死せる旅路のエトランゼ

作者:秋月きり

「本当はさぁ。面倒臭いんだよ」
 突然語り始めた男に、アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は眉を顰め、しかし、それでも男に向き直る。
「……どちら様ですか? 貴方?」
 彼の発する当然の疑問に返事は無かった。
 代わりに返って来たのは、
「デウスエクスだから死にゃしねぇ。ってことは働く必要が無いんだよ。いざとなったらコギトエルゴスムになって冬眠しちゃえばいいんだし」
「――?!」
 男の言葉にアルシエルは咄嗟に身構え、しかし、男はそんな彼を気にも留めず、言葉を続ける。
「だから知りたいんだよ。定命化の何が良かったのか、とか、『生きる』って面倒臭くねーの? ってな」
 そして男は本を開く。同時に宙に浮かび上がる文字はアルシエルの知らない文字で、だが、それが禍々しい物である事だけは理解出来た。
「さぁ。その答えをこの『案内人』レナートに教えてくれよ。ヴァルキュリア。その答えによっちゃ、苦しまずに殺してやるぜ」
「俺は――」
 答える義理など在る筈がない。だが、それでもアルシエルは言葉を紡いでしまう。
 彼が紡いだ言葉。それは――。

「アルシエルが死神の襲撃を受ける。そのような予知を見た」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の言葉にグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は表情を強張らせる。
 昨今、様々なデウスエクスがケルベロス達を襲撃している事は誰しもが知る事だ。そこに宿る縁に唸らざる得なかった。
「死神の名はレナート。案内人、との二つ名を自称しているらしい」
 襲撃を伝えるべく、アルシエルに連絡を取ろうとしたがどうにも連絡が付かなかったらしい。
 元部下の安否に表情を曇らせるザイフリート王子に、グリゼルダがこくりと頷く。
「王子。安心して下さい。未だ予知の段階である以上、アルシエルは無事です。そして私たちがいます!」
 彼の優しさは痛い程理解出来た。故にグリゼルダは断言する。痛ましい未来など、現実にさせない、と。
「頼んだぞ」
 頼もしい表情を浮かべる戦乙女に、ザイフリートは「うむ」と表情を輝かせる。
「レナートの能力は何と言うか、精神に働きかけるもののようだ」
 死神が使用する怨霊弾の他、同士討ちを誘ったり、怠惰さを表に出す能力を有するようだ。おそらくそれは、彼の在り様に関係しているのだろう。
「部下等、共に行動する者はおらず単独行動。だが、能力は低い訳ではない為、油断だけはしないで欲しい」
「判りました」
 グリゼルダの返答に満足げな表情を浮かべたザイフリート王子はヘリポートに集ったケルベロス達へ、激励を送る。
「是非とも諸君らの力でアルシエルを救い、死神、レナートを撃破して欲しい」
 その言葉を受け、ケルベロス達はザイフリート王子のヘリオンへ向かうのだった。


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)
ノル・キサラギ(銀花・e01639)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
安海・藤子(道化は嘲笑う・e36211)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)

