初めてだから、受け止められない

作者:久澄零太

「先……輩……?」
 校舎の屋上、ドアを開けて前に三歩、左に五歩。フェンス越しに町を見回す事ができるここは、彼女の特等席。夕暮れ時の、眼下を行く生徒も少ないこの時間帯はこの光景を独り占めにしている気がして、お気に入りだった。
 今日も何をするでもなく夕暮れの町を見つめて、静かに帰るはずだった……憧れの先輩を見つけるまでは。
「そんな……」
 何となく、下を見下ろしたら偶然にも彼がいた。こんな時間に珍しい、などと好奇心に駆られて、彼を視線で追っていると微笑んで手を挙げた。応えるように駆けてくるのは一人の女生徒で。
「付き合ってる人……いたんだ……」
 呟いて、急に彼女は目を見開く。
「うぅん、違う。先輩付き合ってる人いないって言ってたもん。そうだ、あれはきっと脅されてるんだね大変このままじゃ先輩が危ない目に遭っちゃう仕方ないな私が助けてあげなくちゃそのために……」
 実際には、その先輩に告白したところで、「大切な人がいる」と返された。それは遠回しに「もう恋人がいる」という意味だったのだが、それをこの少女は曲解している。
「ふふ、ふふふ……」
 初恋をこじらせて狂ったように笑い始める少女に、影が落ちた。
「あなたからは、初恋の強い思いを感じるわ。私の力で、あなたの初恋実らせてあげよっか」
「え……んぅ!?」
 呆気にとられた隙に、少女の唇を影の主、ドリームイーター・ファーストキスのそれが塞ぐ。初めは震えていた少女だったが、やがて全身から力が抜けて、トロリと恍惚に染まった視線を向ける。その目に応えるように、ファーストキスが鍵を挿して唇を離すと目の前で少女は崩れ落ちてしまい、その残像のように同じ姿をした新たなドリームイーターが一体。
「さぁ、あなたの初恋の邪魔者、消しちゃいなさい」
 ファーストキスに見送られるようにして、ドリームイーターは口角をあげると沈む夕日のように、空間に溶けていった……。

「皆集まったね?」
 大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)はコロコロと地図を広げて、とある学校を示す。
「日本中の高校にドリームイーターが出現し始めたみたいなんだけど、ドリームイーター達は、高校生が持ってる強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしてるの。今回は、ここ」
 示していた高校を指先で描く円で包み、ユキは表情を歪める。
「今回狙われたのは、縣・星羅って女の子で、初恋を拗らせた強い夢を持ってたの。縣さんから生み出されたドリームイーターはすっごく強いんだけど、縣さんの『初恋』を弱める説得ができれば、それにつられて弱体化するみたい。これは恋心を弱らせるんでもいいし、初恋って言葉に対するイメージっていうか、夢? っていうか……とにかく、いい印象を台無しにしてもいいの」
 要は、星羅の持つ『初恋』を薄めてやればそれに従って敵も弱体化する、という事だろう。
「敵は縣さんの初恋の相手の、その恋人さんを襲おうとするんだけど、皆を見ると皆を優先して襲ってくるから、襲われる人を助ける事は難しくないと思う。襲撃はその人が他の部員が帰った後も一人で作業してて、他に誰もいないときだから避難誘導とかはいらないと思う」
 ユキが校内の見取り図を出し、美術室を示す。どうやらターゲットの女生徒は美術部員らしく、現場はキャンパスや画材など、多少動きを制限する物があることを想定した方がいいだろう。
「それから、今回は凶がバックアップにつくから……えと、その、上手く使って?」
 と、怯え気味に示す先では瞳を閉じた四夜・凶(風前の蒼炎・en0169)が腕組みをして、蒼炎の混じったため息をこぼす。
「高校生の初恋を利用するとは言語道断……消し炭にしてやりましょう……」
 ゆっくりと開いた彼の双眸は、殺意に染まっていた。


参加者
舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)
上野・零(焼却・e05125)
月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)
シフ・アリウス(天使の伴犬・e32959)
エレオノーラ・ペトリーシェヴァ(刀剣女子高生画伯・e36646)
神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)

