大阪を蝕む多肉の胚

作者:白石小梅

●大阪の業火
 そこは大都会、大阪。
 同時に、そのシンボルであった大阪城の地下に、攻性植物の本拠を抱える火種の地でもある。
 爆殖せんとする彼らの大侵攻を番犬たちが抑え込んだことで、そこは今もなお、日本第二の都市であり続けている。

 だが、とある日の夕刻。大阪市のとある駅前に、虹色に煌く穴が開いた。
 人々が空を指さしてそれに気付いたと同時に、ふわりと巨大な影が滑り落ちる。
 硝子玉のような胚を無数に繋げ合わせて作られた傘状のものは、漂うように浮かびながらゆっくりと下がり……。
『オオォォォォー……ーン』
 突如として海月のように触手を伸ばすと、周辺のビルを薙ぎ払った。
 窓硝子が弾け飛び、電線が千切れ飛ぶ。逃げようとしたワゴン車が貫かれ、巨大な海月は悲鳴を上げる人々ごとそれを放り投げる。
 衝撃と共に潰れる車に灼熱の閃光を浴びせかけて、海月は駅前を一気に業火に包み込んだ。
 爆炎がパニックを誘発し、逃げ惑う人々は次々とその触手に突き刺されて、道端に倒れていく。
『オオォォォォー……ーン』
 月に吼えるような嘶きを上げながら、海月は人々が逃げ込んだビルをゆっくりと引き倒し始める。
 破壊は、終わらない。
 赤炎の灯りに照らされた街から、響き渡る悲鳴が途絶える、その時まで……。

●攻性植物、出現
「攻性植物たちが動きを見せました……! 菩薩累乗会中にも大阪城を自主警戒してくれていた方々がいたおかげで、辛うじて察知に成功したのです」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は厳しい表情ながら、ほっと息を漏らして。
「攻性植物たちは大阪市内を中心に多数のテロを起こすつもりです。襲撃を重ねることで一般人を避難させ、大阪周辺を空白化。そこに滑り込む形でじわじわと勢力圏を広げる計画であると予想されます」
 なるほど。一気に勢力規模の大戦力を繰り出して占領するのでなく、小規模のゲリラ活動を継続してこちらを弱らせるつもりか。
「対処のしにくい厄介な侵攻です。市街や市民への被害だけでなく、敵勢力圏が拡大すれば『ゲート破壊成功率は低下』していきます。奴らは本格的に、地球に己の勢力圏を構築する腹でしょう」
 ゲートを隠匿しているならば、拠点規模にも限界がある。だが、それを暴かれたことで、彼らは逆に勢力圏を拡充していく自由を得たわけだ。
 無論、こちらはそれを防ぎ、やがて隙を見つけて反攻に転じる必要がある。
「これが今回の敵。7mほどの巨大攻性植物『サキュレント・エンブリオ』です」
 言いながら小夜が配る資料には、硝子のような胚をつなぎ合わせた怪物が描かれている。
「魔空回廊を通じて大阪市内に奇襲を仕掛けてくることが予知されました。大阪市民と市街地への被害が出る前に、迎撃・撃破してください」
 それが、今回の任務となる。

●多肉胚
「敵は一体のみで、配下はいません。出現位置は特定済み。敵出現後には警察・消防が協力して市民の避難活動を行ってくれるよう手配しています」
 市民への被害は行政に任せていい。
 だが、市街への被害を完全に抑えるのは難しい。敵は空白地域を作るため『市街の破壊』も任務として送り込まれており、街を巻き込むように暴れ狂うというのだ。
「被害を少しでも抑えるためには、短期決戦で撃破することが望ましいでしょう。敵の出現地点は、とある駅前のバスロータリー広場です。周囲を二階建ての歩道や建物に囲まれており、敵にとっては破壊活動をしやすい地形です」
 だがそれは、こちらも二階建て歩道や電柱、建物の内部及び壁面などを利用して、立体的な闘いをしやすい地形とも言える。
「敵は広範囲の光線や触手を用いて攻撃してきますが……今回は三次元的な戦闘を行うことで有利に闘えるでしょう。頭上から、横方向から、下方から……取り囲むように連携して敵を翻弄し、市街の破壊を可能な限り押し留めるのです」
 もちろん、市街の被害は戦闘後にヒールすることで、ある程度まで回復できる。
 だが破壊が広域に渡れば、市民は大阪から足を遠ざけてしまうだろう。
「立体的に闘うことで破壊を抑え、かつ早急に敵を撃破する必要がありますわね。畏まりましたわ。助力させていただきます」
 そう言って、朧月・睡蓮(ドラゴニアンの降魔拳士・en0008)が立ち上がった。

