メイド荘の惨劇

作者:土師三良

●異装のビジョン
 とある洋館の一室で。
「僕はメイドさんを心の底から愛している」
 タキシード姿の紳士然としたビルシャナが六人の男たちに語っていた。静かながらも熱い声音で。
『メイドさん』などと言っているが、それは職業のことではなく、たんに『メイド服を着た女性』のことだろう。広い室内には何十体ものマネキンやトルソーが置かれ、そのすべてがメイド服を纏っているのだ。
「その愛に導かれ、僕は素晴らしい真理に至ったんだ」
「真理?」
 と、男の一人が聞き返すと、ビルシャナはニヤリと笑った。
「大前提、女性は可愛いものが好き。小前提、メイド服はとても可愛い。故に女性はメイド服が大好き」
 無理のある三段論法だが、その後に続く主張は更に酷かった。
「つまり、可愛いメイド服を着れば、女性にモテモテになるということだよ」
「おぉぉぉーっ!?」
 男たちが一斉に感嘆の声をあげた。『真理』とやらを真に受けているらしい。
 彼らの熱い視線を浴びながら、ビルシャナは声も枯れよとばかりに叫んだ。
「そう、メイド服は至高にして最強の衣装! ただ着ているだけで女性がわらわらと寄ってくるぅー! 世の男たちよ! モテたくば、メイド服を着ろぉー!」

●スノー&音々子かく語りき
「神戸にある洋館にビルシャナが現れたので、やっつけちゃってください」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちに根占・音々子がそう告げた。とても疲れ切った顔をして。おそらく、肉体的なものではなく、精神的な疲労だろう。
「じゃあ、私は帰ります。後はよろしくお願いします」
「待ちなさい!」
 立ち去ろうとした音々子を止めたのはスノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)。
「ここで帰っちゃダメでしょう! 最後までちゃんと説明しなさいな!」
「いや、なんかもう、あまりにもおバカなビルシャナなんで、これ以上は関わりたくないんですけど……」
「どんなにおバカといえども、相手は危険なデウスエクスなのよ。それを倒すために貴方もヘリオライダーの責任を果たすべきでしょう」
「そうですね。すいません」
「いえ、判ってくれればいいの」
 スノーは優しく微笑み、改めて音々子に尋ねた。
「で、そのビルシャナはどんな奴なのかしら?」
「『メイド服を着たら女性にモテる』と主張しているビルシャナでーす」
「……私、帰りますわ。後はよろしくお願いしますね」
「ちょっと待ってくださいよぉー!」
 今度は音々子がスノーが止めた。
「なんで帰っちゃうんですかー!?」
「帰りたくもなりますわ! なんなのよ、その訳の判らない主張は!?」
「確かに訳が判りませんけど、それを真に受けてるおバカな変態予備軍が六人もいるんですよ。どうにかして、その人たちの目を覚ましてあげないと」
「予備軍じゃなくて、もう正規軍のような気がしますけど……」
 いつの間にか、スノーの顔は音々子よりも疲れ切ったものになっていた。
 とはいえ、六人の男たちを正気に戻すのはそんなに難しいことではないだろう。彼らは異性装が趣味というわけではなく、『女にモテるための手段』としてメイド服を着ようとしている。つまり、『メイド服を着てもモテない(むしろ、ドン退きされる)』という厳然たる事実を突きつければいいのだ。
「たぶん、女性陣が罵ったり、嘲笑ったり、冷たく見下したり、ガン無視したりすれば、変態予備軍の洗脳も解けると思います」
「じゃあ、殿方のケルベロスはどうすればいいの?」
 スノーが尋ねると、音々子は疲れた顔に苦笑を浮かべて答えた。
「『俺はメイド服を着てなくてもモテモテだぜ』とアピールすればいいかもしれません。あと、実際にメイド服を着てみせるという手段もありますね」
「……は?」
