シャイニー・ベリー

作者:東間

●苺な訪問者
 青い空、白い雲、そして──ビニールハウス内に開いた魔空回廊。
 そこからぴょんっと飛び出し、くるくるりとターンしたのは、愛らしい衣装に身を包んだ少女だった。ウサミミスイーツなパラソルもくるるる、と回したら小さく『グー』にした手を口元に添え、きゃるん。
「ふふふ、今のキメポーズはなかなかでしたぁ。アピール抜群ですぅ」
 端から見れば愛らしい少女だが、ビニールハウス内部に開いた魔空回廊から出てきた上に、背後には苺の頭部と筋肉質な体を持った存在が3体。
 どう見てもどう考えても普通じゃない少女は、パラソルを右へくるくる、左へくるくるさせ、別のポーズを取ったら軽やかステップ進んで、とハウス内を行く。
「あ、これなんか良さそうですぅ」
 ぷちっ、と苺を摘んで食べ──ぷくぅと頬を膨らませた。
「このイチゴはいまいちですぅ。私にふさわしくないイチゴは、要らないですねぇ」
 スタスタスタスタとハウスから出ると、ずっと後ろにくっついていた3体を振り返る。
「私は帰るので、後はめちゃくちゃにしちゃってくださぁい」

●シャイニー・ベリー
 集まったケルベロス達に気付き、ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は『やあ』と軽く手を挙げた。
「爆殖核爆砕戦の結果か、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出したみたいなんだ。向こうは大阪市内への攻撃を重点的に行おうとしているようでね」
 おそらくは大阪市内で事件を多数発生させる事で一般人を避難させ、大阪市内を中心として拠点拡大──という計画なのだろう。
「大規模侵攻じゃあないけど、放置すればゲート破壊成功率も『じわじわと下がって』しまうからね。すべき事は、敵の侵攻を未然に防いで、更に隙を見つけて反攻に転じる事さ」
「成る程……その為にもまずは『未然に防ぐ』、ですね」
 決意を滲ませた壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)へ、ラシードはそう、と笑む。
 今回現れる攻性植物は、甘菓子兎・フレジエという名の少女型。
 配下を伴って大阪府近郊の苺農家に現れるのだが、甘菓子兎・フレジエはすぐ撤退する為、戦う事は出来ない。しかし、甘菓子兎・フレジエの配下が苺農家に襲いかかる所には、駆け付けられる。
「配下の名前はストロングベリー。ビニールハウスから出た所に3体いて、甘菓子兎・フレジエの命令で農園を滅茶苦茶にしようとする。そしてタイミングの悪い事に、農園の人達が車に乗ってやって来るんだ」
 運転席に年配の女性、助手席に男性。
 後部座席には成人したばかりに見える青年が3人。
 このままでは彼らが真っ先に狙われてしまうが、ビニールハウスの向かいに駐車場がある。男は、ケルベロス達がそこへ降下出来るようへリオンを動かすと宣言した。
「……へリオンからの降下ですか」
「ああ、そういえば壱条はまだだったね。結構広い駐車場だし、多少誤差が出てもビニールハウスに落ちるなんて事はないよ。というかしないから、安心して」
「そこは、気にしていません」
 一度だけ揺れた獣耳にラシードはそうかそうかと笑い、敵の攻撃グラビティに触れる。
 敵は見た目通り『苺!!』な攻撃を繰り出してくる。3体全てが防御力に特化したタイプらしいのだが、攻撃力はそれほどでもないようで、防御力を崩す作戦をしっかり立てていけば、手こずる事はないだろう。
「全てのストロングベリーを撃破出来たら、農園の人達がやっているカフェへお邪魔してみたらどうかな」
「農園の方々が経営するカフェですし、鮮度抜群の苺が頂けそうですね。楽しみです」
「すぐそこで栽培しているからね。そりゃもう抜群なんだろうなぁ」
 という事でまずは──真っ赤に輝く苺と、その作り手達を守りに行こう。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
レネ・トリラーレ(花守唄・e02760)
天見・氷翠(哀歌・e04081)
黒江・カルナ(黒猫輪舞・e04859)
アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
幸・公明(廃鐵・e20260)
ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)

