契約者の妄執

作者:夏雨


「警察に訴えるなんて、酷いじゃないか。ただ君をそばで見守っていたかっただけなのに」
 ワゴン車のドアを開け放った姿に驚愕し、女性は悲鳴をあげた。
 猛きん類のような目とクチバシ、羽毛に覆われた全身は鳥人間と形容するのが相応しい。
 車内に拉致され、両手両足を縛られ、どれくらいの時間が経ったかはわからないが、鳥人間の向こうに見える景色は林しかない。そして、女性は鳥人間の声に聞き覚えがあることに気づく。
「まさか……小島くん!?」
 『小島』と呼ばれた鳥人間は、ほぼ身動きの取れない女性を無理矢理車内から引きずりおろし、すり傷を作って地面に横たわる女性を見下ろした。
「何してるの……!? このままじゃ本当に取り返しのつかないことになるよ!?」
 震える声で抗議する女性の言葉は、小島の耳には届かない。
「僕はストーカーなんかじゃない! 君のことをこんなに愛してる男なんて他にはいないのに。君もその周りの人間も、どうして僕の愛を理解しようとしないんだっ」
 そう言って乱暴に胸ぐらをつかんだ小島のかぎ爪は、女性の衣服を引んむくように破いてしまう。
 はだけた素肌を見つめる視線にぞっとして、女性は懇願した。
「もうやめて! 被害届けは取り下げるから――」


「このまま何も手を打たなければ、小島という男に拉致された婦女子はむごい死に方をすることになるだろう」
 ビルシャナと契約を結んだ小島は、復讐のために女性を葬ろうとしている。復讐の願いが果たされたとき、小島は心身共に完全なビルシャナと化してしまう。
 ストーカーの小島と女性のてん末を語ったザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は、新たなビルシャナを生み出さないようにするためにも、招集されたケルベロスらに協力を仰いだ。
「小島が選定した場所は山間の林の中だ。開けた場所に位置している、ヘリオンから直接その場に降下することも容易だろう。市街地から遠く離れ、日も沈んだ時分に林の中に踏み入る者は極まれなはずだ」
 周囲の状況について説明したザイフリートは、小島の行動パターンについても言い添えた。
「連れ去られた婦女子を助けるなど、小島の邪魔をしようとすれば、お前達の排除を優先するだろう。しかし、追い詰められれば相手を道連れにすることも考えられる。人命を優先するなら、注意を怠るな」
 戦闘になれば、小島は契約によって得たビルシャナの能力、精神を惑わす経文、炎と氷の力を駆使してケルベロスらに対抗してくる。
 『この男がどうしようもない人間だということは明白だが……』と続けるザイフリートは、若干腹立たしそうに見解を述べた。
「お前達に裁く権利があるかどうかはまた別の話だ。人として罪を償うか、ビルシャナとして消滅するかはこの男次第――間違った行いであることを理解し、心から契約解除を望まなければ、消滅以外の道はない」


参加者
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)
桐山・憩(コボルト・e00836)
円谷・円(デッドリバイバル・e07301)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)
水無月・実里(ストレイドック・e16191)
氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)

■リプレイ


「もうやめて! 被害届けは取り下げるから――」
 女性の悲痛な声が響くと同時に、その上空へと到達したヘリオンは地上をライトで照らす。前触れなく現れたヘリオンに視線を向ける小島は、ケルベロスたちに降下場所を示すライトの眩しさに目を細めた。
 続々と降り立つケルベロスたちの姿を見て、小島は女性を強引に立たせて車の方へと引き戻した。
 サーヴァントを引き連れたケルベロスらはビルシャナ化した小島と対峙し、
「遅くなって済まない、もう⼤丈夫。私達があなたを守ろう」
 サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)が女性に向かって呼びかけると、前髪をかき上げたスタイルの氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)は普段の温和な態度を一変させ、小島に向かって毅然と解放を促す。
「彼女を解放してやれ!」
 案の定、小島は緋桜の言葉に微塵もなびかず、一方的な主張を吐く。
「どうしてどいつもこいつも邪魔をするんだ。彼女は僕の愛を受け入れるべきなのに」
 『何こいつ、普通に気持ち悪いんだよ』という心情が露わになりかけるが、円谷・円(デッドリバイバル・e07301)は表情を取り繕って武器を構える。全員が同様に臨戦態勢を見せる中で、
「その女の人を、愛していたの?」
 虎丸・勇(ノラビト・e09789)は小島の注意を引きつけようと言葉をかける。
「そんな姿になってまで、復讐したいと思うまでに? あなたは不器用なんだね――」
 小島は勇の言葉に耳を傾けているようにも見えた。
「利己的な愛情じゃ、相手を傷つけるだけだよ。自分を理解されたいのなら、相手も理解しようとしなきゃ」
 しかし、小島は当然のように反論する。
「僕がここまでするのも全部彼女のためなのに、僕の愛の深さに気づこうとしない彼女が悪いんだよ」
 どこまでも自分が正しいと思い込む小島に嫌気が募るところもあったが、「何故気持ちに気付かない」とサフィールも復讐の意志を絶とうと言葉を重ねる。
「さらわれて怯えてる顔がわからないのか。憎しみを向けるばかりのあなたの未来を気遣った彼女を見ても――」
「僕の苦しみを理解してくれているなら当然じゃないか。彼女も同じ苦しみを味わう必要があるんだ」
 独り善がりの解釈を展開する小島は、今にも向かって来そうな敵意をむき出し続けていた。


