樹神咆吼

作者:秋月きり

「な、なんや、あれ……?」
 ぽつりと言葉が零れた。発した主は空を指さし、呆然と見上げている。
 その先に巨大な『何か』がいた。数メートル超える巨大な華に無数の根――否、触手。それは植物そのものだった。その巨大さ、そして、宙に浮くと言う異様さを除けば、であるが。
 その『何か』は突如、虚空に現れたのだ。その正体を彼らは知っている。このような常識外の存在、それは――。
「デウスエクス!!」
 誰かの悲鳴を皮切りに、人々は振り返り、逃げに転じる。
 即座の判断と思われたそれはしかし、侵略者であるデウスエクスに対しては、遅きに失したようだった。
 触手が伸びる。殴打は人々をなぎ倒し。
 触手が伸びる。槍の様に伸ばされたそれは建物を貫き、破壊の跡を刻んでいく。
 触手が伸びる。触手が伸びる。触手が伸びる……。

 やがて、破壊の限りを尽くしたそれは、ゆるりと移動を開始する。
 瓦礫地帯と化したその周囲に、動くものはそれ――サキュレント・エンブリオと言う名の攻性植物以外、存在していなかった。

「爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達がついに、動き出したようね」
 予知の結果が悲惨な物だった為か。リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の表情は暗かった。
「攻性植物達は大阪市内への攻撃を重点的に行おうとしている様子。おそらくだけど、活動拠点を大阪市内を中心として拡大しようとしている物と思われるわ。その為、事件を多数発生させて一般人の避難を促している……とも、取れるわね」
 もっとも、デウスエクスである攻性植物の事だ。人々の避難有無で侵略の手を止めるとは考え辛い。
「大規模な侵攻と言う訳じゃないけど、このまま放置すればゲート破壊成功率も『じわじわと下がって』しまう事が予想されるわ」
 それを防ぐ為にも、攻性植物達の侵攻を完全に防ぎ、更に、隙を見つけて反攻に転じなければならないだろう。
「で、今回、現れる敵は『サキュレント・エンブリオ』と呼ばれる巨大な攻性植物ね」
 蓮の花を思わせるそれは、体長7メートル達する巨大な存在だ。怪獣――この場合は怪樹、或いは樹獣――と呼ぶべき存在か。それが魔空回廊を通じて大阪市内に出現すると言うのだ。
「大阪市民、並びに市街地に被害が出る前に、サキュレント・エンブリオを撃破して欲しいの」
 それが此度の依頼だった。
「サキュレント・エンブリオは1体のみで、配下は無し」
 出現位置は未来予知によって特定されているので、出現後の市民の避難などは、警察・消防へ協力を要請出来る、との事。未来予知と異なる状況を作り出す事が出来ない為、事前の避難通知は出来ない事は難点だが、警察や消防へはリーシャから話を通しておくと断言する。
「みんなはサキュレント・エンブリオの撃破に集中して欲しいの」
 市街地での戦闘となる為、市街、特に建屋への被害はどうしても出てしまうが、人死にさえ避けれれば、後はヒールで何とかなる。故に早急な撃破が望ましいようだ。
「サキュレント・エンブリオは巨大過ぎて止める手段はほぼ無いわ。だから、戦いが長引けば長引く分、被害は拡大していく。その被害を抑える為には、短期決戦での対応が必要となるわね」
 サキュレント・エンブリオ出現地域には、中高層の建物も多いので、攻撃時の移動経路として使用する事が出来るようだ。ビルや電柱などを利用して、戦場である市街地を立体的に使う事ができれば、有利に戦えるかもしれない。
「こう言う巨大さが取り柄の敵は、とにかく動き回って的を絞らせない事が攻略法ね」
 なお、サキュレント・エンブリオは主に触手を使って攻撃して来る。当たり辛いがその巨大さ故、命中時には被害が大きくなりかねない為、注意が必要だ。
「今回の事件を予知できたのも、多くのケルベロス達が大阪城周辺を占領する攻性植物を警戒していたから、なの。その頑張りに報いる為にも、確実に敵を撃破して欲しい」
 そして、リーシャはケルベロス達を送り出す。その願いはいつもと同じ言葉で綴られていた。
「いってらっしゃい。武運を祈ってる」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
ミライ・トリカラード(夜明けを告げる色・e00193)
天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
ユグゴト・ツァン(黒山羊・e23397)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)

