伝わらない『金輪際』

作者:質種剰


 高校の中庭。
「あ、汐見、帰りに映画、でも」
 ある男子生徒が渡り廊下の奥を通り過ぎる女子生徒へ声をかけた。
 だが、何の反応も見せずに行ってしまう女子。
「無視か……」
「なぁ、いい加減諦めたら?」
 クラスメイトが呆れた風に男子生徒へ言った。
「なんで?」
「お前はまず、相手の反応を予想して話しかける方が良い。この前話しかけてた後も、かなり怖がってたらしいし」
「そうそう。仲良くなってない内からデートに誘うとか、向こうが困惑するのも当然だろう」
 もう1人のクラスメイトも同調してアドバイスするが、男子生徒は本当に解ってないらしく、首を傾げるばかり。
「そうかな。でもこの前、汐見、わざわざクラスに来て俺宛てに伝言残してったみたいだし。まだ芽はあるんじゃ」
「伝言?」
「なんて?」
 驚くクラスメイト達へ、男子生徒は1枚のメモを見せる。
『これは最後通牒です。今後一切話しかけられても返事致しません。今まで何度も何十度も申し上げましたが、貴方に話しかけて来られる事自体がもはや迷惑であり苦痛です。もう二度と、金輪際、一生、私へ接触して来ないで下さい』
 クラスメイト達は、メモを見て完全に愛想を尽かしたらしく、
「ここまで言われるなんてよっぽどの事じゃん……」
「傍から見てても、向こうが迷惑がってるの判り易かったしなぁ……なのにお前が空気読まずに何度も話しかけるから、相当嫌われてしまったんじゃないか?」
 と、匙を投げて校舎へ入っていった。
 1人残された男子生徒が肩を落としていると、
「あなたからは、初恋の強い思いを感じるわ」
「え」
 いつのまにか現れたファーストキスが、突然唇を奪ってきた。
「私の力で、あなたの初恋実らせてあげよっか」
 男子生徒が思わず驚愕するも、キスの甘美さに恍惚となったのも事実。
 その間にファーストキスは彼の心臓へ鍵を刺し入れ、新たなドリームイーターを生み出す。
「さぁ、あなたの初恋の邪魔者、消しちゃいなさい」
 虚ろな男子生徒を残して、生まれたばかりのドリームイーターは姿を消した。


「日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたであります」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が沈鬱な面持ちで説明を始めた。
「ドリームイーター達は、高校生が持つ強い夢を奪って、強力なドリームイーターを生み出そうとしているのであります……」
 今回狙われたのは、栗本という学生で、初恋を拗らせた強い夢を持っていたようだ。
「被害者生徒から生み出されたドリームイーターは非常に強力でありますが、この夢の源泉である『初恋』を弱める説得ができれば、弱体化させられるでありますよ」
 説得によって対象への恋心を弱めても良いし、初恋という言葉への幻想を完膚無きまでにぶち壊しても構わない。
「うまくドリームイーターを弱体化させる事ができれば、戦闘を有利に進められるでありましょう」
 かけらは続ける。
「皆さんに倒して欲しいのはブレザーの男子学生服を着たドリームイーター1体であります」
 学生ドリームイーターは、手にしたグルメガイドを丸めて殴りかかって攻撃してくる。
「『執念デートプラン』……ルーンディバイドに似たグラビティでありますが、違いは刀身が自在に伸び縮みする為に遠くまで届く事でありますね。ご注意を」
 また、紫のベルベットの小箱を開いて、中からモザイクを飛ばす事もあるという。
「『暴走プロポーズ』……モザイクを乱射する敏捷に長けたグラビティ。こちらは威力の高さや射程の長さもさることながら、敵複数人を毒に冒す斬撃であります」
 学生ドリームイーターが女子生徒襲撃事件を起こすのは、放課後、彼女の家へと続く通学路での事らしい。
