●禁断の初恋
「志藤先輩……――好きです! 私と、付き合ってください!」
ありったけの思いを込めて伝えた気持ち。その少女、胡桃夕里は顔を真っ赤にしながら、けれど大好きな先輩の目を見て告白した。
それは初恋だった。
一目見てから胸の鼓動が止まらなくなって、一緒にいるだけで楽しくて嬉しくて。
だから、自分が間違っているとは思わない。この気持ちは成就されるべきだと思った。
けれど――。
「えっと、ごめん。嬉しいけど……冗談だよね? それに知ってると思うけど私付き合ってる人がいるから、その気持ちは受け取れないよ」
それに――と続けて。
「私達、女の子同士だよ? 本気だとしたら、ちょっと引くかも……」
決定的な言葉を先輩――志藤結桜は言葉にし、踵を返した。
「どうして、わかってくれないの。この想いは本物なのに……」
先輩が去った屋上に、夕里は一人残っていた。
落ち込みながらもその胸中は晴れずにいた。まだ、先輩のことが忘れられないのだ。
「そうよ、絶対に諦めて溜まるものですか。だいたい先輩の付き合ってる男子かっこわるいし、先輩には私みたいな女の子が合うに決まってるんだから……!」
抱いた初恋は消えることなく、燃え上がる。それが少女同士だったとしても、変わらぬ想いが夕里にはあったのだ。
放課後の学校。一人恋に燃える夕里の元に、影が忍び寄る。
「え、だれ?」
気づいた夕里が声をかければ、それは別の学校の制服を着た少女。
「あなたからは、初恋の強い思いを感じるわ。私の力で、あなたの初恋実らせてあげよっか」
「え、それってどういう……んんっ!」
戸惑う夕里に常人ならざる速度で近づいたかと思えば、一呼吸の内に夕里の唇を奪う少女。
そのキスは夕里の精神に作用して、魅惑的な感触に夕里は恍惚の表情を浮かべる。
少女はその隙に手の上に生み出した『鍵』で夕里の胸を突き刺した。
そう、少女はデウスエクス――ドリームイーター『ファーストキス』に他ならない。
鍵を刺された夕里は倒れると、その傍に新たなドリームイーターが生み出される。
「さぁ、あなたの初恋の邪魔者、消しちゃいなさい」
解き放たれたドリームイーターを見て満足げに頷くと、ファーストキスは姿を消した。
後に残った夕里そっくりのドリームイーターが、初恋を実らせる為に行動を開始した――。
●
「皆さん集まってくれてありがとうなのです。新たな事件が発生したようなのです」
集まった番犬達にクーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が資料を配ると説明を始めた。
クーリャによれば、日本各地の高校に、ドリームイーターが出現し始めたということだった。
ドリームイーター達は、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているそうだ。
「今回狙われたのは、胡桃夕里という学生で、初恋を拗らせた強い夢を持っていたようなのです。
被害者から生み出されたドリームイーターは、強力な力を持つのですが、この夢の源泉である『初恋』を弱めるような説得ができれば、弱体化させる事が可能になるのです」
対象への恋心を弱めても良いし、初恋という言葉への幻想をぶち壊すのでも構わないだろう。
特に今回の被害者は、同性に初恋していることもある。その点をついた説得もありだと思われる。
うまく弱体化させれば、戦闘を有利に進められるはずだ。
続けてクーリャは敵の情報と、周辺状況について説明を進める。
「敵はドリームイーター、一体。配下などはいないのです」
ドリームイーターはモザイクを放ち悪夢を見せる攻撃に、相手の欲望を喰らい攻撃を封じる技、それにモザイクで回復する能力を持っているようだ。
「敵は、一人学校に残っていた男子生徒を狙うようなのです。
襲撃場所の校門前は遅い時間ということもあり、他には生徒がいないので避難誘導などは考えなくても大丈夫なのです」
現れるドリームイーターは番犬達を優先的に狙うようだ。襲われる一般人の救出はそう難しいことではないだろう。
説明を終えたクーリャは資料を置くと、
「高校生の夢を奪ってドリームイーターを生み出すなんて許せないのです。夢は大事なのです。
ドリームイーターを弱体化させる事ができれば、被害者さんの偏った初恋への思いも弱まると思うので、うまく説得してあげて欲しいのです」
そこまで言って、クーリャは後を付け加える。
「でもやり過ぎちゃうと、恋なんていらない! みたいな事になってしまうのです。ほどほどの説得が求められるのです。
皆さんにお任せすることになってしまいますが、どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
ぺこりと、頭を下げてクーリャは番犬達を送り出した。
参加者 | |
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セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184) |
