春風、吹き荒れる

作者:零風堂

 奈良県と大阪府の境目にそびえ立つ、金剛山。
 標高1125mとなるこの山の最高地点は、葛木神社の神域にあり、一般には立ち入ることができない。そのため、登山者たちからは国見城跡の広場が山頂として扱われており、そこに到達することで山頂を訪れたとみなしている。登山道も整備されていて、それほど厳しい道のりでないことから、健康のために登山に訪れる周辺住民もいるのだとか。また、登山回数を記録してもらえるというちょっと珍しいシステムがあることから、出勤前や仕事帰りに毎日登山に訪れる人もいるらしい。
 そして厳しい寒さの冬を越え、多くの生命が活き活きと動き始める春の山は、多くの登山者で賑わう場所でもある。日々の健康習慣としてだけでなく、付近の学校の校外学習としてや、休日の行楽に、その日も多くの人たちが、山頂の広場に集まってひと息ついていた。
 そこに突然、巨大な牙が突き刺さった。それは見る間に鎧兜を纏った骨――、竜牙兵へと姿を変える。
「サア、グラビティ・チェインをヨコセ」
 竜牙兵はそう言うと、スケッチブックを持った小学生たちの輪へ向かう。あまりの恐怖に声も出せない女の子の頭に、歪んだ刃が振り下ろされた。
「あ、ああ……」
 同級生の鮮血を浴び、掠れた声を漏らした女の子の胸を別の竜牙兵が打ち、山頂を示す看板まで吹っ飛ばす。ばごんと嫌な音が響き、胸を凹ませた女の子と看板が、がしゃんと崩れ落ちた。
「ひいいいっ!」
「逃げ、逃げろー!」
 悲鳴と鮮血が飛び交い、平穏な風景は一瞬で恐怖の惨劇へと塗り替えられる。
「ククク……。泣ケ、喚ケ。オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル」
 竜牙兵の蹴りが、腰を抜かしたおじいさんの背を打ち、その身体をありえない角度に曲げてしまう。泣き叫ぶおばあさんは、別の竜牙兵の剣で首を切られ、おじいさんの上にごとん、と落ちた。
「定命化デ滅ブナド、サセヌ……。サア、ゾウオヲ向ケルガイイ!」
 人々の血で溢れた広場の中で、竜牙兵たちは血に濡れた剣と拳を振るい続けるのだった。

「…………」
 流れるような長い銀髪に、白い肌。繊細に作られた人形のような印象を受けることもあるエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)の表情は、いくらかこわばっているようにも見えた。
「こちらのエルスさんの独自調査によって得られた情報をもとに予知を行った結果、大阪府と奈良県の境目、金剛山の山頂広場に竜牙兵が現れ、人々を殺戮するという事件が発生することがわかりました」
 傍にいたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がそう言って、集まったケルベロス達に向けての話を切り出す。
「予知できたことは幸いですが、竜牙兵が出現する前にその周囲に避難勧告をすると、竜牙兵は他の場所に出現してしまい、事件を阻止する事ができなくなってしまうでしょう」
 ケルベロスが介入できなければ、被害はより甚大なものとなってしまうだろう。ここは敵が出現したタイミングに合わせ、ヘリオンから降下するのが良策だ。
「皆さんが現場に到着した後に避難誘導をしていただけるよう、付近の警察・自治体にはお願いしてあります。ですから皆さんは、竜牙兵にのみ集中して下さい」
「……倒す。必ず」
 エルスは自身の感情を抑えるかのように静かに、けれども確かな力強さを感じさせる声で呟いた。
「敵は竜牙兵が5体で、1体が山羊座の紋を刀身に持つゾディアックソードを携え、残りの4体がバトルオーラを身に纏っています。竜牙兵は広場の中央辺りに出現するらしいので、皆さんが即座に戦闘を仕掛けさえすれば、避難を邪魔されることもないと思います」
 迅速な行動が大切です。とセリカは付け加える。
「また、この竜牙兵は戦闘が始まれば撤退することもないようなので、逃走を心配する必要もないでしょう」
「自身を顧みることすらしない、ただの傀儡……。憐れみすら感じません」
 どこか冷たく、遠くの敵を見据えるような様子でエルスは呟く。
「このままでは竜牙兵によって罪もない人々が殺されてしまいます。これを放置するわけにはいきません」
 緊張した面持ちのセリカに、話を聞いていたティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)も小さく頷く。
「それに金剛山と言えば、修験者たちが鍛錬する地としても知られています。そんな場所を無闇に騒がせてはいけませんね」
「平和な春の山を取り戻せるように……。どうか、討伐をよろしくお願いします」
 セリカはそう言って一礼し、ケルベロスたちを激励するのだった。


