多肉の胚の落とし児

作者:白石小梅

●落とし児、増殖
 夜。大阪市内。
 とある駅前にて、巨大攻性植物が討ち果たされて、しばらく。
 風に巻かれて、きらきらと煌く胞子のような粉が高みを舞っていた。
 風は、ホテル、オフィス、ショッピングセンターなどを完備した多目的ビルディングの側を掠め、屋上の空中庭園へと胞子が舞い込んで……。

「いけない、雨だ。全く、攻性植物のせいでお客様が少ないっていうのに……」
 降り始めた雨に、庭園のカウンターバーの店員が、テラス席にパラソルを立てていく。
 高層ビルの屋上に作られた庭園は、薔薇のアーチやクレマチスの生垣を始めとして、季節の花々をふんだんに用い、冬はイルミネーションが煌びやかに輝く観光名所だ。
 爆殖核爆砕戦の後、大阪への観光客が減ったために売り上げは伸び悩んでいるが、それでもロマンチックな大人の社交場として、根強い人気を誇る。
 今も雨の中、まばらではあるが夜景を楽しむ人々は絶えない。
「よし……。あ、お客様、ご注文、は……」
 店員が、気配を感じてくるりと振り返った、その時だった。
 槍のように伸びた蔓が、彼の腹部を貫いたのは。
 瞬間、体に焼けつくような痛みが走り、悲鳴を上げることさえできないままに店員は崩れ落ちる。
 最後の瞬間、彼が目にしたものは、巨大な蜂のようにねじくれた、クレマチスの怪物たち。
 霞む意識の中で、花の怪物に襲われる人々の悲鳴が遠く響き始める。
 彼の意識はそこで途切れ、戻ることはなかった……。

●攻性植物、出現
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が、出力した資料を眺めて眉を寄せていた。
「……あ、失礼いたしました。ブリーフィングを始めます」
 そう言って彼女は資料を配る。
「大阪近辺で活発化し始めた攻性植物たちの事件です。奴らは大阪市内で事件を多数発生させ、一般人を避難させることで地域を空白化。そこに入り込む形で拠点拡大を図る計画を推し進めております。放置すれば『ゲート破壊成功率の低下を招く』為、対処に乗り出しているのです」
 しばらく前に、大阪に現れる巨大攻性植物、サキュレント・エンブリオの討伐を依頼し、それは果たされたという。
「ですが、討伐時に爆散したサキュレント・エンブリオは、胞子のようなものを撒き散らして死亡。そしてこの度、恐らくその胞子と思われるものが現地の植物に憑りついて攻性植物化する事件を予知したのです」
 思わず幾人かの顔が上がる。それは、つまり……。
「大型攻性植物は最初から、撃破されて胞子を撒くことを前提に運用される生物兵器であった、ということでしょう。残念ながら、この胞子拡散を防ぐ手立ては確立されておらず、胞子によって発生した攻性植物もまた打ち倒すという対処しかないのが現状です」
 すなわち、今回の任務は大阪市内で発生する攻性植物の撃破というわけだ。

 今回、胞子によって、攻性植物化するのは、鉄線……すなわち、クレマチス。ある高層ビルの屋上庭園の生垣であったものが、五体もの個体群となって一斉に動き出すというのだ。
「敵は人を見つけ次第、殺害するという行動原理を持ちます。ですが、常に群れで行動し、戦闘となると対象を全滅させるまで逃走しない性質を持つので、引きつけるのは容易です」
 市街を破壊する大型個体より生まれる、市民の殺傷重視の小個体群というわけだ。
「ええ。脅威となるのは、その数。今から向かえば、敵が庭園内にいる内に捕捉できます。屋上庭園は封鎖させますから、戦闘中に一般人が巻き込まれる心配はありません」
 クレマチスたちは、まるで巨大な昆虫のような形に編みあがり、背に生えた大きな花弁を翅代わりに、縦横に跳び回ってこちらを攻撃して来るという。
「仮に鉄線蜂と名付けましょう。毒のある花弁を撒き散らしたり、蕾を針のようにして刺突してきます。また、その毒性は自己再生を加速するようです。更に、同じ植物から生まれた攻性植物であるためか、密に連携して攻めて来るでしょう。お気をつけて」
 頷いて、アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が立ち上がる。
「わかった。油断できない相手のようだ。私にも協力させてくれ」