■リプレイ

●樹神現出
 大阪府大阪市。
 虚空に現出したそれに、人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。
 それは蓮の花に似ていた。
 それは海月を思わせる外見をしていた。
 そしてそれは、巨大だった。
 7メートル強の身体から延びる触手はビル群を薙ぎ倒し、電柱を砕き、ありとあらゆる人造物を砂塵へと帰していく。それが侵略者デウスエクス――サキュレント・エンブリオの所業だった。
 建造物を破壊した触手は勢いのまま、逃げ惑う人々へと向けられる。人々の命を――その魂に宿るグラビティ・チェインを搾取する為に。
「やれやれ。久々に動き出したと思ったら派手な事をやりなさる」
 だが、その行く手を阻む8つの影があった。地獄の番犬ケルベロス。地球を守る番犬にして、デウスエクスを狩る牙を持つ猟犬たちの名前だ。
 真紅の縛鎖を抱く天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)は巨躰を見上げ、軽く嘯く。怪獣を思わせる巨大な浮遊植物を前に、だがそこに怯えの色はない。自身らの為すべき事は、彼の攻性植物を狩る事なのだ。
 オオオオーー。
 音が響いた。
 声帯を持たない筈の攻性植物から零れた咆哮は、目の前の彼らを敵と認識した為か。
 地面すら揺るがしかねない咆哮を前に、フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)はふふりと柔らかな微笑を浮かべた。
「これ程大きいとー、やり甲斐ありますわねぇー」
「そうだね。これ、今までのろくでもない侵略寄生に比べたらマシな方かな?」
 とは言え、見過ごす理由はないとミライ・トリカラード(夜明けを告げる色・e00193)は息巻く。
「いやしかし、バカでけぇ植物が出たもんだ」
 骨が折れそうだ、と差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)は笑みを浮かべる。好んで人の型を取るウェアライダーの青年が浮かべる微笑は、本来の肉食獣を思わせる獰猛な物だった。目元に施された戦化粧もまた、彼の纏う色を濃くしていた。
「仔を殺戮する仔にはお仕置きが必要だ。如何なる存在でも母を拒む事は赦されぬ。貴様の触手を焼き潰し、混沌の餌だと認識せねば。黒山羊の肉塊を受け入れよ。醜悪なる偶像は此処に蹂躙を誓う」
 奇怪な鉄塊剣を構えるユグゴト・ツァン(黒山羊・e23397)は己の得物と同じく奇怪な言語を攻性植物に向ける。それは千の仔を孕む森の黒山羊の名の下、異貌の存在を許すつもりは無いとの宣戦布告でもあった。
「何としても、事態を早急に収集しなきゃ!」
 風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)の決意は強い。ここで攻性植物を止めなければ何千何百といった犠牲者が生まれる。それを看過する理由など無い。
「さあ、行きましょうか」
 ドラゴニックハンマーを砲撃形態に移行しながら一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)が静かな声を上げる。敵は巨大で強大。だが、そこに何の恐れを抱く必要があろうか。
 紅く緩やかな唇は、その証左の如く微笑を形成していた。
「デウスエクスを討つ為! 人々を守る為! 我らの牙を受けるであります!」
 虹の紋様が浮かぶ籠手を掲げるクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)の鬨の声が、高らかに響いた。

