『光翼狩り』ネルヴィ

作者:弓月可染

●『光翼狩り』ネルヴィ
 ジャキッ、と。
 金属の擦れ合う耳障りな音が、頭上すれすれを通過した。
 咄嗟に身を屈めて避けた、鈍色の得物。セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)の耳は、襲撃者の振るうそれを、鋏のような何かだろうと冷静に分析する。
 相手が何者か、という事には疑問の余地がなかった。ケルベロスを襲う者などデウスエクス以外には考えられず、また黒くべとりとした翼は、狼藉者がシャイターンであることを雄弁に語っているからだ。
 であれば、その理由もまた明白だろう、と彼女は理解した。あるいは、そのつもりだった。
「ケルベロス狩りとは大胆ね。返り討ちにしてあげる」
「――ケルベロス狩り? いいや、そんなものに興味はないよ」
 色彩は鮮やかなれど濁った瞳。光無き視線を彼女に向け、黒衣のシャイターンはその啖呵を鼻で笑う。
「腕が鈍ったかな。一発で切り落とすつもりだったんだけど」
「あら、女の子の髪を切りたいだなんて、いい趣味してるのね。お生憎様、短い方が楽なのよ、いろいろと」
 もしも淡い金の髪を長く伸ばしていれば、最初の一閃で刈り取られていたのは間違いない。だから、セリアはそんな軽口で時間を稼ごうとして――男の応えに背筋を凍らせる。
「僕が抉りたいのは翼。その背中の、光の翼さ」
 にぃ、と唇を歪め、彼は続ける。でもね、何度ヴァルキュリアに『お願いして』も、血ばかり出て綺麗な翼は残らないんだ。
 でも、もっと巧くやれば。
 もっと巧く斬ることができれば。そうしたら。
「……ねぇ、僕におくれよ、その翼」
 いまやその唇は三日月を湛えている。
 無論、それに怖れ背を見せるようなセリアではない。けれど、背中の産毛が逆立つことまでは、彼女は止める事が出来なかった。

●ヘリオライダー
「――以上のように、セリアさんがシャイターンの襲撃を受けるまで、もうあまり余裕がありません」
 緊急に集められたケルベロス達にアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)が告げたのは、名をネルヴィというシャイターンの存在だ。
 彼が抱く、ヴァルキュリアの翼への執着。快楽殺人の一種とも言うべきその歪んだ情欲が、今まさにセリアへと向けられようとしている。
「残念ながら、セリアさんとは連絡が取れていません。皆さんに直接向かって頂く以外、もう方法はないんです」
 セリアがどれだけ勇敢に戦ったとしても、勝つ事はおろか、逃げおおせる事すら怪しいというのが率直な所だろう。故に、彼女が無事なうちに合流し、ネルヴィを討つ。それが、アリスがケルベロスに託したミッションだった。
「ネルヴィの武器は大きな鋏。それに、シャイターンらしく炎に関するグラビティも使います。一人きりだからと言って、油断できる相手ではありません」
 幸い、現場は人通りのない路地裏だ。少し派手に戦ったとて、野次馬が寄ってきたり一般人の避難を心配したりする必要はあるまい。
「セリアさんの無事が第一です。でも、もしネルヴィを逃がせば、被害が拡大してしまいますから」
 だから、救出とデウスエクスの撃破、その両方をお願いします。そう言ってアリスは一礼し、既に出立準備の出来ているヘリオンへとケルベロス達を誘った。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)
赤松・アンジェラ(黄翼魔術師・e58478)