「お願いします。菩薩累乗会の間も大阪の攻性植物たちの動向を警戒してくれていた仲間たちのおかげで、奴らの動きを事前察知できたのです。この優位を無駄にするわけには行きません。大阪の被害を抑え込み、市民生活を守ってください」
 それでは出撃準備を、お願いいたします。
 小夜はそう言って、頭を下げたのだった。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
土岐・枢(フラガラッハ・e12824)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)

■リプレイ

●闇に落ちる影
 大阪の夜景は、空から見れば煌きを寄せ集めた宝石箱。
 空の星々が身を隠した、霧雨の夜には、なお儚く映る。
 ビルの屋上へと降り立った番犬たちを迎えるのは、淡い薔薇の香り。ローズアーチの通路とイルミネーションに彩られた屋上を囲うのは、艶やかなクレマチスの生垣。
「評判通り美しい場所ね。人気があるのも頷けるわ……だからこそ、そんな場所を穢す攻性植物は許せない」
 こつこつとヒールを響かせて、ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622) が薔薇を撫でる。
「変化していない苗も残ってるんだね」
 新条・あかり(点灯夫・e04291) が、クレマチスの生垣を眺めて呟く。
(「……女王と呼ばれる花。こころの美しさを詠う花。胞子の意のままに操られるのが本意ではないでしょうに……」)
 言葉にならぬ想いは、それぞれにある。悩ましげにため息を落とし、周囲を見やるのは松永・桃李(紅孔雀・e04056)。
「クレマチスの花言葉は美と喜びと……策略、だったかしら。全く……困ったものね。花々には可哀そうだけれど、この策略、実らせる訳には行かないわ」
「ええ。大切に丹精込めて育成したガーデニングも、あの花粉の手に掛かればたちまち人々にとっての脅威となる……恐ろしさと共に、強い憤りを感じます」
 闇を睨んでそう呟くのは、ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)。
「あの攻性植物さん……サキュレント・エンブリオさんは、私達に倒される前提で放たれたものだったなんて……増殖を阻止しなきゃです……」
「ええ。お手伝いしますわ、姫様」
 俯くアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)の側に、ミルフィ・ホワイトラヴィットが歩み寄った。頷き合う二人の後ろから、サポート勢を引き連れて合流するのはアメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)だ。
「サポート六名。到着だ。私は指示通り後衛に着く。二人は援護についてくれ」
「了解よ。こうも立て続けに事を起こすなんて……奴ら、動きが大分早いわね」
「ええ。多数の個体を一気に……繁殖性がより高いとしたら厄介です」
 リリー・リーゼンフェルトと彼方・悠乃が共に隊列に従い、番犬たちはゆっくりと歩み出す。
 屋上は広く、照明に伸びた影がそこに妖しく陰影を描いている。まるで大阪の地全体に落ちる、暗い策略の影のように。
「敵はどこに潜み、胞子は何処まで広がってしまったのだろうな……いや。今はただ現れる敵を確実に倒すのみ、か」
 押し殺したような呟きは、アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)から。
 視界を阻む迷宮のような薔薇のアーチを潜り、鋭く周囲に気を配りながら中央の噴水を回り込むと……。
 ふわりとクレマチスの花弁が舞った。
「……!」
 その瞬間、それは十重二十重に舞い飛び、刃のように鋭く回転しながら番犬たちに襲い掛かった。
「攻撃です! あちらから!」
 土岐・枢(フラガラッハ・e12824)は言うなり前に跳び込んだ。
「加勢するぜ!」
 枢の大剣が旋風を巻き起こし、相馬・泰地の放った光弾と混じって花びらを断ち割る。
 その一撃に砕かれた噴水の向こうから、いびつな形に歪んだクレマチスたちが飛び出した。毒液の滴る、蔓で編みあがった怪物の群れが。
「普通の植物が、こんなものに変えられるなんて! 一刻も早く、排除しないと……! 皆さん、無事ですか……!」
 枢が振り返れば、ベルベットやアラドファルは味方を庇って花弁を払いのけ、後衛たちも身を捻って直撃を避けている。
 避けた拍子に転びかけたあかりの背を受け止めたのは、玉榮・陣内。その隣に、君乃・眸を引き連れて。
「……ありがと、タマちゃん」
「ん。しかし無節操な種蒔きだ。花粉症よりも簡単に殲滅してやる」
「……? いや、ともかく。これがあの胞子ノ影響か。残さず絶やそウ」
 距離を取り、番犬たちは武装を解き放つ。鉄線蜂は、戦慄きながら金切り声のような音を立てて。
「巨大な割りに戦闘力が高くないと思ったけど、あの巨大植物からこんなのが……まさに生物兵器って感じだね……胸糞悪い」
 風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)が、銀光を放って傷を癒して。
「さあ、仕切り直しだ。背は支えるよ。みんな、行って……!」
 苦みを噛み潰して、彼は宣言する。
 闘いの、始まりだ。

