春を売る巫女

作者:ハル


「……ど、どうせ俺なんかなぁ~! ……くそっ……ひっくっ……」
 坂口は、30歳の誕生日を一人酒で過ごし、フラフラと頼りない足取りで繁華街を歩いていた。30にして、未だ童貞を守り続け、とうとう魔法使いにまで昇格してしまった悲しき人生。
 理由は、たまにホームレスに間違われるような貧相な見た目にあるのか、はたまた女性と真面に会話すらできない臆病な性格にあるのか……最早、彼本人にすら分からなくなっている。
 そんな積み重ねた人恋しさからか、今にも崩れ落ちそうな背中に――。
「寂しそうな人。でも、そういう人、私は好きよ? ……今夜、私と一緒になりましょう?」
 美しい女性がしな垂れかかった。
「……ひぃ! あ、あぅあぅ……」
 触れる柔らかかつ滑らかな感触。坂口の人生において、母親を除けば初めて感じる女の肢体に、彼の酔いは急速に醒め、真っ赤になりながら理解不能な譫言を繰り返す。
「……なんだこれ、げ、現実か……?」
 路地裏に連れ込まれた坂口は、互いに向き合うような体勢となり、女性が正面からニッコリと微笑む。
 その全身の大事な部分を覆っている蠢く植物。坂口にも、彼女が怪しい存在である事は分かっていた。分かっていたのだが――。
「どうする? 私と一緒になる?」
 鼻先がくっつく程に接近した女性の整った顔。噎せ返るような甘い花の香りに、坂口の思考回路は正常な判断を下すことができない。
「あ、ああ!」
 たまらず頷くと、坂口は人生初となる女性とのキスを交わす。
 絡め合う舌と唾液に交じって攻性植物が坂口の体内に寄生した頃には、彼の意識は夢心地のまま途切れていたのだった。


「去年の12月に繰り広げられた爆殖核爆砕戦ですが、その影響からか大阪城周辺で抑え込まれていた攻性植物達が行動を開始したという情報が入ってきました!」
 山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が、大型のモニターに地図を表示する。
「多数の攻性植物は、大阪市内への攻撃、進攻を着々と準備中のようです。これは予測ですが、大阪市内で事件を多発させることで一般人の避難を誘い、大阪市内を中心とした拠点の拡大を目論んでいるのかもしれません」
 それほど大規模な進攻ではない。が、放置すればゲート破壊成功率も『じわじわと下がって』しまう懸念がある。
「それは阻止しなくてはなりません。敵の侵攻を防ぎ、隙を見つければ反攻に転じる必要があるでしょう」
 差し当って、ケルベロスに対処してもらいたい敵は、繁華街に現れた女性型の攻性植物となる。
「どうやら、酔っぱらった男性を誘惑し、攻性植物化させているようですね。狙われた男性は……こう言っては失礼かもしれませんが、あまり女性とは縁がなさそうという共通点があるようです。女性に対する耐性がないため、怪しいと思いつつも簡単に魅了されてしまっているようです。ちなみに、男性の名は坂口さんと仰るようです」
 作戦は、坂口が女性型の攻性植物と接触する前に開始できるが、攻性植物の出現場所の急な変更を避けるため、事前避難は難しい。
「ですので、坂口さんが攻性植物の誘惑を断るよう、皆さんで仕向けてあげてください。方法は皆さんにお任せします。坂口さんが攻性植物の誘惑を拒否できれば、特に皆さんの対処も必要なく、自然と坂口さんは攻性植物から離れて安全を確保できます」
 そうなれば、後は攻性植物を撃破するだけだ。
 桔梗は次に、現場となる繁華街の画像を表示した。
「路地裏にこそ人影はありませんが、繁華街ですので周辺にある大通りの人通りは多いです。おまけに、酔っぱらいさんばかりです」
 桔梗が、苦笑を浮かべる。
「坂口さんと接触する時間も含め、余裕はあります。周辺の大通りから路地裏に人が入り込んでこないよう、ある程度の人払いはしておいた方がいいでしょう」
 女性型攻性植物は、言葉にできない人外の魅力を伴っており、その効力は男女を問わない。もちろん、操る植物での攻撃も、侮れないものとなっている。
 また、坂口の対処に失敗した場合、攻性植物に寄生され、配下として戦闘に加わってしまうので注意して欲しい。
「深夜の繁華街といえば独特な雰囲気がありますが、未成年の方は飲酒喫煙絶対ダメッ! ですからね? 大人の方は、ちゃんと見てあげてください、約束ですよ? 約束できる方にだけ、ラーメン無料券を差し上げますっ!」


