傀儡師は暗闇に微笑む

作者:雷紋寺音弥

●鬼火の罠
 東北地方の山間部。既に人が訪れなくなって久しい古寺の境内を、マサヨシ・ストフム(憎悪に燃える竜鬼・e08872)は何かに誘われるようにして歩いていた。
 ここへ辿り着くまでに、幾度となく目にした緑色の輝き。こちらを誘うように明滅する焔の正体は、彼の勘が正しければ……。
「……ッ! やはり、邪炎竜の手の者……!?」
 突然、足元に襲いかかった緑炎に気づいて飛び退いたマサヨシだったが、次の瞬間、思わず自分の目を疑った。
「さすがは、歴戦のケルベロス。縛炎操者のコントロリアを、倒しただけのことはあるみたいだねぇ」
「あんたは……。いや、そんな馬鹿な……!!」
 暗闇の中から現れた者。緑色の炎を糸のようにして操るそれは、マサヨシ自身の今は亡き母親と同じ姿をしていたのだから。
「うふふ……。暗闇と緑炎に抱かれて、静かに御眠り。そして……あなたも、私の操り人形になるといいわ」
 だが、その正体を考えさせるだけの暇も与えずに、女性は緑炎を巧みに操りマサヨシとの距離を詰めて行く。悲しみも苦しみも全て忘れ、全てを鬼火に委ねろと。そんな甘い言葉を囁きながら、マサヨシへ襲い掛かって来た。

●惨劇の残滓
「召集に応じてくれ、感謝する。東北地方の山間部にある廃寺で、マサヨシ・ストフム(憎悪に燃える竜鬼・e08872)が宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知された」
 急いで連絡を取りたかったが、時既に遅し。このままではマサヨシは宿敵との戦いに敗北し、死ぬよりも辛い目に遭わされるだろう。そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達に、自らの垣間見た予知について語り始めた。
「今回、マサヨシを襲うのは、『魂縛操者のハルネ』と呼ばれているドラグナーだ。緑色の炎を糸のようにして用い、それを使って人間の心を縛り、操る。物理的な攻撃よりも、精神的な攻撃の方を得意とする、厄介な相手だな」
 何を隠そう、ハルネの姿はマサヨシの亡き母親に瓜二つ。種族からして、死神にサルベージされた魂とは考え難いが、それでもマサヨシにとっては戦い辛い相手だろう。
「先にも言ったように、敵の得意な攻撃は精神攻撃。戦闘時の間合いも妨害に特化し、おまけに心理戦を絡めて相手を動揺させるのも上手い。真正面から拳をぶつけて戦うタイプのマサヨシとは、最悪な相性の敵かもしれないぜ」
 敵は指先から繰り出す緑色の炎で、複数の人間の心を同時に魅入る力を持っている。また、蜘蛛の巣のような形状に編んだ緑炎の糸を広げて複数の相手の動きを同時に止めたり、緑炎を相手に突き刺すことで、トラウマを具現化させたりする技も使ってくる。
「幸い、敵は配下を連れていない。今から行けば、マサヨシが敵と戦いに入る直前に、こちらから介入できるかもしれない」
 自分の大切な相手に、最も望ましくない形で再開する。そんな悲劇を、これ以上繰り返させないために。なによりも、ハルネの緑炎によって、これ以上は罪なき人々が操り人形とされないように。
「マサヨシを救出し、ハルネの撃破を依頼したい。よろしく頼んだぞ」
 最後に、それだけ言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)
暁・歌夜(境界の寵児・e08548)
マサヨシ・ストフム(憎悪に燃える竜鬼・e08872)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
天野・司(心骸・e11511)
西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)
