甘紅の蹂躙

作者:皆川皐月

 るん、るん、るん、と鼻歌が聞こえた。
 屈強な苺頭の人型植物 ストロングベリーを従えた甘菓子兎・フレジエが機嫌良く長閑な道を歩む。
 ミルクチョコレート色の兎耳を揺らし、クリームの様なフリルたっぷりの裾を翻す様はまるでアイドルのよう。
 愛らしいケーキのような和風ロリータのドレスを身に纏い、軽やかなステップ。
 スキップ、スキップ、ターン、スキップ、ラブリー☆スマイル!
 可愛らしい笑顔を振りまき、ぴったりと止まったのは苺を栽培しているハウスの前。
「わあー!みてみて、あまぁい香りがしますぅ……もしかしてぇ、こーこーはー……?」
 小首を傾げたフレジエの意思を汲んだように、ストロングベリーの一体が歩み出る。
 拉げたハウスの扉。わぁい!とスキップで入り込むフレジエ。
 らん、らん、るるる。
 鼻歌交じりにフレジエが手に取った真っ赤な苺。
「かわいいかわいいイチゴさん。いたたきまぁーす!」
 一口。
 瑞々しさに喜んだのは一瞬のこと。直ぐにフレジエの表情が曇る。
「むぅ。あまさがたりないですぅ……もっともーーっとあまぁいイチゴじゃなきゃ」
 齧りかけの苺には目もくれず、ぽいと投げ捨て。
 ぷくりと頬を膨らましたフレジエが指を指し一声。
「私にぜーんっぜんふさわしくないですぅ。めちゃくちゃにしちゃってくださぁい!」
 背後に並んだストロングベリーが、ゆっくりと拳を振り上げる。
 溜息一つ。
 ご機嫌斜めなフレジエはもう見向きもせずに帰路へ着く。

●ベリベリする
「此処の農園の苺は甘くておいしいんです」
 開幕ぷんすこ。
 皆さんも良ければ是非!と苺の味見を勧めるのは漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)。
 自身も一つ二つ三つと手を進めたところで、やっとファイルを開く。
「爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出したようです」
 以前の大規模な戦闘の名に、ちりと部屋の空気が変わる。
 動き出した攻性植物たちは大阪市内への攻撃を重点的に行っている。これはおそらく、大阪市内を派手に荒らすことで一般人を避難させ、大阪市内を中心とした拠点拡大が目的であると思われます、と潤は続けた。
「一度に発生する侵攻は大規模ではありません。ですが少しずつ数が増え、放置すればゲート破壊成功率もじわじわと下がることが予測されます」
 僅かな騒めきと真剣な空気に、頷きを一つ。
「それを防ぐためにも、件の甘菓子兎・フレジエの侵攻を止めて下さい」
 攻性植物 甘菓子兎・フレジエ。現状出現域 大阪近郊苺農家及び農園。
 まるで植物らしからぬ名と体ながら、配下を率いた破壊は脅威以外の何物でもない。
「フレジエと申しましたが、今回向かう先では既にフレジエは撤退しています」
 理由は簡単。
 “いちごが自分好みの味じゃない”というだけ。
 それだけで、配下のストロングベリーに破壊を任せ自分は帰ってしまったのだという。
「3体のストロングベリーに会話能力はありません。フレジエの指示通り、“ハウスをめちゃくちゃにする”ことだけが目的です」
 資料の写真の通り、見目相応に力任せな攻撃主体であること。
 皆さんの姿を認めれば敵と見做し、即攻撃してくることが予想されますと付け足された。
「皆さんなら必ず撃破が……あっ、そうです、えっと……」
 思い出したようにファイルを漁る。
 数度捲って見つけたメモをするりと出して。
「此処の農園は、既に初夏向けイチゴスイーツと、なんと苺氷があるのです……!」
 力強い潤のガッツポーズ。ケルベロスへ手渡される苺氷について書かれたメモ。
 それではヘリオンへ、そう微笑んだ潤の尻尾はふわふわと揺れていた。


参加者
天矢・恵(武装花屋・e01330)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)
八上・真介(夜光・e09128)
クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
白雪・小冬(真冬の葉・e45086)