参加者
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
植田・碧(ブラッティバレット・e27093)
レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)
ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)
アーシャ・シン(オウガの自称名軍師・e58486)

■リプレイ


「今晩は」
 それは、坂口にとって青天の霹靂だった。
「足を止めてくれてありがとうです。あっ、怪しい者じゃないのですよ?」
「あっ、う……ぇ?」
 坂口の30年に及ぶ人生において、仕事ではなく、プライベートで女性に話しかけられるなど稀な事。それがどうした事か! 坂口は今、二人の美女に話しかけられているではないか。
 彼女達の名は、鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)と機理原・真理(フォートレスガール・e08508)。
「さっき喋ってたのちょっと聞こえたです……俺なんか、なんて言わなくて良いですよ。ちょっと喋っただけでも優しいのは分かるですから」
「……ぁ、ありがとう?」
 真理という女性……というよりは少女にそんな優しく励ます言葉を掛けられ、思わず泣きそうになる坂口。
 だが――。
「ここで死んでしまってはこれからある女性とのチャンスも永遠に失われてしまう。誘惑に打ち勝ってチャンスを掴むんだ! お前さんの命はおじさん達が必ず守り切る!」
 二人の美女、美少女の後ろから、悪そうな顔に笑みを浮かべたおじさんが坂口の肩を掴んで何事か力説する。
 そのさらに背後では、リボルバー銃を携えた銀の青年の姿が。
 坂口は厄介な客引きにでも引っかかってしまったのかと思うのであった。

 ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)は、顔は怖いが人はすこぶる良い。同性という事もあり、最初は警戒していた坂口ともすぐに打ち解け、緊張する坂口と真理、胡蝶への橋渡しも熟す。
 レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)は自己紹介だけして、説明は仲間に任せ、その推移を見守っていた。
「……この辺りに変な誘いをする人がいるって聞くです。絶対に、そういうのに乗っちゃダメなのですよ。勇気を出して、手を払って逃げちゃって欲しいのです」
 そして坂口も、ケルベロスだと名乗った4人をある程度信用してくれたようだ。
 真理の説明も真剣に聞いてくれていた。
「彼女の言う通りよ。誘惑されても、惑わされてはダメ。それに……ね?」
 重ねて告げる胡蝶は、坂口に向けて魅了するようにウインクしながら、身体を寄せる。
「……なぁ! なななななっ!」
 固まる坂口。そんな彼の耳元に唇を寄せた胡蝶は、囁くように。
「誘惑に耐えて惑わされなかったのなら……貴方の望み、欲しいもの……叶えてあげられるわ……本当よ? 貴方との出会いを待っている人だっているのだから……ね、オネガイ」
 それは、坂口が初めて感じる女という男とはまるで違う存在。耳に生暖かい息を吹きかけられた坂口の足腰から、ヘナヘナと力が抜けた。
「おっ、早速チャンスが来たな、坂口くん! 難しい事は何も無い! 誘惑に打ち勝つのだ!」
 ラジュラムの激励に、坂口の答えは――。