不動・大輔(不屈の風来忍者・e44308)

■リプレイ

●望まれぬ再会
 廃寺に漂う怪しげな灯り。緑色に輝く炎が誘う先は、深淵の闇か、それとも冥府の底の、また底か。
「ふふふ……会いたかったよ、マサヨシ」
「母……さん」
 目の前にいるのは敵だ。そう、頭では解っていても、マサヨシ・ストフム(憎悪に燃える竜鬼・e08872)は動けなかった。
 復讐のため、修羅となる。心に決めたはずなのに、いざ現実と対峙してみれば、視界が霞んで目の前が見えない。とうに捨てたはずの感情が込み上げるのを止められず、拳の震えが収まらない。
「随分と、立派になったものだねぇ……。でも、まさか……母さんとの思い出を、忘れてしまったわけじゃ、ないだろうねぇ?」
 今一度、昔語りに花を咲かせよう。そのためには、身も心も曝け出し、己の過去を思い出せ。そう、ハルネが紡いだときには、既にマサヨシの身体は緑炎によって織られた糸に絡め取られた跡だった。
「……っ! これは……!?」
 糸の先が胸元に突き刺さった瞬間、マサヨシの脳裏に走る忌むべき記憶。焼かれた村と、人々の悲鳴。火の粉に混ざって漂う血の匂いの先にあるのは、抵抗空しく命を奪われた、彼自身の母親の姿。
「どうだい? 少しは思い出してくれたかい?」
 にやりと笑みを浮かべるハルネの言葉に、しかしマサヨシは何も返せなかった。
 これは幻影だ。しかし、覆すことのできない過去でもある。それならば、今、目の前に立つ彼女はいったい誰だ。
「強情な子だねぇ。身も心も差し出してしまえば、すぐに楽にしてあげるのに……」
 続け様に、燃え盛る緑炎がマサヨシへ迫る。だが、その炎がマサヨシの身体を包むよりも先に、温かな気が彼の胸元を貫く緑炎の糸を消し去った。
「……何者っ!?」
「よかった! 間に合いました!」
 マサヨシに気を送り届けたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が、自ら壁になるように駆け付けた。それに気を取られたハルネの足を、相棒のミミック、相箱のザラキに噛み付かせ。
「手助けに来たぜ!! 全力で援護する!!」
 ハルネが顔を上げた瞬間、不動・大輔(不屈の風来忍者・e44308)の爪が擦れ違い様に斬り裂いた。
「無事か、マサヨシ? 助けに来たぞ!」
 漆黒の風を身に纏い、その隙間を裂くようにして現れたのは風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)。見れば、他にもマサヨシの危機を察して駆け付けた、頼もしい仲間達の姿がある。
「おやおや、これは勢揃いで……。正に、選り取り見取りだねぇ」
 もっとも、そんな状況に置かれていても、ハルネは未だ余裕の態度を崩さなかった。その不敵な笑みが気に食わなかったのだろう。
「ただ生きる為ならず、悪戯に心を弄び辱しめるのは許せない。それは一番、人間にやってはいけないことなんだ……」
 暁・歌夜(境界の寵児・e08548)より魔法の木の葉を受け取って、天野・司(心骸・e11511)は思わず声に出しつつも、竜砲弾をお見舞いした。
 自分には過去の記憶もない。心の臓も、当の昔に地獄と化した。
 だが、そんな自分でも、人として許せないものが何かは解る。根源的な『邪悪』を呼べる存在を、嗅ぎ分けるだけの分別は持っている。
「今は亡き母親と同じ姿……か。母に似てるとなると、やり辛いでしょうね」
「ただの偶然なのか、意味があるのかわかりませんが……友人を惑わす事は控えてほしい所ですね」
 ふと、リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)と西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)が顔を見合わせてからマサヨシの方を見れば、しかし当のマサヨシは、実に落ち着いた表情で、体制を立て直した後だった。
