牧場にて牛乳への愛を語る

作者:駿河遊馬

●牛乳こそが至高
 北国のとある牧場は、爽やかに晴れ渡り、少し冷たい風が吹いていた。牛たちが草を食むのどかな光景に、そぐわない、体が羽毛に覆われた女性が、熱く語る。
「牛乳……これこそが至高の飲み物なのです。牛乳は栄養価が高く、カルシウムの吸収も良い、これ以上の飲み物があるでしょうか?」
 異様な姿をしている女性だが、牧場に見学に来ている10名の観光客たちは、見入られたように彼女の話を聞いていた。
「さぁ、牛乳の素晴らしさを世界に伝えるために、まずは、水道に水ではなく牛乳を流すのです。そして、いずれは、全ての飲み物が牛乳になるように、皆さん、今こそ立ち上がるときです」
 観光客たちに悟りを開かせようと、女性は熱弁していた。
●牛乳には罪はないけれど
 鎌倉奪還戦の際に、ビルシャナ大菩薩から飛び散った光の影響で、悟りを開き信者を増やそうとするビルシャナ化した人間が増えている。そのことについて、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は予知した内容を口にする。
「銀山・大輔(暢気なウェアライダー刀剣士・e14342)さんが調査してくれたのですが、やはり、恐れていた事態が起きました」
 ビルシャナ化した人間が、むちゃくちゃな教義を広めていると、ねむは続けた。
「ビルシャナが、牧場で牛乳を布教しているようです。ビルシャナの言葉は、めちゃくちゃですが、強い説得力があるので、聞いている人たちが、配下になってしまうかもしれないのです!」
 そのむちゃくちゃな教義をひっくり返すような、インパクトのある主張を行えば、観光客たちが配下となることはないかもしれない。しかし、配下となってしまえば、ビルシャナが撃破されるまで、ビルシャナの手足となってケルベロス達を攻撃してくるだろう。
「ビルシャナは、破壊の光を放つ『ビルシャナ閃光』や、ケルベロスの皆さんの心を乱す『ビルシャナ経文』や、トラウマを抉ってくる『浄罪の鐘』を使って攻撃してくるようです」
 牧場は広くひらけていて、見通しがよく、教義を聞いている観光客10名以外の一般人はいないとねむは説明する。
「聞いている人たちは、ビルシャナの影響で、教義にちょっと心を動かされているみたいですが、かっこよく説得すれば、きっと、正気に返ってくれます」
 元気よく言って、ねむは予知したビルシャナの出現場所などを細かくケルベロスたちに告げた。
「牛乳は、美味しいし、栄養のある飲み物ですが、アレルギーだってあるし、水道に流すなんて、とんでもないです。ビルシャナになってしまった人を掬うことはできませんが、教義を聞いている人は助けられます。かっこよく説得して、ビルシャナを倒しちゃってください!」


参加者
天城・恭一(イレブンナイン・e00296)
早鞍・青純(全力少年・e01138)
貴石・連(砂礫降る・e01343)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
千歳・涼乃(銀色の陽だまり・e08302)
ヴァルリシア・ゲルズ(シャドウエルフのウィッチドクター・e11864)
銀山・大輔(暢気なウェアライダー刀剣士・e14342)
ワーブ・シートン(とんでも田舎系灰色熊・e14774)