「改めまして、植田様、南條様。此度もよろしくお願い致しますね」
「ええ、ミラーさん、こちらこそ」
「はーい、よろしくお願いします」
 キープアウトテープを張り巡らせながら、レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)、
 植田・碧(ブラッティバレット・e27093)、南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)が顔を見合わせる。
 つい先日も家族である胡蝶の件で助力を得た二人に、レーヴの表情が綻ぶ。
 だが、すぐに今日の敵……『破廉恥』な存在が脳裏を掠め、彼女はブルブルと震えそうになる。
「それにしても今回の敵……攻性植物だけど、なんだか誘惑の仕方がサキュバスっぽいイメージを受けるわね」
「碧さん、実はそれ、わたしも思ってたんですよー! なんたってわたし、サキュバスですからねっ! サキュバスとして、なんか負けてる気がしちゃってっ!」
 そんなレーヴの心情を知ってか知らずか、碧と夢姫が件の相手について語っている。地団駄を踏む夢姫の姿に、レーヴは(サキュバスとはそういうものなのですか!?)そんな衝撃を軽く受けながら。
「お嬢ちゃん達暇してる~? だったら、ちょっと俺達に付き合わない?」
 と、女三人寄って姦しく、準備を進むていた三人の元へ酔っ払いが。あまつさえ、碧の肩に馴れ馴れしく手を置いた。
「うぅ……」
 相当飲んでいるのか、あまりの酒臭さにレーヴが鼻を手で覆う。
「そういうのセクハラですっ! それに、私だけならともかく、碧さんとミラーさんを誘うなんて犯罪ですよっ!」
 夢姫は、言いながら碧の肩に乗せられた手を払う。そしてラブフェロモンを纏いながら、手でシッシと酔っ払いを現場周辺から追い払って見せた。
「ああいうの、本当は苦手なくせに」
「それは言わない約束ですよ、碧さん」
「……ふふっ」
 酔っ払いの後ろ姿を見ながらの碧と夢姫の軽快なやり取り。その姿に、レーヴはクスクスと笑った。

(さすがにこの歳でセーラー服は痛い? それとも暗がりならイケてたりする?)
 アーシャ・シン(オウガの自称名軍師・e58486)は、隠密気流を使って坂口を尾行しながら、古風なセーラー服姿の自身を見下ろし嘆息した。
「……ん?」
「……ニ、ニャア~」
 途中、坂口に見つかりそうになった時には、ゴミバケツの影に隠れながら猫の鳴き声で誤魔化すという名軍師っぷりを披露しながら。
(攻性植物ねえ……擬態して女性に縁がなさそうな男を狙うか。理には適ってるけど、人間様を狙うとなると、ぶん殴っておかないと!)
 先程の猫に華麗に擬態して見せた自分と合わせ、「敵もさすがの策略家ね!」と感心するアーシャ。
 だが、策の代償として、アーシャは勢い余ってゴミの下敷きにもなっていた。
(ゴミまみれになって最悪! くっちゃいわ~! それもこれも、屋外露出狂の変態植物野郎のせいだからなっ――て、見つけたぜてめぇ! ぶん殴ってやるかえら覚悟しろや!)
 その時、アーシャの眼前で坂口が女性型攻性植物……通称、白の純潔の巫女と接触した。

『変態植物野郎っ……じゃなかった……ええと、坂口さんを狙う攻性植物を発見しました。例の路地裏に移動中です』
「了解だ。すぐに……よしアーシャ、こっちでも姿を確認したぜ」
 アーシャから連絡を受けたレイが、仲間を引き連れて現場に辿り着き、最初に抱いた感想は……。
(あんな魅力的な子に迫られるってのは正直羨ましいぜ……正直、俺でも間違いなく誘惑に乗ってたろーな)
 と、いうものであった。さすが、男を誘惑するに足る美貌、肢体を有していると言える。純潔や巫女要素はどこにあるのかはさて置いて……。
「罪も無い人間を傷つけさせるワケにはいかねぇからな」
 無論、レイに巫女を見逃すつもりは毛頭ない。
 見守った仲間の説得には、手応えがあった。
 だからこそ――。
『どうする? 私と一緒になる?』
『……や、ややっ……やめてください。い、一緒には、なりませんっ!』
 坂口が巫女を振り払った瞬間、
「やるじゃねぇか、坂口のおっさん!」
 レイの口元に笑みが浮かぶ。
 誘惑できる絶対の確信があったのか、呆然と早足で去る坂口の背中を見送る巫女。
 レイは坂口が十分な距離を取った事を確認すると、
「見た目女の子には少し気が引けるが……全てを撃ち抜け!」
 冥淵銃 アビスの引き金を引き、炎を纏いながら先行するファントムを援護するように目にも留まらぬ弾丸を放ち、開戦の合図とした。