■リプレイ


 夕日はとうに沈み、空を月が照らす中。星を描く少女の背後、星の名を持つ少女を模した夢喰がナイフを振り上げて……。
「御用の時間でござぁる!!」
 ドアが派手に吹っ飛んで、教壇にぶつかり空中で高速スピン。硬直する二人を前に、岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)はドアを蹴破った脚を床に叩き付ける。
「ここは拙者たちに任せ、そなたはその作品を抱えて逃げよ!」
「え、あ、え!?」
「こちらですの!」
 振り向けばナイフを持った後輩と武器を構えた番犬の姿。荒事に慣れていない少女が動けるわけもない。反対側のドアから神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)が手招きして、ようやく走り出した。
「何?私の邪魔を……」
 ジュッ。頬を蒼炎の刃が掠めて時が止まったように沈黙。ぎこちなく振り返れば、コンクリ製の柱が溶けていた。
「安心しろ、すぐに消し炭にしてやる……」
「消し炭など手ぬるいでござる。三千世界から身魂共々、滅却せねば……!」
「ひっ!?」
 怒りのあまり蒼炎の悪魔と化した凶と、閃光螺旋が輝きすぎて新手の太陽にしか見えない風太郎。メンタルはちょっとヤンデレ入った女子高生でしかない夢喰がへたり込んでしまう。
「やる気に満ちた四夜さん、初めて見ました」
「だからと言って、炎上するのは問題だろう」
「凶殿ー!?」
 凶の頭からバケツごと水を被せて鎮火したのは舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)。呆れた様子で腰に手を当てる彼女の傍ら、髪留めの関係でバケツにはまり、抜けなくなった凶の姿に風太郎も落ち着いた?ところで、エレオノーラ・ペトリーシェヴァ(刀剣女子高生画伯・e36646)が二人を正座させる。
「作品を守るって自分で言ってたのに四夜さんを炊きつけてどうするんですか」
「面目ないでござる……」
 喋れない凶に代わって風太郎が二人分謝罪し、エレオノーラは夢喰に手を差し伸べて。
「大丈夫ですか?」
「あ……あなたは?」
「私はあなたにお説教をしに来た番犬です」
 夢喰……星羅を椅子に座らせて、対面に座ったエレオノーラはナイフを没収。
「好きな人に想い人がいたのがショックなのは分からなくもないですが、だからといってその人を殺すのはダメです。むしろその人より魅力的になって先輩を振り向かせる努力をすべきだと私は思いますよ。夢喰に狙われる程の想いなら出来るはずです」
「夢喰……?」
 不思議そうな顔をする少女に、エレオノーラはふむ、と眉根を寄せた。
 星羅(本物)の夢を引っ張り出してできた夢喰だけど、説得が有効ってことは中身は星羅本人と変わらないよ。
「……そんな風に邪魔者をただ消して、どんな結末があると思う?」
 上野・零(焼却・e05125)は無表情だが、背後に『ゴゴゴ……』と文字が浮かびそうなくらいの圧力を以て、少女に迫る。
「……想い人が振り向くとでも?無理だ」
「む、無理じゃないもん!先輩は私が助けてあげなきゃ……」
 独りよがりな想いに囚われた少女に、零は小さく首を振った。
「……そんな暴走した想いに身を任せて行動したってね、意味なんてないんだよ……私だって暴走して悲しませたことはある、涙も見た……君は……想い人を悲しませたいのかい?」
 総勢、七十三名。それが零の暴走で動いた番犬だった。何人に迷惑をかけ、幾人に涙を流させたかなど、数えたくもない。
「……力と恋じゃ方向性は違うかもしれない……でも、どちらも確実に、誰かの心を傷つける」
 すっと、零の指先が少女の胸元を示して。
「……どうせするなら、心から誇れる、胸を張れる恋をしろ……」


