●空中庭園
大型連休の中日、どこか街自体が浮足立って見えるような陽気。
ここは大阪。
爆殖核爆砕戦の結果、ケルベロス達の活躍によりユグドラシルの成長は最低限に留められはしたが――。
未だ、この地にデウスエクスの巣窟が眠っている事は事実である。
しかし人々はたくましく、街から喧騒が絶えることは無い。
駅前を行き交う人々の雑踏の中。
商業ビル街にふうわりと漂った花粉の様な物が、太陽の光に煌いた。
「あれ、何?」
「え?」
歩道橋を行く女が真横の商業ビルの合間の緑、――空中庭園を見上げる。
視線の先には、重なる緑葉の間から覗く白色の花弁が一斉に咲き出す光景。
見る間に空中庭園を飲み込むほどの勢いで緑が歪に膨れ上がり、白い花がひしめいて行く。
瞬間、弾けるように根が一瞬でビル壁に広がった。
その根はブチブチと音を立てて、覆った壁を刳りながら波打ち。
「……!」
木々がざわめく。
音にならぬ轟きで空気を震わせた緑は、根を蠢かせて壁を降り始めた。
肌が粟立つほどの殺気と、見目にそぐわぬ甘い香りはまるで夢の様だ。
呆然と見ていた女は踵を返し、駆け出すが――。
一瞬遅れて、溢れる朱色。
引き絞り千切られたその首がゴロンと床を転がり、その死体には見向きする事もなく蔦触手がべたんと床を這った。
「! ……!」
「た、助け……っ」
慌てて逃げようとした通行人の一人が、甘い香りに眩んだ様に足を縺れさせて転び。
5体の攻性植物は、その声に号令を与えられたかの様に音にならぬ音を漏らし、次なる獲物へと飛びかかった。
●口無し
「よう、集まったな。ンじゃ、早速だが仕事の話だ」
レプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は片目を瞑ると、左手の上に資料を展開した。
「最近続いている事件の続報ってトコロかな。……先の戦争の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物が大阪市内で活発に事件を起こしてる話はもう耳に入っているかもしれねェが……」
攻性植物達の狙いは恐らく、事件を多数起こす事で一般人を避難させ、拠点を拡大させようとしているのであろうとレプスは語り、立体映像を地図に切り替えた。
地図には多数の赤丸が記されており、レプスはそのうちの一つを指さす。
「で、今回はこの駅前で事件が発生すると言う予知が出たんだ」
駅前商業ビルの空中庭園に植えられたクチナシの樹が、謎の胞子の様な物によって5体の攻性植物と化して人々を襲う。
確かに大規模な侵攻では無いが、このまま攻性植物達の侵攻を放っておけばゲート破壊成功率もじわじわと下がって行くだろう。
「事件を完全に防いだ上で、どこかで反撃してやりたい所だなァ」
「ん、レプスさん、質問。この攻性植物達は人を取り込んだりは、しないの?」
紙の資料を読み込んでいた新条・あかり(点灯夫・e04291)が小さく手を挙げ、林檎色の髪を揺らして首を傾いだ。
「そうだなァ、一般人を見つけたら殺そうとだけするようだ」
「そっか、ならしっかり倒さなきゃだね」
「おう、今回は先の避難もできそうだったんでな。駅前のビル前なんて場所だが……人払いに関しては気にする事も無く大暴れしてきて貰うぞぅ」
攻性植物達は人を見つけると襲って来るが、別行動をする事無く固まって動くようだ。
戦い始めれば逃走する事も無く、ただ目の前の敵を殲滅せんとする。
「ま、そういう訳で逃がす心配は無いだろうが――、数の多さは怖い所だ。並んで植わっていたクチナシだからかは知らねェが、連携はバッチリみたいだしな。十分に気をつけてくれよな」
「うん。敵はポジションで言えば、クラッシャーばかりなんだね」
資料を更に捲るあかり。
攻撃に特化した彼らは、その甘い香りで動きを止め、根で攻撃を仕掛けると記載されている。
「おー、特にリーダーが居る訳でも無さそうでな。皆同じ様な強さで、それこそ死ぬまで立ち向かってくるぞ」
「追う手間が無くて良いね」
「何よりだなァ」
あかりの言葉にカラカラとレプスが笑い、掌の上の地図を閉じた。
「発生場所はビルの途中階に広がる空中庭園だ。上手くおびき寄せれば空中庭園で戦う事もできるが、最初は普段は人が多く利用している斜向い……、斜め下と言うか……、ビルの横に設置されている歩道橋に向かおうとする様だし、発生した瞬間に移動されちまったら移動が大変だろうしな、歩道橋で待ち構えても良いかもなァ」