■リプレイ

●牧場は和やかさを失い
 広くひらけた牧場では、牛たちが草を食み、爽やかな風が吹いている。開放的な青空の下、体中に羽毛の生えたビルシャナと化した女性が、10名の観光客を前に声高らかに語っていた。
「栄養価も高く、カルシウムの吸収もいい、こんな素晴らしい飲み物が、あるでしょうか、いや、ない! 牛乳こそが至高の飲み物!」
 恍惚として語る彼女の姿の異様さを追求するものがいないのは、ビルシャナの力に圧倒されているせいだろうか。
「飲み物は牛乳に限ります。牛乳以外を認めることはできません。水道に牛乳を流して、全ての飲み物が牛乳となるように、今こそ、立ち上がるときがきたのです!」
 むちゃくちゃだが、妙な説得力を持って発せられる声に、紙コップで牧場の搾りたての牛乳を飲んでいた観光客たちが、なんとなく心動かされた様子を見せる。
「確かに、美味しいよね、牛乳……」
「カルシウムは成長に欠かせないって言うし」
 ぽつぽつと賛同の声が上がり始めた瞬間、牧場の牛とは明らかに違う、二足歩行の藍色の牛のウェアライダーを先頭に、ケルベロス達が現れた。
「やっぱりこっちにもきてたのかぁ……危惧した通りだっただぁよ」
 呆れた様子で呟くのは、藍色の牛のウェアライダー、銀山・大輔(暢気なウェアライダー刀剣士・e14342)。その体に執事服を纏っている。
「牛乳自体は、おいら自身も必要だとは思うんだけど、万能じゃないからねぇ」
 灰色のグリズリーのウェアライダー、ワーブ・シートン(とんでも田舎系灰色熊・e14774)が、頷きながら告げる。
「牛乳! 俺もだいすき」
 同意したミルクティ色の髪の早鞍・青純(全力少年・e01138)に、ビルシャナが羽毛に隠れてあまり分からない目を輝かせた。
「少年、あなたには見所がありますね!」
「人の好みは千万だからな。何かを押し付けるのはよろしくないのではないだろうか」
 ブロンドの髪の長身の天城・恭一(イレブンナイン・e00296)の言葉に、ビルシャナの視線が厳しくなる。
「私は押し付けてなどいません。ここにいる方々は、私の意見に賛同してくださっているのです」
 そうでしょうと観光客を見渡すビルシャナに、観光客の反応は微妙なものだった。
「盛り上がってるわね。でも、牛乳には忌まわしい都市伝説が息づいているわ」
 焦げ茶色の髪の少女、貴石・連(砂礫降る・e01343)の言葉に、ビルシャナが問い返す。
「忌まわしい都市伝説ですって?」
「牛乳を飲めば胸が大きくなる。その流言を信じて、毎日1リットルパックを飲み続けてもこれよ!」
 胸を張った連の胸部に、全員の視線が集まった。
「残念ながら、私の胸はこの通りです」
 ビルシャナの女性が、羽毛に覆われてはいるが、豊満な胸を見せつけると、一同の視線はそちらへ向かう。
「牛乳好きなのであからさまに否定するのは心が痛むのですが……牛乳だけを押し付けるような教義は許せません!」
 銀色の髪の真っ白な二枚羽のオラトリオ、千歳・涼乃(銀色の陽だまり・e08302)がビルシャナから視線をそらそうと声を上げた。
「自身の体調を考えて適切に摂取するなら牛乳はたしかに素晴らしいんですけれど、あなたの暴走する主張でそれは期待できません」
 黒髪に魅力的な黒い瞳のオラトリオ、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)に並んで、銀髪のシャドウエルフ、ヴァルリシア・ゲルズ(シャドウエルフのウィッチドクター・e11864)が腰に手を当てて、人差し指を伸ばす。
「とりあえず、其処に正座!」
 言われて、思わず正座してしまったビルシャナを無視して、ケルベロス達は観光客に向き直った。