「あっ……きゃああ!」
 ケルベロス達の動きは迅速であった。突然レイの弾丸で脇腹を撃ち抜かれ、開いた風穴を抑えながら悲鳴を上げる巫女へ、畳みかけるように襲い掛かったのだ。
 機装式アームドフォートから激しく一斉発射する真理。彼女の脳裏には、敵情報が流れていた。何せ、眼前の巫女を操る存在こそが――。
「私の腕に寄生させたのと同じ名前なのですね……偶然、じゃないですよね」
 白の純潔を名乗っているのだから。
「坂口さんが誘惑を撥ね除けてくれて良かったわ。女として、まだまだ私も捨てたもんじゃないって事だもの。少なくとも、あなたよりは……ね?」
 胡蝶の螺旋力を噴出させたパイルバンカーが唸りを上げ、巫女の柔肌を紅に染める。
「なるほどね、貴方が……。サキュバスっぽいイメージに、相違ない見た目ね。男の人が好みそうな感じだもの」
 黒髪に豊満な身体。大切な部分を覆うだけの草花という格好を除けば……清楚風な雰囲気。
 巫女を一瞥した碧が、戦乙女の歌で士気を高める。スノーも同様に補佐に入り、翼を羽ばたかせた。
「さて、そろそろおじさんも参加させてもらおう。というか、おじさんを誘ってくれないとはつれないねぇ! 今晩おじさんとどうかな?」
 ラジュラムが、凍気を纏わせたブラックバンカーを突き刺すべく踏み込む。
「あら、ごめんなさい。貴方みたいな積極的なおじ様は趣味じゃないの。他を当たってくれる?」
「……お?」
 だが、ブラックバンカーは動揺から復帰した巫女が自在に操る草花によって絡め取られ、その勢いを殺されていた。共に傷を負い、相打ちとなって下がる両者。
 その隙に息を入れようと、巫女は清涼な草花の香りで傷を癒やす。さすがはメディックの回復量というべきか、見る見るうちに傷が塞がっていく。
「胡蝶さんはともかく、あなただけには負けられませんっ!」
 夢姫が聞いた所によれば、胡蝶は説得班として、そしてサキュバスとして見事坂口救出に一役買ったようだ。仮に夢姫がその大任を任されても、同じような結果に至れただろうか? ……いや、そのはずだと信じて!
「灼き払いなさい!」
 蒼き炎の不死鳥が巫女目掛け飛翔する。
「……かぁ、はっ!」
 ヒールした傍から痛撃を受け、防御のために張り巡らせた草花の一部を焼け落ちさせる巫女。
「は、破廉恥は、い、いけません!」
 草花が燃えたとなれば、必然的に巫女の肢体を覆う面積も減少する。一刻も早く駆逐するべく、魔神の力を宿したレーヴが電光石火の蹴りを、プラレチが尻尾の輪を飛ばしてBSを重ねていく。
「変態植物野郎だか巫女だか知らねぇが、人型の方が殴りやすくていいじゃねぇか!」
 アーシャは吼えながら、巫女の気を掴む。
「おらぁ!! てめぇのせいでゴミ塗れになった俺の怒りを受けやがれ!」
 そのままアーシャが投げの体勢を取ると、触れられてもいないに関わらず、巫女は引っ繰り返るように地面に叩き付けられるのであった。