「これは、被害者生徒が女子生徒の自宅の場所を把握していた証拠でありましょうね……正直言って恐ろしさを感じるでありますよ」
 かけらが溜め息をついた。
 ただ、学生ドリームイーターはケルベロスとの戦闘を何よりも優先する為、女子生徒を助ける事自体は難しくないのが救いである。
「被害者の夢からドリームイーターを生み出すファーストキスも許せないでありますが……わたくしは、今回襲われる女子生徒さんが気の毒で……どうか彼女をお助けした上で、被害者生徒による拗らせた片想いからも解放して差し上げてくださいませ。宜しくお願い致します」
 かけらは深々と頭を下げた。


参加者
江田島・武蔵(人修羅・e01739)
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
栗山・理弥(見た目は子供中身はお年頃・e35298)
安海・藤子(道化は嘲笑う・e36211)
月白・鈴菜(月見草・e37082)
横星・亮登(百万回失恋した煩悩・e44125)
桂城・子子(怒りの淵で眠る猫・e44912)

■リプレイ


 夕方。
「汐見、大事な話があるんだ!」
 電柱の陰から突然学生ドリームイーターが現れた時、
「きゃあ!」
 汐見は心細いせいもあってか、心底驚いて悲鳴をあげた。
「って……栗本じゃない? だ、誰……?」
 学生ドリームイーターが栗本の夢から生み出された以上、似通った外見から当人と間違えられるのも無理からぬ事だ。
「汐見、俺の話を聞いてくれ。今までは上手く伝えられなかっただけなんだ、話せば解る!」
「やっぱり栗本なの? 何か感じ違うけど……金輪際話する気無いって言ったのに、話を聞かないのはあんたの方でしょ!」
 汐見は堪らず駆け出して、一刻も早くドリームイーターから離れようとする。
「私はあんたと話す気もデートする気も無いの!」
「じゃあ喫茶店に行こう! 喫茶店だけなら汐見!」
 そう叫ぶと共にグルメガイドを振り被って、汐見へ殴りかかるドリームイーター。
「きゃあああ!!」
 ——ガスッ!
 執念深い一撃を、自らの身体を張って受け止めたのは、ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)だ。
「大丈夫か? ストーカーは時に逆上や逆恨みを爆発させる危険がある。被害が大きくなる前に即連絡を」
 冷静沈着かつ合理性の塊な性格のファルゼンは、汐見を気遣う時点ですぐにケルベロスカードを渡し、彼女へ早く逃げるよう促した。
 汐見は動転する中でも何とかファルゼンの忠告は理解したらしく、ケルベロスカードをひったくるように受け取り、必死で走った。
「汐見! どこへ行くんだ汐見!」
 学生ドリームイーターは喚き散らしたが、ファルゼンとボクスドラゴンのフレイヤが立ち塞がっている為、後を追えない。
「恋は盲目とはよく言ったものだが、これはちょっとなぁ」
 江田島・武蔵(人修羅・e01739)も、逃げる汐見を守るべく自ら壁になって学生ドリームイーターの進路を妨害した。
(「まぁ、恋した事に舞い上がって相手の事を見えなくなってしまうのはわからなくもない」)
 短く整えた黒髪とノンフレーム眼鏡の奥に光る切れ長の目が理知的な雰囲気を漂わせる、刀剣士の青年。
(「が、相手が拒否の反応を見せているのに、それを無視して自分に都合のいい解釈でごり押しするのは明らかにやり過ぎ」)
 クールな見た目に違わぬ客観的な視野と判断力をもって、栗本のストーキングまがいの押せ押せアプローチを明確な迷惑行為だと断じる武蔵。
(「犯罪者一歩手前までいってるし、少し頭を冷やして貰おうか」)
 それでいて、栗本当人をこのまま犯罪者にはすまいと、広い度量でドリームイーターの弱体化に挑む。
「恋する事は悪い事じゃないけどな。が、相手の気持ちを考えた事あるか?」
 噛んで含めるように言い聞かせるのは、ドリームイーターの元となった栗本の話を聞かない性格を鑑みての配慮だろう。