■リプレイ

●紅香る
 甘い甘い苺の香り。
 開け放たれたハウスから香る苺に、一体何の不満があるのかと首を傾げたくなるほど。
 往々にして農家というのは休みがない。雨の日も晴れの日もいつだって作物を想い最善を尽くし、そして得た実りは農家の人々にとって宝石も同じ。
 その大切さを知るからこそ、大粟・還(クッキーの人・e02487)は深く溜息を吐いた。
「収穫前の作物を荒らすとか、農家の大敵ですよね。絶許」
「んにゃんにゃ!」
 いつもは眠たげな瞳が今日は僅かに怒りの輝き。
 還の横で羽搏くウイングキャットのるーさんも“そうだ、そうだ!”と尻尾を振るう。
 すれば天矢・恵(武装花屋・e01330)も頷いて。
「たしかにな……好みに合わねぇから潰す、か。身勝手にも程があるぜ」
「大阪の苺農家さん達も災難ですね……。本当に身勝手なものです」
 恵とクララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)が溜息を落としたのはほぼ同時。
 揃って憂いたところで、丁度キープアウトテープを張り巡らせた八上・真介(夜光・e09128)が戻ってきた。
「苺にも農園にもとばっちりな話だな。……美味しいのに」
 静かな瞳でハウスを見つめた真介がぽつり。
 無意識に唇を撫で、思い出すのは出発前に口にした苺の味。
 と、隣では編み込んだ髪をふんわりと結った空野・紀美(ソラノキミ・e35685)が頬を膨らませていた。
「ほんとだよっ!ぜったいぜったい守りきって、おいしくたべちゃうんだから!」
「そう、ですっ!農園カフェの苺尽くしが楽し……っとと、まずは目の前の障害に注力しませんと、です」
 紀美の勢いに乗りかけたアンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)であったが、ハッと表情を引き締める。
 準備が整えば皆の顔を見た白雪・小冬(真冬の葉・e45086)がゆっくりと頷いて。
「では、誘き寄せを」
 はじめます――小冬の九尾扇の先、圧縮したのはエクストプラズム。
 軽やかに振るえば弾丸の様に飛んだプラズムキャノンをストロングベリーの剛腕が握りつぶすや、ぐるりとこちらを見た。
 次の瞬間。ぐっと足に力を籠めた3体がケルベロス目掛け真っ直ぐ走ってくる。
「鬼さんこちら、だよ」
 凄まじい勢いで駆け寄るストロングベリーに、天矢・和(幸福蒐集家・e01780)が愛銃の輪胴を巡らせた。

