長雨の中で

作者:baron

『逃ガスナ!』
『皆殺シニシロ!』
 骨のような連中が、結果の見えた鬼ごっこをしている。
 周囲の人間達の大部分を殺した後、残った数名を狩りたてて居るのだ。
『オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル』
『死ネ、死ンデ、グラビティと成レ!』
 竜牙兵たちは生き残りを一人ずつ殺した後、感情豊かな子供達をいたぶってから、視界内の全ての人間を抹殺したのであった。
 雨にぬれた地面が真っ赤になるのもそう遠くはないだろう。


「福岡県の駅前に竜牙兵が現れ、人々を殺戮することが予知されました。急ぎ、ヘリオンで現場に向かって、凶行を阻止してください」
 セリカ・リュミエールはそういうと地図を手に説明を始めた。
「竜牙兵が出現する前に、周囲に避難勧告をすると、竜牙兵は他の場所に出現してしまう為、事件を阻止する事ができず、被害が大きくなってしまいます。しかし敵はケルベロスを優先するようなので、到着後でなら警察に任せることも可能です」
 セリカは残念そうに予知を上手く活かせないと残念そうに言った後、竜牙兵は最後まで戦うので一度戦いになればやり易いのだと教えてくれた。
「敵は三体ほどですが、いずれも格闘戦で戦う強力な存在です。また骸骨に見えても知性は有りますので気を付けてくださいね」
 アンデッドではないので知性があり集中攻撃や、場合によってはポジションチェンジなども可能だそう。
 もっとも必ずしも有効では無いので、チェンジしないことも多いそうだ。やり方次第では普通に戦うこともできるだろう。
「竜牙兵による虐殺を見過ごす訳には行きません。どうか、討伐をお願いします」
 セリカはそう言うと出発の準備を整えるのであった。


参加者
皇・絶華(影月・e04491)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
鏡月・凛音(狂禍髄血・e44347)
兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)

■リプレイ


 雨の降りしきる福岡駅に、予定の時間が訪れた。
 その事は『彼ら』以外に知るよしも無く、傘をさした人々がいつもの様に行き帰する。
「誤差は有るだろうが間も無くの筈だ。配置は覚えて居るな?」
「うん。竜の、手先の、骨頭。いつまで、たっても、懲りない、ね」
 皇・絶華(影月・e04491)がポケットに入れている地図を見て、兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)はコクリと頷いた。
 先ほど見せてもらったし大丈夫。
「まずは、私達で一般人の避難誘導を行いますね」
「それ、が、終わったら。結界張る、よ」
 タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)が手順を説明すると十三はまたも頷いた。
 無表情な顔にも気配は出るのか、少しだけ難しい顔をしている。もしかしたら竜牙兵に怒りを覚えて居るのかもしれない。
 ……まあ実際は、手に持つ妖刀が促す殺意に抗っているだけなのだが。
「来まシタ。行きまショウ。子供達を標的にするのハ、見過ごせまセン」
「私達はケルベロスです。避難してください」
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が進みでると、共に歩み出たタキオンは打ち合わせ通りにケルベロスの名前を出す。

