反逆の拳

作者:宮内ゆう

●打破せよ小テスト
 それはよくある授業の1コマ。
 ありふれた光景。
 教壇に立った教師がプリントの束をひらひら振って言った。
「よーし、それじゃ小テストするぞー」
「えー!」
「なんだよそれー!」
「聞いてないよー!」
 教室のあちこちで非難の声が上がるが、教師はにべもなく言ってのける。
「言ってないぞ、抜き打ちだからな」
「おい、てめえ」
 ガタァンと派手な音を立てて机を蹴倒し、一人の男子生徒が立ち上がる。
「あんまり舐めた真似してんじゃねえぞ!!」
 誰かが制止するよりも早く、詰め寄った生徒は、教師の顔面に拳を叩き込んだ。
 ――と、ここまでがこの男子生徒の妄想。
「なーんてことが出来たらなぁ……こうなふう、にっ!」
 そんな風に実際に教師を殴れるはずもない。
 でもやるせなくて、いまいち点数の振るわなかった答案を殴りつけた。
「へぇ、そんな風に考えていたのね。これは要更生かしら」
「げっ」
 聞かれて見られてたらしい。ちょっと恥ずかしそうに顔を上げると、男子生徒のまえには女子生徒が立っていた。
 見慣れない姿だが、風紀委員のような。
「まさに不良よね、小テストなんかがイヤで教師を殴り倒してしまうなんて……みんな怖がるわ」
 何故だろう、なんだか言われても気分は悪くない。
 いや、それどころかホントに出来そうな気がしてくる。
「そ、そうさ! 俺は不良だ、それくらい朝飯前だぜ!」
「そういうことなら」
 ふわりと女子生徒が揺れたとおもうと、その姿が眼前まで一気に近づいた。
「手伝ってあげる」
「――!?」
 そのとき、男子生徒の胸にはすでに鍵が突き立っていた。

●成れない者の挽歌
 また新たなドリームイーターが活動を開始したようだ。
「各地の高校で、高校生の持つ強い夢を奪ってドリームイーターを生み出すみたいです」
 そのためか、活動しているドリームイーターも高校生っぽい。
 被害者も、気付かぬうちに夢を奪われてドリームイーターを作らされる、そんな状況。
「それで、今回は不良に憧れてる生徒ってことですが……まぁ、うん。それくらいの年頃は憧れるのも分からなくはないです」
 ヘリオライダーの茶太。フリスビーを見ると野生が疼き理性を失う獣。
 アウトローな心持ちは彼にもあるのだ。
「とはいっても、実際には行動に移す人なんてそうはいません。この生徒もそういう類です」
 憧れていても実行する勇気はない。
 その中途半端さが、付け入る隙ともいえる。
「夢から生み出されたドリームイーターですから、男子生徒自身と繋がっています。彼が、不良に対する憧れをなくせば、夢は弱まり、ドリームイーター自体が弱体化するでしょう」
 つまり、説得が有効。
 説得の方向性はなんでもいい。
 とにかく不良に対する憧れをなくせば良いのだ。
 あるいは、不良にはなれないと諦めさせるのも良い。
「ただ、どう説得するにせよ、みんなで方針は合わせておいた方がいいかもしれません」
 いろいろいって中途半端な話になるよりも、皆で同じ方向に持っていって突き抜けるべき。
「勢いです、勢い」
 結局説得なんてそんなもの。
 敵は男子生徒から生まれたドリームイーターが1体。
 これから一般人、とくに教師を襲いにいくようだ。
 とはいえ、現在地は学校の屋上なので、すぐに行けば他の誰かに遭遇する前に、ケルベロスと相対することになる。
 ケルベロスを優先して狙うという特徴もあるため、他への被害は気にしないで問題ない。
「いちおう、みなさんが屋上へいったら、屋上までの通路は封鎖するよう手配しときます」
 夢を奪われた男子生徒も物陰で倒れているので、戦闘に巻き込まれることはない。
 ドリームイーターにのみ集中して構わないと言うことだ。
「説明はこんなところですかね。それじゃ……」
 茶太は一息ついた。
 そしてゆっくりと、野生を帯びた目で、低い声で言った。
「不良になんて憧れる輩には、ひとつ現実ってものを味わわせないとね」
 不良になんか思い入れがあるのか。
 でもそんな質問は誰もしなかった。


参加者
ラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)
トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)
サリファ・ビークロンド(裂き首・e56588)
トリム・フローライト(絹より紗より美しきを織る・e58322)

