大阪府大阪市、JR新大阪駅。
午後八時ともなれば、JR、地下鉄、新幹線と三種の駅を内包したこの駅は帰宅ラッシュの真っ只中でもあり、各地へと出発する人も各地から到着した人も多いこの時間帯。
一分の狂いもなく広島方面へと出発する新幹線の運転手が、その異様な存在を見つけてしまった。
月の光を浴びながら浮遊する巨大なクラゲめいた何かが、ゆらり、ゆらり、と、こちらに向かってくるのを。
「う……うわぁっ!?」
それはクラゲではなく攻性植物、サキュレント・エンブリオであった。
胎児めいた何かを孕んで透き通る肉厚の花びらを何枚も束ね、クラゲの傘の様に見える身体。
鋭く研ぎ上げたナイフの様な先端をした無数の根達は、クラゲの触手としか言い様のない。
だがそれが空飛ぶクラゲであろうと攻性植物であろうと、この新幹線に乗り合わせてしまった犠牲者達の命を奪う存在である事に違いはない。
攻性植物にかかれば新幹線など、犠牲者達を詰め合わせた菓子箱と同じ。
巨体が圧し掛かった車両には鋭い根が恐ろしい速度で浸食し、逃げ場を失った乗客達が全て捕食されるのにも、さしたる時間は要さない。
更なる食餌を求めるサキュレント・エンブリオはふわり浮かぶと、新大阪駅へとその巨体をぶつけ、外壁を打ち砕いた。
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、集まったケルベロス達に地図を広げて見せる。
「爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれてた攻性植物達が動き出したようっす」
ダンテが緩く握った拳を地図の大阪城の上へかざしてから、広げて見せる。手の動きで攻性植物の活動を示しているらしい。
「攻性植物たちは、大阪市内への攻撃を重点的に行おうとしているようっすね……多分、大阪市内で事件を多数発生させて一般人を避難させて、大阪市内を中心に拠点を拡大させようって計画だと思うっす」
そこまで口にしてから、居並ぶケルベロス達に視線を巡らせた。
「大規模な侵攻じゃないっけど、このまま放置すればゲート破壊成功率も『じわじわと下がって』いってしまうっす。それを防ぐ為にも、敵の侵攻を完全に防いだ上で、隙を見つけて反攻に転じなきゃならないっす」
ダンテが大阪市内の地図を引き寄せると、その下からは新大阪駅付近の地図が現れた。
「今回現れる敵は、サキュレント・エンブリオと呼ばれる巨大な攻性植物で、魔空回廊を通じて新大阪駅へ出現する事が予測されてるっす」
そう言い終わると同時、新大阪駅の北西部に水色のおはじきを置いた。このおはじきがサキュレント・エンブリオを示している様だった。
「大阪市民と市街地に被害が出る前に、サキュレント・エンブリオの撃破をお願いしたいっす」
「サキュレント・エンブリオは1体のみで、配下はいないっす」
水色のおはじきの周囲に、色とりどりのおはじきを置いていく。これがケルベロスであるらしい。
「出現位置は確認されてるんで、出現後の市民の避難などは警察・消防の協力も受けられますし、美濃戸・いさな(何処へでも声を届ける巫女・en0194)さんや他のケルベロスの方々にサポートして頂けるんで、皆さんには可能な限り戦闘に集中してほしいっす」
ケルベロス達にそう告げてから、おはじきの置かれた周辺に指先で輪を描く。
「市街地での戦闘となる為、市街の被害はどうしても避けられないっす。その被害を少しでも減らす為には、短期決戦での撃破が最善だと思うっす」
攻性植物の出現地域である新大阪駅の北西部はオフィス街だが、その周辺には住宅街が広がっている。