 小夜は、面々を見回して。
「……菩薩累乗会中にも、多くの仲間が自発的に大阪城の動きを警戒してくれていたため、敵の動きを事前察知できました。この結果を無駄にしないためにも、確実に奴らの狙いを潰す必要があります。出撃準備を、お願い申し上げます」
 小夜はそう言って、頭を下げた。


参加者
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
矢島・塗絵(ネ申絵師・e44161)

■リプレイ


 そこは大阪市の駅前ロータリー。
 喧騒の中、プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が空を見上げる。
「そろそろ大阪城で動きがあるかな? って思ってたら……本当に動くとはね。折角予想出来たんだから、少しでも被害を出さないように頑張らないと」
 ため息と共に振り返れば、ロータリーの中には無数のサイレンが鳴り響ていて。
「まーそろそろなんかしら仕掛けてくんじゃないかとは思ったけど……随分と、ド派手にやらかしてくれんなあ」
 ビルの屋上で呟いていたエリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)のインカムに、ぶつりと音が入る。
「私です……皆さん、インカムの調子は良好でしょうか。戦闘中は細かい指示などは不可能なことと思いますが、避難の滞りなどはございませんか」
 問う声は、レフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)。
 高所から見れば、サポートとして駆けつけた牧野・友枝を筆頭に、ソルヴィン・フォルナーやシャルロット・フレミスが避難誘導を続けているのが見える。
「さあ、本命はあっちに任せてこっちは避難の手伝いだよ! お爺さん、走れないなら、私が背負うよ!」
「誰か、取り残されている者はおらんかー!」
「お母さんはここよ。さあ、早く。出来るだけここから離れて」
 仲間たちの指揮に従い、警官や消防もせわしなく動き回っている。
 地上から高所を見上げた矢島・塗絵(ネ申絵師・e44161) が、耳に手を当てて。
「サポートに来てくれてる面々も多いし、避難は迅速に行えてるよ。被害が大きくなる前にさっさと倒しましょ」
「ああ。私たちがここで敵を抑える限り彼らに被害が及ぶことはないだろうが、敗北すれば話は別だからな。全く、こんなことが頻発してはおちおち串カツも食べられない」
 空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)は、はるか遠く攻性植物の根拠地と化した、華の城を思い描く。
「雑草取りしちゃ物騒だけど、日本の台所をジャングルにされちゃ堪らないよね。頑張ろう。戦闘サポートも、よろしくね。今回、仲間が多くて心強いよ」
 ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458) の言葉に頷くのは、サーヴァントを引き連れた二人の男。君乃・眸と、玉榮・陣内。
「街の被害を軽減させルには、短期撃破が必須と聞いタ。一助を担おウ」
「ちょうど新しい闘い方を、試してみたかったところだ。配置に付こう、眸」
 各々が、地形を見てロータリーを囲んでいく。
 紗神・炯介(白き獣・e09948)は時計を見て、朧月・睡蓮(ドラゴニアンの降魔拳士・en0008)に微笑みかけた。
「……そろそろ時間だ。じゃあ、睡蓮さん。作戦は、伝えた通り。僕は高所に上がるけれど、くれぐれも無茶して倒れないようにね」
「心配は無用よ。頂いたアップルパイの分、きっちり働きますわ。では、貴方はわたくしとご一緒してくださる?」
「もちろんだ! 加勢させてくれて嬉しいぜ! 速攻でやっつけちまおう!」
 威勢の良く応じるのは、相馬・泰地。
 上空を飛行して配置を確認している彼方・悠乃も含め、サポートの数は実に七人。
「聞こえますか? 全員の配置を確認。準備は万端です」
 彼女からのサインを受け取って、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348) は屋上でぎゅっとパーカーの紐を締めた。
「悠乃ちゃんも含めて、事実上、二班分の人数がここに集結してる……後れを取るわけにはいかないわ。オーズの時みたいにはさせない……ここで封じ込める!」
 その言葉が終わると同時に、ロータリーの中空に稲妻が走った。空間が強引に裂かれるように虹色の球体が浮かび上がり、巨大な海月の如き攻性植物がふわりと現れる。
 海月はサイレンのような音を発しながら触手を広げて。
『オオォォォォーーン……』
「まるで、待ち伏せされてることをわかってるみたい……上等だね!」
 ジューンはコートを脱ぎ棄て、ぴっちりとしたフィルムスーツ姿で屋上から飛び出した。
「鎧装天使エーデルワイス、いっきまーす!」
 炎の如く日の落ちる難波の街に、輝かしい爆煙の加護が放たれる。
 闘いが、始まった。