参加者
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)
分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
巽・清士朗(町長・e22683)
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)
レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)

■リプレイ

 轟々と、荒ぶる風が耳元で唸る。
 地上で浴びれば柔らかく肌を撫でる春風に感じられるそれも、高所からの落下ともなれば身を斬るような鋭さで襲いかかってくる。
 その勢いに気圧されぬよう微かに目を細め、巽・清士朗(町長・e22683)は黒き鞘に手を添えながら声を上げた。
「貴様らの相手はこちらだ!」
 着地と同時に腰から鞘ごと日本刀を抜き、竜牙兵の剣を受け止める。
「もう大丈夫だ。我々が……、ケルベロスが来た!」
 言い終わった直後、そのままの体勢で『玄一文字宗則』の刃を引き抜き、目前の竜牙兵へと突き出した。
 相手は慌てて跳び退り、清士朗の突きを避ける。しかし清士朗の目的は最初から牽制だった。生じた僅かな隙に、自身の後方に居る登山客が逃げてくれれば、それでいい。
「皆さん、ここは危ないよ。早く離れてください!」
 今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)も、避難誘導に駆けつけた警察・地方自治体の関係者に負けないくらいの声で避難を呼びかけている。
「楽しそうな山だね。こんな場所でも襲ってくるなんて、やっぱりホネホネクンは許せない!」
 それから日和は竜牙兵の方に向き直り、全身を包むオウガメタルに意識を合わせる。
「いつもボクの行く手をふさいできたけど、今日も退治してやるんだから!」
 狙いを定めて手を伸ばし、黒太陽をそこに具現させる。
「黒き光よ、アイツを蝕め!」
 生まれた絶望の黒光が、竜牙兵の行く手を阻まんと降り注いだ。
「ティニクンもスナイパーなんだね。今日は一緒にがんばろーっ!」
 日和に声を掛けられて、ティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)は左腕の銃を構えながら微かに微笑む。
「ええ、全力を尽くします」
 だがそこに、竜牙兵が拳を向けていた。近接の間合いの外であったが、闘気を帯びた拳からは弾丸のように鋭いオーラが飛び出している。
「大丈夫だ、心配すんな」
 割り込むように飛び込んで来たのは、分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)だ。見れば如意棒を伸ばして降下地点をいくらかずらし、ふたりのガードに回ってくれた様子だった。
「……俺がついてる」
 不敵な笑みを浮かべながら呟き、楽雲は体を巡るオーラを増幅させ、周囲に展開していった。
「ドラゴンの、爪牙……。これ以上、好きにさせないわ!」
 エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)は着地と同時に顔を上げ、敵の姿を確かめていた。それから一瞬の間も置かずに、彼女の全身を鋼色の液体が覆い始める。
 地を蹴って、剣の竜牙兵に殴りかかるエルスだったが、その目前に別の相手が割り込んできた。
「邪魔っ!」
 鋼を纏ったエルスの拳が、竜牙兵の顎を砕く勢いで繰り出されていく。
「互いの使命を高々と口上する必要も無いだろう」
 ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)は戦場と敵の動き、それから自身の立ち位置を記憶してから着地した。あとは経験による予測と、全身の感覚による察知で周囲の動きを捉えていく。
「……邪魔だから潰す。愚行の極みだが、実に単純だ」
 敵の動きを追いながら、ジゼルは淡々とした口調で、当然のことを告げるかのように呟くのだった。
「神域でも、平然とデウスエクスは来るですね」
 タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)は、金剛山というこの地のことを僅かに気にしながらも、竜牙兵の前に立ちふさがる。逃げる老人を追っていた敵は、そのままの勢いでタンザナイトに殴りかかるが、石塊の如き覚悟と決意を以て戦いに臨むタンザナイトは、一歩も退かない。
 胸に受ける痛みは些細なもの。力なき人々の生命を踏み躙る者など、在ってはならないと吼えるかのように、思い切り拳を突き上げた。
 タンザナイトの拳が地の底から光を噴き上がらせ、竜牙兵の全身を弾くように下がらせた。
「本来不死のあなたたちはちゃんと解ってないかもしれないけど、ころしたら、死んじゃうのよ」
 レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)は晴れた空の如き鮮やかな青を手に、大きく振り上げた。
「……二度と戻らないの。あなたたちの身にも解らせてあげる」
 レーニの示す陣形が、敵を囲んで逃さぬ形を表して、僅かな被害も出さないようにするという皆の決意をより強固なものにする。それを知ってか知らずか、竜牙兵たちは突破しようと攻撃を続けていた。
「Kommt nicht infrage」
 話にならねー、とばかりに、レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)は大振りで突き出された竜牙兵の拳を紙一重で避ける。
 僅かに道着の胸元を掠められるが、構わず大鎌の刃を振り上げた。
「自身も顧みず主からの命を全うする従順で愚直な存在。ぶっ潰す相手としては解り易くてイイぜ」
 青い薔薇がひらりと舞い散るように、優美な斬撃が弧を描く。血飛沫が舞わないのが残念だ、と胸中だけで呟いて、レンカは一歩後退り、仲間たちの陣形に戻るのだった。

