城ヶ島強行調査～賽の目の行方

■リプレイ

●遭遇
　一隻の船が海上を滑って行く。
　船の速度に比例するように風が後方へと流れる……潮を含んだその風はとても冷たく、露出した肌から体温を奪うが戦い前の高揚を抑えるには丁度良い冷たさとも言えるだろう。
　風に乱された長い銀髪を後ろ手に払い、夜桜・月華（突撃魔法剣士・e00436）は来るドラゴンとの戦いに思いを馳せた。
　自分の技がどこまで通じるのか今から楽しみで仕方がないといった様子の月華を見て、皇・絶華（影月・e04491）は小さく息を吐く。
　かつて対峙したドラゴンの記憶が脳裏をよぎる……ドラゴンが個体最強と呼ばれる所以を、絶華はその身をもって知っているのだ。
　だが、その力を知っていたとしても何時かは乗り越えねばならない敵だ。乗り越えなければ何も得られはしないのだから。
　一度身震いをした後に大きく息を吸い込んだ絶華を真っ直ぐに見つめていた、霞・澄香（桜色の鎧装騎兵・e12264）もまた気合を入れなおすように肺へ空気を流す。
　この中でもかなりの手練である絶華をもってして壮絶と言わしめたドラゴン……気を引き締めてかからねばと、澄香は考える。
「すみすみ、チョベリバでありますか？」
　澄香の緊張を感じ取ったのか、ジャミラ・ロサ（直訳で美しい薔薇であります・e00725）が調子はどうかと問いかけてきた。
「大丈夫だ。問題ないであります」
　そんなジャミラへ澄香は彼女が好む死語をもって返してやると、ジャミラは満足そうに頷いた。
「ふふ、念のため目的と作戦を確認しますわ」
　ジャミラと澄香の様子を見守っていた、レーン・レーン（蒼鱗水龍・e02990）は小さく笑い、自分たちの今回の目的について確認をする。
「まずは、海のドラゴンの撃破ですね」
　レーンの言葉に船を操縦しながら、アインザーム・グリーフ（グラオリッター・e05587）が答える。
　アインザーム個人には別の目的もあるものの、まずは海を回遊しているというドラゴンを惹きつけ、撃破することがこのチームの目標である。
「副目的は、注目を集め潜入調査組を助けることだな」
　アインザームの言葉に頷くレーンに、ゼフィラルド・テラペイア（医道の為の銃弾・e02221）が続ける。
　最悪、ドラゴンを撃破できないまでも、多くの敵を惹きつけ海中に居る潜入調査組みの道を開ければ後は彼らが何とかしてくれるだろう……どちらにしても目立った攻撃をぶちあてて海のドラゴンの注意を惹くと言う手段は変わらない。
「なるべく海上での戦闘はしないで、島に上陸しておびき寄せて戦うのです」
　やるべきことをやるだけだと腕組みをするゼフィラルドを見つめて、月華は言う。水中だろうが水上だろうがケルベロスの戦闘能力は変わらないのだが、相手が得意だと思われる場所で戦うのは好ましく無いだろう。
「小賢しいドラゴン共だ。絶対に祟る……」
　だが、祟・イミナ（祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083）の言葉にもあるように小賢しいドラゴンだ。ただの獣とは違い、高い知性を備えている奴らを相手に、そう上手くことが運べば良いのだが……。
「……お出迎えのようですよ」
　不安と言うものは、おおよそ悪い方で当たるものだ。
　船を運転するアインザームは、海中を進んでくる三つの大きな影を見つけると、仲間たちへ警告を発したのだった。

