騎士とは如何にあるべきか

作者:狐路ユッカ


 ――強くあれ。
 そう、教えられた。そう教えてくれた人、既にこの世を去ったはずの人が、目の前に立っていた。ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は目を見開き、その人を見つめる。
「……あなた……は……」
 人通りの少ない春の海辺。そこに現れたのは銀の髪をもつエインヘリアルだった。
「見つけた。嬉しいなぁ~ん」
 その顔に似つかわしくない気の抜ける語尾。間違いない。
 ――キリア。
 ミリムが気付くが早いか、キリアはその手に携えた大きな斧を、勢いよく振り下ろした。ミリムを、殺す為に。


 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は集まったケルベロスに座ることを促すのも忘れたまま、説明を開始する。
「ミリムさんが海辺を歩いていたら、エインヘリアルに襲われるところを予知したんだ」
 それで、嫌な感じがしたから連絡を取ってみたんだけど通じない。祈里は顔を真っ青にして俯く。
「急いで行って、彼女を守って! 1人で敵う相手じゃないよ……!」
「敵は?」
 ナズナ・ベルグリン(シャドウエルフのガンスリンガー・en0006)が問うと、祈里は一度深呼吸をする。
「キリアという、エインヘリアルの女性だよ。どういう関係かはわからないけれど、ミリムさんを殺したいという気持ちは強固だろうね」
 幸い、その周囲はキリアが人払いをしたのか一般人の影は無い。配下も連れていないので、キリアとの戦闘に集中出来そうだと祈里は続けた。
「今から向かえば……間に合いますね?」
「うん。ミリムさんとキリアが出会った直後くらいには!」
 わかりました、と頷き、ナズナは立ち上がる。
「行きましょう」
「気を付けてね。皆の事、信じてるよ」
 祈里は祈るように手を組むと、ヘリオンへケルベロス達を誘導するのだった。


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
フォーネリアス・スカーレット(空を蹂躙する突撃騎士・e02877)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
簾森・夜江(残月・e37211)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)

■リプレイ


「え……どうして……」
 にこりと笑ったキリアの顔をみて、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は戸惑いを隠せなかった。
(「私を庇い死んだあなたが、どうして此処にどうして私を狙うの……!?」)
 ざんっ、と耳元で斧が空を切った。
「……ッ」
「……殺す」
 虚ろな目でそう呟いたキリアは、ミリムの知っているキリアではない。目の前にいる、これは――デウスエクス。
「……生前のあなたの教えをこの場で示して、乗り越えて見せるよ」
 やっと、武器を取って交戦の構えを取る。
「――あなたを……!」
 ミリムの目に、もう迷いは無かった。にらみ合う二人。そこへ。
「ふむ、昔馴染みか何か知らんが、気軽にミリムをデートに誘って貰っては困る」
 淡々としているが、良く通る声が響いた。
「許可を取る相手が、今はいるからな」
 『怪談』を宿した昏い炎が、キリアを囲んでいくつも灯る。ひた、ひた、と櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が近づくたびに、その炎が一つずつ消えた。
「う、ぐ、……ッ」
 キリアが苦しげに呻く。叫び声とともにその痛みを振り払うと、ギロリと千梨を睨みつけた。
「邪魔、するとは良い度胸だなぁ~ん?」
「あ、俺じゃないんで」
 そう付け足した直後だ。
「人の相棒に何してくれてんだ!!」
 突如として男の影が現れた。ミリムとキリアとの間に割るように跳びこんで、キリアの胸を蹴りつける。
「空牙……っ」
 目の前に現れた相棒、空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)にミリムはホッと安心したような表情を浮かべる。
「ミリムの知り合い?  斧降り下ろす挨拶とか奇抜過ぎんだろ」
 いつものようにけらけらと笑いながら、空牙はミリムの横に並ぶ。
「……助けに来たぞ、ミリにゃん」
 ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)は、ミリムが落ちついてここに立っていられるようにと、いつものようにおどけてみせた。
「……っ、うん!」
「お礼は美味い飯がいいな」
 そんな彼の優しさに、ミリムは大きく頷く。見れば、ここには心強い仲間たちが集まってくれている。――きっと、大丈夫。
「我が名はフォーネリアス・ラルクシアン・ドゥーム・瑠璃・スカーレット! 騎士として名誉ある戦いをこの槍と家名に誓うわ!」
 両足で力強く浜辺に着地すると、フォーネリアス・スカーレット(空を蹂躙する突撃騎士・e02877)は高らかに名乗りを上げた。
「騎士……ふーん」
 にたり、とキリアが笑った。好戦的な笑みに、フォーネリアスは防御の構えをとる。