●花の毒牙
 鉄線たちは上下左右に跳ね飛んで、毒の花弁を撒き散らす。こちらの視界を奪い、闇と物陰に紛れつつ身を削っていく戦法だろう。
 アリスは花吹雪の中を走り抜け、その一体に肉薄して。
「これ以上、攻性植物さんを増やさない様にしなきゃ……! アメリアさん、錆次郎さんと一緒に毒を癒してくださいませ……!」
 皮膚を裂く鋭さ以上に恐るべきは、燃えるような痛みを走らせる毒。身に食い込んでくる熱痛を払うように、アリスは流星の如く蹴り込んだ。
「ミルフィ!」
「畏まりましたわ!」
 要請に応え、蹴り抜かれた一体を、ミルフィの砲弾が撃ち抜く。だが脇腹を抜かれようと、抉れた箇所はすぐさま再生を開始する。追撃を阻む毒は、熱に視界さえ滲むほどで。
「これほどの毒とは! 払いきれるか……!」
「任して! 力を貸すわ!」
 リリーの援護で力を増幅させながら、アメリアが雨に癒しの加護を混ぜる。
 傷口を優しく冷やす雨の中、突撃していく前衛。ミスラがその背後に立って。
「とは言え、毒を祓うばかりでは後手に回ってしまいますね……ならば、皆には加護を。我が敵に赦しを。……歌います」
 ミスラが歌うは、憐れみの賛歌。澄んだ声音が雨夜に響き、仲間たちに宿る加護が毒の雫を浄化していく。
「これで切り込めるわね……さあ、折角の光景に、虫の姿や血の花なんて御免も御免。此処は根強く人々に愛された場……貴方達の庭でなくてよ」
 桃李の構えた刀に従い、桜吹雪が毒花を裂く。つむじ風のように桜の道が伸び上がり、花弁を放ちながら前進してきていた鉄線たちを打ち据えた。
「花吹雪には花吹雪、ね。さあ、桜の花道を進んで……!」
 駆け抜けるのはアラドファル。脇を抉られた一体に肉薄して。
「やれやれ。抉り抜かれた程度では止まらないか。元気な攻性植物だ。大人しく留まることが出来ないのなら……」
 彼が敵の下を潜り抜けた瞬間、影が迅る。敵はそのまま着地しようとし……脚が無いことに気付いて、無様に転げ落ちた。
「その脚から狙う」
 更に、起き上がろうともがく鉄線の背に、大鎌が突き立った。あかりの放った、デスサイズシュートが。
「再生する気だよ。今のうちにとどめを刺して……!」
 地面に磔にされながら、尚も脱しようともがく鉄線。その後頭部を、枢の足が踏み付けた。右腕の地獄を、火柱のごとく燃え上がらせて。
「皆さん、流石ですね。敵の連携に、一歩も劣っていない。僕も負けていられません。この腕の全力で……参ります!」
 もがく鉄線の頭部に、火砲の如き下段突きが突き刺さった。火柱に呑み込まれ、甲高い叫びがぶつりと途切れる。
 後に残ったのは、焦げていく蔓の塊。それも、痙攣しながら消滅を始める。
 闘い始めて二分ほどで、一体を仕留めた番犬たち。
 だが敵もまた、力ならばこちらを上回る怪物の群れだ。
 闇に紛れて不意を狙う後衛の一匹が、プランターの影から飛び出した。構えた蕾は槍の如く鋭く、無防備に晒した首筋を狙う。
 だが。
「私の前で、背後からの奇襲なんてさせると思って?」
 背後からの囁きに、鉄線蜂が蔓槍を翻したその瞬間。火炎の竜がその躯体を吹き飛ばしていた。
「ふふ。良かったわ。元の姿とは似ても似つかない醜い見た目で……おかげで心置きなく葬り去る事ができるんですもの、ね……?」
 こつりと響くヒールの音。ベルベットは不敵に笑いながら、腕に走った紅傷を舐める。
「あー、あー。毒だよ、毒。舐めちゃ駄目だってば。舌、痺れるよ」
「刺激的じゃない。それに、治してくれるんでしょ?」
「いや、そりゃそうだけど。衛生学的にさ。推奨しないよ、そういうの」
 くすくす笑うベルベット。ルーンの加護を投影して彼女を癒しながら、錆次郎は溜め息を落とす。自分には少々、刺激が強すぎる。そう、思いつつ……。