■リプレイ

●死神問答
「知りたいんだよ。定命化の何が良かったのか? とか、『生きる』って面倒臭くねーの? とか」
 それが死神の問いだった。軽薄に、真摯とも言い難く、そして戯れを行っていると、その目は語っていた。
 『案内人』レナート。それが目の前に立つデウスエクス――死神の名前だ。自身がまだデウスエクスだった頃、数度だけ邂逅した事のある相手はしかし、その縁を何処まで覚えているのだろうか。
 アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は得物であるリボルバー銃を引き抜くと呼吸を整える。敵はデウスエクス1体。問題ない。数度だけとは言え対峙した事のある相手だ。やる事は変わらない。
(「問題は……」)
 視界に広がる戦場――繁華街の路地裏だった――を把握しながら、彼は内心で独白する。
(「俺が、定命化したって事か」)
 不死者たるデウスエクスから定命者である人間への転換。それがヴァルキュリア達の辿った道でだった。アルシエルも例外ではない。
 そこにはレベルダウンによる弱体化と、そして定命者である以上逆らえない摂理、死の危険性と言う問題があった。
「答えて欲しいか? だったら答えてやるよ、俺は……」
 死神は胡乱な目でアルシエルを見詰めている。口元に浮かぶ薄い笑みは、アルシエルが使用した地形把握のグラビティを敢えて見過ごしたと告げる余裕の現れか。
「『負け犬』にはなりたくねぇ!」
 咆哮と共に吐きだされた銃弾が死神の肩を貫く。その瞬間、死神の瞳に宿ったのは好奇心だった。
「意味が分からないな。今のお前――ただの人間に為り下がったその姿こそが負け犬と思うがな!」
 零れる血をそのままに、レナートもまた、詠唱を紡ぐ。空中に浮かび上がる文字はアルシエルの足に絡みつき、それを縛る枷と化した。
 だが、その一撃を受けてもアルシエルの闘志は萎える事はない。当然だ。彼の生きる理由が負け犬――敗北してもコギトエルゴスムとして冬眠し、逃げるだけの存在――への忌避感であるならば、死の瞬間まで闘志が挫ける事はない。
 この足はまだ動く。この手はまだ戦える。この瞳はまだ生きる意志を宿している!
「――ははっ。御大層な事だ。ならばヴァルキュリア。死神の俺がお前に与えてやるよ。死って奴をな!」
 レナートの言葉への返事はなかった。その代わりとばかりに朱の鳥と化した弾丸だけが不死者の身体に突き刺さっていた。
「で、てめーは襲ってくるからには返り討ちにされる覚悟はあるんだろうな?」
 死が刻印されるのは定命者だけではない。ケルベロスたるアルシエルもまた、不死者に死を刻印する事が出来るのだ。それが地獄の番犬に備わった牙――重力の楔の力であった。
「強がりを言うなよ、定命種――下等種族が!」
 死神とヴァルキュリア。2者の会話が路地裏に響き渡る。

「アルシエル!」
 2人だけの逢瀬はしかし、突如響いた呼びかけによって終わりを告げる。
「……ちっ。お仲間か」
 レナートの舌打ちで全てを理解した。
(「つまり、俺への襲撃はヘリオライダーが予知していて、救出に数人が派遣されたと言う事だろう」)
 先の声の主は恐らく、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)だ。凜々しいような困ったような表情を思い出して浮かぶ感情は、自分でも意外なほど苛立ちの色がなかった。
(「1人が当然だったのにな」)
 孤独に戦い続けた。エインヘリアルを、襲撃してくるデウスエクスを、何もかもを敵と認定し、戦っていた。
 その過去を鑑みれば、今の自分に湧き上がる感情は理解し難く、だが、不快な物でもなかった。
「はんっ。群れる事を覚えたようだな」
 レナートの挑発に自然に笑みが零れる。
「猟犬ってのはな、チームワークで敵を狩るんだよ」
 お集う仲間達もそのつもりだろう。
「黙れ、ただの犬に堕ちた存在が!」
「問答を始めたのはあんただろう? 死神?」
 銃弾と文字の交差する中、やがて複数の足音が2人の下に訪れる。それはアルシエルにとっては福音で、レナートにとっては災厄であった。

