緑のうた

作者:ふじもりみきや

 ブロワバキューム。お外で使う掃除機というものをご存知だろうか。
 一応分類としては家電製品となる。
 本来ならば風圧で落ち葉を吹き飛ばしたり、
 一方吸い込んで粉砕したりするという、つまりは先に述べたとおりお庭の掃除機である。
 某県某所、とある物置の奥の奥。
 壊れて使い物にならなくなったお庭の掃除機が眠っていた。
 物置自体にも人は近づかないのであろう。それにも、その周囲にも、うっすらと埃が積もり、時が止まったかのような静寂が周囲に満ちていた。
 ……と。そこに。
 握りこぶし程の大きさのコギトエルゴスムが、どこからともなく転がり込んできた。
 それはどうにも、機械でできた蜘蛛の足のようなものが付いていた。
 こしょこしょと這うようにしてそれは掃除機へと近づく。不意にぽてん、と、吸い込み口からそいつは掃除機の中へと転がり込んだ。
 時間にして、およそ数分。
 しゅわっと掃除機の柄が動く。何でも吸い込むつよーい掃除機は、使い手もいないのにその身を起こす。
 ……そう。ダモクレスとなって。それは活動を開始したのだ。


「私は、箒のほうが好きかしら……」
「だがまあ、ブロワバキュームのほうが早いのは確かだな」
 アンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)の言葉に、浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)はそんなことを言って肩をすくめた。
「まあ。では、月子さんのおうちにはその子が……?」
「まさか。そんな面倒なこと、わたしはしない。お金を払って人に頼んではいるよ。そいつらが持ってくるから、見覚えがあったんだ」
 そういって月子は口の端をあげて笑った。とにかく。といって口を開く。
「とある場所で放置されていた家電製品が、ダモクレスになってしまう事件が起きた。幸いにもいまだ被害は出ていないが、放っておけば確実に周囲の人間が殺される事件が発生するだろう。至急現場に向かい、これを撃破してほしい」
 ちなみに、と彼女は言う。場所は観光農場だと。そして手に持っていたチラシを指し示した。
「農場……で、観光ですか?」
「そう。ふれあい動物コーナーがあったり、バーベキューをしたり、ハンモッグで寝転がったり、コテージで一泊できる。……と言っても、連休前だからぎりぎりお客は少ない。場所も人が近寄ることの少ない物置だから、気になるなら農場の人に話をしておいて、近づかないよういっておくといいだろう」
「まあ……! このダチョウに乗れるのでしょうか!?」
「よく見ろ。乗れるのは下の馬だ。ダチョウは見るだけ」
「……」
 あからさまにしょんぼりするアンジェリカに、月子はひらひらと手を振った。
「……まあ、ダチョウの卵焼きぐらいは食べられるだろうさ。……話を戻すぞ。このダモクレスは元となった家電製品が変形した、ロボットのような形をしている。攻撃方法も元となった家電製品に由来していてな。つまり、何でも吸い込んだり、逆に風圧で粉砕したり……ああ。足のキャスター部分が、刃物に変化していたから、芝刈り機みたいにばばばーっと切り裂かれたり、するかもな」
「それは……怖いのか怖くないのか……」
「何でも吸い込むと言っても吸い込み口の大きさは変わらないから、吸い込み口のところで詰まると思うがな」
「それは、とても恐ろしいですね! お尻とかに吸い付かれたら恥ずかしくて死んでしまいます!」
 想像したのか思わず青い顔になるアンジェリカに、月子はおかしく爆笑している。恨めしげなアンジェリカの視線を感じ取って、月子はうん、と頷いた。
「まあ、女の子には由々しき事態だが、さほどは強くない。気をつけて行って来て、そしてついでにゆっくりしておいで」
「……はい。こうなったら、とことんゆっくりしていくつもりで行って参ります。ええ」
 憮然とした表情で、アンジェリカは頷く。それからふと気が付いたように、一同の顔を見回した。
「その……無事戦いが終われば、よろしければ、一緒に皆さんとゆっくり、したいのですが。一人だとやっぱり寂しいので。……」
 宜しいですか? と、ちょっと心配そうにアンジェリカは尋ねた。
「勿論、無事に戦いが終われば、ですけれども。一緒に頑張りましょう!」


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
天城・ヤコ(桃色ファンタジー・e01649)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)

