薫風に奏でる

作者:崎田航輝

 緑の香る空に、高らかに音楽が鳴り響いていた。
 5月は緑が深まり、咲いた花が増々色づいて旺盛を誇り始める季節。街の空気も元気づき、明るい闊達な祭りを開かせていた。
 それは市街の中心で催される音楽祭り。アマチュアのバンドや音楽家が中心となってステージに上がり、楽器を奏で、歌声を昇らせていた。
 参加者全員で作り上げるその舞台は、老若男女、飛び入り参加の者たちも含めて和やかに明るく盛り上がっている。
 道々には屋台が並び、活発な呼び声といい匂いが漂う。人々は祭りの美味を楽しみ、音楽を味わい、緑の季節を賑やかに過ごしていた。
 しかし、そんな時。
 空を突っ切るように、高所から降ってくる異形があった。
 それは巨大な牙のような塊。大音を上げ、地面に突き刺さるように降り立ったそれは、直後に鎧兜を纏った骸骨へと変貌する、竜牙兵であった。
「サア、貴様等ノグラビティ・チェインヲ、ヨコスガイイ!」
「ソシテ憎悪ト拒絶ヲ。全テハ、我等ガドラゴン様ノ為ニ──!」
 竜牙兵達は高らかに言うと、剣を振り回して殺戮を始めた。
 祭りは、一転して混乱の渦に巻き込まれる。
 泣き叫ぶ者も逃げ惑う者も、竜牙兵は全て切り裂き、血の海に沈めていく。音色と歌声の代わりに残ったのは、血煙と絶望の静寂だけだった。

「春も過ぎゆく……というのでしょうか。暖かい日も増えてきましたね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は、そんな風に言葉を零す。
「そんな中で開かれるお祭りに、デウスエクスが出てしまいますので……今回もまた、皆さんに協力してもらいたく思います」
 それから改めて、ケルベロス達に説明を始めていた。
「本日予知されたのは、竜牙兵の事件です」
 以前より、『竜牙竜星雨』の精鋭部隊として竜牙兵が町に送り込まれる事件が続いている。今回もその一件ということになるとイマジネイターは語った。
 目的は、グラビティ・チェインの為の殺戮だ。
 このままでは一帯は破壊され、人々の命が奪われてしまうだろう。
「皆さんには、この竜牙兵の撃破をお願い致します」

 状況の詳細を、とイマジネイターは続ける。
「敵は、竜牙兵が3体。場所は市街地の中心となります」
 丁度祭りが催されていて、人の数が多い状態だ。
 今回、事前に人々を避難させると、敵出現場所が予知とずれてしまうので、それを行えない。
 ただ、幸い、ケルベロスが現場に到着した後は、警察が避難誘導を行ってくれる。
「避難を完全に任せてしまっても問題ありません。皆さんは到着後、出現している竜牙兵に向かい、すぐ戦闘へ入って下さい」
 一度戦闘へ入れば、敵の狙いもこちらに集中するだろう。そこで撃破すれば、被害はゼロで済むはずだと言った。
 では竜牙兵の能力について、とイマジネイターは言う。
「3体全てが剣を装備しています。ゾディアックソードと同等のもので、片手装備です」
 各能力に警戒をしておいてくださいね、と言った。
「撃破できれば、お祭りにも寄れると思いますので。是非、作戦成功してきてくださいね」
 イマジネイターは言って、頭を下げた。


参加者
タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)
神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)
氷岬・美音(小さな幸せ・e35020)
武田・静流(折れない槍・e36259)
アンヘル・フィールマン(夢幻泡影・e37284)