■リプレイ

●不良
 とても良い陽気。
 ほんのり風が吹いて、屋上はひなたぼっこにもってこいの環境だったかもしれない。
 このいまにもお昼寝したくなる環境で、何故かラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)は今回に限りやる気を出していた。
 なんかふらふらしながら件のドリームイーターに詰め寄っていく。
「ツッパリにものもーす」
 言われてドリームイーターも身構える。
「……」
「……」
「……ぐぅ」
「寝たー!?」
 やる気が活動限界を迎えた。これにはラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)も驚き、思わずラトゥーニの肩を揺さぶる。しっぽもピンと張ってる。
「いや、いま何か言うところだったろ!?」
「……もぅ、ぉなかぃっぱぃ……」
「まぁ、こんな感じですよねぇ」
「むしろがんばった方ですねーぇ」
「どういうことだよ!?」
 チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)と人首・ツグミ(絶対正義・e37943)が平然と頷き合うのを見て、ラルバは思った。
 妙な夢食いよりも妙なサキュバスに出会ってしまったのかもしれないと。
『これはこれでなかなかの突き抜けぶりだね。いやそれが良いかどうかは別として』
 そうして、サリファ・ビークロンド(裂き首・e56588)がドリームイーターを見遣る。
 ひとまず動きは止まっている。
 いつ襲い来るとも知れぬ状況ではあるが、ひとまず話しかける猶予はありそうだ。
『今の内に説得したいところだが、うん、少し落ち着いてくれないかな』
「ぬすんだミミックではしりだすですー!」
「あっ、こらっ、いけませんっ。すぐに返してあげなさいっ」
 肩をすくめるサリファの後ろで、どたばたどたばた。
 なんかもうかけっこにしか見えないリリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)オンミミックのリリさんとトリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)のふたり。お父さんはたいへんである。
「わたししってますです! ふりょうとは! ベッドのうえでおやつをたべたり! かえってきてもおててをあらわなかったり! ねるまえにはみがきしないんですー!!」
「な……んだと……」
 恐るべき言葉の数々に、トリスタンの視界が眩んだ。だがそこはぐっと堪えきって体勢を立て直す。
「私はリリウムをそんな子に育てた覚えはありません! 悪い子はドーナツ禁止です!」
「ごめんなさいですいますぐかえしますです!」
 神速の手のひら返し。いい子になった。
「全く、うちの子の教育に悪い……」
「まぁ、ドリームイーターとはまだ何も話してませんがねぇ」
「こっちもいつも通りですねーぇ」
 そしてやはり動じないチャールストンとツグミの二人。
「そろそろ落ち着いた?」
 トリム・フローライト(絹より紗より美しきを織る・e58322)が尋ねた。なんだかドリームイーターへ、みんなで矢継ぎ早にまくし立てようと思っていたのに、矢継ぎ早に起きる行動に、一抹の不安を抱えだしていた。
 一抹の不安と言えば、なんだかミミックの道具箱太郎さんがなにやら不安げな様子だ。
「……乗らないよ」
 当然と言えば当然だが、道具箱太郎さんはトリムの言葉に安心した。