●衝突
　見つけた影のうち一体がそのまま船へ突撃してくる。
　残りの影は姿を消した……恐らく水中深く潜ったのだろう、海中には別のチームのケルベロスが合計四十人ほど居たはずだ……まず遅れをとることは無いだろうが、この時点で陽動として他のチームの進路を確保する目的は破綻した。
　そして正面から突っ込んでくる影は、船との距離が近づくにつれ徐々に、その体を露にして行き、
『ルオオオォオ！』
　小型船を正面から受け止めると同時に、灼熱の炎をその口から噴き出した。
　衝撃に足元が揺れ、灼熱の炎がイミナたちの体を包み込む。思わず盾にした腕は、一瞬にしてその感覚を失い、無くなってしまったかのような錯覚を覚える。
　炎がおさまった後に原形を止めている腕を見て、それが本当に錯覚だったと理解するも、それと同時に苦痛がイミナたちの全身を駆け巡った。
「ぐ……」
　反射的に出そうになった叫び声を押し殺し、炎を吐いたドラゴンを見れば、その緑色の鱗を持つドラゴンは船の先端を蹴って軽く一つ羽ばたくと距離をとって船の周りを回りだした。
「簡単には通してくれなそうだ」
　蹴られた衝撃で再び揺れる足場で何とか体勢を立て直した絶華は、自身にちらつく分身の幻影を纏わせつつ仲間たちへ目配せをする。
　当初の予定通りこのまま陸へ行くべきか……？　否、ここからではあまりにも遠い。
　先の一撃の威力を見るに、回復の一手遅れがそのまま致命傷になりかねない。この状態でアインザームに運転をし続けてもらう余裕は無い。
「このまま迎撃しますわ！」
「Yes, Ma'am……やられたことは倍返しであります」
　レーンは叫ぶと同時に自分の傷を癒し、ジャミラが掲げた杖からほとばしる雷がドラゴンの鱗に突き刺さる。雷を嫌がるように一瞬身を震わせたドラゴンが、海中へ浅く潜る。あれは逃げたのではなく次の攻撃の機会を窺っているのだろう……だが、その隙に体勢を立て直すことはできる。
「……祟る、祟る祟る祟る祟祟祟祟……」
　傷ついた痛み全てを違う何かに変換するようにイミナはオーラを溜めて傷を癒し、澄香もまた裂帛の気合を用いて自身の傷を癒す。
　そして、ゼフィラルドが雷の壁を構築し、アインザームが己のグラビティで小型治療無人機の群れを操り、味方を警護させると、
「また仕掛けてくるであります！」
　再び水中から顔を出したドラゴンが船上の澄香たちへ炎を噴き出した。
　二度目の炎……絶華は身を低くしてそれを避けると同時に、火を噴くドラゴンの口元に精神を極限まで集中させる。すると、ドラゴンの口元が突如爆発し思わず顔を背けたドラゴンの顔の動きに合わせて炎は在らぬ方向へと流れて行く。
「……忌々しいドラゴンめ。祟ってやる」
　だが、炎を避け切れていなかったイミナは再び身を焼いた炎に遠のく意識を何とか繋ぎとめ、長い黒髪から除き見える真っ赤な双眸でドラゴンを睨み付ける。
　ドラゴンはイミナの視線など意に介した様子もなく、今度は海中に潜らずに船の周りをゆっくりと回りながら船上のものたちの様子を観察していた。
「このままじわじわと遠火で焼くつもりでありましょうか……」
「美味しいお肉の焼き方ですわね。笑えませんわ」
　イミナと同じく炎を避けられなかった澄香とレーンも自らの傷を癒す。同じ攻撃を繰り返すなど、通常ではありえない戦い方……だが、力の差があればそれでも押し切れると言うことだろう。
　船を壊さないのも意図的なものだろう、下手に足場を壊して散らばられるよりも船に推し止めていたほうが都合がいいのだ。
「……本当に、小賢しい」
　船を狙われないのはゼフィラルドたちにも都合が良いのだが……本当に小賢しいと、ゼフィラルド吐き捨て、再び雷の壁を構築した。