●死せる旅路のエトランゼ
「猫! グリゼルダ!」
 ケルベロスチェインで魔法陣を描く玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)の鋭い声に従い、彼のサーヴァントである猫、そしてグリゼルダのヒールグラビティがアルシエルに飛ぶ。
「すまんな。待たせた」
「あ、いや、その……」
 陣内の短い謝罪に零れた台詞は、礼でも感謝でもなく、意味を成さない言葉の羅列だった。
 アルシエルの傷は3重に重ねられた治癒によって全快していた。その意味では、彼らの言葉は正しくない。アルシエルとレナートの攻防は振り出しに戻ったわけなのだから。
 それでも、アルシエルの反応は芳しくなかった。仲間達に向ける言葉も視線もぶっきらぼうで、そこに感謝の言葉が乗る隙間などなかった。
 古の頃より孤独に戦い続けていた少年が、今、駆け付けた仲間達に抱く感情はまさしく――。
「ふふ、まったく素直じゃない可愛い子だね。ほら、まだ立てるでしょ?」
 オウガ粒子を放出する安海・藤子(道化は嘲笑う・e36211)の笑みに、うっと顔を歪める。
「うるさい」
 短い言葉は今しがた、彼の抱く感情の証左でもあった。
 要するに彼は、照れていたのだ。不愛想な台詞も、ぶっきらぼうな視線も、その表れだった。
(「言えるか、そんな事」)
 流星煌く蹴りを放つノル・キサラギ(銀花・e01639)の姿も、藤子に小型兵の補助を付与する鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)の姿も何から何までが眩しく、そしてそれを見詰める事はとても気恥ずかしかった。
「遅くなってごめんね、レラジェさん。ここから巻き返そう!」
「……削る」
 彼ら2人の友人らしき花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)の竜砲弾も、ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)の飛び蹴りも、先の攻撃と同じく、レナートの足を梳り、機動力を削いでいく。
「助けに来ました」
 淡々とした台詞はファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)から紡がれていた。同胞による冷静沈着、淡々とした物言いの台詞と共にオウガ粒子を散布する姿は、むしろ頼もしい。
 そして援軍は彼らだけではなかった。
「大丈夫ですか?」
 駆け付けたユウマが、グレッグが、そしてイッパイアッテナとユルが心配そうな顔でアルシエルの表情を伺っている。是非など答えようもない。ただ、零れそうになる笑みと、朱に染まりそうになる顔を抑えるのに必死だった。
「はははは。物好きが集まりやがって」
 対するレナートは理解し難いと嘲笑を浮かべる。彼の知りうる限り、アルシエルは孤独だった筈だ。彼の下にこれ程まで――13人のケルベロスと3体のサーヴァントが助太刀に来る道理など、在る筈がない。
 そうだ。飽くまであれは異邦人。交わる事の出来ない存在だ。なのに、何故――。
「たく、面倒臭ぇなぁ」
 その真意は何処にあるのか。
 愚痴にも似た台詞と共に、レナートは力ある文字を浮かび上がらせる。
「……とは言え、組織仕えの悲しさって奴だ。本当は1体だけで良かったんだがな。てめぇらのグラビティ・チェインを組織へ献上させて貰う事にするさ」
 13人分の良質なグラビティ・チェインならば数年はサボっていられる筈だ。
 多少前向きに思える台詞は何処か投げやりで、しかし、そこに潜む殺意だけは本物だった。