「ビルシャナも六人の予備軍も現段階ではメイド服を着てないんです。だから、メイド服姿の男性がどれだけ見苦しいかということを知らないんですよ。でも、現物が目の前に現れたら、さすがに目を覚ますんじゃないでしょうか」
 注意すべき点は『メイド服姿の男性』なるものが見苦しくなくてはいけないということだ。中性的な美貌の者や所謂『男の娘』寄りの者がメイド服を着ると逆効果になってしまう。
「ちなみにビルシャナのいる洋館にはメイド服が沢山あるんですよー。サイズやデザインも選り取り見取り。任務が終わったら、ファッションショー感覚で自由に着ちゃっていいですよ。もちろん、男性でも女性でも」
「それは楽しそうですわね」
 と、さして楽しくなさそうな声で答えた後でスノーははたと気付いた。
「あ? 今になって思い出しましたわ。私、前にも似たようなビルシャナの件でヘリポートに呼び出されたことがあります。討伐には参加できなかったけど」
「リターンマッチのチャンスが巡ってきたわけですね。おめでとうございます」
「こんなチャンス、欲しくなかったですわ……」
 肩を落として溜息つくスノーであった。


参加者
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
ルイアーク・ロンドベル(叡智の魔王・e09101)
アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)
有枝・弥奈(二級フラグ回収技師・e20570)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)
シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)
椚・暁人(吃驚仰天・e41542)

■リプレイ

●メイドの迷妄に始まり
 五月のある夜、世にもおぞましい惨劇の幕が上がろうとしていた。
 舞台は古い洋館の一室。
 登場人物はタキシード姿のビルシャナとその信者たる六人の男。
 そして、彼らの前に並ぶケルベロスたち。
 ケルベロスの女性陣の何人かはメイド服を着ていた。レプリカントのリティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)にいたっては、はたきを手にして掃除の真似事までしている。となれば、メイドを愛してやまないビルシャナ一党はさぞかし心が弾んでいることだろう……と思いきや、全員が当惑の色を顔に浮かべていた。
 地獄の猟犬の群れに狸が紛れ込んでいたからだ。
 本物の狸ではない。
 信楽焼の大きな狸である。
「……いったい、なんの真似だ?」
 ビルシャナが狸に問いかけた。
 狸の中に潜んでいるであろう何者かは反応を示さなかったが――、
「判ります! 判りますよぉーっ!」
 ――ビルシャナと同じくタキシードに身を包んだルイアーク・ロンドベル(叡智の魔王・e09101)が声を張り上げた。
「メイドさんを深く愛する君たちの気持ちはよく判ります。私もまたメイドさんへの愛の炎に魂を焼かれている者の一人ですからね」
 体を捻るようにして奇妙なポーズ(ちょっと情緒不安定に見える立ち方。略して『チョジョ立ち』)を決めるルイアーク。その後方では、リティが無言ではたきをかけ続けている。
「しかし、君たちは大事なことを見失っています。すぐ傍に幸福があることに気付かず、青い鳥を探し求めた兄妹のように」
「そう言うルイアークもいろいろと見失っているような気がするんだけど。主に一般常識とか……」
 ヴァルキュリアのスノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)が言った。ちなみに彼女が着ているのはメイド服ではなく、弟から贈られた着物である(『濃い面子ばかりだから、普通のメイド服姿では埋没してしまう』と思ったのだ)。
