クロートの誕生日~時には大人な外遊びを

作者:雷紋寺音弥

「お前達の中に、何もない自然の空気を楽しめる人間はいるか? 簡単に言えば、気楽に楽しめる大人のアウトドアってやつなんだが……」
 その日、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)がケルベロス達に告げたのは、ちょっと大人な外遊びの話。
「先日、野暮用で出掛けたとき、少し気になる場所を見つけてな。人の手が入っていない海と砂浜が広がっているだけの場所なんだが……興味があるやつがいたら、一緒に行ってみないか?」
 クロートの見つけた場所とは、海水浴場の狭間に位置する隠れた絶景スポットである。文字通り、景色以外には何もなく、観光ガイドにも載っていないので周囲には観光客の姿もない。
 正に、地元の人間だけが知っている、秘密のスポットと呼べる場所だ。砂浜の先には磯もあり、近くには小さな森も広がっているという。
「こういう場所は、本当に何もない。だが、だからこそ、都会の喧騒を忘れて存分に自然を楽しめるぜ」
 もっとも、それをするためには、当然のことながら守るべきマナーも存在する。都会の喧騒を忘れるために来ているのに、森の生き物が驚いて逃げるほどの大騒ぎをしたり、磯の生物を目的もなく乱獲したりといった行為は好ましくない。静かに景色を楽しんだり、写真撮影に勤しんだりしている人もいるはずなので、他の同行者への配慮も大切だ。
 また、夜になったら焚き火を囲んで談話できるが、その際にも調子に乗って周囲の迷惑を顧みない大騒ぎは厳禁である。地元住民のことも考えた上で、純粋に自然の空気や美しい夜空を楽しみながら、ゆったりと過ごすのがベストだろう。
「キャンプ生活に慣れている者もいるとは思うが、こいつは家族で出かけるファミリーキャンプや、ガチガチのサバイバルとも、ちょっと違うぜ。純粋に、自然の空気と美しさを堪能する……そんな時間を楽しみたいやつなら、誰でも大歓迎だ」
 ケルベロスの日常は、デウスエクスとの戦いの日々。だが、そればかり続いては、いずれ心が荒んでしまう。
 時には何もかも忘れ、自然の中で少しだけワイルドな空気を堪能する。そんな時間があっても、良いのかもしれない。


■リプレイ

●木漏れ日の中で
 浜辺から程近い森の中。
 微かに聞こえる波の音と、風が梢を揺らす音。それらが混ざり、不思議な音色を奏でるのを耳にしつつ、カンナ・リンドブルム(黒兎の忠犬・e55590)は不入斗・旭(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06562)に向かい微笑んだ。
「森林浴……気持ちがいいですね……。晴れていてよかったです」
「ああ、そうだな。木漏れ日に小鳥の囀り……。都会とは空気も違う」
 ふと、旭が顔を上げて見れば、梢の間から太陽の光が黄色い粒となって降り注いでいた。
「木漏れ日が綺麗……。外には素敵な場所が沢山ですね」
 続けて顔を上げたカンナもまた、しばし歩を止めて溜息を一つ。
 都会の喧騒の中では、およそ味わうことのできない感覚。ましてや、自分のような存在は、一生かけても手に入らぬ光景だと思っていただけに、感慨も人一倍深かった。
「あっちの方は開けていそうだな。ちょっと、登ってみるか?」
 なだらかに続く林道を指差し、旭が誘うようにして言った。無言で頷き、カンナもそれに続く。少しばかり丈の高い草を掻き分けて進めば、その先に広がっていたのは小高い丘。
「凄い……。海が全部見えますよ」
「丁度いいな。この辺で、昼食にしないか?」
 腰を下ろせそうな平たい岩を見つけ、旭がカンナの手を引いた。そっと座ってみると、太陽に程よく温められた岩は、少しばかり温かかった。
「えっと……。つたないものですが、手作りです。よかったら召し上がってください……」
 そう言って取り出されたのは、カンナお手製のお弁当。朝採れ野菜のチーズサンドに、自家製のピクルスも少し添えて。風に乗って届く唐揚げと卵焼きの匂いが、否応なしに食欲をそそる。
 どれもこれも美味しそうで、旭はしばし、どれから手をつけてよいか迷ってしまった。それでも、まずは一番目につく色をしていた、卵焼きに箸を伸ばし。
「美味い、めっちゃ美味いっ……」
 それ以上は、言葉が出ない。でも、それで良かったのかもしれない。陳腐な言葉で飾り立てるよりも、純粋に態度で示した方が、この喜びも伝わると思ったから。
 遠くの海へ視線を向ければ、水平線をカモメが小さく飛んでいた。一通り、箸を進めたところで、旭はそっと、カンナの肩を抱き寄せた。
「……!? えっと……旭、さん?」
「……まだまだ素敵な景色はたくさんある。いつか見に行こう」
 戸惑うカンナに、旭も今はそれしか言えなかった。
 ここから先は、一歩ずつ。今は主従の関係でしかなくとも、少しずつ前に進んで行ければ良いと思っていたから。