「恋し合うということは、相手の思う先すらも想うこと。自分のものでない感情をも、我が事のように想い楽しむこと」
 戻ってきた紫姫は伏し目がちに口を開く。
「件の先輩は星羅様ではない人を想い、今の貴女はその想いを踏みにじろうとするモノ。そんなの、もう恋などとは呼べませんの」
「違う!」
 叫ぶ少女に、紫姫は否定するように目を閉じた。
「殺害などという手段は、星羅様の初めての恋慕を致命的に穢すモノ。その妄執、ここでおしまいにしましょう?」
 開かれたアメジストの瞳は、有無を言わさぬ眼光を以て少女を射抜く。
「星羅様が新たな、素敵な恋に辿り着く為に、血に汚れた悲劇は邪魔でしかありませんの!あなたの恋物語は終わってしまった……舞台を降りましょう。次の幕を開ける為に……!」
「終わってなんか……」
「くどい!」
 風太郎が机を叩いた。
「現実を直視せよ!貴様はフラれたのだ!初恋は小説や漫画みたいに甘美にござらぬ……むしろ、初恋は黒歴史!」
 流れがおかしくなり、総員疑問符を構えてスタンバイ。
「拙者はなァ!中学三年の時に毛深い猿という理由だけでフラれたのだぞ!?」
「人型になればよかったんじゃ……」
「それが!できたら!苦労せぬ!!」
 机バンバン!
「だが、この苦難がなければ拙者は紫姫という宇宙一の女性に出会えぬままでござった!よいか?初恋という試練を乗り越えてこそ、真実の愛に辿り着けるのでござる……!」
「私は初めてだったんですけど……」
「え、じゃあ紫姫の初恋は……」
 恐る恐る自分を指さす風太郎に、紫姫が視線を逸らしつつ、コクリ。二人ともジワジワ赤くなっていくが、少女のジト目に風太郎がビクゥ!?
「な、何事にも例外は存在する!」
「初恋ですか……」
 エレオノーラは虚空を見上げて。
「初恋の話を先輩後輩や同級生に聞こうとしたんですが何故か答えてくれず……難しいものですね。やはり、辛い思い出があったんでしょうか……」
 いや、女子高だからだと思うよ?初恋って普通は身近で起こりやすい(と、思う)から相手は教師か女子高生やん?どっちも、アウトやん?
「負けと思わなければ負けじゃない、を貫き通していいのは悪の大魔王とかと戦う時だけっす」
 鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)は少女に向けて、机の陰からひょこっ。
「フられた、先客が居た、そういう時はちゃんと認めて引き下がるのが初恋の正しいケジメっす!」
「ふ、フラれてないもん!」
「ぶっちゃけ、その先輩もはっきり言えば良かったんです。カッコつけるからこうなるんですよ。大事な事を伝えない人は良くない。サッパリ諦めて次の出会いに備えましょう」
「先輩はいい人なのー!!」
 エレオノーラのそこはかとないドヤ顔提案に少女は両手をぶんぶん、沙葉がその肩に手を置いて。
「思いが受け入れられなかったのは、つらいことだろう。だがそのような行い、往生際が悪く、見苦しいだけだ。彼の『大切な人』を傷つけた瞬間、彼から憎悪を受けることになるぞ」
「それは……」
 大好きな人から嫌われる。突きつけられた現実が、少女の顔を歪ませる。
 本当は分かっているのだ。憧れた人は既に結ばれている事も、自分の恋は散った事も。だが、幼さを残す心はそれを受け止め切れなかった。
「初恋は最高の恋とは限らない。君の運命の相手は彼ではなかった、それが現実だ。乗り越えなければ、いつまで経っても最高の恋などできはしない」
「じゃああなたは好きな人を諦められるの?」
「っ……」
 沈黙を否定ととった少女は奥歯を噛む。
「初恋は大事だよね。甘酸っぱい味だっけ?初めての恋だもんね」
 空気を入れ替えるように、月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)が星羅の両肩を掴んで。
「でも、初恋の人よりも運命の人を見つけるほうが大事だと思わない?」
「え……?」
 目を白黒させる少女へ、京華は畳みかけるように。
「世界の人口七十四億七千百三十八万人分の中から唯一の一人、世界で一番大切な存在だよ?」
 ずい。
「あなたは今までの人生の中で何人の人に会った?まだ君の世界で運命の相手が見つかる確率は低いと思う」
 ずい!
「憧れや初恋に縛られて可能性を見失わないで欲しいな。あなたを好きになってくれる人は必ずいるよ!」
 ずずい!
「近い!近いよ!?」
 段々迫ってくる京華に星羅がフルフル。京華は席に着くと頬杖をついて、思い出すように天井を見やる。
「それにしても初恋かぁ……今考えると私を絶望の淵から助けれくれたあの番犬が初恋だったのかな。まぁ、私が告白した時「返事は俺が今度の任務から帰ってきたらな☆楽しみにしとけ」って盛大にフラグを立てておいて、速攻で回収するとは思わなかったけどね!」
「それは……」
 笑って語る京華だが、少女は目を伏せてしまい。
「そうやって私の初恋は終わっちゃったけど、あなたは違うでしょ?」
 指で少女の鼻先をつつき、京華が微笑む。
「結ばれなかったとしても、好きって気持ちは本物だったのならそれでいいんじゃないかな?今は辛いかもしれないけど、思い出話になるかもしれないからね!」
「初恋っすかー、あちきの稼働ログをさかのぼってみても、そういうのはちょっと出てこないっすねー」
 五六七がメモリを遡るも、出てくるのは戦車っつうか砲身っつうか、兵器に惚れこむという何か違う思い出。
「親分を抱き込んじゃえば一家をパパっと乗っ取れるかも……というのは計算であって、胸キュンとは違うやつっすよね……まああちきはロリなので総じて色々これからと思われっす!」
「私は二年しかないよぅ……」
 ぐずる少女に苦笑して、京華はチラと。
「四夜さんの話も聞きたいなぁ……って、何してるの?」
 バケツを両手で動かすも全く抜けず、ウネウネ。
「しょうがないなぁ」
 京華が掴み、強引に引き抜いた瞬間、バチィ!!
「うぐぉ……」
 ばさりと髪を流す凶は涙目でフルフル。髪留めごと髪も引っ張られて痛かった雰囲気。
(初恋は男性の方が捕らわれやすいものだと聞くが……)
 沙葉が凶を見やり、彼が語り出したのは。
「初恋……なのかな?」
 まさかの疑問形。
「訳あって昔は世話役の女の子が居たんですが、気が付いたら目で追っていて……まぁ、危なっかしくて目を離せなかったんですが」
 師団においても「それ初恋?」と疑問視された案件である。だが……彼の過去を知る者なら、その女の子がどうなったのかは想像に難くないだろう。
「あなたの人生はまだ長い。ここで立ち止まるのは面白くないと思いますよ?」
「でも……」
 諦めきれずに縋りつく姿に、シフ・アリウス(天使の伴犬・e32959)はピンときた。
「あなたは結局、誰かを好きになってる自分が好きなんじゃないんですか?」
 首を傾げる少女にシフは言の葉を突きつける。
「あなたはその先輩ではなく、『恋そのもの』に恋をしてしまっている」
「違う!」
「じゃあなんでその先輩を困らせるような事をするんですかね?あの女性を殺せば、その先輩は悲しむでしょう。恋人に代替品はないんです。本当に相手のことを想っているのなら、既に相手がいると分かった時点で素直に身を引くべきです」
「ヤダ!私が好きなのは先輩だけなの!だから……」
「相手を殺しても許されると?好きであることを言い訳に使わないでください!」
 シフの怒声に、少女は身を震わせてじわり、目の端に雫が浮かぶ。
「言い訳なんかじゃない……私は先輩に救われたの……私も先輩を助けてあげたい……なのに」
 光を失った少女の目が、シフを捉えて。
「どうして何も知らないあなたにそんな事言われなくちゃいけないの?」
 シフの頭上に、黒い柱が落とされた。


