苦痛からの解放

作者:蘇我真

 その日、月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)は雑居ビルの屋上で休んでいた。
 欄かんに両手をかけ、もたれるようにして天を仰ぐ。
 日々のせわしなさを忘れるいとま。そのささやかなひとときを、ダモクレスがぶち壊した。
 空には雲も無いのに、影が差す。
「!」
 上空からの襲撃。宝は横に転がり避ける。肩をはじめとして、全身で受ける床の硬質な感触。
「白いの!」
 ナノナノを呼び、立ち上がる。宝が先ほどまでいた場所には、ひとりの男がいた。
「あなたを、助けて差し上げましょう」
 清潔感のある白衣に、肩には聴診器と『篠宮』と書かれた名札をかけている。垂れ下がった前髪が眼鏡にかかっていた。
 そのレンズの奥の瞳は赤く、無機質だ。柔らかい物腰の口調とは裏腹に、冷徹に相手を推し量っている。
「生憎、困っていないのでな。遠慮しておこう」
 そして、耳の後ろから首筋にかけて機械が顔をのぞかせていた。人型のダモクレスだ。
「休んでいたようですから。全ての苦痛から、解放してさしあげますよ?」
 男は懐からメスを取り出す。その鋭利な金属刃で、どれだけの命を吸い取ってきたのか。男から醸し出される、濃い死の香り。
「死ねば、楽になります」
 強敵との、邂逅だった。

「月詠宝がデウスエクスの襲撃を受けるようだ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)はケルベロスたちへと招集をかけると、そう切り出した。
「場所は裏路地の雑居ビル、その屋上だな……周囲には同じくらいの高さの雑居ビルが複数あるから、屋上を跳んで移動してきたんだろう」
 今から急げば自身が見た未来の直後には現場へ到着することができるはずだと瞬は補足する。
「相手は医師風のダモクレス、首にかけた名札には『篠宮』と書かれていたから、仮に篠宮と呼称しようか。篠宮はメスを武器に使うようだ」
 小さく取り回しが効き、鋭利な金属メス。篠宮は扱うメスはナイフのように鮮やかに皮膚を切開し、臓器を摘出するだろう。
「殺人医師、か……最近ではQOL、クオリティ・オブ・ライフという概念がある。無理に延命治療をしても、患者が満足に動けなければ生活の質は下がる。だからこそ、海外では安楽死が行われるケースもある……が」
 瞬はかぶりを振る。
「そこには患者の意思が介在する。一方的に死を押し付けるのは治療ではない。どうか、篠宮を止めてほしい」
 そして、深々と頭を下げるのだった。


参加者
ステイン・カツオ(剛拳・e04948)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)
ヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676)
天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)
月詠・煌慈(サキュバスの巫術士・e35746)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)

■リプレイ

●因縁
 篠宮のメスが煌めく。
 空間をも切開する鮮やかな軌跡は、しかしステイン・カツオ(剛拳・e04948)のオーラを纏った腕によって止められていた。
「お仲間の方々がいらっしゃる手前、そう易々と傷つけさせはしないでございますとも」
「おや、お仲間ですか」
 割り込んできたステインと、後に続くケルベロスたちを見て篠宮はメスを戻し、半身で避けられる体勢を取る。
「頑健さが取り柄のドワーフだ。ちゃちなメスが通ると思うなよ」
 ステインは篠宮を睨み、タンカを切る。
「だいたい麻酔しろよ。殺すから必要ねえのか、くそったれ!」
 注意を引こうと生み出したの虹色の光線。篠宮は目を閉じて躱す。予想していたのか、それとも余裕の表れか。
「俺の宝に何してくれてんだよ!」
 回避間際を狙った雷の突きが、篠宮の白衣を貫いていた。
 峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)だ。怒りでぎらついた茶色の瞳が、篠宮を刺す。
「いつからお前のものになったんだ」
 苦笑する月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)に構わず、雅也は声をかける。
「宝、ここでコイツぶっ飛ばして、さっさと親父さんとの事もケリ付けろよ!」
「親父、か……」
 宝は駆けつけた仲間たちの一角から、目を背けていた。
 そこには、かつての事件から疎遠になっていた父、月詠・煌慈(サキュバスの巫術士・e35746)の姿があった。
「元気そうで安心しました」
「…………」
 宝は煌慈の言葉には答えない。無言で、篠宮へと相対する。
「親父さん、その、あれだ。宝は……」
 その微妙な距離感に気付いたヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676)が声をかけるが、煌慈は気にしていないとかぶりを振る。
「いえ。息子のために集まってくださって、ありがとうございます」
 礼を告げて、煌慈は自身のビハインドへとつぶやいた。
「遥さん、私達の息子は、ピンチに駆け付けてくれる友人にも恵まれたようです」
「……ああ。宝は俺達の仲間さ。な、雨弓に奈津美よ」
「ええ、ヒスイさん」
「本当に間に合って良かったわ。皆が集まれば、どんな強敵でも勝てる……それを今から教えてあげましょう」
 天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)と五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)は力強くうなずいてみせる。
「さて……相手はこれ以上、待ってはくれないみたいですよ」
 矢面に立つ皇・晴(猩々緋の華・e36083)は篠宮の一挙手一投足に着目し、迎撃態勢を取っていた。
「どれだけ人数が増えようと同じこと。全て殺して差し上げます」
 篠宮は懐へと手を差し込む。出てきた幾本ものメスが陽光を反射して光り輝く。
「テメェの所業、忘れた事は一度も無ぇ。あの時は取り逃がしたが、今日、この場でテメェに引導を渡してやる……」
 宝は篠宮を見据えたまま、背中越しに要請する。
「皆、力を貸してくれ」
 宿敵との戦いが、幕を開けた。