■リプレイ

●接敵
 祭りの中へと降り立ったケルベロス達。
 街には音楽が鳴り響き、人々は未だ楽しげにその時間を楽しんでいる。
「わぁ、楽しいお祭りです! 色んな音楽を聴きたいですね! ──でも」
 と、見回していたマロン・ビネガー(六花流転・e17169)は、そこで上方を仰ぐ。
 その高空には既に、落下中の異形の牙が見えていた。
「まずは、一仕事なのです」
「そうだね、急ごうか!」
 頷いて走るのは、草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)。
 服装は普段着の、春らしい薄緑のワンピース。なのだが、その目を惹くスタイルと、何より顔によって注目を浴びていた。
『あれ? プロレスラーの草薙ひかりだ!』
『本当だ! 何でここに?』
「あ、もうばれちゃってるんだ」
 ひかりは苦笑しつつ、その胸元に手をかける。
「まあ、隠してないけど──ね♪」
 そのまま、服を取り払う。下に着ているのはトレードマークでもある、白黒ゼブラのリングコスチュームであった。
 時を同じく、前方の道に音を上げて牙が落下してくる。
 惑う人々へ、ひかりはダイナマイトモードも発揮して呼びかけていた。
「ここは私達が引き受けるよ! 皆は全力で走って! 大丈夫、絶対守って魅せるから!」
 すると、人波は徐々に移動を始めていく。
 それと入れ替わりに、ケルベロス達は牙へと接近した。タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)は走りつつ、音を外し気味な歌を口ずさんでいる。
「昨日も竜牙兵~今日も竜牙兵~~♪ きっと明日も竜牙兵~~~退治~~♪」
「その歌は何でしょう?」
 氷岬・美音(小さな幸せ・e35020)は、何となく尋ねた。タンザナイトはあっけらかんと応える。
「今作った歌なのです。竜牙兵が引っ切り無しに来るので歌わないとやってられないのです」
「確かに、数は多いですね。お祭りを狙うあたりも、なかなかの策士だと思います」
 美音は頷きつつ、しかし焦りの色はなく、表情はマイペース。
 リボルバー“スターライト・シューター”を握ると、怯まず戦闘の間合いへ踏み込んでいっていた。
「だからこそ、かならず被害者を出さずに倒しましょう」

 墜落した牙は、早々に竜牙兵へと変貌していた。
 そのまま逃げ遅れた人々を追い、剣を振り上げている。
「グァハハ、逃ゲテモ無駄ダゾ!」
「──随分お楽しみじゃねェかよ、骨共」
 と、丁度その時。3体の眼前に人影が立ちふさがった。
 アンヘル・フィールマン(夢幻泡影・e37284)。人々の盾となって歩み寄り、視界を遮っている。
「何ダ、貴様ハ……」
「わたし達は、ケルベロス! もう大丈夫! さあ、わたし達が相手だよ!」
 人々と敵へ呼びかけるのは、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)。プリンセスモードの華やかな格好へ変身し、敵の目を引きながらも周囲を勇気づけていた。
 アンヘルもまたスタイリッシュモードへ変わり、言葉で人々の背中を押す。
「そのまま安全な場所まで下がってな。すぐにまた祭りを再開させてやるからよ」
「ええ、警察の方の指示に従いつつ、早く逃げてくださいね」
 マロンも声を継ぎ、避難を促していた。同時に美音も人々を誘導していくことで、周囲は短時間で無人となっていく。
 竜牙兵は思わず周囲を見回す。が、それすら許さず、そこに強烈な衝撃が襲った。
「させませんよ」
 それは肉迫していた、武田・静流(折れない槍・e36259)の攻撃。十字槍“北落師門”に眩い雷光を宿し、刺突で竜牙兵を大きく後退させていたのだ。
 唸る竜牙兵に、静流は槍を突きつけた。
「防御する暇も、ありませんでしたか? 女一人止められないのでは、ドラゴンの力もたかが知れると言うものですね」
「何ダト……!」
 挑発に乗ったように、竜牙兵達は攻め込んでくる。
 が、マロンは魔力の吹雪で応戦。ひかりもドロップキックで3体を巻き込んでいった。
 敵も散発的に剣で反撃する。しかし、直後にはひなみくがオウガ粒子を拡散して回復。同時に、周囲に治癒の歌声も響いていた。
 それは、神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)が紡ぐ旋律。五月の爽やかな風とともに、音楽の素晴らしさを讃える風の歌だ。
 涼やかな声音は、皆の感覚を澄みわたらせて体力を癒やす。
「これで、回復は出来たはずよ」
「次は、俺の番だな」
 と、アンヘルは、幻影のリコレクションを歌唱していた。
 無二の歌声は敵の魂を震わせ、その力を弱めていく。その隙に、タンザナイトは『アセンションブレイズ』。巨大な光芒を敵の下から生み出し、1体を宙へ飛ばした。
「さあ、今です」
「ええ」
 頷いた美音は、自身の猫の本能、その敵を狩る瞬発力を短期的に発揮する。
「美音の中に眠りし力よ──爪に宿りて全てを引き裂け!」
 瞬間、高々と跳躍して放つのは『俊霊斬』。霊力を込めた爪撃をその1体へ刻み、地に叩きつけていた。