■リプレイ

●モンスター・ベリー
 苺でいっぱいのビニールハウスに似つかわしくない、引き締まった苺茂るムキムキグリーンボディを持つ『苺』達。
 その頭が近付いてくる1台の車を見たのとほぼ同時、ハウスの向かいにある駐車場にズドン! と複数の衝撃が落ち、ストロングベリー達の視線を遮るように立つ。
 先陣を切った筐・恭志郎(白鞘・e19690)は、霞構えから僅かな動きで繰り出した突きで1体に死合の烙印を刻みつけ、アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)も突きを受けた1体目がけ跳躍した。
「あちらには行かせませんよ!」
 降下ポイントの関係で落下と同時の攻撃は出来なかったが、こうして敵と車の間に布陣出来た今、農園の人々の安全は確保されたと言っていい。
 流星纏った飛び蹴りは間に割り込んだ別の1体へ。しかし鋭い蹴撃はムキムキの太腿にビシリと亀裂を入れ、次の動きを鈍らせるものと化す。
「離れてください!」
 恭志郎の声を受けた車がぐんぐん遠ざかっていった。
 Uターンの際にタイヤからギャギャギャという音と煙が噴き上がっていたが、離れてもらえれば。そう、安心だ。ちょっぴり同乗者が心配になった幸・公明(廃鐵・e20260)だが、むん、と両腕を組んで立つ無傷の1体を見る。丁度中央にいた個体だ。
「俺はあっち、ハコさんはそっちを頼みますね」
 振り上げた鉄塊剣による一撃は、柔和な表情とは真逆かつ単純攻撃だからこそ激しい一撃。
 対する『苺』達は2体が苺をもぎ、もう1体は小指を立ててシャラァン! なポーズを決めてきた。途端、苺の甘さや瑞々しさを思わす香りと煌めきが戦場に溢れ、与えたばかりのものを1つ祓っていく。
 それを裂くように繰り出された斬撃が、ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)と公明を襲うも、すぐさま動いた天見・氷翠(哀歌・e04081)の描く守護星座が、その目映い輝きでもって防具に刻まれたひびを薄れさせた。
(「農園の方々が丹精込めて、応えた苺さん達だもの。守れる様に頑張る」)
 そして、仲間達も。手を繋いで降りた壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)を見れば、しっかりとした表情で呪文を紡いでいて。
 降下時に継吾の傍にいたレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は、継吾と視線を交えてすぐ奪われた両腕から地獄焔を溢れさせる。痛みと共に呪詛が遺された直後、黒江・カルナ(黒猫輪舞・e04859)の喚んだ黒猫の幻影が『苺』の影へと飛び込んだ。
 甘菓子兎・フレジエは勝手に摘まみ食いした挙句、気に入らないから滅茶苦茶にと言った。人の心を何とも思わない行いを許す事は出来ないと黒江・カルナ(黒猫輪舞・e04859)は断じ、言う。
「この場を、苺達に籠められた想いを、守り抜いてみせましょう」
「はい。農園の方々も。彼らが心を込めて作った苺達も私達が必ずお護りします」
 レネ・トリラーレ(花守唄・e02760)は内に秘めたものを強さに変え、癒しの雷壁が聳え立つ中をルチルは高く飛び、煌めく虹の軌跡と共に一気に落ちる。
「ここから先は活きのいいいちご、立入禁止だ」