●猟犬乱舞
 触手がはためく。槍の様に鋭く尖った先端はケルベロス達の命を奪わんと雨の様に降り注ぐ。
「――っ?!」
「やらせないであります!」
 しかし、彼らに届くより速く。
 金属音と共にそれらを受け止める者達がいた。
 漆黒に煌く光太郎の鎖、壁の様に立ち塞がるクリームヒルトの盾。そして彼女のサーヴァント、フリズスキャールヴの凶器が触手を撃ち落とし、或いは受け止める事で仲間への被害を最小限に押し留める。
「流石に重いな」
「で、あります」
 光太郎の独白にクリームヒルトの短い応答が重なった。
 7メートル超の巨体から繰り出される一撃だ。ただでさえ大きな損害を与える攻撃は更に、クラッシャーの加護を以て放たれている。受け止めた腕に未だ、痺れが残っている錯覚が襲っていた。
「まずはエンチャント! 打ち合わせ通りにいくぞ!」
 戦闘狂を自認しているとは言え、それは無謀と言う意味ではない。
 それを体現するかのような紫音の台詞は、フラッタリーへ光り輝く盾の力を付与しながら紡がれる。彼に続くクリームヒルトもまた、小型治療無人機を召喚。自身を含めた前衛に盾の加護を付与していく。主に倣うフリズスキャールヴもまた、自身を応援する動画を閲覧。受けた傷への治癒に専念する。
「Idhui dlosh odhqlonqh!」
 零れるおぞましき詠唱はユグゴトからだった。
 退去を求める神の句は滑稽な物語に端的な意味を抱かせるべく、ユグゴトの身体に鋭敏な魔力を宿らせる。
「サァサ、ソノ葉肉毟リ候ェ!」
 化生の如く飛び出したのは巨大な鉄塊剣を抱くフラッタリーだ。サキュレント・エンブリオの一撃によって崩れ落ちる電柱を足場に、彼の攻性植物へと取り付く。
 その動きはまるで猿神の如く。伸ばされた触手すら足場に跳躍。攻性植物の身体から見ればあまりに小柄な体はしかし、弾丸の如く飛来し、その腕が突き立てる刃はガリガリとサキュレント・エンブリオの身体を削り、斬裂の痕を残して行く。
「YAーHA!」
 花弁に星纏いの蹴りを放つミライから歓声が零れた。
 瓦礫を足場に。そして伸ばしたケルベロスチェインすら四肢の一端と化した彼女の踵は、花弁――サキュレント・エンブリオの頂点に叩き込まれていた。
 飛び回る蠅を叩き落すかの如く、触手を振るうサキュレント・エンブリオはしかし、次の瞬間、それが愚かな行動だと悟ってしまう。
「……捉えました」
 超常的な長距離からの射撃を敢行した瑛華が硝煙を吹き消しながら静かに告げる。
 サキュレント・エンブリオの巨体がぐらりと揺れるのは、その花被を彼女の砲撃で貫かれた為か。射程距離を無視した魔弾は、有象無象の区別なく、彼女の敵対存在を許しはしない。
「この程度の的であれば、素人でも当たりそうですね」
 まして、その意識が空中を舞う二人に注がれているのであれば。
「それだけじゃねーぜ?」
 空気すら足場に変え、更なる跳躍を行う光太郎の一撃は寸分違わず、サキュレント・エンブリオの身体を貫く。研ぎ澄まされた一撃に葉肉を凍らされた攻性植物は、威嚇の如く触手を虚空に広げた。
「それでも命中アップは必要そうだよね」
 幾ら的が大きくとも、相手はデウスエクス。油断は大敵と錆次郎がオウガ粒子を散布する。感覚を鋭敏に染め上げる補助は攻撃を重ねるケルベロス達への助けになれと祈りの形を以て具現化して行った。