●紅咲いて
 背筋を伸ばした真介が美しい姿勢のまま、すう、と夕昏の弦を引く。
 撓る黒い夕昏は猫爪月のよう。鏃に集う妖精の加護ごと、白い指先が筈を放つ。
「ちゃっちゃと済ませよう、苺のために」
 意志を持つように飛び出した燐光零す矢が垂直にストロングベリーの頭部を射った。
 その隣、はためいたのは恵の濃赤のカフェエプロン。
「そうだな。さて、こっちだ……!」
「恵くん、あわせるよ」
 引き込むように後退する恵と並走するのは和とビハインドの愛し君。
 父の言葉に恵が微笑んだのは一瞬。取り出した薔薇の刻印美しい改造スマートフォンの液晶をタップ。指を滑らせれば、画面に浮かんだのは氷雪色の魔法陣。
 ずらり綴られた精霊言語を読み上げれば、出でた氷河期の精霊が息を一吹き。
 ストロングベリー達が凍てついた次の瞬間、矢が刺さったままの個体に穴が開く。
「さ、ハウスも苺も守るよ!」
 ストロングベリーの足の甲を撃ち抜いたのは和の目にも止まらぬ早撃ち。
 愛銃の刻印を視認させないその一撃にストロングベリーが怯んだのは一瞬。だが、その背後で艶やかに微笑む愛し君が、たたらを踏んだ一体を深く貫いた。
 声帯が無いのだろう、悲鳴の一つも上げずにストロングベリーが枯れ朽ちて。
「ふふ、こっちで一緒に遊びましょう、です♪」
 残る二体が愛し君へ拳を振り上げんとした時、響いたのはアンジェラの歌声。
 ふわりと波打つ桃色の髪を靡かせ紡ぐのは殲剣の理。
 愛らしいソプラノはしっかりと二体のストロングベリーを捉えていた。
「この曲で、みなさんはわたしに夢中、です?」
 アンジェラの華麗なウインクまで決まれば、歌詞に込められた想いに怒ったストロングベリー達が引き寄せられるように、ハウスから出る。
「これで完璧、で……みぎゃっ?!」
 怒り任せか大柄なストロングベリーの一歩は大きく、その足は早い。
 勢いを殺さず振り回された苺根蹴が前衛陣を巻き込むのと同時、怒りのままに振り下ろされた苺棘拳にアンジェラが悲鳴を上げた時だった。
「”不変”のリンドヴァル、参ります……。その傷、お任せください」
 魔導書を開いたクララの指先がなぞり読み上げるのは禁断の断章。
 アンジェラの傷口を輝く文字列が包めば、異常は除けずとも瞬く間に怪我が癒える。
 その様子に紀美は密かに一安心。キッとストロングベリーを見据え、手を伸ばしたのはハートのポシェット。
「よーっし、いっくよー!」
「今日は本気出していきますよ、るーさん」
「んにゃん!」
 同時に還も手元の液晶画面を素早くタップ。
 丁度、紀美の弾いた小瓶が炸裂。べたついた絵の具が真っ赤なストロングベリーは真逆の青に塗り替える。
 次いで羽搏いたるーさんの羽は、還と揃いの薄桃色。その様子を微笑ましく投稿した還の改造スマートフォンから輝きが溢れ、前衛陣に薄く輝く盾を成すと同時に傷と戒めを拭い去った。
「苺も、草一本さえも傷つけさせるつもりはありません」
「そーそー、ハウスもいちごもちゃあんと守りきるからねっ」
「こともマッチョな苺は勘弁願いたいです」
 目の据わった還と、きゅっと眉間に皺を寄せた紀美の隣。呟いたのは小冬。
 振るった袖から伸びたケルベロスチェインで前衛の足下に盾の魔法陣を描き、転ばぬ先の杖にする。
 そう、拳ばかりが強くとも。その全てに異常を来たす効果を持っていようとも――。
「ことと皆が、倒しますよ」
 瞬いた若葉色の瞳に、不安はなかった。