■リプレイ

 まずは朝。
「ブロワバキューム……非常に有用そうな機械でいらっしゃるのにもかかわらず、自身で使えぬ相手になってしまったのは大変口惜しゅうございますな」
「まぁ、どんな相手であれ、人々に危害を加えるダモクレスは倒すのみですわ」
「ふ、二人とも、二人ともっ、冷静すぎなのです!」
 ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)の言葉に彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)が頷き、天城・ヤコ(桃色ファンタジー・e01649)がじりじり。じりじり。と足に力をこめながら声を上げた。
「どんどん引っ張られる……。これが……吸引力の変わらないただ一つの力っ」
「や、ヤコさんも、感心している場合ではありません……。このままでは……!」
「え、ええと、お尻をかじられないように前向いて行きましょお! なのですよ」
 風に体を引っ張られながら、アンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)はいやいや、と首を横に振る。ヤコが真面目にアドバイスをしたり、
「成程、そうだね。吸い込み口にお尻が引っ掛かったりしたら大変だ。……試してみる?」
「な、なぜ試してみるという選択肢が出るのですか」
 思わず。若干顔を赤くして抗議するアンジェリカに発言の主、ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は余裕めいた優雅な微笑で一礼する。
「冗談、からかっただけだよ」
「そうでございますな。安心してください。この程度なら……」
 逆にギヨチネが風を利用して突っ込んだ。吸い込み口に拳を叩き込む。
「こちらに注意を向けさせるでございましょう」
「そうね。乙女の敵は私たちがここで受け止めるから、安心して戦いなさいな」
 イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)も若干愉しげな口調でドレスの裾を翻す。後衛の前に立ち塞がるように立つ二人に、敵もまた今度は足元の刃を唸るように回転させた。
「わ、あっちもやる気だよ! でも……」
 威嚇するようなしぐさにフリューゲル・ロスチャイルド(猛虎添翼・e14892)も囲むようにその後ろに回りこみながらチェーンソー剣を構える。対抗するような音と共に地を蹴った。
「大丈夫、すぐ終わらせるから!」
「はい……。皆さんとご一緒に、農場をダモクレスさんから護らなきゃです……!」
 言いながらも、ひとつ落ち着かせるように呼吸をおいてアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)は肩越しに振り返る。
「アンジェリカさん、今回はよろしくお願いいたしますね……。聖王女さまの奇蹟の歌……ご一緒に紡ぎましょう……」
「はい。この歌が少しでも、お役に立てるのであれば……」
 アリスの言葉にアンジェリカも頷いた。呼吸を整え、合わせるように二人唇を開く。歌うは想捧。失われた愛しい想いの歌が周囲へと満ちていく。
「えへへ、そうだね。早く終わらせちゃおう! おたのしみが待ってるんだもん、がんばるよ!」
 空野・紀美(ソラノキミ・e35685)が、おー! と片手を上げる。そのままくるっと放たれたのは無邪気な射手の加護を受けた魔法の矢だった。矢は一直線に敵へと突き刺さる。
 ぶんぶんと敵は対抗するように長い首(?)を振り回した。心持ちやる気のように、吸い込む速度が上がった気がした。

 金切り声のような音を立てて敵の足元に合った刃が動く。
「まだまだですっ!」
 それを、ギヨチネが押しとどめる。傷を負いながらも返すように拳を叩き込む。かまわずさらに首を動かそうとするのを、
「あら。なかなかにがんばりますわね。……でも、あなた優雅じゃありませんわ。さっさと片付けて皆で少し早めの観光を楽しみましょう」
 達人の一撃は黒い茨によく似た攻性植物にて。毒性を持ったそれが絡みつくと、
「クロノア、キミはフォローを頼むよ。ボクは……こう」
 ニュニルが腕を振る。色とりどりの花や蔓が巻付く鮮やかなそれは鮮やかな色を振りまいて敵の動きを絡めとった。
「さすがなのです! わたしも、全力戦闘全力で行きます!」
 さらにヤコがバスターライフルを構えてエネルギー光弾を射出する。目に見えて動きが鈍るのを見ると、
「今なのです!」
「援護は任せて! ばっちり、ぶいっ!」
「ええ、癒しはお任せください」
 紀美が御業を鎧に変形させて援護をする。それに続くようにアンジェリカが声を上げる。少しアリスに視線をやると、
「ええ……。なら、私は……」
 攻撃に回ろう。アリスの髪に空色の花が咲く。翼に地獄の焔が宿る。
「――空色の焔……不思議に煌めき羽ばたいて……悪しき【事象】を灼き尽くします……」
 身を焼き、動きを止める焔の風を受けて、紫はまるで花が咲くかの様に綺麗な電気の火花を纏うロッドを傾ける。
「雷光よ、迸りなさい、そしてあの者を痺れさせよ!」
 言葉と共に迸る雷光が機械の体を打ち据えた。攻撃を受けて敵はもうぼろぼろである。フリューゲルがそれじゃ、とチェーンソー剣の刃を鳴らす。
「いっくよー! みんなで、遊ぶんだっ!」
 どーん、と敵の装甲ごと、のこぎり刃ごと、フリューゲルは無慈悲に真っ二つに切り下ろして、
 それで、ブロワバキュームは動きを止めたのであった……。