「チィ!」
 凶がすぐさま蹴り飛ばし、離れた場所に落ちたそれは『扉』。
「凶殿、武器が折れるほどの無茶はせぬようにな?」
「さすがに借り物でそんな真似しねーですよ」
 黄金の螺旋とも言うべき長得物を構える風太郎と、長大な釘に似た避雷針に手を添える凶。
「……ステラ?」
 紫姫の背後霊が前に出る。肩越しに振り向くステラに、紫姫は頷いて。
「なるほど、『せいら』違い……」
 ステラの本名は、『星良』。同音異字の名前に、何か縁のようなモノを感じたのかもしれない。
「命ず、御業タタリ!今こそ、汝の威を示せ!」
 螺旋状の得物が圧縮され、黄金の輝きを放つ。浮遊するそれ目がけて拳を引き絞り、左の指二本を揃え、印を結んだ。
「憑依合体!仙忍モード!」
 風太郎を中心に黄金の風が逆巻き重力鎖が結集、螺旋の仮面となり顔を隠す。
「私は、先輩を助けるの……!」
 風太郎の両側に壁が生まれ、挟み潰そうと迫る二枚を、紫姫とステラが押さえこみ、その重さに身動きが取れなくなるが。
「姉様!」
 紫姫に応えるように、ステラの念動で画材を横滑りさせて障害物を排除。しかし、接近を拒むように無数の壁が立ち上がり、錠の落ちる音。
「なんですかこれ!?」
 エレオノーラが得物を翻し、峰で打ち砕けば黒い欠片に笑顔の少女と、件の先輩が浮かぶ。それを見て彼女は察した。
「心を閉ざしてしまったんですね……」
 失恋を認めたくない。その想いの結晶を前に零は胸に違和感を覚える。それが何なのかは分からないけれど。
「……初恋の思い出を血や惨劇で染めて欲しくないな」
 笑えなくて、名状しがたい『苦笑』のような表情のまま。
「……ほら、そんな風に暴走していると、大変なことになっちゃうかもよ?」
 羽毛を持たない片翼を広げて、それに釣られるように右半身が黒く染まっていく。
「……その恋に縋りたいのは分かるんだ」
 ボタリ。血とも泥ともつかないモノが腕を伝い、左目が青い光を放つ。
「……オレも、会えなくなった恋人を待っていた時期があったから」
 奇妙な液体は凍てつくように硬化して、右腕を覆い隠し枯れ枝のような姿に変えた。
「……凄く、アレだった」
 感情を持たない故に、表現できないもどかしさに言葉を濁しながら。
「……アンタにも知ってほしい。今の恋が叶わないからこそ、次の恋で」
 拳を引き、壁の表面に映る過去を見据えて。
「……本当の、『幸せ』ってやつを」
 打ち砕く。心を閉じこめる壁も、叶わなかった想いも、大切な記憶も……。
「男性は星の数ほどいるんですから、きっといい出会いが訪れますよ。まあ星には手が届かないんですけどね」
 零の横をすり抜けて、軽装形態に換装したシフは降り注ぐ思い出の欠片を掻い潜り、あるいは蹴り砕いて、あるいは刃のついた短棍で打ち砕く。
「だから、落とすんですよ。手が届くように」
 目前には巨大な扉。閉ざされたそれは初恋をこじらせ、諦める事も叶える事もできなくなった、心の有様。
「天に煌めく輝きは、一つじゃないんです」
 グリップ下、四つのジョイントがスライドして切先を前に、直線に並ぶ。
「あなたの『好き』を、悪意なんかにしないでください。それは、より強い悪意にしか……あなたを縛る枷にしかならないから……!」
 二つの刃が滑り、扉を貫通。強引にこじ開ければ、少女と目が合う。
「ニルヴァーナ……」
 閃光が駆ける。しかし、壁の生成の方が速い。
「グラトニィィィー……」
「チートコード・オン!『命中支援は六発まで』なんてケチなことは言わないっす!」
 構わず拳を引き絞る風太郎の視界に、映像が展開。五六七の導き出した算出結果に示された突破口は……。
「月夜に吸血鬼に喧嘩を売るとは、いい度胸ですわ」
 紫姫の展開する陣は白黒の賽の目を描き、具現化したチェスの駒が道を開く。
「スマァァァッシュ!」
 螺旋を描く長得物はその身を伸ばして少女の胸をぶち抜き、霧散させた。