「邪魔はさせないよ。僕にはこの力があるんだ!」
 小島の一言と共に宙に火花が散り始めたかと思うと、小島の意志によってクジャクの形をした炎が現れる。燃え盛る炎のクジャクは勢いよく突進し、ケルベロスらの陣容をかき乱す。
 小島の態度にイライラがピークに達した桐山・憩(コボルト・e00836)は、
「この勘違い野郎が!」
 躊躇なく攻撃に踏み切る。
「愛は盲目とは良くいったものだ、私は嫌いな言葉だがな……!」
 その後に続くサフィールも突撃する構えを見せた。
 共に真横へ回り込んだ憩を一気に抜き去り、サフィールは飛び蹴りの態勢で宙へと飛び出した。サフィールの蹴りは見事に小島の体を突き飛ばし、地面の上を滑らせる。
「ド素人が、ケルベロスなめんじゃねぇ!」
 息巻く憩の右腕は、しみ出すように現れた液状化したワイルドスペースに瞬時に覆われていく。それは巨大な刃となって小島へと振り下ろされ、小島は慌てふためきながらもすばやく起き上がる。その肩先をなぞった刃は小島の羽毛を派手に散らした。
 小島が攻撃に晒されている隙に、花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)とウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は女性を守れる位置取りにつく。
 女性の拘束を解いたウィルマは、
「こ、こちら、へ。大丈夫、大丈夫。……ね?」
 車両の影へと誘導した女性を安心させるように手を握る。女性は怯えた声で、「はやく彼を追い払ってください!」と懇願した。
 女性の保護を実行に移したウィルマらの姿を認め、円は女性に向かって声をかけた。
「終わったら安全な場所まで送り届けるから、待ってるんだよ」
 ウイングキャットの蓬莱、エイブラハム、ヘルキャットたちがはばたかせる翼からは守護の力が流れ込み、それに包み込まれる円は魔法の力を発動させた。
 風景が球状に歪む箇所が目立ち始めたかと思うと、不可視の攻撃となる円の虚無魔法が小島を翻弄する。見えない衝撃が次々と小島を襲い、小島は防ぐ間もなく車から遠ざけられた。
 ケルベロスらの猛攻に動揺を見せた小島だが、女性をかくまう動きに気づき、
「彼女に近寄るな!」
 リング状の氷刃を瞬時に手の中に生み出した。颯音らに向かって投げ放たれた氷刃は、重なり合っていた状態から複数に分かれるように分裂した。
 宙を駆ける蓬莱とエンジンの爆音を響かせるライドキャリバーのエリィは、果敢にその線上へと進み出て氷刃を受け止める。蓬莱とエリィの行動も手伝い、水無月・実里(ストレイドック・e16191)は瞬時に反撃に転じる。
 実里は両手に構えた銀の刀と黒塗りの刀を振りかざし、氷刃を打ち砕きつつ突き進む。
(「正直、愛とか恋とかよくわからないから、どうにかできるかわからないけれど……」)
 とりあえず、おとなしくさせよう。と実里が振りかざす刃が小島へと閃く。実里から裂傷を刻まれた小島のくちばしからは、読経の声がわずかに聞こえてきた。
 実里が瞬時の判断で距離を取った直後、ナイフを構えた勇は攻撃の流れを継ごうと勇ましく飛びかかっていく。小島との距離を詰めた勇の耳にも、読経の声がはっきりと届く。その瞬間、勇は激しい耳鳴りに襲われた。耳から脳までを冒すような激痛に歯を食い縛って耐える勇を小島は押し退け、車の方へ近づこうとする。