 柔らかな風が吹き抜けていく。
「わー、ひろーい!!」
 両手をいっぱいに広げて、フリューゲルが目を輝かせた。
 戦いが終わり、話を通してあった牧場の人に報告し、ヒールをして、念のために展開していた殺界形成を解除すれば後はもうただ、新緑の牧場を満喫するだけである。
「あのね、今の時期なら赤ちゃんの動物さん達いるかもって聞いたんだよ! 一緒に遊べるかなぁ」
 今にも駆け出しそうなフリューゲルが振り返ると、マイヤもお疲れ様と駆け寄る。鈴が嬉しげに万歳をした。
「赤ちゃんいるの? みたいみたい!」
「一緒に遊べるといいよね。撫でたりも出来るかな、行こう行こう!」
 明るい声。広い牧場を行ったりきたり。ふれあい動物コーナーも人気で、
「灰色の子探すの? 白じゃなくていいの?」
「灰色はパパの色だから白より灰色がいーの」
 フリューゲルに鈴がウサギを探して全力主張。なつっこく近づいても逃げない。
「そっかー、パパの色なんだね。……わあ、羊の赤ちゃん」
「あ、ほんとだ。マイヤ、こっちも」
「す、すずもモコモコだよぅ?」
 フリューゲルとマイヤが思わず羊に見とれる。その背中に鈴は全力で抱きついた。

「わぁ~ゼノ、ひよこが沢山いるよ。小さくて柔らかくって……、そうだ、ゼノと写真を撮ってあげるよ」
「お? おう。なぜ俺の頭に乗せる?」
 ニュニルの言葉にゼノアは頷く。美味しい鶏肉になれと思っていたなんて、さすがにいえない。神妙な顔で写真を撮られたりしていて、
「あら。よろしければお二人の写真、撮りましょうか?」
 微笑ましい様子にアンジェリカが声をかけたりしていると。
「アンジェリカちゃんにどれがぴよちゃんでしょう!」
「え? は、はい……?」
「はい!」
 紀美が熾月の雛のファミリア『ぴよ』をひよこさん軍団の中に混ぜていた!
「え? ええと。そう……ですね。目つきは凛々しいでしょうか。尾の形は……?」
「え!?」
 真面目に聞かれてあわてる紀美。熾月もまたうん、と、頷いたりして、
「ほら、紀美も当てて?」
「え、えっ、ええと……ぴよちゃあん、どこー!?」
 割と大変そうだった。
「ふふ。動物さん達も、ご無事でよかったです……♪」
 アリスもウサギを抱き上げる。ふわふわ。もこもこ。なんてまったりしている隣で、
「ふぁぁぁぁぁぁ! ふわ! もこ! うさぎさんーーーーー! べぶしっ」
「ああ。だ、だいじょう、ぶですか?」
 ウサギたちの中にダイブしたヤコが、前向きに転んで転がっていた。ぱっと散るウサギ。そして……、
「ふふー。大丈夫。大丈夫なのです。うぅ、ふわもこうさぎさんのおみ足で踏まれる。これぞ幸福なのですよお」
「どうしましょう。ヤコ様の上にの上にウサギ様が……。あ、え。え??」
 助け起こそうとした紫の周りにもウサギたちが集まってくる。
「まあ。お菓子のおねだりでしょうか。可愛いですね」
「お腹……すいていますか……?」
 微笑ましそうな顔をするアンジェリカに、アリスは膝の上のウサギに視線を落とす。それを覗き込んで、イリスも髪を書き上げた。
「ほんと、よくなついてるわね」
「イリス様も、ギヨチネ様も、触ってみてはいかがですか?」
「え、私? 柄じゃ……あ」
 紫が差し出したウサギさんをイリスが抱く。アンジェリカも小さく頷いて、
「暖かい……ですね」
「そ、そうね。でも……」
「なるほど、確かに愛らしい。その姿には癒されます。……ただ、傷付けぬかどうか心配です」
 ギヨチネもそっと。本当にそっと触れ合っている。その手で潰さぬように気をつけて撫でる。愛らしさを目に焼き付ける。手の中の命は本当にはかなく消えてしまいそうでしみじみと息をつく。
「……」
 とたん、馬の嘶きが聞こえて一同は振り返った。乗馬体験もあるようだ。