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686) |
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080) |
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930) |
四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168) |
葛城・かごめ(変種第一号・e26055) |
天乃原・周(あま寝・e35675) |
那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383) |
●横恋慕の夢魔
夕陽も沈み切った夜に校舎の明かりが灯る。
人気のない校門に、帰宅しようと歩く男子生徒が一人。
スマートフォン片手に歩く男子生徒は、不意に響く足音に振り向いた。
「だ、誰だ……」
「お前さえいなければ、結桜先輩は私のものになったはずなのに……!」
黒く淀んだ双眸で男子生徒を睨めつけるは、胡桃夕里より生み出された夢喰いに他ならない。
「結桜? お前一体何を……うわっ!」
言葉を遮るように振るわれた右腕。間一髪尻餅をついて躱すことができた男子生徒だったが、尋常ならざる速度を目の当たりにし、その背筋を凍らせる。
「こ、殺される――!」
悲鳴にもならない声を喉に詰まらせながら逃げようと足をばたつかせる。惨めな男子生徒を見下ろして夢喰いが腕を振り上げる。哀れ、男子生徒の命運は此処に尽きようというのか。
そのとき――。
天空より舞い降りるは八人の番犬達。
振り下ろされた夢喰いの一撃を、セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)がその身を盾にし受け止める。驚異的な破壊力を持つその一撃を吹き飛びながらも受け止めれば、その隙に仲間達が男子生徒を確保し距離を取る。
「無事でよかったよ。後は私達ケルベロスに任せて、急いで避難してね」
「転ばないように気をつけてね」
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)と那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)が男子生徒を校門の外へと逃がす。
追いすがろうとする夢喰いを、四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)と葛城・かごめ(変種第一号・e26055)、天乃原・周(あま寝・e35675)が立ちはだかり道を塞ぐ。
「行かせるわけにはいかないぜ」
「どいて! アイツを消さないと、先輩ガ――!」
「皆気をつけるんだ、情報通りとんでもない力を持っているようだよ」
一撃を受け止めたセルリアンが番犬達に注意を促すと、逃げないように取り囲んだ。
立ち上るグラビティは身を震わせるほどに強い。強敵であることを確信する番犬達は油断なく、夢喰いを睨めつける。
「お前達も私と先輩の邪魔をするの……いいわ、邪魔するものは皆消してやる!」
胡桃夕里の感情が夢喰いを支配しているのか。発露する感情は負のグラビティとなって夢喰いから迸る。
武器を構え直した番犬達に、初恋を叶えようと暴れ回る夢喰いが襲いかかった――。
●恋の道しるべ
強大な力を振るう夢喰いに、番犬達は応戦する。
まずすべきは夢喰いの力の源泉となっている夢の持ち主、胡桃夕里の初恋の感情に語りかけ、その力を弱体化させることにある。
語りかける言葉は、初恋の先へと導く道導だ。
「早まったらダメ!
そんな事してもキミの好きな人は振り返ってくれないよ」
そう優しく、寄り添うように語りかけるのは摩琴だ。
「初恋は大事な経験だよ。今まで知らなかった感情だもの」
初恋という人生一度のとてつもないエネルギーを持つ感情を肯定しながら、だからこそ、好きになった相手が大事にしている人を悪く思ったら駄目なのだと摩琴は言う。なぜなら、それは好きな人の事を否定しているという事なのだ。
「――でも。君は告白できた凄い勇気のある人」
その結果はどうであれ、秘めた感情を相手に託すのはとても難しく勇気のいるものだ。それを行った夕里を摩琴は褒める。
「だから、相手の幸せを願ってキミ自身は次に行こうよ。
この経験が必ずキミに幸せを連れて来てくれるから!」
夢喰いの攻撃によって傷つく仲間達を治癒しながら投げかけた摩琴の言葉に、夢喰いが頭を振るう。
「イヤ、私は先輩じゃなきゃ……次なんて、考えられない! だって先輩が良いんだもの!」
嗚咽を漏らすようにくぐもった声で言葉を返す夢喰い。飛びかかるフィオが武器を振るいながら自らの想いをぶつける。