●樹神咆哮
 地響きの音が響き渡る。薙ぐ触手は建屋を砕き、ケルベロス達すら打ち砕かんと波の如く、彼らを強襲する。
「――っ?!」
 その一撃を受け、ビルに叩き付けられたのはフラッタリーだ。度重なる彼女の攻撃はサキュレント・エンブリオに憤怒の感情を抱かせ、それ故に彼女を執拗に狙っていた。幾多に繰り出された内の一撃がようやく彼女を捉え、ビルへと衝突させたのだ。
「大丈夫?」
 ルーンの魔力を紡ぐと声を掛ける錆次郎の心配はしかし、次の瞬間、あわわと挙動不審の色を帯びてしまう。
 立ち上がった彼女はギラギラと金色の瞳を輝かせ、血で染まる唇は獣の如く唸りと涎を零している。狂乱に染まる姿であっても、彼女は美しかった。血の跡を引く白い肌ですら、それを体現するかの様に見える。
 キャスターの加護のお陰か。四肢を広げ、自身を襲う衝撃を最小限にまで殺したフラッタリーに大きな怪我はない。
 治癒を施す彼に短い礼を送ると、再び跳躍。取り付くエンブリオに幾度目になる刃を突き立てていた。
(「これなら安心だ、よね」)
 ルーンの加護とオウガメタルの癒し。その双方を操る錆次郎はほっと息を吐く。
 贅沢を言えば機械腕による的確な応急処置も行いたかったが、対象と出来る人物は自身か瑛華しかおらず、そして、そこまでサキュレント・エンブリオの触手が伸びる事は無かった。
 攻撃は目まぐるしく跳び回る仲間達――とりわけ、光り輝く翼で飛び回るクリームヒルトと彼女に付き従うフリズスキャールヴ、黒鎖を支持腕に縦横無尽に駆け回る光太郎の三者によって阻まれていたからだ。
 その彼らが受ける傷を癒すのは、錆次郎だけの仕事ではなかった。彼と共に紡がれる治癒グラビティはフリズスキャールヴが放送する応援動画、そして。
「進ませないと、言ってるだろう!」
 奮い立つ覚醒の声は光太郎が纏うもの。守護を望む気持ちは彼の足を再び戦場へ向かわせ。
「まだ倒れるには早いであります! 光よ!」
 クリームヒルトの喚び覚ます光は、サキュレント・エンブリオの触手によって生じた損壊を、大きく減じて行った。
「こうなってしまっては独活の大木だな」
 鋼の拳で樹皮を切り裂く紫音は、狂気を滲ませた笑みを浮かべる。
「巨大さから大木は言い得て妙ですが……フラッタリーさんっ!」
 言葉を返す瑛華の竜砲弾が弾くのは、フラッタリーを強襲した触手の殴打だった。あらぬ方向に逸らされた鞭毛はビルに命中し、最上階の一部を削り取る。
 まるで重機や砲撃の様な一撃に身を晒し、躱し続けていく彼女の心境や如何に――と有らぬ心配が浮かんでは消えた。幾らディフェンダー二人のサポートがあるとは言え、度重なる挑発行為の繰り返しは戦闘狂や狂乱では説明つかない物であった。
「怖くないとは言わないよね?」
 縦横無尽に飛びつくフラッタリーを目で追いながらのミライの疑問に答えは無かった。代わりに猿叫が周囲に木霊する。
「ヘルズゲート、アンロック! コール・トリカラード!」
 だが、攻撃手としてはミライの方が一歩上だ。その自負がある。まして、クラッシャーの加護を纏う身の上であれば――。
 ミライが召喚した下僕は赤、青、黄の三色からなる炎を纏う鎖だった。召喚陣から蛇の如く飛び出した鎖は、ミライの指揮の下、サキュレント・エンブリオに食らい付く。
「恐怖の感情を失う者は無し。しかして、それを抑える事は可能」
 ユグゴトの吐く地獄もまた、サキュレント・エンブリオを炎の舌で舐め取っていた。立ち上る焦げた臭いは、サキュレント・エンブリオの悲鳴の如く、周囲に散らばされていく。
 そう、それはユグゴトの言葉通りだった。如何に脳を地獄化し、狂奔に猛ろうとも、否、それ故に、死と言う本能が抱く恐怖はフラッタリーを苛んでいる。
 だが、逃亡する訳に行かない。逃亡する理由がない。自身に負担を強いる戦いを望んだのは、自分自身なのだ。
 そして。
「アアアァァァ嗚呼ーーーっ!」
 吠える。咆える。吼える。
 恐怖を克服する術など、結局は一つしかない。それは信頼だった。
 仲間と共に戦う。仲間と共に敵の攻撃を分散する。仲間と共に敵を追い詰める。
 その覚悟があった。そして、仲間達は彼女に応えてくれた。だからこそ今、サキュレント・エンブリオを追い詰めている。これは自身一人では為し得ない、仲間と培った勝利だ。
 念動力による爆発を叩き付けたフラッタリーは哄笑を浮かべる。狂い咲く声をしかし、一同は慣れたように受け流していた。
「さて、終わらせようぜ。独学の喧嘩殺法と侮るなかれ! 間合いの詰め方はお手の物ってな!」
 赤き着物をはためかせ、滅多切りと蹴撃を負わせた紫音もまた、にぃっと狩猟者の笑みを浮かべた。