●渚の戯れ
 真昼の太陽が光を届ける時分であっても、浜辺は人気も少なく静かだった。
「こんなに綺麗なのに、人が少なくて静か……。確かに穴場ね」
「静かで良い浜辺だ。何キロか思いっきり泳いでみたいとこだが、まだ少し水が冷たいな」
 霜憑・みい(滄海一粟・e46584)の言葉に重ね、エリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)は少しばかり残念そうにして呟いた。
 もう少し暑くなれば、思う存分に泳げるのだが。それでも、足の届く場所で楽しむには問題ないだろうと口にしたところで、みいもまた早々にブーツを脱ぎ、足をつけに波打ち際へ。
「エリアスさんは泳げるの? わたしは……実はカナヅチなのよね」
「なんだ、みい泳げないのか? ……まぁ猫だしな。足をつけるくらい大丈夫だろう……ってオイ!」
 折角の綺麗な砂浜。楽しまなくては勿体ないと、みいは一足先に波の中へと足を入れ。
「え、何となく分かる? あ! でも、泳ぎの上手い猫さんもいるのよ」
 そんなことを言いながら、何やら足元に纏わりつく小魚を捕まえようとしている模様。しかし、そっと両手ですくおうとしたところで、指の隙間から毀れる水と一緒に、するりと逃げて行ってしまった。
「あらら、残念……次こそは! ん、何笑ってるのエリアスさん?」
「……いや、なんでもない」
 そう言っているエリアスだったが、言葉とは反対に肩を小刻みに震わせている。
 獲物を見つけ、狙いを定め、それでも狩りに失敗した猫。そんな姿を、今のみいに重ねてしまったから。
「ほら、タオル使え。風邪引くぞ? ……いやいや、何も誤魔化してないって」
「ち、ちょっと! 笑いすぎですよ!」
 靴とジャケットを脱ぎ捨て、タオルを渡しに近づいてきたエリアスに、みいは少しだけ頬を赤くしたまま膨れて見せた。
 昼の陽射しは、少々暑い。しかし、頭がぼうっとしてしまうのは、陽射しのせいだけではないはずで。
「夜の海も中々だが、昼もいいだろ。海の音を聞き、身を委ねる」
「そう、だね。夜の海は、いつか星空を見るときにとっておこう?」
 少しだけ離れた場所で、白岡・黒葉(顔文字で彩るポンコツ傭兵・e53436)と小鳥遊・子澄(黒死病・e53247)の二人もまた、静かに波の音を聞いていた。
「……この口調、変かな? お兄さんと二人の時くらいは、ボクでもいいかなと思ったんだけど……」
「いや、全然。子澄ちゃんは子澄ちゃんだろ」
 少しばかり不安そうに顔を覗きこんできた子澄の頭を、黒葉はそっと優しく撫でた。
「それをお日様に当ててみな。虹色に輝くから」
 そう言いながら、空いている方の手で綺麗な貝殻を一つだけ広い、それを子澄に手渡した。そっと光にかざしてみれば、貝の内側は角度によって、様々な色に変わりながら輝いていた。
「ホントだ。……お兄さんとは初めてばっかりだな。それとも、そうなるようにしてくれてるのかな?」
「約束したろ、思い出を作るってな」
 眼を細めて笑う子澄の手に、黒葉の手が静かに重なった。突然のことに、少しばかり照れたようにして笑いつつ、子澄は黒葉と海を交互に見ながら尋ねた。
「ね、こういう時、どうやって過ごすのかな? 水でも掛け合ってみる?」
「それもいいが、今回はこうだな」
 重ねた手に小さく力を、しかし想いは精一杯に込めて。しっかりと景色を目に焼き付けようと黒葉が言えば、子澄も軽く頷いて。
「うん、そうだね。今日を、覚えていられるように、ね」
 重なったのは、果たして二人の手だけだろうか。互いに言葉には出さなかったのは、少しばかり照れ臭かったのかもしれない。
 浜と磯の境目にて、何やら見覚えのある人影を見つけ、黒葉は徐に立ち上がり近づいて行った。潮風に吹かれながら釣り糸を垂らしているのは、他でもないクロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)だった。
「クロートさん、誕生日おめでとうな。これから、あんたの一年に善き日を」
 今日は、良い場所を教えてくれた。そう言って礼を述べ、頭を下げる黒葉の隣の後ろに、子澄は少しだけ身体を隠し。
(「ボクはアナタを好きになろうとしている、そんな気がする……」)
 これが恋というものならば、これもまた、黒葉のくれた初めてであると。そっと想い人の背中を見つめつつ、心の中で呟いた。