●最期の光景
「くらえ!」
 宝が放つ稲妻の一撃を白衣でガードし受け止める篠宮。周囲が煙り、焦げ臭い香りが屋上を包む。
 体内に残留した電撃が、篠宮の動きを阻害する。
「よし、白いの!」
「だいふく!」
 ヒスイさんたちに合わせて、という雨弓の指示を受けて中衛のナノナノ2体がハート光線を発射する。
 白いのの光線は命中するが、だいふくの一撃はためく白衣で受け流された。
「なかなか、当たりませんね……」
「だったら当たるようにするまでだ」
 雨弓のつぶやきに呼応するようにヒスイが動く。
 メタリックバースト、オウガ粒子が前衛に付与されて感覚を鋭敏にさせていく。
「ですねっ!」
 雨弓自身も動く。跳躍し、太陽を背にしての星の力を込めた蹴り。
「チッ……!」
 篠宮は身をひるがえして避けようとするが、足元を狙われてよろめいた。
「もらったぁ!」
 次の瞬間には、雅也が篠宮の懐へと潜り込んでいた。刃が横薙ぎに振るわれる。
 卓越した、達人の域にまで高められた一撃と共に篠宮の腹が横一文字に切り裂かれた。
 出血し、赤い花が咲く。
「まだ浅いか……」
 雅也は日本刀を返し、篠宮に対峙する。見た目の傷よりも軽いようだ、篠宮も動揺することなくバックステップし、距離を取って体勢を立て直す。
「そうくると、見越していました」
 晴はタイミングを見計らったかのように爆破スイッチを押す。
「なっ……!」
 篠宮の隠されていた透明の地雷が一斉に起爆し、身体をよろめかせる。これには篠宮も計算外だったようだ、声が大きくなる。
「お医者様であるならば、肩こりでも治してくださると嬉しいのでございますが」
 ステインの指が、篠宮へと突きつけられる。指先に凝縮されるのは悪意の塊。
「ならっ!」
 その悪意を利用するかのように、篠宮はメスを掲げた。
 光を反射するメスに、惨劇が映りこむ。
「ぐっ……!」
 イケメンを捕まえ損ねた今までのトラウマを掘り起こされ、ステインは思わず顔を歪める。それでも、精神的なダメージをこらえて悪意の弾丸を放った。
「掬え!」
 悪意の弾丸が篠宮の胸を貫く。周囲に巻き起こる黒い竜巻が、更に篠宮の動きを止めていく。
「無理をしてはいけませんよ」
 それを見た煌慈はすぐにグラビティを練り上げて、ステインの頭上から陽光に降り注いでやる。
 黒い悪意が洗い流され、ステインの表情が幾分かやわらぐ。
「ふぅ……助かったでございますとも」
 ステインは煌慈へ礼を述べ、再び篠宮を睨みつける。
「ロクでもねえこと思い出させてくれやがって……必死こいて婚活してんだよこっちはよ」
 そんなステインを応援するように、清浄な風が吹き抜ける。奈津美のウイングキャットだ。
「バロン、お願いね!」
 トラウマを寄せ付けないとばかりに、風を吹かせるウイングキャット。奈津美は宝ら前衛へと印を結ぶ。
「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」
 詠唱と共に前衛の身体が光り輝く。軍神・摩利支天の加護がつき、前衛の膂力が強化されていく。
「助かる!」
 宝は奈津美へと声をかけると、ナイフを握りなおす。
「篠宮、今度は逃がさねぇ」
 その場に釘づけにされた篠宮に向かい、その刃を振るった。
「逆恨みは、やめていただきたいですねっ!」
 篠宮もメスで応戦する。ジグザグに身体を切り裂こうとする宝の動きに合わせて、メスで宝の腹部を切開していく。
 金属同士のこすれ合う音、舞い散る鮮血。二人の足元に血だまりができる。
「宝!」
 背後からヒスイの大声が聞こえる。
「――そのままじっとしてなァ!」
 ヒスイを信じて動かない宝。宝の側頭部、その横を半透明の弾丸が突き抜けていく。
「暴悪なる大忿怒尊よ。一切障碍を滅尽したまえ滅尽したまえ……ってな」
 魔を焼き尽くすという神の御業。ステイン同様、弾丸に凝縮された力が篠宮の左肩口へと埋め込まれた。
「ぐっ……! こ、このっ……!」
 篠宮は焼けるような痛みに耐えながらも動く右腕を動かす。手にしたメスで無理やりに御業の弾丸をほじくり出す。
「は、ぁっ……摘出、完了……」
「確実に効いてます! あとちょっとです!」
 後方から着実に攻撃を当てていた雨弓が、味方を鼓舞するように前線へと躍り出る。
「この斬撃、あなたに見切ることができますか?」
 2振りの鉄塊剣による舞い。狙い済ました攻撃を、足止めを受けた篠宮が避けられる術もない。
「これは……一撃では……っ!」
 鮮やかな斬撃は、まるで一撃のように見える。だがその実、複数回の攻撃だ。それはさながら遅効性の毒のようにじわじわと篠宮の身体を蝕んでいく。
「く、そっ……なんで、こんな……!」
「忘れているのなら、思い出して差し上げます」
 煌慈のナイフ、その刀身が日の光を反射する。
 先ほど篠宮が見せた惨劇の鏡像を、そのまま返したのだ。
「ぐっ……やめ、あの光景を、見せ……!!」
「お前も、あの過去は思い出したくなかったみてぇだな」
 苦しむ篠宮へ、宝は告げた。
「見せる、なっ!」
 トラウマに苛まれながら、闇雲にメスを振るう篠宮。篠宮からは宝の姿は掻き消えたように見えていた。
「いやだね」
 死角に潜りこんだ宝が宣告する。
「しっかり見てろよ……」
 斬撃。一刀の元に斬り伏せる。
「自分の罪を、な」
 命が潰えるその瞬間、篠宮は何を見たのか。それは、本人にしかわからなかった。