「サキュレント・エンブリオが出現する新大阪駅の周りには高層ビルもあちらこちらにありますし、新御堂筋と呼ばれる国道の高架もありますんで、陸橋や歩道橋もたくさん架かってるっす。攻撃時の移動経路として高架や陸橋、それに電柱なんかも利用して、戦場になる市街地を立体的に動ければ、このデカブツ相手に有利に戦えるかもしれないっすね」
水色のおはじきを囲む幾つかのおはじきを手に取ると、そのおはじき達で水色のおはじきを上からつつく。
「市街の被害は、最終的にヒールで回復する事ができるので、確実に素早く撃破できるような戦い方の準備をお願いしたいっす」
「多くのケルベロスの皆さんが警戒していた、大阪城周辺を占拠する攻性植物の軍勢との戦いになるっす。今回、敵の動きが事前に察知できたのも、皆さんの警戒のおかげっす。この頑張りを無駄にしない為にも、確実に敵を打ち倒して下さいっす」
最後に、ダンテが軽く笑みを浮かべる。
「出現時間も一般市民の皆さんの帰宅時間っすからね、早く安全に帰ってもらう為にも頑張ってくださいっす!」
参加者 | |
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草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028) |
キサナ・ドゥ(カースシンガー・e01283) |
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) |
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871) |
流・朱里(陽光の守り手・e13809) |
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558) |
レヴィン・ペイルライダー(四次元のレボリューション・e25278) |
エリアス・アンカー(異域之鬼・e50581) |
●ビル街、静寂に覆われて
大阪府大阪市、新大阪駅北西部の午後八時。
押しも押されぬ北大阪の交通要所でありながらも、平素とは打って変わった静寂が付近を支配していた。
国道は通行止め、地下鉄にJR、果ては新幹線まで運航を見合わせている。
この付近に攻性植物、サキュレント・エンブリオの出現とケルベロス達による討伐が行われる為、警察や消防、そして討伐部隊をサポートするケルベロス達が今も市民達の避難誘導に従事している賜物である。
道に居並ぶ街路灯や高架に連なる道路照明灯、照明を消さないまま避難が済んだビル、そして煌々と輝く月のイルミネーションが象る夜の都会。
サキュレント・エンブリオが現われる魔空回廊が開通する地点を見下ろせるビルの屋上で、ケルベロス達がこれから始まる戦闘の準備を整えていた。
レヴィン・ペイルライダー(四次元のレボリューション・e25278)がランプを灯しつつ、仲間達を見やる。
「無事に避難も済んだって連絡も来たし、オレ達は戦闘に集中だ! みんな、宜しく頼むよ」
その言葉に、キサナ・ドゥ(カースシンガー・e01283)が魔空回廊が出現すると予知された空間を夜目で睨んだ。
「まだ出てきやがるか、サキュレント・エンブリオ。タイミングを逃すなよ、ケルベロス共」
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)が自分の左手を右の拳で叩き、小気味のいい音を立てた。
「噂には聞いてるぜ。コイツと、コイツの出す胞子は害にしかならねえ……任せな、完璧に駆除してやるぜ」
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)が月夜の中に飛び立ちながら、敵を取り囲むに都合のいい別のビルへと向かう直前に呟いた。
「破壊活動も胞子も厄介だけどとにかく被害を減らせるように、やるわよ」