「馬は良いですな、その逞しさ、精悍さ、見習うべきものが多々ございまする」
「ええ。それで、その……。お二人とも、離れないでくださいね?」
 乗馬は乗りたい人だけ。しみじみ言うギヨチネに、アンジェリカの声が震えている。一人で馬も乗って見せますなんて言ったのはいいものの。
「アンジェリカさん……。手を繋いだままでは、落ちるわよ。離すわよ……?」
 イリスが手を離すと、ひゃーっと馬にしがみつく一方。
「の、乗れる? じゃあ一緒に乗ろう。勿論ボクが前で、ゼノが後ろだよ」
「乗馬、か……。ああ。一緒に乗るのは構わんが」
 ニュニルの言葉にゼノアが応える。ゼノアの手前に小さな身体をすっぽり収めて。
「ボクのお膝にはマルコが乗って……ふふふ、幸せっ」
「……そうか」
 のんびり景色を堪能する。
「うわぁ、いつもより空が近くって、きもちいいねぇー!」
 馬に乗り、紀美が熾月のサーヴァントのロティとハイタッチする。
「ふふ。ロティも真似し、だね」
 熾月も馬上から笑う。遠くでヤコのギターの音が聞こえてきていて、本当に牧歌的な空気がした。
「リュー、馬に乗る姿もすっごくカッコいいよ!」
「わぁい! マイヤおねーちゃんもカッコいい! すずもカッコいい?」
「わ、うん、二人もカッコいいね! いつもより遠くまで見えるし、すごいなぁ」
 フリューゲルたち三人の楽しそうな声。夕陽に向かって馬を走らせると、なんだか壮大な冒険に出かけるような気持ちに……なれるかも、しれなかった。


 そして夜。
「お肉、こちらが焼けておりますわよ。さあ、どうぞ」
 バーベキューのいい音がしている。紫が気を回してあれこれと準備をする横で、
「……飲み物はこっちよ。ギヨチネさんにはお酒もどうぞ。……あ、そのホイル焼きはまだあけないで。挑戦の結果だから。味を確認するまで人には渡せないわ」
 イリスがどこまでも高飛車な口調なのに、飲み物の準備をしっかり整えたりしていて、
「まあ。結果が解ったら食べてもよろしいかしら?」
「勿論、美味しかったらね。まあ、美味しいでしょうけど」
 アンジェリカの言葉にイリスは胸を張る。
「ボク小食だから……。ゼノ、ほら、これもお食べ。アンジェリカは好き嫌いとかはあるのかい? 色んなものを食べないと大きくなれないよ?」
 ニュニルが焼いたお肉をお皿に分ける。自分、ゼノア、ゼノア、アンジェリカ、ゼノア、ゼノア……。アンジェリカは思わず笑う。
「節制を心がけていますから、お肉はあまり食べたことがないのです」
「まあこういう機会はがっつり食べんとな。遠慮する必要はない」
 ゼノアの言葉にアンジェリカも頷いた。おう、と紀美が拳を掲げる。
「そうだよー。おにく! おにくは大せーぎ!! ちゃあんとお野菜も食べるけど、でもでも! おにくなんだよ!」
「紀美、野菜足りてる? こっちも食べよ?」
「まあまあ。まあまあ。野菜はさておき。熾月さんがお酒のむならお酌もしちゃう」
「……っと、ありがとう。紀美も成人した時には乾杯しようね?」
 熾月は、誤魔化された!
「二人とも食べてる? まだまだあるから、いっぱい食べよう」
 フリューゲルも鈴とマイヤに声をかけ、
「ふっ。バーベキューにきてお肉を食べないとは何事なのでしょおかね? こういうときは、ひたすらに! なのです」
「……でもヤコさん。太ってしまうでしょう……?」
「ぎょわー、その話禁止ー!」
「いいのよ。女の子なんて多少ふっくらしてたって」
「そういうイリスさんは……卵、ですか?」
「……そうよ。ダチョウの卵料理。うまくいったら分けてあげるわ」
「まあ……楽しみです」
 アンジェリカの笑顔に、イリスが小さく頷く。
「アンジェリカ様、アリス姫様……肉も程よく焼けておりますわ♪」
 ミルフィが甲斐甲斐しく声をかけると、アリスが笑顔でもって手を伸ばす。
「ありがとうございます♪ そういうわけで、アンジェリカさん。今日は一緒に、いっぱい食べましょう♪」
「そうですね。それでは……」
「……どうぞ、お酒を」
「ああ、ありがとうございます」
 そんな女子会めいた場所から一人分ぐらい席を空けて、じっくりマシュマロを焦がしていたギヨチネに紫がお酒を注ぐ。
「……」
「……」
「なんだか……いいですね」
「ああ……。そう、ですね」
 賑やかな人たちを見つめて、紫が言うとギヨチネも首肯した。騒がしいのになんとも穏やかで、幸せなひと時の気がした。