「自分中心にしか考えていないんだよ、お前は。それじゃ想いは届かない」
 加えて回りくどい言葉を一切使わず、鋭くも解り易い指摘でドリームイーターの心を抉り抜いていく。
「今のお前はエゴを通したいだけだ。それはもう恋じゃない」
 相手の思いやりなくして、恋心が実を結ぶなど有り得ないのだと。
「違う……俺の気持ちは、純粋な……」
 往生際悪く反論を試みるドリームイーターだが。
「有り得ない……想いが届かないなんて、絶対に……」
 何やらぶつぶつと呟いて俯くその表情には、落胆の色がはっきり読み取れる。
「少しは頭冷えたか?」
 武蔵は、自分の言葉が栗本に届いた——口では否定を続けていても——手応えを感じて、微かに語気を緩めた。
「伝言にあった『最後通牒』の意味わかってるかな?」
 次いで、スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)が、穏やかな彼女なりに厳しい声を投げかける。
(「甘い初恋につけ込むのも何とやらだねぇ……ストーカーになりかねないから止める意味はあるかもしれないけど」)
 同じ女性として、また娘を持つ母親として人の痛みを理解する優しさのあるスノーエルなればこそ、ストーカー被害に遭っている汐見やドリームイーターの触媒にされた栗本を慮って胸を痛めていた。
「伝言くれたことを希望と捉えているみたいだけど『最後通牒』って最終的な交渉の終わり、交渉を打ち切るって意味合いなんだよ?」
 それ故か、スノーエルの学生ドリームイーターへの説得には汐見を助けたいという気迫がこもって尚、簡潔に纏まっている。
「それは……何というか何かの間違いじゃ……」
 だが、生来の栗本の性格もあってか、学生ドリームイーターは頑なに認めようとしない。
「あれに書いてあった要望って何だったっけ? 『二度と接触しないで』だよね」
 スノーエルの更なる追及にも、黙って視線を泳がせるだけだ。
「その要求を理解できてない時点で交渉……恋愛はとうの昔に打ち切られたんだよ、相手からね」
 努めて冷静に、それこそまるでビジネスの交渉の場のように、交渉決裂を告げたスノーエル。
「そんな……汐見は……そんな子じゃ……」
 幾ら現実から逃げ続けても、一度耳に届いた言葉を意識から打ち消すのは難しい。
 学生ドリームイーターは、スノーエルの辛辣な宣告に少なからず動揺して、ガタガタと震え始めた。
 安海・藤子(道化は嘲笑う・e36211)は、学生ドリームイーターの姿を見るなり、ツカツカと無言で奴に近づく。
(「あぁ、むしゃくしゃする、なんでこう相手のこと考えないかな。押し付けだけが恋だと勘違いして押し付けられた方がどう思うか、わからずに——本当、潰してやりたいわ」)
 仮面の下にいつもの笑顔は無く、腹わたが煮え繰り返る程の怒りを固めた戦術超鋼拳に込めて、ドリームイーターの前に立つ藤子。
 バキィッ!!
 鋼の鬼と化した拳がドリームイーターの顔面を殴り抜いた。
「ただの押し付けを恋というのなら私はそれを認めてあげるわ」
 降ってきた声音は氷のように冷たい。
「本……」
「そういう恋を私は受けたわ。受け止めたけど、長続きしなかったもの」
「え……?」
「だから、殴らせろ」
 藤子の説得は、一見説得(物理)に近く思えるも、その拳の重みが段違いである。
「押し付けた重さもわからずに相手を考えないことが罪深い」
 何故なら、藤子自身が独りよがりな恋情を押しつけられ辛い思いをした為に、汐見の苦境が我が事のように感じているからだ。
「そんな思いを抱く心など、砕いてしまった方がいいでしょう?」
 その上で、彼女は経験で知っていた。栗本みたいな手合いは磨り潰して壊してトラウマを植えつけるぐらいしないと、一生治らないという事を。
「ねぇ、早く死んで頂戴?」
 否、死んでも治らないという事を。
 ドスッ!
