グラビティ・チェイン入手が目的な以上、彼女一人に固執する理由はない。戦場に足を踏み入れた瞬間、ケルベロス達全てへの殺意を露わにするだろう。
「みんな、お願い。エインヘリアルを倒し、イピナを助けて欲しいの」
 悪しき宿縁を断ち切って欲しい。
 リーシャは願いと共にケルベロス達を送り出すのだった。
「それじゃ、いってらっしゃい」


参加者
五継・うつぎ(記憶者・e00485)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)
アニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874)
イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)
アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)

■リプレイ

●湯けむりアイドル殺人事件?
「我が名は黄昏騎士クリープス。貴様のグラビティ・チェインを貰い受ける」
 クリープスの口上が夕暮れの路地裏に響き渡る。周囲の建物は夕陽に染まり、彼の騎士もまた二つ名に相応しい彩りに染まっていた。
 輝く星霊甲冑はしかし、装飾も失われ、代わりに無数の傷が存在を誇示している。
(「それだけの死線を超えて来たのですか――」)
 戦士であるからこそ分かり合える事もある。イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)は彼の敵の装備、そして所作から全てを悟っていた。
 目の前の騎士は強い。
「イピナ・ウィンテール。ウィンテール家4代目当主。そして――」
 浴衣姿で身構えるイピナもまた、口上を発する。それは彼女自身の誉れだった。
「地獄の番犬、ケルベロス!」
 それが、地球の守護者として、デウスエクスを狩る猟犬としての名だ。
「――参る」
 短い一言。それがクリープスの紡いだ音だった。次の瞬間、轟いた破砕音はイピナの足元から。抉れたアスファルトから間一髪跳び退いたイピナは、荒い息を吐く。
 流石はエインヘリアル。神速の域に達した剣戟と大地を割る破壊力はアスガルドの勇者に相応しい熾烈な物だった。紙一重で躱せたのは僥倖で、しかし、逃げ回る事が出来るのも時間の問題だ。いずれ、彼の刃に捕らわれる瞬間が来てしまう。
(「せめて、剣があれば――」)
 徒手空拳で戦い続けられる相手ではない。焦燥混じりの汗が頬へ流れたその瞬間だった。
 声が聞こえた。
「イピナさん!」
「――?!」
 上空から響く声は蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)のもの。そして。
 自らの髪を掠め、壁に突き刺さった何かの柄を握り、引き抜く。同時に響く金属音は、クリープスの追撃とそれが衝突した音だった。
「剣を抜いたな、女!」
「これで対等です。黄昏の騎士!」
 鍔ぜり合う一対のゾディアックソードを間に置き、黄昏の騎士とイピナの視線が絡み合う。
 イピナが引き抜いたもの。それはアニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874)が投擲したゾディアックソードだった。ヘリオンから降り立ってここまで全力疾走して来たのだろう。肩で息をしながら、それでも己の得物である日本刀を構え、二人へ歩を進めている。
(「みんな――」)
 駆け付けてくれたのは二人だけではなかった。
「イピナさん。災難でしたね」
「貴方の折角のオフがゲバゲバ湯けむり温泉殺人事件にならなくて何よりですわ」
 ドラゴニックハンマーを砲撃形態へ移行する五継・うつぎ(記憶者・e00485)とその横に立つエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)は労いの言葉を紡ぎ。
「間に合ったようで何よりだ」
 村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)は安堵混じりの吐息を吐く。
 そして。
「ところでエニーケ、『ゲバゲバ』って何だ?」
 疑問を口にするロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)は己が得物である相棒のアームドフォートを構えると、その砲身をクリープスに向け、言外に戦いの始まりを宣言する。
「さぁ。真っ向勝負と行こうじゃないか」
 アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)の声はむしろ挑発の如く、響き渡った。

