雨の前日祭

作者:七凪臣

●牙雨
 その日、傘の天井を突き抜け牙の雨が降った。
 多くの人で賑わう通りは、梅雨の時期を前にした傘の祭典。形や色も様々な傘がアーケードのように路地の空を埋め尽くしている。
 それを貫き地上に突き刺さった五本の巨大な牙は、見る間に異形の兵士へと姿を変えた。
『貴様等ノ、グラビティ・チェインヲ寄越セ』
 派手な紅い鎧兜を纏った一体が声高に吼える。
『恐レロ、憎悪セヨ!』
 荒々しい漆黒のオーラを迸らせる一体が、拳を構えて走り出す。
『其ノ拒絶コソ、ドラゴン様ノ糧!』
 細身の長身の一体が禍々しい紫の鎌を薙いで、散乱した傘を血しぶきで舞い上げた。
『ハハハハハハ! 脆イ、弱イ!』
『死ネ、死ネ!』
 逃げ惑う人らを背後からネイビーの二刀で斬り捨てた一体は歓喜を嗤い、ダークグリーンの閃きで命を狩り落とした一体が次の獲物を追う。
 襲来したのは、飾られていた傘のようにカラフルな竜牙兵の群れ。
 心浮き立つ賑わいに満ちていた地は、見る間に血臭と死臭に塗り込められる。

●梅雨前の一日
 『雨の前日祭』と称した傘の売り出し市を催していた商店街が竜牙兵に襲われるのを、シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)の助言を受けていたリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は予知した。
「『サーカス団よろしく個性的な竜牙兵を止める事もあるかもね』とシエラシセロさんは仰っておられましたが……まさにその通りです」
 出現するのは、赤に青、緑に紫、黒といった独特な色を持つ竜牙兵たち。
「予知が覆ってしまうのを避ける為、事前の避難勧告は行えません。ですが皆さんが接敵した後の避難誘導は此方で手配しますので安心して撃破に集中して下さい」
 その件は私の方で請け負おうと名乗り出た六片・虹(三翼・en0063)を輪に加え、リザベッタは襲撃者たちの詳細を補足する。
 敵の数は五。ゾディアックソードを装備した者が二体、簒奪者の鎌を装備した者が二体、バトルオーラを装備した者が一体。
「ゾディアックソード装備の二体のうち一体は、二刀装備のようでした」
 人通りの多い路地が戦場と化すが、避難誘導は迅速に行われるので、戦闘の邪魔になるものは存在しないと考えて良い。また、戦い始めてしまえば竜牙兵が撤退する事はないので、逃亡阻止を考慮に入れる必要もない。
「勿論、全ては皆さんの勝利が前提です。敗北すれば甚大な被害が出るのは必至。まさに人々を青天の霹靂の災厄が襲う事になるでしょう」
 ――そこまでは、引き締められていたリザベッタの表情。しかしケルベロス達に絶対的な信をおく少年の貌は、『ですが』と一つの区切りを経て和らいだ。
「皆さんならば無事に成し遂げて下さると信じていますし。折角ですから、竜牙兵退治が終わった後に、景気づけを兼ねて新しい傘をお買い求めになられては如何でしょう?」
 仕事の後には報酬を。
「鬱陶しい雨の季節を楽しく過ごすのに、お気に入りの傘を見つけておくのは大切ですよね。勿論、『雨の前日祭』を楽しむだけでもいいと思います。太陽の光を目一杯にうけたカラフルな傘で作られた天井は、見上げるだけでもわくわくすること請け合いですから」


参加者
レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
雨後・晴天(本日は晴天なり・e37185)