 緋桜とウィルマが小島をけん制している間、颯音はボクスドラゴンのロゼに指示を出す。
「ロゼ、今回は後方支援を頼んだよ」
 つぶらな瞳で何かを訴えるように見つめ返すロゼの様子を見て、颯音は思わず「⼤丈夫、そんな⼼配そうな顔をしないの!」と言い添えた。
 種子から急速に成長したツルバラが緋桜の片腕を覆うように絡みつき、自在に伸びるツルは小島を締め上げようとその体に巻きついた。翼を広げて宙へと躍り出たロゼは、ツタから逃れようとする小島に向けて光の奔流を吹き出した。小島が怯んだ隙に、ツタは何重にも絡みつく。
 激痛に苛まれた勇を癒やすため、颯音はサキュバスの快楽エネルギーを変換した霧から癒しの力を発散させる。桃色の霧が立ち込める中、必死にもがく小島を前にして、
「あんたは今、⾃分だけの為に相⼿を思ってるんじゃないか? それは愛じゃない。只の独り善がりだ!」
 緋桜は相手を説き伏せようと言葉を尽くす。
「愛ってのは、相⼿の在り様を肯定する事だと俺は思う。あんたが彼⼥を愛して……それを彼⼥が受け⼊れても受け⼊れなくても! 彼⼥の意志をあんたが受け⼊れる事が愛なんだよ」
「むしろ相⼿のことをわかろうともせず、⾃分の都合だけを考えていなかったかな」
 緋桜と共に核心をつく実里の一言に応じて、小島はおとなしく耳を傾けていた。
「お、想うことは、⾃由です。⾃然なことです。悪いこと、ではありません」
 普段の調子で吃音まじりになりながらも、ウィルマは相手によく言い聞かせるようにして語りかける。
「でも、それで、あなたが想った彼⼥がいなくなってしまうことを、寂しいとは思いませんか?」
 小島は我にかえったように氷刃を出現させ、
「寂しい? これで彼女は僕だけのものになるんだ。後悔なんてないね」
 次々と飛び出す氷刃は、新たな裂傷を刻もうと空を切る。
 氷刃から身を伏せた憩は、
「イカレ野郎の常套句だな」
 ギラついた眼差しで小島を捉え、再びワイルドスペースから形成された刃を振り抜こうとした。飛び交う複数の氷刃の方向は憩へと集中し、それらを弾きすべてを砕く憩の目の前には、粉々に砕け散った氷片が舞う。
 憩は無数に散らばった氷片を振り払うが、一瞬の間目くらましと化した氷片は小島との距離を隔てた。
 じわじわと相手を追い詰め、相手の出方を窺うようにじりじりと対峙する状況がしばらく続く。
 ウィルマのもとから自在に伸びる鎖は、魔法陣の形を描いて地面を這う。描かれた魔法陣は光を放ち、円たちの足元を照らすと同時に守護の力をその身に注いでいく。光に照らされながら、円は小島を見捨てずに言葉をかける。
「誰かを好きになるのはとっても良い事だけど、それで迷惑をかけちゃいけないの」
 改心する可能性を判断することも含め、憩も円と同様に主張した。
「テメェの⾔う愛は世間的には歪んでいて間違っている。だが、テメェがテメェで抱いた愛情は本物の筈だ。それをクソ⿃野郎に捧げるなんて勿体ねぇよ」
 小島は反論をする代わりに2人から後退る。
「愛した⾒返りを求めてるようじゃ、真実の愛じゃないんだな。あなたが本当にその⼈の事が⼤好きなら、今からでも遅くないの」
 『その人の日常を返してあげて!』と続ける円に対しても、小島は頑なに考えを改めない。
「僕から彼女を奪うなんて、そんなことはさせない!」
 叫ぶように言い放った小島は、一際大きな炎のクジャクを生み出した。燃え盛る翼を広げ、クジャクは圧倒されるような勢いで円へと突っ込む。
 避け切れないと覚悟を決めた円の前に憩は飛び出し、
「少しはまともに聞け! そういうところだぞ小島ァ!」
 自ら盾になる憩は小島に向かって怒鳴りながら、炎の奔流となるクジャクを斬り伏せるようにして打ち消した。
「蓬莱っ、憩さんを癒してあげて!」
 円は透かさず自身のために熱傷を負った憩を気遣う。
 エイブラハムも蓬莱と共にはばたく翼から癒しの力を発揮していく。