「相手が男の人であれ、女の人であれ、人を好きになるって言うのは素敵なことだと思う。……だけど」
相手がその愛を受け入れてくれなければ――その人の愛が別の人に向かっていたのなら。それは結局一方通行の不完全な想いなのだと。
そして、このような――夢喰いとなった――形で先輩、志藤結桜の愛が、夕里に向くことはないのだと、フィオは悲しげに言葉を漏らす。
情熱的な横恋慕。しかしそれが略奪愛となれば、求めるべき愛が振り向くことはそうないであろう。
「そんなものが、幸せな結果になるとは……私には思えないよ」
力の流れに身を任せた予備動作を取らない武術、無拍子を差し込みながら、フィオはその先にまつ結末を思い目を伏せる。だからこそ、不幸だけが待つ結末にしないために自分達の言葉を伝え、悪しき夢喰いを断つのだと覚悟を改め目を開く。
「二人の言うように、あなたの思いは純粋で、勇気を持って告白したのは本当に素晴らしいこと。とっても勇気のいることね」
哀愁漂う笑みを零し、自身の秘めた感情に想いを馳せるセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)。
いつの間にか好きでいたことに、セレスティンは気づくことなく。だからこそそれに気づき告白へと至った夕里を羨ましく思う。
「――でも、今あなたが考えていることは好きの押し付けだわ。
それってただの片思いよ。本当にその子が好きなら、愛しているなら、その子の幸せを一番に考えられるはず」
何気ない日常が好きだった自分。きっと『あの子』もそれを望んでいたのだろう。
「本当に大切な人なら……。
大切なあの子にとって一番の幸せは何か考えるわ」
あなたの大切な子は何を望んでいるの? 問いかけに言葉を詰まらせる夢喰い。
少なくとも、自分はそうなのだとセレスティンは言う。自分自身は永遠の初恋を抱えて喪に服しているからこそ、まだ可能性のある夕里に考えて欲しかった。
得物を取れば、グラビティを滾らせる。私の話は安くないわよと、冗談めかしていえば、くぐもった呻き漏らす夢喰いを傷つけていく。
セレスティンの話にセルリアンも言葉を走らせる。
初恋――人を好きになるのは素晴らしいことだと、頷いて、
「ただね?
その気持ちを相手に押し付けてはいけないのさ。
相手も尊重してこそ、恋愛なんじゃないかなー」
一方的な愛の押し売りは、顧みれば迷惑となりかねない。互いに相手の気持ちを尊重し、理解することが重要なのだ。
「先輩の気持ちはわかってる! わかって……いる……うぅ……」
我武者羅にグラビティを放ち、その禁断感情をぶつける夢喰い。仲間を襲うその一撃を庇い受け止めながらセルリアンは言葉を続ける。
「加えて言えば、世間一般的に同性愛はあんまり受け入れられてないのだよ。
大分受け入れられる流れになってきてるけど、まだまだ遠いかな。
まぁ、次の恋に期待しようぜ? ねっ?」
セルリアンの言葉に間違いはないだろう。ただそれを受け入れられるほど精神が成熟しているわけでもないのが胡桃夕里という女の子だ。
いやだ、いやだと頭を振り、持てる力をただ放ちぶつける。
番犬達をサポートするように立ち回るセニアが、これまでの話を耳に入れ、想いを言葉にする。
「私は恋には疎いがな。皆の言うように一方的な想いは時に相手の恋路を邪魔するものとなる。略奪する恋の先に幸せがあるとは、私には思えないな」
愛する家族を殺されて以来、戦いに明け暮れていたセニア。恋愛に明るくないものの、このまま行けば待っているのは不幸だけだと彼女は言う。
「うんうん、せやな」
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)が相槌を打つように頷いて、放たれたグラビティを炎に変えてぶつけ返した。
「セニアさん、こちらは任せてなのだ」
セニアのサポートにまわる月篠・灯音は、その心の内に思う。好きになった相手の性別は関係ないことだと。それは自身が伴侶としている女性を思えばなおのことだ。そして、好きな人に拒絶されるのは辛いことだと思う。
だから、せめて前を向いて進めるように、胡桃夕里を救ってあげたいと、思っていた。それは、番犬達皆の思いでもある。
行動阻害を多数与えながら、夢喰いの動きを封じるのは幽梨だ。
恋人の居る相手に気持ちを伝えるってのは、勇気のいることだと思う。皆が言うように、人を想う気持ちに性差や年齢差はないのだろう。
「見返りを求めない愛情だけなら、それはキレイなままだったかもね。
でも、自分と同じ分の気持ちが返ってくるわけじゃない。
想うばかりじゃ、何も返ってこないよ」
愛情は『give and take』ではなく『give and give』なのだと幽梨は言う。見返りを求めず、互いに与え合う関係。それは理想的な姿のようにも思える。
その欲望を見初められ、夢喰いとされた夕里に幽梨が言葉を投げかける。
「アンタが求める以上に、アンタは何を差し出せるっていうんだ?