●答えは何処に
 レナートを襲う洗礼は、スナイパーの加護を纏った3者――ディディエ、颯音、ノルによる流星蹴り、そして竜砲弾だった。持ち前の身軽さで回避を試みるも、彼らが纏う加護の前にそれは叶わず、血がしぶき、足を止める結果となる。
「ちまちまと、ちまちまとウザえな!」
 攻撃力より確実性を求めたケルベロス達の攻撃に、怨霊の弾丸を放ち応戦する。如何に強靭な敵であれ、打ち砕く筈の怨念はしかし。
「フレイヤ」
 ファルゼンの呼び声に応え、サーヴァントのボクスドラゴンがその身を盾にと受け止める。ディフェンダーの加護、そして属性の相性も相俟って、小さな竜体が受けた傷は期待ほどの大きなものではない。
「そっちは任せたぞ、グリゼルダ!」
「はい! フレイヤさん!」
 防御に回った郁、そしてファルゼンへ光の盾を施す陣内の命は、グリゼルダへと向けられた。応じる戦乙女の緊急手術は、フレイヤの受けた呪的損傷を回復していく。
 その隙間を縫って放たれた郁の一撃はしかし。
「まだ不十分か」
 皮一枚のみを切り裂く結果になった己が得物の柄を見詰める。
(「流石に高レベルキャスターって事か」)
 だが、その身体には幾重にもバッドステータスが蓄積している。崩御の時はそう遠くない筈だ。
「暗き影、その刃は獲物を捕らえるってね」
 藤子の影刃はレナートの足を切り裂き、幾重の傷を更に深い物へと変えていく。自身へ積み重ねられる悪しき付与へ、苛立ち混じりの舌打ちが死神から零れた。
「……そこな死神」
 静かな言葉はディディエから発せられた。穏やかに、緩やかに、しかし、彼の言葉は耳朶を強く打つ。
「『生きる』ことを問うたそうだな? 生きるとは己が生に責任を持ち、日々精進する中、生を享けた者ならではの様々な出来事を体験し、そして考え歩む事だ」
「はんっ。やはり生きるってのは面倒臭ぇ――」
 返答は唾棄と共に紡がれる。レナートにとってそれは満足のいく答えではなかったようだ。
 そうだろう、とディディエは頷く。人々を餌としか見ていないデウスエクスに、自分達の想いが理解出来る事だと思っていない。
「さて、我らの答えは示した。案内人とやら。……この際だ、冥府の底まで案内して貰おうか」
「やだね。――お前らはただの餌だ」
 欠伸混じりに叩き付けた怨霊弾は、割って入った颯音のボクスドラゴン、ロゼによって阻まれる。
 光り輝く花を己に付与するサーヴァントへ感謝の言葉を述べる主が零した物は、何処となく憐憫混じりの溜め息だった。
「死の恐ろしさを知らぬ者に死の重みを扱う資格等ありはしない」
 穏やかな表情の青年はしかし、強い決意を以て剣を紡ぐ。
「命を弄ぶ者に報いを……疾く牙を剥け、竜の剣よ!」
 呼び覚まされた幾多の刃――護法の剣は礫の如くレナートに突き刺さる。無数の刃に蹂躙される様子は、むしろ、牙で砕かれるが如きだった。
 有り体に言えば、それは、怒りだった。命を弄ぶ死神に対し、颯音が向けた感情は憤怒だったのだ。
「ま、そう言う事だよね」
 救国の聖女のエネルギー体を纏うユルは嘆息混じりに言葉を発する。
「生きる意味なんて分からないし、生きる理由だって人それぞれさ」
 誰かを守ろうと番犬になる生き様も。デウスエクス憎しと猟犬になる生き様も。誰かの為に生きるのも、己の為に生きるのも、誰しもが何かの為に生きている。
「でもね、どうにもならないことに対しても諦めずに抗おうとする。今日よりも明日を少しでも良くしようとする。其が生きるってことなんじゃないかな?」
 元デウスエクスの少女の独白に、是と頷くのはグレッグとイッパイアッテナ、そしてグリゼルダだった。地球人から見れば異種族である彼らはしかし、自分達の生き様を肯定している。
 苦しい事も楽しい事も辛い事も嬉しい事も、それを感じるのは生きているからこそ、ならば。
「生きているからこそ、自分らは足掻きます!」
 ユウマが施す治癒のオーラは、その体現でもあった。それを浴びた陣内はにぃっと笑みを浮かべる。
「俺達は生きている。生きる事を選んだ。ただ、『死なない』だけのてめぇとは違う」
 それが定命種の誇り。不死者達から見れば如何に脆弱で矮小で、それでも彼らを凌駕する強さがあるとするならば、それこそが生きている、と言う事だった。
「……嗤ったな! 犬畜生如きが!」
 誇りを貴ぶ笑みを嘲笑と捉えたのか。それとも下等種族と蔑んだ定命種達の輝きに耐え切れなくなったのか。
 レナートの怒気はしかし、レプリカントの青年が纏う紫電槍によって遮られる結果となった。
「コードXF-10、魔術拡張。転換完了、ターゲットロック。天雷を纏え!」
 死神を見据えたノルは轟雷を以て終局を告げる。そして、彼の詠唱の下、極限まで圧搾した雷撃が咆哮した。
「悪いけど、アルシエルは渡せないよ。――雷弾結界」
(「……大事な、戦友だから」)
 その想いは死神に、そして戦友に届いただろうか。
「お、おおおおおっ」
 紫電に貫かれ、身体を焼かれる死神の苦悶へ追い打ちが走る。
 悪しき縁を切り裂く為、アルシエルによって召喚された燃え盛る翼を纏った霊鳥は、守護者の名を抱いていた。
「南方より来たれ、朱雀。――生きるって意味が知りたいなら、生まれ直してこい……バーカ」
 嘴が、爪が、そして炎がレナートの身体を切り裂き、焼き尽くしていく。
 後に残ったのは消し炭の如く、漆黒に染まったデウスエクスの姿だった。
「――けっ。……まぁ、これで、面倒事からも、解放される……」
 負け惜しみのような台詞を残し、『案内人』レナートの身体はさらさらと崩れていく。やがて一陣の風が、粒子と化した全てを吹き飛ばしていった。

