春告鳥の啼く頃に

作者:朱乃天

 五月を迎えた北の大地では、ようやく桜の花が咲く季節が訪れる。
 新学期から一ヶ月が過ぎた頃。高校の通学路となる並木道の装いは、一面が薄紅色に彩られた華やかな景色に塗り替わっていた。
 春の薫りを運ぶ風が吹き抜け、色鮮やかな桜吹雪が青空へと舞って。春告鳥の鳴く声が、心地好い音色を奏でて春の空気に木霊する。
 そこへ颯爽と、一人のセーラー服姿の少女が通り掛かる。
 風に靡いた少女の髪は、艶やかな烏の濡れ羽色。舞い散る花弁を映す瞳は真紅に輝いて。その容姿は人形のように完成された造形で、人ならざる美貌を備えた彼女は――ダモクレスであった。
 心惹かれるように桜を眺めるダモクレスの少女。花を愛でる心などないはずなのに、この薄紅色の花には妙に引き付けられるものがある。
 桜並木を前に少女が佇む、その時突然彼女の意識が遠退いて、蹌踉めきながら膝を突く。
 蹲る少女の背後に顕れた怪しげな影。黒衣を纏った謎めく女性が音も立てずに忍び寄り、ダモクレスの少女に『死神の因子』を植え付けたのだ。
「――さあ、お行きなさい。貴女はこれから、ケルベロスに殺されるのです」
 黒衣の死神が、静かに囁きながら少女に命じる。女性が見つめる先にあるのは、学生達が通う学び舎だ。少女は言葉に従うかのように、虚ろな様子で校舎を目指して立ち上がる。
「多くの人間達から、グラビティ・チェンを奪い取る……そして散るのが、私の使命……」
 抗えない強迫観念に支配され、機械仕掛けの少女は一振りの太刀を握り締めながら、死出の旅路に向かって歩み出す。
 桜の花の命は余りに短くて。刹那の生命の炎を燃やすが如く咲き乱れ、やがて燃え尽き、儚く散って落ちゆく様は――まるで彼女の運命を示しているかのようだった。

 春告鳥が鳴き、桜の花咲く学び舎をダモクレスが襲う事件が予知される。
「デウスエクスも花見がしたかった、というわけではないでしょうけど……。とにかく被害を出すことだけは、どうにか食い止めないとですね」
 新学期を迎えた学生達が狙われるのではないかという危惧が現実のものとなり、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は困った事態になったと考え込むが。でも今は自分達ができることをするしかないと、気を引き締める。
 カロンの言葉に、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が頷きながら、今回の事件に関する説明をする。
 この惨劇を引き起こそうとするのは、死神の因子を埋め込まれた少女型のダモクレス。
 彼女は大量のグラビティ・チェインを得る為に、高校に通う学生達を虐殺してしまう。
 もしこのダモクレスが大量のグラビティ・チェインを得た状態で死んでしまうと、死神はその死体を強力な手駒として利用するだろう。
「そうさせない為に、キミ達は急いで現地に赴き、被害者が出るより前にダモクレスを撃破してほしいんだ」
 今回の戦場となるのは、北海道にある、高校の通学路となる並木道である。
 敵が出現するのは午前中、学生達は登校を済ませている頃だ。しかし遅刻してくる生徒がいる可能性も考えられるので、念の為に人払いをしておくのが良いだろう。
「それと戦う相手となるダモクレスなんだけど、セーラー服を着た女子高生風で、刀を武器として使ってくるみたいだね」
 敵の攻撃方法は、大きく薙いで風をも切り裂く斬撃を放ち、炎を纏った刃で斬りかかったり、力を溜めて超高速の居合い斬りを繰り出してくるようだ。
 そして彼女を倒すと、死体から彼岸花のような花が咲き、何処かへ消えて行ってしまう。つまりは死神に回収されることになる。
 その回収を阻止するには、敵の残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させ、死神の因子も一緒に破壊しなければならない。
 死神の目論見を阻止する為には、戦況を見極める判断力を持つだけでなく、仲間と協力し合うことが何よりも大事だと。
 戦いに赴くケルベロスに対し、シュリはそう言葉を添えて、彼等を戦地に送り出す。
 薄紅色の花咲く学び舎が、学生達の血で染まらぬよう――後は全てを託すのだった。