 魔空回廊の残滓が絶えた瞬間、海月の頭上から弾雨が降り注いだ。
「少しでも被害を減らすために。為す力のあるものとしての責任を果たしましょう」
 レフィナードの機銃が破裂の花を咲かせる。だが巨体はものともせずに振り返り、触手を伸ばして。
(「……伸びますか。実射程は7mを遥かに超える。厄介ですね」)
 だが次の瞬間、飛来した鎌が触手の先端を叩き切った。
「見た目の通り、鈍くてタフね……! さあ、こっちよ! 上から撃たれまくるのは、煩わしいでしょう!」
 それはリリーの飛来刃。
 二人は追いかけて来る触手を避けて、交差するように跳躍する。空中で身を捻り、触手の追跡を避けながら。
 番犬の身体能力ならば、密集したビル群を跳躍する程度は容易い。
 その時一本の触手が、ふわりと髪を靡かせる影を貫いた。
『……?』
 だがその触手は、するりと人影をすり抜けて。
「見えているのかいないのかわからないけれど……そっちはハズレだよ。弄ぶみたいで悪いね」
 身を転がして着地した炯介の手には、すでに竜砲が構えられている。幻影を掴み損ねて困惑する海月に向けて、竜弾が爆裂する。
 すぐさま跳躍した彼が、ちらりと微笑み返した相手は、遥か地上の空国・モカ。
 彼女の手にはすでに九尾扇が風を靡かせ、幻夢幻朧影の援護が炯介を包んでいたのだ。
「よし……! 高所班はそのまま射撃を続けて注意を引きつけてくれ! 地上班、行こう!」
 モカの合図を待たず、エリシエルが稲妻の如く海月の身を裂いた。巨体を抉られ、追いかけて来る触手を二段跳びで避けて。
「ああ! 時間かけてひっどいことになる前に、ソッコーでケリつけるとしますかね!」
 彼女に注意が逸れた刹那、触手の間合いの内側に跳び込んだのは、プラン。
「うん。思いっきり蹴り上げるよ。貫通する勢いで、ね……!」
 空中を渾身で跳躍すると、プランはロケットの如く蹴り跳んだ。顎を抜かれるように蹴り上げられ、海月はゆるやかに傾いて。
「お、ちょうど倒れ込んで来たね。じゃあそっちに送るから、サポートさんたち、頼むよ」
 二階歩道を走りながら、巨大な筆を振り回すのは塗絵。その塗料は隕石のように海月を打ち据え、倒れ込む方向がゆらりと傾く。待ち構えているのは、睡蓮と泰地。
「行きますわよ!」
「ああ! 合わせるぜ! おら、倒れてねえで、気張って浮かびやがれ!」
 火焔の拳と旋風の蹴りが倒れ込む海月を跳ね上げる。
 上下左右から、弄ばれる海月。だが……。
「来るぞ!」
 誰かが叫んだその瞬間、あちこちに伸びていた触手が、瞬間的に撃ち放たれた。まるで手榴弾の炸裂の如く、全方位への刺突と化して、周囲のビル群に突き刺さる。硝子は砕け、アスファルトにはひびが走るほどの爆刺。
「……っ!」
 前衛に寄せていた者たちが撃ち抜かれ、微かな苦悶や舌打ちと共に身を捻った。
『オオォォォォーー……ン』
 そして大海月は、ゆらりと身を立て直す。見れば、裂かれた触手も胚も、すでに傷が塞がっている。
「なるほど。さすがの再生力だね。間に合わないくらい擦り切れさせないといけないわけか。でもね、ボクがいる限り、こっちだって誰も倒れやしないよ!」
 ジューンが跳ねた上空から、銀光が降り注ぐ。悠乃のサポートを受けて、回復力を増した彼女の光は、慈雨の如く前衛の傷を塞いでいく。
 荒れ狂う大海月。押し寄せる波と化した番犬たち。
 闘いは、激しさを増していく……。