●バッド・ベリー
 サッと割り込んだ『苺』が嗤ったように見えた次の瞬間、ミミック・ルービィの創り出した『財宝』が降り注ぐ。
 ぎらぎら輝いて惑わすそれに『苺』達が何やら愛らしい仕草で慌てる、その向こう。ハウス内にあるものの輝きは、まだ見えないけれど。
「立派な苺を育てるのに、どれだけ手間と技術をかけて大事に世話しているか。それを、滅茶苦茶にしちゃえだって?」
 天高く飛んだ恭志郎の言葉は穏やかだが、怒りは静かに、ふつふつと。
「……覚悟はいいですね? ちょっといい香りさせたって許しませんから!」
 遙か上空から見舞った虹色の蹴りは、激情の欠片をまだ宿していなかった個体へ。
 『苺』達が次の行動を取る前にとケルベロス達は機を繋ぐ。
 恭志郎が怒る理由を──彼も農作業をしている事を知る氷翠は、彼の作った苺の美味しさを思い出しながら自身を中心に守護星座を輝かせ、レーグルは1体目がけ地獄焔に染まった縛霊手を叩き付けた。
「散れ」
 ディフェンダーとはいえ、集中攻撃を受けた『苺』に練度の高いクラッシャーの一撃はたまったものではない。結果。
「やりましたね。まずは1体……!」
 公明は次に負傷率の高かった『苺』へと狙いを定めた。燃え盛る弾丸の雨を降らせれば、七色の牙を剥き出しにしたハコも容赦なく腕に噛み付き、振り回されてもなかなか剥がれる様子がない。
 それでもぽーんっと振り飛ばされ──しかし反撃の一手は更に機を繋いだ者に取られていく。
「しかし何とも……様々な意味で、危険な香りがする敵ですね。益々放ってはおけません」
 カルナの声と共に躍り出て影に消えゆく黒猫と、ごう、と音を響かすアウラの流星蹴り。1体に集中した攻撃は『きゃっ危なーい!』と言いそうな仕草で飛び込んだ1体が、全て丸ごと受け止めていた。
「仲間意識の強いこと。はっ、まさか敢えて郊外地域を押さえる事で、勢力範囲を一気に増やすつもりでしょうか……?」
 広く布石を打って中を取る、囲碁を思わせる戦い方。
 『い』ち『ご』だけに。
「……あぁ。『い』『ご』ですね?」
「あっカルナさん、今のナシで!」
 何であれ、とアウラは『苺』達を見る。
「そんな事はさせません。そこに住まう人々のためにも、気兼ねなく苺を楽しむためにも!」
 すると、『苺』達がまた嗤った気がした。
 両手をグーにし、左手を顎へ、右手を上へ。ついでに両足を内股にした1体から苺の香りが迸った瞬間、その肩に手を突き飛び越えてきた1体の脚に苺色の弾けるオーラが宿る。
 苺な蹴りが向かったのは、激情を与えていた恭四郎。だが、宇宙を閉じこめたような箱──ルービィが阻んだ。敵は全てがディフェンダーだが、味方を守る盾はケルベロス側にもしっかりと在るのだ。
「いいぞ、ルービィ」
 美味しい苺に酷い事を──農家の皆々の頑張りを無駄にせんとする『苺』達は必ず止める。ルチルが放ったものは放物線を描いて『苺』達の頭上に舞い──。
「全国の苺好きに代わってお仕置きだ」
 爆ぜると同時に凄まじく強烈な凍気で『苺』達を刺し貫き、継吾が『呪い』を向けた瞬間、後衛陣を雷壁が包み込んだ。

●グッバイ・ベリー
「苺の香りをさせた可愛いポーズ……とっても愛らしいですが、駄目です。あなた達は退治させて頂きます!」
 害が無ければ、攻性植物でなければ、ちょっとムキムキなだけの苺マンで済んだだろう。しかし『苺』達のもたらす害は苺やハウス、土地──そして作り手達に向けられるものだ。
 レネの声と共に加護を抱いた癒しがきらきら輝き、地を蹴った恭志郎が髑髏覗く腹部へと達人級の一撃を見舞う。
 『苺』は腹を押さえながらふらりと傾き──そのまま起きなくなれば、害ある『苺』はあと1体。
「災いの芽は摘み取りましょう――貴方達の栄華は、認めません」
 倒れ伏した1体に向けた目をすぐに最後の1体へと注いで、カルナは今ある最大火力を贈っていく。
 掌から出現させた幻影竜の放つ炎は一瞬で『苺』を呑み、身体の奥深くまで焼き尽くすような炎が晴れるより先に、氷翠は『天青霊衣』をふわり踊らせ凍てつく弾丸を放ち、アウラも手にした日本刀でゆるりと月の斬撃を繰り出した。
 弾みでぽとりと落ちた苺も、舞った葉も。
 ああ、本物と同じように見えるのに。
「苺の可愛いパワーでも誤魔化しきれてませんね……」
 公明が思わず零した溜息混じりの声は、内臓にまで響きそうなガトリングの連射音でかき消える。
 後に続いたハコ、そして継吾の攻撃を寸でで躱した『苺』は、自分が最後だからなのか。ポーズ付きのヒールではなく、腕からもいだ苺をしゅるると剣に変え、傷だらけの身体をなぜだかやたらよく動かしながら繰り出してくる。
(「……フェンシングみたいだ」)
 そんな印象を覚えつつ、奮われる斬撃から仲間を庇ったルチルの目に、レーグルの両腕を灼いてしまうのでは、と思える程の地獄焔が映った。
「それ以上は叶わぬと心得よ」
 最後の『苺』が業火に呑まれ──ドサリ、と倒れ伏す。
 それから数秒。うんともすんとも言わず、ぴくりともしない。
 ケルベロス達は、3体全てを撃破したのだと確信した後、終わったのだと悟り戻ってきた農園スタッフから要望を聞いた上で、ヒールグラビティを施していく。
 苺の性質を知るアウラは念入りに処理を行っていき、ルチルはまだどこか興奮した様子の老婆を褒め称えた。
「素晴らしいドラテクだった。おかげで戦闘に集中できた、助かったぞ」
「あらぁー、嬉し~!」
「うん。逃げてくれて、ありがとう。苺さん達を置いて行くの、心残りだったと思うから」
 氷翠の言葉に、確かに苺の事は気になったけれどと老婆は言い、でもねえと笑う。
「皆さんが苺のお化けとあたし達の間にサッと入ってくださったでしょ? だから、ああ、大丈夫だ~って……あたし達は全てを託して逃げられたんですよ」
 そのお礼に──守り抜いた喜びに──鮮度抜群の苺でいっぱいの朝食を。