 そしてコテージにて。
 外は満天の星空。草原に寝転がって紀美と熾月は空を見上げる。
「今日は幸せの宝箱みたいな日だったね」
「えへへー、わたしもね、とっても楽しかったよっ」
 顔は既に幸せいっぱい。笑顔のままで紀美は言う。
「熾月さんの宝箱はおっきい? もっともっと、たーっくさん詰めこもうね!」
 それで、熾月は笑ってそっと紀美の耳元で囁いた。楽しかったよ、と。
 そんな二人を、星たちが優しく見守っていた。

 で。だ。

「えー。いいの? ボクも混じっていいの?」
 女子たちのパジャマパーティーに、フリューゲルが声をかける。ギヨチネは変わらぬ様子で、
「そうですね。私も邪魔にならない程度に居させていただきます。お嬢様方、お茶をお持ちいたしましたのですよ」
 華やかな女子の集まりにジュース等を差し入れたりしていた。
「でもですねえ。お友達同士、女子会の定番は、恋バナか怪談話だと思うのですよ」
 ラベンダー色のTシャツにスエットパンツ姿のヤコが、ソファの上で可愛らしく体育すわりしながら主張すると、
「あら……。色恋沙汰に縁深いサキュバスとしては、恋愛話などあれば是非伺いたいですかしら♪ アンジェリカ様……どなたか、お気になる方や想い人などは……いらっしゃいますかしら……?」
 ミルフィがセクシー系純白のネグリジェで大胆な質問をした。
「私……ですか? 私もその、聞くほうが好き、というか。教会での生活は、そういう縁のないもの、でしたから……。だからこそ皆さんのお話が聞きたいのです」
 話を振られて、白い飾り気ないパジャマのアンジェリカがイリスに視線を投げる。イリスはその意を察してネグリジェ姿で肩をすくめた。
「……私、今まで恋愛感情を抱いたことがないから。そうね、でも、皆がどんな人をどういう風に好きになったのか興味があるのよ」
 じーっと紫のほうに目をやる。
 紫に期待の視線が集まる。
「わ、私ですか……?」
「そうだよ。さあ、きりきり白状するといい」
 ニュニルが厚手のふかふかパジャマで澄ました顔で言う。ちら、と視線をやるとゼノアがちょっと横を向いた。
「……」
 視線が期待なので余計に痛い。紫はちょっと困ったように、おっとりと首を傾げて、
「……こうやって皆でお泊りするのも楽しいですわね」
「ふっはっ。わかりますわかりますですねえ! こう、普段と違うお話! 皆さんの可愛いパジャマ、みたいな! こういう女子会がしたかったのですよおっ! お菓子食べましょう!」
 ヤコがすかさず助け舟の言葉を入れると、そうだねえ。なんてニュニルが話を引き取る。
「夜は長いから。トランプにボードゲームにお菓子に。今夜はたっぷり夜更かししてしまおう」
「はい、ゲームをしましょう……。こい、は、ちょっとだけ……、私には難しいです」
 アリスが空色のプリンセスナイティドレスを纏い。控えめにアンジェリカの服の袖を引く。
「アンジェリカさんのパジャマ、とってもかわいいです……♪」
「あら。ありがとうございます。アリスさんも……そして、皆さんも。とってもお可愛らしくて」
 花が咲くようだとアンジェリカは笑った。
「お。ゲーム? だったらボクも混ざっていいよね!」
 フリューゲルが顔を出す。そんな少年少女たちをギヨチネは優しく見守っている。紫はほんの少しほっとしたような顔をして座りなおし、
「あら。やるからには本気で行くわ。……ふふ、綺麗な薔薇には棘があるものなのよ」
 イリスは本気出した。
「アンジェリカさんアンジェリカさん。明日一緒にセッションして欲しいのですよ」
「ええ、喜んで!」
「わ……。アリスも、ご一緒いい……ですか?」
「勿論ばっちばっちオッケーです。いっそみんなでしましょお!」
 ぐ、とヤコが親指を立てる。
 カードが配られる。明るい声がいつまでも響いて、
 春の夜は更けて行った……。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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