●本当に必要なものは
「牛乳は傷みやすいって事を理解してますか?」
 語り掛けるヴァルリシアに、観光客の一人が歩み出る。
「でも、お店で売っている牛乳は、数日間の賞味期限がありますよ?」
「大抵の牛乳は高温殺菌されて蛋白質が変性したホモジナイズド牛乳なの。そうして保存性を高めているのね。低温殺菌のノンホモもあるけど、これは賞味期限が短いわ」
 だから、牧場で飲む牛乳とは美味しさが違うのだと説明する連に、ヴァルリシアが頷いた。
「そうです。ですから、生活用水として使おうものなら確実に駄目になりますしそんな物を飲んだらお腹を壊す、いえ最悪命を落としかねませんよ?」
 水道に流すなどとんでもないという二人に、歩み出た観光客は納得したようで、帰り始める。
「すべて牛乳にするのは無理なんですよぅ。牛乳は、すなわちメスの牛さんの乳から絞って出てくるもので、それも実は子牛を生んだ牝牛からしか出ないんですよぅ」
 説明するワーブに、観光客の一人が声を上げた。
「確かに、人間だって赤ちゃんを産まないとお乳はでないよね」
 納得した様子の観光客に、他の観光客も顔を見合わせて、本当に牛乳が至高なのかと囁き合っている。
「緑茶こそが至高の飲み物ですよ!」
 そこへ、涼乃の明るい声が響いた。
「温かくても冷たくても、それにうがいにも使えるほど万能、和食にも洋食にも、ご飯にもお菓子にもあうのはやっぱり緑茶です」
「牛乳だって、お菓子に合います!」
 我に返って、立ち上がったビルシャナが反論するのに、青純がうんうんと頷く。
「牛乳が美味しくてよい飲み物っていうのは俺も同意するぜ。ただ、牛乳は美味しいけどさっぱり感に欠けるから口の中がもにゃもにゃするよね」
 そんなときにはこれ、と取り出したのは麦茶だった。
「あ、麦茶、懐かしい。小さい頃に飲んでたわ」
「美味しいよね、麦茶」
 受け取った観光客二人が、ほっこりと和んでいる。
「なぁ、居酒屋で……牛乳しか出てこないとキツくないか?」
 成人している観光客に語り掛けるのは、恭一だ。ちらちらと視線を交し合う二人の観光客は、言い合う。
「やっぱり、居酒屋では、生だよな」
「あぁ、飲みたいね!」
 合計で6名の観光客が立ち去り、残る4名も迷っているようだった。
 餃子弁当を差し出し、かっこよく、それでいて呑気に大輔が口を開く。
「餃子弁当と一緒に飲むのは、牛乳よりも他のものがいいだぁよ」
 恭一の説得で、雰囲気が居酒屋になっていた観光客二人が、餃子には生、いや烏龍茶と言い合っている。
「水分は命にとって栄養よりも重要です。惑わされないで。命を支える水の大切さを見失ったあんな人に飲み物の優劣を語る資格はないのですから」
 誠実に語り掛ける悠乃の言葉に、最後の二人の観光客も納得したようだった。
「水道から牛乳が出てきたら困りますよね」
「なんで、あんな話を真剣に聞いていたんだろう」
 立ち去る観光客を茫然と見ていたビルシャナが、目を血走らせる。
「なんということを……あなたたちには、相応の報いを受けてもらわねばなりませんね!」
 トラウマを具現化させる、ビルシャナの『浄罪の鐘』が鳴り響いた。

