死花葬々

作者:朱乃天

 この日は星がとっても綺麗だったから。
 夜の帳が降りて薄闇に包まれた空は雲ひとつなく、鮮やかなまでに晴れ渡っていて。
 空一面を満天の星が埋め尽くし、夜の世界に彩り添える星の煌めきは、まるで昼間のように地上を明るく照らし出していた。
 百鬼・澪(癒しの御手・e03871)はボクスドラゴンの花嵐をお供に従え、星明かりに導かれるように夜道をふらりと歩きつつ、やがて辿り着いたのは、街外れにある教会だ。
 ふと立ち止まって見上げた先にある、無数に鏤められた夜空の星達は、見ているだけで心が吸い込まれ、手を伸ばせばすぐそこまで届きそうな程だった。
 しかしその手の指先は、触れることすら叶わず空しく宙を掠めるのみである。
 嗚呼――星が描く世界は幻想的で、こんなにも人の心を魅了するものなのに。
 同時に切ない気持ちも入り交じり、澪の視線は星の彼方の世界に向けられて。
 口から漏れる吐息は夜闇に溶けて、思いを巡らせながら見つめていると――星ではない何かが彼女の瞳の中に映り込む。
「……雪、かしら?」
 はらりと落ちてきたソレを掬い上げるように掌に乗せて、よく見ると。ソレは雪のように白い花弁だった。
 その真白き花に、澪は見覚えがある。でもこの花は、もう咲くような時期ではない筈だ。
 一体どうしてこんなところに……不思議に思って周囲を見回すと、花嵐が身を強張らせながら教会の庭を凝視する。
 風が強く吹き抜けて、庭の奥から白い花弁の群れが吹雪の如く舞う。その花の名前は――スノードロップ。そしてこの可憐な花の持つ意味は――。
「……これは捧げる者への死を望む花。つまりは、お前の命を貰うということだ」
 澪達の前に突如として顕れた、黒衣を纏った一人の青年。見た目は儚さすら感じるような中性的な美形だが、微笑みながら澪に向かって掛けた言葉には、冷たく昏い、得体の知れない恐怖を心の底から抱かせる。
「あ、貴方は……っ!」
 青年が纏う尋常ならざる殺気を感じ取り、澪は身体と声を震わせながら彼に問う。
 そんな彼女の怯える様子を愉しむように、彼は薄ら笑いを浮かべながら口を開く。
「俺は『あき』、『白』紙の白(あき)――それが、お前を殺す者の名だ」

 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)の呼び掛けによって、ヘリポートに緊急招集されたケルベロス達。彼女の口から語られたのは、澪が宿敵のデウスエクスと邂逅し、襲撃されるという予知である。
「澪さんには急いで連絡を入れたんだけど、全く繋がらなくってね。とにかく今は一刻の猶予もない状況だから、澪さんがまだ無事でいる内に、急いで救出に向かってほしいんだ」
 今回現れたのは、『白(あき)』という名の一体の死神だ。中性的な容姿の青年で、一見穏やかそうな印象なのだが、その本質は死神らしく残忍である。
 彼は狙った相手に呪詛を植え付けて、苦しめながら死に至らしめるという。そして標的と決めた者に対しては、スノードロップの花を贈るといった行為をするようだ。
「スノードロップの花言葉には、『希望』とか色々な意味があるけれど……死を象徴するような意味もあるみたいだね」
 花を贈る行為自体は紳士的にも思えるが、それが殺害予告であるなら悪趣味だと言わざるを得ない。
 襲撃現場となるのは街外れにある教会だ。周囲はデウスエクスの力によって人払いがされているようなので、到着後は戦闘だけに専念してもらって構わない。
 敵は相手を甚振りながら殺すのが好きな嗜虐嗜好の持ち主で、周囲に漂う死霊の群れを召喚させて相手の動きを封じたり、掌で触れた相手の命を蝕む呪詛を植え付ける。また、白き花弁が視せる幻影は、心の奥に眠る辛い記憶を呼び覚まされるだろう。
「この死神に襲われたのがどうして澪さんなのか、その理由はボクも分からないけれど……でも理由が何であれ、仲間の危機を見過ごすなんて、できないからね」
 大切なケルベロスの仲間だからこそ、皆の力で彼女を無事に救出してほしい。
 シュリの願いを込めた言葉に、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)は大きく頷いて。強い決意を胸に秘め、宿敵打倒を固く誓う。
「死神の思い通りになんてさせません。澪さんを助け出し、必ず一緒に戻りましょう」