「どのみちどこで戦うにしても、敵は逃げはしないんだよね」
「戦闘場所とかその辺は新条クン達のほうが現場慣れしてるだろうしな、お任せするぞ」
あかりに頷いて見せたレプスは、改めてケルベロス達に向き直り。
「っつー訳で、今日もお前達には世界の平和を守って貰うぞ。頼んだぞ、ケルベロスクン達」
信頼の色を瞳に宿らせて、ウィンクをして見せた。
参加者 | |
---|---|
ティアン・バ(祝福呪う・e00040) |
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651) |
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127) |
新条・あかり(点灯夫・e04291) |
円谷・円(デッドリバイバル・e07301) |
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206) |
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432) |
九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360) |
●
青い空の元、ビルも空を覆い尽くさんばかりに狂い咲く白い花。
膨れ上がった緑の葉は生い茂り。壁に広がった歪な根が、壁を刳り削る。
「ひぇー、多いなぁ」
歩道橋の上で待ち受けているケルベロス達の眼前で蠢き出した、パニック映画の始まりそのモノの様な光景。
「でもまぁ、数の上では負けてないし、こっちの連携力を見せつけてあげるの!」
興味深げにソレを見上げる円谷・円(デッドリバイバル・e07301)が呟き、ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)が帽子を押さえて、肩を竦めた。
「Cape jasmineか……、咲いた花を手折らねばならないとは、難儀なものだ」
瞬間、広がったのは甘い甘い植物の香り。
「せめてしっかりと仕事をこなそうか」
ジゼルが言い、ケルベロスチェインに手をかけた。
手すりの上に座り込んで、ふわふわの毛を風に遊ばせていたウイングキャットの蓬莱が、翼いっぱいに風を孕ませて警戒を示す。
加護の風。
円が大きく翼を広げると、魔力が渦巻く。
「――冥月よ、勇ましき心を我らに!」
突如。青空の元、巨大な月が空に浮かび上がり、『夜の支配者』は朗々と告げる。
それは戦いの火蓋を切る月の祝福。
破滅の加護をもたらす極光だ。
攻性植物達は壁材ごと根を引き剥がし、ケルベロス達へと向かってその身を空へと乗り出す。
「人を取り込まないで襲ってくる攻性植物って、珍しいね」
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が首を傾ぎ、瞳を閉じた。
「だが、それなら全力で戦えるというもの」
九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360)は、その白い髪を靡かせて天斬と名付けられたガジェットを構えた。
「雷光団第一級戦鬼、九十九屋・幻だ。手合わせ願うよ!」
「貫いて注ぎ込みたいのかな? イイよ、いっぱい相手シテあげる」
降り落ちてくるクチナシに向かい、プランは艶っぽく瞳を細めて囁く」
肢体が、表情が、容貌が、声色が、仕草が、香りが、言の葉が、吐息が。
可憐に、煽情的に、華麗に、淫靡に。可愛かった、美しかった、愛おしく、攻性植物の感覚を狂わせるプランの姿。
「なんでもしていいよ」
プランが蜂蜜みたいな言葉をこぼして、蠱惑的に笑む。
目がある訳でも無い、声が聞こえている訳でも無い。
ただ、何かの本能が刺激されたのだ。
攻性植物達は触手で壁を叩き、落下先をプランへと変え――。
●
殺到する触手。
「そう簡単に通すと思うかい?」
「やらせはしないさ!」
鎖が加護の陣を描く。
ガードをあげて、プランと攻性植物の間に割りいったジゼル。
ジゼルの背後から飛び出した幻が、赤い稲妻を纏い敵を薙ぎ払う!