参加者
キサナ・ドゥ(カースシンガー・e01283)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)

■リプレイ


 北の大地の澄んだ空気が、学び舎に続く通学路を包み込む。
 道の両側には可憐な桜の木々が立ち並び、眩しい朝の陽光浴びて、薄紅色の花が色鮮やかに輝いていた。
 耳を澄ませば春告鳥の声が聞こえる、穏やかな春の日常が営まれている風景。どこにでもある平和な日々の始まりが、デウスエクスによって惨劇の舞台に塗り替えられようとする。
「この時期でも桜が見れる地域もあるんですね。新学期を迎えた学生さん達の為にも、この綺麗な景色を傷付けたくは無いですね……」
 カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は頭上を覆う桜の花のトンネルを仰ぎ見ながら、キープアウトテープを現場に張り巡らせて人避けをする。
「ダモクレスも桜に何らかの思いを寄せたのでしょうか。ですが人の命を殺める心算なら、私達の手で食い止めないといけませんね」
 森や自然を守護する一族として生まれた翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は、敵のダモクレスにやり切れない思いを抱いていた。
 しかしケルベロスとして相手を倒すことこそ、唯一つの救いだと。風音は自らの心にそう言い聞かせ、殺気による結界で、この一帯から一般人を遠ざける。
 同じく殺界形成で人払いを行なうアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)も、少し憂いを帯びたような表情で、これから戦うべきダモクレスに対して思いを廻らせる。
「桜の花を眺めるだけでなく、触れたり何か別の切欠でもあれば、ダモクレスにも心が生まれたかもしれないのにね……」
 そしてもしも人に刃を向けずにいたのなら、互いに手を取り合うような未来もあり得たのかもしれないが。残念ながら、そうした思いが叶う時はもう二度と訪れない。
「……どうやらお出ましみたいだな」
 警戒の目を光らせていた左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)が、接近してくる敵の姿を捕捉する。
 そこに現れたのは、セーラー服を着た一人の少女。人間と見紛うような容姿だが、彼女の完成された美貌は恰も人形のようであり。人ならざる異形の気配を纏ったこの少女こそ――ケルベロスが討つべきダモクレスなのである。
「セーラー服の少女型ダモクレス……学校にでも行くつもりだったのか。この花は、デウスエクスさえ浮かれさせるものなのかね」
 ダモクレスの少女を見据える瞳は、どことなく寂しげにくすんだ色をして。何が彼女を狂わせたのか、十郎は晴れない気持ちで少女に憐れみ抱きつつ。それでもやるしかないと、武器を持つ手に力を込める。
「彼女が何を想っていたのかは、もう分からず仕舞いでしょうけど……この先の学び舎まで向かわせる訳には行かないっすよ」
 敵が動くよりも先んじて、ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)が桜並木の戦場を疾走しながら距離を詰める。
 薄紅色の花筵が敷かれた地面を蹴って高く跳躍し、落下の加速で重力を載せた蹴りを挨拶代わりに見舞わせる。
「此処で散る定めなら、その命……刹那の灯を、色鮮やかに燃やして咲き誇ってみせな! 俺達が目に、心に、焼き付けてやるよ。だから――存分に哭け」
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)が気を吐きながら二挺の銃に魔力を注ぎ、トリガーを引くと銃口から無数の魔力の弾が放たれる。
 星が毀れ落ちるが如く、踊るような軌道を描く驟雨の狂弾は――相手の四肢を寸分違わず捉えて穿ち、地に這わせるように縫い留める。
「セーラー服に花吹雪というと、往年の日本映画みたいだな。華々しく散らしてやろう」
 ザンニやラウルが敵を足止めし、ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)も彼等に続いて攻勢を掛ける。
 ナクラは腕に巻き付く攻性植物を巧みに操り、触手状に変形させて伸ばした蔓草を、ダモクレスの少女に絡み付かせて締め上げる。
 ケルベロスに先手を取られた少女型のダモクレス――『殺姫』に、今度はキサナ・ドゥ(カースシンガー・e01283)が戦乙女の槍を手にしながら疾駆する。
「……さつき、ってんのかオマエは。妙な偶然もあるもんだな……。人間の害になるってんなら是非もねぇ、ここで死んでもらうぜ、殺姫」
 刃に稲妻纏わせて、キサナが繰り出す超高速の突きは、少女の脾腹を抉るように貫いて。流れる電撃が、ダモクレスの神経回路を麻痺させる。
 桜の花舞う戦場で、地獄の番犬達とダモクレスの少女が、刃を交えて斬り結ぶ――。