「…………」
 避けるまでもない。とばかりに、ジゼルは竜牙兵の繰り出したオーラ弾に向かっていた。彼女の纏う武装白衣が威力を削ぎ、すかさず振り下ろされた虚無の刃が相手の生命力を奪って、力を取り戻させてくれる。幾らか体力の擦り減りもあるかもしれないが、敵を殲滅するまでは十分に余裕がある。ジゼルは冷静に戦況を見極めつつ、次の動きへと自身を操っていた。
「……オノレ、許サン!」
 怨嗟の声を上げる竜牙兵に、レンカが向かう。突き出された拳を、後ろに倒れるような形で回避した。
「相変わらず、吐く台詞が馬鹿の一つ覚えだな」
 地面に激突する前に、エクスカリバールで大地を叩く。同時に片足で地面を蹴って、下から勢いよく敵のあばらを蹴り上げた。
「演劇だったら、三文芝居もイイトコだぜ」
 バキバキと、文字通り骨の折れるような音を鳴らしながら下がる竜牙兵を前に、レンカは微かに笑みを見せた。
「八門立つ、九龍八重垣、妻籠みに。八重垣作る、その八重垣を」
 清士朗が全身の感覚を研ぎ澄まし、敵の動きを予想する。
「写の位へ至らば、もはや逃れること能わず」
 その兵法が成ったことを示すかのように、清士朗は両の手を合わせて大きく柏手を打った。
「小癪ナ、真似ヲ!」
 剣の竜牙兵が構わず突っ込んでくるが、清士朗は動かない。大きく振り上げられた刃が……、降りる。
「……そう来なくては!」
 刹那、時間が止まったように見えた。
 清士朗の動きが最小であったためにそう思えたのだが、実際には僅かに動かされた清士朗の鎧の篭手部分によって敵の刃が逸らされ、斬撃が地面を打ったのである。
「雷沢帰妹……、後ろに来るぞエルス!」
「!」
 清士朗の声に応え、エルスが振り向く。直後に飛び込んで来た竜牙兵に向けて、『無限』の名を冠する魔導書を開いて力を解放する。
「お前らの欲しいものはいくらでもあげるよ。……だが、ここで死んでもらうね!」
 エルスの敵意と共に撃ち出された時空凍結弾が、竜牙兵の胸に命中して魔力の氷を広げていく。その様を見ながら、エルスはぎりっと奥歯を噛みしめていた。
「いずれ貴方達の主に選ばせてあげますよ。定命化で死ぬか、ケルベロスに殺されるか」
 タンザナイトはそう言いながら、ケルベロスチェインを解き放つ。精神力でコントロールし、逃れようとする竜牙兵の身体に巻き付けて、その動きを縛っていく。
「よーし、どんどんやっちゃってー……、っと!?」
 楽雲はルナティックヒールを用いての援護に回っていたが、その顔面に竜牙兵の拳が襲いかかってくる。咄嗟に鉄槌を間にねじ込み直撃は避けたものの、衝撃で僅かによろめいた。
「ほらっ、そこ危ないよ!」
 呼びかけると同時に、日和がエスケープマインを起爆させる。驚きながらも伏せる楽雲。
 どんっ!
 辺りにばら撒かれた『見えない地雷』が一斉に火を噴き、竜牙兵たちを呑み込んでいった。
「……レーニは去年まで、一般人だったけど、ケルベロスさんが失伝の救出に動いてくれたから、今があるの」
 レーニは胸中に溢れる想いと共に、水彩画箱を手に取った。二羽の小鳥の意匠を持つそこから、使い込まれた絵筆を握る。
「だから、今度はレーニも一緒に頑張って、今日ここにいる皆が、無事に明日を迎えられるように頑張るよ」
 そうして描き出された二羽の小鳥が、楽雲の力を高めていく。素早く親指を立てて応える楽雲の姿に、レーニも嬉しそうに頷いた。

