●
「……っかしいなぁ? 確かネットではこの辺にあった筈なんだがよぉ」
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)は、ひと気の少ない裏通りを歩きながら、視線を彷徨わせていた。
同居人の少女からたんまり貰った小遣いを手に、朝から喫茶店で優雅な朝食と洒落込むつもりだったのだが、なかなか目的の喫茶店が見つからないでいる。
もっとも、泰孝の狙いは朝食だけではない。
何とその喫茶店、万事が昔ながらの趣でレトロな雰囲気に浸れる一方、最新型の全自動麻雀卓が一部のテーブル席に備えつけられていて、朝っぱらから誰に気兼ねする事なく麻雀を楽しめるというのだ。
最新型を謳うからには、全自動配牌、点数計算機能、ドラ表示機能と基本的なスペックは充分。
加えて喰いタンの有無や赤ドラの追加など細かなルール変更にも対応しているらしい。
「もうちょっと奥だったかねぇ? まぁ、サマは仕込めねぇけど実力で堅実に上がるのも偶には良いやね」
ギャンブルへの根拠ない自信を口にして、意気揚々と歩く泰孝。
すると。
「!?」
突然言い様のない殺気を感じて振り返った刹那、見覚えのある赤錆色の刃が交差して斬りつけてきた。
——ガキィン!
咄嗟に左腕のジャンクアームで攻撃を受け止めたものの、防いだ訳ではない為に痛みが襲う。
「ハハッ、道に迷うわ男にストーカーされるわ、よくよく運がないのかねぇ」
泰孝は、赤く無機質な眼光を放つダモクレスへ向き直り、右手でコインを弾いた。
●
「皆さん……大変な事になりました。卜部泰孝殿が定命・レプリカント化観測試験機なるダモクレスに襲われると、予知で判明したであります!」
小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が深刻そうな面持ちで言う。
「今回も、すぐ連絡を取ろうとしたでありますが、やはり繋がらず……もしかして既に交戦中なのでありましょうか……」
それだけ、事態は切迫しているという事になる。
「もう一刻の猶予も無いであります。どうか皆さん、卜部殿がご無事なうちに、いち早く加勢して差し上げてください……」
深々と頭を下げるかけら。
「定命・レプリカント化観測試験機は、上下逆さまに片刃斧を生やした両腕——ツインブレードで斬りかかって攻撃してくるであります」
頑健性に優れた斬撃が、近くの敵単体へ激しい痛みを与えるのみならず、既に受けた負傷をも悪化させるという。
「他にも、高い身体能力を活かして拳と蹴りの連打を見舞ってくるであります」
『鉄鋼乱撃』と呼ぶ破壊グラビティで、遠くにいる敵だろうが余裕をもってぶち当ててくる射程の長さと、敵複数人へ一気に火傷を負わせるほどの敏捷性を誇る。
「時折『死へのカウントダウン』なる見境のない破壊活動を行なって威圧感を発してもきますから、どうぞご留意を」
威力の高い魔法グラビティだが、敵単体にしか当たらないだけまだ救いか。
そこまで説明すると、かけらは再び頭を下げて頼み込んだ。
「どうか卜部殿をお救いして、定命・レプリカント化観測試験機を撃破してくださいませ。宜しくお願い致します……!」
参加者 | |
---|---|
藤・小梢丸(カレーの人・e02656) |
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793) |
葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334) |
ソフィア・フィアリス(傲慢なる紅き翼・e16957) |
荒井・龍司(伏竜遁甲・e19697) |
ユグゴト・ツァン(黒山羊・e23397) |
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412) |
橘・榧(恋獄・e32358) |
●
裏通り。
「やれやれ、嫌なデジャブだぜ」
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)は、定命・レプリカント化観測試験機による剣戟を喰らって、斬られた左肩を抑えつつ洩らした。
「同じ事を繰り返すならせめて、ソフィアおばあちゃんにお小遣いをねだる好機でも、もっかい来ないもんかねぇ……?」