■リプレイ


 稀なる名刀が打ち合う響きは、鈴の音にも等しいという。
 だが、御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)が腰の後ろから抜いた二刀に食らいつく鋏包丁の鳴き声は、鈍器を叩きつけた様な濁った音だ。都合四つの刃が、ぎり、と絡む。
 瞬動、と呼ぶべきか。死角からセリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)の前に身を躍らせた白陽は、ネルヴィから見れば突然出現したに等しい。
「少しは似ているかと思ったが」
 唇を歪めて前蹴り一つ。敵に距離を取らせ、しかし彼は攻撃を加えない。ぞくり、と漏れ出る死の気配が、場の空気を張り詰めさせる。
「もういい、潔く逝って裁かれろ」
「やれやれ、怖い怖い」
 代わりに追撃をかけるのはゼレフ・スティガル(雲・e00179)。殺気に満ち満ちた空間を、何事もないかの様に歩を進めて。
「けれど、一先ずは間に合ったかな――怪我はないかい、セリア君」
 背には、共に星海を渡った少女。飄々とした声色、そして握り締めた掌。焔纏う大剣が唸りを上げて振るわれる。
 どこか薄靄の懸かる、琥珀纏う視界。けれど、世界を貫く銀の光は、汚れた翼の青年を克明に捉えていた。
「まあ、美人が危険なのは世の常だけどねぇ」
「……なるほど、彼女の様な娘が趣味でしたか」
 見事な奇襲でゼレフを慌てさせた藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は、その様子にようやく視線の圧を緩めた。もとより、怖いなどという韜晦を信じる訳がない。
「もっとも、光の翼が美しいのは同意ですが」
 女性に危害を加えるとは感心しませんね、と続け、その手を伸べる景臣。腕に巻き付いた蔦にはまさに季節の藤紫と、光齎す黄金の果実。
「どうやら、顔に似合わずどす黒いものを心にお持ちのようで」
 狩る事に躊躇は要りませんね、と呟いて、彼は銀フレームの眼鏡を外す。
「くちびるには引鉄、こころには撃鉄――ゆびさきに宿るはぎんいろの弾丸」
 星屑と硝子の煌めきを供に、真白き肌のサキュバスは戦場に舞い降りる。ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)、張り詰めた様に強気な笑みを浮かべた少年は、その細い指先を拳銃の如く象ってみせた。
「ねぇ、きみの音を聴かせてよ」
 一際眩く輝いて指から放たれた光弾は、一直線にネルヴィへと駆け抜ける。鋏を掻い潜て白く爆ぜた光。それに灼かれながら、ジルカはその瞳に僅かな影を落とした。
 ほんとうは。
 きみの音に、興味など、ない。

「さて、名乗らなくても判っているでしょうが」
 我々はケルベロス、地球の番犬です、と。
 クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)はそう告げる。声には意志が在り、力が在り、覚悟が在る。故に、彼女は戦士であった。
 ただ闘争だけを求める戦士であった。
「教えてあげましょう。狩られるのはそちらであると」
 落ち着いた声に熱が籠る。強く地を蹴った。ダークスーツが宙を舞い、そして、流星の如く降り注ぐ。
「逃しはしませんよ。地獄の果てで後悔して下さい」
 蹴りつけた脚に確かな衝撃を感じ、クロハはひらりと舞い降りた。
「うん。通さない。逃がさない」
 威嚇する様に翼を大きく広げる姿さえ柔和。戦の激情を感じさせない声色で、ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)が呼応する。
「迎えに来たんだ。早めに終わらせて帰ろう」
 唸りを上げるチェーンソー。ひやりとした空気が周囲を満たす。無論の事、ケルベロスとして戦場にある以上、彼もまた剣戟を避ける事はない。
 ましてや、戦場の熱こそを求める彼ならば。
「どうせならヴァルキュリアを寄越してくれればよかったのに。邪魔だよ」
「セリアさんには、指一本触れさせないよ」
 ネルヴィの招く魔術の劫火。それを真正面から浴びながらも、ウォーレンの鋸刃は炎すら斬り裂き敵を捉えて。
 次の瞬間、炎に捲かれたウォーレンの周囲を、幾層もの光の盾が取り囲んだ。
「歪んだ情欲に満ちた御仁のご様子。情熱的とはいっても身勝手ですわね」
 炎と鋏とを操る妖精は、赤松・アンジェラ(黄翼魔術師・e58478)のお眼鏡には適わぬらしい。
「お美しい黒衣の少年と語らうのは吝かではありませんが」
 何も楽しめそうにはありませんね、と続ける彼女の傍らには、鬣と鳥の手足を持つ神霊が控え、無言のままに祈りを捧げている。
「さて、ここからは貴方が狩られる番ですわ」
「そうね、正気とは言い難いようだから」
 体勢を立て直したセリアが、槍の穂先をネルヴィへと向ける。右の眼より漏れ出でる、青白き地獄の炎。
 相対するのは未知の脅威。
 命を奪いに来る確かな悪意。
 けれど。
「流石に肝が冷えたわよ。けれど、来てくれると思ったもの」
 一人ではないから、もう、怖れない。
 翼が輝きを増し、その光を全身に広げていく。
「やっぱり綺麗だね、それ。僕のものにしてあげる」
「生憎、よこせと言われてくれてやるものではないわ」
 全身が光に呑まれる感覚。間髪入れず高速で駆け抜けるセリア。鋏と槍が交錯する。
「――力づくでやってみせなさい」