 スノーの冷ややかな眼差しに動じることなく、ルイアークは語り続けた。
「メイド服を着て不特定多数の女性の歓心を買ったところで、決して心は満たされませんよ。だって、そうでしょう? 貴方たちにとって、いつも隣にいてほしい存在とは『不特定多数の女性』などではなく……メイドさんなのですから!」
「いや、そもそも『メイド服で女性の歓心が買える』という前提がありえないんだけど」
 と、信楽焼の狸の横にいたサキュバスのマサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)が口を挟んだが、ルイアークの熱弁は止まらない。その後方ではリティが雑巾で窓ガラスを拭き始めている。
「女性の歓心を買うための衣装など不要! 君たちが着るべきは、傍らに咲くメイドさんという名の華をより美しく咲かせるための衣装です! それがなんのかは言うまでもないでしょう! そこにいるビルシャナが既に着ていますからね!」
「僕が……着ている?」
 ビルシャナは思わず自分の体を見下ろした。
「このタキシードのことか?」
「然り!」
 力強くルイアークの横にメイド服姿の人派ドラゴニアンがぴたりと寄り添った。
 恋人の有枝・弥奈(二級フラグ回収技師・e20570)である。
「ほら、見てください。タキシードとメイド服が並ぶ様は美しいでしょう? メイドさんを愛するなら、タキシード以外の選択肢はあり得ません」
 ルイアークは新たなポーズ(情念を昇華するかのような立ち方。略して『ジョショ立ち』)を決めつつ、弥奈の手を取った。
「貴方、信者の説得にかこつけて、恋人との仲を自慢したいだけでしょう?」
 と、スノーが半畳を入れた。
「やれやれ。論点がズレまくってるよ」
 ビルシャナが肩をすくめてみせた。
 そして、ルイアークに問いかけた。
「偉そうなことを言ってるけど、君の恋人は本物のメイドなのかな?」
「そ、それは……」
「違うだろう? 君はメイドを恋人にしたのではなく、恋人にメイドのコスプレをさせているだけだ。いや、そのことを責めるつもりはないよ。僕らも同じことを望んでいるのだから。でも、僕らが問題にしているのは魚の釣り方であり、魚の調理の仕方じゃない。メイド服が美しく見えるかどうかよりも、メイド服を着てくれる恋人をゲットすることをまず考えなくちゃいけないんだ。そして、そのための一番の近道が――」
「――メイド服を着ること、なのですね」
 ルイアークが後を引き取ると、ビルシャナはニヤリと笑い、奇妙なポーズ(常識にとらわれぬ者の叙情的な立ち方。略して……)を決めた。
「そのとおり! 納得してもらえたかな?」
「ぜっんぜん納得できませんわ」
 と、速答したのはスノー。当のルイアークは押し黙っている。
 その後方ではリティがモップがけを始めていた。

●メイドの迷走の果てに
「まあ、モテたいという気持ちは判るけどさ」
 奇妙なボーズを決めたままのビルシャナを呆れ顔で見ながら、サキュバスの椚・暁人(吃驚仰天・e41542)が信者たちに言った。
「なにもメイド服を着る必要はないだろう」
「まったくだ」
 と、人派ドラゴニアンのアクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)が頷いた。
「普通の恰好をして、身だしなみに気をつけて、誠実に接していれば、気の合う女性と自然に親しくなれるぞ」
「清潔な身だしなみと誠実さは大切ですよね」
 メイセン・ホークフェザーも言葉を添えた。
 それを聞くと、ビルシャナはポーズを解いて――、
「そんなことは知ってるよ。君たちに教えられるまでもなくね」
 ――自信満々といった表情を見せた。
「見ての通り、僕は身だしなみには気を使ってる。もちろん、人柄も誠実だ。その上でメイド服を着れば、鬼に金棒じゃないか。気の合う女性だけじゃなくて、気の合わない女性もイチコロだよ」