彼女が夜の闇に飛び去るのを見送りつつ、流・朱里(陽光の守り手・e13809)が怜悧な面立ちのまま眼下の都市に視線をやった。
「負けはない。問題はどれだけ被害を抑えられるか、だな。あぁ、恋人のあぽろと一緒だからな。無様、負けは晒さないさ……なんてな」
「やれやれ。惚気もいいが、作戦はきちんとやってくれよ。苦労してでっかい穴を開けて来たんだからな」
霜憑・みい(滄海一粟・e46584)を抱えたエリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)が親指を差す交差点には、巨大攻性植物が三分の一ほどは入るであろう大穴が穿たれていた。
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)の巨躯に見合った巨大な翼を広げ、その穴を見下ろしてビルから飛び去りながら頷いた。
「敵を嵌めて押し潰してしまうには十分な大きさだ。後は打ち合わせ通りにやるだけか」
ビルの縁に座り、腰に着けた携帯照明の具合を確認しながら、篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)も大穴を眺める。
「頑張れば意外とあんだけの穴も掘れるっすね……じゃあもうちょっと頑張って、何もかも焼き切るっきゃないっすね」
作戦開始時刻までの僅かな間に、ケルベロス達は各々用立てた跳躍力で夜の空を飛び越えていく。
やがて予知された時が訪れて開き始めた魔空回廊を、強い意志を込めた視線で固く捕らえながら、ケルベロス達はそれぞれの武器を握り直した。
●夜を揺蕩う月
「下手なコラージュだな」
ビルの谷間に浮かぶクラゲを言い表すとすれば、ビルの谷間を飛び回る晟の言葉が相応しいのかもしれない。
そんな切り貼りの光景に大量の紙兵が舞い踊る中、最初に仕掛けたのはキサナだった。
「へっ、いきなりクライマックスだぜ!」
街路灯を俊敏に飛び回り、月のスポットライトを浴びながら朗々と歌われる呪い。幾つものシルエットが何枚もの葉肉に纏わりつき、中の胎児達がまるで惑う様に蠢いた。
「浮いてるだけなら割と見れたモンだが……太陽の巫女をなめるんじゃねえ!」
高架橋で助走を付けて中空へと躍り出たあぽろの一喝と共に、弦を鳴り響かせて放たれるエネルギーの矢が攻性植物を狙い違わず射貫く。
突然の襲撃にぐらりと巨体が傾くも、サキュレント・エンブリオはただ図体が大きいだけのターゲットではない。クラゲの足めいた根が一斉に屹立すると、栄養補給がてらの斬撃が空を切り裂いて襲い掛かる。
「斬る」
あぽろへ飛び来る刃の先に飛び込んだのは、朱里であった。
一閃、二閃。居合で抜かれた刀の煌きが根の刃を払い、狙いを外された根がビルを貫いた。
「しっかり守ってくれよ、俺の守護者様!」
あぽろの軽口に朱里は僅かに視線をやり、そのままの勢いで攻性植物へと斬りかかる。
サキュレント・エンブリオの周囲を飛び回るケルベロス達を打ち払うべく、何本もの根が放たれるが素早い動きに付いていけずに根達はビルや地面に突き刺さり、轟音を響かせるのみ。
鉄筋コンクリートやアスファルトを、まるでゼリーをスプーンで掬うくらいに容易く抉る根も、当たらなければ脅威にはならない。
「おっと、足場が出来たっすね……使えるなら何でも使うっすよ」
まるでビルに張り巡らせた極太のワイヤーめいた根に着地すると同時、佐久弥が根の上を走り急速に距離を縮めたかと思うと大きく息を吸い込み、巨大な植物目掛けて火を吹き付ける。
「どうやら相手が悪かった様ね。出し惜しみするつもりはないの」
ビルの壁を目にも止まらぬ早さで駆け上る舞彩が、窓ガラスを足場に攻性植物の真上を飛び越えようとする瞬間、二羽の鶏が融合して生まれた巨大な鶏による上空からのドロップキックが決まる。