●黄昏の騎士、猛る
「フンっ!」
 蹴撃一閃。鍔迫り合いはクリープスの蹴りによって終わりを告げる。
 後方へ飛び、威力を殺したイピナはしかし、それでもこほりと咳こんでしまう。
 剣の腕だけではない。格闘戦――おそらく、殺し合いの全ての於いて、彼の騎士は修練を重ね、幾多の敵を屠って来たのだろう。デウスエクスであるが故に、それが気の遠くなるような長きに渡って行われたであろう事は、想像に難くなかった。
「貴様らが幾多幾人集おうが我が所業は変わらず。全てのグラビティ・チェインを貰い受ける」
 エネルギー補給の為。生命維持の為。そして、更なる力を得る為。
 魂に由来するグラビティ・チェインを搾取すると言う宣言は、即ち、ケルベロス達に対する殺戮の宣言でもあった。
「――そんな事っ」
「正義の女神の名の下、許すわけにはいかないね」
 続く唐竹割りを星降りの剣で受け止めたアレックスは柔らかい微笑で、殺気立つ視線を受け止める。
(「……重いね」)
 腕の痺れは強がりで押し殺した。共に剣戟からイピナを守る己がサーヴァント、ディケーには看過されているだろうが、他の仲間に伝播していなければ、それで良いと判断した。
「ケルキュアライズ! ナイトアップ!」
 攻防の後方で可憐な乙女が花開いていた。掛け声の下、桃色の戦衣と白い鎧を纏った魔法少女ケルキュアナイトに変身したエニーケはクリープスにびしりと指を突き付ける。
「辻斬り魔には天誅! 突撃!!」
 裂帛の気合と共に放つ速射弾が捉えたのはクリープス――ではなくイピナであった。回復グラビティが象った弾丸は彼女に刻まれた傷を治癒し、脳内物質放出促進によって、集中力を高めていく。
「オフを狙っての追っかけはマナー違反だぜ!」
 ロディの飛び蹴りは流星を纏い、クリープスの胸を穿つ。一瞬、踏鞴踏んだ彼はしかし、胸に食い込むロディの足を掴むと、そのまま無造作に投げ捨てる。地面を転がり、勢いを殺すロディへ向けられた追撃の刃はしかし。
「守るなら見目麗しいお嬢さん……であって欲しかったが」
 アレックスの踵落としを前に封じられてしまう。刃を盾と構え、彼の一撃を受け流した為だ。
 主の生んだ暇を縫ってディケーが羽ばたきを敢行。清浄な風がイピナを始めとした前衛陣の邪気を吹き払っていく。
「てめぇ! それ以上近づくんじゃねぇ!」
 クリープスに絡みつく鎖は、多節根に転じた柚月の如意棒だった。怒りを露わにした咆哮と共に生み出された空隙はケルベロス達にとって好機でもあった。
「最近は格闘戦が多かったですが、射撃の腕も錆びついてはいません」
 動きを取れないエインヘリアルをうつぎの竜砲弾が狙撃する。破砕の衝撃に足を砕かれたクリープスは短い呻き声を零す。
「恐ろしい程の使い手です。……気をつけて!」
 守護星座を煌かせるイピナから零れた悲鳴に応じたのは、二対の影だった。それらは蒼と緋の衝撃と化し、己が攻撃をクリープスに叩き付ける。
「今です!」
 強き心が転じる一撃は凛子の斬霊刀が紡ぐもの。
「任せて下さい! 合わせます!!」
 爆発の魔力の籠った弾丸はアニエスが放つものだった。
 双方の攻撃を受け、それでも倒れないクリープスはしかし、その唇の端から鮮血を零す。
「――効いています! 攻撃を続けて下さい!」
 うつぎの声にケルベロス達は色めき立つ。
 そう。相手はデウスエクス――異邦の勇者だ。だが、不死者の身体にも死を刻まれる事がある。その一つがケルベロスの牙――彼らの放つ死と重力の楔だ。
(「押し切る――」)
 星形のオーラを足に纏う柚月は彼の撃破を願う。勝利の目はある。それがヘリオライダーの言葉だった。ならば――。
「勝ちますわ! 人間を舐めないで下さいまし!」
「――はんっ」
 エニーケの宣言に対する返答は、嘲笑であった。
「おおおおっ!」
 獣、否、全てを平伏させる異形の咆哮はクリープスが上げた物だった。咆哮の都度、その身体は盛り上がり、傷口を癒やして行く。あたかも、傷口そのものを吹き飛ばすかの様であった。
「彼がシャウトを使う事は知っていました! 問題ありません!」
 凛子の警告に、皆、心得ていると頷きで応じる。
 自身に纏わりつく厄を払い傷を回復するそのグラビティは、ケルベロス達もまた、使用できる能力だ。まして、今回、ヘリオライダーの予知にその名があったのだ。
 一つ問題があるとするならば。
「――振り出しに戻る、ですか」
 アニエスの嘆息は苛立ち混じりに響き渡る。今まで重ねた攻撃全てが無意味に帰したとは考えたくない。だが、彼の騎士から目に見える傷全てが消失した事も、紛れもない事実だった。