●向き合う時
「戦闘、終了ですね」
 晴は戦場を確認し、戦闘で壊れた床へとヒールをかける。
「その前に自分の傷を治すでございます、ほらよ」
 自らの傷も顧みずに修復を行う晴。見かねたステインが回復してやった。
「ありがとうございます」
「何、同じ盾役のよしみってやつでございますとも」
 鼻の下を人差し指でこすりながら、ステインは晴の顔立ちを見る。
「それに何よりも、イケメンでございますからね」
 目鼻の整った好青年だ。
「僕は、女ですけれど」
 だが女だった。思惑がはずれステインは舌打ちするのだった。
「ふぅ、お疲れさん」
 一方、ヒスイは同じ中列で戦っていたナノナノたちへ声をかける。
 雨弓のナノナノは声に応えるように、すり寄ってくる。
「よしよし」
 撫でて労ってやるヒスイだが、宝のナノナノは所在なげに漂っている。
「『宿敵は撃破、宝も白いのもメンバーも無事です』……送信、っと」
 連絡を終えた奈津美は、自身のウイングキャットが宝のナノナノを不安げに見ていることに気付く。
 その視線の先には、宝と煌慈の親子がいた。
「……ほら、大丈夫だっての」
 事情を知っている雅也が、宝のナノナノを小脇に抱えて励ましてやる。
「………」
 煌慈は宝へ声をかけるべく、何度も口を開いては、そのまま言葉を飲み込んでいく。
 そうして、出てきたのはたったの一言だった。
「いつ、戻ってきますか?」
 それだけでも、宝と煌慈の間には通じるものがあったのだろう。
 宝は、煌慈の目を見据えてはっきりと答えた。
「俺の居場所はここにある」
 それは戻るつもりはないという意思表示で。
「……そうですか」
 煌慈は微笑んで一度頷く。
「いきましょう、遥さん」
 そうして、ビハインドを伴って屋上の出入り口へと踵を返す。
 残された宝へ、ナノナノが飛び出していった。
「あっ、こら……ったく、しょうがねえな」
 雅也は苦笑しつつ、宝へ声をかける。
「帰ろうぜ。奈津美が連絡入れてくれたけど、直接顔見せにな」
「ああ、そうだな」
 宝は短く告げると、空を見上げる。
 雲ひとつない蒼穹。
 宝の居場所は、ここにあった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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