●ビルシャナの怒り、ケルベロスの正義
「所謂これが『王手』と言うやつだ。此処から――詰ませてやろう」
 後衛の恭一、青純、涼乃、ヴァルリシアを『浄罪の鐘』が襲う中、恭一が『チェック』で確実に相手を「王手」に追い込むように計算された連続の射撃を打ち込む。
「おいらの右手を受けるですよぉ」
 高速演算で敵の構造的弱点を見抜く、ワーブの『破鎧衝』がその右手で撃ち込まれた。攻撃を受けながらも、青純が氷結の螺旋を放つ『螺旋氷縛波』で反撃をする。
「牛乳の魅力を語ることができるのも、他の飲み物の魅力を知ってこそです!」
 生と死の境界線からおぞましき触手を招来する『黒き触手の招来』で涼乃もビルシャナを攻撃した。避けきれず後ろへ下がったビルシャナに、大輔が後ろを庇うように前に出ながら、ブラックスライムを捕食モードに変形し『レゾナンスグリード』でビルシャナを飲み込ませようとする。
 避けながら攻撃態勢に入るビルシャナに、手を結晶化させた連の一撃が見舞われた。
「我が前に塞がりしもの、地の呪いをその身に受けよ!」
「牛乳を飲んでいるから、この程度の、攻撃……」
 強がるビルシャナを薔薇の幻影が包み込み、それがモノトーンに変わる。
「眠りの香り、安らぎの時、運命の日を今、あなたに」
 まともに攻撃を喰らって、よろけたビルシャナに、ナイフの刃をジグザグに変形させたヴァルリシアが、『ジグザグスラッシュ』を叩き込んだ。
 破壊の光を放つ『ビルシャナ閃光』でビルシャナは後衛の一陣をしつこく狙ってくる。すぐさま涼乃がオーロラのような光で仲間達を包み、『オラトリオヴェール』で傷を癒した。
 目にも止まらぬ速さで礫を放つ『クイックドロウ』で、悠乃がビルシャナの攻撃を封じようとする。
「あなたは牛乳の海にでも沈んでなさい!」
 電光石火の蹴り『旋刃脚』で、連が悠乃と連携するように、ビルシャナの動きを封じようとした。
「螺旋掌だぁよ」
 敵を内部から破壊する螺旋を籠めた掌で、大輔がビルシャナに触れる。
「ぐ……牛乳は、不滅です!」
 足掻きながらも耐えるビルシャナに、ヴァルリシアが厳しい表情になった。
「衛生面の問題をどうにかしても、アレルギーでに口に含むどころか、牛乳に触れたり触れた物に触るだけで命が危険な人もいるんですからね?」
 ナイフの刀身にトラウマを映し出し、それを具現化する、『惨劇の鏡像』にビルシャナが呻く。
「牛乳……飲まないと、給食が、終わらない……」
 給食の牛乳を飲み終わらないとごちそう様をしてはいけないと告げる、教師の姿。映し出されたトラウマに、ビルシャナは頭を抱えた。
 そこへ、ワーブの高速かつ重量のある右手の一撃、『獣撃拳』が決まる。
 精神を極限まで集中させた青純の『サイコフォース』に続き、恭一の卓越した銃捌きで放たれた『ヘッドショット』が、ビルシャナの頭部を撃ち抜いた。
 羽毛が舞い散り、倒れ行くビルシャナの姿がはらはらと散る羽だけになって消えていく。

●牧場には平和が戻り
 完全に風に散らされて羽が消え去った後、青純が息を吐き、提案した。
「せっかくだから、みんなで美味しい牛乳飲もうよ」
 その言葉に、恭一が苦笑する。
「まあ、牛乳も朝とかには悪くないけれど、働いた後はとりあえず生だろう」
 大輔は、牧場に販売コーナーがないか探しているようだった。
「牛乳だけじゃなくてチーズやヨーグルト、アイスクリームとかもいろいろ食べたいだぁよ」
「私も美味しい牛乳飲みたいです!」
 戦いが無事終わり、涼乃も安心した様子で同意した。
 広い牧場では、牛すらも被害なく平和に鳴いている。
「まぁ、おいらも飲むことあるけどねぇ。水のようにはいかないんだよねぇ」
 ワーブの言葉に、連が頷く。
「水道に牛乳をとか、無理がありすぎよね」
 水道管も牛乳も傷めてしまうとなぜビルシャナが気付かなかったのかとため息を付いてから、ビルシャナというものはそういうむちゃくちゃなものだと納得をする。
「本当に、無理があるとしか言いようがないですね」
 悠乃も呆れ顔ながら、無事戦闘が終わって安堵しているようだった。
「アレルギーに配慮していないあんなビルシャナの企みが、事前に解決できて本当に良かったです」
 しみじみと呟いたヴァルリシアの言葉に、誰ともなく頷き合う。
 こうして、牧場に平和が戻ったのだった。

作者:駿河遊馬 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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