 闘いが始まって数分。
 駅前での轟音は、避難の列にも届いている。
 地響きが足元から伝わる度、人々からは不安そうな囁きが漏れる。
 一人の老婆が、衝撃に足を取られて大きく躓き……。
「おっと! ……大丈夫? もう戦場は脱しているから、落ち着いて逃げてね」
 老婆を抱き留めた友枝が、優しく語り掛ける。
「もし……駅前の人たちがやられちまったら……」
 老婆は、不安そうなままにそう尋ねる。
「皆、万端整えて闘っとる! 大丈夫じゃ! それに、そん時はわしらがついとる」
「ええ。万一のことがあったとしても、私たちが殿を行く限り、皆に手は出させない」
 ソルヴィン、シャルロットにも続けて諭され、老婆は勇気を奮い立たせて先導の警官へとついていった。
 三人は、そこで足を止めて振り返る。
 避難列の殿として。
 ビルの壁の向こうでは、燃え盛る炎に空が赤く染まっている……。

 飛び跳ね、転がり、また飛び跳ねる番犬たち。塗絵の塗料が舞い飛び、エリシエルの刃が月を斬る。
 度重なる猛攻に晒され、海月は身悶えするように赤熱し始める。
「もう少しだっていうのに……! また光花が来るわ!」
 リリーが叫んだ。
 無差別に放たれる赤光はビル群を焼き薙いで、避難の為に乗り捨てられていた車を次々と爆発させていく。
 ビルの隙間をジグザグに登って、彼女は睡蓮と共に光線へと跳び込む。
 睡蓮は、押し返してくる閃光の圧力に弾かれるが。
「これ以上はやらせない……! 行くわよ! 耀星伝承……第三節! 【天柱】!」
 リリーは磁気嵐を巻き起こして熱線を空へと捻じ曲げると、嵐の目と化した海月に雷撃を打ち立てた。
 上空を舞ってそれを避けたジューンが、頷いて。
「よし、熱線が止まった……! 今だよ! 一気に攻め立てる! キミは地上班の為に場を整えて!」
「了解しました。地形をヒールし、攻撃をサポートいたします」
 指示を受けた悠乃が地形にヒールをかけ始める中、彼女は一気に降下して。
「回復も十分! 時間もまだ数分! 全身全霊のこの一撃……受けてみろーっ!」
 ジューンは大仰にくるくると回転しながら、その蹴りを海月の頭上に突き刺した。
「今だ。行くぞ、眸。俺を撃ち込め……!」
 海月が身をよじった瞬間、陣内がビル壁を滑り降りながら、跳躍する。受け止めた眸が彼を空へと放り投げると、海月の横腹に弾丸の如く爪を突き立てて。
「鎖を引いてくレ、陣内……!」
 更に陣内が左手の鎖を引けば、ぶら下がった眸が触手を蹴り裂いていく。
「……押し込めているね。この人数なら、当然だけど」
 裂かれて暴れ回る触手を、ひらりと翼を舞わせて避けたのは、蝙蝠のような影。いつの間にか海月の頭上を取っていた影は、西日の逆光の中では長い髪と捻じれた角の輪郭しか見えず。