 どう、と直上から叩き込まれた苺棘拳をアンジェラが間一髪で躱す。
 抉れた地面に口元が引き攣るのも致し方の無い事。
「あ…頭にある苺、美味しそう、です?」
 もう一体が勢いよくぐるんっと首を巡らせアンジェラを見るや、頭部に親指と人差し指を合わせて三角形かピラミッド……否、苺の形を作った。
「ひゃっ」
「るーさん!」
「っしゃあ!」
 ビッ、と発されたピンク色は苺光線。苺の形にした指から放つ苺色の光線だ。
 還が呼んだのは盾役として揮い続ける愛猫のるーさん。ストロングベリーとアンジェラの間に割り入り、伸ばした爪と身を盾にした。
 重ねる様に痺れや氷を纏わせ削れば、仕返しの様に飛んでくる拳や蹴り。
 あげくには今のビームと、ストロングベリーは存外小回りが利く。
 だが、ケルベロスとてただで打っては返ししている訳ではない。
「つぎはわたしの番っ!」
「ちょっと止まってもらおうかな」
 無理な姿勢で紀美の放った射手座の矢を握りつぶした体は無防備。
 微かな車輪の回転音が聞こえた時には、ストロングベリーの懐に微笑む和。
 下から真っ直ぐ、苺頭のヘタ部分――顎を鋭く蹴り上げる。
 払うように振るわれた腕は、蹴り上げた勢いを殺さずバク転の要領ですり抜けて。
 ぐらつくストロングベリーの下、入れ替わるように踏み込んだのは愛し君と恵。
「苺狩りだな」
 ニッと笑った恵は、ストロングベリーにとってさぞ恐ろしく見えたことだろう。
 しかし逃さず。
 体勢を立て直す様に引こうとしたストロングベリーの足を、和が絡ませたグラビティチェインと愛し君の金縛りが止める。
「これで終わりだ」
 斬華一閃。
 抜刀音すら斬り捨てる神速の一閃が、振り向こうとしたストロングベリーを両断した。
 残るは一体、未だ気丈にファイティングポーズを取る苺頭。
 まるで迎え撃つと言わんばかりの姿勢に頬を膨らませたのはアンジェラ。
 短く深呼吸。とんと地を蹴って。
「しっかり倒してちゃんとした苺を食べます、です!」
 ストロングベリーの口のような切り込みがニタリと吊り上がり、太い足が振り抜かれようとした時。
 ぎしりと、鎖が食い込んだ。
 爪先から絡む鎖は生き物のように蠢き、足ごとその身を縛り上げる。
「まぁ……逞しい事。でもやはり、その頭はちょっと不釣り合いですわ」
 鎖の先は、失礼と上品に微笑むクララの手。
 微笑みかけられた苺頭がもがくほど余計に食い込み、鎖が撓った時だった。
「いきます、です!」
「そんな風だと、撃ち落とせてしまうだろ」
 鋭いアンジェラの回し蹴りが苺頭を貫いた瞬間、追うように射られた真介の紫焔。
 一体目を射抜いた時と変わらず、静かに集中する真介は揺らがない。
 しかし、苺頭は未だ笑う。
 無理矢理クララの鎖を引き千切り、突き刺さった真介の矢を圧し折って。
 勢いのまま、手近なるーさんを蹴り飛ばすや前衛ごと蔦草で絡め取る。
 逆転の芽と言わんばかりに苺頭が拳を突き上げた瞬間、きらりと降ったのは小雨。
 雲一つない晴れの筈。と、ストロングベリーが空を見上げたその時――……。
 よく見れば、るーさんを締め上げていたはずのツタが解けていた。
「おいしい苺が、まっているんです」
「そう、ちなみに美味しい苺にも適度な雨は必要なんですよ」
 そろそろ本物の苺が、と呟く小冬のボディヒーリングが皆の傷口を埋め。
 焦った様な苺頭に見向きもせず、改造スマートフォンの液晶に指を滑らせる還が言う。
「ね、るーさん」
「にゃあお」
 顔を上げて、平然と呼んだ相棒の名前。
 返事一つ。低空飛行で加速したるーさんが勢いよくストロングベリーの足下を抜ける。
 泳ぐように自在に飛ぶ猫を、苺頭に捕まえる術など無く。
「で、農作物を粗末にする上に甘い物を無碍にする奴は――絶許、なんですよ」
「にゃあああっ!」
 主の言葉に応えるように、鋭い爪が苺頭を三枚に下ろした。

