可愛いは? 美しいは?

作者:麻香水娜

『小さな子供や子犬に子猫……可愛い!! 正義!!』
 ツインテールにフリルの沢山ついた服に身を包む、羽毛だらけの女性が力説する。
『そして! 可愛いは作れる! 可愛くなる為に研究を重ねる……その努力や素晴らしい! 正義だ!!』
 周囲に集まった人々は、羽毛だらけの異様な姿が全く気にならないらしく、その言葉に頷いていた。
『しかし! 美しいの罪! 美しいを作ったところで罪でしかない。美しいと称えられ、賞を与えられる芸術品……称えられなかった芸術品はどうだ? 作者は努力しなかったのか? そんな事はない! 美しさなど作らなくていい!!』
 可愛いのは正義だが、美しいのは罪だと、激しく主張する。
『罪は可愛く更生させてやるのだ!』
 
「月白・灯(オラトリオのミュージックファイター・e13999)さんが調査して下さったのですが、ビルシャナ大菩薩から飛び去った光の影響で、悟りを開きビルシャナになってしまう人間が出ました」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が、口を開く。
 ビルシャナ化した人間は、自分の考えを布教して、配下を増やそうとしているそうだ。
 ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力があり、ほうっておくと一般人は配下になってしまう。配下化を阻止するには、主張を覆す強いインパクトが必要らしい。
「配下になってしまうと、ビルシャナが撃破されるまでサーヴァントのような扱いになります」
 ビルシャナさえ倒せば元に戻るので、救出は可能だが、配下が多くなれば、それだけ戦闘で不利になるでしょう、と続けた。
「場所は、営業時間の終了したショッピングセンターで、女性に人気のある可愛い雑貨店の前です」
 その雑貨店店長がビルシャナ化したのだそうだ。
 周囲には従業員や、同じショッピングセンター内で働く他店舗の従業員、総勢10名。
「このビルシャナが使うグラビティですが――」
 孔雀の形の炎を放ち【炎】効果のある単体攻撃、理解不能な経文を唱え【催眠】をかけてくる単体攻撃、破壊の光を放つ【プレッシャー】効果のある列攻撃をしてくる。
「また、配下になってしまった方は、非常に弱いのですが、ビルシャナを庇ったり、軽いダメージを与えたり、少しだけ回復させたりします。一般人相手では戦いにくいかと思いますし……」
 ですから、できる限り配下化を阻止した方が戦いやすいでしょう、と続けた。
「ビルシャナとなってしまった方を救う事はできませんが、これ以上被害を大きくする前に、是非撃破して下さい」


参加者
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)
アルトゥーロ・リゲルトーラス(エスコルピオン・e00937)
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
浅川・恭介(本の角乱用者・e01367)
伊上・流(虚構・e03819)
ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)
霞・澄香(桜色の鎧装騎兵・e12264)
月白・灯(オラトリオのミュージックファイター・e13999)

■リプレイ

●美しいは罪ではない
 入り口を破壊して突入したケルベロス達は、目的であるビルシャナの姿を探す。ほどなくして、人だかりができ、その中心にビルシャナを見つけた。
「可愛いは時として作れます。可愛くなるため努力している方々もいます」
 浅川・恭介(本の角乱用者・e01367)が人だかりに向かって静かに言葉を紡ぐ。その言葉に、一般人だけではなく、ビルシャナまでもが頷いた。
「ですが、可愛いは本当に正義なのでしょうか?」
『正義に決まっている!』
 恭介の問い掛けに、ビルシャナが声高に叫ぶ。
「とりあえず『カワイイ』と言えば、周りへの印象が良くなると考える人もいます。円滑な交流の為に仕方なく言う人もいるでしょう。皆さんにもそういった経験があるのでは?」
 その言葉に、ざわつく信者達。特に、1人の男性には思い当たるふしがあるようで、考え込んでいた。
『円滑な交流! その為の『可愛い』は正義じゃないか!』
 ビルシャナの言葉に、考え込んでいた男性は、正義だな、とビルシャナの言葉に呑まれてしまう。
 そういう事ではないんですが、と正論が通じない事に、恭介は落胆した。
「可愛いのは良い事です。それは私も思います。ですが、可愛くて、なおかつ美しいものもあるのです。可愛いと美しいは共存できるのですよ」
 ざわついた場がビルシャナの一喝で静かになったところに、月白・灯(オラトリオのミュージックファイター・e13999)の声が響いた。
「その証拠……今は可愛い白兎ですが、見て下さい」
 灯は、白兎を胸の前に抱える。白くてふわふわの白兎。可愛い生き物。それをファミリアロッドの状態に変えた。
「見て下さい、このフォルム、美しいじゃないですかー」
 ロッドの先端部分は、優美な曲線で白兎モチーフになっている。兎の可愛らしさに優美な曲線、まさに『可愛い』と『美しい』の共存だ。
「可愛い中に美しいがある……美しいは罪じゃない?」
 1人の女性が小首を傾げる。すると、ビルシャナの異形に気付いたようで、顔を引き攣らせて腰を抜かしてしまった。
「可愛いだって美しいだって等しく努力で作られるものでしょ? 確かに可愛いものは良いけどぉ、美しいものだってこんなに素晴らしいのよぉ」
 美しく着飾ったペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)が、パーフェクトボディを使いながらモデルのように歩き、くるりとターン。最後に流し目で微笑んだ。
「お……」
 どこか虚ろげだった1人の男性の目がハートに変わり、ふらふらとペトラの方へ歩いていく。すると、すかさず恭介が男性の手を引き、その場から離れるよう誘導した。灯も、腰を抜かしている女性に手を貸して立ち上がらせると、恭介と共に誘導する。
「残り8人やな……」
 ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)が、ぽつりと呟いた。