もみじめいた足が多肉植物を踏みにじりながら、前もって穿っていた穴めがけて蹴り落とした。
「なにぃ!? もしかしなくても二番煎じじゃね!?」
そんな叫びと共に、ビルを蹴って勢いよく夜空を滑り降りたレヴィンの全体重を乗せた飛び蹴りが、穴に嵌められた攻性植物へ追い打ちをかけて減り込む。
「気を付けろ、鬼しか渡れん針山だ!」
レヴィンが攻性植物から飛び退いた瞬間、エリアスの腕からは無数の角が生える。その異形の腕で地面を穿つと、穴全体から無数の角が生え、攻性植物を針山に見立て突き刺さり、果肉を抉る。
「散々にやっつけても、喋らねーんじゃ張り合い無いぜ」
不敵な笑みを浮かべ、あぽろが嘯いた。
立ち並ぶビルの高度を用いた三次元機動は攻性植物を翻弄し、何本、何十本もの根はただ空しくビルや地面を抉るに留まっている。
「んじゃあ、ここから第二段階だな。あいつを自滅させる」
キサナのよく通る声が、ケルベロス達に届く。
彼らの作戦は、サキュレント・エンブリオを強度の催眠に陥らせて自滅からのコギトエルゴスム化狙い。
撃破時に爆発して胞子を撒き散らす習性があると伝え聞いたケルベロス達が、二次被害を防ぐ為に考案した作戦である。
錯乱した攻性植物が自らの手で倒れるまで、我慢比べを挑む。現状からすれば、十分にこの作戦も勝算が見える。
苛烈に加えていた攻撃の手を緩め、自分達の手で倒してしまわない様、防御を固めに入るケルベロス達。
――サキュレント・エンブリオの反撃の残滓である、ビルに突き刺さった根。そんなものに彼らの意識が届かないのは、仕方のない事であった。
ケルベロス達を捕えられなかった代わりにビルを貫いた根はさしたる時間も要さずにビルを侵し、ケルベロス達に気取られる事無く自らの一部と為して、取り込む。
満身創痍のサキュレント・エンブリオは、まるで綿あめを引きちぎる様にビルをもいだ。
都市の破壊と敵の殲滅、そして都市と敵を同時に埋葬する、効率的な大質量兵器。大量の瓦礫を大量の根で握りしめて固め合わせた、原始的な凶器。瓦礫を纏い膨れ上がった塊根が幾つも、実ってしまった。
反撃の巨槌群が、ケルベロス達を照らしていた月光を遮りながら振り下ろされる。
「なっ……」
誰の声であったか。
勝利を確信し、更なる被害を防ごうとしていたケルベロス達を覆う巨大な複数の影。
攻撃の正体などほんの数秒で把握など出来る筈も無く、せいぜいがビルが崩落して自分達に降り注ごうとしている、と思えれば上出来とも言える。
起死回生の絶好機を掴んだ攻性植物が払う脅威は、前衛を任されたケルベロス。
しかしそこは百戦錬磨の戦士達である。恐怖に思考停止する事などなく、振り掛かる脅威を避けるべく素早く身体が動く。
だが、攻性植物は千載一遇のチャンスに懸命であった。
ケルベロス達の意識が上に向いた瞬間、アスファルトを割って生える程度の蔓を発芽させていた。
粘液を分泌し、踏んだら足を滑らせる程度のささやかな蔓。
不運にもあぽろはそれを思い切り踏みつけて足を滑らせ、数秒にも満たないささやかな自由を奪われた……この状況では、それが致命となる。
「し、しまっ――!!」
●チャンスの女神は気まぐれ
過度な重量と、それを苦も無く振う膂力、そして重力。
それらが組み合わさった巨槌は、正に必殺。
耳をつんざく轟音が、市街を揺るがす。
振り下ろされる瓦礫から目も離せず、死さえ覚悟したあぽろが見たのは……先程襲い来る根を切り払った時とは比べ物にならない速度で自分の前に立ちはだかった、朱里の姿だった。
「超太陽、砲術、式……流用っ……展、開……!」
巨槌の影の中、眩い陽光の盾が彼女を守った。
「バッ……馬鹿野郎! 何無茶苦茶してやがる、朱里!」
「私は……っ、あぽろの、守護者……だからな……今すぐ、逃げろ……!」