●殲滅戦
 バーのガラスは花吹雪に砕け散り、薔薇のアーチは毒に萎れ、噴水は鋭い蔓になぎ倒される。
 錆次郎の銀光やミスラの祝福が毒を祓い、あかりや枢の攻撃援護の中、前衛は庇い合いながらじりじりと敵を押し込む。
 花は吹雪き蔓は伸びて、闘いは毒々しく苛烈に深まっていく。
「皆さん援護いたします。これで、早期決着を……!」
 悠乃が敵を裂く氷の加護を前衛に付与した。
 舞い散る氷が煌く中、進み出ていく桃李。前より迫るは、二匹の鉄線。
「私たちより強大なケダモノが、群れを成して攻めて来る。困ったものだわ。でもね……」
 鉄線の一体は地を這うように、もう一体は後ろから跳躍した。だが桃李が宙を指差すと、突如としてその横腹を衝撃波が撃ち据えて。
「今だ! そいつを、やっちまえ!」
 雄叫びと共にそれを放つは、泰地。相棒の援護を失い、一瞬動揺した鉄線の目の前に、すでに桃李は迫っていた。
「人類は有史以前からそんな状況を切り開いてきたのよ。こんな風にね。その根を張る事は許さない……大人しく、燃え尽きなさい」
 氷舞う中、大蛇の如き火焔の竜が飛び出した。喰らい付かれ、悲鳴と共に巻き上げられていく鉄線蜂。やがて、そのとぐろが解けるように竜が姿を消した時、その姿はもうどこにも残っていなかった。