●騎士と番犬の行方
 光が弾ける。煌く粒子はそれが生命の欠片と言わんばかりに、絶え間ない光を湛えていた。
 それが、ディケーの最期だった。
「この程度では足りん! 足りんぞ!!」
 漏れ出でたグラビティ・チェインを貪るクリープスの哄笑と、アレックスの無念が重なる。自身の半身たるサーヴァントの最期に何を思うのか。噛み締めた唇はそれ以上の言葉を紡がない。
(「――足りない」)
 竜の牙の名を持つナイフで傷口を広げるべく、刃を振り下ろす柚月の焦燥は、奇しくもクリープスの哄笑と同じ語句で形成されていた。
 ケルベロスとデウスエクスの戦いは、もはや何合に渡っただろう? まだ始まったばかりにも、永劫の時を切り結んだようにも思える。そして、息が上がるのはケルベロス達の方が早かった。
 足りない。誰もが同じ評価を抱いていた。
 幾多に攻撃を重ねようとも、クリープスが膝をつく事は無かった。着実にダメージは積み重なっている筈だが、それに類する速度でクリープスは自己治癒を行っている。
 難攻不落の要塞と化した彼を打ち砕く物、それは――。
(「火力不足……」)
 ロディの浮かべる悔悟は伝播の如く、ケルベロス達に染み渡っていく。
 うつぎとロディが機動力を削り、凛子とアニエスがダメージディーラーとして、最大火力を叩き付ける。二人を柚月がフォローし、アレックスとディケー、そしてイピナが皆を守る。その過程で負った傷をエニーケが癒す。戦略そのものは過ちではない。むしろ、セオリーとも言える戦い方だ。
 ――今回に至っては、それが噛み合わなかっただけだ。
 クラッシャーと言う役割上、どうしても凛子とアニエスの攻撃は大振りとなってしまい、全てがクリープスに叩き込まれていない。そこに導くためにうつぎとロディが付与する足止めの厄はしかし、シャウトによって回復されてしまう。ならばとエニーケが狙い上昇の付与を駆使するものの、星座の軌跡を描くクリープスの剣技はその加護を剥ぎ取っていく。
「危ねぇなぁ」
 ニヤリと浮かぶ笑みは、その解除を優先するが故だろう。
 恐ろしい程の使い手。イピナの評価は剣技だけに向けられた物ではない。戦術もまたそうであったのだ。
(「――もしも」)
 益体の無い思いが、抜き撃ちを叩き込むうつぎの思考回路を染め上げる。
 もし、クリープスの得物がゾディアックソードで無ければ。
 もし、回復を遅延させる厄を付与する事が出来ていれば。
 もし、複数の狙い上昇を可能とするグラビティを誰かが有していれば。
 もし、あと一人、クラッシャーがいれば。
 一つ一つは些細な瑕疵でも、それが重なれば大きな亀裂となってしまう。
「そんな顔をしないで、うつぎ」
 騎士の誇りを治癒に転化し、アニエスを癒すアレックスの声は優しく響く。サーヴァントを失った痛みを抱えながらも、青年の微笑はあくまで優しい。
「君の笑顔は俺が守る。そう決めた。だから……」
 頼んだよ。
 言葉は最後まで紡がれなかった。己の最期の役割と凛子を庇ったヴァルキュリアの騎士は、クリープスの剣を胸に受け、その場に崩れ落ちる。
「アレックスさんっ」
「――ッ」
 呼び声はうつぎから。そして、悲鳴はイピナから発せられた。大量の血塊をぶちまけた彼はしかし、地面に伏す事を拒むように剣を杖にと立ち尽くす。防具の相性が、首の皮一枚で彼の意識を繋ぎ止めていた。
 だが、死に体と化した体ではクリープスの次の動きを止める事は叶わなかった。
「こいつも頂くぞ!」
「っ?!」
 ぐしゃりと鈍い音が響く。