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
安曇・柊(天騎士・e00166)
蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)
上月・紫緒(シングマイラブ・e01167)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
アリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)

■リプレイ

●廻りし因果
 星明かりが照らす教会の庭先で、彼女は一人の男と廻り逢う。
 百鬼・澪(癒しの御手・e03871)の瞳に映る、黒衣を纏った中性的な美青年。
 柔らかな微笑み携え話す彼の言葉は、冷たい殺意を孕ませる。
 ――澪は目の前の青年に見覚えがあった。その声も、姿も、形も、彼の全てを。
 『白』と名乗ったこの青年は、大切な友人達の命を奪った、忌々しき憎き死神なのだ。
「……些細なひとつであったでしょう、貴方がたにとってみれば。でも、私にとっては小さな世界の全てだった」
 込み上げてくる怒れる心を押し殺し、淡々とした口調で静かに語る澪。
「ずっと、ずうっと逢いたかった、白。番犬となって、牙を研いで、相見える日に焦がれていました」
 今まで抱き続けた想いが結実されて、願う祈りのオーラが彼女を護るように包み込む。
 漸く果たせた念願の宿敵との邂逅。そしてこれから果たそうとするもう一つの彼女の望み――それはこの死神を、自らの手で討ち倒すこと。
 とはいえ、強大な敵を一人で相手にするには分が悪すぎる。
 戯言など聞く必要はないと言いたげに、死神の手が彼女に触れようとした時だった――。仲間の窮地を救うべく、新たなケルベロス達が颯爽と援軍に駆け付ける。
 夜空を翔ける天使の翼が、二人の間に舞い降りる。安曇・柊(天騎士・e00166)が彼女を守るように翼を広げ、死神の前に立ちはだかった。
「スノードロップは、希望や慰めの意味も持つんです。百鬼さんと貴方の因縁は知りませんけれど、僕達は、全力で彼女のお手伝いをするだけ、ですから」
 天騎士の小姓を自負するボクスドラゴンの天花も、澪の箱竜・花嵐を守ろうと、主に倣って勇ましく前に出る。
「上月改め、安曇・紫緒。ただいまミオさんをお助けにきました!」
 続いて名乗りを上げる上月・紫緒(シングマイラブ・e01167)は、柊と夫婦の契を結んだばかりの関係だ。その最愛の彼と隣に並び、大事な仲間を守る盾として、強い決意を秘めてこの戦いに立ち向かう。
「人の怨恨だとか、難しいことは分かりません。でも、はっきりしていることもあります。澪さんの敵は、アリシアの敵ってことです」
 兎の獣人、アリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)が黒い兎の耳を揺らして疾走しながら、高く跳躍。月を背にして身を捻り、重力を乗せた蹴りを死神への挨拶代わりに見舞わせる。
 アリシアのこの一撃が開戦を告げる合図となって、戦いの幕が切って落とされる。
「復讐劇ってやつが好きでネ。観劇がてら……ってところサ。だが、これがアンタのエゴだっていうなラ――俺も出演させてもらおうかナ」
 後方からの援護を担うヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)が、気配を消して影に紛れるように懐へと潜り込み、不意打ち気味に足払いをかけて敵の体勢を崩す。
「残念ながら行儀の良い観客ではないからね。私もこの舞台、踏み入らせてもらうわよ!」
 白と黒の蛇柄の巫女装束を纏った蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)が、舞い踊るように紙兵を散布させ、仲間に加護の力を付与させていく。
 カイリは澪の飲み友達で、姉貴分でもある。大切な妹分が妙な男に付き纏われていると聞き、こういう時こそ自分の出番と並々ならぬ決意を滲ませる。
「こんばんは、悪辣な死神さん。その白が指し示す死は、あなたへとお返しいたしましょう――手向けの花は要りませんね?」
 イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)が雪の結晶模様のドレスを靡かせ、手にした煌星剣を地に突き刺すと。描いた獅子座が光を放ち、気高き勇気のオーラと化して、仲間を守るように包み込む。
「澪さんを害する方、ですか……。彼女に手出しするつもりなら、絶対に――許さない」
 十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)とって彼女は友人以上の存在で。心に渦巻く黒い想いを堪えるように、太刀を持つ手に力を込めて斬りかかる。
 刃が煌めき、鍔に刻んだ紅弁慶が色鮮やかに舞う。廻り、巡れど、尽きぬ護を――。心に誓いを立てて振るう研ぎ澄まされた一閃は、守るべき人から切り離すように死神を裂く。
 死神の手に引かれて連れて行かれぬよう、必ず一緒に戻って帰ると。ケルベロス達は思いを一つに心を合わせ、宿敵たる死神に立ち向かっていく――。