●嬲殺し
「こっちに来いですよ」
　現状では打つ手の無い月華が手にしたゾディアックソードを振るも、相変わらずドラゴンは遠くから炎を吐き続けてくるだけだ。
　本気の勝負を期待した月華からすれば肩透かしも良いところだが、相手の良さを潰すのもまた戦い方の一つである。いっそ飛び込んでしまおうかとも考えるが、常に船の周りを移動しながら火を吐くドラゴンに追いつけるか解らない上に、一人だけ前に出るのも危険だろう。
「対象を認識……全兵装のリミッターを解除……照準を固定……鎮圧、開始。無限の硝煙と弾幕の流れの中で溺れてください」
　ゾディアックソードを握り締める月華の横で、ジャミラは携行する銃器と内蔵された火器すべてのリミッターを解除し、狙いをドラゴンの横腹目掛けて一斉射撃を行う。氾濫した川の如き弾幕は、ドラゴンの鱗を弾き飛ばしてその肉を抉っていった。
　ジャミラの一斉射撃に一瞬よろめいたドラゴンだが、怒りに満ちた目で見つめてくるだけで戦い方を変えてくる様子は無い。
「我らに勝利を！」
　アインザームは快楽エネルギーを戦闘意欲を高める鼓舞として味方に散布し、澄香たちの傷を癒すと同時に漲る力を与える。
　今のところ回復は間に合っているが、徐々に削られていく体力はそろそろ限界を超えるだろう……ジリ貧と言う言葉が脳裏をよぎるが、状況を打開する有効な手立てが無い。
　徐々にぼろぼろになってゆく澄香たちを、それでも癒し続けるしかない状況に、騎士として歯痒くもあるが、アインザームはただ闇雲に敵陣へ突っ込む戦士ではなく、大儀のために戦う騎士なのだ。これがもっとも有効な役回りであるなら、甘んじて受け入れる覚悟もある。
　そんなアインザームの目の前を幾度目かの炎が通り過ぎる。
「ここ……までで、あります……」
　身を包む炎を振り払う気力すら削がれた澄香が、上半身を炎に包まれたまま膝から崩れ落ち、辛うじて意識を繋ぎとめたイミナもまた俯いたまま動きを止めた。
　倒れた澄香の姿にドラゴンは高らかに天に吼えると、船へ向かって直進してくる……勝利を確信し、獲物に止めをさすために。
　今までと違い、船の周りを回るではなく、自分たちの方へと向かってくるドラゴンへ絶華が意識を集中させると、唐突にその背中が爆発し、ジャミラのライトニングロッドから雷がほとばしってドラゴンの体を貫く。
　それでもドラゴンの突進は止まらない、ゼフィラルドは魔術切開とショック打撃を伴う強引な緊急手術でイミナの体を癒すが、イミナの体はもはや回復をほぼ受け付けない。
「……愚かなドラゴンめ。祟ってやるぞ」
　そして眼前まで迫ったドラゴンは、水中から上半身を這い出し船へ左前足をかけると同時に、イミナへ右前足を振り下ろした。
　ドラゴンに踏み込まれた船は大きく傾き、反動で跳ね上げられたイミナ体を、ドラゴンの強靭な爪が貫き甲板へと貼り付ける……イミナの白い肌が朱に染まり、甲板に赤黒いものが広がって行く様にドラゴンは牙を覗かせ、
「『勝った』と、思いましたわね？」
　これは明らかな油断。狡猾に嫌らしく、圧倒的に優位に立つドラゴンが始めて見せた隙だ。
　右の掌を突きつけてそう告げるレーンへ気を取られた次の瞬間、イミナを貫いた右前足へ軽く触れた絶華から螺旋の力が伝わり、ドラゴンの右前足が在らぬ方向へと捻じ曲がる。
「喰らいなさい……！」
　ドラゴンが苦痛に仰け反ったところへ、レーンがグラビティチェインから引き出したエネルギー球を投射するとドラゴンの体が蒼い炎に包まれる。
『ルオオォォ！』
　絶華とレーンの一撃で苦悶の咆哮を上げるドラゴンの腹が見えた。
「今だ、奴の腹を掻っ捌いてやれ」
　その真っ白で柔らかそうな腹を見たゼフィラルドが声を張り、それに呼応するようにジャミラはその剥き出しになったドラゴンの腹へ一斉射撃を叩き込む。
「魔力があふれてくるのです。みなぎる無限の魔力をうけるのですよ」
　ジャミラの一斉射撃の合間に割り込み、月華は全身からみなぎる魔力を両の手に持つゾディアックソードに乗せてドラゴンの腹を切り刻んで行く。
　ジャミラの一斉射撃にも負けない速度で次々と斬りつける月華の後ろから、アインザームがアームドフォートの主砲を一斉発射して、更にドラゴンの腹を抉ってゆく。
「せいぜい、美しい花を咲かせるんだな」
　そして、血まみれになった白い腹へゼフィラルドが鉛の弾丸……「種子」を打ち込むと、ドラゴンの腹から真っ赤な花が咲いて……ドラゴンは天を仰ぐように空へ顔を向けた。

