ヘルフラワー

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
「お友達になってあげます!」
 ある日の朝、華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)はアパートの庭先で見知らぬ少女に声をかけれた。
 いや、正確には『少女』ではない。少女の姿をした攻性植物だ。暗い紫色の肌をした体のそこかしこに花や葉や蔦が付いている。花は紫陽花。
 そして、『見知らぬ』という部分も少しばかり怪しかった。
 彼女の外見は灯にどことなく似ていたのだから。
「な、なんですか、貴方は?」
「私はハイド・ストレンジャー! 『ハイドストレンジア』と呼んでください!」
 愕然とする灯にそう名乗り、少女は先程と同じ言葉を繰り返した。
「お友達になってあげます!」
「はぁ?」
「『はぁ?』じゃないでしょう。こういう時は感謝を示すのが最低限の礼儀というものですよ」
「なんで感謝しなくちゃいけないんですか!? 私、攻性植物のお友達なんかになるつもりはありません!」
「あー、はいはい。人間たちが言うところの『とぅんでーれ』とかいう反応ですね。本当は嬉しくてたまらないのに、わざとつれない振りをしているんでしょう?」
「違います!」
「いいえ、違いません。今日から貴方は私のお友達です。というわけで――」
 ハイドストレンジアはにっこり笑った。
「――死んじゃってくださーい!」
「はぁ?」
「だから、『はぁ?』じゃないでしょう。さっさと死んで、私にグラビティ・チェインをわけてください」
「お断りです!」
「お友達のお願いがきけないんですか? なんて、わがままな人なのかしら!」
「わがままなのは貴方でしょう!」
「いいえ、そっちです! そんなことも自覚できないなんて、おバカにも程がありますね!」
「バカって言うほうがバカなんですぅ!」
「バカって言うほうがバカって言うほうがバァ~カ!」
「バカって言うほうがバカって言うほうがバカって言うほうが……」
 ハイテンションかつローレベルなやりとりをする二人の頭上ではウイングキャットのシアことアナスタシアが滞空していた。ハイドストレンジアが叫べば、そちらに目をやり、主人の灯が叫び返せば、そちらに目をやり、またハイドストレンジアが叫べば、そちらに……と、左右に首を振り続けている。
 その虚しい反復運動が二十回ほど繰り返されたところで――、
「もう! これ以上、貴方なんかと言い合っていても埒が明きません!」
 ――灯が舌戦を打ち切り、肉弾戦の始まりを宣言した。
「えんじぇりっくな私が華麗に退治してあげます!」

●ザイフリートかく語りき
「人間に擬態するタイプの攻性植物がまた出現した」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちにヘリオライダーのザイフリートがそう告げた。
「擬態といっても、人間でないことは一目で判るがな。元は紫陽花の攻性植物であるらしく、『ハイドストレンジア』と名乗っている」
 ザイフリートの予知によると、ハイドストレンジアは一人のケルベロスに接触するらしい。
 そのケルベロスは華輪・灯。なぜか連絡が繋がらないため、彼女に警戒を促すことはできない。しかし、ヘリオンで急行すれば、ハイドストレンジアとの戦闘が始まる前に合流できるだろう。
「ハイドストレンジアの外見や声は灯に似ている。おまけに物言いもな。とはいえ、それは薄っぺらい表層的な模倣だ。本物の灯は『お友達』なるものの命を求めたりしない」
 そもそも、本人が求めるまでもない。真の『お友達』ならば、自らの命を顧みることなく窮地に駆けつけるだろう。
「ケルベロスの絆のなんたるかを教えてやろうではないか。猿真似しかできぬ攻性植物にな」
『お友達』たちを引き連れて、ザイフリートはヘリオンに向かった。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
フィナンシェ・ネバーラスト(無陽の天光・e15296)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)

■リプレイ

●おともだちがいっぱい!