「いや、そんなわけないから」
 と、マサムネが即座に否定した。
「今時の女の子っていうのはさ、メイド服なんかよりもインスタ映えするパンケーキとかに夢中だと思うん……」
「ふざけるなー!」
 マサムネの意見をビルシャナが怒声で遮った。
「パンケーキに夢中だとぉ!? じゃあ、パンケーキになればモテるのか! パンケーキミックスや卵や牛乳に塗れて、こんがり焼かれろというのかぁーっ!」
「誰もそんなことは言ってない……」
 こみかみを指を押さえるマサムネ。
 もっとも、彼を含むケルベロスたちの主張を(意図的に?)曲解しているのはビルシャナだけであり、六人の信者の心は少しばかり揺れているようだ。
 それに気付いたのか、ビルシャナは更に声を荒げた。
「だいたい、世の女性たちがメイド服よりもパンケーキなんぞを尊ぶはずがない! なぜなら、メイド服はとぉーっても可愛いのだからー!」
「ないないないない。メイド服が可愛いとか、絶対にない」
 と、メイド服姿の弥奈が否定した。
 とてもいい笑顔を浮かべて。
 しかし、抑揚のない甲高い声で。
「そもそも、元々は仕事着だぞ、メイド服。そこらへんのことを判っているのか?」
「仕事着に萌えて、なにが悪い? コスプレのテーマの大半は仕事着じゃないか」
「コスプレと来たか……」
 ビルシャナの言葉を聞くと、弥奈は鼻で笑った。いい笑顔を浮かべたままなので、逆に辛辣な印象を受ける。
「結局、おまえらはオタク向けのコスプレメイドの恰好とか見て、メイドは可愛いとか思ってるんだろ? 言っておくけど、ああいうのは萌え文化やらゴスロリ文化やらとごっちゃになった代物だぞ。もっとメイドの正しき歴史と現実を見ろ」
「その言葉はビルシャナだけではなく、私の心にも突き刺さるんですが……」
 弥奈の横で複雑な表情をするルイアーク。
 一方、弥奈に賛意を示す者もいた。
「今、弥奈がいいことを言ったぁーっ!」
 ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)である。
「俺も常日頃から気に食わなかったんだ! オタカルチャーによって記号化されたメイド像ってのがよぉー! やっぱ、メイド服なんかよりも、生活感のある割烹着のほうが絶対に良いよな!」
「いや、そういうことが言いたいわけじゃないんだけど……」
 控えめに否定する弥奈に構うことなく、ヴァオは己の嗜好を垂れ流し続けた。
「メイド喫茶とかもいらねえ! 現代人が本当に必要としているのは、割烹着姿の色っぽい熟女がいる店だー!」
「それ、昔ながらの小料理屋じゃん」
 と、ビルシャナがツッコミを入れた。

●メイドの迷倒で終わる
「おい、アギー」
 玉榮・陣内が比嘉・アガサを肘でつついた。
「あのタキシード野郎に『キャー! 抱いてー!』とか言って、しなだれかかってこいよ。メイド服じゃないほうがモテるってことを実地で判らせるんだ」
「なんで、あたしがそんなことしなくちゃいけないの? それよりも――」
 アガサはどこからともなく二着のメイド服を取り出した。
「――夜なべして作ったこのメイド服を使うほうが効果的!」
「は? どうやって使うんだよ?」
「陣とヴァオが着るに決まってるでしょ。大丈夫。サイズはぴったりだから」
 手製のメイド服を持って、じわじわと迫るアガサ。
「……」
 無言でじりじりと後退りする陣内。
「俺を巻き込むなよー!」
 駄々っ子のようにじたばたと暴れるヴァオ。
 その緊迫した攻防戦をちらりと一瞥して、アクレッサスが溜息をついた。
「どうやら、俺たちも覚悟を決めなくちゃいけないようだな」
「うん」
 暁人が頷いた。
「最終手段を取るしかないね。ちょっとキツいけど……」
「しょうがないよ。人々を救うためなら、なりふりかまっちゃいられない」
 そう言ながら、マサムネがケルベロスコートの襟元に手をやり、オーバーアクションで脱ぎ捨てた。