●宵闇散策
 夜の帳が降りてしまえば、森は瞬く間に様相を変える。
 木々のざわめきに、微かに香る湿った土の匂いを感じながら、暁・万里(エピキュリアン・e15680)と遊戯宮・水流(水鏡・e07205)は、夜の森を歩いていた。
「ゆぎくんはいつも賑やかだから、こうして静かにしてると変な感じ」
「ふふ、ボクだって静かなときは静かな、ハズ……? 楽しいコトなら、いつでも大歓迎サ」
 そういう万里こそ、足元を疎かにして転ばないように。それだけ言って、水流は手慣れた様子で歩を進める。
 灯りなどは必要ない。なぜなら、森は自分の領域だから。音を立てず静かに進むのは、森の動物達を驚かさないため。
 夜の冷えた空気や獣の声は、万里には新鮮で、水流には懐かしさを覚えるものだった。苦手な者にとっては恐怖を覚える場所かもしれないが、しかし万里の様子からは、そんなものは感じられない。
「あっゆぎくん! いま何か鳴き声みたいなの聞こえた! 野犬かな? フクロウ?」
「いるねいるね、フクロウくんカナ?」
 一瞬、真上から聞こえた何かの鳴き声に、二人合わせて耳を澄ませる。力強い羽ばたきの音と共に、颯爽と夜の空へ舞い上がる影が。
「……あ、なんか思ったより小さい? 何だろう?」
「あれは……たぶん、ヨタカだね。もう、そんな季節になったのカナ?」
 夏になると飛来する夜行性の鳥。その勇ましい鳴き声とは反対に、決して身体は大きくなく、昆虫を主に食べるという。
 海辺の近くで見られたのは、恐らく渡りの途中だからだろう。遥か南の古巣より、こんな場所までやって来た。そんな鳥の姿を見れば、思い出されるのは故郷の景色。
「ゆぎくんは、山や森に住んでたんだよね?」
「そだよ、似たようなカンジ……♪ 故郷に帰ったみたいでさ、心地良いや」
「そっか……。なんか、歩き慣れてる感じで、さすがだなぁ……って」
 苦も無く歩いて行く水流の背を、万里は感心した表情で見つめていた。
 今宵、この場所で共に過ごしたことで、なんとなく昔の彼に触れられたような気がする。言葉には出さなかったが、それが嬉しかった。自分にとって、水流は大切な友達だから。その想いは、水流にとっても同じであり。
「えっと……故郷の話も、いつか聞かせてね」
「まあ、それは追々ネ」
 話せば長くなることもあるので、そちらは腰を据えて語らえる場所にて。今は、もう少しだけ、この空気を楽しんでから帰ろうと。そんな二人のやりとりを、梢の上からフクロウが不思議そうに首を傾げながら見つめていた。