「こんな翼があったって……ただの日除けにしかなりゃしない。そう思っていたけど、ね」
「炯介さん、合わせて。こんだけ壊れてたらもう仕方ないし、押し倒してやりましょ。押し込んじゃって」
 崩れかけた歩道で、塗絵の機銃がすでに回転を始めている。炯介はやれやれとばかりにため息を落として。
 炸裂した機銃掃射にのけ反った海月に、解き放たれた黒い地獄が打ち込まれる。
 海月は二階歩道を押し崩しながらめり込み、金切り声のような高い音を発しながら、触手を放つ。
「させませんよ。回復も、私の仲間を傷つけることも」
 ビルに掛けたワイヤーで、振り子のように跳躍したのは、レフィナード。前衛の血を啜らんとする触手を掴んで、押さえつける。その瞳が左右の破壊の痕に走って。
「上下左右から翻弄されて、狙いも定まらないようですね……元より、小さなものを狙うには向かぬ性能なのでしょうが」
 のたうつ棘に左手を裂かれながらも、彼は素早く抜いた拳銃で次々と迫る触手の群れを撃ち払う。
 そして次の瞬間、触手の群れは横なぎに吹いた竜巻に消し飛ばされた。迅雷の如く、触手を細切れにした竜巻の正体は……空国・モカ。
「再生も攻撃も封じた……! 奴は虫の息だ! これ以上暴れる前に、とどめを叩き込め!」
 瞬間、火炎の海と化していた地上から、二つの影が一気に飛び出す。もがく海月を飛び越えて、さらに高く跳んで……。
「ほんと、好き勝手に火を放ってくれちゃって。普段なら熱で蕩かすところだけど、今回はちょっと頭を冷やしてあげる。さあ……皆、行って」
 プランの指が下を指せば、周囲に現れた雪像の騎士団が空を駆け下る。のたうつ海月はそのまま、標本のように突き刺されて。
「はっ。意表を突くことこそ奇剣の真骨頂だってーのに……足を捥がれて磔にされてる奴を斬るなんてね。ま、折角だ。渾身の一刀、受けてみな……!」
 エリシエルの一刀が、落ちる。稲妻の如く。
 海月の動きは痙攣と共に止まり、その胴体はばっくりと二つに裂けた。
 それは、戦闘開始より、ほんの五分ほどのことだった。

 敵の命は絶たれ、番犬たちは勝った。
 街の被害を確認しようと、皆が身を翻した、その時。
「待って! 何かする気よ!」
 リリーの叫びに振り返れば、海月の死体は赤熱しながら膨れ上がっていく。
「なっ……止めます!」
 瞬間的に仕掛けたのは、リリーとレフィナード。
 放たれた刃と弾丸が穿った瞬間、胚は盛大に爆裂する。
「くっ! これは……!」
 身構えていたモカが咳き込み、口を押えた。
 破裂すると同時に、周囲にもうもうと舞い上がったのは、煌いた粉。番犬たちは各々、それを攻撃したり防いだりするものの、煙幕は急速に風に散って。
 やがて視界が晴れた時。
 巨大攻性植物サキュレント・エンブリオの死骸はすでに消え、崩壊した駅前ロータリーだけが残されていた。