「えんじぇりっくな私が華麗に退治してあげます!」
 カリン荘の庭でオラトリオの華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)が身構えた。
 しかし、彼女を模倣している紫陽花の攻性植物ハイドストレンジア(以下、HS)にはその雄姿は見えなかっただろう。
 両者の間に土煙が巻き起こったのだから。
 ケルベロスたちがヘリオンから降下したことによって。
 土煙が晴れると、そのうちの一人――鉄塊剣を地面に叩きつける形で着地したサキュバスの旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)がゆらりと立ち上がり、振り返って灯に笑顔を見せた。
「間に合ったようですね」
「ありがとうございます!」
 と、竜華たちに礼を述べたのは灯……ではなく、HSだ。
「感激です! こんなに沢山のお友達が来てくれるなんて! 私に命を捧げるために!」
「捧げるわけないでしょう」
 馬の獣人型ウェアライダーのエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)がそう返して、体の前で両腕を交差させた。
「会ったばかりの人を勝手にお友達に認定した挙げ句、命を求めるなんて、礼儀知らずにもほどがありますわよ」
 腕から『ニコニ光線(スマイリングレイフォース)』が放たれ、HSに命中した。
 その残光が消えぬうちに間合いを詰めたのはレプリカントのジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)。
「礼儀というか、常識を知らないよね。本当の友達っていうのはなにかを奪ったりしないのよ!」
 掌底にグラビティを集めて、HSに叩き込む。殴打系の技のように見えるが、実は魔法だ。『魔法(物理)』というストレートな名称がその証拠。
「人聞きの悪いことを言わないでください! お友達が自主的に捧げてくれるなら、私はなにも奪ったりしま……ああっ!?」
 HSの身勝手な言葉が悲鳴に変わった。八岐に分かれたケルベロスチェイン『竜縛鎖・百華大蛇』が絡みつき、猟犬縛鎖で締め上げたのだ。
「それにしても――」
 鎖の操り手である竜華がHSをしげしげと眺めた。
「――双子の姉妹だけあって、灯様にそっくりですねえ」
「いえ、双子じゃないですから!」
 と、灯が慌てて否定した。
「そう、あれは双子ではなく、灯おねえをお友達詐欺にひっかけようとしているそっくりさんなのじゃ」
 今度はドワーフのウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)がおかしなことを言い出した。
「あたしたちが着くのがもう少し遅かったら、灯おねえは騙されてハンコを押しておったに違いない!」
 叫びとともに放たれた技はスターゲイザー。
 それを受けたHSもまた叫び返した。
「私が欲しいのは命だけです! ハンコなんかいりませーん!」
 いや、彼女が返したのは叫びだけではない。ダメージと催眠効果を有する奇妙な芳香を全身から放射した。標的はケルベロスの前衛陣。
 しかし、シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)がゾディアックソードを素早く一閃させて――、
「『お友達』の手本を見せてさしあげましょう」
 ――スターサンクチュアリで仲間の傷を癒すと同時に異常耐性を付与した。
 癒し手にして守り手は他にもいた。
 ヒールドローンを展開している人派ドラゴニアンのカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)だ。
「僕ががっつり守りますから、心置きなく殴ってきてください!」
「私も守りますよ!」
 カルナに続いて灯に声をかけながら、イッパイアッテナ・ルドルフが黄金の果実の光を前衛陣に浴びせた。
「ありがとうございます!」
 灯が妖精弓を引き、ハートクエイクアローをHSに突き立てた。『催眠には催眠を』というわけだ。
 カリン荘の住人であるシャドウエルフのフィナンシェ・ネバーラスト(無陽の天光・e15296)も催眠のグラビティを行使した。こちらは桜花剣舞。しかし、能力が敏捷に偏っていることもあり、いとも簡単に躱された。
「どうして、私を攻撃するんですか! どうして、素直に死んでくれないんですか! 礼儀や常識を知らないのは貴方たちのほうですよー!」
 攻撃を回避できたことに気を良くすることもなく、HSは不条理な怒りを爆発させた。
 それを無視して、竜華がブレイズクラッシュを叩きつけ、ウィゼがレゾナンスグリードで包み込む。
「一つ判らないことがあります。あの敵は――」
 追撃のタイミングを伺いつつ、灯が首をひねった。
「――いったい、どこに潜んでいたのでしょう?」
「いや、どこもなにも……」
 フィナンシェが呆れ顔をして見回した。
 鬱蒼たるカリン荘の庭を。
 この光景だけを切り取って見ると、とても日本とは思えない。
「ちょっとしたジャングルですね」
 シィラがフィナンシェと同じように視線を一巡させて、静かに感想を述べた。
「どっかのテレビ局に『庭の草ぜんぶ刈る』って番組を企画してもらうべきだな」
 そう言って、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が『紅瞳覚醒』の演奏を始めた。

●おともだちはしんぱい!