●不義の代償
 いろいろ脱線してしまったような気がするが、ドリームイーターと無事相対できたのでよしとしよう。
 さて、例によって説得である。だが、突然現れたケルベロスたちだ。どのような言葉をかけるか、最初の一言で成否が大きく左右されるに違いない。
「はなしながぃ……ぐぅ」
 ラトゥーニが寝た。なんかいままでずっと寝てた気もするけどなんかまた寝た。
 というかむしろ、話は始まってすらいない。
 なにしに来たの、とでも言いたそうにドリームイーターがこっち見た。
 至極まともな意見としかいいようがない。
「い、いや! 不良なんてくだらねぇって言いにきたんだ!」
 これ以上ペース飲まれてたまるかとラルバが声を張り上げる。
「アウトローって言えばカッコイイかもしれねえけど、誰にでも暴力振るってたら誰も寄りつかなくなるぞ! 周りに誰もいないって事は、カッコイイって言う人もいないって事じゃねえか!」
「いーぇ、根本的にー」
 さらりとツグミが口を挟んできた。
「格好悪い、ですねーぇ……」
 ストレートに言っちゃった。
 格好悪い、ドリームイーターに刺さった。
「誰も寄りつかなくなるというのは納得ですねーぇ。ただし、なにコイツ頭おかしい関わらないようにしよ、とドン引きの方向でしょうねーぇ……」
 トリムも肯定して頷く。
「そうだね。保護者呼ばれるとか停学になるとか、そもそも暴力は犯罪とかいろいろ言いたいことはあるけど、かっこわるいね。だって……」
 ここで一呼吸。そして、汚いものを見るような目。
「小テストが嫌だから犯罪に走りました……って、ね?」
「なるほど、それはもはや見返すことの出来ないアルバムを増やすだけですね」
「ひぎいいいい!!」
 絹を裂くような叫び声、トリスタンの言葉がクリティカルヒット。
「いや、そもそも避けられるのならアルバムに載りませんか。それどころかすぐに忘れられて、同窓会にも呼ばれず、自分の預かり知らぬところで笑いのネタに思い出される程度ですね」
「ぎゃあああああ!!」
 抉る抉る。
「あ、わたししってますです! わるいことをするこどもはわるいおとなにもっとわるいことをさせられちゃうんですよ!」
 あほ毛をフック型にしてぱぱの腕でぶらぶらブランコしてるリリウム。たのしそう。
 でもいまの話は大人になったときに過去が笑いものにされるということだからなんか違う。
「まぁ、憧れを持つこと自体はね。何も問題のあることじゃあない」
 こんな学校の屋上で煙草に火をつけちゃうチャールストンがいちばんアウトロー。
「ただし常識に反逆することは、皆の言うように代償を支払うことになる」
 ふーっと、白い息を吐く。
「君は教師を殴らなかった。それが答えじゃないですかね。アタシはむしろ、そんな非常識に反逆する方が眩しいくらいカッコいいと思いますよ」
 不良になる覚悟がなかった、というコトではない。
 そもそも少年は理解しているのだ、そんな行為に何らメリットはないと。憧れはあくまで憧れに過ぎない。
 だから、煽られた気持ちを元の場所に戻す、それだけで良いのだ。
『暴力など馬鹿な真似をして貴重な時間を潰す連中に成り下がるのか、君は?』
 あとはストレートに、不良を全否定する。
 サリファがドリームイーターを見据えて言った。
『だから、もう一度言おう……格好悪いな』
「ぶべらああああ!!!」
 なんかドリームイーターの頭部が爆発した。

●ハードトラック
 相当のダメージでも負ったかのように見えるドリームイーターはふらふらしだしてた。
 思った以上に少年の、不良になりたくない気持ちが振り切れたようである。
「ごっ!」
 そんな状態じゃ、飛んできたリリさんも避けられるべくもない。
 ところで、サーヴァントは魔力を込めて射出するものじゃないとおもう。
「ああもうラトゥーニさん、あまりサボりすぎ……っておちてますよ!?」
 リリさんと並ぶつもりで前に出たトリスタン。ドリームイーターの気を引くべく牽制の攻撃をしていたところ、とんでったリリさんが良い具合に跳ねて、バウンドし、屋上の柵の向こうに飛びだした。
「だぃじょぅぶ、りりーす&りりーす」
 リリさんだけに。でもそれ、放ってるだけ。トリスタンは首を振った。
「よしみなかったことにしよう」
「いいのかよそれで!?」
 また驚くラルバ。ケルベロスの連帯意識がよくわからなくなってくる。
「それよりも向こうの援護を。放っておくと危険かも知れない」
「向こうって……」
「いやっはぁー! 日夜悪を裁く正義の味方の登場ですよーぅ! ささっと説得をいたしましょーぅ!!」
 やたらハイテンションのツグミが飛び跳ねてた。説得は終わったと言いたいが、もうこれが説得でいい。
 なお、彼女の正義と悪の基準は主観100%である。
「私が正義ですよーぅ!!」
 あと平然と反撃されても突っ込んで行く。
「……こわい」
 もしくはヤバイ。でもしっかりカラフルな爆風で演出してあげるラルバだったりする。
 しかし、いかに弱ったとはいえ、ドリームイーターはドリームイーター、手を抜ける相手ではない。
 一瞬の隙を突いて、へなへなながらもサリファの後ろへ回り込む。
『おや』
 驚いたのはドリームイーターの方。ざりざりという音ともに、彼女から伸びた黒い影が、ドリームイーターの手を叩き落とした。
『いや、礼は言わないよ。戦え、おまえも』
「道具箱太郎」
 一瞬不穏で冷たい空気が流れた気がしたが、すぐに霧散した。代わりにトリムがサリファに駆け寄り傷を癒やす。また、道具箱太郎さんはその間足止めすべくドリームイーターにがぶりついた。
「ぎゃあー!」
「大丈夫?」
『ああ、問題ないよ』
「離せエエエエエ」
 すっかり噛みつかれて道具箱帽子を被ってるみたいになったドリームイーター。
 ああもう、言うまでもない。
 隙だらけである。
「これが! きょうの! えほんでーす!!」
 満を持した、という様子でリリウムが絵本を開いた。
 ぱらりらぱらりら。抗争の時代、森の動物たちはバイクに跨がり己がナワバリを広げるべく戦いを繰り返していた。
 敵対するモモンガ族頭領に仲間を次々やられたハクビシン族の頭領が、単身モモンガ族頭領に特攻(ぶっこみ)をかける。だが何故か、モモンガはハクビシンの後ろからやってきたのだった。
「“待”ってたぜェ!! この“瞬間”をよぉ!!」
 そしてなんかかんやでドリームイーターごとトラックに衝突した。
「事故る奴ァ……不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまったんだよ……」
 なんていいつつ消えてく森の動物たち。
「……ええ、ここ、屋上ですよね、はい」
 ダァン!
 銃声はひとつ。風穴は6つ。
 チャールストンの構えた銃からは煙が立ち上る。
 轢かれてへしゃげたドリームイーターの身体に空いた6つの穴は、少しずつ広がって大きくなり……程なくしてその身体全体が消え去った。