「……心配は無用だ。あれが倒すべき敵だということくらい、オレにも分かっている」
 心に嘘を吐き、無理をしているという口調ではなかった。むしろ、人としての感情を敢えて捨て去り、この瞬間だけは非道なる悪鬼羅刹になろうとしている者の声だった。
「……あら。戸惑ったりするかと思ったけど……いらぬ心配だったみたいね」
 多少、拍子抜けしたのか、玉緒が少しばかり肩を竦めた。
 もっとも、それならそれで、遠慮なく攻撃を叩き込めるというものだ。眼鏡の位置を軽く指で押し上げて直し、玉緒は改めて敵と対峙する。
「祓ってあげる。容赦なく……ね」
 久しぶりに、骨のありそうな相手が来た。逸る鼓動を抑え切れずに駆け出した玉緒に続く形で、ケルベロス達は一斉に、ハルネへの攻撃を開始した。

●緑炎の呪縛
 暗闇を駆け抜ける緑色の炎。ハルネの駆る怪しげな焔は、時に人の心を惑わし、忌むべき記憶を具現化させる。
 だが、それでもケルベロス達は怯まなかった。攻撃特化の前のめりな陣形だが、同時に搦め手に対する防御も厚い。前衛の人数が増えればこちらの補助も拡散してしまうが、しかし敵の繰り出す幻惑も、同じく拡散して十分な効果を発揮しない。
「今のところは、こちらが優勢ですね。一気に畳み掛けましょう、マサヨシさん!」
 好機と判断し、イッパイアッテナがマサヨシに声を掛けるが、しかしマサヨシは何も返さなかった。もっとも、彼も仲間の意図することは理解しているのか、無言のままイッパイアッテナに合わせて跳び上がり、左右から強烈な蹴りを食らわせた。
「……っ! なかなか、やるものだねぇ」
 両手から緑炎を出して勢いを殺し、ハルネはなんとか持ち堪えた。が、当然のことながら、それだけで攻撃が終わるはずもない。背後から迫る殺気に彼女が気付いて振り返れば、そこには高々と振り上げられた玉緒の脚が。
「前だけ見てると危ないわよ。あなたを蹴る脚は、まだあるってこと……お忘れなく!」
 踵の先が、まるで斧のようにハルネの頭へと突き刺さり、白き衣を纏った身体が灰寺の床に沈んだ。それでも、軽く頭を振って立ち上がるハルネだったが、そこは響と大輔がさせなかった。
「貴様の好きにはさせない!」
「覚悟しな! ぶっ飛ばすからよぉ!!」
 獣の力を宿した野生の拳が、鋼を纏った銀色の拳が、それぞれにハルネの身体を打ち据える。同時に、ライドキャリバーのヘルトブリーゼもまた突撃を食らわせたことで、ハルネの身体は勢い余って、寺の柱へと激突した。
「ところで……何故、マサヨシの縁者の姿をしているのですか?」
 衝撃で吹き飛ばされたハルネを攻性植物で縛り上げ、リコリスが改めて、問い掛ける。しかし、そんな彼女の問い掛けを、ハルネは鼻で笑うだけだった。
「何を言い出すのかと思えば……そんなこと、私がマサヨシの母親だからに決まっているからでしょう?」
 動きを封じられてもなお、この余裕。彼女の言葉が嘘か本当かは、今のケルベロス達に判断はつかない。
 ならば、ここは戦うことに集中しよう。攻性植物による束縛を強引に振り切ったハルネへと距離を詰め、司は指先に灯した不可視の炎で、彼女の身体を軽く突き。
「何だって、最初はちょっと怖いだろ?」
 原初の恐怖を呼び起こす技で、ハルネの足取りを鈍らせる。どれだけ大胆不敵に振る舞う敵でも、根源的な感情には逆らえないと。そう、判断してのことだったのだが。
「ふふふ……うふふふ……」
「……っ!? 何が可笑しい! 何が楽しい! 命を傀儡に、未来を奪い続けて……!」
 予想に反して急に笑い出したハルネの態度に、司は思わず感情を露わにして叫んでいた。