●炎を囲みて
 浜より少し離れた場所で、空を赤く染めるのは焚き火の炎。
 揺れる炎を眺めながら、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は、昼間の内に拾っておいた薪を炎にくべていた。
「クロートさん、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、祝辞に感謝するぜ。あんたも一杯、飲んだらどうだ?」
 焚き火の炎で温められたコーヒーを受け取って口に入れれば、仄かに薪の香りがした。クロート曰く、色々な店のコーヒーを飲んだことはあるが、外で飲むのは焚き火で温めたものが一番なのだと。
「腹が減ったら、その辺で焼けている魚を適当に食ってくれ。後は……そうだな。こいつを練って棒に刺してから焼けば、少しは腹の足しになるかもな」
 そう言ってクロートが焚き火の脇に置いたのは、小麦粉と卵を簡単に混ぜたもの。少し固めに練ってから棒に刺して焼けば、それだけで簡易的なパンの代わりになる。
 見れば、昼間の内に浜辺で見かけた様々なものを、イッパイアッテナの相棒、ミミックである相箱のザラキが、エクトプラズムで再現していた。
 大小様々な貝殻や、水平線の向こうに見える小さな離島。そんな光景を苦笑して眺めつつ、クロートは銀色の古びたハーモニカを取り出して、それを静かに吹き始めた。
「いい音色ですね。落ち着きます」
 合いの手を打つようにして手を叩くイッパイアッテナも、火の揺らめきを見つめ寛いでいる。舞い上がる火の粉に合わせ、どこの国の歌とも解らぬ音色もまた、夜の空へと吸い込まれて行く。
「火、か……」
 そんな中、自分の背中をオルガ・ディアドロス(盾を持つ者・e00699)へと預けたまま、ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)は静かに炎を見つめていた。
「……火とは、いったいどういうものか?」
 後ろからオルガに抱き締められたまま、ジークリンデは率直な気持ちで彼に尋ねた。
 ジークリンデにとって、火とは復讐の業火に他ならない。己にとって、復讐の始点であり、また道具でもある。少なくとも、自分はそう思っているが、果たして他の者はどうなのかと。
「何も……復讐、怒り何方にしても、炎は全てを燃やし何も残さない。俺は、お前の中にある怒りも復讐もすべて、いつか無くなると、思っている」
 オルガの答えは、あくまでジークリンデ個人に対してのものだった。それを聞いたジークリンデは、しばし苦笑しつつも感謝の言葉を告げながら、しかし自分の心の火が消えることはないとオルガに語った。
「……その炎は、いずれ私を焼き尽くすだろう。それでも……」
「其れもまた運命。騎士に成った時に、お前に誓った。私は付いて行くと……姫を護る騎士に成るとな」
 仮に、地獄の業火に焼かれる定めであったとしても、その時は共に焼かれよう。否、その業火が悪意の使徒であるならば、最後まで抗い、戦ってみせよう。
「……やってみなさいよ」
「勿論だ、我が姫よ」
 憎まれ口を叩かれながらも、オルガはジークリンデを少しだけ強く抱き寄せる。そんな彼の腕を、今のジークリンデは拒まなかった。
 夜の風が、静かに波の音を運んで来る。闇を照らす炎の中に映るのは、様々な者達の願いや想い。
 地獄の番犬、ケルベロス。そんな彼らが見つめる炎は、しかし穏やかに、全てを包み込むような、温かい何かを持っていた。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月19日
難度:易しい
参加:11人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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