●死を望む花
 ――友人達を助けられず、恐怖に怯えて無様に逃げたあの日の自分。
 あれから月日が流れて因果は廻り、当時と同じ悲劇が再び繰り返されようとする。
 しかし今度は頼れる仲間達が側にいる。澪には彼等の存在が、とても心強くて頼もしく、自らを鼓舞するように滅を与える弓を引き絞る。
「命を弄び、掌で転がして、糸を引き眺め愉しむのが死神だと言うのなら……。一片の灰も遺さず、貴方を屠り葬りましょう」
 妖精の加護を宿し、春先駆けて咲く花は、夕星にも似た光輝を纏って。因縁を撃ち落とさんと放たれた矢が、白の頬を掠めて薄ら赤く血が滲む。
「俺を葬る、か。ならそれより先に、お前の大切な仲間とやらを殺していくとしよう」
 白は笑みを崩さず頬から滴り落ちる血を拭い、周囲に漂う死霊の群れを召喚し、後衛陣に纏わり付かせて動きを封じようとする。
 しかし天花と花嵐の二体の箱竜、そして紫緒が間に割り込み盾となり、身を挺して死霊の呪縛を受け止める。
「アナタが何者か知りませんけれど。これ以上、ミオさんを傷つけさせませんから!」
 気炎を上げる紫緒の肢体に、怨霊達が絡み付く。そこへマリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が、癒しの雨を降らせて怨霊達の穢れを浄化する。
「貴方みたいな死神に、好き勝手な真似はさせません」
 柊は最愛の人が身体を張って戦う姿を目の当たりにして、自分も強くありたいと、祈る心は光の波となり、全身から発する光が周囲を眩く遍く照らし出す。
「……目を離したら、消えてしまうかも」
 闇に浮かぶ儚い星の、美しく瞬く光が死神の目を惹き付ける。少しでも目を背けてしまえば消え失せそうな程、今にも尽きてしまいそうな命なら、すぐに殺してしまおうと――。
 痛いことは怖いけど、他人が傷付くくらいなら、自分が代わりに負った方がまだマシだ。そう覚悟を決めた臆病者の青年が、精一杯の勇気を奮い立たせて敵の意識を引き寄せる。
「どうやらこちらのご婦人は、お前の誘いに乗り気じゃないようダ。振られた男はお家に帰って、自分で自分を慰めてナ」
 敵の意識が逸れた僅かな隙を見逃さず、ヴェルセアがすかさず駆け寄り間合いを詰める。
 片手に白銀煌めく鍵模す短剣を、片手に真っ赤な鉱石ナイフを握り締め。影さえ見せない速度で振り抜く二本の刃が、正確無比に白の身体を斬り刻む。
「それとモ……土に還って花を咲かせるカ?」
 揶揄うように不敵に笑みを浮かべるヴェルセアが、後ろに飛び退って距離を取る。直後にイルヴァが入れ替わるように接近し、白の脇腹狙って刃を突き刺す。
「亡びも終わりの静寂も。すべてをこえて幾度でも命は巡り、花は咲く。だから――」
 『怪盗』が敵の隙を盗んで仕掛ければ、素早い身のこなしを身上とする『暗殺者』が、相手の死角を衝いて襲い、イルヴァが刺した刃の切っ先からは、氷晶の花が咲く。
 刃に込めたイルヴァの願い――廻りゆく世界、繋がりゆく絆、遍く命を取り巻くその全て――彼女の『為すべきこと』を助け守ることこそが、自分のすべき役割だと心得て。
 ケルベロス達はそれぞれの思いを繋げるように攻め立てる。次は自分の番だと、アリシアが動力剣を駆動させて振り翳す。
「じっくりざっくり、アリシアも刻んであげます。甚振るのがお好きなら、甚振られるのもきっと気に入ると思いますよ」
 獣が猛るが如き激しい音を響かせて、刃物で相手を『斬る』感触が、手に伝わるのを味わいながら愉悦する。
「私達の大事な澪ちゃんを、お前なんかに絶対渡さない。お前自身を振り切って、澪ちゃんの『希望』へと繋げて見せるんだから!」
 カイリの掌の中にある、紅が籠められ硝子の花座する銀の筒。それは全力で支援に回ると決めたカイリが、澪から借り受けたモノ。
 日常のみならず、戦場に甘い罠を張るのも淑女の嗜みとして。振り撒く火薬の匂いが周囲に充満し、爆発すると同時に極彩色の煙が巻き上がり、仲間の戦意を高揚させる。
「あの方を今まで苦しめてきた報い、その身に刻んであげましょう」
 泉は胸の奥から沸き起こる、死神に対する純粋なる殺意を自覚する。しかし負の感情には決して流されないよう、敵を討つことだけに意識を集中し、放つ刃の軌跡は弧を描きながら斬撃痕を刻み込む。