●闘争
「我等ト正面カラ戦ウカ……面白イ」
 竜牙兵は呻きつつも、起き上がって体勢を直す。そして殺意を露わに睨んできた。
「ナラバ、皆殺シダ。人モ祭リモ、音楽モ。全テ破壊シテヤロウ!」
「──いいえ。させないわ」
 ララはまっすぐに声を返す。
「音楽は命のエネルギー。あなた達から見れば、グラビティ・チェインがたくさん取れるのかもしれない。けれど私は音楽が好きだから、絶対に守ってみせる」
「ええ。それにお祭りと言えば、屋台!」
 と、静流はちょっと夢想するように空を見る。
「屋台と言えば焼きそば、たこ焼き、かき氷、ラムネとか美味しい物の宝庫なんです! そんなところに危害を加えるというのなら、何としても阻止して見せます!」
「そーだよ! 骨は墓場で運動会してろ! なんだよ!」
 ひなみくも指さしつつ言うと、竜牙兵達は剣を握り直す。
「……問答ハ要ラヌヨウダナ!」
 そのまま、走り込んできた。
 が、1体の剣撃を、ひかりは敢えて正面から受け止める。
 それはまさしく反撃で魅せるプロレスラーの動き。転がりながらも勢いのままに立ち上がり、強烈な地獄突きを浴びせていた。
「みんな、どんどん行くよ!」
「あァ、勿論、加減はしねェさ」
 応えたアンヘルは手を伸ばし、魔力の光を放って1体を硬化させている。
 別の2体が回り込もうとすれば、美音はマズルフラッシュを一閃に描いて連続射撃。牽制して近寄らせない。
「おっと、それから先には来させませんよ」
「この隙に──まずは1体だよ!」
 そこへ、飛翔したひなみくが、翼から光の雨を顕現。衝撃の奔流を降らせて敵全体を包み、1体を四散させた。
 残る2体は氷波で反撃してくる。
 が、凍る波動の中で朗らかな声が反響した。ララが“「華と笑と☆歌と恵と」~笑~”を歌い上げていたのだ。
 ララに呼応して、ウイングキャットのクストも羽ばたく。歌と風は皆に行き渡り、その傷を治癒していた。
「もう大丈夫よ。反撃は、お願いね」
「うん。タカラバコちゃん、攻撃だよ!」
 ひなみくが言うと、ミミックのタカラバコが靄を放ち、敵を催眠に陥らせる。
「マロンちゃん、今だよ!」
「ええ、いくですよ──花アタックです!」
 ひなみくに頷いたマロンは、“Op.Δ【Flor sin Nombre】”を行使していた。
 それは女神の花園から多種の花々を召喚する術。瞬間、色とりどりの花木が竜牙兵にまとわりつくと、最後に七色の『名も無き花』が舞い落ちる。
 刹那、すべての花がその花に変化。幻想的な光景とともに竜牙兵の動きを縛った。
 タンザナイトはそこへ肉迫し、既に拳に力を込めている。
「これでも喰らうがいいです!」
 同時、裂帛の打突で竜牙兵を吹っ飛ばす。
 そこへ、静流が高速で跳躍していた。
「いきます! 奥義! 無双三段!」
 繰り出されるその攻撃は、突き、薙ぎ、払いの連続攻撃。
 基本の動作であるからこそ、極限まで鍛え上げたそれは美しく淀みがない。流れるように振るわれた槍は竜牙兵を貫き、斬り、砕き、風に散らしていった。

 残り1体の竜牙兵は、形勢の不利に呻いていた。
 タンザナイトはそこに口を開く。
「威勢がないですね。グァ~ハハハ~! 貴様ラノ憎悪と拒絶ヲヨコセ~!! って言わないんですか?」
「ドコマデモ、我等ヲ侮辱スルカ……」
「声覚えちゃったですから、仕方ないです。似てるですか?」
 タンザナイトが言うと、竜牙兵は答えの代わりに切りかかってくる。
 静流はそれを槍で受け、暫し剣戟を続けた。
 命のかかった敵の剣は鬼気迫る。だが静流もそれを感じる程、修羅の部分を垣間見せて笑みを浮かべた。
 激しく戦えば病によって心臓に負担がかかる。一瞬それに顔をしかめつつも、静流は槍で敵の剣を弾き返した。
「何であれ。勝つのは私たちです」
「その通りです。いい悲鳴聞かせて下さい、ねっ!」
 タンザナイトは再び、アセンションブレイズで敵を宙に打ち上げる。
 美音がそこへオウガメタルを飛ばしていた。
「鋼の鬼よ、その一撃で敵を叩き潰して下さい!」
 瞬間、巨大な拳となったそれは竜牙兵を殴り落とす。
 そこへ、ひかりは必殺技『セブンカラーズ・スープレックスホールド』をかけていた。
「さあ、この七色の虹の橋を最後まで渡り切れるかな!」
 それはひかりを象徴する、連続のスープレックス。
 フロント、サイド、フィッシャーマンズ、ジャーマン、タイガー、ドラゴン、そして最後にジャパニーズオーシャン。流れるように繰り出された7つの技に、竜牙兵は耐え切れず絶命。技が終わる頃には粉々に砕け、消滅していた。