 小島は衝動的に攻撃を続ける。攻撃の合間を縫い、錬金術から急速な精製を可能にする颯音は霊薬を生み出し続けるなど、ウイングキャットらと共に癒しの力の影響を行き渡らせる。
 サフィールは大きな鎌を振りかざし、小島を真っ二つにする勢いを見せた。足元の地面を大きく抉るほどの衝撃が小島をけん制し、攻勢を崩される。
「愛とは乞うものであり、強請るものではない――」
 攻撃の流れを断たれた小島に向かって、颯音は厳しく正論を突きつけた。
「愛しているというのなら何故そう告げなかった? 隣にいられる関係を築かなかった? 結局君は⾃分を信じられなくてその道を選んだんだ」
「うるさいっ! 何もわかっていない分際で……!」
 小島の怒りが増長したように、一際大きさを増した氷刃は荒々しく颯音へと迫る。「まるで⼩⿃の様に幼稚だな、君は」と、颯音は裂傷を負いながらも落ち着き払った口調でつぶやいた。
「蹂躙して満足か? それで彼女の隣りにいて、胸を張れるのか?」
 そう言う颯音と共に、実里は生存の可能性を引き出そうと畳みかける。
「……あなたのその力でも彼女の心が手に入る訳じゃない。本当にそれでいいの? もう1度やり直してみたら、どうかな?」
 ビルシャナに堕ちた親友との過去を思い、勇の言葉の端々には必死さがにじみ出る。
「好きな⼈を傷つけたことに少しでも後悔の気持ちがあるのなら、どうか、罪を償ってほしい」
 真摯に語りかける勇のことも、「彼女を渡せ!」と一蹴する小島は経文を唱え始める。
 一向に改心する兆候を見せず、攻撃を畳みかける小島に対しケルベロスらは焦りを募らせる。
 説得に応じない小島の態度を見兼ね、相手を討伐対象と捉えたサフィールはつぶやく。
「……せめて安らかに送ろう」
 そのサフィールとかち合う勇の視線。勇は渋い表情を見せながらもナイフを握り直した。
 エリィは勇の動きに合わせ、炎をまとう車体で小島へ突撃する。勢いよくかすめる車体がそばを横切り、勇に反応しようとする小島の動きは鈍る。鋭い一撃を刻まれた小島に対し、緋桜は拳を構えて反撃を封じにかかる。
 小島は至近距離に迫った緋桜を視界に捉えたが、何重にもぶれて重なる拳の影から、予測できない攻撃に思わず身構えた。知覚できないほどの速さの連撃は拳の一突きに凝縮され、小島を激しく突き飛ばす。
 抵抗する姿勢を崩さずに攻撃を繰り出し続ける小島だが、消耗している様子ははっきりと現れ出す。
 振り回す鎖で飛び出す氷刃を弾き落としながら、
「ああ……。本当に、本当に、人間って――」
 つぶやいたウィルマは思わず口角を釣り上げそうになり、唇を引き結ぶ。
「これがやり直す最後のチャンスだよ?」
 実里の一言に対し、小島は炎のクジャクを差し向ける。互いに攻撃を以て応じ、果敢に挑む実里は炎の中を突き抜けるようにして小島へ刃を向けた。決して臆することのない実里の太刀筋に圧倒され、小島はまともに傷を負う。
 よろめきながらも立ち続ける小島を見据え、颯音は自らのロッドに紫電を迸らせると、
「口では愛していると言いながら、君は彼女を傷つけることだけしか考えていないな……その愚かさに気づけないのが残念だ」
 轟く雷鳴と共に、小島の体からは煙が立ち上る。硬直したように真後ろへ倒れ込んだ小島の体は、地面と衝突すると同時に石膏像のように粉々に砕け、倒れた衝撃と共に多くの羽が舞い散った。それがビルシャナとしての最後を意味し、緊張状態が解けると同時に肩を落とす者が目立った。

「否定されるとすぐに逆上して、本当に一方的で……私は彼には同情できません。ずっと怖い思いをさせられてきましたから」
 サフィールから貸し与えられたストールを羽織り、ケルベロスらに保護された女性は本音を吐露した。
 勇はサフィールらと連れ立ってヘリオンまで歩く女性の背中を見つめながら、
「確かに歪んだ復讐ではあったけど……」
 複雑な心境をつぶやく。女性は脅威から解放されたが、犠牲を伴う幕引きに表情を曇らせるもう1人、緋桜も同意を示した。
「悪人だったとしても……死んでいい奴なんかいない。俺はそう思う」

作者:夏雨 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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