 やがて砂時計の砂が全て落ちきるように、その刻はやって来る。
 その来訪は、サキュレント・エンブリオがぐらりと揺れる事で告げられていた。
「Loathsome shapes that seeped down from the dark stars……時は成された。我らの勝利だ」
 混沌の斬撃を叩き付けるユグゴトは、むしろ淡々とその言葉を紡ぐ。それが示す意味は一つだけだった。
 傾くサキュレント・エンブリオに絡みつく真紅の鎖は、ミライの放つ爪撃だった。三本の爪は攻性植物の身体に食いつき、本体の縛鎖はぐるぐるとその身体を拘束していく。
 宙を跳躍しながら、鎖を肩で背負ったミライは自身の身体を重石代わりにと、サキュレント・エンブリオそのものを地面へと叩き付けた。
「デウスエクス・ユグドラシル! じ、ご、く、に――落ちろおおおおおっ!!」
 叫びは尾を引き、そして、やがてぐしゃりと潰れる音が周囲に木霊する。
 死を楔ぶ一撃を受けたサキュレント・エンブリオはぴくりぴくりと二度、三度痙攣すると、さらさらと自壊し、崩れ去っていった。
「――これは?」
 光の粒子と共に流れていく『何か』。光太郎は表情に疑問符を浮かべながらも、空気に溶けていくそれを見送っていた。

●人間讃歌
「抱擁は成された。お仕置き完了だ」
 通常とは違う生き物であるデウスエクスであるが故、遺体は残らず。よって、腹の中に攻性植物を収める事の出来なかったユグゴトの独白は、葬送の如く消えていく。
(「やはりあれは……」)
 最後に光太郎が気付いた物。それがサキュレント・エンブリオの胞子である事は想像に難くなかった。
「特に何もなければいいけどな」
 光太郎の呟きが染み入る。だが、現段階で胞子散布を止める手段など無かった。故にそうであれと、祈るしか出来なかった。
「しかし、大変だなぁ」
 瓦礫と化した大通りを見やり、紫音が嘆息する。
 ビルを始めとした建造物は破壊され、瓦礫が散乱している。最初にも感じたが、まるで怪獣通過後の街並みそのものだ。ヒールで回復するとは言え、その作業は骨だろうと天を仰ぐ。
「でも、被害は建屋のみで人的被害は無し。……良かった」
 消防や警察とコンタクトを取ったのだろう。状況を確認した錆次郎の表情に安堵が浮かんだ。此度の被害は小さく、しかし、それが攻性植物による大攻勢の前触れと思うと、油断は出来ないと小さく呟く。
(「何かの手掛かりがあるかもしれないし」)
 調査を勧めなければ、と言う思いと頑張ろうと言う意気込みが彼の中で交錯していた。
「一刻も早くゲートの破壊を目指したいでありますね」
 クリームヒルトの言葉に滲むのは悔しさだった。今は対処療法しか出来ない。人々の生活は常に脅かされているのだ。事件の根治を目指すならば、彼女の願いは必然だった。
「さぁさぁ。帰るまでが任務ですよー。ですから、早く修復して帰りましょうねー」
「ええ。攻性植物の動きも気になるところですが、まずは皆さんの生活を元通りにしなければ、ですね」
 フラッタリーの呼び声と瑛華の先導を受け、ケルベロス達は各々、瓦礫と化した建屋にヒールを施していく。
「今はやれることをやっていこう。……でも、大丈夫。地球の皆の粘り強さは、植物にだって負けたりしないよね!」
 ミライの独白に一同は強く頷く。そう、それは人間讃歌。地球の人々の強さを謳った唄であった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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