「紫は気高き精神と癒しの色――。さあ、立ち上がる意志と力を」
 そんなレーニの姿をこっそりと、赤い頭巾が見守っていた。紫の薬液を湛えた小瓶を、猫の描かれた救急箱にしまいながら。

「それじゃあ、ご期待に応えまして!」
 楽雲は地を蹴り、手にした巧式竜槌籠手『クランカー』を、がきんがきんと変形させていく。そうして完成したドラゴニックハンマーを、思い切り振り上げた。
「骸骨は桜の木の下に帰んな!」
 先へと進む可能性を、ぶっ潰す。叩き付けられた超重の一撃が、竜牙兵を頭から微塵に打ち砕いた。
「狙って……、撃ちます!」
 ティニの射撃が竜牙兵たちの足元を穿ち、僅かではあるが浮足立させる。その瞬間に、日和も精神を解き放った。
「行け、Null。アイツを捕まえろ!」
 日和の念に応え、鎖が唸る。地を這い、飛び跳ね、喰らい付くその様はまさに猟犬の如く、先端が頭蓋を貫くと同時に、全身に巻き付いた鎖が締まり、その骨を砕き散らした。
「時々お菓子をくれる赤ずきんさんや、庵でお見かけした町長さん。レーニがちゃんと一人前にがんばったら、褒めてくれるかな?」
 希望を胸に、レーニは駆ける者たちの歌を奏でて唄う。自分の頑張りを認めてもらうこと、そしてたくさんの人の助けになること。それが実現できるなら、どんなにうれしいことだろう。
「ヤメロ、キボウナド……!」
 その音色を恐怖で染めようと、竜牙兵が向かい来る。そこにタンザナイトが駆けつけた。
「天地を……繋げっ!」
 なりふり構わない相手の突撃に押されながらも、タンザナイトは下から振り上げるようにして拳を打ち出していた。
 そして生み出された光は、邪悪を払う光芒となって立ち昇る。その猛烈な勢いに掻き消されるかのように、竜牙兵は塵と化して消滅していった。