●祭りへ
 戦闘後、皆は周囲をヒールして人々に安全を伝えた。
 市民達は感謝と言葉とともに帰還。祭りもすぐに再開される運びとなる。
「それじゃあ、私たちも参加しましょうか」
 音楽と人々の賑やかな声の中、静流は歩み出す。それを機に皆も頷き、それぞれ祭りへと参加していった。
 静流が向かうのは勿論、屋台だ。
「かき氷はキーンとくるから最後にして……と」
 賑やかな店々を見回して、最初に買ったのは焼きとうもろこし。屋台通りを歩みつつ、醤油の焼ける香ばしさとコーンの甘味を楽しんだ。
 それから焼きそばにたこ焼き、たいやきにベビーカステラも制覇していく。
 美音もそこで、綿あめを片手に食べ歩きしていた。静流に気づき声を掛ける。
「このお祭りは、とっても賑やかですね」
「ええ。屋台も豊富で、中々素晴らしいです」
 静流も応えつつ、締めにかき氷を買っていた。
 美音はもう少し巡り、甘味の後にアメリカンドッグでバランスを取りつつ、その後はさらにりんご飴を買って、祭りの美味を存分に楽しんだ。
「音楽を聴きながらというのも、いいですね」
 美音は呟きつつ、通りを歩いていった。
 一方、タンザナイトは旅団仲間へのお土産を調達した後、舞台の観客席に着いていた。
「そろそろ、このバンドも終わりそうですね」
 と、次に誰が出てくるのかと、他の客とともに注目する。
 舞台の近くには、ひなみくも通りかかっていた。
 ただ、ひなみくは祭りを楽しむというよりも、気が気ではない表情だ。今日に限らず、ここのところは落ち込んでいたこともあった。
「そんな事言ってられないんだけどね。ケルベロスの本業ももっと頑張らなきゃ……」
 呟きながらも、その声音は本調子ではない。
 と、その時。客席の盛り上がりに、ふと舞台を見てひなみくは驚いた。
「……って、わあー! カトエトだあー!!」

 バンドが下がり、次に舞台に上がったのはララだった。
 その姿に歓声を上げる人も、既にいる。だが現れたのは彼女だけではなかった。
「こんにちは♪ カトル・エトリール、略してカト☆エトです!」
 マイクを手に歩み出たのは、遠之城・鞠緒。フリルを揺らしてくるりと回ってみせる。
「今日は、みんなにカト☆エトのこと良く知って頂けるよう、これまでのカトエトの楽曲を集めた『カト☆エト メドレー』を歌います♪」
「ポップでキラキラして、聴いてると元気が出るような曲をつめこんだよ! ぜひ、楽しんでいってね!」
 そう明るく言うのは、ヴィヴィアン・ローゼット。
 にわかに客席が熱気を帯びる中、ロゼ・アウランジェも並び立っていた。
「さぁ、最高の音楽を奏でましょう! 世界に心に響く、歌を!」
 同時、イントロのギターが始まると、人々は爆発的に歓声を上げた。
 そこに揃ったのはガールズユニット【quatre☆etorir】。ソロ活動も行う4人による“きらきらガールズバンド”だ。
 アーティストの登場に、客席には次々に人が集まる。
 ララはマイクを握りつつ、笑った。
「ふふ、ゲリラライブってところかしら?」
「カトエトを知らなかった人にも、興味を持ってもらえるように……精一杯やろうね!」
 ヴィヴィアンが言うと3人も頷き、歌い始めた。
 最初はデビュー曲でもある『華と笑と☆歌と恵と』。ポップなリズムと伴奏で歌われる、キュートで華やかなアップチューンだ。
 それぞれのコールも交え、4人はきらびやかに歌を紡ぐ。
 ロゼは全力で楽しく歌いながら、ひなみくを見やっていた。
(「ひなみくさんの心も、励ませたら」)
 そして聴いている全員もそう出来るようにと、明るく笑ってウインク一つ。朗らかに歌いきってみせた。
 メドレーは続く。帽子と幸せをテーマにした『マジカル☆ハット』から、静かな旋律が美しい『ビブリオ』へ。三味線奏者の仲間とともに歌った、心躍る『百花March』の次には、お茶目な『ぴょんぴょん月夜の花兎』で皆を楽しませた。
 和風クリスマスソング『めりくり讃歌 for はりきりサンタ』の後、最後は再び『華と笑と☆歌と恵と』の大サビへ。
 最後まで精一杯のパフォーマンスで締めると、人々は喝采。大きな声援を4人に送った。
 心地よい疲労感の後、鞠緒は次のアーティストを紹介する。
「次は──いつも熱くてクールな音楽を聴かせてくださるアンヘルさん! 曲は……『up to you』!」