●モーニング・ベリー
 立志風にいうと『喫茶店のおしゃれなやつ』なカフェは、公明にとって1人ではどこか申し訳なさが生まれる場所だが、今日は立志と一緒だから『わくわく』でしかない。苺サンドを頬張れば、ひんやり甘酸っぱいのが今日のぽかぽか陽気とよく合っていた。甘い赤色のジュースを飲んだ立志も、その味と冷たさに目を瞬かせている。
「へー、苺って凍らせても美味いんだな」
 果実のまま置いておくより日持ちしそうな上、手軽に食べられる。これからの農作業時の休憩用に丁度良さそうだという声に、公明は昼休みに食べられたら幸せそうだと頷いて──ふと。
「岩堂さんも、ご自分の野菜で料理とかされるんです?」
「ん? 料理? 作るっちゃ作るが、簡単なものばっかだな」
 自分1人なのにあまり手の込んだ物を作るのも面倒で、新鮮な野菜はそれだけで美味いから、そんなに手かける必要も無い。
 公明も1人暮らしだからこそ解る部分があり、経験が少ないからこそ感心する部分もあり。ふむふむ頷いていた所に、野菜が欲しくなればいつでもうちに採りに来ていいとは、正に天恵。
「新鮮さだけは保証できるからな」
「では、その時は畑仕事を手伝わせてもら……あれ?」
 あった筈の、残りのサンドが無い。膝を見る。ハコの口から赤と白が覗いている。アイス追加の声が、遠慮がちに流れた。

「昔から苺サンドには、特別な食べ物感と、主食をデザートにする背徳感を感じていたのですよね……」
 アウラが笑顔で苺サンドに手を伸ばせば、継吾がこくり頷いた。果物はデザート感が強く、しかしメインで来た時に主食と捉えていいものか、と。
「継吾さんもでしたか。でも、苺農家のお墨付きですから、安心して好きなだけ食べられますよ!」
「そうですね。僕、おかわり用のお金、ちゃんと用意してきました」
 頂きます、と食べるその前にはアイスとジュースもスタンバイ。同時進行で減っていく3品に、氷翠はぱちぱちと拍手してジュースを一口。一瞬で広がるのは、甘酸っぱさと潤い。そして、幸せ。
「育ててくれる方々に、感謝だね」
 ほのかに笑みを零す横で、同じくジュースを味わっていたレーグルは緩やかに尾を揺らす。
「段々と暑くなりつつある故、これは有り難い。壱条殿も体調にはお気をつけてな」
「そうですね。レーグルさんや皆さんに追いつく為にも、暑さに負けないよう気を付けないと」
 ところで、風の噂だが『昔から甘酒を間食にしていた』という人がいるらしい。それってデザートでは。
「はてさて、何の事やら……」
 アウラの口内いっぱいにあった甘みが、ジュースの酸味で中和されていった。