「確かに、お前達は随分と強い力を持っているみたいだねぇ。でも……敵を叩くことばかりに気を取られて、足元がお留守になっているんじゃないのかい?」
「……っ!?」
 その言葉に、誰ともなく自分の足元へ目をやれば、いつの間に張り巡らされていたのだろう。
「なっ……!!」
「こ、これは……!?」
 ハルネを中心に、蜘蛛の巣のような形で広げられた緑の炎が、ケルベロス達の脚に絡み付いていた。力で振り解こうにも、呪詛的な何かを持っているらしく、炎は彼らの脚に付着したまま、決して離れようとしなかった。
「やってくれましたね。ですが……」
 狡猾なる罠を仕掛けたハルネを睨みつつ、歌夜が剣戟の陣を展開する。敵を攻撃するためではない。味方に掛けられた、炎の呪縛を解くために。
「これも少しばかりの、死天剣戟陣の応用でして」
 降り注ぐ刃が炎の鎖を断ち切り、そのまま仲間達の周りを浮遊して力を与えた。さすがに、人数が多過ぎるために、全てをカバーすることまではできなかったが。
「小癪な真似をしてくれるねぇ。でも、そうでなくちゃ、面白くないからねぇ……」
 緑炎の陣を崩されてもなお、ハルネは何ら余裕な態度を崩さず笑っていた。戦いはまだ、始まったばかり。廃寺の夜は、まだ明けない。

●想い断ちて
 緑炎を操り、他者を自らの傀儡とする魂縛操者のハルネ。だが、それでもやはり、彼女の得意とする戦い方は、数の暴力の前には弱かった。
 得意の幻惑も、拡散して効果を薄められては意味がない。搦め手以外に特化した何かを持たない彼女は、火力やタフさであれば平凡な強さのデウスエクスと変わりない。
「逃がさないよ。その炎……芯まで凍り付かせてあげるから」
 司のバスターライフルから放たれる光が、ハルネの身体を凍らせる。そこを逃さず、イッパイアッテナとリコリスが、それぞれルーンアックスとチェーンソー剣で斬り付けた。
「まったく、物騒な得物を持ち出してくれるねぇ。日曜大工でもやろうってのかい?」
 身体に食い込む刃の感触に舌打ちをしつつ、ハルネは緑炎を振り撒いて牽制しながら距離を取った。しかし、今さら少しばかり身を引いたところで、それは次なる攻撃の機会をケルベロス達に与えるだけだった。
「無駄口を叩いていられるのも、今の内ですよ」
「皆さん、今です! 続けて攻撃を!」
 流れはこちらに向いている。ならば、ここで一気に畳み掛けるべきだと叫ぶイッパイアッテナの言葉に、逸早く答えたのは大輔だ。
「この忍術、見切れるか? 零式忍術『夢幻・分身殺法』」
 そちらが幻惑なら、こちらも幻惑だ。グラビティによる虚像を繰り出し、一斉に仕掛けさせる大輔だったが、それでも虚像は虚像でしかない。
 攻撃を繰り出す度に、虚像は何の傷も与えることなく、ハルネの前から消えて行く。もっとも、それこそが大輔の狙うところ。実体を掴ませず忍び寄り、ハッタリと思わせて油断を誘い……最後に、無防備な背後から敵の身体を一直線に貫いた。
「くっ……! こ、こいつら!?」
 さすがにこれは、ハルネも余裕で受けるわけにはいかなかったようだ。思わず傷口を抑えて膝を突いたところへ、今度は玉緒の脚が襲いかかり。
「……して欲しいの? 良いわよ。ぶち込んで、あ……」
 まずは爪先を鳩尾に一発。しかし、それはほんの序の口だ。
「……げ」
 続けて膝を連叩き込み、敵の身体を強引に宙へと浮かせ。
「……る!」
 最後は、再び膝蹴りを食らわせ、敵諸共に飛翔する。そのまま廃寺の床に敵の身体を叩き込んだところで、マサヨシが無言のままハルネの前に立ちはだかった。
「さっきの威勢はどうした? それとも、そんなもんか?」
 起き上がろうとしたハルネの頭に、マサヨシの鋭い蹴りが炸裂した。何かを叫ぼうとしたハルネだったが、その言葉は繰り出されたマサヨシの蹴りによって、声にならず掻き消された。