「その邪魔なたわわをもいでやるぜ!」
 アーシャが両手を合わせると、背後の後光から光線が巫女に殺到する。狙いは、彼女の言葉通り豊満で形の良い胸部。
 ――が!
「てめぇ!」
 アーシャが、バッと振り返ったのは背後。彼女の肩は、レイがフェンリルから放出した凍結光線によって凍結、色素という色素を失っていた。おかげで、もいでやろうと意気込んでいた胸部から狙いが僅かに逸れる。それでも、巫女のエンチャントを破壊する事には成功。
「貴方も軽薄で好みじゃ無いけれど、褒めてあげてもいいわよ?」
 アーシャの攻撃と前後して、巫女も妖艶に腰をくねらせてケルベロスの情欲を刺激していたのだ。
「……こんなの見たくもないのに……目が離せないなんてっ!」
 碧も呻く。レイのように操られはしていないから、カラフルな爆発を発生させ、スノーとも協力して後衛のBSを解除するよう努めるが、それでもまるで魅入られたように視線を外せない。心臓が高鳴り、全身がカァーと熱を帯びるのだ。アーシャの前には、プライド・ワンがカバーに入っている。
「悪い、アーシャ! ……くそっ、本気で坂口のおっさんに何も言えないな、こりゃ!」
 Mdにより【催眠】から解放されたレイ。解放されながらも、やっぱり胸に視線を向けてしまうのは――。
「仕方ないだろう、レイくん。近くで見ても、何ともけしからんおっぱ……いや果実だ! 瑞々しい事この上ない!」
 男の性なのだろう。
 ラジュラムが黒塗を取り回して放たれる匠の剣技が、接敵した巫女の肌を真綿で首を絞めるが如く傷つけていく。
「私のは大人しい子だと思ってたですが……!」
 それでも、ケルベロス側の攻撃の合間合間には、縦横無尽に草花が襲ってくる。夢姫に狙いをすませたそれを真理が白の純潔で防ごうとするが、押し切られるように彼女の四肢を草花で貫かれ、蹂躙される。
「……う゛ぁっ!?」
 真理の機械部分が露出する。
「機理原さんを解放してくださいっ!」
「……あ゛あ゛!」
 すぐさま、夢姫の小太刀『櫻鏡』が弧を描く。的確に急所を抉る攻撃に、今度悲鳴を上げたのは巫女の方。
 加え、ファントムがスピンで巫女との間合いを広げる。
 火柱を上げるプライド・ワンも、追撃をかけた。
「あなたの誇りに口づけを。お眠りなさい。このまま果てなき無明に墜ちて」
 ヒールのために後退する巫女に、胡蝶が告げる。まるで、愛おしむように。その掌に、脈動する心臓の幻影を乗せて。胡蝶がその幻影にそっと口付けを落とすと。
「何を! 力が……んぐぁっ……抜けてぇ……ぃくのぉ……っ!」
 全身の筋肉が弛緩するように、巫女が膝を突き、やがて崩れ落ちる。彼女の傷が癒えていないのは、ヒールに失敗した証拠だ。
「胡蝶、よくやりました。私達の攻撃が上手く作用したようですね」
 ――月光の癒しを。
 レーヴが、銀色のカードを真理に投擲する。
「貴方様のような破廉恥な方を許容する事はできません。さようなら、攻性植物」
 そして、崩れ落ちる巫女に、冷たく、軽蔑を込めて告げた。
 すると。
「今度こそ捕まえたぜ!?」
 アーシャが巫女の胸部分の気を掴み、強引に振り回す。
 歪に変形する胸に、心なしか残念そうな表情のレイが、
「確実に仕留めるッ……撃ち貫け! ブリューナク!!!」
 5つの追尾するエネルギー弾で、その全身を嬲る。
 それでも、最後の足掻きを見せる巫女。ファントムが庇いに入るが、仮にそうでなくとも、ラジュラムに決定的な一打を加えられなかったろう。
 何故なら――。
「今宵、花韻の調べが告げるのは和の調停」
 全ての攻撃は、納刀状態で水平に構えたラジュラムの刀……黒塗に捌かれてしまうから。花楽音流。いなされる剣戟音は、極上の音楽のように。そしてやがては隙を晒し、不可避の一撃を加えられるのだ。
「……ぁ……ぁぁ……」
 ドサリと力なく倒れる、巫女のように……。
 倒れる巫女に向け、真理は静かに目を伏せた。

「帰りにそこらで一杯引っ掛けていくかね」
 夢姫と碧が互いを労いながら掌を打ち合わせる横で、ラジュラムは早速晩酌で頭を一杯に。
「それなら坂口さんも誘って、例のラーメン無料券を使うですよ」
 そんな彼に真理が提案すると、深夜2時という絶妙な時間故か、誰かのお腹が鳴る。
「そうね、坂口さんには精力をつけてもらわないといけないし……ね?」
 胡蝶が意味深に笑う。例の約束は、どうやら生きているらしい。
 ケルベロス達は夜の街に消える。大人はお酒を。未成年者は深夜ラーメンに心躍らせながら。
 そしてその日、世界から一人の魔法使いが消えた。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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