 破壊された駅前に、銀光が降り注いでいる。
「んー……焦げたり穴があいたけど、倒壊したビルはなし。二階歩道も、敵がめり込んだところ以外は、完全に崩壊した個所はなさそうだね。速攻撃破はうまく行ったかな」
 ジューンは空中からオウガメタルを輝かせて、ビル群に癒しを振りまいている。
 一方、塗絵は焦げた車にグラフィティを描きながら、再生をさせていた。
「車の機能は戻るし破損も直るけど……漏れたガソリンまで戻るわけじゃないから、ヒールだけじゃ完全に元通りになるわけじゃないんだよね。掃除大変だわ、これ」
 そう。ヒールは物品を破損前の状態に戻してくれるが、位置を直したり綺麗にしたりしてくれるわけではない。
「おーい。避難誘導組、吹っ飛んだ車の移動を始めるぞい」
「誰か、配置覚えてる人いる? 出来れば最初の位置に戻したいんだけど」
「歩道に転がしとくわけにもいかないし、持ち主さん、混乱しちゃうしね」
 ソルヴィン、シャルロット、友枝が、ケルベロスの身体能力を全開に、車を押してくる。タブレットを開いて応えるのは、悠乃。
「これ、戦闘前に撮った上からの画像です。赤い車がここで、そちらのは……」
「おい、土嚢のある場所知らないか? 焦げた油が下水に流れ込んでんだ」
 泰地がため息をつきながら肩を回す。睡蓮が、それに応えて。
「先ほどあちらの倉庫で見ましたわよ。お手伝いしますわ」
「うん。最低限の応急処置はして行こう。でも、完全な復旧には市民の人たちの協力が必要だね。ほんと、こんな破壊活動が広域に及んだら、市民生活なんてままならないよ」
 敵の計略に苛立ちを覚えつつも、プランも共に歩き出す。
 尤も、敵の望んだ広域破壊は成らず、被害は駅前ロータリーの内側だけに抑え込まれた。襲撃規模に対して人々への影響は軽微と言ってよい。
 だが、一方。
 モカは、その様子をちらりと横目に眺めながら、一時的にヒールの手を休めた仲間たちと、顔を突き合わせていた。
「最後に飛び散ったあの粉……胞子とか花粉のような感じだった。私は幾ばくか吸い込んだが、体調に影響は出ていない。皆はどうだ? 具合は大丈夫か?」
「ええ……私はかなり近くにいましたが、全く大丈夫です。この感じからすると、恐らく一般の人が吸い込んでもダメージはないかと。攻撃ではない、ということですね」
 顎に手を当てたレフィナードは、あまり認めたくないようにちらりと炯介を見る。
「うん。あれは毒ガスの類とかじゃない。仮に胞子と呼ぶなら……その目的は大体予想がつくよ。陣内さんは、何度も経験しているんだったよね? その類の事件」
「ああ。予知で幾度も聞いている。恐らくだが、あれは……」
「付着すルことで地球植物を攻性植物化すルという胞子……だろウな」
 眸が、仮説をそう締めくくって。
「あんだけデカい割に凄い強いってわけでもなかった。正直これ一回で解決……とは思えない違和感はあったんだけど。このためにパンパンに胞子を詰め込んでたってことか」
 とどめを刺したエリシエルは、苛立ちに眉根を寄せる。
「責任を感じる必要はないよ。オーズの種の時は、壊せなかったけど攻撃を当てられる確信はあった。でも今回の胞子の爆散はアタシたちで防ぐのは、恐らく不可能だわ」
 少なくとも、今のところは。それが、リリーが感じた確信だ。
 そもそも、あの胞子には攻撃が当たる気配を感じなかった。一種の魔術的保護があるのかも知れず、だとすれば火焔や氷結……いや、空間遮断魔術などで攻撃しようがすり抜けてのけるだろう。
 ため息と共に、面々は燃え残っていた街路樹を見上げる。
 攻性植物化の兆候はない。恐らく、植物が飛ばす種子の大部分が無駄な犠牲として死滅するように、あの胞子もごくごく少数が実を結ぶのだ。

 次なる襲撃の気配を感じつつも、番犬たちはヒールを終えて帰途につく。
 ヘリオンの窓から覗く空の色は、黄昏から闇へと変わりつつある。
 大阪を包む暗闇は、未だ晴れる気配はない……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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