「あんた……いや、テメェが何であろうと敵だ。それならオレはテメェを殺す!!」
 敵は既に満身創痍。廃寺の隅で身体を丸めて蹲るハルネの様からは、もはや先程までの余裕は感じられない。
 次で終わりだ。そちらから来ないならば、何かを言う前に殺してやる。
 溢れ出る殺意を隠そうともせず、マサヨシはハルネを見下ろしていた。仲間達も、彼を止めることはしない。ただ独り、響だけを除いては。
「マサヨシ……確かにデウスエクスのやることは卑劣だし、いけないことだ! でも、殺すには殺し方があるはずだ!」
 既に抵抗する意思さえ失った相手を、一方的に蹴り殺す。そんなやり方は、彼女としては認められなかったのかもしれない。
 だが、ここは戦場、非情なる地。個人の主義主張も、高潔なる魂でさえも、全て悪意によって飲み込まれる場所。
「……っ!? 危ないっ!!」
 後ろで誰かが叫ぶのと、ハルネが緑炎の呪縛を一斉に放つのが同時だった。
「マサヨシ、下がれ!」
 重なる波のように唸りを上げて迫る炎を、響が全身で受け止める。しかし、マサヨシだけでなく、その場にいた前衛の全てを狙って放たれた炎の大半を、彼女が独りで受け止めるのは負担が大き過ぎた。
「ふふふ……マサヨシ、お前は負い目ばかり背負って生きているんだよ。そういう者には、仲間の手で殺されるのがお似合いさ」
 絡み付く緑炎で響の身体の自由を奪い、ハルネが最後の抵抗とばかりに笑っていた。緑炎の呪縛に操られるがままに、響の手はマサヨシの首元へと伸び、そのまま力任せに締め上げて来るが。
「無粋な真似をしてくれますね。見るに堪えませんよ」
 すかさず、歌夜が特殊な蒸気を噴霧したことで、響は程なくして解放された。もっとも、一度に複数名分の攻撃を庇った彼女の身体は、ヒールを受けても既に立っているのもやっとな程にまで、激しく消耗してしまっていた。
「すまない……マサヨシ……。せめて……最後は、私の力も連れて行って……」
「ああ、分かった。だから今は、もう喋るな」
 伸ばされた手に自分の手を重ねる形で、マサヨシは光球を受け取り己の力と成す。その視線が射抜く先は、他でもない魂縛操者のハルネのみ。
「オレが、負い目ばかり背負っていると言ったな。だが……」
 燃える蒼炎。滾る闘気。迷いは既に、遠い彼方へと捨て去ったはず。
「それでも、オレは! 仲間を、友を護る!!」
 これが答えだ。全て受け取れ。全身全霊の力を込めて、繰り出される蒼き正拳突き。忌むべき緑炎の呪縛を断ち切り、それはハルネの身体を一直線に突き抜けた。
「ぐっ……ふふ……だが、これで勝ったと思わないことだよ……。お前は一生、後悔しながら生きていくんだ。実の母親を……その手で葬ったんだからねぇ……」
 蒼炎に包まれ、消えて行くハルネ。最後に彼女は呪詛とも負け惜しみとも取れる言葉を残して、そのまま夜の闇に溶けるようにして灰となった。

●決意と代償
 戦いは終わった。だが、それでも心から喜べるような勝利とは、随分と程遠いものだった。
「……許せねぇ。……マサヨシの母に似せるなんて」
「似せる、ですか……。果たして、本当に粗悪な模倣品だったのでしょうか?」
 義憤を露わにする大輔の言葉に、リコリスが自分の感じていた違和感をぶつける形で返した。だが、その問いに明確な答えを出せる者は、この場に誰一人としていなかった。
 廃寺の暗闇の中、静寂だけが広がって行く。拳を握り締め、立ち尽くすマサヨシ。そんな彼に、他の者達は掛ける言葉もなく、ただ静かに見守るだけだった。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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