 息もつかせぬケルベロス達の波状攻撃に、強敵である死神も押され気味になり、戦いは番犬達の優勢で進められていく。
 しかし一撃における火力は死神の方が上である。標的として見初めた相手は、自らの手で死に至らしめる――嗜虐嗜好の冷酷なる死神が、呪いの力を宿した掌で、愛しの君を掴み取ろうと手を伸ばす。
 死神の凍てる死の凶手が澪の身体に触れかかろうとした瞬間、紫緒がその手を払い除けるような勢いで、我が身が冒されるのも厭わぬ覚悟で澪を庇う。
 禍々しい呪いを帯びた敵の手が、紫緒の白い柔肌に触れ、身代わりとなって呪いを受けた彼女の全身が、命を凍て付かせる呪詛に侵食されてしまう。
 それでも紫緒は苦しい顔をせず、真剣な眼差しで、苦しむ姿を愉しむ心算であった外道な敵を睨め付ける。
 ――昔の自分は、愛と憎悪に溺れて狂気に染まり、それが戦う原動力だった。でもそんな歪んだ世界から、救ってくれた愛する人がいる。
 明るく恋を語り合い、世界を恋でいっぱいにして幸せにしたい。大切な友達にもそうした未来を歩めるよう、『希望』を勝ち取るのだと約束したから。
「だから……私が立っている間は、誰一人倒れさせたりしません!」
 迸る愛の力を治癒の力に変換し、桃色の霧を身に纏って死神の外法を打ち消す紫緒に、柊も最愛の彼女にそっと手を添え、気力を分け与えて傷を癒す。
「大丈夫です、僕がずっと側に付いていますから」
 柊の優しい温もり感じる癒しの光が、敵の邪悪な呪いの力も撥ね退ける。
 強固な絆と信頼感で結ばれた、ケルベロス達の息の合った連携力が被害を最小限に食い止めて。番犬達は死神と互角以上の勝負を繰り広げ、熾烈を極める戦いは、いよいよ佳境に差し掛かろうとする。