■リプレイ

●五色の驟雨
 紫の閃き嘶かせる骨の騎士の動きを、吉柳・泰明(青嵐・e01433)は自らを壁として阻み、ままよと放たれた刃を雨後・晴天(本日は晴天なり・e37185)のシャーマンズゴーストである快晴が受ける。
「止めてみせます」
 長けるのは弓使い。けれど必要あらば槍も器用に使い熟し、レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)は目にも留まらぬ速度で得物を振り回すと、竜牙兵の一陣をまとめて薙ぎ払う。
 正面からまともに喰らった敵たちの足が、僅かに止まる。だが、渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)にとっては、それで十分。
「冥府の最下層、陽の光届かぬ牢獄に汝を繋ぐ。全てが静止する永劫の無限獄にて魂まで凍てつけ!」
 金糸の龍を初夏の光に輝かせ、ダークグリーンが目立つ異形の懐へと踏み込むと、絶対零度よりなお凍てるマイナスエネルギーの掌打を幾発も打ち込んだ。
『グッ、ギぃッ』
 ケルベロスの守りを下げる事に専心していた竜牙兵が、氷の粒を巻き散らしながら肋骨を粉砕されて苦痛を喘ぐ。
 傘の空を突き抜け飛来した五体のデウスエクス。蜘蛛の子を散らすように遠退く賑わいを耳に、ケルベロス達が最初に行ったのは、敵の布陣把握。果たしてその目論見は功を奏し、面倒な盾役の黒き一体は速やかに撃退され、次いで標的に択ばれた阻害因子のばら撒き役も早々に滅された。
 残る敵は、破壊を担う紫と青。そして少し距離を置いて戦場を俯瞰する赤。つまり残されたのは、いずれもダメージソースと成り得るモノ達。
「この状況なら、そう来るだろうな」
 此方が各個撃破を狙うなら、敵も同様。相棒が集中砲火を浴びるのを余儀無くされた晴天は納得を頷き、
「大丈夫ですよ。しっかり支えてみせます」
 回復を預かる明空・護朗(二匹狼・e11656)は赤い瞳に力を込めて、優しい祈りを力と練り上げる。
「痛いの痛いの、飛んでいけ」
 幼き日の憧憬。護朗が両手を翳すと、ふわりと温かな光が快晴を包み傷を癒す。だが快晴の傷は護朗一人の手に負えるものではなかった。しかし懸念は不要。
「全く、傍迷惑な通り雨もあったものだ」
 わざとらしく肩を竦めてみせた晴天も、護朗と同じ癒し手。強力な破壊者を後に残すのだ、対策を講じていない訳がない。
「牙だろうが知ったことか、雨は傘に防がれるものさ」
 ……何も、漏らさせはしないよ。
 五月雨を彷彿させる敵を心でいなし、眩い晴れ間を全員無事に取り戻すべく晴天も溜めた気力を快晴へ分け与える。
 ぶつかり合う力の圧が風を生む度、変わらず空に在る傘も、地上に落ちた傘も、たわみ、転がり、鮮やかな色彩を危うい世界に花咲かす。
 ともすれば、魅入られてしまいそう。否、心の底から楽しむ為には、早急なる敵の排除が望ましい。
「一体残らず射抜いてみせましょう」
 レカは仲間の助けになろうと、移り変わる的の機動力を奪う事に重きを置き。
「梅雨の走りなら未だしも、季節の風情も無く降り注ぐ災厄とは実に性質が悪い。傘で防げぬ暴雨なら、我等が代わりを務めよう――暗雲は払い除けるまで」
 恩恵に与った泰明が鋭い一閃で招いた黒狼の影は、一度の疾駆で二度の牙を突き立て。更に護朗から授けられた狙いを定める力で以て、
「被害を出さぬよう、善処致しましょう――形なき声だけが、其の花を露に濡らす」
 アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)が躍った無音の剣舞は、盾役とは思えぬ破壊力を生んで、白から黄へ移ろう花弁の嵐で、また一体の竜牙兵を屠り上げた。

 まさか、そんな筈では。
 我らが餌如きに負けるなど。
 事実を受け止めきれぬ断末魔は、既に四つ。
「見た目もカラフルで、なかなか面白い相手でしたね」
 残る赤へ視線を投げて斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)が悪戯に笑めば、シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)も白い歯を覗かせる。
「白じゃないってなんか新鮮!」
 もしかしたら、こういう竜牙兵もいるのではないかと思いはしたが。いざ対峙してみると、カラフルさにいつも以上に心は踊る。とはいえ、やる事はいつもと同じ。
「ボクらはみんなを守る! さぁ、仕上げも派手に行こうよ」
 薄紅の天使翼を洋々と広げるシエラシセロの気概に押され、護朗もオルトロスのタマに並び攻勢に転じた。
「雨が降るにはほんの少しばかり時期早々。季も謳えぬ無粋な輩には、疾く退場願うと致しましょう」
 ――散り逝く極まで、惑い続けなさい。
 甘やかに微笑み乍ら朝樹が惑いの紅霧で赤を覆えば、大団円はもう目前。
「赤、青、緑に紫。そして黒。戦隊ものみたいだったけど、正義の味方じゃないもんね!」
 悪の手下ならば手加減無用とシエラシセロは、最後の赤へ最期を呉れるべく惜しみない全力を注ぐ。
「赦さない」
 短い詠唱に飛来するのは、双子の光鳥。シエラシセロの手を覆うガントレットと化したそれらは、常よりも少しだけ晴れやかな恩讐の衝撃波で暗雲の気配を五月晴れの空から消し去った。