 中から現れたのはメイド服。ニーハイソックス付き。
 ほぼ同時に暁人もケルベロスコートを脱いでいた。こちらも現れ出たるはメイド服。マサムネと違ってソックスは短めだが、誰も得しない絵面であることにかわりはない。
 続いて、三十路のアクレッサスがコートを脱ぎ、トラウマもののメイド服姿を披露した。靴下は履いていないが、肌色の表面積は少なめだ。濃いすね毛によって、斑になっているのだから。
「おい、ヴァオ」
 ホワイトブリム(ドラゴニアンの角を活かすキュートなデザイン)を頭に装着しながら、アクレッサスはチーム最年長(五十一歳)の男に声をかけた。
「俺らが体を張ってんだから、おまえさんも体を張れ。ロッカーを気取るなら、男気を見せてみろ」
「むしろ、男気が失われるような気がするんだけど……」
 ぶつぶつとこぼしながらも、ヴァオは駄々っ子アクションをやめた。即座にアガサが近寄り、てきぱきとメイド服を着せていく。もちろん、陣内もすぐに後を追うことになった。
「こ、これ、どうやって着るんですか?」
 メイド服を手に悪戦苦闘しているのは玄梛・ユウマ。テレサ・コール(なぜか大量のメイド服コレクションを持ってきていた)がなにも言わずにその手伝いを始めた。プロを思わせる所作で。なんのプロなのかは判らないが。
 そして、ユウマの着替えが終わり、平均年齢約二十九歳のメイド・ブラザーズが室内にずらりと並んだ。
「醜いですわ……」
 スノーが吐き捨てるように呟いた。人目がなければ、本当の意味で吐いていたかもしれない。
「見苦しいですね……」
 メイセンも吐き捨てるように呟いた。アクレッサスのメイド服を選んだのは彼女なのだが。
「見るに耐えないよ……」
 アガサも吐き捨てるように呟いた。『おまえが着せたんだろうが!』とツッコむだけの気力は陣内にもヴァオにも残っていない。
「……」
 弥奈はなにも吐き捨てなかった。だからといって、メイド・ブラザーズを好意的に受け止めているわけではない。その嫌悪感に満ちた眼差し(一応、演技だったが)がグラビティならば、男のケルベロスや男型のデウスエクスは一瞬で死に至るだろう。
 もっとも、暁人だけは死なないかもしれない。生ける死者のごとき面相をしたメイド・ブラザーズの中で、彼だけはにこにこと笑っている。マゾ寄りの気質なので、女性に蔑まれるのが楽しいのだ。
「おい、おまえら」
 リティが掃除の真似事を中断して、ビルシャナたちに呼びかけた。
「こういうメイドさんと――」
 と、メイド服姿の自分に手をあてた後、メイド・ブラザーズを指し示す。
「――あっちのメイドさん。どちらとお近づきになりたい? おまえらが御主人様だったら、どっちのメイドが欲しい?」
「前者に決まってるだろ! というか、その問いはおかしい!」
 と、ビルシャナが怒鳴った。メイド・ブラザーズを視界に入れないようにしながら。
「僕たちはメイド姿の野郎に燃えるような変態じゃない! あくまでも女性にモテるための手段としてメイド服を推しているだけだ! 論点をすり替えるなぁーっ!」
「で、俺たちのこんな姿を見ても、まだメイド服を推し続けるのか?」
 アクレッサスがそう尋ね、相手の答えを待つことなく畳みかけた。
「だったら、今すぐにメイド服を着てみろ! そして、女性陣の前に立ってみろ!」
「まあ、実際に私たちの前に立ったとしても、直視しませんけどね」
 と、スノーが攻撃ならぬ口撃を始めた。ツッコミ役に徹することで蓄積した鬱憤を晴らすかのように。
「だって、見るからに変態だもの。全身にモザイクをかけてほしいですわ。モザイクがかかっていても見ませんけどね! 見るだけじゃなくて、近付くのも嫌ですわ。実際、近付きませんけどね!」
「これだけ言われても、まだメイド服を着ることを望むか? だとしたら、おまえたちは――」
 弥奈が目を見開き、咆哮した。先程までの抑揚なき甲高い声ではなく、地声で。