●復讐の涯
「こいつをぶっ飛ばしたいんだろウ、ミオ? そのシナリオに乗って舞台に上がった以上、俺も一発ぶちかましてやるゼ」
 ヴェルセアが内に眠りし地獄を滾らせ、闘気の炎を腕に帯び。青い手刀を闇夜に揺らめかせ、死神の肩を抉るように貫いた。
「あなたはご存知ないでしょう。戯れに奪った命が、澪さんにとってどれほどに大切だったのか。そして今回、彼女までも奪おうとする心算なら。そんな傲慢を……わたしは、わたしたちは断じて赦しません」
 イルヴァが頭上に剣を掲げて、空の霊力纏わせて。追い討ちを掛けるように振り下ろした一撃は、傷を大きく広げて斬り裂いた。
「逃しません。アリシアの牙は全てを斬る刃ですから……! 貴方の生きる道、斬らせてもらいます!」
 次いでアリシアが、唸る機械の剣を振り回し、鋸状の刃で傷を重ねるように斬り付ける。
「――アリシアに斬れぬものはありません。その首を貰い受けます」
 首狩り兎の剣から放つ二つの斬撃に、守るものなど意味はなく。『カサネ』の刃は、有象無象の万物までも断つ。
 手数の多さを武器に、ケルベロス達はその手を緩めることなく攻撃し続ける。だが対する死神も、この状況を打破しようと反撃をする。
「……やれやれ。躾の悪い番犬共はよく吠える。少し黙らせてやろう」
 白はそう言いながら、番犬達に向けて手を翳す。すると掌から、白い花弁が嵐のように吹き荒れる。スノードロップの花は捧げる者への死を願う。即ちそれを贈る相手とは――。
 雪のように白い花弁が、吹雪となって渦を巻き、澪の心を取り込んでいく。やがて彼女は死神が視せる幻想世界に囚われて、そこは見渡す限り白一面の景色が広がっていた。
 無機質な空間の中に閉ざされて、恐怖に駆られて思わずぎゅっと握り締めた手の、指先は何故か朱色に濡れていた。
 ポタリと朱い雫が零れると、血に染まった向日葵の花が咲き。どこからともなく名前を呼ぶ声が、耳を掠めてそちらを振り返ろうとするものの。気が付けば、白い世界は血塗れの向日葵畑に埋め尽くされていた。
 得体の知れない絶望感が、澪の心に襲い掛かる。助けを求めるように誰かの名を呼ぶが、唇だけが動いて声は聞こえず掻き消えてしまう。
 彼女が視ている光景は――彼女が初めて愛した人の『死』の記憶。心に負った深い悲しみに、永遠に囚われてしまうのかと思われた時――耳に届いた彼女を呼ぶ声は、よく知る友の声だった。
「アイツなんかに惑わされちゃ駄目っ! 明日に架かる『希望』だけを掴み取るために……その手で今、幕を下ろすのよ! 澪ちゃんっ!」
 カイリが召喚させた魔法の木の葉の竜巻が、白花の吹雪を相殺させていく。そんな彼女の必死の呼び掛けに、澪は応えるように大きく頷いた。
「――そう、奪ったのは、」
 奥歯を噛み締めながら、激しく白を睨む澪。今の彼女は一人などではない。彼女を想う仲間達がいて、支援に集った者達も、共に力を合わせて援護する。
「――小さき隣人たち、その矢尻の秘蹟を此処に」
 ジゼルは以前、宿敵と邂逅したことがあり、その時澪に助けてもらった恩がある。だから今度は自分が力を貸す時と、指輪に祈りを捧げるように魔力を集中し、旧き精霊魔法が大樹の精を召喚し、仲間に力を注ぎ込む。
「正面から攻め入る。狙いは奴の喉笛だ……!」
 アインの使役しているコンドルが、雷を帯びて突撃し、同時にアインも踏み込みながら、溜めた闘気を放出させて紫電の衝撃波を叩き込む。
「後ろはボク達に任せて、思いっきりやっておいで」
 戒李の左足から、青い炎が魔力を孕んで熔け出して。死神に向かって流れていって、足を捕らえるように炎の網を絡ませる。
「馬鹿な人。貴方が一個小隊になって来ても――彼女を摘む事など無理と知りなさい」
 纏が己と敵の魔力の波長を同調させて、拳に纏った魔力の波を、相手に叩き付けると共に送り込む。
 敵の体内へと浸透する魔力波は、遮るものなく同化を果たし。さよなら、と告げてパチンと指を鳴らした瞬間――融合させた魔力が爆散し、死神に更なる傷を負わせて追い詰める。