 桃李を筆頭に、番犬たちは敵の布陣を切り裂く。だが錆次郎が時計を見れば、短期決戦を狙うには少しばかりペースが遅い。
「ジャマー二匹を撃破したのが四分目。毒を警戒しすぎて少し慎重になりすぎたかな……よし! そろそろ……!」
「こちらの加護も大方、行き渡りました! 攻めに出ます!」
 身を転がした錆次郎の射撃が、アリスに掴みかかっていた鉄線を撃ち抜いた。続けざまに引かれた引き金が、足先、太ももとを正確に射貫いて、敵を押し倒す。その喉元に、今度は伸びた影の如くミスラのブラックスライムが喰らい付いて。
「今です! とどめを!」
 蔓を引きちぎり、アリスがミスラの叫びに応じる。トランプのカードを引き抜くと共に、彼女は煌びやかなハート模様のドレスに姿を変えて。
「チェンジ・ハートスタイル……! 大阪の街を、あなた方の好きにはさせません!  Heart……Strike!」
 スペードのエースが、身悶えする鉄線を切り裂いた。風に薙ぎ払われる砂絵のようにその姿が消え去っていく。
「お眠りください、攻性植物さん……」
 残心の中、アリスがそっと目を閉じる。その肩を、錆次郎がとんと叩いて。
「あと二匹だ。まだいけるね?」
「もう毒は怖くはありません。一気に攻め立てましょう!」
 脇を走り抜けるミスラに続いて、二人も再び戦線へと飛び込んでいく。

 猛毒を撒き散らすジャマーは蹴散らされ、残るはスナイパーのみ。
 だが敵が前進を躊躇うことはない。一体が毒花を散らしながら飛び掛かり、アラドファルが気弾でそれを弾いて激突している。
 敵は己の持つ毒性を縦横に利用している。
 だが、毒を用いるのは敵ばかりではない。
 ボロボロになりつつ毒液を滴らせている一体と、向き合っているのはあかり。
「身を蝕む毒が、使い方次第で薬になる……自然界ではよくあることだね。反対に、身を癒す力は、同時に身を狂わせる力でもあるということ……僕は知ってる」
 馳せ合い様に、その身にカプセルが撃ち込まれた。
 崩れ落ちた敵は、唸りながら身を癒そうとして……途端に、再生しつつあった箇所がこぶ状に歪んで破裂を始める。
「その動きを待っテいた。これまでダな」
 眸が言う。あかりが放ったウイルスを始め、皆で打ち込んだ癒しを蝕む力が敵の自己再生を阻害しているのだ。鉄線蜂は甲高い悲鳴をあげて身を抱え込みながら、倒れ込んだ。
「楽にしてあげて」
「わかった……苦しませないように始末をつける」
 身を翻すあかりに、陣内が頷く。残った二人はサーヴァントたちと共に、戦慄く敵を囲んで。
 やがて身の毛もよだつ断末魔が途絶え、あかりは己の願いが叶えられたことを知る。

「最後の一体、ね。独りで二体を牽制するのは、少し辛かったわ」
 ため息を漏らして、ベルベットが血を拭う。
「ご無理はなさらず! 良い仕事でした! 後は僕たちが!」
 仲間たちを率いて、花吹雪の中に突進していくのは枢。その大剣で花びらを蹴散らしながら飛び込んで。
 振り下ろされる達人の一撃。だが、敵もさるもの。とどめとばかりに返された大剣に向けて飛び込み、腕を裂かれながらもその後ろに着地した。
「……っ!」
 狙われたのは、片膝をついていたベルベット。最後の最後に、せめてこの女の心臓を抉り出してやるとばかりに。
「しまった! 避けてください!」
 湿った音と共に、蕾の槍が肉を貫いた。血が飛び散り、仲間たちが瞬間的に目を逸らすと……。
「なるほどな。ご自慢の猛毒……熱が走るような苦痛は、眠気を払う程度には役に立つか……だからこそ、絶対に仲間はやらせない」
 蕾の槍が貫いていたのは、アラドファルの掌。突き刺された手を捻って、槍の軌道を逸らし、そのまま掴み止めて。
「さあ、やれ……!」
「ええ。こんな美しい友愛に応えないなんて、無粋だものね……さあ、命を蝕む紅き吹雪よ、吹き荒びなさい! 鮮血の狂嵐(ヴェノムブリザード)!」
 ベルベットが齎した緋色の吹雪に巻き込まれ、最後の鉄線蜂は悲鳴をあげながら萎びていく。
 一息ついて彼女が肩を払った時……残ったのは、ミイラのように乾燥した蔓の塊。
 それもすぐに崩れ始め、雨の中で濡れた灰となった。