●べりべりする
 ずん、と最後のストロングベリーが倒れると、その姿は土に溶けるように消え始める。
「お疲れ様でした」
 潰えたストロングベリーへクララが手袋を一つくれてやったところで、戦いの最中特有の緊張がゆっくりと解けていく。
 還と小冬のヒールで拉げた扉も抉れた地面も元通りになればヒールは完了。
 綺麗に直って良かったと微笑みあう中、小さく唸った紀美が腕を伸ばして深呼吸。改めて吸い込んだ香りはほんのり甘くて。
「んーっ!いちごたのしみー!」
 “いらっしゃいませ!”と迎えられたカフェは大型ハウスの中。
 芝風の床の上に並ぶカフェテーブルと椅子は苺の赤さが引き立つ白。
 メニューを開けば鮮やかな苺スイーツがずらり。
「あーんっ、どれから食べようかきめられない!」
「ことは苺氷と……ショートケーキを」
 ことちゃん決めるのはやいー!と紀美が唸れば、どっと笑いが起きて。
 しかし次々手は上がる。
「あ、あの……わたくしは、苺羊羹とお茶を」
「俺は苺氷を」
「わたしも苺氷がいい、です!」
「あ、私も苺氷と苺紅茶のホット。あと……」
「にゃ、んにゃっ」
「苺羊羹をお願いします」
「る、るーさんちゃんも決めるのはやいー!」
 甘い物に目がないるーさんも、還にぐいぐい頭をすりつけおねだり。
 たしたしとタッチした苺羊羹がオーダーされれば嬉しそうに、にゃあと鳴く。
 るーさんにも越された紀美がとうとうメニューを閉じ、くわりと目を見開くと。
「まずはストロベリーマウンテンとあったかい紅茶おねがいしますっ!」
 と決めたのが数分前。
 お待たせしました!と続々スイーツが並ぶ中、どん!とテーブルを震わせる一品。
 まさに、山だった。すごいぱふぇって嘘じゃなかったんだなぁと誰もが実感。
「折角なので食べる前に写真も撮っておきましょう」
「あっ還さん、わたしも撮る!ねぇねぇみんなもいっしょに撮ろー?」
 スマホに収めたいくつもの笑顔とスイーツは今日の大切な思い出。
「……!苺氷、初めて食べたので新鮮です」
「ん……甘くて美味しい。本当に何も掛けてなくても甘酸っぱい」
 すごい。
 耳を震わせた小冬と余韻楽しむ真介の声が被ればつい目が合って。
 ふと笑顔がこぼれたのも同時であった。
「あ、これ練乳をちょっとかけてもおいしいかも、です?」
 長閑な中に、アンジェラの新たな提案。
 苺に練乳……!と、二人と同じく苺氷に舌鼓を打つ還も勢いよくそちらを見てしまう。
 四人で寄って、こっそりメニューを開けば追加に苺ソースと練乳の文字。
 どうする?分け合う?追加にミルクアイスも……ひそひそアレンジ相談会。
「苺羊羹も、中々……優しい甘さですこと」
「にゃ!」
 美味しいね、と笑いあうクララとるーさんは仲良く苺羊羹をつつけば、じいっと見つめる視線が一つ。
「クララさん、るーさんちゃん……ちょっと交換しない?」
「ふふ、少し如何?」
 やったー!と賑わうテーブルも良いものである。
 こちら、少し話があると和の腕を引いた恵が隣り合う窓辺のカウンター。
 どんと置かれた大ジョッキに入っているのは、ストロベリーマウンテン。
 なんとなく分かってはいた。しかしそこに山があるならなんとやらと思うのは人の性。
「……すごいぱふぇってのは、本当だったんだね」
「これで、一人前か」
 ああ、だからオーダーを受けた店員が“やっぱりケルベロスさんは違いますね!”と微笑んだのだと、二人は改めて理解した。
 なんやかんや突き始めて、ふと恵が溜息一つ。
「親父……凝りもせずといわれるかも、しれねぇんだが……」
 掬ったアイスが進まず、無意識に匙の先が幾度も山を突く。
「俺は又手を伸ばそうと、考えている。華鳥を繁盛させる夢は、捨てられそうにねぇ」
 つい目線が落ちる。ジョッキの汗を目で追っては落し、追っては落しと見ること三度、意を決した恵が顔を上げる。
「また迷惑をかけるかもしれねぇんだが、もう一度頑張ってみてもいいか」
「……――なーに言ってんのさ!」
 返事は噴き出した笑いと、背中を叩く大きな手。
 恵くんが頑張れる限り、何度でも頑張りなさい。と微笑む和の瞳は、息子を見つめる柔らかいものであった。
「まだ若いんだ。何度だってやり直せる。諦めるにはまだ早いよ、君も……――僕もね」
 “ありがとな”と表情を緩めた恵が、再びストロベリーマウンテンにスプーンを向けた時だった。
「ところで恵くん」
「どうした?」
 自分を呼ぶ和の顔に僅かな思案の色。やはり何かと、そっと恵が耳を寄せ。
「やっぱり、苺氷も頼んでいいだろうか」
「まだ食うのか……仕方ねぇ、今日だけだぞ」
 一瞬目を見張った後に笑った恵の顔は、和の知るいつもの笑顔。
 すみません、と店員を呼び止める恵はどこか吹っ切れたような様子であった。

 優しい甘さもすっぱさも、心を癒すのには十分。
 赤い宝石を心行くまで楽しんで。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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