「こうして戦わなければならないのは哀しい運命ですけれど……。でも、私達はどうしても貴女を止めなければなりません」
 死神に見初められ、操り人形と化してしまった憐れな少女。
 もしかしたら戦わずに済んだ未来だってあったのかも知れないのにと。カロンは悔恨の意を込めるように大砲化させた槌に魔力を充填し、彼女の全てを打ち砕かんと放った砲撃は、竜が猛るが如き激しい爆発音を響かせる。
 爆撃によって立ち上る土煙の中で、薄ら浮かび上がる影。殺姫は傷付きセーラー服が解れるのも構わずに、目の前の番犬達を殺すことにのみ集中し、大きく太刀を振り上げる。
「私の邪魔をするならば……全員この場で皆殺しにする」
 感情を失くした抑揚のない声で呟きながら、殺姫が太刀を薙いだ瞬間、斬撃が見えない刃となってケルベロス達に襲い掛かる。
 風をも断ち斬る飛ぶ斬撃が、番犬達を斬りつけようとした時だった。ナノナノのニーカとミミックのフォーマルハウトが間に割り込み、身を挺して風の刃を受け止めた。
「心はないとされていても、花の……命の尊さを感じた貴女に、仲間や人々を殺めさせはしません」
 風音がすかさず癒しの力を行使する。鎖を地面に展開させて、描く魔法陣から光が溢れ、仲間の傷を治すと同時に加護の力を齎していく。
「――少し、静かにしてもらえないか?」
 十郎が掌に魔力を集めて広げると、月の如く淡い光を帯びた隼が形を成して顕れる。
 光る隼は高く鳴き声上げて羽搏いて、十郎の命に従うように旋回し、一筋の光線となってダモクレスの少女の腕を一直線に射抜く。
「この手で倒すのは心苦しいっすけど、これしか手段がないっすからね」
 ザンニが鴉を模した杖を掲げて魔力を練り上げ、漆黒の弾をダモクレスの少女目掛けて撃ち込んだ。魔力弾が命中すると、広がる黒霧が殺姫を包み込み、彼女を支配している恐怖を増幅させて精神までも汚染する。
「――銅から水晶に至り、未知の恐怖を心に刻め」
 アリシスフェイルの唇から紡がれるのは、殲滅の魔女の物語の一節だ。溢れそうな心も、全て紗の覆いを掛けた世界の向こうへと。緑と混合の四色の紋章浮かぶ右掌より、抉るような痛みを伴い羽搏き出るは、月光抱く無数の幻蝶の群れ。
「手折る月の花、我欲貫く彷徨い火、馥郁たる幻惑の帳が下りる――胡蝶の迷い路」
 蝶はアリシスフェイルの想いを運び、敵の視界を埋め尽くすが如く押し寄せて。舞い散る桜の花弁に溶け込むように消えて行き。後に残すのは、脳裏を掠める程度の疑念と混迷。踏み出す先に破滅の気配をちらつかせ、攻め手を阻む枷となる。
「……相変わらず死神共のやり方には反吐が出る。だからといって、情に流されて攻撃の手を緩めることはないけどな」
 ラウルの心に抱く、死神に対する強い嫌悪感。彼の脳裏に過ぎるのは、死神の手に掛かって生を奪われた、愛しい人の顔だった。
 彼女と交わした一つの約束、彼女の愛した世界の彩をこの心に満たす。ラウルは星が目映く耀く誓いの守りを胸に抱き、迷いのない強い想いは衝撃波となってダモクレスの肩を吹き飛ばす。
「……何を考えている? ……何を考えていた? 聴かせなよ。戦いはいつも雄弁だ。余所見する位なら、今日は見逃してやるぜ――殺すけどな」
 男勝りな喋り口調で、ダモクレスを挑発するキサナ。手にした槍に力を込めて大きく振り被り、大地を断ち割るような豪快な一撃をセーラー服の少女に叩き込む。
 重く圧し掛かるようなキサナの一撃に、ダモクレスの身体が一瞬グラリと傾いた。しかしその表情は変わることなく虚ろなままで、太刀を腰に添え、腰を低く屈めて力を溜める。
「殺し合いなら、望むところ……。まずはその首、斬り落とさせてもらう」
 機械的な冷たい声を発した直後、鋭い刃が抜き放たれて。目にも止まらぬ無音の凶刃が、キサナの喉元狙って迫り来る――そこへ今度は、ナクラが身体を張って彼女を庇い、斧を盾代わりにして受け流し、この攻撃も踏み止まって耐え凌ぐ。
「死神に目を付けられたのは不運だが……俺達にできるのは、せめてその苦しみから解放することだ」
 自らを鼓舞するように、ナクラが気力を奮い立たせて闘志を滾らせる。彼の気迫に殺姫が若干気圧され後退る、そこに生じた僅かな隙を――ケルベロス達は決して見逃さない。