●穏やかな夜へ
 闘いは終わった。
 五体の攻性植物は殲滅され、雨のしとつく穏やかな庭園が戻ってきた。
「デュフフフ、さあ、傷を治すからねぇ! 毒だって癒しちゃうよぉ! 折角だから、毒素のサンプルも持って帰りたいなぁ!」
 ヒールを終えたカウンターバーで、錆次郎がけたけたと笑いながら腕を開き、無数のアームを用いてアメリアの腕の傷を治している。
「あの……その技はそんな雰囲気じゃないと使えないものなのか……?」
「うん。ごめんねぇ! いやぁ、こんなシャレオツなバーで誰かと一緒なんて、いいなぁ! デュフフフ……」
 やたら挙動不審な衛生兵と、ため息を落とす女の側に、リリーと悠乃が共に並んで。
「ち、治療、頑張ってね……ところで悠乃ちゃん。今回、胞子は飛ばなかったわね」
「ええ。死体を調査に回すつもりでしたが、消失してしまいました」
 語り合う二人へ、アラドファルとミスラが歩み寄って。
「周辺に胞子は飛散していないようだ。崩れる前の敵の残骸も注視していたが、胚の痕跡などは見受けられなかった」
「繁茂可能なほど成長していなかったのか、最初からその機能がなかったのかはわかりませんが……少しでも情報を集めて、早急に対抗策を見出さなければなりませんね」
 ミスラの言うようにやがてはその根本を絶たねばならないが、今は一息ついてもいいだろう。
「よいしょっと……こちらの薔薇のアーチは修復できそうですね。毒が花全体に回ってしまったものは、あちらに避けておきました。とはいえ、大方は回復できそうです」
「ふう。運ぶの、大変だったぜ。おーい、ヒール頼む」
 散らかった現場を片付ける枢に従い、泰地がプランターを運んできた。
 ベルベットが己の血を分け与えれば、萎れかかっていた薔薇の花は生き生きとした姿を取り戻していく。
「咲き誇る花は、やはり美しいわ。サポートの人も多かったし、被害は少なく抑え込めたわね。この分なら、数日のうちに元の美しい庭園に戻るでしょう」
 一方、死んでしまった花たちをそっと横に置きながら、あかりは持ってきておいたクレマチスの苗を植え直す。花々を育てる苦労、愛情が芽吹いた歓びを、彼女は知っている。
(「巡り巡り、また咲いておいで……」)
 園芸種として手を掛けられていただろうクレマチスたちへ祈りを捧げながら、そっと目を閉じる。
 その背を、眸と陣内が見守りつつ。
「そういえば陣内。花粉症よリ簡単に殲滅できルとはどういう意味ダ?」
「あ、いや……そこの意味は聞かないでいいんだぜ。冗談だ」
 ヒール作業も大方が終わる中、アリスが声を上げた。
「わあ……皆さん、見てください。本当にきれいな景色です。あちらのラウンジも、とっても素敵……またの機会に来店したいですね。ミルフィ」
「ええ……街並みもラウンジもお綺麗ですわ……今度は、営業している時に参りましょう。アリス姫様」
 皆で並べば、大阪の夜景は霧雨の中で宝石箱のように煌いている。
「そうね。落ち着いたら、今度はゆっくり楽しみに来たいものだわ。……その為にも、散らばる災いの芽は摘み取らなくちゃ、ね」
 桃李の見つめる先にあるのは、煌きの中心にぽっかりと開いた闇。
 そこにあるのは、大阪の象徴。今は、攻性植物たちの牙城と化した、大阪城だ。

 ……この日、大阪を蝕む企みの一つが、ここに潰えた。
 居並んで闇を睨む番犬たちの瞳に、決意の輝きを灯して。
 いずれ、あそこから伸びて来る闇を祓う時を睨み据え、彼らは静かに眠りにつく大阪の地を離れる。
 次に赴く戦場は、果たして……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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