それでも頭で金策もとい妄想に耽る余裕があるだけ、やはり歴戦のケルベロス、戦闘への自信が窺える——尤も、本人はよく初心者だと恍けているが。
「あれ? 卜部っちこないだ襲われたばっかじゃなかったっけ? またなの~?」
一方、藤・小梢丸(カレーの人・e02656)は、さも偶然通りかかって戦闘中の仲間に遭遇したかの如く首を傾げた。
そして小梢丸もまた、観測試験機が拳の乱打を仕掛けてきたタイミングで2人の間へ割り込んでは身体を張って泰孝を庇う辺り、芝居っ気にかまけていても決して油断しない百戦錬磨の強者である。
「というわけで、助けにきまちた」
ケルベロス特製万能型強化防弾カレールー(中辛)を手甲のように構え、ニヤリと笑う小梢丸。
「りんごとはちみつ最強コンビ!」
『収穫形態』にした芳醇の枝へ黄金の果実を実らせ、前衛陣へ聖なる光を照射した。
「少し前に倒した敵との再戦……いや、量産型の別個体か」
定命・レプリカント化観測試験機の見覚えある容姿を前に、一瞬驚いた表情を浮かべるのは葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334)。
彼が振り返る通り、今回泰孝を助けに向かった仲間の内3人は、つい最近にもこの観測試験機にそっくりな同型ダモクレスと戦っていた。
それ即ち、泰孝が短期間に2度も襲われた事に他ならない。
「いずれにせよ……狩らせて貰うぞ……その魂!」
日頃は仲間達を一歩引いた視点から控えめに見守る、いかにも穏やかで物腰丁寧な青年の柊夜だが。
「同型機との差異は……戦いながら測らせて貰う。まずは格上相手の定石通りに!」
敵に遭遇したとなればその雰囲気は一変、すぐに冷静さを取り戻した様子でバスターライフルを構え、太く長大な銃身から魔法光線を放つ。
光の帯は観測試験機の胸部を容赦なく撃ち貫いて、体内の機構を破壊すると共に、言い知れぬ威圧感を奴へ植えつけた。
「助けにキタワヨ初めましてウラベ♪」
次いで、救援に駆けつけたのはパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)。
どこか異国情緒を感じる褐色の肌と肉感的で豊満なボディーが魅力の、サキュバスの女性だ。
「こんな状況ジャなかったらデートのお誘いの一つもしたかったところデースが……」
パトリシアは、泰孝へ向かって妖艶な流し目を送りシナを作るも、
「気持ちよくぶん殴れるデウスエクスがご一緒とアラバ、ヤらないわけにはイキません♪」
すぐに得意の肉弾戦の構えを取ると、観測試験機目掛けて跳躍、一気に距離を詰めて。
「オラアアアアア!」
電光石火の蹴りを奴の急所へぶち当て、激痛のみならず強い衝撃を齎した。
他方。
「ちょっとー旦那様ー? 貴方何度狙われるつもりー?」
橘・榧(恋獄・e32358)は黒いケルベロスチェインをジャラジャラと両手で弄びながら、ねっとりと甘く粘着質な声を投げかけた。
泰孝に言わせると同居人兼座敷童であるらしい大人びた少女。
近頃は卜部姓を名乗ったり鎖を操って物理的に縛ってきたりと、泰孝をビビらせる要素が日を追うごとに増えている、向上心に満ちた若奥様(他称)である。
「そこのガラクタも次から次へとゴキブリみたいに沸いて来て……いい加減消えなさいな?」
榧は、観測試験機に向き直るや、背筋が凍るような冷たい物言いで唾棄する。
この二面性もストーカー気質故なのか、傍から聞いていてもなかなか恐ろしい——と、共に駆けつけたガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)は思った。
「ところで旦那様ー? お店の場所はそこじゃないわよ? もうちょっと手前の道曲がんないと」
「げっストーカーが増えた……ってマジかよ」
そして、光の尾を引き重力をも宿した飛び蹴りを観測試験機の頭へ炸裂させ、機動力を殺しながら泰孝と日常的な会話をする榧。
振り撒く恐怖のバリエーションが実に幅広いストーカーであった。
「大丈夫ですかー? 生きてますかー?」
荒井・龍司(伏竜遁甲・e19697)は、最初こそ真剣に仲間の身を案じて現場へ急行したが。
「Oh……。卜部さん、モテモテじゃないですかー。まさかこんな短期間で立て続けに襲撃を受けるとは……」