 2発目の拳がドリームイーターの腹部に減り込む。
「ゲホッ……俺の想いは、押しつけなんか……じゃ……」
 腹を抑えてのたうち回る学生ドリームイーターの声は弱々しい。
 藤子の憤怒と嫌悪感が誤解無く伝わった証だろう。
「……男の人はよく女に貞淑さを求めたりするけど……やっぱり『初めて』を貰うのが嬉しいものなの……?」
 抑揚のない声で問いかけるのは、月白・鈴菜(月見草・e37082)。
「……それで……栗本は初めてのキスは誰と……?」
「だ、誰でも良いだろ。それが何か関係あるのかよ……!」
 答えに窮した学生ドリームイーターが目を逸らす。
「……男の人は初めては好きな娘と……とは考えないものなの……?」
 日頃無表情な鈴菜の金色の瞳が、珍しく険しさを増した。
「……もし初恋どころか知らない相手とのキスでも気持ち良かったのなら……貴方の初恋なんて、その程度の気持ちでしかなかったという事じゃないかしら……?」
 女性ならではの切り口で男性の節操のなさ、いわば貞操の軽さを詰る様は、彼女の冷ややかな声も相俟って大層迫力がある。
「う……」
 しかし、実際に鈴菜の説得内容を台本に起こしたのは男の蒼眞だった。
「……本当に好きな娘がいるのなら……その娘以外とはキスやそれ以上はしたくならないでしょうし……そうでないのならとても不誠実よ……」
 それでも、恋人の浮気を問い詰める調子でスラスラと台詞を思いつくところは、蒼眞が男女の機微へ相当聡いか、或いは実際に言われる立場になったか——ともあれ人生経験豊富な彼ならではの技量だろう。
「不誠実……違う、あれは事故で!」
「……それとも、男の人は心の繋がりよりも性欲優先で……恋人が姦通していようと気にしないものなのかしら……?」
 もっとも、鈴菜自身も、台本の台詞を直接ぶつけるにあたって、何となくもやもやする胸中を持て余していた。
(「……もし誰かを好きになっても……相手は自分の事を好きになってくれなければ……どうすれば良いのかしら……?」)
 もしかすると、汐見に振り向いて貰えない栗本を無意識の内に自分と重ねているのかもしれない。
(「……でも……幾ら好きでも相手の気持ちも考えずに手を出したりしてはいけないのよね……?」)
 鈴菜が自らへ言い聞かせる反面、
「汐見が他の男と姦通!?」
 ドリームイーターは斜め下にぶっ飛んだ思考で勝手にショックを受けていた。
「……少なくとも私は嫌な気分になるわね……」
 深い溜め息をつき、遅れて現場にやってきた蒼眞へ向き直る鈴菜。
 彼は逃げた汐見に接触し、説得材料になればとツーショット写真を撮って貰っていた。
「……ところで……相手の了承無く……しかも複数の女の子の胸に飛び込んだりしている方が目の前にいるけど……私にどうして欲しいの……?」
 まさか矛先が自分に向くとは思いもしなかった蒼眞が、目を逸らした。
「おもろそうなことは邪魔しまへん」
 そんな方針から、桂城・子子(怒りの淵で眠る猫・e44912)は汐見の逃走を見届けて以降、仲間の説得を聞く側に回っていた。
「あえて言うなら、相手の中で存在ないようにされるまで相手のこと考えへんてあかんやろ。
 だが、日頃は怒らぬよう努めている子子ですら、栗本の愚行には一言物申したくなったのか。
「お前が考えとるのは恋する自分のことだけや」
 ドスを効かせた苦言、栗本の今後を思いやった上での叱咤が飛ぶ。
「自分の事? いや、俺はいつ何時も汐見の事で頭がいっぱいで」
 それと比べれば、学生ドリームイーター——ひいては奴の元となった栗本の思いやりが、いかに欠落しているかよく判る。