「だから、君の翼じゃないってば」
「……趣味が悪いとしか言い様がありませんね」
 交差する刹那に交わされる会話。執着を隠さない敵手に、デウスエクスとはそういうものか、と嘆息するクロハ。
「それともあなたが特殊なのか――いえ、どちらにしろやる事は変わりません」
 大鋏があっさりと黒きククリを絡め捕る。だがそれはフェイントだ。がら空きになったネルヴィの腹に、鋭い蹴りが突き刺さる。
「思い知ってもらいましょう。狩られるのは誰かを」
 思わずのけぞったシャイターンを襲う一振りの直刀。藤色の稲妻散らし肩に穿つその刃は、無精髭の粗忽者を踏み台に空を駆け、クロハすら跳び越えた景臣が突き立てたものだ。
「奪うなどと嘯く割りに、脇が甘い様ですね」
 腐してみせた友よりも破滅的に不器用な彼だが、少なくともその剣術に乱れはない。たちまち守勢に回らされるネルヴィ。
「さぁ、その翼をもぎ取りましょう」
 狩る者と狩られる者、主客は逆転したと言わんばかりに。
「まぐれ当たりで偉そうに」
 その言い草に苛立ったか、ネルヴィは流血にも構わず左手を大きく振るう。途端、彼を中心に砂嵐が吹き荒れ、幾人かのケルベロスを呑み込んだ。
 それは幻影纏う呪術の砂。彼らを惑わせる狂気の渦。けれど、桃色の霧が、光輝く粒子が、砂嵐に入り混じり、幻惑を解き放っていく。
「……く、っ」
 派手な快楽エネルギーの放出は、ウォーレンにとって負担の大きい行動だ。けれど、小さな声一つだけで噛み殺し、彼は前を向いて霧を生み出し続ける。
 足掻いてみせる、と決めたのだ。例えそれが辛い道だとしても。
「叶わない恋を見ているみたいだよ」
 弱音の代わりの戯言。常のふわりとした態度を崩さず、けれどどこか哀しげに、ウォーレンは言葉を紡ぐ。
「人から奪っても、自分のものにできるわけではないのに」
「意見が合いますわね。ええ、この翼もまた、私のものですわ」
 アンジェラの背には輝ける黄金。地球人なれど、濃密なる魔力によって形作られた翼。
 それを大きく広げ、彼女は周囲のマナを還元し、自らに這わせた流体金属へと注ぎ込む。
「幻惑に囚われては一大事ですわね。……けれど!」
 翼を象るかの様に広がっていく光。アンジェラの声に応じ粒子を放つオウガメタル。幻が、掻き消えていく。
「一つ、教えてあげますわ――レディは視線に敏感ですのよ?」
 揶揄する様に言ってみせる。ネルヴィが血走った視線を自分の背に向けている事に、彼女はとうに気が付いていた。