光の盾が、軋む。辛うじて槌を受け止めたが、その大質量の衝撃が消えた訳ではない。
朱里だけならば的確に威力を逸らしたりも出来ようが、彼の後ろにはあぽろがいる。結果、全ての衝撃を朱里が受け止めざるを得なかった。
「ふざけんな! お前も今すぐ逃げ……!」
そう言おうとし、あぽろは息を呑んだ。瓦礫の槌を耐え忍ぶ朱里の足元から、大量の蛇が這い上がる様に蔓が纏わり絡み付いている。
「見ての通りだ……後を、頼む……奴を、倒せ……!」
なおも朱里と逃れたいと言う感情を戦士の理性で押し殺し、出来る限りの俊敏な身のこなしで槌の下から逃れた瞬間、槌が地面へと叩きつけられた。
「……ちくしょう!」
足に纏わりつこうとする蔓を避けながら、ほんの数分前からは変わり果てた街を目の当たりにする。
もがれたビル、瓦礫で打ち据えられた道路、ひしゃげた街路灯、蔓延する砂煙で月光が遮られた街。
瓦礫で膨れ上がった根を構え、大穴から悠然と浮かび上がってくるサキュレント・エンブリオ。
そんな中、埋葬を避けられたケルベロス達が攻性植物から距離を取りながら集合し、態勢を立て直しに掛かる。
先程とは立場が変わり、空に浮かぶサキュレント・エンブリオがケルベロス達を傲然と見下ろしていた。
「……しくじったわ」
土煙で汚れた顔を手の甲で拭いながら、舞彩が苦い声を漏らす。
「くそ! オレが……オレ達が、タイミングを逃しちまった!」
キサナには確信できる。催眠自滅を狙い、勝てる勝負を取りに掛からなかったからこそ、現状があるのだと。
「ヤツも生き残る為に必死だ。それを一番理解しているのは、俺達でなければならなかった」
静かに言葉を紡ぎながらも、晟の拳は今にも血が滲みそうに固く握りしめられていた。
「どうするんですか。撤退するか、それとももう一度当たるか……皆さんは、どうします?」
仲間達に選択を問う佐久弥は、鉄塊剣を構え直して攻性植物を強い視線で見上げた。
「オレは行くぜ。付き合ってもらえるんだったら……宜しく頼むよ」
リボルバーに弾を装填しながら、レヴィンはゴーグル越しに仲間達に笑みを向けた。
「ここが何処だろうと、俺が引く理由にはならない。何より、ここが俺達とあいつの土壇場だからな」
エリアスは抱えていたみいを地面に降ろし、口端を吊り上げた。
「時間稼ぎはもうしねえ……! 一秒でも早く、ケリを付けなきゃなんねえ!」
朱里が倒れている方を見つめてから、浮遊しながら恐ろしい勢いで根を生やしているサキュレント・エンブリオを睨めつけた。
ケルベロス達は攻性植物を見上げながら、一斉に力強く頷いた。
「なら、私が先陣を切らせてもらうわね」
舞彩が空高く飛び上がると同時、聖竜の様な巨大な姿へと変身しながら攻性植物へと襲い掛かる。
突如勃発する巨大攻性植物と巨大竜の激突の隙を付いたのは、キサナだった。
「出し惜しみして悪かったな、こっからはありったけだ!」
街路灯を足場とし、高く跳躍しながらの回転蹴りをキサナが次々と叩き込む。
攻性植物の根が二人に向いたのと同時に駆け出したのは、晟だった。
その襲撃への対処として道に張り巡らされていた蔓の直前で高く跳躍して躱すも、二度だけの跳躍では高きに聳える攻性植物に届きはしない。
蔓延する根の只中に着地した晟の足からは恐ろしい速度で根が這い上がり、頭上からは塊根が必殺の速度で振り降ろされる。
だが晟の顔には恐怖の色など微塵もない。それどころか、待ってましたとばかりにニヤリと笑う。
「おおおおおおおおおっ!!!」
振り上げられた両腕は、塊根を砕く為の突きではない。超重量を受け止める為の剛腕だった。
果たして塊根は晟の頭上で押し留められ、アスファルトに足首まで押し込まれながら、力強く塊根を押し返し、高く掲げた。
「行けっ……佐久弥君!!」