「すごいステージだったなぁ……!」
 4人の歌を、ひなみくは楽しげに聴いていた。
 客席に着くひかりも、それを見上げて感心している。
「彼女達もまた、魅せるプロなんだね。聴き入っちゃったよ」
「可愛らしい曲が多かったですね。音楽と人の世界は幅広いのですー」
 と、隣で言うのはマロン。個人嗜好はクラシック寄りだが、歌を間近にすると興味を惹かれていた。掛け声に手拍子も、人々と一緒になってやっている。
 と、そこでまた歓声が上がる。舞台にアンヘルが登場したのだ。
 ひなみくはそれにも驚く。
「up to you、って……わぁ、てんちょおだ! それにわたしの好きな曲! タカラバコちゃん、一緒に手振ろう!」
 言うと、タカラバコとともに舞台を見上げた。
「てんちょおー!」

 アンヘルは4人とハイタッチしつつ、舞台中央に歩んでいた。
「カトエトに紹介頂けるたァ、光栄だ」
「アンヘルさん、いってらっしゃい!」
 ロゼは言って見送る。アンヘルは頷いた。
「あァ、いってくる」
 そうして、前奏とともにマイクの前に立つ。
 ララも舞台を降りつつ笑みを浮かべた。
「ふふ、なんだかこういうの、ライブ感っていうのかしら、すごく素敵よね」
 カト☆エトのメンバーも皆頷く。そうして、後は聴く方へ回った。
 アンヘルはソロ歌手【Persona】として活動するアーティスト。熱狂的なファンも居た為か、既に応援の声も飛んでいた。
「じゃ、始めるか──」
 アンヘルは一度、席にいるひなみくに手を振り返して、それから不敵に笑む。
 この歌、『Up to you』は彼女が好きな曲でもある。そしてそうでなくても、思わずテンポに乗りたくなる、疾走感あるロックなのだ。
『お前を此処で終わらせたりはしない――!』
 鮮烈な歌声で、アンヘルは舞台を自分のものにした。
 それは閉塞に苦しむ者へ送る導きの唄。
 紡ぐのは、いつか哀しみに暮れていた友の心に、光あれと祈った詩。
 歌うしかできないが、それでも光が届くなら、と。思いを乗せて歌声は昇る。
『あわよくば、その悲しみ奪い去って──お前の心の在処はココだと、俺が叫び続ける!』
 リズムとともに、アンヘルの歌は切実にまっすぐと。人々を魅了して、響き渡っていた。

 アンヘルのステージも熱狂のうちに終わると、再び別の参加者による演奏が始まっていた。
 観客も未だ多く、人々は音楽を存分に楽しんでいる。
 タンザナイトも、合いの手を入れたりして盛り上がっていた。が、仲間の演奏も終わって穏やかな曲になってくると、段々と戦闘の疲れが出てきてあくびをする。
「ふぁふ……折角守れたんだから寝ちゃもったいな」
 言いつつも、眠気に抗えずそのまま寝落ちしていた。
「……zzz」
「あれ、寝ちゃったの? じゃあ盛り上がる曲でもやろうか」
 と、舞台に上がるのはひかりだ。丁度大団円も近づき、皆で賑やかな曲をやる空気にもなっていた。
「昔取った杵柄。ピアノ演奏しちゃうよ!」
 言うと、ひかりは中心になって明るい曲を奏で始めていく。
 すると参加者もそれに伴奏を付け、明るいジャズといった即興演奏が行われた。
「ピアノも、見れば見るほど面白い楽器ですね」
 マロンはむしろ、ピアノの構造の方にも興味を持ちつつ。最後まで音楽を聴いていく。
 過ぎゆく春に、音に彩られた風が吹く。次の季節もきっと楽しい。そう感じさせるような笑顔を、人々は浮かべていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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