「ん……にゃん、こ?」
 月明かりが照らす屋上で、星羅はマネギのほっぺてちてちで目を覚まし、でぷーんとした猫は慈しむように少女を見つめていた。
「大丈夫か?」
 沙葉に声をかけられて、ふと涙がこぼれ始める。
「あれ……?」
「失恋もさ、してみたほうがいいんじゃない?良い思い出になるんじゃないかな」
「これを機にどうっすか?何も恋をするのは人だけにあらず。動物や銃器だっていいもんっすよ!!」
 京華が笑いかけて、五六七が新たなる道への地図とマネギを示した。
「そっか、私、失恋したんだぁ……」
 ボロボロと溢れだす涙を拭いもしない星羅だったが。
「ごめんなさい、皆さんにも迷惑を……」
「気にしないでください。悪いのは夢喰ですから……前は向けそうですか?」
 エレオノーラの問いに、少女は小さく頷いた。
「なぁ、凶」
「?」
 嗚咽を漏らす星羅を見て、沙葉は無意識に自分の胸を押さえて。
「凶は、その、初恋の事、どう思ってるんだ……?」
「どうもこうもねぇよ。恋だったのかも怪しいしな」
「そうか……」
 沙葉は安堵するが……彼女はまだ知らない。ひっそりと現れたライバルの影を……。
 一方、派手に荒れた美術室では。
「ぐぬぅ、零殿もシフ殿もどこへ……」
 風太郎が『何故か』一人でヒールを終えると、背中に温もりがぶつかる。
「お疲れ様でしたわ」
「紫姫、来てくれたでござるか」
 並んで窓際に立てば、月と星が二人を見下ろしていて。
(偉そうに講釈しましたが……)
「紫姫?」
 紫姫は風太郎の袖をぎゅっと握っていた。
(私は風太郎さんの事を『想えて』いるのかしら……?)
「心配ないでござる」
 不安に揺れる瞳が見上げた先、笑う猿は吸血姫を抱き寄せて。
「たとえ何があろうと、紫姫には拙者が……」
 言い終える前に、紫姫は風太郎を突き飛ばして、脱兎。
「やっぱり吸血鬼と太陽は相性最悪ですわぁあああ!!」
 真っ赤になって逃げていった紫姫にポカンとする風太郎の肩を星良がポムン、サムズアップ。
「え、あれでよかったのでござる……?」

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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