●空、華やぐ
 元より、細く這わせた線に乗せた仮初めの空。災禍が去れば、瞬く間に再び人々の頭上を彩る。
「ケルベロスさんのヒールのお陰で、花も咲いたしねぇ」
 いそいそと傘を運び、飾る店主らの顔は明るく。取り戻した平穏に、商店街は賑わいに沸く。
 赤、青、黄、白、黒、紫、エトセトラ。花に鳥に街に、星に。様々な色、無数の柄の傘たちが形作る鮮やかな空は、地上に透かし落とす光や、吹き入る清風までも華やげる。
「さぁ、存分に楽しんでいって下さい。この日の為に準備した傘たちです。良い出逢いがあれば、遠慮なく!」

●色彩
「へー、こんな祭りもあるんだな」
 カラフルな空を、数汰は手を翳して見上げる。撃退し終えた竜牙兵も独特の色使いだったが、比べるなら此方が格段に上。
 存分に目を楽しませてくれる光景に、数汰の足取りも軽くなる。
 はてさて、どんな傘が良いだろう?
「今年は蒸し暑くなりそうだしな……」
 一冊の魔導書との出会いを経て、どこにでもいる普通の少年から、ケルベロスの青年へと有り様を変えた数汰は、今ばかりはただの客になって買い物を楽しむ。
 今日は良い出会いがある気がする。それは確信。
 数汰が道着とお揃いの赤い大き目の傘に出逢うのは、市を存分に堪能した後。
 自分のとっておきを探す者もいれば、誰かへの傘を選ぶ者もいる。『お疲れ様でした』とレカを迎えた【花ひらり】の面々は、どうやら後者。
「それにしても、圧巻でござー……、!!」
 思わずぽかんと口を開け、傘の天井に見入ったユタカ(e00109)は、フォーカスを合わせるように目に留まった傘に瞬いた。
 一見、一面の優しいオレンジ色。けれど上のビルから水を撒いた演出に、次々花模様が浮かび上がって行く。
「やはりレカ殿には花が似合うと思いましてな!」
「雨で咲く花、とっても可愛らしいです!」
 中心部分から全体へ、舞うように咲き広がる様は、まるで花が積もるよう。そんなユタカのチョイスに、レカの顔も綻ぶ。優しい色合いも、眺めているだけで心も晴れそう。
「見て、見て! ボクも面白いの見つけたよ。これは絶対、ユウちゃんにおススメ!」
 人波をすいすいと掻き分け興奮気味に駆け戻って来たユージン(e00277)が、そう言って差し出したのは、骨が反対側に反り返った風変りな傘。しかもハンドルは、直角に折れ曲がった先端が刀の柄のようになっている。
「これはね、えだまめちゃん用の傘なんだ! これで相合傘が出来るねっ」
「これは……いいですね、かなり!」
 花ひらりの傘マイスターこと、傘には一家言ある夕雨(e00440)も、連れるオルトロスを視野に入れたユージンの選択には脱帽。
「そんなユージンさんには、こんな傘は如何でしょう?」
「成程、これなら学校でも使え――わぁあ!」
 キラキラ目立ちたがり屋なユージンは、新しいキラキラの発見も上手。だからきっと星モチーフが似合うとレカがユージン用に択んだのは、一見シンプルな紺の傘。でも開いた瞬間、内なる空に無数の星が輝く。
「凄いや。よくこんな素敵なの見つけたね。そのセンス、輝かしいや☆」
「で、夕雨殿は拙者にどんな傘を選んでくれるのでござ?」
「ああ、ユタカさんの傘はビニール傘で――冗談ですよ、はいコレどうぞ」
 ほっこりレカとユージンを傍らに、夕雨とユタカはいつものペース。しかも夕雨が差し出した傘に、一触即発じゃれあいは加速する。
「え、何そのハイセンス。喧嘩売ってる? すっごい拙者好み。何、実はそんなに拙者のこと好き?」
「要らないなら私が欲しいので下さい」
「嫌でござ! ボロボロになるまで使い込んでやるんだから!」
 黒い和紙の水中を、銀の波紋を描き一匹の鮮やかな金魚が泳ぐ和傘を巡り、夕雨とユタカは喧々囂々。見守るレカとユージンは和気藹々。
 選び合い、贈り合い。並べる犬、花、星、魚で、いつかまた雨にお出かけするのもいいかもしれない。
 そしてモノノケ亭から護朗に誘われた【タマさん】の面々も、其々が其々の傘を選ぶ。ただし彼ら彼女らは和傘で統一。陽に照らされる和紙の独特の香りに、彼ら彼女らは誘われ歩く。
「ルーチェさんは、これなんか似合うんと違う?」
 最初に目星をつけたのは、日頃から和装を嗜む椿姫(e22536)。透き通る白い和紙に色彩豊かな淡い大輪の花が咲き誇る傘は、白き美貌の主にぴたりとはまり。
 何とはなしに山荷葉を思い出させる傘にルーチェは、差して見せびらかしたくなる半面、大切に飾っておきたくもなる心地を味わう。
「Grazie,椿姫さん。大切にするよ」
「良かったわぁ」
 笑み交わす視線の先、はたとルーチェ(e00804)の目を惹く傘が一張り。基は漆黒に流水紋。そこに江戸紫と白菫色の菖蒲が咲く傘。
「朷夜さんには、これが良い気がするねぇ」
 異国に魂根差すルーチェの和心慮る選取に、朷夜(e19228)の無の表情にも歓びが滲む。久々に、着物で出かけてみたくなる。
「ルーチェ、ありがとう。大切にする」
 大切が、大切を呼んで、また新たな大切になってゆく。
「護朗さんは、疲れてへん? 大丈夫?」
「平気。それより椿姫さんは、これなんかどう?」
 季節外れは承知の上。でもきっと、椿姫が『これ』を差す姿を想像したら、他は護朗の目に入らなくなった。
「綺麗やねぇ。赤く染まる夕日のようで、咲き誇る桜が見事やわぁ」
 おっとり、はんなり。椿姫が微笑む仕草にはやっぱり花弁舞う赤い和傘が似合い、護朗は感動。でも更なる感動が護朗を待ち受ける。
「え?」
「タマも頑張ったからな」
 言って朷夜が護朗へ渡したのは、影狼と肉球の柄のカッコ良く可愛い蒼和傘と、もう一つの小振りな和傘。
「タマにも? 見てご覧よ、タマ。すごくカッコいいけどかわいいよ。これが僕らのイメージなのかな」
 あっと言う間に傘に夢中な護朗とタマに、朷夜も胸を撫で下ろす。どうやらこれ以上ないくらい一人と一匹は気に入ってくれたようだ。
「どれも皆に似合いで、素敵だねぇ」
 ルーチェの感嘆を皮切りに、銘々の和傘を讃え合うと、見守る店主たちもにっこりほっこり。四人の周りだけ、時の流れが緩やかになったよう。
「今日はお誘いに乗ってくれて、ありがとう」
 楽しい一時に護朗が礼を告げると、朷夜と椿姫も、ルーチェも一様に『此方こそ』。
 また、ご一緒出来たら良い。きっと今日みたいな素敵との出会いが、あるに違いないから。