榧の出現へ恐れおののく泰孝を見るや、すぐさま状況を察知、さも微笑ましそうに言ってのけた。
無論、立て続けの襲撃とは観測試験機の事に他ならないが、榧やパトリシアにモテモテなのを指すふうにも聞こえなくはない。
「幸い辺りに僕ら以外の人影はなし。……朝食前の運動としては幾分ヘビーですかね?」
龍司は冷静に周囲へ目を配ってから、如意棒をヌンチャク型に変形させる。
そして、観測試験機が放ってきた連続蹴りをヌンチャクで受け流す合間に、ガツンと鋭い一撃を与えた。
さて。
「誰かおばちゃんの事呼んだ~~? なんてね」
ソフィア・フィアリス(傲慢なる紅き翼・e16957)は、まるで朝っぱらから一杯引っ掛けてきたみたいな顔で現れた。
「ともあれ、おはようヤスタカくん。さっき投げてたコインはどっちだったかしら? 表なら、目の前の敵をぶっ倒す……裏なら……」
かと思えば、珍しく戦いへやる気を出した様子で黒い笑みを浮かべると、泰孝を『真に自由なる者のオーラ』で包んで癒しのひとときを齎した。
「目の前の敵をタコ殴りよ」
——果たして、耳元で囁いたドスの効いた声音が本当に癒しになるかは置いといて。
ちなみにヒガシバは主の意思に忠実に、エクトプラズムで作ったしゃもじを手に観測試験機へ殴りかかっている。
「コインの結果かい?」
一度ポケットに仕舞っていたコインを再び取り出し、ピンっと弾いてみせる泰孝。
「ハハッ、コイツはイカサマコイン、どっちも表——つまりはストーカーをぶっ潰すってことさ」
そう自信ありげに断言する傍ら、ゾディアックソードで守護星座を地面に描き、前衛陣を守る事も忘れなかった。
「賭博に関しては何も説かぬ。違うな。卜部様の浪費癖は糺さぬ」
同じ頃。許容の姿勢を示したのかはたまたすっかり見放した宣言か、相変わらず抑揚のない物言いをするのはユグゴト・ツァン(黒山羊・e23397)。
冷気を放つ灰色の地獄の炎と混沌の水が入り混じり、歪な輪郭に縁取られた全身——殊に渦巻く頭部や流動する『混沌』の腕が見る者を不安にさせる、ワイルドブリンガーの女性。
一度暴走を経験してからと言うもの、見える景色が以前とは違ってきたらしく、そのお陰か最近では脳摘出を仄めかす言動も鳴りを潜めた——かと思いきや。
「正すべきは眼前の糞餓鬼で在り、我が深淵に映る量産型だと理解せよ。解体の時間だ。私を母親だと認識せず、番犬を狙う阿呆に憤慨を。脳髄諸共全部寄越せ」
敵であるデウスエクスに対するユグゴトの挑発は、当然とは言え苛烈そのもの。
「Idhui dlosh odhqlonqh!」
更には、某神格が某魔導師に説いたと伝えられる一言を口にして、攻撃の命中精度を上げるべく己の神経を研ぎ澄ました。
●
定命・レプリカント化観測試験機は、どれだけケルベロスから攻撃を受けても顔色一つ変えず、ただただ赤錆びたブレードつきの両腕を振り下ろし、動く者全てを斬り刻むべく反撃してくる。
「静かに横たわる雄大なインド洋の底に沈め!」
今度はパトリシアを庇って脇腹を斬られた小梢丸が、『蔓触手形態』と化した芳醇を手のひらより解き放つ。
「今夜のカレーが今、芳醇の時を迎える……」
見た目だけなら華奢に見えるツルクサの繁みだが、本来持っていた繁殖力を存分に活かして、観測試験機をギチギチと縛りつけた。
「行け、ヒガシバ! ガブリングよ!」
その傍ら、1人ふんぞり返って偉そうにヒガシバへ檄を飛ばしているのはソフィア。
これぞ面倒臭がりの極みが生み出した、何もやっていなくても『何かやっている』風に見せかける匠の技である。
また、意外と指示を出された側も背筋が伸びて効率化した動きになるらしく、現に小梢丸はソフィアの号令によって脇腹の痛みを忘れる事ができた。
ヒガシバはヒガシバで主の命令通りに観測試験機へ肉薄、ガブリと奴の脛へ噛みつき牙を立てていた。
「燃え尽きるのは貴様の精神」
混沌『斬拓』に自らの地獄の炎を纏わせるのはユグゴト。
灰色に燃え盛る刀身が観測試験機の顔面へと叩きつけられた瞬間、轟々と唸りを上げて全身へ燃え広がり、酷い火傷を負わせた。
「何処まで追い縋れるか……。いや、やりようはある筈だ……ッ!」
龍司は不屈の闘志を胸に、フェアリーブーツを履いた足で観測試験機へ向かって駆け出す。
「そぉい!」