「相手は確実に弱っています。ここから大事にいきましょう」
 敵の些細な変化を読み取って、カロンが仲間に指示を出す。死神の因子を植え付けられた相手には、止めを刺す際、過剰なダメージを与えて因子も一緒に破壊しなければならない。その為に、敵の消耗度を見極めながら、仲間と協力して倒すタイミングを図る必要がある。
「――忠告したからね。その結末を選んだのは君達だ」
 カロンの橙色の瞳が不気味に光り、目を合わせたダモクレスの意識を取り込んで。魔法が視せる幻覚は、舞い散る桜が枯れ果てて、自らの機械の身体も同じように壊れて朽ちる――悲しい程に残酷な、退廃的な世界に彼女の意識は堕ちていく。
「もしお前が、心を……なんて甘いコトは、戦場では言えねぇからな。だからオレは歌う」
 キサナが十字架型アリアデバイスを胸に当て、精神を集中させながら歌を紡ぐ。
『同じ名をもって 生まれ……ながらなお 種を違えた私達 でも……と揺蕩うのは 夢見たゆめのavatar……』
 奏でる声は優しく甘く、歌詞に込めるは『今の人生とは違う道』を歩む少女の幻影視。
 現世からの浮遊と離脱、異界への放浪と消失へと流転する――失楽園のカース・ソングはダモクレスの脳の回路に呪いの楔を打ち込んで、平行世界の檻の中へと閉じ込める。
 もしもこの少女が薄紅の花に惹かれるが儘、心が優しく咲いたなら。レプリカントとしての生を歩めた筈なのに。それが死神の手駒に利用され、殺される為に生きるだなんて――。
 少女を見つめるラウルの薄縹色の双眸は、悲哀の色に滲んで薄ら濡れて。自分達の手で彼女を討つということの意味、胸に刻んだ痛みも絶望も、全て抱いて躊躇うことなく銃を突き付ける。
「だから……せめて最期は傀儡じゃなく、『さつき』として――桜と共に眠れ」
 彼女が星になっても迷わぬよう、導く標となるように。愛用の二挺の銃で狙いを定め、嵐のような乱射でダモクレスの少女を撃ち抜いていく。
「同じ戦うにも、望む舞台があった筈。だから止めてやるよ、そして散る時も見ててやる」
 両脚に力を溜めて思いの丈を込め、ナクラが空に向かって高く飛ぶ。肩まで伸びた燃えるような赤い髪を靡かせながら、全身に虹を纏って急降下、鮮やかな光彩描いた蹴りが華麗に決まる。
 ケルベロス達の度重なる攻撃を受け続け、殺姫の負ったダメージは限界近くに達しようとする。擦り切れたセーラー服から覗く傷口は、肌が裂かれて機械の部分が剥き出して。最初の頃の凛とした美しさは見る影もなく、損傷著しく足も覚束ない程追い詰められた状態だ。
 だがそれでも彼女に退くことは許されない。ならば一矢だけでも報いよう、少女は残った命の火を燈すが如く、刃に炎を纏わせ燃え上がらせる。
 最後の力を振り絞り、振り翳した烈火の刃がザンニを狙って斬り裂いた。少女の死力を尽くした攻撃の、熱く灼け付く痛みがザンニの身体を焦がさんばかりに蝕んでいく。
「――花の女神の喜びの歌。春を謳う命の想いと共に響け」
 風音が軽やかに舞い踊るかのように声を響かせる。それは花と春の女神の喜びの歌。風が運び届ける清廉なる音は、数多の命の喜びを呼び、癒す力を引き上げる。
 癒し手として戦線を支えてきた風音の治癒術が、ザンニに纏わり付いた炎を素早く打ち消し、被害を最小限に食い止める。
 ダモクレスは打つ手をなくして抗うだけの力ももはや無く。後は彼女を仕留めるだけと、ザンニはアリシスフェイルに目配せをして合図を送る。
「……もう辛い思いをしなくていいっすよ。そろそろこいつで、ケリを付けるっす」
 赤銅髪の青年は、意を決したように降魔の力を腕に宿し、機械部分が露わになった少女の腹部に魂喰らう拳を捻じ込んだ。
「クッ……カハァッ!?」
 殺姫の体躯がビクリと痙攣し、深手を負った彼女の胸には、死神の因子である彼岸花が脈打ちながら芽吹きの時を待ち侘びる。
「後は任せた。……因子共々、しっかり彼女を葬ってくれ」
 十郎が月のようにまばゆく輝く光の球を創り出し、アリシスフェイルに付与させる。月の光は彼女の眠れる闘争心を呼び起こし、持てる力を強化する。
「桜のように散り、彼岸花となって死神に贈られるというならば――その彼岸花、私が全力で千々に刻んであげるわよ」
 全てを託されたアリシスフェイルが、二本の斬霊刀を抜いて巨大鋏のように交差させる。刃に雷宿して飛び掛かり、繰り出す剣舞は見る者の心を奪うが如く麗しく。
 最後に殺姫の胸に紫電の刃が突き立てられると、因子は花を咲かせることなく枯れ朽ちて――最大火力の打撃を受けた少女は遂に力尽き、命を絶たれた彼女の骸は、光の塵となって跡形残らず消え散った。