「本当に灯にそっくりじゃねえか。こいつぁ、おもしれえや。だが、中身のほうは――」
 楽しそうに笑いながら、尾方・広喜が紙兵を散布した。
「――ぜっんぜん似てないよな。灯、ぶちかましてやれ!」
「はい!」
 紙兵が舞い散る中、チェーンソー剣を手にした灯が疾走し、ズタズタラッシュでHSを攻撃した。
 その刃が離れる間もなく、別のチェーンソー剣が振り下ろされる。エニーケの『ベアグルント』だ。
「他者に成りかわろうとする輩にロクな奴はいませんわね」
「しかも、ちっとも上手く成りかわれてない」
 エニーケに続いて、ジェミが簒奪者の鎌で斬りつけた。
「広喜さんの言うとおり、内面が違い過ぎるわ。可愛くて優しい笑顔を皆に向けることができる灯さんとは!」
「なにを言ってるんですか!? 私の笑顔も優しくて可愛いですよー! ほーら、にこにこにこにこー!」
 怒号を発して笑顔をつくるという器用な真似をするHSから緑の線が伸びた。先端部が槍のように尖った蔦だ。
 その標的が灯であることを見て取り、アウラ・シーノが素早く動いた。
「そうはいきません!」
 アウラの手から放たれたのは、敵の攻撃を防ぐための秘密兵器。
 ドーナツである。
 もちろん、ただのドーナツではない。
 苺チョコでデコレートされた極上の逸品だ。
「灯さんを模倣している以上、ハイドストレンジアも美味しいドーナツを無視することはできないはず!」
 と、バトル漫画の登場人物さながらにアウラが説明的な台詞を述べた直後――、
「いただきまーす!」
 ――獲物が跳躍し、空中でドーナツを受け止めた。
 アウラの計算通りの展開だ。
 その『獲物』が本物の灯であることを除けば。
「灯さんのドーナツ愛を甘く見ていました……」
 がくりと膝をつくアウラ。
 彼女が敗北感に打ちのめされている間に灯は華麗に着地し、木の実を無心にかじるリスを思わせる仕草でドーナツを頬張り始めた。
 そこにHSの蔦が迫り来る……が、無防備な灯がダメージを受けることはなかった。
 カルナが灯の前に立ち、自分の身を盾にしたのだ。ただの盾で終わることなく、妖精弓で反撃することも忘れていない。
「さすがですね!」
 ハートクエイクアローに肩を抉られながら、HSが賞賛の言葉を投げかけた。
 カルナではなく、彼の背後の灯(まだドーナツをもぐもぐしていた)に向かって。
「見事なドーナツキャッチでした!」
「感心するポイントがおかしくないですか?」
 と、脱力気味にツッコミをいれるカルナを無視して、HSは更に声を張り上げた。
「だけど、姉より優れた妹などいりませーん!」
「いや、双子ネタに乗っかってこなくていいですから」
 と、再びツッコミをいれるカルナを押しのけるようにして、灯(ドーナツは食べ終わった)が前に出た。
「ちゃっかりお姉ちゃんにならないでください! むしろ、私が優等生ポジションのお姉ちゃんで、そっちが出来の悪い妹でしょう!」
「いいえ、私がお姉ちゃんです!」
「私こそがお姉ちゃんです!」
「私がお姉ちゃんなんです!」
「私ですぅーっ!」
 最初に出会った時と同じように灯とHSはハイテンションかつローレベルな舌戦を始めた。
 ウイングキャットのアナスタシアもその時と同じように灯に目をやり、HSに目をやり、灯に目をやり、HSに目をやり……と、虚しい反復運動を始めた。
 更に別のウイングキャットがアナスタシアに並び、同じ動きを始めた。
 そして、そのウイングキャットの主であるウェアライダーの玉榮・陣内も同じ動きを始めた。
「そういうところはやっぱり猫だね……」
 ぽつりと呟いたのは、陣内と同じくネコ系ウェアライダーの比嘉・アガサ。
 だが、かく言う彼女もいつの間にやら首を右へ、左へ、右へ、左へ……嗚呼、悲しき猫の習性。
「私です!」
「私ですよー!」
「私ですってば!」
「わっ! たっ! しっ!」
 二人と二体で構成された猫カルテットの視線を交互に受けながら、非生産的な言葉の応酬を続ける灯とHS。
 その様子をドミニク・ジェナーがカリン荘の屋根から見下ろしていた。
「しっかし、よう似とるのぉ」
 と、呆れ半分感心半分といった顔で呟いた後、同じく屋根にいる仲間たちに問いかける。