(「初恋に幻想抱くのは大事やし、まだまだこれからやと言いたいけど、やるんやったら自分のやったことの責任ぐらい負わなあかんわな」)
 子子自体、年齢以上の落ち着きと器の大きさを持ち、常は物腰柔らかな関西弁を崩さず自らを律しているからこそ、大人になりきれない栗本の利己的な言動へは知らず識らずの内に手厳しくなるのも頷ける。
「初恋もそれ以降の恋もするのは結構やけど、自分一人でどうにかなるもんやないしなあ」
 そんな含蓄のある述懐が出るだけ、良い恋愛経験を積んできたらしき子子。
「ここまでやっても自分の事叶えたいんやったら——」
 おもむろに猫の仮面で顔を隠すと、そのまま獣人型から人型に変身。
「ぶっ壊すだけ」
 お面を被って戦闘モードに移行した。


「お前初恋なんか実ってみろ! どうなると思う!」
 他の仲間とは毛色の違う説得を試みるのは横星・亮登(百万回失恋した煩悩・e44125)。
「世の中怖い人たちがいっぱいいるぞ! リア充やバカップルや腐れアベックを見たら嫉妬せざるを得ないような連中が!」
 超絶な女好きが転じてモテる奴への恨みとなり、今はしっと戦士としてリア充爆破へ勤しむ亮登が言うのだ。これ以上ない説得力である。
「そういう連中に目をつけられたらどうなるか! 嫌がらせ! ネットでの誹謗中傷! 自宅特定行為! 自宅動画配信! そして最後は直接的物理的制裁!」
 現に亮登の弁舌は澱みなく、まるで今まで決行したリア充爆破作戦を報告しているかのようだ。これ程含蓄のある例示もあるまい。
「そんな状況に嫌気がさして去っていく彼女! そしてお前は思うんだ! 最初から恋愛なんかすべきじゃなかったと!」
 続きは何だか亮登のリア充へ対する願望が混ざっている気もしなくもないが、元々視野が広いのか、栗本とは比べ物にならないぐらいしっかり現実を見据えての想像である。
「それでもなお本当に初恋を実らせたいと思うのか!!」
 亮登の大喝を受けて、学生ドリームイーターが真っ青になり、蹲って頭を抱えたのも当然といえよう。
「い、嫌だ、折角汐見と結ばれたのに去っていかれるなんて……!!」
 奴の呟きだけを聞くと、亮登の脅しこそ理解している風に見えても、栗本の中ではまさか汐見と恋人同士のつもりでいるのか——と草臥・衣(神棚・en0234)は恐ろしい疑念に駆られる。
 だが、栗本は自分でも薄々感じ始めている汐見からの嫌悪を認めたくなくて自分に都合の良い妄想へ閉じ篭っているだけであり、即ち学生ドリームイーターの言葉も意識から進んで乖離していると看て良いだろう。
 皆の説得は確実にドリームイーターの心に届き、初恋の幻想を打ち壊している筈だ。
 さて。
「栗本くん! 好きだ! 付き合ってくれ!!」
 栗山・理弥(見た目は子供中身はお年頃・e35298)は、天下の往来であるにも拘らず、大声で叫んだ。
「ずっと、キミの知らないところで見つめていたんだ……」
 演技とは言え恋情を熱く語る理弥が妙に凛々しく見えるのは、念を入れてエイティーン済みだからか。例え1歳しか差がなくとも、『男子三日会わざれば刮目して見よ』の格言通り、若者の成長はドワーフでも早く感じるのかもしれない。
「好きな人がいる? 知ってるよ、でもそんなの関係ない! 付き合ってみれば俺のよさが分かるはずだから!」
 実家の母と姉達がまさに愛情を拗らせ、相手の気持ちを二の次に色々押しつけてくるタイプの為か、理弥の拗らせストーカー芝居は余りにも上手過ぎる。
 本当なら身内でもなければ許せない数々の言動を敢えて自らなぞるなど、相当なストレスに違いないのだが、それでも自分と似た目に遭った汐見を助けるべく、奮闘する理弥。