「おいてめぇ! 何者だ!? この人は俺の知り合いなんだよ! 何しやがんだ!」
 キリアがミリムにいきなり襲い掛かったと知るなり、帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)は怒声をあげた。
「ギャアギャアうるさいガキだなぁ~ん」
 お前も死にたいのか? キリアは怒りを露わにする翔を煽るかのように吐き捨てる。翔が熱くなるのは、致し方ない事だった。目の前でデウスエクスに家族を殺された身として、自分の身の回りの人間が襲われるなんて見過ごせないのだ。――あの辛く苦しい絶望の瞬間を、繰り返したくない。その思いが先行し、彼を熱くする。
「この人は……!」
 何者か。その問いはミリムが答えた。
「……ボクに、騎士道を教えてくれた人。でも、今は……ちがうから」
 弾かれるように翔はミリムを振り返り、そして憎悪に満ちた目でキリアを睨みつけた。
「ふざけんな! 命がけで守ったんだろ! それを自分で殺すだと!? 絶対許せねぇ!」
 憤りと共に、戦術超鋼拳をぶつける。キリアは何も覚えていないのだろう。怒りのままに殴り掛かった拳は、するりと避けられた。キリアはおかしい、と言ったように首をひねり、笑う。ナズナ・ベルグリン(シャドウエルフのガンスリンガー・en0006)はキリアと距離を取るために戻った翔の肩を優しく支えて、告げる。
「……お気持ちはわかりますが……彼女はそれすらも覚えていないみたいですね」
「……っ、ああ」
 されど、許せることではない。ミリムの心を掻き乱し、優しかったころの面影を残したままで殺しに来る。それが、どれほどに彼女を傷つけるのか。翔はそれを思うと居てもたってもいられなかった。
(「ふむ……過去にミリ様を守って斃れた方が今度は敵として現れる……一体何があったのかしら?」)
 琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は少しばかり考えだ。
(「躯になった身体だけを使われてミリ様を動揺させるように誰かが動いてる……? 何の目的のために?」)
 ……しかし、考えても詮無きこと。淡雪はすぐにキリアへ向き直ると、最前に立つ仲間たちへ紙兵を散布した。
「悩むところは多いですがとりあえず、今やる事は一つですわね~とりあえず目の前に立ち塞がるながらなんとかしましょうですわ♪」
 簾森・夜江(残月・e37211)は、静観していたが、
「……強くあれ。その教えを抱いて、今があるというのならば、答えは相手ではなく、きっと本人にあると思います。戦いで、応えてみせましょう」
 静かにそう告げると、地を蹴った。雨咲で高く跳びあがり、虹を纏って急降下。痛烈な蹴りが、キリアに直撃した。
「ぐっ……」
 自然、その痛みへの怒りの矛先は夜江に向く。そこへ畳み掛けるように、アップルもテレビフラッシュを光らせた。
「うる、さいッ……!」
 ガンっ、と勢いよく斧が振り下ろされた。その下敷きになり、アップルが力なく倒れた。ミリムがキリアに肉迫する。鋼の鬼と変えたその腕で、キリアの装甲を砕きにかかった。ばき、と音を立て、キリアの身体に拳がねじ込まれる。
「ふ、ふ……。強くなった、なぁ~ん」
「……ッ」
 そんな風に笑われると、どんな顔をして良いかわからない。けれど、キリアはもうキリアではない。ミリムもそれをわかっていたから。ダメージを捻じ込んだその後は軽やかに後方へ跳んだ。錫丸が、前衛の仲間の周りをふわりと飛ぶ。
「私とも少し遊ばないか。おいで、此方へ」
 ――殺界衝破。ナザクは内なる狂気を迸らせて、キリアへぶつけた。キリアは、斧を振り上げる。
「受けてたとう」
 斧が、鈍く光る。叩き潰すという表現がふさわしいその攻撃に、ナザクは低く呻いた。これでいい。ミリムを守ることが先決だ。ナザクは思惑通りに進んだことに、きゅっと口角を吊り上げる。
「なんであれ……殺意持ってる以上は狩らせてもらうぜ? 悪いが悪く思うなよ!」
 空牙はヘッドホンを装着すると、キリアを煽る。その表情、こちらへ来い、と言うようにこまねく手。ヘイトを稼ぐには充分だった。
「っは、バカにしてくれるなぁ~ん」
 キリアは苛立ちは見せるものの、空牙を襲う事はしなかった。そのやり取りを横から狙うように、フォーネリアスが騎兵槍を召喚する。
「これが私の愛馬よ、カルネージウエポン! システムコネクト、臨界点までカウントスタート……さあ、騎士の真髄を見せるわよ!」
 ブースターの爆音が響く。その槍が、キリアの盾を打ち貫いた。
「なかなか……ッ」
 次いで、ナズナの矢がキリアの振り上げた斧を弾くように飛んでいく。ぐん、と振り抜くように斧を振るい、キリアは軽く舌を打った。