 戦闘の後で熱くなっていた身体が、ひんやりシャキシャキ食感と甘い味わいですっきりしていく。
 静かに目を輝かせるルチルの向かいでは、纏も目を輝かせていて。何せ、ふあっふあの食パン足す、しっかり泡立てられたのがわかる生クリームかけるマスカルポーネクリーム足す、とびきり新鮮で旬な苺だ。ソレ即ち。
「もう最高!」
「マトイのも美味しそう、一口もらうー」
「勿論よルチルちゃん。さ、どうぞ」
「ありがとう。うん、マトイの言う通り、うまうまだ」
 心ゆくまで味わって、時間があればハウスの見学もしてみたい。見る事で、改めて感謝したい。ルチルはそう言ってジュースをまた一口飲む。
「美味しい苺を、ありがとうって言いたいんだ」
「じゃあこれから近くの所に掛け合ってみましょうか」
 どんな食べ方でも食べて貰えるのが製作者にとって1番嬉しい事。食べた人の声を直接聞けた時はきっと、天にも昇る程の喜びと纏は笑う。
「わたし、いつかマトイのおうちのも食べてみたい」
「え? わたしの作った苺も見たい? 勿論いいわ、今度実家の方に案内するわね!」

 メニューに落としていた視線を少し上げれば、カルナの目には同じく迷っている様子の同席者達が映る。
「たまには息抜きも大切ですよ」
「息抜き……そうですね、たまには悪くない、です」
 自分達が来て良かったのかと思っていた碧生だが、誘いと心遣いに感謝を覚えたのは確かで──そして、そう。たまには息抜きするのも悪くない。箱竜のリアンも、彼女も楽しそうなのが何よりだ。
「どれも魅力的で悩みますね、碧生君。……折角ですから一通り頂いてシェアしますか?」
 そう提案する声は、幾分弾んでいる心の様を表すよう。密かに甘味好きな碧生から快い返事があってから数分後、真っ赤な煌めきが勢揃い。
「甘くてひんやり……この幸いも、農家の方々の真心あってこそですね」
「ええ。本当に」
 無表情がちな表情も、大人びた静かな表情も、幸せ漂う甘い朝食が柔く綻ばす。

 兄貴分の妹と、兄の弟分。そんな2人で仲良くメニュー全制覇となれば、当然テーブルの上は素敵な事になるからスマホの出番となる訳で。
「恭兄、苺サンド持って一緒に撮ろ。冬兄に送って自慢しちゃいますのだ」
 千の持つスマホからカシャッと音がしたら、半分こした苺サンドを幸せ気分で『いただきます』。ただし、溢れたのは幸せ気分だけではないようで。
「あ、ほっぺ付いてますよ」
「ふむ? どした恭兄……」
 恭志郎がハンカチでそっと拭き取ったのは、思わずむふーとしてしまう最高の組み合わせから、ふにゃり、と溢れた生クリーム。優しいもう1人の兄と仲良くなれた事も嬉しくて、千の顔にぱっと笑顔が浮かぶ。
「拭いてくれてありがと! 恭兄優しい!」
「どういたしまして」
 兄。そう呼ばれるのは、独りっ子故に少し擽ったくて──嬉しい。

 お疲れ様と労る微笑みに嬉しそうな笑顔が返った数分後、レネとクレスのテーブルには苺のサンド2つとフローズンジュース1つと、苺のアイスが1つ。
 アイスはその色も、中に隠れている欠片もひんやり冷たく甘い極上の春だ。クレスは目と舌を楽しませてくれるそれを味わいながら、レネを見て目を細めた。苺サンドを頬張って、白いパン生地から垣間見える苺に目を輝かせている。
「これがとっても美味しいです!」
 幸せそうに笑う彼女は春の果実と相まって愛らしく、小さな口へと1つ3つ5つ──。
「……」
 そういえば、華奢な彼女から『パンケーキを軽く10枚食べた』と聞いた記憶が。
 次々消えていくスイーツに数えるのを諦めた時、視線に、はた、と気付いてレネは頬を染める。
「……今、沢山食べるなって思いました?」
 視線が交わる。いや、と笑顔が零れた。
「幸せそうに食べる君の笑顔をこれからも見ていたいなって。そう思っていたんだよ」
 きらきら輝くのは、真っ赤な宝石だけにあらず。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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