 見れば他の仲間達も次々に飛び出して、人々と竜牙兵の間に立ち塞がる壁と成る。
『ケルベロスめが!』
「此方にモ、活きの良い獲物が居ますよ……如何でショウカ」
 エトヴァは顔色こそ変えないが、指だけがうっとおしそうに露に濡れた髪を弾く。
 もっとずぶ濡れになれば気にもならなくなるのかもしれないが、好きではないので慣れたくも無い。
「Das Zauberwort heisst Regenschirm」
 エトヴァは雨傘を想起しつつ、心は晴れ渡る青空に馳せた。
 力強い言葉で雨を遮るイメージを形成し、グラビティで形を為す。
 それで本当に晴れることはないが、晴れ渡るビジョンは雨を遮断し陰鬱に成りそうな心の雨を晴らすには十分だろう。その景色を実現させる為に戦い抜くのだ。
「哀れだな……憎しみを抱かれなければ生きる事が出来ない。強き竜が……故に……私は貴様らには憐れみしか抱けん」
 絶華はドラゴンを知るからこそ、怒りよりも経緯を覚える。
 強く猛々しい存在が、病に掛るまい、生き残ろうと浅ましい策を行うのだ。それこそが野生の証明、言い訳よりもなお強き意志の表れと思わずしてどう思おう。
『ダマレ!』
「喜ぶがいい。貴様らはその罪業にて裁きを受ける事はない。何故なら憎悪を受けるべき罪業を成す事はないからだ。故に冥府にて静かに眠るがいい!」
 絶華は濡れた地面の上を低い軌道でジャンプし、高速の飛び蹴りを掛ける。
 倒す為というよりは動きを止める技の筈だが、あまりの速度に手痛いダメージを受けた。
 もし盾役でなければ大きなダメージを負ったのではないかと思うほどだ。
「あなたの、相手は、じゅーぞー達だ、よ」
 殺意の結界を張り終わった十三は、反対側から接近し引き抜いた妖刀の導くままに斬撃を放つ。
 その一撃を十字に組んだ腕で受け止めつつ、竜牙兵は手刀を繰り出した。
「ほう、格闘戦を挑んでくる竜牙兵か。不謹慎ではあるが、面白い敵だ」
 振り降ろされる手刀を、ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)は闘気を灯した拳で受ける。
 手の甲で反らし威力を半減させると、円を描く様な最小限の動きで元の位置に拳を戻す。
「この雨の中、どれだけ機敏に動けるのか見せて貰おうか。……お前達の攻撃は必ず当たる。怖れを越える勇気が、これまで培ってきた経験がある限り」
 ヒエルは仲間達の意識を増幅させ、必ず当てると言う意思を高めた。
 不安や疑いが命中力を下げるならば、それらを跳ね除ければ集中力が高まって行く筈なのだから。


『シネ、シネ、シネ!』
「いくぞ、魂現拳」
 ヒエルはエトヴァやキャリバーの魂現拳と共に敵の拳打に立ち向かう。
 恐るべき強さだが、防げないほどではない。
「竜牙兵なのに剣も槍もオーラも使わないの? めずらしいね」
「偶にありますね、そう多くはありませんが。……ドローンの群れよ、仲間の警護をお願いしますね」
 それほど多い例ではないが、良く見る武器を使ったり、それと同じ様な攻撃をグラビティで再現することも無い訳ではない。
 イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)の感想にタキオンは頷きながら、ドローンを襲撃させて防壁を造る。
「そうなんだー。わたしは格闘戦あんまり得意じゃないから、槍で距離をとって戦おうかなぁ」
 わたしの蝶々とか術を見ててよね。
 イズナはウインクすると、祈る様に両手を握った。
 雨に濡れない様に気を使い、緋色の蝶を呼び寄せる。
「緋の花開く。光の蝶が……みんなを殺戮しようなんて許さないよ。グラビティチェインは絶対奪わせないんだからね!」
 開かれた掌からそっと放たれる緋色の蝶は、幻想的な光で羽ばたいて行く。
 それは一匹だったのか数匹いたのか、それとも無数に居たのか。
 気が付けば体の上に止まり、力を蝕んで居たのだ。
「……また、骨。いっぱい。それでも、りんねは、殺す、だけ」
「……奴らに蹂躙されるわけにはいかぬ。必ず此処で止めようぞ」
 鏡月・凛音(狂禍髄血・e44347)と天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)はそれぞれのペースで間合いを詰めた。

 凛音はいつものようにぼんやりと気負いなく、水凪は強敵の気配を感じて強い意志で立ち向かう。
 まずは人々への視線を遮って注意をひきつけ、次第に陣形を整え始める。
「ぞうおと、きょぜつ。そんなの、知らない。わからない。でも、敵なのは、わかる。敵なら、殺す。殺す。殺す。みんな、殺す。みなごろし」
 凛音は懐から水晶を取り出すと、空に透かして燃えない炎を映し出した。
 本来ならばありえない姿は炎の様な動きでありながら、水晶で出来た刃でもある。
 火炎がまとわりつくような軽快さで切り刻んで行く。
「知性ゆえの連携と作戦……。大丈夫だとは思うが」
 水凪は避難する人々に目を馳せた後、あちらに攻撃が行かないか僅かに警戒する。
 これがグラビティ補給優先ならばあちらを優先するのだろうが、幸いにも敵対者の排除を優先して居るようだ。
 ならばこちらも人々を脅かす敵を脅威を排除しようと、杖に肉食獣の魂を降ろして打ち据えに掛った。
 打突の際に猛威を震わせ、傷口を抉りに掛る。
「また、来た。しつこい、ね、骨。ちょうど、いいから、刀の、餌に、なって、もらう」
「……その首、刎ねる、よ」
 凛音と十三は顔を合わせずに、なんとなく頷くペースで互いを理解した。
 伝えあうのは得意ではないが、それでも共に肩を並べて戦った記憶と、共に過ごした他愛ない日々には通じるものがある。
「……【月喰み】解放……呪怨の刃にて……その首……刎ねて、つかまつる」
 十三は喰霊刀【月喰み】に宿る数多の怨霊を、自らの内にある殺意と共に研ぎ澄ました。
 それをグラビティで押し固めることにより、不可視の呪怨の刃と化して新月の一刀を浴びせたのだ。
「見えない刃は痛い? それとも怖い? なら、それを、思い出して」
 凛音の振るう妖刀は竜牙兵の正気を喰らい、怨霊を浸食させて魂を喰らう。
 敵を倒す為に、痛みを記憶を引きずり出すのだ。