「お前は報いを受けるべきよ」
 どれほど多くの同胞がその刃にかかったのか。湧き上がる感情を敢えて抑え、セリアはいっそ平坦な声で宣告する。
 妄執。狂気。自分に向けられた負の感情。動揺しなかった、と言えば嘘になる。恐怖しなかった、とも。だが、その全てを怒りが駆逐していた。
 故に。
「みんな、力を貸して」
 ここで確実に仕留めなければならない、と覚悟を決めて、金属を纏った拳を突き入れる。
「ペコ、ラ?」
 その願いに最も早く応えたのは、ウイングキャットのペコラだった。ジルカの指示を忘れたかの様に飛び込んで、爪を突き立て鳴き声一つ。
「持って生まれた翼じゃ不満なのかね」
 そして、驚いた風情のジルカの背を、いつの間にか隣に立っていたゼレフの大きな手がぽんと叩く。
「無い物ねだりか、憧れか。……自分でも理由なんて判らない故の執着、かな」
 先達の背が敵へと躍りかかる。その手には銀のマンゴーシュ。届かない何かを諦め切れない狂おしさを、ゼレフは知っているけれど。
「それじゃ、炎の翼は如何かな?」
 狙い過たず肉を抉った短剣が銀の炎を纏い、傷の中と外とに荒れ狂う。理不尽に奪う者へと齎される、理不尽なる一瞬の熱量。
「……うん、理不尽は嫌いだよ」
 奪うだけの暴力。忌み嫌われるべきもの。足が竦む。けれど、ジルカの前には導きの明かりが灯っているから。
 ゼレフの力強い背が。早く来いと急かす様に鳴く、家族にも似た猫が。
「奪い取ったものは、奪い取ったもののまま。――自分のものにはならないのに」
 そう言って掌を広げ、少年は魔力を編んだ黒き弾丸を解き放つ。咄嗟に迎え討とうとした敵手は、しかし思うままに動かぬ身体に唇を歪ませた。
「人は絡め取られ立ち止まるものだ。真昼の月と夜の月、どちらを見ていたとしても」
 それは、ケルベロス達が積み重ねた攻撃の結果。脚を蹴られ翼を突かれ、ネルヴィは行動を封じられている。ましてや、二刀を引っ提げて駆ける白陽ならば。
「さあ、死に染まれ」
 死角を伝い、瞬きの間に距離を詰め、消えては現われる高速の機動。空も飛ばぬ手負いのシャイターンに速度で負ける事はなく、駆け抜けざまに斬り捨てる。
「貴様ら……っ!」
 荒い口調が示すのは、ネルヴィの余裕の無さ。だが、その血走った眼光は、未だ衰えてはいなかった。


「もう、終わりにしよう。傷つけて奪うしか頭にないのなら」
 その思慕は余りにも悲しい、とウォーレンは首を振る。この『敵』が首を縦に振らない事は判っていた。だから、彼もまた、盾としての役割を果たすだけだ。
「冷たい雨が乾いた大地を潤す様に。優しい雨が悲しみを包み込む様に」
 頭上に腕を掲げれば、柔らかな雨がしとしとと降り注ぐ。目一杯に掌を広げれば、弾かれた水滴が水花弁となり舞い散って。
「――見えない光がいつも傍にある様に」
 周囲に広がる仄かな光。ウォーレンと仲間達を花びらが包み、優しく癒していく。
「ねえ、楽しかった? そうやって傷つけて奪うのは」
 俺には判らないよ、とは続けずに、ジルカは端的な問いだけを投げつける。
 答えは期待していなかったし、無くて良かったのだろう。必要なのは立ち向かう勇気で、怒りではなかったから。
(「俺には、皆が光の翼よりも眩しく見える」)
 口に含んだチョコレートを噛み潰す。背中を追い、肩を並べるために。
「理不尽は、嫌いなんだ」
 そう言い切るだけの強さを胸に、ジルカは高く跳び――一筋の流星となって降り注ぐ。「狂おしいよね。どれほど望んでも手に入らないのは」
 先ほどとは少し違う知己の動きを視界に収めながら、ゼレフは一人ごちた。狂おしさを、もどかしさを完全に抑えつけられないのは、きっと同じだろうから。
「解放されるのかな、彼は」
「解放ですか……さて、僕には判りかねます」
 景臣のいらえに、そうだろうね、と返し、ゼレフは再び得物の大剣に焔を纏わせる。そのまま無言で駆け出し、叩き付け――大鋏ごと包む火柱を上げるのだ。
「――しかし、仮にそうだったならば、多少は救われるでしょうか」
 誰にも聞かせるつもりのない呟き。ぼそりと漏らしたそれを掃うかの様に、景臣は手を大きく振った。その軌跡に生み出される紅炎が、彼の下知と共に蒼く色を変えた。
 意のままに踊る炎が彼等の敵を取り囲む。だが、その炎は冷気を封じた魔力の火。灼かれながらにして凍てつく煉獄の只中に、ネルヴィは囚われて。
「ところで、中年があまり格好をつけるものじゃないと思うんだ」
「ブーメランですよ、完全に」
 互いに抱えた不器用な迷いを誤魔化す様に、彼等は軽口を叩くのだ。