 それは凛子のメイド服が切り裂かれ、血肉が、そして骨が砕ける音だった。
「あ、あああっ」
 血に染まった白い肢体は、何かの冗談のようにも思えた。零れ落ちる柔らかな肌も、泥に汚れる青い髪も、そして零れ落ちる体液も、その全てを受け入れる事が出来ず、だが、むせ返る様な血臭が、彼女が倒れた現実を嘲笑っていた。
「うわあああっ!」
 イピナが吠える。想像しうる限りの最悪を、現実に出来ないと、拒絶を叫んでいた。
「エクセレス流槍術・番外! ヒュージ……スピアァァァ!!」
 駆け出そうとする友人を援護すべく、アニエスが己の全てを零距離で砲撃する。今までの攻防でエインヘリアルにもかなりのダメージが蓄積されている筈だ。それを打ち砕くだけの火力はあると、全力全霊の咆哮が周囲に木霊した。
「ぐっ」
 幾多の砲撃を受け、踏鞴踏むクリープスに更なる攻撃が突き刺さる。
「MAX! ぶちかます!」
 ロディの全てをつぎ込んだ全力の一撃は、クリープスの胸を穿ち。
「凍て開け極寒の蕾! 顕現せよ! コールドロータス!」
 柚月のカードによって召喚された巨大氷柱は石筍の如くクリープスの足を貫き、その場に縫い止める。
「おおおおっ!」
 対してクリープスの選択は、己の傷を癒す雄叫びだった。アニエスとロディの砲撃、柚月の氷結魔法によって負った傷を癒すべく敢行された叫びはしかし。
「もう、時間切れですわよ」
 エニーケが荒い息で彼の終局を指摘する。
 幾多の傷を癒すグラビティと言えど、限界がある。ケルベロス達の積み重ねたダメージは、ここに来てようやく、治癒不可能の域に達していたのだ。
「持久戦は望みたくなかったのですが……致し方ありませんね」
 一瞬の戸惑いの隙を突き、うつぎがクリープスに抱擁する。騎士の半分にも満たない体躯の少女による抱擁はしかし、最期を告げる死そのものであった。
 少女が彼に与える温もりも柔らかさも、孤独な戦いを強いられた騎士にとって眩しく映る。
「本物の乙女でなくて申し訳ありませんが。……まぁ、ご愛嬌と言う事で。全弾喰らっちゃって下さい」
 弾薬と銃弾がクリープスの身体を彩る。超至近距離から放たれたうつぎの攻撃はクリープスの星霊甲冑に巨大な傷を穿ち。
「黄昏騎士クリープス。我らの名を心に刻んで逝きなさい!」
 イピナのゾディアックソードが断ち切ったのは、彼の騎士の生命だった。切っ先は胸に吸い込まれ、脈打つ心臓を貫き、背中へと抜ける。降り注ぐ鮮血は、その生命が最後まで躍動した証だった。
「……地獄の番犬、ケルベロス」
 文字通り、心臓に彼らの名を刻み、騎士は果てていく。
 肉体は煌く粒子と化して辺りに散らばり、そしてゆるりと消失して行った。

●誰彼のアイドル
 夕陽が沈んでいく。
 黄金色に染まる町は、イピナの勝利を祝福するかのようでもあった。
「ああ、そうか。私の歌の意味は……」
 怪我人を病院へ搬送すべく、連絡を取る仲間達の中で、イピナは空を見上げる。巨大な山に吸い込まれるように消え行く太陽を見送る表情は何処となく悲しげにも、優しげにも映っていた。
(「仲間がいて初めて、私の歌にも意味が生まれる。それが、私の歌」)
 やがて陽が落ちる。昏い闇が世界を覆う。
 だが、そんな世界でもずっと、歩いて行ける気がした。
 共に歩む仲間が、ここにいるのだから。

作者:秋月きり 重傷:蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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