●ここが安寧の地
「ったく、お前も面倒臭いんだよ」
 レナートの消滅後、アルシエルがいの一番に零したのは、むしろ愚痴だった。唾棄の台詞の後、その口はへの字で結ばれてしまう。
 むず痒いような、悲しいような。虚無感とも喪失感とも違う何かは、説明しづらい感情だった。
「無事で何よりだわ」
 そんな彼の頭をくしゃりと何かが撫で上げる。
 見れば面を着けなおしたであろう藤子が口元だけで笑っていた。
 普段なら跳ね除ける筈の手はしかし、今は黙って受け入れる事にする。激しい戦闘後だ。その気力がなかった――と言う事にしておいた。
「それもつけてくれてありがとね」
「……」
 彼女が指しているのは、アルシエルが付けた水晶のブレスレットだった。
 幸運を意味するそのお守りの効能で助かった、と言うつもりはない。だからそれを感謝する事はかど違いだと思う。自分がデウスエクスに殺されなかった事は、ひとえに――。
「アルシエル!」
 思考は突如の体当たりで掻き消される。
 ノルと郁によるものだった。
「無事でよかった! 本当に無事でよかった!!」
「それと、悔いのない戦いとなったなら良かったけれど……」
 子供のようなノルの声と、おもんぱかる郁の言葉に、抗議の声は掻き消えてしまう。思いっきり零れた空気によって遮られた、と言うのもあったが。
「状態は如何か?」
 そんな2人を見守るように颯音は背後から優しい視線を紡ぎ、ディディエは片手を伸ばし、アルシエルの安否を気遣う。
「……ヒールを施したら帰ろう」
 皆を促すファルゼンの声に、彼女のサーヴァントが短い声で鳴いて応じる。
「……あー、その、ありがとう、な」
「どういたしまして」
 誰も聞き取れないくらいの小さな呟きは、しかし、陣内には通じなかったようだ。バツの悪い表情を浮かべるアルシエルにくっくっくと豹頭の青年は楽しげに笑っていた。
「――アルシエル」
「……うっさい」
 翡翠の瞳が向ける真意は測る事が出来なかった。それ故、思わず零れた悪態に、しかし、グリゼルダはくすりと笑って言葉を続ける。
「時期に王子がヘリオンでやって来ます。いろいろとありますが……帰りましょう」
「当然だろう」
 その言葉はぶっきらぼうに。
 だけれど、温かく響いた。
「――俺の帰る場所はそこなんだから、な」

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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