歩道橋の床に、ビル壁に。
強かに叩きつけられ花弁を揺らす攻性植物達。
壁に叩きつけられた攻性植物は、根を一瞬でその場に張り巡らせその場に自らを何とか縫い止める。
「あまい匂いの、おまえは、ねえ、花言葉のようにしあわせ?」
灰の髪がどこか送り火めいて揺れた。
舞う様に跳ね、いつの間にか壁にへりついた攻性植物の上に立ったティアン・バ(祝福呪う・e00040)は問う。
大きく広げた『ゆびさき』。
ティアンの為にカスタマイズされた巨大な腕型の祭壇は、その先になみなみとグラビティを湛えている。
「意のままに動けるようになって、共に戦える仲間だっていて」
問う語気は吐息と溶けた。
ただうまれたままの草花で、いきものである事が。すこし、今のこの場所ではきっとむずかしい。
答える口も無い攻性植物へと光弾をゼロ距離で叩き込んだティアンは、空中を蹴って宙で一回転すると手すりの上に齧りついて制動をかけた。
元はただの花であった筈なのだ。
彼がくれた花の様に、人を襲う事等無かった筈なのだ。
ただ、自らの選べなかった根付いた先がココであっただけなのだ。
少しだけ長い耳を倒した新条・あかり(点灯夫・e04291)の回りを渦巻く、ひやりと冷たい風。
「あなた達の花言葉は『喜びを運ぶ』、だっけ」
確かめる様に、金色の瞳の奥に感情を揺らして呟くあかり。
「連携なら僕たちケルベロスの方が上手だってこと、見せてあげる」
召喚された氷河期の精霊が、吹雪と化して白い花を凍えさせ。
霜の落ちたクチナシはぶるると一度身体を震わせた。
そして宙を裂くような破裂音を響かせると、絡み合い槍状と化した触手をレスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)に向かって一直線に突き出す。
竜の骨から生み出された巨大な剣をガードにあげたレスターへ、怒涛の勢いで触手が叩き込まれ。精悍な身体が歩道橋の上を跳ねた。
「っ!」
全身のバネを弾ませて。
一気に間合いを詰めたあかりは、レスターが壁に叩き込まれる前に自らの身体をクッションと化して受け止めた。
衝撃。柵がへしゃげ、削れたアスファルトはガリガリと身を削る。
隙間から滑り落ちる寸前のあかりの身体を、レスターは片手で持ち上げて立たせ。
「助かった。……奴らも縄張りを広げようと必死だな」
「……決して死を運ばせるわけにはいかないね」
「ああ、大阪が丸ごと植物園にならねえうちに根ごと焼き払っておくか」
地獄の銀炎が豪と燃える。
改めて骸を構えたレスターは翼を大きく広げ、静かに静かに飛んだ。
音も風も置いていかれたかの様に、疾き白刃は閑と波立てぬ水面の如く一閃を描き。
レスターはたった今自らを突いた触手ごと、攻性植物を真っ二つに斬り伏せる。
「では、雑草駆除と洒落込みましょうか」
加護の光が溢れる中、倒すべき敵を倒すべきものと褪めた翠色の瞳がただ映す。
仲間を一体倒された事も気にした様子も無く左右から、葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)へと襲い掛かる触手。
オルンが杖を叩きつけて触手を弾くと、触手は尚も絡め取らんと触手を奔らせて追撃を重ねる。
追撃に表情を変える事無く、踏み潰す様に蹴り上げ。逆方向から迫った触手を足場に、オルンは宙返りする形でダイバックステップを踏む。
「雑草はしつこいモノですが、あなた達もそうなのですね。しっかりと駆除しておきましょう」
容赦は必要は無い。
迅速に殲滅を、一人の脱落者も無く無事に戦いを終える事を。
瞳を細め、オルンはライトニングロッドを構え直す。
●
敵の動きは、仲間が倒れようとも大きく変わる事は無い。
真っ向から飛び込んできた触手を巨大な刃で引きつけ。
絡め取られた刃を床に突き立てると柄を踏んで跳ねて、リボルバーを放つレスター。
腕を絡め取らんとする根を噛み、引き剥がしながらバックステップ。
高揚感。沸き立つ血を、闘争心を、感じる。
「レスター、右」
「ああ」
ティアンの声。
レスターが横に踏んだ瞬間。刃に似た葉が幾つも爆ぜ、歩道橋を割り裂いた。
気づいてはいた、しかし全て叩き潰せば良い、と思ってしまっていた。
白い少女を一瞬目で追ったレスターは自らを戒める様に、回りを見渡してから細く息を吐く。
戦う事に飲まれるな、己を忘れるな、回りを見ろ。
床に突き立てた剣を引き抜くと、レスターは得物を構え――。
「プラン、きてるよ」
ゆびさきで葉を叩き抑え込んだティアンは、鉄柱を足場に戦場を見渡して更に言葉を重ねる。