●決着
　絶華は気づく。このドラゴン、以前に対峙したものより一回り小さい……そしてその攻撃の威力もまた、体格に比例するように以前のものほどではないと感じるのだが――、
「もう一撃来るぞ！」
　そのしぶとさは共通のものなのか、ドラゴンの胸が膨らんでいることに気づいた絶華が警告を発した瞬間、絶華たちを見下ろすように顔を向けたドラゴンの口から灼熱の炎が放たれた。
　狂いそうになるほどの熱量の中、レーンが糸の切れた人形のように倒れ、炎を吐いていたドラゴンの頭もまた甲板へと落ちてきた。
　もはや体勢を維持することもできないくらいに疲弊していると言うことだろうが、爬虫類の眼に宿る殺意が薄れた様子は無い。
　絶華はそんなドラゴンへ重い足を引きづりながら近づき、
「我が身……一の刃成り……彼の身に刻むのは鮮血の華……！」
　首元で足を止めて三重臨界を鞘へ納めると……ドラゴンの首は胴体から切り離されたのだった。

「もっとちゃんと戦いたかったのですよ」
　絶華が切り落としたドラゴンの頭の横でへたり込んでいると、月華がドラゴンの顔の前で残念そうに息を吐いていた。
　こちらから突いた以上、城ヶ島のドラゴンたちには何らかの動きが出てくるだろうし、正面からやりあわなければならない事態も発生するだろう……つまり、望まなくてもその時は来る。
「手酷くやられたが、命に別状は無いようだ」
　絶華がそんなことを考えていると、イミナの様子を診ていたゼフィラルドが手についた血を拭いながら報告し、
「こちらも何日か休めば、傷も癒えるでしょう」
　レーンと澄香を診ていたアインザームも小さく息を吐いた。
　どうやら全員命は助かったようだ……絶華が、澄香の横で労う様に髪を梳いているジャミラを眺めていると、
「君たちも無事かい？」
　どこからとも無く、そんな声が聞こえた……声の主を探して海へ視線を向ければ、どこか優しい目をした男が海の中から顔を出していた。
　海中に居た別のチームのものか……君たちもと言うことは、海中へ潜った二体のドラゴンも倒したと解釈して間違いないだろう。絶華はその男に頷く。
　そして、もう一度確認するように、仲間たちを見回したあと、
「私たちはここまでだ……健闘を祈る」
　再び男へ向き直ってそう告げた。三人負傷のこの状況で、これ以上の調査や戦闘は不可能だろう。それに、第一目標の海のドラゴンも倒したのだ、無理をする必要も無い。
「うん、君たちも気をつけてね」
　絶華の表情から心境を悟ったのか、男はそう短く答えて水中へと消えていった。

「いつまでもこの場に居ても仕方が無い、戻ろう」
　男が消えた後の海を暫しの間見つめていた、ゼフィラルドの言葉に一行は頷くと、船を反転させたのだった。

作者：八幡	重傷：レーン・レーン（蒼鱗水龍・e02990） 祟・イミナ（祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083） 霞・澄香（桜色の鎧装騎兵・e12264）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年11月24日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
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