「任されたっす!」
晟が踏み切った軌道を辿って跳躍してきたのは、佐久弥だった。
晟に捕らえられた塊根を足場として着地し、そこから再び二度の跳躍に挑む。
しかし攻性植物も、その機動を黙って見逃すはずもない。
急激に発芽させた刃の根を密集させ、切っ先を襲撃者に向ける即席のファランクスを編み上げた。
「喜びな、全弾プレゼントしてやるよ!」
レヴィンが放つありったけの弾丸が、佐久弥を貫くはずの根を片っ端から撃ち砕く。
「ゴミを撒き散らすのは良くねえな……!」
あぽろの禁縄禁縛呪が、撃ち落とし損ねた根を束ねて縛り、動きを抑える。
だが、如何なケルベロスと言えども、その命を奪うには数本の切っ先が届けば十分である。
雲霞の如き根の群れから、乾坤の一本が佐久弥の腹を貫き、鮮血を噴き出させ――。
「おっと残念賞だ! 景品は、鬼の拳だ!」
エリアスの放つ拳が、佐久弥を穿った根を押し戻し、負った傷を殴り飛ばし、加速させる。
佐久弥は自らから迸った血を全身に浴びながら、一対の鉄塊剣を一振りの大剣へと合わせ、渾身の斬撃を撃ち放った。
「血潮よ燃えろ、加速しろ――!!」
力の限りの叫びと共に、巨大剣が深々と葉肉へと抉り込む。
植物の中へと届いた刀身が送り込む昨夜の炎血が、サキュレント・エンブリオを体内から焼き尽くし、緩まない剣速が遂に攻性植物の巨体を両断せしめた。
その勢いのまま着地に成功した佐久弥の背後で、サキュレント・エンブリオはその身を急激に膨張させ……周囲に轟き渡る爆音を響かせ、胞子を勢い良く撒き散らし、吹き飛んだ。
●破壊の発芽
戦いは終わった。
辛うじて朱里も誰も大事には至らず、重傷を避ける事も出来た。
しかしたった数分の戦闘を経て、街は決して小さくない被害を受ける事となった。
避難誘導に従事していたケルベロス達も警察や消防に一般市民の誘導を任せ、作戦を終えた直後のケルベロス達の元へと合流していた。
エミー・ボブス(地球人の土蔵篭り・e44472)は周囲を見上げながら、目を瞬かせた。
「どかーんどかーんってすごい音してたもんねぇ……ヒール大変だねー」
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)も、少し困ったように首を傾げた。
「何はともあれ、手分けして掛かりましょう。皆で協力すれば、早く終わります」
それでも力強く頷いたのは、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)だった。
「でも一般人に被害は出なかったぜ! それに全員無事に作戦成功させられて帰還出来たんだ、これ以上を求めるのは贅沢だろ!」
ハッキリと言い切った泰地の言葉に、舞彩は微かな笑みを浮かべた。
「……そうね、その通りよ。治せないものが壊れなかったんだもの」
レヴィンも汚れたゴーグルを拭いながら言葉を続ける。
「何もかもは出来ないかもしれないけど、やるべき事は出来たんだ。それで十分だ……そうだろ?」
エリアスが広い肩を竦めながらも、傍らに立つみいの頭をくしゃりと撫でた。
「そう言う事だな。さて、気を取り直して街のヒールをやるとするか……一般市民を早く帰してやらなくてはならんからな!」
その言葉を契機に、街の治癒に取り掛かるケルベロス達。
僅かな悔恨を覆い隠す猟犬達の十人十色の笑みを、月光が柔らかく照らしていた。
作者:現人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年5月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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