 戦いの流れは完全にケルベロス達が掌握し、彼等に取り囲まれて逃げ場を無くした手負いの死神は、もはや抗う余力も残っていない。
「敵はかなり弱っています。このまま一気に畳み掛けましょう」
 ここが勝負所と見極めて、伝える泉の言葉に同調するように、ケルベロス達はこの戦いに決着を付けるべく、一斉攻撃を掛ける。
「――女神が微笑む夜の舞、お付き合いくださいな♪」
 恋を思い出し、自分を思い出した紫緒が奏でる、夜の舞踊。
 星光浴びて魔力を込めた背中の黒翼を、身を翻して羽搏かせると。膨大な黒き魔力の奔流となって、死神に避ける暇さえ与える間もなく呑み込んでいく。
 そして間髪を入れずヴェルセアが、無言で敵の背後に回り込み、懐からナイフを三本取り出した。
 それは怪盗自慢のコレクション。非業の末に死んだ者、死に晒されて残った同じ『曰く』の三本で、曲芸でも披露するかのように斬り付けて。刻んだ三つの痕は大禍を招き、相手を死の淵へと追い込んでいく。
「トドメは任せるゼ。後は煮るなり焼くなり、好きにしナ」
 ヴェルセアが得意気にニヤリと笑んで、残った二人に最後を託して後ろに下がる。
 深手を負った死神が、蹌踉めきながら膝を突く。泉が目配せしながら合図して、澪は阿吽の呼吸で彼と同時に動いて勝負を賭ける。
「これは始まり。来たる結実への始まりの……そう、音の紡ぐ種まき」
 泉が刀を抜いて、ゆっくりと死神の許へ歩み寄る。囁く言葉は呪いを込めて、添える刃は大輪咲かせる為の種を蒔く。
「見えない印を刻みましょう――壱始、封音します」
 紡がれるコトバは耳朶を通じ、体内を駆け巡って、痛みを刻む。芽吹いた蕾は、色付く開花の時を待ち焦がれ、『彼』は『彼女』にその手を委ねる。
「落としてしまわないように、無くしてしまわないように。手向けに刻み、贈りましょう」
 唄を詠むかのように唱える呪言。一筋の赤い絲のように紡ぎ出したる電流を、死神狙って撃ち放つ。
「冥府の底へ沈むのは、貴方……戻らぬ道へ、送りましょう――壱絲、神解け」
 天空駆ける雷霆が、死神の胸を貫き穿ち、花咲くように火花を散らし――彼の者を紅彩る彼岸に送る手向けの花として。
 復讐心が焚べる炎の花は、白の魂までも灼き尽くし。断末魔と共に灰塵と化した死神は、血肉の一片一滴たりとも遺すことなく消え散った――。

 宿縁たる死神の、その最期を澪は瞼に焼き付けて。
 星が瞬く夜空を仰ぎ見た後、一瞬静かに瞑目し、何かを伝えるように心の中で呟いた。
 ――これでもう、全て終わったから。
 祈りを捧げて再び目を見開けば、彼女を見守る仲間達の顔があり。
 口元緩め、大丈夫、と告げる彼女の顔には、満面の笑みが綻んでいた――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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