先に左脚を振り上げて勢いをつけ、追いかけるように上げた右脚が腹の上に達した刹那、星型の理力を蹴り込んで観測試験機へとぶち当てた。
「この鎖がある限り、汝逃げる事能わず……ふふ……これで貴方は私のもの」
榧は拘束という概念が具現化した魔法の鎖を投げつけ、観測試験機の逃げたい思惟ごと束縛する。
そのまま鎖で絡め取った胴体を力づくで引き寄せ、重い拳をお見舞いした。
ちなみにこの黒輪縛鎖、泰孝に対する不安の現れでもあるらしい。
手を離したらどこかに消えてしまうんじゃないか……ふと目を離した隙に二度と会えなくなるんじゃないか……彼を決して失いたくない榧の不安が具現化した拘束の鎖だそうな。
「…………」
そんな榧の想いが伝播したものか、背筋を寒いものが駆け上がる泰孝。
「くれてやる、拾いな」
ともあれ気を取り直して、黄鉄鉱より作られた偽りの金貨を虚空へ放り投げた。
地面に跳ねた金貨の音が常ならぬ反響と広がりを見せて観測試験機を蝕み、尚且つ足元から黄鉄鉱で体を覆い尽くし、動きを阻害した。
「48arts No.10! カアアアァスド、ブライトネェス!」
虹色に輝く『歪曲の右手』を突き出すや、観測試験機の頭部を鷲掴んで引き寄せるのはパトリシア。
次は暗闇に呑まれた『虚空の左手』で奴の胴体を握り潰し、存在を抹消せんと体力を削ぎ落とした。
「後の先にて機先を制し、矛を収めさせるが葛城流柔法の“武”……」
銀河眼の光子一角獣-A mon seul desirを身に纏った柊夜は、七彩に揺らめく燐光を発振しながら観測試験機へと迫る。
さらに変幻自在の足運びをもって奴の死角へ回り込み、僅かな挙動でその体勢を崩すや、流れるように地面へ叩きつけた。
「此方の動きに釣られたか……目の良さが命取りなのは、お前も同じだな!」
倒れ臥した定命・レプリカント化観測試験機は、何度か血泡を吐くももはや起き上がる体力が残っておらず、苦しんで地面を引っ掻いた末に息絶えた。
「さぁ、道路をチャチャっとヒールして、サテンにイきマショー♪」
戦闘の痕跡を消そうとサキュバスミストを噴射しながら、パトリシアが笑う。
「スウィートなデザート楽しみネー♪」
「うむ、わしも麻雀が楽しみじゃ」
戦闘中、光輝くオウガ粒子でパトリシアを始めとする前衛陣の強化に勤しんでいたガイバーンも、つけヒゲを撫で撫で頷いた。
●
仲間の助太刀を受けて定命・レプリカント化観測試験機を見事撃破した泰孝は、皆と一緒に本来の目的地である喫茶店へ辿り着いた。
「勝利に骰子を! 賭け事だけは赦せぬが、酒と煙草は用意した」
早速、自身でもしっかり葉巻を咥えたユグゴトが、泰孝へ祝い酒と煙草を贈ってくれた。
それでいて、
「麻雀は解せぬ。誰か教え給え」
既に酩酊しているのか、目を回しつつ誰へともなくねだっている。
「ならばわしが実地で教えようかのう。無論、金は賭けぬから大丈夫じゃ」
ガイバーンが楽しそうに全自動麻雀卓へ寄っていく。
「マージャン? たしなみ程度には打てマスガ……」
パトリシアも誘われていそいそ席に着くも、
「ワタシ負けるの嫌いダカラゴネルカモヨ。それでもいいならお相手シマース」
そう無邪気にウインクしてみせた。
「朝から麻雀とかゴージャスだよね」
最後に卓に着いたのは小梢丸。
「そして麻雀するときに食べるものといったらやっぱりカレーライスだよね」
うまー、とカレーを食べる最中でもツモ切りのペースは決して乱さず、カレーで局のテンポを損なわない辺り流石である。
一方。
「そんなにお小遣いが欲しいなら、おばちゃんに勝ってみなさい」
「ハハッ、望むところよ。ソフィアおばあちゃんのお小遣いもお孫さんも両方手に入れてやるぜ!」
「あら、何か言った旦那様?」
「ピー、ガガガガ……」
すぐ隣では、泰孝と龍司、ソフィア、ヒガシバが卓を囲んでいた。
「ふぅ……そういえば朝御飯まだだったわね……ふわふわ卵サンドか……これ美味しそうね。頂くわ」
榧は、普通のテーブルで軽食を食べつつ、勝負の行方を見守っていた。
「麻雀、好きですけど時間がね……もう起きてるか……寝ずに待っててくれてるかも」
向かいで紅茶を飲んでいた柊夜は、腕時計をチラ見してそそくさと席を立つ。
「寂しがらせてるとヤなんでスミマセン、帰ります」