 死神に運命を弄ばれた少女の魂は、桜吹雪と共に風に吹かれて空に運ばれて。儚くも幻想的なその光景を、彼女の最期の死に様を、ケルベロス達はただ黙って見届けた。
 戦いを終えて平穏を取り戻した桜並木の通学路では、ウイングキャットのルネッタや、ボクスドラゴンのシャティレがヒールを掛けて復元させていく。
 敵だったとはいえ、彼女もまた死神の犠牲者だ。
 カロンは瞑目し、両手を組んで静かに冥福を祈る。あの世でどうか、安らかなれと――。
 彼女と違う形で逢えたなら、花の、命の美しさを共感できたのかもしれなかったのに。
 風音はダモクレスの少女が息絶えた場所、桜の花の絨毯が敷かれた地面を一瞥し、心の中で祈りを捧げるのであった。
 空からはらりと舞い降る薄紅色の花弁。十郎はその一片を掌に乗せるように受け止めて。感傷的な気分に浸って掌の中の花片をじっと見る。
 彼にとっての桜の花は、悲しい過去の象徴でしかなくて。当時の記憶は覚えてなくとも、夢の中では独りぼっちの幼い自分に巡り会ってしまう。
 そんな悪夢は忘れてしまおうと、花弁を隠すように掌を握り締めた時――耳朶を掠める春告鳥の鳴き声に、十郎は重い気持ちを晴らしてくれたような気さえして。
 折角だからと今だけは、素直な心で柔らかな春の空気を楽しんだ。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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