 ジゼルの腕が素早く回転し、竜牙兵の身体を幾度となく突いていく。
「オノレ……!」
 攻撃を遮るように拳を振り回す竜牙兵だったが、ジゼルは素早く横に跳び、被弾を避けた。
 ――いや、避けたという表現は誤りだ。
 ジゼルの攻撃は、既に完了していたのだから。
「ガ……」
 竜牙兵の骨が軋み、身に纏う鎧が砕け落ちていく。
「動きが鈍いぜ? 傀儡の操り糸が絡まっちまったのか?」
 そいつに狙いを定め、レンカが言い放つ。同時に髪に魔力が宿り、蔓のように伸び始めた。
「そんなんじゃもう主の動きにも合わせらんねーな。しょうがねー、その糸を断ち切ってやる」
 髪は竜牙兵の全身に伸び、レンカの元へと引き寄せる。そして胸、腕、腿、腰、といった、全ての要にきつく結びつく。
「感謝しろよ……、地獄でな!」
 ばきんっ! 言葉と同時に髪が全ての骨を抱き潰し、支えを失くした破片たちががらがらと崩れ落ちる。

「さて、思い出させてやろう。奴らが狩る側ではなく狩られる側だということを」
 清士朗が小乱れ刃の刀身に、霊力を纏わせて振り上げる。残るはゾディアックソードを携えた竜牙兵のみだが、そいつは辛うじて、清士朗の斬撃を受けて下がった。
「……いや、思い出させるのは、今回護り手たる俺ではないがな」
 清士朗がそんなふうに呟くと、背後で闇が蠢き溢れた。
「憎悪と、拒絶は……、そんなに好きか?」
 魔導書を手に、闇を従えるのはエルスだった。闇は今にも暴れ出しそうに蠢き、今も空間を蝕んでいるように見える。
「……ならば、存分に味わっていい!」
 巨大な力に抗うように腕を震わせながら、エルスが『闇』に命じる。漏れ出したように飛び出した闇が竜牙兵を喰らい、侵食するように呑み込んでいった。
「ガ、グアア……」
 体を削り蝕まれる痛みと恐怖で、竜牙兵が呻き声を上げる。
「もっと泣け、喚け! 苦しめ! そして、死ぬがいい!」
 エルスの言葉に後押しされるように、消滅していく竜牙兵。そして憎悪を吐き出し、後に残されたエルスの背中は、普段と変わらず小さく、華奢で、どこか儚げに見えた。

「さて、そろそろ避難してる奴らにも、終わったぞって言いに行くか」
 それから一行は戦闘の被害を受けた箇所をヒールし、元の景観を取り戻させていた。
「それにしてもいっぱいいたな。何だかんだ自然が好きな奴って多いのか?」
 レンカは登山客の多さを思い出しながら呟く。
「確か、近くの学校から学生も来ていたそうですから」
 それを聞いていたティニも、風景を見ながら答える。
「ふぇーっ、疲れたーっ! でもこれで、皆が安心して山登りを楽しめたらイイね」
 日和もそう言って、様々な動植物の動き始める春を満喫する。しばらく辺りを眺めていたら、蝶を見つけて微笑んだりもしていた。
「祈る気にはなれないけど……、この穏やかさがずっと続くように、タンザは願うです」
 タンザナイトも平和な光景を取り戻せたことに、小さく頷く。

「…………」
 奴らを、倒した。痕跡も消した。それでも何処か、心が波立っている気がする。
 そんな心境を抱えて、エルスは立ち尽くす。
「せっかくだ。お参りでもしていくか?」
 そこに掛けられた、いつもと変わらぬ清士朗の声。
「お参りするならレーニも行くの。お作法とか分からないから、教えてくれる?」
 レーニもそれを聞いて、てくてくと歩み寄ってくる。
「……っ」
 エルスは少しだけ戸惑いながらも、そっと清士朗の袖を掴んでついていく。
「確か葛木神社だったか。避難した人たちの中にも、参拝しようとしていた人がいるかもしれないな」
「もう避難も終わりって伝えて……。今日が怖い記憶より、楽しい思い出が大きい日になりますように」
 清士朗の言葉に、そんなふうにお祈りしたいとレーニは微笑む。
「…………」
 エルスはしばらく黙っていたが、少しずつ、仲間の言葉が染みわたる。
 そして――。
「疲れたなら、手を貸そう」
 袖を掴んでいた手を、掴んでくれる温かい手。
 これがきっと、自身を癒してくれるものなのだろうと、エルスはその手を握り締めるのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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