 ミリムが、バスタードソードを振り上げる。金属が激しくかち合う音が響き、キリアの斧の刃が欠けた。
「っ……ぅ」
 ミリムの手に伝わる衝撃から、その強さがわかる。ミリムはぐっと奥歯を噛みしめ、キリアを見た。
 ――「男らしく強い子であれ」……それだから『ボク』だ。
「ボク、は……」
 二人の刃が競り合っているうちに、千梨は花弁を纏うブレイブマインを後方の仲間へ炸裂させる。淡雪のファミリアシュートを受け、キリアが大きく咳き込んだ。瞬間、拮抗していた刃がズレて、ミリムのバスタードソードがキリアの肩口に食い込む。
「ぐ、ぅあっ……」
 苦しげに悲鳴をあげるその顔は、良く見知った顔で。ミリムは思わず目を逸らしそうになる、が。
 ――「男にも負けない逞しい子になれ」
 そう、聞こえた気がした。懐かしい声で、あのころのキリアの声で。
「あ……」
 何かに気付いたように、ミリムは一滴涙を流す。すぐに、視界が霞まぬよう拭うと、キリアを見据えた。
「我が刃、雷の如く」
 距離を取ったミリムの代わりに躍り出た夜江が、魔術を付与した刃をキリアに浴びせる。キリアは悔しげに顔を歪め、斧を構え直した。
「あんたは命懸けて救ったんだろ? その救った命奪おうってのはどうなんだ?」
 空牙の言葉に、キリアはくすくすと笑う。
「何言ってるかわからないなぁ~ん?」
 憤りを隠さぬ声色で、空牙は叫びながら異装旋棍【銃鬼】を振り上げた。
「……せめて自分で懸けた命に見合った在り方しろよエインヘリアル!」
「っぐ、あああああ!」
 キリアがハンマーに叩き飛ばされる。ミリムは、その様子に胸が痛まないでもないが、もう理解していた。そして、恐らく。本当のキリアの声が心に蘇ったのだから――。
 ふらつく足を奮い立たせ、体勢を立て直し、キリアはミリムに肉迫する。
「――死ね」
「っ……!」
 振り下ろされた斧。急所への直撃を何とか免れたが、ミリムの髪の一房が千切れて宙を舞い、その腕から血が噴き出す。
「ぅ……」
「あっはははは!」
 無邪気にも思える笑いは、狂気に満ちる。
「ミリム!」
 駆け寄ったナザクが、その刀に食わせた魂をミリムに分け与える。
「あり、がと……」
「お前がしたいように。したい事をすればいい、ミリム」
 そっと、背を支えてそう言うと、ミリムはしっかりと頷いた。踏み込んだキリアが、再度ミリムに襲い掛かろうと斧を振り上げる。
「させるか!」
 フォーネリアスが、その身を持ってミリムを庇う。大きな盾が、みしみしと音を立てて斧を受け止めた。衝撃に、腕が、脚が、痺れる。
「伊達でこんな大盾使ってる訳じゃないのよ!」
 キリアを睨みつけて、フォーネリアスはそう言い放つ。騎士の名にかけて、守る、と。
「っ、ぶっ潰してやらぁぁああぁっ!!」
 荒々しく、無鉄砲とも見えるような飛び掛かり方で翔がキリアに突っ込んでいく。けれど、繰り出されるのは達人の一撃。確実に抉るような一撃に、足止めが効いていたキリアは逃げることも叶わず悲鳴を上げた。
「あとはあんたが!」
 いつもは人の事を『あんた』などとは呼ばない翔が、声をはりあげてミリムに攻撃を促す。キリアは地に伏したまま、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返していた。
「『強さ』なんて人それぞれだろ。今のミリムの『強さ』……存分に見せつけてやれ」
 空牙はミリムを安心させるように優しく笑う。
「心配する事なんて何もねぇってな」
「私の騎士道は……」
 私。ミリムは、自分の事をそう呼称した。千梨は、なんだかんだで二年ほどの付き合いの彼女が『ボク』という一人称を使わなかったことに内心驚きながら、その続きの言葉を待つ。
「自分自身が信じられる強さを持ち、強さを振るえる勇気を持ち、仲間を信頼できる、人々の為に勇気が出せる……そんな思いやりを持つことです!」
 夜江と千梨は、ふと視線を合わせて柔らかく笑んだ。
(「……まあ、ボクであれ私であれミリムはミリム、何も変わらんよ」)
 背は支えるから思い切り行ってきな。千梨はミリムの背に思いを投げる。
「覚悟はいいですか」
 ミリムは、その拳を握りこんだ。父に、そして生前のキリアに教わったこの技で、終わらせる。光輝を纏った拳が、キリアの身体を抉るように打ちこまれた。
「う、あ、ああああっ」
 その光はまばゆく、眼が眩むほど。
「……終わりです!」
 その光が止んだ時、重力の楔を打ち込まれたキリアの姿は無かった。ミリムは、ほうと長く息を吐く。――終わったのだ、と。