●彩色
 晴れの日に、傘。しかも文字通り、頭上を埋め尽くす量。珍しい光景は、ただ眺めてのんびり歩くだけでも十分楽しい。それが友人と一緒なら尚の事。
「濡れるのは好きではないので、雨の時期はそもそも億劫なのですが。傘の花開くような情景を眺めるのは、好ましく感じますね。自分で持つなら、断然和傘派なんですけれども」
 あれや、これや。目に留まる一本、一張りについて語りつつ、アルルカンが漏らした本音に揺漓(e08789)は得心。成程、灰色狐の血を持つアルルカンは、確かに濡れそぼるのを厭いそうだし、和傘好みも似合いそう。
「そう言えば、誕生日も近いのでしたっけ」
 そんな事をアルルカンが言い出したのは、赤や紫、黒もアルルカンに似合いそうだと揺漓が様々な傘を指差していた時。
「……そう言えば、そうだった」
「では折角です、お贈りしましょう。どんなのがお好きですか?」
 思わぬ申し出れど、断る謂れはなく。傘は時には武器にもなりますし、と嘯く友へ、揺漓は「……では、紫陽花色を」と返し。今度は「確かに貴方らしい」とアルルカンが得心。
 気鬱になりがちな雨模様。でも思い出一つで、楽しめるものになるかもしれない。