「とはいえ、普通に見分けは付くよな?」
「うっス! もちろんスよ!」
 と、元気よく頷いたのはハチ・ファーヴニル。
「当然です!」
 ドミニクの恋人のエルトベーレ・スプリンガーも頷いた。
「ちょっとばかり外見が似ているからといって、私が見誤るはずないじゃないですか! 親友の灯ちゃんを!」
 エルトベーレは勢いよく腕を振り下ろし、眼下の『親友の灯ちゃん』を指さした。
「いや、ベーレ……」
 と、気まずそうな顔でハチが指摘した。
「あれは灯じゃなくて、ハイなんちゃらのほうじゃねっスか? どこからどう見ても紫色だし……」
「あららー?」
「『あららー』じゃねえじゃろが」
 首を傾げるエルトベーレの横でドミニクが溜息をついた。もう、呆れ半分感心半分ではない。呆れが百パーセントを占めている。
 もう一人、溜息をついた者がいた。
 シグリット・グレイスだ。
 膝をついたままのアウラ、首を傾げているエルトベーレ、催眠にかかったわけでもないのに意図的に(どういう『意図』なのかさっぱり判らないが)灯の敵のように振る舞っている妹のオルネラ・グレイスたちをシグリットは冷ややかな眼差しで見回した。
「……ここには馬鹿しかいないのか?」
(「いや、少なくとも私はバカではない」)
 と、頭上から聞こえてきたシグリットの独白にフィナンシェが心中で反駁した。
(「たとえなにがあっても、私は惑わされない。メザシが真の敵へと導いてくれるのだから」)
 今朝、フィナンシェの部屋から朝食のメザシが消えた。その事実から彼女は『誰かがメザシを盗み食いしたのだ』と推察し(なるほど)、『しかし、アカリがそんなはしたないことをするわけがない』と推論し(そうだろうか?)、『ならば、ハイドストレンジアの仕業に違いない』と推理し(なぜ、そうなる?)、『よって、ハイドストレンジアはメザシの匂いを漂わせているはずだ』という結論に至ったのである(……なにも言うまい)。
 灯と言い合っているHSに肉迫し、フィナンシェは自信を込めて斬霊刀を振り下ろしたが――、
「……む!?」
 ――斬撃が命中したにもかかわらず、訝しげに眉をひそめた。
 HSがメザシの匂いを発していないからだ。
 にもかかわらず、戦場にはメザシの匂いが微かに漂っている。
「では、誰がメザシを食べたのだ?」
 フィナンシェは鼻をひくつかせながら、ぐるりと視線を巡らせた。
 そして、匂いの発生源を見つけた。
 アナスタシアだ。
「……」
 無言でアナスタシアを凝視するフィナンシェ。
 哀れなウイングキャットはそれに気付くと、首を左右に振るのをやめて決まり悪げに前足で顔を洗い始めた。

●おともだちとかんぱい!
 戦闘が進むに連れて、皆の珍奇な行動に拍車がかかった。
 HSのグラビティがもたらした催眠のせいだ。
「さあ、これを飲め! 飲むのじゃー!」
「ちょ……やめてください!」
「なにぃ!? お友達が真心こめてつくった薬が飲めぬというのかぁー!」
 ウィゼは怪しげな劇薬『エリクドトキシン』をHSに飲ませていた。毒物で敵を攻撃している……わけではなく、催眠の効果でHSを味方と思い込み、ヒールしているのである。敵に毒を与えるかのようなテンションでありながら、本人は味方に薬を与えているつもりであり、敵のほうは強引な飲ませ方と薬の不味さに苦しみながらもしっかり回復しているというカオスな世界。
「これが鍛錬の賜物よぉーっ!」
 カオス化に歯止めをかけるべく、ジェミが自らの腹筋を誇示した。歯止めどころか加速したような気がしないでもないが、ジェミ自身の催眠はどこかに吹き飛んだ。今の咆哮はシャウトだったのだから。
「おまえら、ちょっとは根性を見せろ! 催眠にかけられたくらいで仲間を攻撃してんじゃねぇー!」
 ヴァオは珍しく真面目な顔をして、仲間たちを叱咤していた。
 彼は確かに仲間を攻撃していない。その代わり、自分自身に向かって竜爪撃を打ち込もうとしている(幸か不幸か、命中率があまりにも低すぎるために無傷だったが)。しかも、それを自覚していなかった。
「なんだか凄いことになってますね……」