「うん。……ねえ、強引に捕らえて貫いて中に毒を注ぎ込むなんてってえっちだね。いっぱい出すのかな?」
プランは豊満な身体を艶っぽく跳ねて葉の大部分を避けるが、ソレでも避けれぬ刃をプランは甘んじて受け。
傷つく事も厭わず白い腿で、分厚い花弁を挟み込んだ。
「踏んであげる、悦んでいいよ」
翼を大きく広げて風を巻き込むと、プランの血がぱっと散る。
腿で挟み込んだ花弁を、捻る様に勢いを付けると。身を捻り切られながら、攻性植物の身が浮いた。
勢いで敵を跳ね浮かせながら。前転飛びの要領で床に両手を付いたプランは、全身の体重を籠めて攻性植物をそのまま蹴り飛ばす。
「わ、ナイスボールだねぇ」
まっすぐにかっ飛んできた敵に、ファミリアロッドを構えた円はのんびりと零し。
ぐるりと魔力の星を散らして、円を描いた。
円の中心に生まれた燃え盛る炎の玉へと杖を振ると、攻性植物が燃え上がり。悶えながら足場の無い空中へとバランスを崩して落ちて行くか。
「君の、首は、どこ?」
光る呪文で構成された刃が、ティアンの足元を飾る。
落下を始めた攻性植物の上に、一瞬で移動したティアンの刃は深々と身を貫きティアンごと落ちて行く。
衝撃にアスファルトに派手なヒビが刻み込まれる。
重力と体重を籠めた一撃は、人のおらぬスクランブル交差点まで達して敵の息の根を止めた。
「くひひっ、小細工は無用だ、殴り合おうじゃないかッ!」
八重歯を見せて笑う幻は、掌の中でガジェットを組み替え。鋼鞭と化した得物で一度床を叩いて変な笑い方をした。
戦いを前にするとオウガと言う種族は、どうも闘争本能が沸き立ってしまう様だ。
全力で戦える素晴らしい機会に感謝をしよう。
風を切って鞭が撓り、踏み込んだ幻は遠心力を載せて鞭を振り抜く。
「攻性植物を見るとプラブータでの最後の戦いを思い出すなあ! アレはとても、熱かったッ!」
高揚した声。
バキバキと枝と葉を裂き、攻撃に藻掻く様に幾つもの触手が幻へと飛び込んでくる。
しかし、幻は気にした様子も無く鋼鞭を更に振るう。
「おっと、危ないですよ」
「なぁに、オルン君がいれば安心さッ!」
この星に来てから他の者達と比べれば日の浅い彼女が、ケルベロスとしての練度の問題で、周囲に比べると敵に狙われがちである事は否定は出来ない。
――彼女がオウガである事を考えれば、すぐに追いつくのかもしれないが。
「……そうですか」
仲間の幻の薙ぐ鞭を飛び避けつつ。
オルンは幻へと手早く魔術切開による癒やしを与えると、彼女の頭に掌を付いてぽーんと鞭の範囲外へと飛び。
残ったのは鞭に刎ねられて、ごろごろと転がって行く攻性植物達だ。
「ジゼルさん」
「ああ」
アイコンタクト。悟ったあかりとジゼルは同時に地を踏んで、駆ける。
攻性植物達はただ転がった訳では無い。残った3体の攻性植物達の狙いは、3方向からの狙い撃ちだ。
大きく身体を震わせた攻性植物は、幻へ向けて一斉に槍めいた触手を吐き出し――。
「おおっ!?」
「にゃっ」
小さく鳴いた蓬莱は空中で大きく羽根を広げて、体当たりをブチかます事で無理やり矛先をずらし。
「大丈夫? 幻さん」
「簡単に通すと思うかい、と先程も言ったかな。Cape jasmine?」
幻を中心に、背中合わせ。
あかりとジゼルは得物を掲げた体勢で、植物の槍を受け止め首を傾ぐ。
「ああ、もちろん!」
小気味よい返事に、赤と桃の髪が揺れ。
「Cumulonimbus……起動」
ジゼルの杖先から紫電が弾け、感電に焦げる匂いが辺りを満たす。
あかりよりグラビティが溢れ、色鮮やかな花弁と形を変え――。
「――本当は知ってるんでしょう?」
あなたのその願いが、敵わないってこと。
降り注ぐアネモネの雨の中。
あかりの問う声は、倒れ伏せ行く攻性植物に尋ねる様であった。
●
足場が荒れ、割れた歩道橋に残る巨大なクチナシの怪物は1体。
「最後だ」
「ああ」
ティアンの声と共に放たれる一条の閃光、レスターは合わせ銀炎を燃やす。
踏み込むのにはあまりに不安定な足場。敢えて一度外へと飛び出したレスターは、ビル壁に齧りついて制動を駆けて大きく跳ねた。
巨大な竜骨の刃が振りかぶられ、炎を散らして敵を破砕すべく叩き込まれ。重ねてプランが甘くウィンクを一つ、黒い魔力弾を放つ。
「イイ夢魅せてあげるね」
「くひひ!」
レスターの振り下ろした巨大な刃を足場として、飛んできた幻は再び変な笑い声を漏らし。
「コレが――今の私の全力全霊の一撃だッ!」
両手の拳を硬く握りしめ。叩きつけると共に金色の角で貫いた!