 フォーネリアスは労いの言葉をかけると、ぽつりと零した。
「何より、戦いに勝つ事が大事なのよ。自分が勝つ事ではなく、自軍が勝つ事。負けたら誰も守れないからね」
 それが、私の騎士道だ、と。
「お疲れ様」
 淡雪がそっとミリムの肩を支える。
「過去にどんなことがあって今ここにいるのかは、私はよくわかりませんけど……とりあえずミリム様が泣き続けると料理が失敗して……被害受ける人沢山出るのよねぇ」
 悪戯っぽく笑うと、ミリムは苦笑を返す。翔もなにか慰めの言葉をかけたくて、近づいたけれどなにも気の利いた言葉が浮かばず、もごもごと口ごもる。
「えと……あの、……今日は、お店のお手伝い……しますね」
「うん。ありがとう!」
 気丈に振る舞う。そこへ、
「お疲れさんな」
 空牙が、ポンポンとミリムの頭を軽く撫でた。
「空牙」
 うん、と優しく頷いた空牙に、緊張の糸が切れる。少しだけ切なげに笑ったミリムに、空牙は優しく諭すように語りかけた。
「……誰かのために泣けるなら、それは立派な『強さ』だぜ?」
 だから、今は泣いても良いのだ。ミリムは、弱気な顔を見せないように少し俯く。その頬を伝ったものを見たのは、空牙だけか。とん、と背を軽く叩く。
「腹減っちまった。飯食ってこうぜ?」
「ん、うん! そうだね」
 みんな来てくれてありがとうね、とミリムは笑う。それは、強くなるために。誰かを守るために力を振るう勇気、思いやりの心。己の騎士道を、貫くために。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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