恋人との仲を裂いてまで、アンタの気持ちを押し通す意味はあるのか?
人の道に反してまで想いを通して、先輩さんは幸せになるのか?」
善悪の判断を自らの義に問う幽梨は、義に反し、力で奪おうとする夕里を許すわけにはいかなかった。
「でも、私は先輩が好きで……先輩が好きになってくれるなら、なんでもできる……でもだから……邪魔な者は消す? それで先輩は喜ぶの……?」
自問自答する夢喰い。自らの行いが果たして志藤結桜の想いへと結実するのか、不安がよぎる。
間髪いれず、かごめが言葉を走らせる。
「すでに告白してはっきりフラれているんだから諦めなさい。
彼氏の人を排除しても、君が付き合えることにはならないよ」
それは夕里を諫める言葉の刃だ。かごめの言葉に頭を抱えて悲鳴をあげる夢喰い。
そんなことをしても、相手の心は手に入らないのだと、恋人を殺した張本人と付き合いたいだなんて思うわけがないのだと、刃を重ねていく。
揺らめく夢喰いの身体に、流星纏う蹴撃を加え、重力の楔を打ち込めば、もう一つ言葉を連ねた。
「自分の都合しか考えてないなら、それは恋じゃなくて独り善がりでしかないよ。
今の時点でも先輩、後輩として良好な関係を築けているんだから、友人として相手の幸せを願ってあげなさい」
それは夕里の皮を被った夢喰いへと向けられた言葉だ。故に辛辣な言葉の刃が夢喰いの欲望に塗れた感情を斬り裂いて行く。
「アァ……私は……私はどうしたら……!」
番犬達の言葉が夢喰いのグラビティを霧散させていく。仲間達の言葉を聞きながら、自らの考えを、想いをまとめるように周が言葉を紡ぐ。
「――次の恋に期待しようぜ。
きっと素敵な人が君を待っている」
夕里の気持ちを「……わかる、わかるぜ」と同意する周。その脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。それは初恋の感情だ。
――ともすれば、自分の想い人がこのように狙われる事態をありえたかもしれない。それは、共に戦うセルリアンを先日、告白された上で振ってしまっていたからだ。
しかし、セルリアンとは友達として、今なお仲良くしている。この二人の距離を夕里に感じて欲しかった。
「初恋、性差、乗り越えられない壁……。
でも、諦めなきゃいけない時も、あるんだ」
悲しそうに顔を歪ませる周は、近く訪れる未来に不安を積もらせる。この依頼が終われば、初恋の相手への告白が待っている。内に眠る秘めた感情を相手に託した時、どのような感情となって返ってくるか、怖い。
それでも。
目の前の夢喰いとなった被害者がそうしたように、想いを打ち明け、そしてその結果を受け入れる覚悟があるのだと、周は拳を握る。魔術使用による魔術回路の発光で、その身体が仄かに青白く光煌めいた。
「う、うぅ……先輩は、私のこと迷惑だと思って……先輩のために、諦める……?」
頭を抱える夢喰いのモザイクが、チリチリと霧散していく。弱々しく輝きを止めたグラビティ。番犬達の言葉は、確かに夢喰いの力の源泉たる胡桃夕里の感情に影響をもたらしたのだ。
この機を逃さず、番犬達が一転攻勢にでる。
「おばちゃんも、がんばらさせてもらうで」
真奈が駆け、手にした武器に釘を生やせば、夢喰いの頭をフルスイングする。
「我が身、是空と也……色ぞ風花の如く舞い踊り……泡沫が如く空と為せ……」
よろめく夢喰いに幽梨が裂帛の気合いと共に、霊気を乗せた剣圧波を放つ。霊剣術の奥義たるその一撃は、淡く輝く剣気の飛沫が風花のように咲き乱れる。
「どうぞこの華を越えていらしてください」
同時に、セレスティンのグラビティが夢喰いの足元を赤で染めあげる。炎にも似た赤い華が夢喰いの周囲に咲き誇り、その根に持つ毒で相手を足止めする。その下に眠る死者を恐れぬ者は、今この場には存在しない。
「キミに他人を傷つけさせない。ボクが全部癒やしてみせる!」
迸るグラビティを癒やしの力に変えて、摩琴が仲間達の傷を癒やしていく。強力な力をもつ夢喰い相手に、この仲間達を支えていたのは摩琴の力だ。
「さぁモザイクと消え、取り込んだ夢と感情を返しなさい」