 幾度も繰り返される剣合。
 幾度も血を流し、その結果として、シャイターンは追い詰められていく。
 だが、彼は剣を手放した訳ではなかった。
「この翼は、過去と今を繋いでくれる絆だから」
 セリアは告げる。この翼は勇者を誘う選定者としての誇りと罪。その両方を背負うという覚悟。失われた過去へと繋がる、一筋の光なのだと。
「――誰にだって、奪わせはしない」
 手の中に生み出される光の槍。翼と同じ輝きを放つそれを、彼女は確りと握り締めて。
「これは希望の一矢。その身に、その心に刻め」
 投げつけた光の槍は、狙い過たずネルヴィの胸に吸い込まれ、爆ぜる。視界を塗り潰す白。
 そして。
「その翼、今こそ貰うよ」
 それは、差し違えを覚悟した突撃だ。
 胴ごと両断せんと咢を開いた大鋏が、耳障りな擦過音と共に彼女の胸を裂いた。飛沫の様に噴き出す、どす黒い血。
「……っ! 大丈夫ですの? バッドボーイ!」
 駆け寄ったアンジェラがサーヴァントの名を呼ぶが、鈍い刃は傷口の肉を挽き潰しており、神霊の祈りでもそう簡単には治らない。
「大丈夫、浅いわ……」
「浅くはないですわ!」
 普段のマイペースを崩し、懸命に治療するアンジェラ。指輪の光を纏わせ、ようやく落ち着いたと知って安堵する。
「……あいつに、止めを」
「ええ、彼が掴めるのは翼ではなく破滅です。……決着を!」
 その声を合図に、白陽は満身創痍のネルヴィへと斬りかかる。
「――知っておけ」
 白衣を翻し、地を強く蹴って跳ぶ神速の剣士。
 敵手の懐へと身を低くして入り、二歩目を踏みしめて。
 抜き放つは陰陽の二刀、血も啜れよと続け様に振るう。
「死を撒くモノは、冥府にて閻魔が待つ」
 手応えだけを得て、彼は振り向かずに三歩目を駆け抜ける。僅かに足りなかった。ならば、後に続く仲間が確実に仕留める筈だ。
「御存知ですか、翼は飛ぶ為にあるものですよ」
 会話は交わさなかった。けれど、互いが為すべき事の信頼があった。白陽の狙い通り、彼と入れ替わる様にクロハが攻め立てる。逃がすつもりも、治療させるつもりもない。
「何のために奪うかは知りませんが、貴方が得るには勿体ない代物だ」
 宝の持ち腐れというものです、と呆れた様に宣って、竜人の戦士はしなやかな脚を叩きつける。そして、それは一度では終わらない。

「どうぞ、一曲お相手を」

 地獄化した脚が陽炎の様に揺らぐ。高速で繰り出される無数の蹴りが、既に重傷を負っていたネルヴィを容赦なく打った。
「私は言いました。地獄の果てで後悔なさい、と」
 最後の一撃が、槍の突き立った傷口を射抜く。その痛みを最後に、彼は意識を手放した。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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