「え、マジですか! ありがとうございます!」
 バイト先の診療所の、しかもリスペクトしている先生から、『日頃、頑張っているご褒美だ。好きな傘を買ってやろう』なんて言われたら、フレデリック(e37264)のテンションは急上昇。歓喜ぶりは、晴天も満更ではない。
 晴天とフレデリック、そして快晴。並び歩いて眺める傘の空。でも、赤い金魚柄の傘に引き寄せられ、フレデリックの足が止まる。
「これならお祭りの金魚でも死にませんね」
 何気ない呟きだった。でもフレデリックの言葉の裡に潜む哀に気付いた晴天は、目を細めて可愛がっているバイトを軽く小突く。
「死なないさ。俺が買ってやる傘だぞ、超健康で長生きに決まっているだろう」
「……先生!」
 思わず零れた笑顔。嬉しさのお返しは、晴天へのサプライズ。
「――え?」
「色々好みとか趣味とかあると思ったけど、プレゼントだからこっそり勝手に俺が選びました」
 フレッドから差し出された日傘に、晴天は眼鏡の奥の瞳を瞠る。それは愛用の青空傘と対成すような内柄に星空が描かれたもの。
「成程。これで俺は青空と星空、同時に楽しめるようになったのか」
 嗚呼、なんて贅沢。知らず晴天も柔く笑む程に。
「先生! オレ、この傘大切にしますね、ありがとうございます!」
「……俺も、大切にするよ。ありがとう」

 雨は、好き。穢れも祓ってくれるし、雨上がりの空も緑も、虹も。世界は生まれ変わったように、透き通って輝く。
「雨はお好きですか?」
 自身は好むと語った朝樹の問いに、虹は雨の逍遥を楽しむ彩たちが織り成す天蓋を仰ぎ首を傾げる。
「考えた事がなかったな」
「そうなのですか? 貴女は雨も楽しんでいそうな印象でした。名前の通りに」
「――っ!」
 朝樹としては思った儘を口にしただけ。だがあんぐり口を開けた虹は、盛大に吹き出す。
「これが名は体を表すというヤツか! 皮肉でつけた名が的を射るとは!」
 腹を抱える虹は、朝樹には奇妙に映ったかもしれない。しかし問いを重ねる前に、笑い声を頼りにシエラシセロが人混みを掻き分け二人に追いつく。
「二人とも歩くの早いよー」
「すまない、つい話が弾んでな。お気に入りは見つかったか?」
「それがなかなか。ねぇ、虹さんみたいな大人な魅力が出る傘ってないかな?」
 その実、年甲斐は迷子な自覚がある虹。されど懐くように請われれば、大人の甲斐性発揮に挑むのも吝かではない。
「魅力はさておき。先ほどからリズ殿は、あの青地に黄色のラインが映える傘を目で追っているようだが?」
 貴殿の瞳と髪の色だ、惹かれる侭に任せるのが良い。
 もっともらしい弁にシエラシセロは素直に頷き。自分にも見立てて欲しいと朝樹も言い出す。
「一から選ぶのは得手ではないが、私は斑鳩殿おススメの傘を買った身。ならば返礼を欠かさぬのが大人というもの」
 雨には青紫に、晴れには白く咲く花の透かし模様が入った傘を握り締める虹の苦悩に、シエラシセロは大人の難しさを学び、朝樹は先ほどの虹より控え目に笑む。
 傘、一つ一つに待つ、違う明日。
 未来は可能性に溢れている。
「濃藍の地に斑鳩殿の髪と似た色の藤花が咲くあの和傘なんてどうだ?」

 年に一度の、雨の前日祭。一人と一匹――雪(e15842)と彼女の翼猫である絹は、鮮やかな彩が広がる天を目に焼き付けるので忙しい。ならば泰明の役割は、彼女らの足元や周囲に気を払う事。
 喧騒から守られる雪と絹。翼を畳んだ女がそれに気づいたのは、紫陽花の夜に蛍が舞う傘を見つけた瞬間。
「余所見ばかりで申し訳御座いません。その、初めて目にする光景で――」
「これ程の色彩だ、目移りも無理はない。むしろ、絹共々楽しそうで何よりだ」
 弁明は不要と、泰明は慌てる雪と視線を合わせて笑む。
「ところで、気になる傘でも?」
「はい、あちらが。泰明様もご一緒に入れる大きさだと、一番なのですが――」
 きっと絹と共にするのは大丈夫だろう。しかし見上げる距離は、僅かにサイズを測りかね。惑いつつ、雪は『先日は大変でしたものね』と付け足し返す笑みを深める。
 それは先だっての自然公園での話。思い出した泰明も『あのようなずぶ濡れは参るな』と思わず尾を隠した。
「では試しに取り寄せてみよう。良ければ、俺が贈ろう」
「宜しいのですか?」
 互いを寄す処とする距離、流れる時は和やかに。歓びが、頭上の傘ほど広がる。
 でも。
(「何より嬉しいのは、貴方様と同じ光景を楽しめる事」)
 敢えて口にせぬ雪の『一番』は、きっと伝わる。だからこそ、彼女が晴れやかであってくれるのが一等の幸いである泰明も祈るのだ。
 ――願わくば、雪の笑顔が翳らぬよう。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 5
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