竜砲弾の雨を降らせ、しっかりと足止めをしたかごめが、素早い身のこなしで夢喰いに肉薄すると肘から先をドリルのように回転させ一撃を加える。
吹き飛ぶ夢喰いに疾駆し近づくフィオ。
(「恋か……彼は私のことどう思っているのかなー」)
実のところ絶賛恋愛(告白まだ)中のフィオは脳裏によぎった考えを、頭を振るい打ち消すと、その呪われた武器の呪詛を載せた美しい軌跡描く斬撃を放ち、追い打ちする。
「ア、アァァ――!」
苦悶と怨嗟の声をあげる夢喰い。
友人として今を歩くセルリアンと周が揃い立ち、グラビティを通わせる。
「周、いくよ」
「合わせるぜ」
大地を蹴り駆け出すセルリアンの背を視界に収めながら、周が手を突き出し、グラビティを魔力に変える。
「出でよ、レヴィアタン! その咆哮を聞かせたまえ!」
召喚されるは、古の魔獣レヴィアタンの幻影。夢喰いを威圧しかき消すように放たれる咆哮が、夢喰いの身体につけられた傷の治りを遅くする。
背に感じる周のグラビティの波動を感じながら、セルリアンが夢喰いに肉薄する。
「――死線を超えた罪、己が原罪の刃に蝕まれることで贖え」
それは刹那の煌めき。【剣閃の認識】すらも許さない絶技は【真髄】のその先に存在する【極致】に至る。抜き放ち、斬り捨て、収めるの三連動作が同瞬に放たれ、斬ったという結果のみを顕現させる一撃は、その傷を決して癒やされることのない斬跡として現出させる。
番犬達の猛攻を一身に受けた夢喰いは、傷だらけの身体からモザイクを散らせながら、静かに口を開いた。
「先輩……結桜先輩……」
愛する者の名を最後まで口にした胡桃夕里の感情は、月映える暗がりの校門前で、モザイクの霧となって散っていく。
初恋によって生み出された夢喰いはこうして消滅するのだった。
●初恋の先へ
「セニアさん、みんな。お疲れ様なのだ」
皆をサポートする灯音が番犬達を労い、皆で周辺のヒールを行った。
そして、被害者が倒れているであろう屋上に番犬達は向かう。
夢喰いが倒され意識を取り戻した胡桃夕里を見つけると、順を追って事情を説明した。
「そんな……私の想いが利用されて……」
ショックを受けると同時に、番犬達に自分初恋は間違ってはいないが、その想いの在り方は良いことではないと諫められた。
「うっ……先輩……私どうしたら」
夕里に夢喰いの記憶はない。けれど、夢喰いにされる前に抱いていた気持ちに少しばかり変化があったようだ。
あれだけ強かった先輩への想いはどこか萎んだように小さくなって、心の底にぽつんと残る。
それでも、やはり結桜への想いを忘れられない夕里に、もう一度番犬達が声を掛ける。
「次の恋を見つけよう」
「良い人も見つかるって、ね」
夢喰い相手に言った言葉と違い、今度は優しく、夕里を応援するように。前向きに、次の恋を見つけられるようにと願って。
涙を拭う夕里は、コクコクと何度か頷いて、
「すぐに忘れられるとは言えません……でも先輩が幸せになってくれるなら……私、応援できると思います」
その答えは満点とは言わないまでも、十分な返答だ。番犬達は微笑んで、一つ確りと頷いた。
「でも、あの男が先輩を悲しませたら絶対許しませんけどね!」
目を剥いて肩を怒らせる夕里に、あぁ、これはまだまだ予断を許さないなと番犬達は思う。
「ま……ホドホドにね」
どこまでも真剣な夕里に番犬達は肩を竦ませると、顔を見合わせ笑い合った。
初恋は実らずも、新たな道を見つけたようだ。
それはきっと、番犬達のもたらした道しるべのおかげに他ならない。
月明かり灯る校舎の屋上で、百合の花が新たな芽吹きを迎えたのを確認した番犬達は、恋の話を膨らませながら帰路へとつくのだった――。
作者:澤見夜行 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年5月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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