「栗本と栗山、苗字も似てるし絶対気が合うと思うんだ。キミの家も知ってるから、俺からは逃げられないよフフフ……」
 ずんずん近づいてくる理弥へ恐怖を煽られ、思わずドリームイーターが後退る。
「……今、どう思った?」
 不意に冷めた語り口になって、理弥が真面目顔で問いかけた。
「少しでも怖いとか嫌だとか思ったなら、それが相手の気持ちだよ。金輪際って言われただろ?」
「うぅ……」
 学生ドリームイーターは、明らかに理弥から距離を取るも、一連のストーカー告白劇が怖かったと認めようとしない。
 それだけ、理弥の言い回しが汐見に迫る栗本とそっくりだったのだろう。
 怖いと認めてしまえば、自分が汐見から怖がられ嫌われている事実とも向き合わねばならなくなる。
 否、本当は栗本とて心の奥底では解っているからこそ、学生ドリームイーターまでもが苦悩するのだ。
「恋ってさ……叶えたくて必死になるけど、やっぱ相手からも求められてこそ幸せになれるもんじゃね?」
 理弥はドリームイーターを見て、複雑そうな声音で諭すのだった。
「うぅぅ……俺が汐見に嫌われてるなんて嘘だ……!!」
 遂にドリームイーターは恐慌をきたし、モザイクを乱射する。
「すぐ回復するんだよ!」
 スノーエルは前衛陣の背後でカラフルな爆煙を起こし、彼らを癒した。
 地獄纏いし龍華樹を振り下ろすのはファルゼン。
「俺の好みは一回りくらい年上のお姉さんだから! 俺ノーマルだから!」
 必死で演技だと弁解する理弥は、亮登と手分けしての紙兵散布に忙しい。
「我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。そは静かなる冴の化身。全てを誘い、静謐の檻へ閉ざせ。その憂い晴れるその時まで……」
 藤子は喚び出した氷に龍の姿を与え、ドリームイーターを凍てつかせた。
「これつまりあれか、受けの悪いデートプランとプロポーズてことか——たたっ斬る」
 呪詛の軌跡も美しい一太刀をタマさんで浴びせるのは子子。
「間違った恋はこれで終わりだ。あばよ」
 最後は武蔵が独特の上段から守りを顧みぬ一閃を見舞い、学生ドリームイーターを斬り捨てた。
 その後。
「恋するのは決して悪い事じゃないけれど相手の気持ちも考えないとね。自分も相手も不幸になる恋なんてゴメンだ」
 栗本の身を案じて様子を見に行き、武蔵が真面目にアドバイスする傍ら、
「お前のやり方じゃあ女が振り向いてくれるわけがないぜ! 俺がデートの誘い方の見本を見せてやる」
「あー……骨ぐらい拾ったるわ」
 子子に励まされた亮登が、テンションを上げて仲間の女性陣を次々デートに誘った。
 だが。
「ごめんね、私には夫も子どももいるから無理かな」
 スノーエルには結婚指輪の嵌まった左手を翳して笑顔でお断りされ、
「はぁ、デート? 仕事帰りに知り合い以外とどっか行くつもりないの。ナンパな野郎は嫌いだしね」
「……ごめんなさい……」
 藤子や鈴菜に至ってはにべもない返事と、見事な玉砕ぶりを披露した。
「それじゃ、お疲れ様。粘着系男子の今後なんてどうでもいいし、先に帰るわ」
 へなへなと頽れる亮登へ形だけ手を振り、さっさと歩き出す藤子。
「全く……嫌なこと思い出しちゃったわ」
 呟きには苦いものが滲んでいた。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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