 シィラがテディベアを手にして『Broadway(カッサイハジュウセイデ)』のステップを踏み、ウィゼの催眠を消し去った(ポジション効果によって、『Broadway』にはキュアが伴っていた)。
「そうですね」
 と、カルナが頷いた。
「でも、どんなに強い催眠にかけられても、僕は灯さんと敵を見間違えたりしません……って、あれ? 灯さん、いつの間にか頭の花が紫陽花に変わってますよ」
「思いっきり間違ってるじゃないですかー! 私は灯じゃなくてハイドストレンジアですよーだ!」
 催眠状態のカルナを嘲笑しながら、HSは攻撃した。
 ヴァオと同様に自分自身を。
 そう、彼女もまたハートクエイクアローの催眠に狂わされているのだ。
「誰も彼もが混乱しているな。惑わされずにいるのは――」
 フィナンシェが斬霊斬を繰り出した。
「――アカリと毎日のように顔を会わせている私だけか」
「きゃーっ!?」
 と、斬霊刀に斬り裂かれて悲鳴をあげたのは『毎日のように顔を会わせている』はずの灯だった。
 しかし、彼女は痛みを堪え、HSに向かって無理に笑ってみせた。
「で、でも、これくらいはへっちゃらです! 私たちには友情パワーがあるから、仲間同士で殴りあったり、斬りあったり、蹴りあったりしても大丈夫なんでーす!」
『へっちゃら』というのは大袈裟だが、確かにダメージは半減していた。ただし、友情パワーではなく、防具が斬撃耐性を有していたおかげだが。
「ゆ、友情パワー!?」
 と、灯の言葉を真に受けて驚愕するHS。
 その姿がいきなり砲煙に覆われた。
 エニーケがアームドフォート『ヒルフェンファイア』のフォートレスキャノンを発射したのだ。
「外面を真似ることしかできない貴方には永遠に理解できないでしょう。絆のなんたるかは!」
 砲弾と咆哮をぶつけながら、エニーケは思い出していた。
 かつて倒したデウスエクスのことを。
 自分の母に擬態していたダモクレスのことを。
 砲弾を撃ち尽くした時、彼女は無意識のうちに先程と同じ呟きを漏らしていた。
「他者に成りかわろうとする輩にロクな奴はいませんわね」
「そうかもしれませんね……」
 エニーケの独白に曖昧な言葉を返して、シィラが走り出した。
 進行方向の先で砲煙が晴れ、HSの姿が再び現れる。
 シィラの中で、『他者に成りかわろうとする輩』であるところのその攻性植物が別の存在に重なった。
 自意識が希薄なため、周囲の表層を真似て感情表現をしている少女――シィラ自身だ。
「本当にお友達のお手本が必要なのは私なのかもしれませんね」
 自分にしか聞こえない声で述懐して、達人の一撃の蹴りを放つ。
 フェアリーブーツの『Operetta』がHSの首に叩き込まれた。
 だが、HSは倒れなかった。いや、倒れることができなかった。炎を纏った八本の鎖がそこかしから伸びてきて彼女の体を刺し貫き、動きを封じたからだ。
「炎の華で彩ってさしあげます!」
 鎖を放った竜華がHSの懐に飛び込み、鉄塊剣で抉り抜いた。
 そして、『大蛇・狂華炎月(オロチ・キョウカエンゲツ)』なるそのグラビティで相手の体が燃え上がるのを見届けると――、
「灯様、とどめを!」
 ――鉄塊剣を引き抜き、飛び退った。
 彼女の声に応じて灯がHSに向かって突き進み、すれ違いざまに一撃を叩き込んだ。『終宴幻刀(ウタゲハオワリ)』によって光を宿したチェーンソー剣で。
 灯の足が止まった。
 同時に光が消えた。
 灯が振り返った。
 同時にHSが倒れ伏した。

「皆さん、ありがとうございました!」
 助けに来てくれた仲間たちに灯は改めて感謝の言葉を述べた。
「お礼にお茶を振る舞わせていただきたいので、部屋に寄っていかれませんか? とっておきの羊羹もありますよ。えへへへへ」
 今の灯の表情こそ、ジェミが言うところの『可愛くて優しい笑顔』だった。
 どんなデウスエクスにも模倣することはできないだろう。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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