●美しいものと可愛いもの
「可愛い可愛い言うけど、お前らほんまに可愛いだけでええと思うとるなら、これを読んでみィ!!」
 ガドは手作り感漂う小冊子をビルシャナと残った信者8人に無理矢理押し付ける。その中身は、綺麗な絵柄で人気上昇中のコミックスを、ストーリーはそのままに、優美なキャラを可愛くデフォルメして描いたものだった。
「……何これ。感動するシーンもギャグみたいで面白くない」
「何かちんまりしてるね……ストーリーが良くてもコレじゃ……」
 すると、10代後半の女性がつまらなそうに呟き、10代後半の男性が残念そうに眉をしかめた。
「どや! 可愛さだけで面白いものは作れんやろ! 美しさと可愛さの絶妙なバランスが、本当に素敵な作品を生み出すんや!」
 ガドは、ペンだこだらけの手で、ぐっと力説する。すると、口を開いた2人の信者が、はっとした顔でビルシャナの異形に気付き、その場から逃げ出した。
「機能美とか自然の美もあるぞ。グランドキャニオンの雄大な美しさも『更生』させられるのかい?」
 美しいものへの敵意が激しい事から、美に劣等感を抱いていた人間ではないかと予想したアルトゥーロ・リゲルトーラス(エスコルピオン・e00937)が、口を開く。
『可愛い花や可愛い小動物がその風景に入る事により、可愛いファンタジーな風景になるではないか! より素晴らしい風景になる!』
 信者が4人も離れていって不機嫌になりつつあるビルシャナは、声高に主張した。その言葉の説得力に、残った信者達は頷く。
「美は一つの価値だ。ささくれた心を感動で癒し、明日への力にしてくれる。ただの可愛さではそこまでいかないんだよ」
『可愛いものを見て心が癒されれば、明日への力になる!』
 アルトゥーロは更に言葉を続けたが、それもビルシャナに即反論されてしまった。
「確かに可愛いは正義、愛でるべきものだ。しかし、美しいは罪だとは思わない!」
 そこへ、ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)が、金色の前髪をかき上げ、美しさを見せ付けるように前に進み出る。
「君たちは、心の美しさや美徳の精神といったものまで罪と言えるのかい? 否、言えないはずだ。そう、美しきも又素晴らしい! 身も心も美しい、この僕のようにね!」
 ジャンがビシっとポーズを決めると、その背景に薔薇が舞った。
「おお!?」
「うわ! リアルに薔薇背負ってる!」
「すごーい! 漫画の王子様みたーい!」
 リアルに舞う薔薇に度肝を抜かれた3人の信者の瞳が正気に戻る。そして、ビルシャナの異形に気付き、3名とも逃げ出した。
「可愛いは正義! うむ。コレは認めよう」
 今まで全く目立たなかった伊上・流(虚構・e03819)が、隠密気流を解除して注目を集める。先程、ジャンの背後に薔薇を飛ばしていたのは、この流なのである。隠密気流で影ながらジャンの説得の補助をしていたのだ。
「だが、美しいは罪! コレは駄目だ! 見下し侮蔑するその醜い嫉妬心こそ一番の罪……衝動に駆られ愚弄するなど言語道断!」
 流は熱く勢いだけで言い切る。
『嫉妬心を抱かせる事の方が罪なのである!』
 一気に3人も信者を奪われたビルシャナは、流の勢いを消す勢いで叫んだ。これ以上信者を取られてたまるかと。
「美というものがあるから優劣をつけられるのでありましょう。確かにその通りです」
『そうだ!』
 霞・澄香(桜色の鎧装騎兵・e12264)は、ビルシャナを肯定する。その言葉にビルシャナが強く同意した。
「私は、この子たちが健気で可愛いと思うであります」
 そして、片目を閉じると、アイズフォンで掌に毛虫や蜘蛛の拡大画像を立体投影で浮かべる。
『なっ……!』
 ビルシャナが顔を引き攣らせると、残った3人の信者達も顔を背けた。
「ですが、人によっては可愛くないと虐げられ疎まれる。可愛いという人が作った概念があるから。そうは、思いませんか? そこに罪は無いと、本当に言えますか?」
 澄香は、掌に立体投影を出したまま問いかける。
 気持ち悪い、蜘蛛だけは駄目なんだ、何処が可愛いんだ、残っていた3人の信者は口々に言いながら、その場から逃げていった。
『……己……おのれーー!!』 
 全ての信者を失ったビルシャナは怒りに羽毛を撒き散らす。そして、10人すべてを目覚めさせる事ができたケルベロス達が会心の笑みで笑いあった。