テイクアウトのサンドイッチを購入して店を出る際、そっと泰孝の肩を叩くのも忘れない。
「色々お疲れ様でした、頑張って下さいね」
「おう。今日は助かったぜ」
隣の卓からは、
「う~ん、チキンカレーも美味しくて良いよね~」
一索と一筒を連続で捨てた小梢丸の、楽しそうな呟きが聞こえてくる。
ちなみに彼が食べているのはポークカレー、チキンカレーとはお皿に見える一筒と鳥そのものな一索からの連想だとか。
「この牌はヤバイが……あえて勝負」
危険牌と分かりつつも四筒を切る泰孝。
それは、自ら望んで危険な場所に飛び込んだり、時には己の命すら軽んじてチップとして扱う危うさの現れか。
「あ、それ栄」
すると、ソフィアがひょいと手牌を倒して和了を宣言した。
「喰いタンアリだったわよね?」
と言うからには、決して高い役では無い。
何より、常々我慢せずに鳴きに鳴いて牌を揃える鳴き麻雀派のソフィアだけに、取り柄は一見早上がりだけに見える。
だが、その実、自分が鳴いたりハッタリをかました際の周りの顔色や河の読み合いを具に観察して、その都度打ち方を変える柔軟さも持っているソフィア。
時には迷彩をかましたり、聴牌の気配を消してはダマで突き刺しにかかる事もあるそうな。
そんな訳で、早上がりだけにかまけて少しも攻めていない喰いタンなどは、振り込んでもむしろ不幸中の幸いと言える最小限の被害なのだが—それはあくまで表向きの話。
「くっ、四暗刻をタンヤオの並びにして宣言、見落とししてる初心者と見せかけ油断誘い、自動計算で点数はしっかり貰う作戦が!?」
実際は、泰孝のように着々と牌を揃えて狙っていた役満を阻止されたとなれば、悔しがって地団駄を踏むのも当然だろう。ソフィアが点棒自体は大して貰えない早上がりに拘る理由も解るというもの。
「はいはい旦那様ー、賭け事もいいけど私と付き合いなさいなー」
目に見えて落ち込む泰孝へ、ふわふわ卵サンドを頬張っていた榧が声をかける。
「どうせボロ負けなんでしょ? お小遣いあげるわよー」
「チッ……仕方ねぇ。カヤ、金だ金!」
泰孝は観念したように金ヅルの元へ向かったが、
——ガチィン!
「ふふふ……やっと捕まえた。もう二度と逃がさないわよ……!」
またも、いつかのように鎖で首を縛られて押し倒された——かに見えた。
だが。
「同じ手は二度と食わねえっつーの」
まるでアッサリと手から零れ落ちる砂のように、ハッと気づいた時、泰孝の身体は榧の下から消えていた。
「……っ」
内に秘めた不安の火を煽られた気がして、榧は一瞬強張った顔を泰孝へ向けるも、すぐに何かを感じて言葉を呑み込む。
自分の手中から消えたのは泰孝だけじゃない。
懐に仕舞ったままの札入れが、明らかに軽くなっている。
「生活費まで使い込まないでよ、旦那様!」
生気に満ちた同居人の文句を背に受け、泰孝は再び卓に戻った。
すると、
「あ、ツモりました……チンイツって奴ですかね?」
どうも麻雀初心者らしい龍司がオロオロしながら手牌を倒したのを見て、度肝を抜かれた。
「九蓮宝燈だと……!?」
「しかも九面待ち……純正ね」
これには、泰孝は勿論、何事にも動じないソフィアですら目を見張っている。
ビギナーズラック恐るべしと言ったところか。
「……ハハハ今のはほんの挨拶代わりですよ!」
普通でも役満、ローカルルールではダブル役満にもなり得る、それこそ人生で一度上がるかどうかと言われる役を和了って、無邪気に照れ笑いする龍司。
だが。
「……今度は荒井っちの身辺に気をつけた方がいいんじゃな~い?」
小梢丸が冗談とも本気ともつかない声で放った心配には、
「えっ、えっ!? 一体どういう意味ですか!?」
と一気に不安のどん底へ突き落とされた。
「心配要らないわよリュージくん。九蓮宝燈は何もデウスエクスじゃないんだから、ケルベロスを死に追いやる力は無いと思うわよ?」
点棒をバラバラと場にぶちまけながら、優しく慰めるソフィアの声は笑っていた。
作者:質種剰 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年5月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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