●踏みとどまる勇気
 わなわなとリリウムが震えている。
「おそろしいことにきづいてしまいました……!」
 無事ドリームイーターはたおせたというのになのごとなのだろうか。
「リリさんの姿が見えませんです!!」
「あー……」
 これにはトリスタンも言葉に詰まる。
「んー……」
 ラトゥーニが首を振る。
「んんー……」
 もっと振る。
「ん……」
 止まった。
「……家出?」
 聞かれても困る。何故主人が把握してないのか。
「こ、これじゃあ、リリリウムができないです!!」
 りが1個少ない。あとリリさんは追加パーツじゃない。
 そんな会話を、なんだかとても不憫そうな身守る道具箱太郎さんの姿があったとかなかったとか。
「ま、まあ。とりあえず今日はドーナツでも買って帰ろうか」
「はいですー!!」
 トリスタンの一言で、リリウムはいままでのすべてを投げ捨てた。
 価値基準はすべてドーナツである。
 一方で、周囲をヒールで直し、少年を介抱する。傷もなければ後遺症もない。もちろん不良になろうと何かやらかしそうな気配もない。
『本当の武闘派アウトローは不良なんかとは違うのさ』
 サリファがぽんと少年の肩を叩いた。
 たったそれだけの言葉の中にどれだけの想いが込められているのか。それは当人のみが知る話である。
「アタシはね、思うんですよ。贅沢だな、って」
 もう一本。今度はパフォーマンスではなく純粋に一服のつもりで、チャールストンは煙草に火をつけた。
「学生には学生にしかない悩みや問題がある。その時期にしか味わえない『旬』なわけですから」
「う、うーん?」
「俺にもちょっとわかんねぇな」
 少年もラルバも首をかしげる。こういうのはやっぱり大人にならないと分からない感覚かも知れない。
「俺はなー、不良になるより、自分に出来る事を見つけて熱中する方がカッコいいんじゃねえかって思うぞ」
 それに、と付け加える。
「その方が楽しいしなっ」
「そっか!」
 にかっと笑みをかけると、少年も笑ってくれた。
 憧れは憧れ。でも、きっとそうやって上を目指す気持ちがあれば、たとえ他のことであったとしても、一歩一歩成長できるのかも知れない。
「そうそう、そーですよーぅ!」
 どこからか飛び跳ねてやってきたツグミが少年の手を握る。
「運動が駄目なら、勉強でも、生活態度でも、趣味でも貴方にはいくらでも、伸ばせる魅力がありますよーぅ!」
「さらっと運動ダメっていった!」
「だから、ね? 悪に憧れたりしないって、お姉さんと約束しましょーぅ♪」
「えええええ」
 ぶんぶんぶんとめっちゃ上下に手を振る。テンション全然おちない。
「不良以外にも生き方はいくらでもある。だからこれ」
 滅茶振り回されてる少年に、トリムが1枚のカードを差し出した。
 名刺である。彼がつとめる美容院のものだった。
「え、と、これは……?」
「……いつでもおいで。不良よりずっと、自然でカッコいい君にしてあげる」
「えええええ!?」
「おおお、まさに生まれ変わり! これは楽しみですねーぇ!」
 良いも悪いも、すべては一歩踏み出すことから始まる。
 であれば、その一歩を踏みとどまったのも、今回は正しかった。
 そう信じたい。
「いやもう不良はいいです、うんざりです」
 でも少年良そう言わしめた。もう安心だ。

作者:宮内ゆう 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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