「――非モテを拗らせた変態紳士だぁー!」
「あー、はいはいはいはい。やっぱり、変態の豚ちゃん集団だったんですね」
 スノーが何度も頷きながら、『変態紳士』から『紳士』を抜いて『豚ちゃん』を加えた。
「だったら、豚ちゃんらしくブヒブヒ鳴いて『メイド服を着させてください』って懇願しなさいな。着させてあげませんけどね!」
「ぐっ……」
 ビルシャナはブヒブヒ鳴きこそしなかったが、今にも泣き出しそうな顔をしていた。マシンガンのごとき悪罵によって、心が蜂の巣になっているのだろう。
 それでも、彼はなにか言い返そうとしたが――、
「じゃーん!」
 ――それより早く、サキュバスのシャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)が姿を現した。
 あの信楽焼の狸を内側から粉砕して。
 どうやら、『タキシード』と『タヌキシード』をかけた駄洒落であるらしい。
 実にインパクトのある行動だ。
 しかし、インパクト以外にはなにもない。メイド服を着ているわけでもないので、説得に微塵も寄与していない。
 仮に寄与できる行動だったとしても無意味だっただろう。
 いつの間にか、信者たちは逃げ出していたのだから。
 ビルシャナは背後に目をやり、自分が一人になったことに気付いた。
 そして、床の上に大の字になり――、
「さあ、殺せ」
 ――と、ケルベロスたちに告げた。
 敗北を認め、潔く死を受け入れた……というわけでない。信者たちと同様、逃げ出しただけだ。すね毛まみれの足を剥き出しにしたメイド・ブラザーズを見ることに耐えきれずに。女性陣たちから抉るような眼差しで見られることに耐えきれずに。

 ケルベロスたちはビルシャナにとどめを刺し、過酷極まりない任務を終えた。
 しかし、惨劇の幕が降りたわけがない。
 呪われた洋館の一室では、惨たらしい光景がまだ繰り広げられていた。
 犠牲者はアクレッサス。その身はまだメイド服に包まれているが、先程まで着ていたメイド服ではない。
 メイセンによって、様々なメイド服を着せられているのだ。
「もう勘弁してくれ……」
 アクレッサスが情ない顔をして許しを乞うても、メイセンは等身大の着せ替え人形ごっこをやめなかった。
「先日、アークも私を着せ替え人形扱いしたじゃないですか。その時のお返しですよ。さあ、次はロリータ系がいいですか? それとも、クラシカル系ですか?」
 ヴァオもまだメイド服を着ていた。しかし、誰かに強要されたわけではない。気に入ってしまったのだ。
 不幸なユウマもそれに付き合わされていた。生ける死者のような顔をしたまま。
「いやー。オタカルチャー的メイド像ってのを馬鹿にしてたけどさー。実際に着てみると、意外と悪くねえな。おまえもそう思うだろ、ユウマ?」
「……」
「ユウマ?」
「……」
「ユウマが息をしてなぁーい!」
 生ける死者から本物の死者に変わろうとしている(?)ユウマをゆさぶるヴァオ。
 汚物を見るような眼差しを彼に向けて、スノーが自分の足下に語りかけた。
「あんなのが主人だなんて……本当に可哀想ですわね。辛かったら、いつでもうちに来ていいのよ」
 そこにいるのはオルトロスのイヌマル。ヴァオのサーヴァントである。
 主人に恵まれないサーヴァントは他にもいた。
 ミミックのはたろうだ。
 その四角い体はメイド服用の装飾品まみれになっていた。主人の暁人によって。
 もっとも、暁人は自分の成果を見ていない。視線の先にいるのは、メイド服を着た女性陣――弥奈とリティとテレサ。
「眼福、眼福。キツい任務だったけど、それなりの役得もあっ……痛ッ!?」
 はたろうが暁人の手に噛みついた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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