「流れ出るモノを……ここに」
 水凪は両手を掲げると、天より零れ落ちる雨を受け止めた。
 あれらは溢れかえる冷気によって無数の槍と化す。
「倒すべモノは……そこに」
 降りしきる雨は槍の雨に、流れ落ちる滝のように降り注ぐ。
 そして僅かな足音を聞いた時、身をひるがえしてその場所を開けた。
「止めマス。特に次ハ」
「了解した。これ以上はやらせん」
 交錯する音は、敵と味方の拳劇。拳撃ではなくやはり拳劇と言う方が正しかろう。
 エトヴァは雨に濡れる拳を白銀のオーラと共に握り締めて弾き、ヒエルは闘気を灯した平手で受け止めつつ勢いをいなす。
 全ての攻撃をカバーするのは難しい為、一撃は味方へ通してしまった。
 盾役二人は気力を練って癒しつつ、次こそは必ず止めて見せると近い合う。
「まあ、次回があるとしても少しはやり易くなっていると思いますけどね。……癒しの雨よ、仲間の傷を治して下さい」
「えへへ。それまでに、倒しちゃうもんねっ」
 そういうことですとタキオンは仲間の傷口を確認し、ダメージ自体は問題無いと判断して薬剤の雨を降らせる。
 イズナは先ほど蝶を放った時に仕掛けておいた、グラビティの縄を一気に手繰り寄せた。
 それは絡まりあって蜘蛛の巣の様になり、傷付いた竜場兵を容易く捕える。
「貴様らが世界の法則を理解しその上で生きる上に全力を尽くすのもまた敬意を抱こう」
 カチ上げるような蹴りと共に炎を食らわせた絶華は、黄金の柄を持つ霊剣を抜刀する。
 そして仲間が攻撃を繰り出して居る間に、勢い良く振り被った。
「そう、憎悪と拒絶ではなく理解し敬意を示す故に……全霊を尽くし貴様らを滅する。ああ、何もさせない貴様らは憎まれる事なく静かに此処で眠るのだ」
『グッ……』
 絶華が霊剣を一閃させると、竜牙兵は苦悶の声を上げる間も無く崩れ落ちた。

 こうして数分間の攻防が過ぎ去り、ようやく一体目の竜牙兵が撃ち倒された。
 僅かに一体、残りはいまだ無傷。されど一体だ、たった三体で八人のケルベロスと対峙する強敵である。
 逆に言えば一体が掛けたことで大きくバランスが傾向いたと言えるだろう。
「んー。こっちに来ないね。デウスエクスによっては届かなくても狙って来るのに」
「知性があるというのはそういうことであろう。……数が居れば、攻撃を捨てて回り込んだやもしれぬが」
 何度目かイズナが虹をまとう蹴りを浴びせたが、目ざわりだと思っている様なのだが、届かないから前衛にしか攻撃をしない。
 水凪はダンジョンの残霊と違うのだろうと見当をつけつつ、やはり油断は出来ぬという判断は正しいと再確認する。
 これが知性の無い相手だと、イズナが言う様に届かない後衛に攻撃しようとするのだ。それをしないだけでも知性がある敵は厄介だ。
「……挑発。効かないなら。いつもどおりに倒せばいい」
「確かに。後もう少しゆえ削り取っておくとしよう。……むっ? これは……」
 凛音は興味が無いのではない、話自体は好きなので水凪の会話を窺っており聞かないなら気にしなければいいと事実を告げた。
 だから水凪が杖で打ち据える敵を狙い、トドメを刺そうとした。
 しかし……。
「うん。……面倒だけど、ポジションチェンジ。……邪魔」
 霊が喰らい付いているにも関わらず瀕死には成っておらず、逆にそろそろ来るであろう攻撃が無かった。
 凛音は確かめる為もあって刀の鍔元を握りしめて血を流し、禁術で強化した剣撃をみたが……。
 足を止めてガッシリと拳で急所をガードした姿は、まさしく攻撃役では無く盾役の物だ。
「というわけで、お願い」
「……ん。逃がしは、しない、よ」
 凛音が視線を巡らせると、十三がコッソリ忍び寄って居るのが見える。
 音も無く妖刀を振り切り、ゴトリと首が落ちた音で倒したことを悟るのであった。