「では、お終いのようですね」
鉄柱を真横に一瞬歩いてから。
強引に蹴り上げて勢いを生み出したのはオルンだ。
「寄越してください、その存在を」
ライトニングロッドを攻性植物の花先に突きつけ――。
「死人に口なし。あなた達の事は、無かったことにしてあげるの」
冷気と同時に生まれた円の炎弾。
炎と冷気が大きな破裂音を響かせ、攻性植物を内部から破壊する。
ぶわ、と一瞬大きく膨らんだクチナシは、声も無くぶすぶすと燻ったような匂いを立ててその場に倒れ伏した。
もう動く事の無くなった敵。
「口が無けりゃ叫べもしねえか。……黙って散るなら丁度いい、それこそ死者の礼儀ってもんだ」
一瞥したレスターは武器を納め、肩を竦めた。
ビルも、歩道橋も、道路も、ケルベロス達も。どこもかしこも無事とは言えない状況だ。
皆の服を叩いてクリーニングしてくれたプランに、アリガトと円はお礼をひとつ。
「随分と荒らしちゃったなぁー」
見渡して呟いた円の肩に、蓬莱がやれやれと不遜な態度で降り立った。
オルンが自分が話しかけられたのか? と一瞬不思議そうな顔をしてから頷き。
「そうですね」
オルンの黒い尾が揺れる。
「ああ、少し大変そうだが……片付けが終えたら次いでだ、医師としての職務にも勤しむとしようかな」
円の横に立ったジゼルも頷き、帽子を被り直した。
封鎖により迷惑を被った事は勿論だが、大阪は未だ戦地の中で人々が住んでいる様な状況だ。
メディカルチェックを行う事は、きっと住人たちにも喜ばれるだろう。
ビルを見上げていたあかりは、カバンに手を伸ばし中から数本の苗を取り出した。
「僕は、新しいクチナシの苗を植えに行きたいな」
喜びを運べず攻性植物と化してしまった彼らの代わりに、今度こそは喜びを運んで欲しい、と思うから。
「ならば、私も手伝おうか」
「うん、ありがとう」
幻が手を上げ、あかりが頷いた。
「おれが植えると枯らしちまうからな、おれは見学でいい」
「なら、こちらを手伝うといい」
ティアンに引っ張られて行くレスターの背を見ながら、プランはスマートフォンを取り出し。
「じゃあ、私は封鎖を解いてもらえるように連絡をしようかな」
「うん、ありがとう。レプスさんによろしくね」
伝え、あかりは幻と空中庭園へと。
ケルベロス達のヒールは、すぐに街の姿を幻想的に変えて復旧させるであろう。
ひら、と白い花弁が舞った。
崩れた攻性植物の花弁を、しゃがんで一枚拾い上げたティアンは頭の中でもう一度問いかける。
おまえは、ねえ、花言葉のようにしあわせ?
「……それでも、ティアンは、とても、しあわせ」
だって、そうでなきゃ、嘘だ。
「ティアン。終わったぞ」
「おや」
ティアンは立ち上がり、レスターの後ろを歩き行く。
暫くすると、この場所にも再び人が溢れ出すのであろう。
そうやって、世界は回っているのだから。
空中庭園で、植えられたばかりのクチナシの若木が揺れていた。
作者:絲上ゆいこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年5月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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