●何が罪?
 すぐに笑みを消し、真剣な眼差しになって戦闘態勢に入るケルベロス達。
「さ、お仕置きの時間だぞ、ビルシャナ」
「だいたいアナタ、羽毛だらけであんまり可愛くないのよぉ!」
 アルトゥーロが制圧射撃で足元を狙うと、動きが鈍ったその隙に、ペトラが叫びながらズタズタラッシュでビルシャナの羽毛を撒き散らす。更に羽毛を剥ぎ取られた部分に、流が達人の一撃を放った。
 澄香は、前衛であるアルトゥーロと流、そして自分に紙兵を散布して守護をさせる。
『可愛いものは可愛い、しかし、美しいものは罪なのである!!』
 立て続けに攻撃を受けたビルシャナは、眩い閃光をペトラ、恭介、灯、ジャンの後衛4人に放つ。4人はその光に目元を覆い、ダメージに顔を歪めた。
「美しいのが罪なんやない! お前の偏った価値観の押し付けが罪なんや!」
 ガドが叫び、マインドスラッシャーを飛ばしながら、更にビルシャナの羽毛を薄くしていく。
「届いて、みんなに」
 灯が全身全霊で歌う。黄金に輝く翼と優しい歌声は、先程4人が受けた攻撃の傷を癒した。
 ビルシャナの光で目にダメージが強く、このままでは攻撃が当てられない、と危惧していた恭介は、メディックである灯の歌声で視界もはっきりする。
「わ す れ ろ !!」
 逃げるビルシャナを追いかけながら、本の角でひたすらビルシャナの頭を殴り続けた。
「高貴に、公明正大に、そしてきらびやかに!」
 ジャンは、トランプ5枚でポーカー最強の役を顔の前に翳すと、そのカードを――否、自分自身を煌かせ、ビルシャナに精神ダメージを与える。
「せめて最期は美しく散れや」
「我、全てに破滅を与える者なり。――全部持って行きなさぁいッ!」
 アルトゥーロが必中の一撃で毒を撃ち込んだ。そして、ペトラが右手の甲に口づけ、桃色の魔法陣を浮かばせた右手でビルシャナに直接触れる。すると、直接流し込まれた魔力は爆発して、強力なダメージとなった。
『くぅ……! 可愛いは正義なのだー!!』
 今までのダメージに加え、更に2人の攻撃でふらつくビルシャナは、孔雀の形の炎をペトラに向けて放つ。ペトラが身構えた瞬間、流がペトラの前に立ち、その炎に包まれた。
「はぁああああああ!」
 攻撃を放った一瞬の隙をついた澄香が、左腕の武装に取り付けられているブースターを吹かして敵にとっかんし、勢いで殴りつける。更に、至近で銃撃を打ち込んだ。
『ぎゃーーーーーーー!!』
 その猛攻に、断末魔の叫びを上げたビルシャナは、そのまま動かなくなった。

●勝者の笑顔
「たまには、戦い以外のことで頑張るのもええもんやな」
「本は読むのが好きですけど、作るお手伝いも楽しかったです」
 手にペンだこだらけにして説得の為の本を作ったガドが笑うと、その手伝いをした恭介も笑顔になる。
「君のお陰で、よりインパクトのある説得が出来たよ。ありがとう!」
 3人の信者を目覚めさせる事に成功したジャンは、補助をしてくれた流に握手を求めた。
「はは、あれだけの薔薇を持つのも滅多にないことだから、楽しませてもらったよ」
 流はジャンの手を固く握る。
 突入時に壊したシャッターを直しながら、『可愛い』と『美しい』について、笑いながら話す8人の顔は、勝利に輝いていた――。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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