「大丈夫ですか、傷はまだ浅いです、緊急手術を施しますね」
 タキオンがグラビティの糸で傷を縫合すると、ヒエルへ累積して居た傷も殆ど消え失せる。
 やはり仲間のカバーを盾役がシェアしあっている状況で、敵の数が減ったのは大きい。
 偶々どちらかに手痛く累積すれば集中治療すれば良いし、平均化すれば範囲回復でなんとかなる。
「しかし……これが最後の回復ですかね。まあ怪我してたら治すだけですが」
「ならば、ここからは逃がさない為の戦いだな。回り込め魂現拳」
 既に攻撃役は居ない上に残り一体、もはやここまでダメージが残りタキオンが重傷を癒す必要も無いだろう。
 ヒエルはシェアし合う必要も無いと、キャリバーと共に仲間が居ない方向へ移動しつつ回し蹴りを掛けて退路を塞ぎに掛った。
「油断するつもりはありまセンガ……、逃がす気もありまセン」
 エトヴァは反対側に回り込み、地面の雨を蒸発させるほどの炎を伴う強烈な蹴りを放つ。
 やはり退路を断ち逃がさない為である。陣形はV字からU字に移行しており、包囲網はここに完成した。
「我が身……唯一つの凶獣なり……四凶門……『窮奇』……開門…! ……ぐ……ガァアアアアアア!!!!」
 絶華はかつて封印されし古代の魔獣を呼び覚ました。
 ソレは四方に封じられた凶の中で、放置すれば前者を喰らい、修めれば悪鬼外道を払う風の魔神と言われている。
 極限を越えて砥ぎ澄まされた神経伝意は、もはや狂戦士の領域にて暴力を開放。
 剣やナイフを爪のように容易く振るって切り刻んで行く。
「トドメはお願いだよう」
「判った。なんとかしよう」
 イズナが緋色の蝶で目を引くと、水凪はポジションチェンジなど無視する勢いで最後の攻撃を繰り出した。
 無数の槍が降り注ぎ、ここに竜牙兵達は全て打ち砕かれたのである。

「終わったかなー?」
「ああ。増援も無い様だし周囲を修復すれば終わりだろう」
 イズナの確認にヒエルは頷きながら、キャリバーを含めて残った傷を調べ始めた。
「壊れた、周りの、片付け、とか、する。必要なら、ケルベロスカードも、配る」
「……残骸整理。しよう、ね」
 凛音と十三はコクコクと頷きあって、壊れたアスファルトやガードレールを一緒に持ち上げる。
 うんしょっと言ったかどうかは別として、仲間達もヒールや整理に動き出した。
「知性があると流石に違うな」
「ですが、知性と戦略なら私達ケルベロスの方が上だと証明すれば良いだけの事」
 水凪が大地の力を引き出して修復しながら今日の戦いを反芻していると、タキオンは雨の中に薬剤を潜ませて天の恵みによって手伝った。
「何故にデウスエクスはこのような宿業を背負うのだろうな……誰かの意志による気がする」
「ドラゴン? エインヘリアル? それとも。もっと。凄いの?」
 さあな。と絶華は凛音の問いに答えつつ、答えの出ない問いに行く先を探す。
 アポロンのような上位者が居るのか、それとももっと上が居るのか不透明だからだ。
(「いつ止むのでショウ……」)
 エトヴァは降りしきる雨と、子供達を襲うデウスエクスの害に想いを馳せながら、ポツリと呟く。
「勝利デス。……家に帰りまショウ」
 憂える眼差しを明日に向けながら、心を照らす晴れ間を求めて歩き出した。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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